k.

kiss kiss kiss





































































































インドにキスの花が咲く









次元が駆けつけたのは、彼の相棒が自らのこめかみに銃口を押し当てている、まさにその瞬間だった。
何も考えている余裕はなかった。
次元は抜き打ちざまにルパンの銃を拳銃で弾いた。
振り返った相棒が、いつもの暢気な表情であることに気付き、ほっと胸を撫で下ろす。熱を孕んだコンバット・マグナムを背中に納め、そのまま駆け寄った。
「ルパン、何やってんだ」
だが、返ってきたルパンの言葉はとんでもないものだった。
まるでいつもどおり、軽妙な口調でルパンは笑う。
「ああ、ちょいと死のうと思ってな」
「何、ちょいと死ぬ・・・?」
次元は鸚鵡返しにして、そしてはっと気がついた。
ごろつき学者、バサラ・ラバーン。
ろくでもない発明ばかりを繰り返した挙句にいまじゃ学会からも追放され、バサラ団を名乗り盗賊どもを率いている。
ルパンがいままでに盗んだダイヤ二万個を、このインドのどこかに隠したことを嗅ぎつけて(情報源は例によって不二子のヤツだ!)、ルパンを追い回していたこの男、最近この界隈を騒がしている自殺光線銃の発明者でもある。この銃の発する光線を浴びると、自殺病という、その名の通り発作的に死にたくなってしまうというとんでもない症状を引き起こす。
効果は絶大、次元も、象が自らの身体を壁に打ちつけ「自殺」してしまった現場を実際目の当たりにしていた。
(ルパンのヤツ、自殺病に罹っちまったのか────)
呆然とする次元に、ルパンは笑った。
「あの世はいいところだぜ、ほんじゃお先にィ」
「おい、ルパン!」
崖からひらり身を翻したルパンを、寸でのところで掴まえた。
といってもルパンの右足首を何とか捉えて、かくいう次元は崖先から突き出した枯れ枝に何とか足を引っ掛けた、どうにも不安定な格好だ。そうそうもつはずがない。
しかもその間にもルパンは自ら崖下に飛び込もうと楽しげに身を踊らせているのだからたまらない。
案の定、枯れ枝はすぐに折れ、二人そろってまっさかさま。
大喜びで落下するルパンだったが、その顔はすぐに膨れた。
「何だ」
「はー、危ねェ危ねェ」
ちょうど真下を通りかかった船の幌の上にぽよんと弾んで、二人はむくりと起き上がり顔を見合わせた。
一方は安堵そのまま、もう一方は不満の色を隠そうともしない。
だがそのルパンの表情が一変した。
いいことを思いついたと、喜色満面の笑顔で次元を振り返る。
「次元、どうせ死ぬなら一緒に死のうや。俺と心中してちょーだい」
右手にはいつのまにやらナイフを構え、次元に差し向けている。
次元は文字通り飛び上がった。
「いやいやいや・・・お断り!」
どうせ死ぬならルパンと一緒と決めてはいるが、今のルパンと心中なんざ死んでもごめんだ────というかこのままだと本気で道連れにされちまう!
次元は慌てて幌の上から飛び降りた。そしてそのまま川岸を駆け出す。
楽しげなルパンの笑い声が、次元の背を追いかけてきた。





駆け抜けた岩の転がる川原で取っ組み合いの末、次元は何とか相棒を組み伏せその背に馬乗りになると、見つけた縄でぎゅうぎゅうにふん縛った。
「さあどうだ。これなら自殺出来ねえだろう」
ちょっとの隙でも自殺をしようとするわ、挙句に次元も道連れにしようとするわではこうするほかにない。
次元はようやく一息ついた。だが、そこはルパン三世だ。自殺病罹患中でも思い切りだけはとんでもなく良い。
「出来ますよーだ。僕、舌噛んじゃうんだもんねえ」
そう言ってこれ見よがしに舌を突き出す。
「うわあああ!」
猿轡も噛ますべきだった。次元は慌ててルパンの口を手で塞いだ。
「おい止せ、ルパン────うわっ!」
上に乗っかる次元にかまわず、ルパンの身体がバネのように跳ね上がる。たまらず地面に転げたところを縛られたままのルパンが乗り上げた。
「・・・・・・・・・!」
体勢逆転、縄でぐるぐる巻きに縛り上げられたままの恰好で、ルパンが次元の身体に馬乗りになる。
「なあ次元、どうしよっか」
「どうって・・・」
いつしか傾いた太陽。夕光がルパンの顔に影を落とす。何も言えず固まる次元の上に、ルパンはゆっくりと身体を重ねた。
額が重ねられ、間近で見つめられる。
黒々とした瞳はどこまでも深く、次元に何も読み取らせはしない。
打って変わって静かにルパンがつぶやいた。
「一緒に死ぬ?」
鼓動が跳ねた。
死ぬ?
一緒に?
ルパンと────俺が?





これまで死を覚悟したことなど幾度もある。
ルパンが隣にいたこともあれば、一人きり、ルパンのことを心に掛けながらだったこともある。
だが、こうした事態は想定していなかった。
ルパンとともに。
ルパンの手によって。
そんな死は、思ったこともなかった。





次元は唇を喘がせた。何か言わなくてはと気ばかり焦る。だが何も考えることが出来ない。
まるい漆黒の目が、真っ直ぐに次元を射抜く。
どうしよう、どうしよう。
何か言わないと。
次元は咄嗟に浮かんだ言葉を、何の考えもなしに口走った。
「ど、どうやって・・・?」
縛られたままのルパンが目をしばたたいた。
「知りてェの?」
「あ、いや・・・」
これじゃまるで俺も死にてェみたいじゃねえか。
次元はうろたえた。ルパンはそんな次元を見つめ、にやり片頬を引き上げた。
「こうするんだよ」
不意に、唇が重なった。
(え────)
乾いた唇が軽く触れ、そしてすぐに離れた。
次元はぽかんと口を開けて目の前の男を見つめ返した。
(いまの・・・・・・)
金色の夕日を照り受けて、ルパンはにんまりと笑った。
「だからな、俺がお前の舌を噛み切ってやるんだよ」
「な・・・何考えてやがる」
慌てて上に乗る身体を押しのけようと、ルパンの肩に手を掛けた。だが、縛られた不自由なはずの身体はまるで動かない。それどころか悠々と次元の押し返そうとする手を肩でふさぎ、跳ね上がる脚を腿で押さえつけられる。
「諦めろって」
笑ったままの唇が、今度は深く重なった。





何度も押し付けられては離れる、熱い唇。
舌を絡められるたびに強張っていた身体も、甘噛みを繰り返されるごとに次第にほどけてゆく。
「こ、殺さねェのか・・・?」
「どうしよっかなー」
疑問をあれこれ口走るはしからルパンの唇が追いかけてくる。
唇を擦り合わされる。ねっとりと口内を愛撫するように舐められる。舌が絡められる。濡れた音が絶え間なく耳朶を打つ。
こめかみが焼けつくように痛み、頭の中が真っ白にかすんだ。
途切れがちの意識の中で、次元は必死に言葉を紡ぐ。
「なあ・・・お前本当に自殺病に罹ってるんだよな」
次元をいいだけ喘がせて、飄然とルパンがつぶやく。
「あ、何だかまた死にたくなってきたかも」
「おいルパン、ダメだ────んっ・・・」
また唇がふさがれた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
痺れる意識の片隅で、ぼんやりと思う。
腐れ縁の相棒に下敷きにされて。
わけのわからない理由で殺されかけて。
挙句の果てにこうしてキスまでされている。
何が何だかさっぱりわからない。だが唯一はっきりしているのは────
唇を離し、ルパンは困ったように眉をひそめた。
「泣くなよ」
「ルパン・・・」
言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。気がついてしまうともう止まらない。熱い塊が喉をこみ上げる。瞼の裏側が熱くなる。
「死なねェでくれ、ルパン」
震える指で、男の肩に縋りつく。
「次元」
「俺はまだ、お前と一緒にいたい・・・」





かつて、ルパンを失ったと、そう思ったときのことが次元の胸をよぎる。
暗殺者に狙撃され、波間に漂うルパンを引き上げた、あのとき。
銃創で穴だらけになった身体。青ざめて強張った顔。
ルパンがもう自分に笑いかけることはないのだと、そう知ったときの、あの絶望と悲しみを────





唇を触れ合わせながら、なだめるようにルパンが微笑む。
「お前がこうやって俺の舌を捕まえてれば大丈夫だって、な」
「う、うん・・・」
次元はおずおずと舌を絡めた。するとまるで子供を褒めるように、ルパンの手が次元の髪を撫でる。
「あれ、お前、手が・・・」
「いいからいいから」
「んぅ・・・・・・んっんっ」
きつく抱きしめられる。あたたかい、腕。
こうしている間は、誰よりも傍にいられるのだと、次元はそのとき初めて思い至った。
ルパンの女よりも────不二子よりもずっと近くに。
こうして、ルパンの腕の中にいるときだけは、誰よりも傍に。
それは不思議な感覚だった。
誰よりも知っているはずの男の、その、さらに近くにいる。
胸の奥がざわめく。
シャツ越しに感じる熱い体温。伸し掛かる男の重さと硬い肌。
初めて知ったルパンのそれが、次元の感覚を惑乱させる。
シャツの内側に這う男の指を感じる。次元はその感触に酔った。
目眩くようなそれが快楽であるのだと、心のどこかで気付きながら。










すっかり日の落ちた中、五ェ門は荒地を急いだ。
早くルパンたちを見つけださなくては。
バサラ団に捕らえられていた五ェ門は、そのとき盗賊連中のしていた話を思い返す。
奴らの言うには、自殺病に罹ったルパンが次元を道連れに心中を図ったというのだ。
おめおめとやられる次元ではないだろうが、何と言っても相手はあのルパンだ。無事でいられる保証はない。
盗賊団の隙をついて脱出を図った五ェ門は駆けに駆けて・・・・・・そして岩陰に転がる赤の上着の背中を遠目に見つけた。
その下に敷きこまれた痩躯を見つけ、五ェ門は慌てて駆け寄った。
が。
「・・・お主たち、何をやっているのだ」
確かに次元は息も絶え絶えだった。だがルパンの取ったその手段は五ェ門が想定していたものとはすこし違ったが。
頬は上気し唇は濡れ、衣服は散々に乱されているガンマンから五ェ門は慎重に目を逸らしながら、ルパンに向き直った。
「ルパン、お主は自殺病に罹ったのではなかったのか」
「俺が?」
ルパンはようやく次元を離して立ち上がると、笑いながら五ェ門の肩を抱いた。
「罹るわけないっしょ。何たって天下のルパン三世だぜ」
病気も避けて通らァなあ。笑いながらルパンが嘯く。
「まあ、いっぺん自殺光線銃の威力を見ていたからな。そしたら対策くらい立てるってもんでしょ」
地べたに座り込んだままの次元は乱れきったシャツを整えるのも忘れたように呆然とルパンを見上げ、そして見る見るうちに顔に血を上らせた。地を這うような声が低く響く。
「ルパン・・・てめェってヤツは・・・」
「騙される次元ちゃんが悪いんでしょーが・・・って、うぉう!」
次元は跳ね起きざまの早撃ちでマグナムをぶっ放す。ルパンは飛び上がって弾を避けると、慌てて駆け出した。
鬼の形相で次元も後を追う。
「今日という今日は許さねえぞ」
続けざまの二発をやりすごし、ルパンは全速力で走りながら後ろを振り返った。
「つーかさあ、何であんなんで騙されんだか」
「うるせー!」
「さっきまで、あーんな可愛かった癖によォ」
「黙れ黙れ黙れ!」
あっという間に銃弾を撃ちつくした次元は空薬莢を打ち捨て瞬時に弾を装填し、すぐさま標的に向かって撃ち続ける。世界一のガンマンの早業に、ルパンもさすがに慌てだす。
「ちょ、ちょっと次元ちゃん、それはやばいって」
「心中するんだろ、地獄の果てまでつき合ってやらァ」
雄大なインドの夕景に響く、無粋な怒鳴り声と絶え間ない銃声。
「・・・騒がしい連中だ」
五ェ門は諦めたようなため息をひとつ吐くと、二人の後を追って駆け出したのだった。










end










新ル第60話「インドに自殺の花が咲く」ネタ。




Text top

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル