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someday your prince will come





































































































いつか王子様が









ウェスタンドアを押し開けて、サルーン────酒場に入ってきたその二人組の余所者は、ひどく人目を引いた。
レッディーは酒場の壁にもたれ、老ジョージの奏でるフィドルに合わせて鼻歌を歌いながら二人に一瞥をくれた。
一人は真っ赤なジャケットを纏った華やかな空気を纏う男。
いかにも軽そうで、酒場に入ってきた早々、着飾って壁に侍る自分たち酒場女の方へ寄ってきて声を掛けている。
その相棒、もう一人はまるで影。黒のスーツに目深にかぶった黒のソフト帽。大きな鍔で顔半分が隠れている。
黒の男は、赤の男の浮かれようをちらりと見やると肩をすくめ、バーカウンターへと足を向けた。注文するのはこの店で一番高い酒。
見渡す限り荒野ばかりの街、場末の酒場。
このサルーンに集まる男たちは堅気とは程遠い連中も多い。この二人もどうしたって真人間には見えない。
だが、ここにたむろする他の連中とは違い、飛び切り羽振りは良さそうだ。
レッディーは冷ややかに値踏みすると、編み上げ靴の高い踵をかちりと鳴らした。
不意にぐいと腕を引かれた。
「グレッグ」
グレッグはここの常連だ。なりこそ大きいがまだ10代、髭も生え揃っていないような子供だったが、この街で幅をきかせるごろつきのアレクの下っ端に収まり、ライオンの皮を被った驢馬よろしく派手な振る舞いをするようになっていた。
「飲もうぜ、レッディー」
そう言って、椅子に腰掛けた膝の上、レッディーの身体を抱え込もうとする。酒臭い息が頬に掛かる。レッディーは嫌悪を隠さず、その寄せられた顔をぐいと押しのけた。
確かにグレッグはアレクのお気に入り、だがそんなものに怯んで酒場女などやってられるものか。
レッディーは腰に回された腕を抓り上げると、ペチコートを跳ね上げ男の向こう脛を蹴り上げた。ぎゃっと叫んでグレッグが床に転げる。
男の腕から逃げ出すとレッディーは鼻を鳴らした。
「あんたみたいなクソガキに指図される覚えはないよ」
「このアマ・・・・・・この俺が下手に出てりゃ、いい気になりやがって」
グレッグは勢いよく跳ね起きると掴みかかってきた。一発、二発殴られることは覚悟の上だ。レッディーはきつく目を瞑る。その時だった。
「やめな、みっともない」
いつの間に傍に来ていたのだろう。黒の男がグレッグの腕を捻り上げた。
「て・・・てめえ」
自分より頭ひとつ小さい細身の男が腕を掴んでいる、それだけなのにグレッグは呻きながら床にくずおれる。レッディーは呆然と男を見上げた。
黒の男はレッディーにちらりと視線を流すと、髭に覆われた細い顎でこの場から離れるようにと促した。
慌ててレッディーは部屋の片隅、酒場女が固まる一隅へと身を翻す。
同僚のベッキーがレッディーの肩を労るように抱いた。ようやくほっと息を吐く。すると今度は赤の男が自分の相棒の元へと歩み寄るのが目に入った。
赤の男はやれやれと肩をひょいとすくめ、黒の男に笑いかけた。
「しょうがねえなあ、次元ちゃんはよ」
「ルパン」
赤の男────ルパンは、黒の男────次元の肩を押しやると、手にしたグラスをグレッグに差し出した。
「まあまあ、楽しく飲もうぜ、兄さんよ」
「うるせえ!」
グレッグはグラスを床に払い落とす。そのまま荒々しい仕草で腰のホルスターに手を伸ばして、そしてぽかんと口を開けた。
ルパンは声を上げて笑う。
「これ、なーんだ」
グレッグに手の内のそれを見せびらかす。
くるくるとルパンの手の中で踊る、それはまさにグレッグの拳銃。
「てめえ、いつの間に・・・」
取り返そうと飛び掛ってくるのをひらりとかわし、ついでに脚を引っかけた。
グレッグはみごと宙を一回転、そしてびたんと音を立てて床に倒れ込んだ。
ルパンはカーテンコールの舞台役者のように、二人を見守る野次馬に向かって典雅に一礼した。酒場に歓声と哄笑が湧き起こる。真っ赤になったグレッグは、背中を丸め外へと飛び出していった。
「これ、次にあのアンチャンが来たら返してやっといてよ」
ルパンはバーカウンターの中で笑い転げるマスターの前にいま奪ったばかりの拳銃をことりと置いた。
「わかった、預かっておくよ」
拳銃と一緒に、ルパンが少なからずの額の紙幣を滑らせる。マスターは素早い仕草で紙幣を手の内に引き込むと、先ほど次元へ出したのと同じ酒をグラスに注ぎ、ルパンの前に差し出した。
「いやいや、こっちこそ楽しいショーを見せてもらったよ。ま、あのガキにはいい薬になっただろう」
そんな会話を尻目に、レッディーは次元の姿を探した。
────いた。
次元は片隅で酒を煽っていた。喧噪などまるで知らない風情で。
(お礼を言わなくちゃ)
何故だか胸が高鳴る、まるで小娘のように。レッディーは先ほどの立ち回りで乱れたスカートの裾を撫でつけ、もう一度大きく息を吐いた。
しかしその瞬間、派手な銃声が表で響いた。
アレクだ────サルーンの、余所者の二人を除いた全員の表情が強張った。
「あのガキ。恥も外聞もなく親分に泣きついたか」
常連のアーサーが苦々しげに吐き捨てた。
「出てこい、腰抜け」
獣のような咆哮が通りから響く。
「お目当ては俺かな」
ルパンが笑う。そこに声が差した。
「────俺が行く」
次元はグラスを干すと立ち上がる。そのままルパンにさえ一瞥もくれずに表へ出た。
思わず振り返ったレッディーをルパンが押しとどめた。そして馴れ馴れしく肩に手を回し、やに下がった顔つきで笑いかける。
「大丈夫だって、レッディー。あの程度の連中を片付けることなんざ、次元にゃ朝飯前のことなんだからよ」
しかしレッディーはルパンの手を払うと、慌てて外へ飛び出した。
アレクたちの背後に付き、狡猾に笑うグレッグを含めて六人。次元はその前に平然と向かい合った。
「俺の大事な弟分をずいぶんと可愛がってくれたそうじゃねぇか」
ストリートを舞う砂埃。けぶる中、アレクたちの構える銃が黒光りする。
「そんなに可愛いボウヤだったら、首輪を掛けて鎖に繋いどきな。ついでに去勢手術も済ませておいてくれれば、こっちの手間も省けていい」
「ほざけ!」
六つの銃口が一斉に次元に突きつけられる。
六発の銃声がストリートに轟く。
レッディーは目を見張った。
次元が背中に手を回した瞬間、男たちの手にした拳銃が宙に跳ね飛んだのだ。
次元はまだ煙の立ち上る銃身で、ソフト帽の鍔をくいっと持ち上げた。いったいいつの間に銃を構えたんだろう。背中に手を回したのは見えたのに。
男たちは手を押さえて痛みに呻きながらうずくまっている。しかし誰も血を流していない。次元は拳銃だけを撃ったのだ。
まるで格が違う。
ようやく起き上がったアレクが撃たれなかった方の手で拳銃を掻き寄せ、震える手でホルスターにねじ込んだ。
「お、覚えてやがれ」
「いいのか、覚えていて」
次元が笑う。アレクはびくりと引き攣った。
当り前だ────次元がその気だったら、彼らの生命はとうにない。こんな手練に自分のしでかしたことを覚えてなどいられたら、そっちの方が事だ。
「畜生」
男たちは短く吐き捨て、すごすごと路地裏に消え失せた。
それを見送って、次元はくるりとレッディーに向き直った。
「怖い思いをさせて悪かったな」
低く澄んだ声。次元は驕った様子も見せず、無表情のままだった。だが声音にかすかに詫びる響きがある。レッディーはうろたえた。
無法者の扱いなんて手馴れたものだった。だけど自分のような酒場女に謝る無法者なんて、これまで会ったこともない。
言葉を返すことも出来ず立ちすくむレッディーの後ろから、フィドルを手にしたままの老ジョージがよろよろと歩み寄った。そして次元と、野次馬の一番後ろで楽しげにこの事態を眺めていたルパンとを交互に見やる。
「ルパンと次元────あんたたちもしや、ルパン三世と次元大介か」
老ジョージが大声を上げた。酒場の客はまずふだん大人しやかな老ジョージの上げた声の大きさに驚き、そしてすぐに言葉の意味に驚いた。慌てて二人の男を振り返る。
「世界一の怪盗と、その相棒の世界一のガンマン・・・・・・あんたらが」
感極まったような老ジョージのつぶやき。
「次元大介────大介っていうのね」
確かにどこかで聞き覚えがある名前だ。だがレッディーには次元の素性など知ったことではなかった。
「すごい、大介────素敵!」
レッディーは捲くれ上がるスカートもかまわず、次元の首にかじりついた。
「お、おい・・・!」
世界一のガンマンは、いきなり抱きついてきたレッディーに慌て、うぶな少年のように首筋まで真っ赤に染めた。
クールなガンマンの変貌振りに、その場にいた全員が目をまるくし、そして堪らず笑い出す。朗笑が荒野に響いた。










あれからすっかり大騒ぎに盛り上がり、そして夜更け過ぎ、レッディーは次元の部屋にいた。
面白がった酒場の連中にけしかけられ、困惑する次元を押し切って付いて来てしまった。ルパンだけは何故かぶーぶー文句を言っていたが、レッディーはかまわず次元の部屋に滑り込んだ。
次元はため息を吐くとランプを絞り、レッディーに寝台を使うように促した。そして上着を脱いでネクタイを取っただけの姿でごろりとソファに寝転がる。
レッディーは慌てた。
「ちょっと・・・どういうつもりさ」
「どういうって・・・寝るんだろ」
「本当に眠ってどうするのさ」
酒場女を部屋に入れるというのは、つまり一夜の慰めに抱くということだ。次元だってそれを知らないはずもないだろうに。
言い募るレッディーに、次元は静かに言葉を返す。
「金は払うさ。でも、そういうことはしない」
「何で・・・?」
レッディーは今度こそ呆然とした。月明かり、次元が微笑む。
「疲れたろ、今夜は。ゆっくり寝たほうがいい」
「・・・アタイ、そんなに魅力がない?」
「そんなんじゃねえさ」
次元は慌てない。ゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「まだ若いんだ、身体を大切にするに越したことはねえ。いずれいい男が見つかって所帯を持つことだってあるだろうしな」
もし自分に兄がいたら────こんなことを言ったのだろうか。
レッディーは唇を噛んだ。
自分はこんな言葉を聞きたくて、ここに来たわけではないのに。
泣き出しそうになるのを無理に笑って、レッディーは歌うように返事をした。
「じゃあ、大介がもらってよ」
「俺は流れ者だ。堅気の生活なんて無理だ」
途端にぴしゃりと硬い声が返る。
レッディーは編み上げ靴を乱暴に脱ぐと床に放り投げ、ぼすんと寝台に寝転がった。うつ伏せて、シーツに熱い目元を押し付ける。マスカラが溶け、じわりと黒い染みが白いシーツを汚した。
「────酒場の女にそんな男は現れないよ」
アンタがそうやって拒むように。こんな女に心を掛ける男なんているもんか。
古いソファがぎしりと音を立てた。静かな足音。次元が寝台の端に腰を下ろす。振り向けもせずに、レッディーが身を硬くしていると、次元が声もなく笑う気配がした。
「現れるさ、絶対に」
次元の声は確信に満ちていた。
「現れる寸前まで思ってるんだ。そんなヤツいるわけない。自分が幸せになんてなれるはずがない。一生ひとりで薄汚れて生きていくんだって」
「・・・・・・・・・」
「歌ってたろ、アンタ」
Someday My Prince Will Come────いつか王子様が。
老ジョージの弾いたフィドル。それに合わせてレッディーは確かに歌っていた。
リクエストがなければ、老ジョージはいつだってそうしたロマンティックな曲ばかり弾く。酒場の客もマスターも酒場女たちも、また老ジョージの少女趣味だと皆して笑う。
もちろんレッディーも笑う。でも実は、そういう曲は嫌いじゃなかった。
(・・・・・・聴かれてたんだ)
レッディーは真っ赤になった頬を両手で覆った。
「それが王子様かどうかはしらねえが」
くすりと笑い、そして次元は言葉を継いだ。
「出会った瞬間気付くんだ。コイツに会うために、これまで生きてきたんだと」
ああ────
レッディーはようやく分かった。
大介には、そういう相手がもういるんだね。
そっと目を閉じる。胸が痛い。だが不思議と心は晴れ渡った。
だってそうだろう────自分が惚れた相手が、幸せなのだと知ったのだから。
レッディーはむくりと起き上がった。そして振り返った次元の腕を引き、一緒に寝台へ倒れ込む。
「お、おい」
「いいじゃないか。夜は寒いんだから、この方があったかいよ」
レッディーは上掛けを次元にも掛けると、身を摺り寄せた。
「こうして何もしないでただ二人で眠るのも、きっとたまには良いもんだよ」
次元は何度も唸り、そしてぼそりと囁いた。
「同じ寝床はその・・・・・・俺がちょっとヤバイ・・・かもしれない」
俯いたその目元が微かに赤い。
その顔を目をまるくしてまじまじと覗き込み、そしてレッディーはけらけらと笑い出した。
本当につくづくこの男は────酒場女相手に何を言ってるんだろう。
「だったらその時はすることしちゃえばいいんだよ」
次元は頭を抱えた。
「うーん・・・そういうもんか」
「そうだよ。真面目だね、大介は」
真面目だからアタイは惚れて、真面目だから大介は手を出そうとしない。
レッディーは次元の胸に頬を摺り寄せた。寄せてから自分が涙で崩れた化粧顔のままだったことを思い出したが、その温かさに負けた。
「ねえ、歌ってよ、大介」
さっき言ってた Someday My Prince Will Come────アンタがアタイの王子様じゃないなら、せめて信じさせてほしい。自分のような女の前にも、必ず王子様が現れるって。
次元はすこし途惑って、やがて歌い始めた。低い歌声が夜の空気を微かに揺らす。
だが。
歌の途中、レッディーは思わずつぶやいた。
「・・・歌はあんまり上手くないんだね」
声は良いのにね。素直な感想に、次元は顔をしかめた。
「お前なあ・・・」
くしゃりと髪をかき混ぜられる。くすぐったくて、レッディーは笑った。
まるで子供みたいな扱い。こんなの、いつぐらいぶりのことだろう。
くすくすと笑い続けるレッディーにちいさく呆れたため息を漏らし、次元はやわらかくレッディーを抱き寄せると、もう寝るぞとつぶやいた。
そして二人は、どちらともなく眠りに落ちた。
まるで二匹の子犬の兄妹のように、身体をまるめて寄り添ったまま。










ルパンはスラックスとシャツ一枚、釦を留めきらぬ姿のまま、窓辺に佇んでいた。
まるでパパラチアを溶かしたような夜明けの空。ルパンにすら盗み取れないそれを、見るともなしにぼんやりと眺めていた。
と、そこへひそやかにドアをノックする音。ルパンはゆっくりと振り返った。
のっそりと入ってきた次元をまじまじと見つめた。ぼさぼさ頭に女の化粧で汚れたシャツ。それらを見取って、そしてゆっくりと口の端を引き上げた。
「本当に手出しをしねえたァ驚いた」
人の僅かな振る舞いから物事を察するのはルパンの得意技だ。たいていのことは人の些細な挙措から読み取れる。言い当てられた相手が、自分の心を読まれているのかとでもいうように慌てふためくのが楽しかった。
だが次元も慣れたもので、みごと言い当てられようと驚きもせず、ただ微かに眉を引き上げただけだった。
ずいぶんと平然としたもんだ。ルパンは肩をすくめた。
「気障つっても、ここまで意地を貫きゃ立派なもんだ」
「そんなんじゃねえよ」
次元はそっぽを向いてしまう。何だか面白くない。そんなことを言うつもりもないが。代わりにルパンは声を上げて笑った。
「ま、行きずりの女に情を掛けるのもほどほどにな」
ふと次元が足を止めた。
「お前は────」
ルパンを見つめる次元の瞳は、犬のように澄んで、真摯だった。
「お前は俺に情を掛けてくれたじゃないか。それで俺は救われた。だから俺も、出会ったヤツには優しくしてやりたい」
「優しく」
次元は目をそらさない。ルパンは思わず鸚鵡返しにした。
ああ、と次元は頷いた。そしてやわらかく微笑んだ。
「お前はいつも、俺に優しくしてくれたから」
「いつもって────」
「うん、いつも。出会ったときからずっと」
それに、と次元は言葉を継いだ。
「昨夜だって、俺のことずっと心配してくれてたんだろ」
俺が、彼女の気持ちに困っちまうんじゃないかって。
「別に・・・」
口ごもる。その言葉をまるで信じないとでもいうかのように次元は笑う。
「────だって少し、目が赤い」
昨夜、あんまり寝てないんだろ。
そう言う次元の声に、からかう響きはなかった。ただしあわせそうに、彼は笑った。
思わず腕を掴んだ。我知らず手に力が篭る。次元はただくすぐったげに笑いながら、ルパンに身を寄せると耳元に囁きを落とした、まるで内緒話のように。
「お前が俺の幸いなんだ」










顔を洗ってくるとつぶやいて、次元はバスルームへ消えた。
ルパンはベッドに座り込むと、ジタンを咥えた。カチカチと数回、もどかしげに石を弾き、ようやくライターに火が点る。
煙草に火をつけ、紫煙を吸い込む。
それをゆっくり吐き出して、煙に紛れて低くつぶやいた。
「幸い、か」
ルパンの勝手に付き合わされて、良いだけ引きずり回されて、それでも次元はああして笑う。一緒にいられるだけで幸せなのだと。
「まいった────」
そしてルパンはくつくつと笑った。まるで、この世で一番幸せな男のような声で。










end










原作「ウェスタン次元」ネタ。




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