L.

The Life





































































































バイカル湖のほとりに佇み、ルパンは手にしたそれらを放った。
空の色を映して深々と暗い湖面へ、次々と沈んでゆく三つの剣と黒龍鏡。そして最後、ルパンは躊躇う素振りすら見せず青龍鏡を投げ入れた。黄金の鏡は、薄日に鈍く光りながらやがて飲み込まれていった。
その様子を、次元は湖畔に停めたフィアット500に背を預け、じっと見つめていた。風に飛ばされないよう片手で帽子を押さえた、その鍔の陰から。
切りつけるように鋭い風が吹きすさぶ。風に煽られ、次元は目を眇めた。
古代の邪悪な力を封じた二つの鏡を、そしてそれらにまつわるさまざまな因縁をすべて葬り去るには、ここは相応しい場所なのかもしれなかった。
綾辺家に古より伝わる秘宝、青龍鏡。
その強い力に引き寄せられるように、さまざまな者がそれを狙い、結果その生涯を狂わせた。それが今、この世から消え失せる。
ルパンは、じっと湖を見つめたままだ。
その白い横顔は穏やかだった。自分も惹かれ、惑わされたその魔器の最期を、悼むように、鎮めるように。
(・・・なあ)
次元は胸の片隅に眠る、古い面差しに声もなく語りかける。
すごいだろ、こいつ。俺たちが二人掛かりでどうにもならなかったことを、こいつがやり遂げちまった。
知らず口元が笑む。
今ならあんたも、こいつのことを認めるだろ、三世の名に相応しいって。
(なあ────ルパン)
十年前に別れたきりの男の面影に、次元はひっそりと囁いた。










犬のいる生活









十代の一時期、ルパン三世はパリの古ぼけたアパルトマンに一人、暮らしていたことがある。
広さばかりがとりえのそこで、興味の赴くままに古い文献を漁り、それに飽きればたまさかに女性に手を出したりもした。それはルパン三世にとって穏やかな日々だった。思い返せば、生涯唯一といっていいほどの。
年若くして祖父であるアルセーヌ・ルパン一世の莫大な遺産を相続した三世だったから、金銭的な問題に煩わされることはなかった。もっとも金の匂いにつられて擦り寄る連中は後を絶たなかったが、十代の青年特有の潔癖さもあり、そうした人間をすぐに嗅ぎ分けたし、処断することに躊躇いを感じることもなかった。
三世にとって、研究にしろ、女遊びにしろまだ楽しみのうちでしかなかった。由緒あるルパン家の稼業であるはずの盗みも同じだ。むろんあの頃は子供なりに真剣だったが、それよりも自分の目の前に途方もない可能性があることを、知るともなしに知っていた。
生来の明晰な頭脳とずば抜けた勘を以ってすれば人の心を読むことなど容易かったし、人を操ることにも長けていた。思い通りにならぬことなど何もなかった────たいていの場合においては。
「・・・何やってんです、あんた」
書庫に宛がっている部屋から一抱え古書を携え、居間に戻ったルパン三世を迎えたのは、自分の気に入りの年代物のシングルソファにどっかり腰を落ち着け、紅茶を啜る中年男のにこやかな笑顔だった。
「細かいことを気にするな。大物になれねえぞ」
「あんたはちったァ細かいことを気にしてください────お父さん」
男────ルパン二世は声を上げて笑い出した。三世はため息を吐いた。
父親が手にしているカップを見れば、その紅茶の水色はこの家で一番極上の茶葉のものだ。まったく抜け目ない。そうそう手に入る代物ではないというのに。
それに。
三世はぎりと唇を噛んだ。
一見ふつうのアパルトマンとはいえこの部屋には、三世は自身で厳重なセキュリティ・システムを施している。
(気配さえ感じなかった・・・)
天才と呼ばれている、それは知っている。
幼い頃は死んだと聞かされていた男だ。父親という実感は、再会した今も薄い。
だがこの男は間違いなくルパン家の男なのだと、敵にしようと味方にしようと厄介な男なのだと、つくづく思い知らされる。
言い様のない敗北感を噛み締めながら、三世は父親に向き直った。
「何か用ですか」
「父親が可愛い息子の顔を見に来るのに、何か特別な理由が必要かね」
あんたがそんなタマか。
腹立ち紛れの罵倒を飲み込み三世は微笑んだ。我ながらどうにも頬が引き攣ってしまうのはわかっていたが。
「それはどうも。歓迎しますよ、お父さん」
居間の片隅に据えた作業用のマホガニーのデスクに抱えた資料をいったん置くと、三世は向かいのソファに腰を下ろした。
二世は本当にさしたる用はないようだった。とりとめもない雑談、それも父親と。新鮮なような、どこか面映いような、そんな不可思議な気分を味わっているとき、ふと二世がこんなことを口にした。
「そういえば最近、子犬を育ててるんだ」
三世は目を瞬いた。
「子犬・・・ですか」
「可愛い盛りでねえ。これがまたなかなか賢いんだ」
何かの暗喩かと思えば、本当に愛玩動物の話らしい。途惑う息子を尻目に、二世は尚も言葉を継いだ。
「今いろいろと躾けている真っ最中でね」
「はあ・・・・・・でも、そうそう一緒にいられないでしょうに。訓練所ですか」
こういう稼業だ。あまり家庭的な話題はどうにも馴染まない。だが二世はあっさりと言った。
「だから連れ歩いてんだ。物覚えいいんだ、これが」
今も車で良い子に待ってるんだ。二世が笑う。
ずいぶんな可愛がりようだ、この男が。興味が湧いた。
「へえ、どんな犬なんです」
「お前には見せてやんないよ」
人に話を振っておいてこれだ。まったくいい性格をしている。
「・・・なら言うなよ」
思わず低く毒づく。耳に入ったか二世はソファの上、そっくり返って笑い転げた。
まったく、この男に早々子供染みた部分を見せたくはないのに。
ぶすくれる息子を余所に二世は散々に笑う。
「ああでも」
ようやく笑い止み、二世はふとつぶやいた。
「いずれお前に譲ってもいいかもしれないな」
「はァ」
犬をねえ。
首を傾げる三世を、だがもう父親はかまう風もなかった。
「じゃ、もう行くよ」
語尾がまだ室内に残る、その瞬間にはもう二世の姿は目の前から消え失せた。
慌てて窓に寄ると、壁を滑るように降りていく二世の姿が見える。
「八階だっての・・・」
賞賛よりも呆れが強い声で三世は独りごちた。
造作もなく石畳に降り立った二世は、道端に停めてあったくすんだ緑色のシトロエンに歩み寄る。そのナビシートに、ほっそりとした黒い影がチラリと見えた。
「・・・シェパード?」
子犬というには大きいように見えたが。
「ま、いっか」
三世は、父親の襲来によって中断していた文献漁りに立ち戻った。
その日の午後の記憶は、古い活字と共に、三世の記憶の底に長きの眠りにつくことになる・・・










久し振りのパリだった。
次元大介はシトロエンのナビシートに身体を投げ出し、目を閉じたまま風の音を聞いていた。
駆け出しではあるが、ガンマンである次元にとって風の音を聞き分けるのは職業上の要請であり習慣でもあった。それに、その土地土地で違う風の色を感じ取るのが好きだった。
だからその日も、そうして風を聞いていた。
こつんと窓を叩く音。相棒が戻ってきたか。
次元の返事を待つこともなく、男はすぐに運転席に滑り込んだ。ルパン二世はすぐにエンジンを掛けると、シトロエンを発信させた。そして前を見つめたまま口元を緩めた。
「待たせて悪かったね、大介」
「別に・・・」
次元は小さく首を横に振った。
まだ少年といってもいいほどの面差しは黒のボルサリーノの鍔の下にすっかり隠れてしまっている。このソフト帽も、若すぎる容貌を隠すため、とある仕事の折に二世が買い与えたものだ。
無用のトラブルを避けるためだったが、実はスタイリストである青年はすっかり気に入っていて、あれからずっとそれを被るようになっていた。
「もういいのか?」
言外に棘を込める。だが二世はそ知らぬ顔で肩をすくめた
「年頃の男の子にとって、父親なんて煙たいだけの存在なんだって」
次元はため息を吐いた。
せっかく近くまで来たのだからと、息子に会いに行くよう勧めたのは次元だった。
(滅多にない機会だろうによ)
家族を持たない次元にとって、相棒の家族関係は複雑怪奇に過ぎた。以前も、久々に息子の顔を見に行ったかと思えば、ルパンの名を名乗るに相応しいか試してみたりしている、それも息子の命などかまってもいないかのようなやり口で。名にし負うルパン家だ、そういうこともあるのだろうが。
(でも、せめてこんなときくらい────)
唇を尖らせる次元を横目で見て、二世はくすくすと笑った。
「大介は今いくつだったっけ」
「・・・・・・十八」
次元は低く吐き捨てた。後に続く言葉はわかっていたからだ。
「うーん、やっぱりエイジャンは若く見えるよなあ。もっと肉付けたほうがいいんじゃねェか」
二世の指が伸ばされる。人差し指の背が次元の頬をくすぐるように撫でた。
ことさら若く────むしろ幼く見られるのはいつものことだ。
そしてこうした稼業では、それがたいてい面白くもない事態を引き起こす。
いっそ髭でも伸ばしてみるか。
次元は破れかぶれな気分でそんなことをふと思いついた。
そんな次元の気持ちなどすっかり見通しているのか、楽しげな笑い混じり、二世が言葉を続けた。
「ウチの子は十五なんだけど、同じくらいの年恰好に見える」
不貞腐れた気分でボルサリーノの鍔を引き下げながら、次元は先ほど窓辺に佇んでいた彼の息子を思い返した。
ほっそりとして典雅な、だが目に野心を秘めた不敵な青年。
こちらへ鋭く振り向けた、射るような黒い瞳。
次元はぽつりとつぶやいた。
「いずれ三世としてこの世界に?」
怪盗アルセーヌ・ルパンの孫、そして天才と呼ばれるルパン二世の息子。
彼はその名前を重荷に感じたりはしないのだろうか。
「どうだろうねえ。餓鬼の頃からいろいろやっているようだけど、何せ破天荒な子だからなあ」
一つの稼業に落ち着くかねえ。
そう首を傾げる。次元は呆れて肩をすくめた。
「あんたが言うなよ」
組んでさして長くない次元さえ、この男の良く言えば天衣無縫、もっとはっきり言ってしまえば傍若無人のやり口にはほとほと手を焼いているのだから。
それにしても、この男にしては情の深い言い草だ。何だかんだと言っても、ルパンもやはり人の子の親ということか。今度は次元がくすりと笑った。
「何笑ってやがんだ」
すこし拗ねた口調、二世は次元を睨む。何故笑われたか心当たりがあるのかもしれない。次元は嬉しくなった。
「いや、何でもねえ」
そう言いつつも、次元はついに声を上げて笑ってしまう。二世は子供のようにむきになった。
「だいたい、てんで未熟者だからな。まだまだ三世を名乗るほどのタマじゃないさ」
「あんたから見りゃ、たいていのヤツは未熟でヘボだろうよ」
次元は肩をすくめた。
二世と組む前、自身の技量に疑いを持つこともなかった。誰よりも早く撃てたし、誰よりも勘が利いた。
だがこの男がすべての常識を覆した。
むろん、銃の腕なら自分の方が断然ある。しかしこの男は常識ではありえないやり方で、どんなものでも手に入れてしまう。見るも鮮やかに、まるで風のように。
(なのに────)
ただ前だけを見て、二世は笑う。まるで何の屈託もなく。
「さあて、日本へ向かうか」
「本当に、これで・・・?」
思わず口ごもる。
日本でのこの仕事を最後に引退すると、二世は公言していた。
「寂しいかい?」
「・・・・・・・・・」
からかい含みの言葉にも、次元は上手く返すことができなかった。
誰か一人と、ずっと組むことになるなどと、次元は考えたこともなかった。二世と出会うまでは。
二世がどうして駆け出しの次元と組む気になったかはわからない。気紛れだったのかもしれない。
出会って二年余。ようやく近頃は手練の相棒の足を引っ張ることもなくなったと思っていたのに。
「誰だって年を取るさ」
何度も繰り返した言葉を、また二世は口にした。頑是無い次元に、根気良く同じ言葉を紡ぐ。
「あんまり無様な真似は晒したくねェしな」
そうした伝法な口調は、二世の容貌と相まってどこか若々しくさえあった。
二世は、そうしていつも真っ直ぐだ。
(情けねェな)
それに引き換え、未練がましい自分の心を次元は嗤った。
「大介はこれからどうするのか決めているのか」
「・・・いや」
視線を避けるように俯く。
本当は決めていた。次元は戦場へ行く。以前から友人である傭兵のマットの誘いを受けていた。この仕事が終わったら、マットと共に南米へ赴くつもりだった。おそらく泥棒稼業よりは向いているのではないかと思う。だが、自分に目を掛けてくれていた二世には、どうしても言い出せずにいた。
「そうか」
二世はそう言うと、目じりを緩ませた。二世はもしかしたら次元の決意を知っていたのかもしれない。そう次元が思ったのは、それからずいぶん経ってからのことだったが。
「お前なら、どこでだってやっていけるさ」
「そうかな」
「ああ、ずいぶん腕も上げた」
「珍しいな、あんたが褒めるなんて」
次元は苦笑した。
「そうでなきゃ、これだけの間、俺の相棒なんて務まらないだろ」
「まあ、あんたと一緒にいたら忍耐だけは確実に鍛えられたな」
「言うようになったね、お前も」
二世も苦笑した。
「ま、俺と組んでられたんだ。他のどんなヤツと組んだって、それなりにやっていけるだろうさ」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんさ」
ハンドルを握ったまま、二世が次元を振り返る。だがその目はどこか遠い先を見つめるような色を帯びていた。
「ルパン?」
「・・・・・・いや、何でもない」
微かにかぶりを振ると、二世はすぐにいつもの表情に立ち返った。陽気で洒脱で、とびきり気障な男のそれに。
「とりあえず、先の話より今の事だな」
「────日本の公安が噛んでいるんだろう」
次元は表情を改める。次の東京での仕事は、決して安閑とは行きそうにないものだった。日本の旧家に伝わる黄金づくりの鏡。由来も因縁も特級品で、ついでに守りも頑丈だった。
「だからとびきりの策を練るのさ」
「ルパン」
「心配すんなって。ルパン二世様の千秋楽だぜ。せいぜい派手に決めてやらァ」
そう言って二世は不敵に笑った。





だが・・・・・・そうはいかなかった。
その黄金づくりの鏡────青龍鏡を狙い、横浜の綾辺家に潜入した二世と次元は、日本政府が公安組織を使ってまでそれを守ろうとしていた理由を思い知らされることになる。
古代権力者が力を得るために用い、そして彼らに災厄をもたらした妖しき力。それを封印したのが、その青龍鏡だったのだ。だからこそそれは厳重に守られ、誰の目からも遠ざけられていたのだった。
二人の周りでも多くの血が流れた。そして当時十にも満たない幼き当主、綾辺真紀子の懸命の説得に、二世は引いた。
青龍鏡を諦めると真紀子に告げたとき、二世は笑っていた。
その笑顔が、いまも瞼の裏に焼きついて離れない。
天才と呼ばれた男の最後の仕事に、相棒である自分は何ひとつ力になれなかった。自身の不甲斐なさと未熟さに、今も胸が軋む。
だからもう相棒など持たないと、そう思っていた。
この男に、声を掛けられるまでは。
次元の視線の先、ルパンが────ルパン三世が佇んでいる。
(ルパン・・・)
次元は胸の内で、大切な名前を呼んだ。今はもう新しい面影のためのものになりつつある、その名前を。










最後にひとつ煌き、青龍鏡は湖底に沈んだ。
これですべてが終わったのだ。ルパンはようやく息を吐いた。
バイカル湖の突風がルパンに襲い掛かる。避けるように湖に背を向けて、ルパンは離れて自分を見つめる相棒に歩み寄った。
「そんなにいい男かね、俺は」
ボルサリーノの鍔越しにもわかるほど、じっと見つめる強い瞳。からかったつもりだったが、次元はすこしも笑わずに頷いた。
「・・・ああ、大した男だよ、お前さんは」
そしてぎこちなく口の端を上げた。
「ありがとうよ」
ルパンの胸に微かな痛みが走った。
つい先ほど聞いたばかりの青龍鏡にまつわる次元の因縁。それは自分の父親、ルパン二世の因縁でもあった。
次元が父親の相棒であったことなど、これまで一度も聞いたことがなかった。
聞かれなかったから、と次元は言うかもしれない。だがそれ以上に、そのことが次元の中で重く、大きなことであったのだということを、語る次元の目からルパンは読み取っていた。次元の目の奥に、微かな未練染みた色が滲むのも。
だがそれは、口にするのも詮のないことだ。代わりにルパンは笑った。
「まったく、何が可愛い子犬ちゃんだ」
「子犬?」
次元は突然の言葉に首をかしげた。
ルパンは曖昧に頷きながら、かつての父親の言葉を思い返す。
(今いろいろと躾けている真っ最中でね)
(物覚えいいんだ、これが)
あのときの、車の奥の黒い影。あれが十年前のコイツだったのか。
ようやく合点がいった事実にルパンは笑うしかない。
本当に大した躾けぶりだぜ、親父。
今回のことに限ってもどうだ。
何も伝えず南米で消息を絶ち、わざわざ偽の身元までこしらえて単身日本へ乗り込んだというのに、次元ときたら俺のわずかな言動から俺の目的を察して、先回りして綾辺家に乗り込み、公安のエージェントに扮して何食わぬ顔で俺を出迎えた、何ひとつ俺に気取らせもせず。
そうして綾辺真紀子に渡りをつけ、まるで誘い招くかのように今回の事件の真相に俺を導いた。
「大した男はお前の方だぜ、次元」
ルパンは目の前の相棒を腕に抱いた。微かに息を呑み、だが次元はすぐに力を抜いて身体を添わせる。そうした仕草は、すべて自分が教えたことだ。ルパンは息だけで笑った。そして従順な身体を、さらにきつく抱きしめた。
今回はまんまとしてやられっ放しだった。だが、それでこそこのルパン三世の相棒に相応しいのかもしれない。はめられたも同然なのに、どこか爽快な気分さえした。
そしてふと思い出す。
(いずれお前に譲ってもいいかもしれないな)
あのときの二世が、どういうつもりだったかは知らない。もはや知るすべもない。だが。
「ルパン」
次元が問うように名を呼んだ。
・・・次元は、この名をこれまでどういう気持ちで呼んでいたのだろう。古い面影と、重ねることがあったのかもしれない。
「ま、考えても仕方のねェこった」
「ルパン?」
そっと腕を解くと、次元の両肩に手を置いた。そして帽子の鍔の下の黒い両目をじっと覗き込む。そしてにっと微笑んだ。
「お宝でも何でも、最後に手にした奴の勝ちだとは思わねえか」
「え・・・・・・」
薄く開いた次元の唇。
花を摘むように、それをそっと吸った。
「──────!」
舌を滑り込ませ、きつく絡める。次元の愛飲するペルメルの香りが鼻腔をくすぐる。どれだけか知れないほど、慣れた匂い、馴染んだ匂い。
いいだけそれを味わって、ようやくルパンは唇を離した。
「・・・お、おい!」
「とっとと宿に戻ろうぜ、次元。こんなところに長居をしたんじゃ、あっというまに凍えちまう」
そしてさっさとフィアットの運転席に乗り込む。次元は真っ赤な顔のままわなわなと震えていたが、やがて諦めて助手席に滑り込んだ。
それを待って、ルパンはエンジンを掛けた。フィアットはすぐに滑り出す。
ルパンは隣に視線を流した。次元はまだ顔を赤くしたまま、何事かをぶつくさつぶやいている。ルパンは声を上げて笑った。
「んな、いつまでも拗ねてんじゃねェって」
「だ、誰が拗ねるか」
案の定、次元は顔から湯気が出そうなほどに真っ赤になった。
「ああいうのは表でやるもんじゃねえって何度も言ってるだろうが」
「あ、そっか。次元ちゃんは宿に戻ってベッドん中で二人っきりであーいうことして欲しかったのかァ」
「ば、馬鹿なこと言うんじゃねえ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、バックミラーをちらりと見やる。すべてを沈めた湖が遠くかすんでゆく。因縁も、思い出もすべて鎮めた湖が。
「ルパン?」
黙り込んだルパンを訝しみ、次元が覗き込んできた。黒の瞳に、自分が映る。
たぶん、ずっとこうやって生きてゆく。二人で、ずっと。
確かなことなど何もない境遇で、それだけはすでに定まったことなのだと、ルパンはそんな風に思う。
感傷を振り払うように、もう一度ルパンは大声で笑った。










end










ゲームブック「黄金のデッド・チェイス」ネタ。




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