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valentine





































































































すべてはあなたの思い通り









カーテンの隙間から差し込む柔らかな冬の朝の日差し。
次元大介はベッドの上、むくりと身を起こした。だらりと顔の前に掛かるナイトキャップを軽く払うと、サイドボードの上の煙草を取り上げ、火を点ける。深々と紫煙を吸い込めば、ようやく身体が目覚め始める。
ニューヨークのマンション。そのワンフロアが今の彼らのアジトだった。
まったくもって静かな朝だ。
五ェ門は修行とやらでここしばらく出かけてしまっている。毎年この時期には必ずといっていいほど山ごもりをする男だが、今年はどこもかしこも寒波だという話だし、次元はとりあえず止めたのだった。だが五ェ門は「未熟者ゆえ致し方ないのだ・・・」だの「お主にとってもその方が良いのだ・・・」だのごにょごにょ言いながら、振り切るように飛び出していってしまった。
ルパンも何やら面白いネタを引っ掛けたようで、このところやたらと飛び回っている。昨夜も戻らなかったようだし、結果として次元に平和な夜が訪れるというわけだ・・・・・・何となく面白くないのは気のせいだろう、たぶん。
煙草を灰皿に押し付けると、次元はベッドから滑り降りた。周りに何が起ころうと、自分の日課を変えることもない。猫のように大きく伸びをすると、次元はさっさと朝の身じまいを済ませた。
一人の何が気楽といって、作る食事に文句をつけられないところだろう。傭兵稼業の長かった次元は、ふだんの料理はどうしても手の掛からないものを選ぶ傾向がある。レーションに比べれば何だって美味しく感じられるというものだが他人には不評だ。舌の肥えているルパンには殊の外。
ルパンには何とかの一つ覚えと罵られて久しいベーコン豆を口に運びながら、新聞に目を通す。
新聞で得られる情報というのは書き手の意志が入る分、内容に偏りこそあるが、毎日定期的に出るという意味では定点観測にもってこいだ。その媒体の偏向箇所さえ頭に入れておけば、一次情報の輪郭さえかなり正確に掴み取れる。これをインデックスにあとはパブリシティを捜す。これで情報の大半は補足できる。そこを踏まえて情報屋や次元自身のネットワークから得られるネタを照合すれば、ほぼ完璧と言っていい。
ルパンと組むようになって、次元はかなり体系的な情報収集をするようになった。ルパンの天才的、もしくは悪魔的なひらめきを生かすためには、事前にある程度の事情に通暁しておく必要がある。事態は待ってくれない。ルパンのアイデアを生かすため、次元のこうした作業は習いとなった。
銃さえ撃てれば・・・の拳銃稼業から随分遠いところまできてしまったとは思うが、まあ悪くはないと思っている。
とびきり濃く煎れたコーヒーを飲みながら、買って来た数紙を読み終える。
・・・すこし引っかかる箇所がある。あとでちょいと出かけるか。
「まずはとっととお勤めを済ませちまうか」
予定を決めてしまうと、次元はダイニングテーブルから立ち上がった。
手早く食器を洗うと、今度は掃除を始める。といっても放り出されているものをもとあった場所に戻し、掃除機を掛けるくらいだ。吸殻だけは尋常な量ではないが、あとは取り立てて手は掛からない。
まあ埃くらい放っておいたところで死にゃしないのだが、偶さかやって来る不二子が、そういうのにはやたら目端が利く。あの綺麗にマニキュアが塗られた人差し指でついと埃を掬い取り、嘲笑うように次元を見やって肩を竦めるものだから、次元としてもむきになってしまう。
そのせいで家事が全部自分に回ってきているのだなあと最近になってようやく気付いたが、わかっていてもつい意固地になってしまう次元である。










開店前の薄暗いバー。次元は迷うことなくドアを押し開けた。
カウンターの中、不躾な闖入者に不機嫌な顔で振り返った初老の店主は、次元の姿を認めて相好を崩した。
「久し振りじゃないか、ダイスケ」
「よお、ジョー。相変わらず元気そうだ」
次元も笑いながら、ジョーの目の前のスツールに腰を下ろす。隣のスツールにドラッグストアの包みを置く。開店前だからまあ許してもらおう。
ジョーの店は知る者ぞ知る小さなバーだ。だが、名うての傭兵のジョーの引退後の稼業ということで、その筋の男たちが集まるようになり、結果的にこの街で良質の情報の集まる場所となっていた。
目の前には次元の気に入りのバーボンが差し出される。ニューヨークを離れて久しいというのに。そうした意味でも、上等のバーだと次元は思っている。
他愛ない雑談の末、ふと次元は切り出した。
「S・・・国は最近、どうなんだ」
「耳ざといな、ダイスケ」
「・・・クーデター?」
「当たりだ」
「バックはA・・・国か」
ジョーは笑う。
「まったく、かなり知る奴も限られたネタだってのに。情報屋顔負けだな、あのベイビーが」
「あんたにはかなわねえや」
次元も苦笑した。まったく年寄りに昔語りをされてはかなう筈もない。駆け出しの頃には自分も随分みっともない有様で、そうした次元にジョーは何くれとなく物を教えてくれた恩人だった。
ジョーはようやく笑い止むと、声を潜めた。
「A・・・国とつるむ勢力が大掛かりに武器と傭兵を集めている。それとは別に、S・・・国内で動いている連中もいる」
「別にか」
「ああ。こっちに動かれると厄介なんで、A・・・国が今焦っている」
それで動きが性急なのか。次元はようやく合点がいった。
「もしかして宗教がらみの組織か」
「ま、お題目はな」
「・・・泥沼だな」
「A・・・国が焦ったところで動きは消せないんだろうが、連中、骨の髄まで楽観的だからな。今躍起になっているってわけだ」
ジョーは猪首をすくめた。そしてちらりと次元を流し見る。
「あっちの方で仕事かい?」
「いや・・・気になっただけさ」
実際、本当にそれだけのことだ。次元にとっては、手札を集めておくことが今できること。それに、自分の勘に引っかかるネタは、その後自然と役に立つことが多い。
ジョーは空いたグラスにもう一杯バーボンを注いだ。見上げると、ジョーは皺の目立つ目じりをさらにくしゃくしゃにして笑いかけた。
「人には収まるべき居場所があるってこったな」
どうやら野放図な頃の次元を思い出しているらしい。
・・・まったく、だから年寄りは嫌なんだ。
次元は被っていたボルサリーノの鍔を引き下げ、バーボンを煽った。










ジョーの店を早々に辞し、次元は路地裏を歩く。ふとその目の前を、二つの大きな影が立ちふさがった。
次元よりは背にして頭ひとつは高く、横幅は次元をおそらく三人足してもまだ余る、二人の巨漢。いかにもチンピラ然とした男たちだ。
「兄ちゃん、ここを通りたかったら出すもん出してくれねえとなあ」
そして二人でげらげらと笑い出す。
こうしたことには慣れていた。アジア系の次元はウェイトで目を引くものはないし、ましてや日系だ。駆け出しの、否、子供の頃からこの手のシチュエーションには場数を踏んでいる。
(しかし何でチンピラってのはこうも似通った格好をしたがるんだろうなあ・・・)
タンクトップに黒の革ジャン。ジャラジャラと鎖を垂らすその風体は、スタイリストの次元にとっては理解しがたいものだった。ため息混じりに肩をすくめる。
「てめえ・・・!」
こういう連中は、相手に馬鹿にされたのにはすぐ気付く。憤った二人の男は次元に殴り掛かってきた。
だが────遅い。
次元は突き出された拳をひょいと身を屈めてかわすと、目の前の男のみぞおちを一発蹴り上げた。げっと呻いて、男は気を失った。
もう一人が掴みかかるその腕を捉えて路面に叩き伏せる。身を起こす隙も与えず、額に銃口を突きつけた。
チェックメイト。
「・・・う・・・あ・・・・・・」
男は押し当てられた鉄の感触にがくがくと震えた。身に纏った鎖がかちゃかちゃと音を立てる。
「────その辺にしてやってくれねえか」
路地の影から、不意に現れた人影。聞き知った声に次元ははっと顔を上げた。
光沢のあるダークレッドのスーツ。黒エナメルの細身の革靴。こんな場所には似つかわしくないほど上物ばかりを纏った男は、こんな場所に相応しい不敵な笑顔を次元に向けた。
「ライアン」
「久し振りだなあ、ダイスケ」
ライアンは、地面に這いつくばる二人の男を流し見る。銃口を押し付けられていた男は、それまでより更に震えた。
「あ、兄貴」
「馬鹿な奴らだ。喧嘩を売りたいなら相手を選べ」
「へ・・・」
「次元大介────聞いたことはないか」
ライアンの口から飛び出した言葉に、男は文字通り飛び上がった。
次元は頭を抱えたくなった。名前の売れるのも考えものだ。安手の芝居かよ。
行け、とライアンは男たちに顎しゃくる。もう片方が倒れこんだままの男に肩を貸し、ほうほうの態で二人は消えた。
次元は肩をすくめると上着から煙草を取り出す。咥えると、ライアンが計ったようにライターの火を差し出した。遠慮なく火を借りて、ペルメルの煙を吸い込んだ。
「悪かったな、うちの若ェのが騒がせた」
「見ない内にずいぶん出世したもんだ」
「まあな、お前さんほどじゃねえが」
ライアンは苦く笑う。
マフィアの幹部の表情から垣間見える、昔馴染みの青年の顔。
駆け出しの、この街でくすぶっていた頃。吹き溜まりのようなその中、次元もライアンもいた。次元は銃で身を立てることを決め、ライアンはマフィアに拾われた。傭兵になった者もいれば────死んだ者もいる。
ライアンとは、それから会うことはなかった。噂だけを伝え聞いていたのはきっとお互い様だろう。だが目の前の男の目の奥は、あの頃と変わらない。もしかしたら自分も、そんなものなのかもしれない。
「飲みに行くか」
そんな次元のつぶやきに、ライアンは笑いながら首を横に振る。
「いいや、やめとこうぜ」
「そうか・・・」
確かにその方がいいのだろう。次元はわずかに唇を歪めた。
そんな次元に、ふとライアンの目に悪戯げな光が閃く。
「・・・とりあえずお前さんはその買い物袋をどうにかするのが先だろ」
「あ」
ライアンが、次元の抱えるドラッグストアの袋を顎しゃくる。すっかり忘れていた。
「それを抱えての立ち回りってのは確かに凄いもんだが」
ライアンは大袈裟なため息を吐いた。
「次元よお・・・お前さん、すっかり所帯臭くなっちまったなあ」
「だ、誰が」
「旦那によろしくな」
「・・・っ、旦那って言うな!」
「旦那と言われて思い当たる相手のいるところが末期だな────ま、今日ぐらいはおとなしく帰ってやれよ」
「うるせえ!」
ライアンは高笑いしながら路地裏に消えた。
ったく、しばらくはこの街で面白おかしく話題にされることだろう。
次元はボルサリーノのクラウンを押しつぶすように、乱暴な仕草で目深に被り直した。そしてふとつぶやく。
「今日ぐらいって、どういう意味だ?」










マンションへ戻ると、室内は明かりに満ちていた。
「遅かったじゃねえか、次元」
ダイニングには、エプロン姿の相棒が笑っている。テーブルには既に食事の用意が整えられていた。
「どういう風の吹き回しだ」
驚くというより呆れて、次元は言った。見ればずいぶん手の込んだ料理ばかりだ。
「まあまあいいじゃねえか、今日くらい」
だから、どいつもこいつも────今日ってのはいったい何なんだ。
言い返そうとして、でも止めた。面倒くさかったというのもあるし、何より腹が空いていた。
ルパンは何を血迷ったか、男二人の夕食にとっておきのワインまで出してきた。いよいよ訳がわからなかったが、ありがたくご相伴に預かることにする。
勧められるままにワインを干して、気がつけばルパンの寝室、ベッドの上に転がされていた。
「おい」
「何だよ」
伸し掛かろうとしたところ、胸を押し返されて、ルパンは不服げに唇を尖らせた。
「まずは言うことがあるんじゃねえのか」
「は? ・・・・・・ただいま、とか?」
「違う!」
次元は目の前の男を睨めつけた。
「────何か探ってたんだろう」
「ああ」
だが、事も無げにルパンは笑う。
「そっちはまた明日、な。今日はいいじゃねえか。こういう日に、せっかく二人きりの夜なんだしよ」
「わけがわからねえ・・・今日でも明日でも何が違う」
ため息を吐いて、それでも次元は自分の服を剥がしに掛かる男の手に、素直に身をゆだねた。こうなればもうルパンが自分の言葉など聞くはずがないのだから。
「次元ちゃんがそのつもりならいいさ。今日も明日も、みんな同じ一日」
子供をなだめるような響きの声に、次元は眉をひそめた。だが、すぐに襲い掛かってくるルパンの指に、唇に、すぐにそんな意識も溶けてしまう。
身体中をあますところなく口づけられる。抱き寄せられると、熱を帯びた肌はすこしの隙間もないほど男の身体に吸い付くように重なった。
飽くほど抱かれて、それでも鼓動は初めてのときのように跳ね上がる。もしかしたらそれ以上なのかもしれない。何をされるかもう散々知っていて、それでも男の手を待ち望んでしまうのだから。
ルパンの手が、じんわりと次元の下肢をまさぐる。尻の翳りに指が滑り込み、久し振りの行為に焦れた身体はそれだけで悶えた。
「・・・・・・っ・・・」
「息しろって」
そう笑う、ルパンの声も上擦っている。なのに指は焦ることなく、じっくりと次元の中を探っている。
「あ・・・あ・・・」
「次元ちゃんは、俺の指が好きなんだよな」
「ち、違・・・」
「違わないって。入れられただけでうっとりして、そんでぎゅうぎゅうに締め付けてきてさ。本当はこっちより好きなんじゃないの」
ルパンの昂ぶった性器が腿に押し付けられる。脈打つ熱さに、思わず呻いた。
指が好きだというのは、確かに当たっている。
ルパンの指────その白く長い指が、どれほどの奇跡を生むか、それを次元は目の前で見てきた。まるで存在そのものが奇跡のような男の、その奇跡を生み出す指。
触れられると、それだけで次元は何もかもを忘れそうになる。
指で穿たれたまま、性器を口に含まれた。吸われ、くじられ、腰は逃げかけるが、もう片手に抱え込まれてそれも儘ならない。奔放な嬌声が寝室にあふれる。
「はあ・・・」
散々に身体を昂ぶらせ、指がするりと引き抜かれた。吐息がこぼれる。
身体を裏返され、肩をシーツに押し付けられた。後ろから伸し掛かったルパンの膝が、脚を割り開く。そのまま、性器が入り込んできた。
「んん・・・っ・・・」
たわむ背中にルパンの口づけが落ちる。さらに深く突かれ、たまらず腰が揺れた。
不意に腰を掴まれ、引き上げられた。震えを堪えて膝立ちになると、待っていたようにルパンの腰の動きが早くなる。抉るような動きに、次元は必死に腰を振った。
「あ・・・あぁ・・・っ・・・ん」
「次元」
かすれた声で、名前を呼ばれる。胸が疼く。
「次元・・・いいか」
「い・・・いい、あ・・・あ」
喘ぎながら、次元はルパンを振り返った。それを見咎めて、ルパンが動きを止めて次元を見つめる。
「どした」
「ルパン・・・」
震える唇で、言葉を紡ぐ。
「お前も・・・い、いか・・・?」
ルパンはかすかに笑った。情欲の滲む、それでもやさしい色を失わない目。
「ああ、すごくいいよ、次元」
そうか、とシーツに顔を伏せた。ルパンがふたたび動き始めた。
「あ・・・あ・・・」
ぱたぱたと背中にルパンの汗が降り落ちる。自分の身体が相手にも快楽を与えている。それだけで嬉しい。
ルパンの指が、次元の性器に絡んだ。きつく扱かれ、追い詰められる。身体が暴走する。もう自分でも制御できない。男を咥え込んだ其処が淫らに蠢くのがわかる。
ルパンの快楽に添うために、ルパンによって作り変えられた身体。
それでも、かまわないと思ったのだ。
背後から硬い腕が回される。律動が速くなる。荒ぐ呼吸は、もうどちらのものかもわからない。
快感が全身を貫く。
自分の内側が熱く濡らされる感触に、次元もまた男の掌の中に精を放っていた。










ぐったりとした次元の身体を、だがルパンは一向に離そうとしなかった。
汗と精にまみれた身体をかまいもせずに、ゆったりと掌で次元の身体を撫で回している。居心地が悪い。だが身体は正直にふたたび熱を上げ始める。
「本当に、どうしたんだ今日は」
いつもとどうにも挙措が違う。次元は首をかしげた。
「たまにはいいだろうが」
「・・・なんか気味が悪ィな」
「お前、言うにこと欠いて・・・」
今日は何の日か、お前に言うだけ野暮なんだろうななどとルパンはぶつぶつとぼやいている。言いたいことがあるならきちんと言え。難儀な男だ。
相手にするのも面倒くさい。だから次元は代わりにその唇をもっと有効に使うべく、ルパンの首を引き寄せたのだった。










そんな、二月十四日の夜。










end










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