K.

KUZU





































































































くず









「何だ、クソめんどうなルールばかりだな」
アジトの壁の大判の貼り紙を矯めつ眇めつ眺めやって、ルパンは膨れっ面になった。
五ェ門はルパンの肩越しに、見るともなしにその紙を見る。
「参加者は一流の殺し屋、一流の詐欺師、一流の盗賊に限る」
そんな文言から始まるそれはルール表だった、「クズ人間レース」の。先ほどアジトを訪れたレースの説明員が、詳細を説明がてらに貼っていったのだ。
世界中を飛び回り悪事の限りを尽くし腕を競う、まさにその名の通りのレースだ。説明員は是非御参加をと彼らに腰を折った。裏社会で名の高いルパンたちを参加させることで、何やらレースの箔をつけたいらしい。
「しかしこのレースに参加して勝ったって何になるんだ」
厄介なルールに、主催者の下種な思惑。そうしたものに気付かぬルパンではないだろうに。ルパンの意図がまったくわからない。
ルパンの返事は明快だった。
「もちろんワルの中のワルになれるわけよ。そしてワルの中の一番のワルとして、世のワル共から怖れられるじゃねえか」
「下らないな」
五ェ門も言下に吐き捨てた。
「そう、下らんさ」
静かなつぶやきに、五ェ門は振り返った。
部屋の片隅に佇んだままの次元だった。フロアスタンドの光も届かないその一隅、黒衣の男は夜の闇に自分の気配をすっかり溶け込ましていた。
「俺たちの仕事そのものも下らんわけだ」
そう言う次元の声はひそやかだった。
揶揄はする、呆れも隠さない、だが異を唱えることはない。
次元という人間が、つねにルパンに対して取り続けている態度だ。それは恭順といっても良い程の────五ェ門にとっては、それはやりきれない程の。
「どうした」
思わず二人に背を向けた。ルパンの声が背に掛かる。だが五ェ門は振り返らない。いや、振り返ることが出来なかった。
「・・・散歩だ」
そのまま表へ出る。庭先をすこし歩いて、植え込みの影にどかりと腰を下ろす。
すこし湿った夜の空気。振り仰いだ空には星ひとつない。
このレースに出ると決まったときの、ルパンの言葉を思い出す。
────俺が一番心配なのは・・・・・・五ェ門、お前のことだ。
そう言って、ルパンは傍らに控える男を振り返った。次元も微かに顎を引いて賛意を示した。
────次元は適当なズルさを持っているからいいんだけど・・・お前さんはズルさってものをまるで知らねェからな。
その声はまるで年嵩の兄のように、五ェ門を案じる響きがあった。
まるで幼子のように、ルパンが五ェ門を扱うことがある。
幼い頃からその才能を開花させていた五ェ門を、周囲は一人前の者として認め、常にそれとして遇してきた。だから仲間として認めつつも年少者として五ェ門を見るルパンの態度には途惑いを隠せなかった。それは歯痒いことであった。だが同時に面映さも感じさせた。年相応のそうした位置に落ち着くことは、どこか嬉しくも思えもした。
・・・・・・これまでは。
五ェ門は押し殺したため息を吐く。するとそこに声が掛かった。
「何でェ、ずいぶん感傷的だな」
次元だった。笑み含んだ声。帽子を深く被り、いまは見えないその目元も、いつもどおりやわらかく微笑んでいるのだろう。それを直視することも出来ずに、五ェ門は立てた片膝に顔を伏せた。
「・・・心配は無用といったはずだ」
「うん」
我ながら呆れる程のすげない声だったが、次元は気にする風もなく、五ェ門の横に腰を下ろした。
「わかってるさ」
チラリと横目で伺えば、次元はいつもの暢気な笑顔だった。まるで夜風に当たりに来ただけのような、何の思惑も感じさせない気の良い笑顔。
不意に次元の口の端がニヤリと引かれた。五ェ門が盗み見ていることなど先刻ご承知だとでもいうように。
「ルパンはお前さんが可愛くてしかたないのさ。たいがい過保護って気もするが」
五ェ門は次元に向き直った。それに気付いてか、次元も顔を向ける。血色の薄い面差しが、しろく闇に浮かぶ。
「まっさらだからな、お前さんは。あんなヤクザな男でも、それは大切にしてやりたいと思ってんのさ」
そうして微笑む。気を許した仲間だけに見せる、穏やかな笑み。
「お前の方がよほど────」
言い差して、五ェ門は慌てて口を噤んだ。
次元は何も言わない。だが、その目が何か物問いたげに見える。
それは自分が疚しさを抱えているからだ。
自分の中、奥底に潜む暗く凝った感情を持て余している。こんなことは、いままでなかった────
次元の瞳はまっすぐに五ェ門を見ている。まるで何の疑いも持たずに。
胸が、軋んだ。
「・・・俺がお前をどんな目で見ているか知ったら、そんなことは言わないだろう」
目の前の身体をそっと引き寄せた。引き締まった痩躯は、途惑ったように何の抵抗も見せない。
次元にとってはいつものじゃれあいと変わりはないだろう。だが五ェ門にとっては、初めて触れたも同じだった。
腕の中、いぶかるような瞳が五ェ門を見上げる。うっすらと開いた唇はあまりに無防備だった。
「五ェ門?」
その唇が、目の前で動く。誘い込むように、ゆっくりと。
五ェ門は、そっと唇を重ねた。思いのほか、やわらかく温かな唇。その感触に我を忘れた。 反応のない唇を舐めねぶり、舌を差し込む。強張る舌を抉り出すと、夢中で吸い上げ貪り尽くす。
口づけの合間に唇が声を上げようとするのを塞ぐように唇を密着させて、息すら奪う。
さらに深く口づけようとのしかかる。だがそこを、次元の手が肩を突いた。二人の胸が離れる。
次元は呆然と五ェ門を見つめていた。何が起きたのか、まるでわからないというかのように。荒い息に肩が揺れる。
五ェ門は慌てて次元の身体を突き飛ばすと、勢いよく立ち上がった。
「す、すまん。頭を冷やしてくる!」
闇の中を駆け出す。
(俺は、何を────)
こんな感情は、あってはならない。忘れてしまわなければならない。
「仲間」には不要なものなのだから。
だが、忘れられるのだろうか。
知ってしまった肌の温もりを。唇の感触を。
振り切れるはずもない惑いを抱えて、五ェ門は夜の空気を切り裂き、遮二無二走り続けた。










部屋に戻った次元に、すぐにルパンが声を掛ける。
「五ェ門は?」
「だから────散歩だろ」
ルパンは悪戯げに笑う。まるい黒の目が星のようにチカリと瞬いた。
「口説かれた?」
「・・・・・・・・・」
黙って俯いた次元に、ルパンは座ったまま手を差し伸べた。
「おいで、次元」
促されるままにルパンの前に立つ。すると手首を掴まれ、腕を引かれた。
強い力ではない。だが、次元を従わせる強い意志があった。
抗う素振りを見せる気力もない。おとなしくルパンの膝の上に対面に抱き寄せられた。腰に回る腕。一瞬息を呑む。
それでもすぐに身体の強張りを解いた。そうした温順な態度をルパンは好むからだ。
果してルパンは満足げに喉の奥で笑うと、次元の背をゆったりと撫でた。繰り返し、何度も、何度も。
掌の温かさに胸が疼く。もたれかかると、ルパンの唇が首筋にそっと押し付けられた。そして唇の動きで言葉を教えるようにゆっくりと、低くくぐもった声がする。
「泣くなよ」
誰が泣くか。言いかけて、次元は言い淀んだ。
涙など滲んですらいないのに、ルパンが次元に向かってそう言うときがある。
それはたいてい心が軋んでいるときだ、ちょうどいまのように。
心の内を言い当てられるのはいつものことだ。七面倒くさい縺れた感情が次元の胸に湧き上がる。
見透かされている悔しさと、自分のすべてがこの男の手の内にあるという、安堵。
先ほどの五ェ門の、まるで壊れ物でも扱うようにそっと触れた腕を思い出す。
自分はそんな上等な人間じゃない。
嵐が通り過ぎるのをやり過ごすように、うずくまって何も知らない振りをしているだけの卑怯な男だ。
次元は目の前の男を抱きしめた。
短い髪に鼻面をうずめる。馴染んだ匂い、馴染んだ体温────馴染んだ、肌。
この世でいちばん愛しい男。
その腕に抱かれ、次元の唇は自嘲のかたちに歪んだ。
「・・・どうしようもないくずだな、俺は」
ずっとこうしていたい。だがそう言い立てる度胸もない。
何も変えられないまま、ただ事態が変わることだけを待っている。
「違うよ、次元」
堪えきれない次元の嘆息にルパンは笑う。苦く、あまく。
「俺たち、だ」










end










原作「クズ人間」ネタ。




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