S.

Not Serious





































































































Not Serious.
そんなご大層なことじゃない。
いつもと何も変わらない、そんなごくありふれたこと。
至極平凡な、つまらない日常。
Not Serious────ほんの些細なこと。










Not Serious









口に含まされた女物のハンカチがじっとりと唾液を含み重くなる。ハンカチに染まされた香水のあまい匂いが立ち上り鼻腔に抜ける。次元はきつく眉をしかめた。
口内のその熱で、次元の知っているその香りより、数段強くなっている。芳香のはずのそれは、いまやただの刺激臭でしかない。
こめかみが痛む。だが吐き出すことはできなかった。
なぜなら、ハンカチを含まされたその上から、更に口を覆われていたからだ。要するに、猿轡を噛まされている、というわけだ。
むろん、猿轡ばかりでない。
一糸纏わぬ全裸に、縦横無尽に走る縄。ジュート素材のそれは、わずかな痒みを伴って、次元の全身を締め付ける。
いつもより、縄がきつい。
容易く解放されないであろうことをその拘束の強さから感じて、次元はため息を零す。もっとも封じられた口元からはくぐもった呻きのようなものしか発せられないのだが。
ただ広い寝台の上に身じろぎすら満足にできぬように手足を括られて、転がされている。部屋中の明かりが灯されて、何ひとつ隠せるものなど無い。その姿を、男の視線が射抜くほどの鋭さで見つめていた。
ルパンは、クラシックなアームチェアに深く身を沈め足を組み、すっかり腰を落ち着けてその様子を見つめていた。ルパンはネクタイすら緩めていない。上着すら脱いでいない。ただ冷たい目で、無様に転がる彼の相棒を見つめていた。
じわりと、汗が滲むのがわかる。
今回の仕事にけりがつき、アジトへ戻ったその夜、相棒の寝室に強引に連れ込まれ、寝台の上に突き飛ばされた。
サイドボードの上に用意された縄を見つけ、何が起こるかすぐに察した。
だが次元は逃げなかった。自ら服を脱ぎ、縛りやすいように体勢を変え、むしろ進んで協力することも厭わなかった。
気晴らし。
こんなものにはその程度の意味しかない。すこし機嫌を損ねた暴君気質の男が、ちょっとばかり憂さを晴らすために、次元をこうして乱暴に扱うのは、稀ではあるがこれまでにも無いことではなかった。
この男と肌を重ねるようになって、もうずいぶんになる。
恋人、というわけではない。
むしろ、そうした情熱とはかけ離れた関係だ。
幼馴染の、馴染んだ肌の気安さで、時折ルパンは次元を抱く。
行為の最中には日常の些事や、時には次の仕事の計画のあれこれなど、そうしたふだんの延長のような会話さえ間々ある。その程度の関係である、とも言えるし、もしかしたら、家族が感情を癒すために抱擁しあうような、そうした挙措と類するものなのかもしれなかった。
だから、時としてこうした竜巻のような男の急激な感情をぶつけられることがあっても、次元はそれを受け止める自分を知っていた。受け止めたいというのは自分の感情で、受け止める相手が他でもない自分であることに、すこしばかりの安堵さえ覚える。
それだけだ。大したことなど何も無い。
次元は自分にそう言い聞かせた。
後ろ手に縄を絡げられたまま仰向かされているせいで、背中が押し上げられて酷く苦しい。嘔吐きそうになるのを必死に堪える。
それはたぶん、ルパンの求める反応ではないから。
それでも苦しさに胸を喘がせる次元に、ようやくルパンはアームチェアから立ち上がった。ゆっくりと歩み寄る気配に、ざらりと肌が粟立つ。
ルパンは寝台の上に乗り上げると膝立ちになった。そして縄の掛かり具合を点検するような無造作な手つきで、次元の肌に掌を滑らせる。次元の喉が、我知らず鳴った。





明るい中、淡々と指が滑る。縄をかけられた痛みと、麻のもたらす痒みに敏感になった肌は、それだけの動きにびくびくと震えた。
「──────!」
不意に閃いた指先に乳首を捻り上げられた。叫ぼうとして猿轡に阻まれる。
「・・・ん・・・・・・ぐ・・・っ」
次元は首を仰け反らせ、反射的に口の中の布を噛んだ。ハンカチから唾液が滲む。混じる苦味は香水のそれで、次元の意識を惑乱させる。
まるで猫が、捕えたは良いものの食べるつもりなどさらさらない小雀を手の中でただ嬲るように。
そんなふうに、ルパンの手が彷徨う。昨日の銃撃戦で出来たばかりの腕の傷。むき出しの傷痕を指先が辿り、薄く張った膜を抉るように破った。
「・・・・・・・・・!」
痛みに身が竦む。それを見て、ルパンの目が今日初めて笑んだ。
ようやく目の奥に揺らいだ情欲の色に、次元はそっと安堵した。自分ばかりいいようにされるというのは、覚悟はしていてもやはりつらい。
ルパンは次元の隣に横になると、口の端を歪ませた。いびつにくくられた身体に腕が回される。
「いいざまだな、次元」
痩せた尻をきつく掴まれた。食い込む指が痛い。その強さのまま揉み込まれ、次元の眉がぎゅっと寄った。痛いばかりのはずのその動きに、身体が昂ぶっていくのがわかる。肌が反応していくのがわかる。
「・・・ん・・・ぅん・・・」
次元は汗になって呻いた。荒い息がこみ上げ胸を突く。ルパンの上着の袖がまだらに変色していくのが目の端に掠めた。
「縛られると、やたら気分が乗ってくるんだよなあ、次元ちゃんは」
ルパンが喉の奥で含み笑うのが、触れた肌から響いてくる。
違う、そうじゃない。
言葉は、口の中の布に吸い込まれる。こめかみが痛む────まるで次元の言葉を、嘘だと詰るように。
歪む次元の表情を満面の笑みで見つめて、ルパンの指がいっそ優しげに額に張り付く長い前髪を梳いた。
「ちょっと待ってな」
ルパンはいったん寝台から滑り降りると、サイドボードの引き出しを探った。その仕草に覚えがある。靄のかかった記憶の欠片を手繰り寄せる間もなく、ルパンの手にしたそれを見て、次元は瞬間、身体を波打たせた。
「ああ、覚えてたのか」
ルパンの喉が嬉しげに鳴った。
器用な指先が青い瓶に掛かり、ゆっくりと蓋を外す。中の煉瓦色の練薬を指先にわずかばかり掬い上げると、次元の目の前に翳した。
視界が像を結ぶかぎりぎりの位置で、ルパンは笑いながらその練薬を親指と中指のニ本の指で捏ね回す。
「お前はこれも大好きだったよな。泣きながら腰を振って────あの時、何度気をやったか覚えているか?」
痛みなら、どれだけでも耐え様があるのだ────
次元はきつく目を閉じた。
快楽も、共に身体が昂ぶらされていくなら構わないと思う。それは心を繋ぐことでもある。
だが────
総身がおののき、汗が脇腹を伝う。
この薬にまつわる忌まわしい記憶を、次元ははっきりと思い出していた。





ただ一人昂ぶらされ、冷ややかなルパンの目の前でのたうち回るしかなかったあの時。
喉が枯れるほど泣いた末、その後の記憶はぷっつりと失せていた。そして終日床に就いてようやく起き上がったその翌朝、ルパンは凪を打ったように穏やかに次元に笑いかけた────
あの時も、身体以上に胸が軋んだ。ルパンの行為の理由なぞ、今もわからないけれど。





「暴れるなよ。こいつは量の加減を間違えると、粘膜が爛れるからな」
楽しげな声に、震える身体を叱咤する。薬に汚れる中指は尻の狭間を辿り、そっと次元の内側に入り込んできた。
指の間で人肌に馴らされた練薬が、内壁に塗りこめられてゆく。
かあっと全身を急速な熱が包み、後を追うように痒みが湧き上がる。思わず喉が仰け反る。途端にぴしゃりと尻を打たれた。
「・・・くっ・・・・・・んぐ・・・ぅ・・・」
指は焦らない。一箇所たりとも塗り残すことの無い様に。そんな丁寧さで、緩やかに次元の中で規則正しい作業を繰り返している。
弄られもせぬ性器が、今はもう腹に付くほど反り返っているのがわかる。
指が最初に触れた箇所はもう焼け付くほどに燃え上がり、鈍痒に我を忘れそだった。だが、次元は必死に堪えた。





暴れるなと。そう言われた。
次元のそれは隷属ではなかった。むしろ彼自身の願望だった。
せめてこればかりは彼に従いたい。
自分の内でただひとつ、彼に従えないものの正体に目を背けたまま、次元はそんな風に思っていた。





延々と、くじられている。
練薬が届く限りの内壁に塗り込められて、だが指はそのまま其処に留まっていた。
もう、どれだけの時間、こうされているのだろう。
ほんの一、二分のことかもしれなかったし、もう一時間以上も、そうされている心地もする。
もはや身体は悲鳴を上げているのに、次元には何ひとつ為すすべはなかった。
この猿轡は、次元に否やを言わせないためではない。先を促す言葉を封じるためだったのか。
ようやく了解した事実に、次元は耐えるしかないのだと思い知らされる。
喘ぎで熱を外へ逃すことも出来ず、次元は身内を駆け回る熱に身悶えた。





許してくれ────そう声を出したい。
だが、何について許しを請えばいいのか。
わからない────わかりたくない。





自分の性器が、だらだらと濡れ細っているのを感じる。
腰がうねる。やわらかな動きの指を痒みの湧き上がる場所にせめてなだめる場所に押し当てようとして、だが叶えられてそのもどかしさに更に身を焼いた。
どうしたらいい。
どうしたらいいのだろう。
次元は震える瞼を押し上げた。
目の前の男は衣服ひとつ乱しもせず、口元に酷薄な笑みを浮かべたままだった。
ゆるゆると、思考が崩れていくのがわかる。
理性が、失われていくのがわかる。
新しい涙があふれた。
頬を伝う筋が、幾つにもなる。止まることなくあふれ続ける。
助けて欲しい────
その瞬間、中に遊ぶ指がかすかに閃いた。
「────────ッ・・・!」
かりりと爪に引っ掻かれ、その衝撃に次元は果てた。
勢いよく吹き出した精液が、腹を、胸を、頬を汚す。
しかし身体の熱は一向に収まらなかった。
性器は昂ぶったまま、まだ熱を宿し続けている。
小さく笑う声がした。
次元は自らを苛む男を見上げた。
ルパンが笑っていた。
だが先ほどの笑みとは違う、まるであどけない子供のような、楽しげな笑みを浮かべていた。
まだ幼かった頃、大人相手に他愛もない悪戯を仕掛けるのに、次元を共に誘いかけてきたような時の、そんな笑みを。
ルパンは膝立ちに立ち上がると、猿轡の結び目にそっと手を掛けた。
怪盗の鮮やかな手業は、ほんの一瞬の間もなく、厳重に縛られたそれをほどいて見せた。そして口の中からハンカチをつまみ出す。次元は大きく息を付いた。
「どうする、次元」
「早く・・・」
次元は娼婦のように腰を揺すった。早く、どうにかして欲しかった。
「もう────許してくれ」
考えるよりも先に口走った。
後悔が襲っても、そうする他、彼には道が残されてはいなかった。





次元の唾液に変色したハンカチを、ルパンは一瞥もせず、部屋の片隅のダストボックスに放り投げた。
次元の目がそれを追うのを見て、ルパンが低く嗤った。強引に顎を引き戻され、深く口づけられた。唾液をとめどなく流し込まれ、次元が咽返る。だが口づけは堅く、一向にほどかれる気配はなかった。
涙に滲む視界に、ぼんやりと浮かぶかすかな幻。





敵のはずの女だった。
研ぎ澄まされた美貌のブルネットの女。深紅のスーツがグラマラスな肢体に吸い付くようで、彼女自身を薔薇の花のように見せていた。
酷薄な瞳が、まるで薔薇の棘だった。
次元と出会ったのも、銃撃のさなか。銃弾と冷徹なわずかな会話のほかは、交わしようもなかった関係だった。
それだけのことだった。





ひとたびだけ、彼女を腕の中に抱き上げた。女は既に死を待つばかりだった。次元の銃弾に胸を射られ、それでも女は初めて笑みを浮かべた。青ざめた唇は、強張ってかすかな動きすら満足に伝えることが出来なかったが、次元にはすぐにそれとわかった。
女の震える指が自分のジャケットをまさぐり、取り出したそれを次元の手に押し付けた。薄いシルクのハンカチ。
途惑う次元に、女が笑う。
そのとき次元は初めて、自分の頬が濡れていることに気付いた。
そして女は事切れた。
ただそれだけのことだった。





不意に寝台に身体を押し戻された。
脚を抱え上げられる。荒い息を整える間もなく、そのまま押し入られた。
自分を穿つ男の感触はもはや快感以外を伝えようとはしない。
次元は、そこだけ自由になる首を、懊悩のままに横に振った。何度も、何度も。
目の前の男の表情に、気付かない振りをして。





あんなことが、理由のはずがない。
何事かで機嫌を損ねたルパンの八つ当たりなど、これまでにだってよくあること。
こんなことに、何か意味があるはずがないのだ。
揺さぶられ、鳴かされて、次元はただ時が過ぎるのを待っていた。










Not Serious.
そんなご大層なことじゃない。
あいつの笑顔、その目の奥がどこか歪んで見えるのも、それを見て自分の胸が軋むのも、全部気のせい。自分勝手な願望。独りよがりの感傷。










Not Serious────ほんの、些細なこと。










end










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