クリス先輩にお願い! 〜指南編〜 「クリス先輩、相談がありやす!」 「あります」 木枯らしが吹き始めた、寒い夜 1日の疲れを癒して、温もった風呂上りに 泥だらけの1年'sに呼び止められたクリスは、眉間に皺を刻みつつ嫌そうに振り返った 「・・・明日じゃ駄目なのか?」 さすがに悪いとは思っているらしい きちんと襟を正して並んでいる二人を見やるとおずおずと切り出した 「出来れば今日の方が・・・な、降谷」 「今後の事があるしね。・・・先輩お願いします」 見つめあって強く頷き合う彼らの右手と左手がしっかり繋がっているのを見て クリスの顔は引きつった この2人のとんでもない秘密を知っている彼は嫌な予感がする・・・と天を仰ぐ 「わかった、部屋に来い」 本当は逃げ出したかったがそれは無理な話だと、もはや悟っているのだった 「・・・・」 部屋に戻り同室の後輩を追い出したクリスはイスに腰を下ろす ひどく喉が渇く 途中買ってきたスポーツドリンクを一気に半分程飲み干して 床に正座している後輩に言った 「それで?相談って言うのは一体なんだ?」 『良き相談相手』から『キューピッド役』そしてとうとう『仲人』にまで 単なる 『部活の先輩』という立場から、間違った方向にステップアップしている気がするクリスは次に来るのはさしずめ・・・ 「まさか子供の"名付け親"になって下さいとか言うんじゃあるまいな」 なーんて珍しく冗談を言うも 「・・・・・」 「・・・・・」 顔を見合わせたルーキーズに、次の瞬間、キラキラとした目で 「すげー先輩!何でわかるんすか!?」 「・・・千里眼?」 と、言われて固まった 「・・・・・・・・・・・冗談だろう?」 「いえ、冗談じゃなくて」 「実は」 「「赤ちゃんが出来たみたいなんです」」 子供みたいなあどけない顔で頷いた彼らは、恐ろしい事をあっけなく言いのけたのだった 今にも卒倒しそうになるのを必死に我慢しながらクリスは言う 「お前達、それがどういう事かわかっているのか?」 「・・・はい」 「・・・わかってる、つもりです」 婚約していると言っても、まだまだ2人は高校生 気をつけなければならない事は沢山ある 『避妊』は最も大切な事だ 子供が出来たところで、経済的にも、精神的にも子供な彼らに育てられるわけがない 何よりこれからの青道を背負っていかなければならない立場だ 妊娠・出産による1年以上のブランクは栄純にとって選手生命に関わる問題だった 『えっちもしてる』とカミングアウトされた時に何故きちんと注意しておかなかったのか、クリスは考えの足りなかった自分を悔やんだ 「何でちゃんと避妊しなかったんだ!?」 思わず声を荒らげると2人はきょとんと目を丸くする 「避妊?」 「どうやって?」 クリスは頭を抱える 何でそんな初歩的な事から教えないといけないんだ・・・!? 「ちょっと待ってろ」 そう言って2人を残して部屋を出ると、はぁ〜っとため息をつきながら 青道一のプレイボーイの部屋へと向かった 「え?アレ?持ってるけど」 「スマン、お前しか思いつかなかった」 「クリスはデカイから標準じゃ小さいかも」 「・・・俺じゃない」 「えっ?まさかクリスが挿れられる方?」 「そうじゃない!」 細かい説明はまた今度、とクリスはポケットにそれを突っ込み部屋へと戻る そして正座して待っていた2人の前にビシッとメンコのように叩きつけた 「何すか、コレ?」 「お菓子?」 四角い包みのそれを明かりに透かしている2人にクリスは 「避妊具だ、コンドーム。それぐらいわかるだろう?」 「えっこれが!?」 「今度産む・・・」 ピリッと包みを開け、薄いゴム状のそれを出して目の前に突きつける 「お前らみたいなガキがガキを作ってどうする?子供が可哀想だろう? 何で避妊をしないんだ!?」 例え100%でないとはいえ、ゴムぐらいつけろ!と肩で息をしながら言うと 顔を見合わせた2人は首を傾げながら困った顔で言った 「使い方がわからない・・・」 「誰が使うんですか?」 何てことだ・・・ オーマイガッとクリスは天を仰いだ さすがに実践は出来ないので、使用方法を細かく説明してやりながら情けない気持ちになる 「・・・という風に使う。途中でつけても意味ないからな。最初からつけて意味を為す。わかったな?」 「へぇぇぇぇぇ」 「そうなんだ・・・」 クリス先輩はやっぱりすごい!と尊敬されても嬉しくない それに今更こんな説明をしたところで、既に妊娠してしまっているときてる もう遅いのだ 「ところでクリス先輩」 「何だ?」 「挿れる方がつけるって」 「・・・お前達の場合、降谷の方だろう」 何でそこまで言わないといけないんだ、と顔を顰める 「何がですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だと?」 えっちをしている、妊娠したらしい ・・・とまで言っておいて何を今更、とクリスは怒鳴り散らしたくなる気持ちを必死に抑える しかし、ちょっと待て・・・と、顔を引きつらせながら2人に問いかけた 「お前達、してるんだろう?」 「えっち?」 「・・・・・・そうだ」 「し、してますよ」 「してます」 頬を染めつつお互い見つめ合い頷く様子は、どう考えても完全に出来上がっているバカップルだが・・・ 「ど、どこまでしてるんだ?」 他人の性生活に興味があるわけではないけれど、これは確認しておく必要があるのかもしれない 「えーっ!そ、そんなコト言えないっす!」 「勿体無くて言えません」 「・・・俺だって聞きたくて聞いてるんじゃない!でもな、大切な事なんだ」 「大切な、コト?」 「・・・・・・・・・・つまり」 ぶっちゃけた話『挿れたか、挿れないか』である 実際挿入はなくても妊娠の例はあるが、どうもさっきからこの2人の話を聞いていると、何か根本的な事が違っている気がする 「な、なななな何言ってんですか先輩!」 「・・・だよな、基本的な事を聞いてスマ・・・」 「そんな、何をどこに入れるって言うんですか?」 ・・・・・・・・orz・・・・・・・・・ つまり、こうだ 2人の間で『えっち』というのは、 裸になって、キスして、せいぜいしごき合って射精に至る・・・ということで 「だったら妊娠なんて、どうして・・・」疲れ果てた顔で言うと "昨日と一昨日、ずっと栄純が吐き気があった"からなのだと言う つまり『悪阻』というわけだ 「・・・沢村、お前変な物拾って食べたんだろう?」 「いくら俺でも拾い食いなんてしないですよーー!」 「じゃあ、こっそり食った増子のプリンが腐ってたんだ」 「・・・・・・プリンは食いました」 多分、ビンゴ★ 何てお騒がせなお子様カップルだ、とクリスはズキズキ痛むこめかみを押える 「あの先輩」 「・・・何だ」 「つまり、沢村は妊娠していないってコトですか?」 「そういう事だ、良かったな」 『妊娠』するような事はしていないのだから当たり前だ しかし降谷はあからさまにがっくりと肩を落として「僕と栄純の赤ちゃん・・・」なんて涙ぐんでいる 「暁っ」 「・・・栄純」 「今は神様が野球頑張れって言ってんだよ。頑張って甲子園で優勝したら きっと赤ちゃんくれる・・・だから泣くな・・・」 「そう・・・だね、僕もっともっと頑張ってエースになるよ」 「エースは俺だけどな!」 「僕!」 そんなやり取りを見て、クリスは思わず笑みを零した 馬鹿な子程、可愛いとはこういう事かもしれない さしずめ結果オーライ、というところだろう しかし 「ところでクリス先輩」 子犬のような目で見つめられて、クリスは固まった 「どこに何をいれるのか、教えて下さい!」 「!!」 いくら教育係といっても『性教育』までは面倒みきれない 「クリス先輩!!」 「先輩?」 クリスの災難はまだまだ続く・・・ |