◆リオウ◆

3月に入ってすぐの頃。探していたリオウに廊下で会ったので呼びとめた。
「今度リオウの誕生日よね?」
リオウの誕生日は6日だ。もう、すぐそこ。
私、今からとても楽しみにしているの。
去年は、誕生日とか個人的な祝いごとも盛大にやるのは控えるように言われていたから。
でもカインが無事即位した今年なら……
「リオウは誕生日会なんて予定してるの?楽士仲間で集まったりとか?何をして過ごすの?」
嬉しくてまくし立てる。
興奮気味の私とは対照的に不思議そうな顔をしてリオウが答える。
「別に何もありませんよ?予定なんて」
え?
それに、とリオウが付け加える。
「本当に生まれた日かどうかは……わかりませんから」
あ……
浮かれていたから冷水を浴びせられたような気分になる。
「ああ、でも一族が僕を拾ったのが二十年ちょっと前の今頃というのは確からしいですが」
そんな私を気遣ってか、そんなことを言って困ったように微笑む。

リオウ……

お父様と、お母様がいない気分というのはどういうものかしら。
私も失くしてはしまったけれど、最初からいなかった訳ではない。
それに、カインはいてくれるし。
一族、という特殊な環境も、私は知らない。
気持ちは、わからない。

「少し、歩きましょうか」
俯いてしまった私の手を引いて、リオウが庭園に出る。

リオウが花が綺麗だとか色々話し掛けてくれるけれど、身が入らない。
好きな人の気持ちを考えられないなんて、恥かしい。
恋人、なのに。
なんだか悲しくなって…どうしても謝らないといけないような気がして、「ごめんなさい」と口にした。
そうすると振り向いて、少し私の顔を覗きこむようにするリオウ。
「どうして謝るの?」
「リオウの気持ちがわからなかったから」
素直に口に出す。
「でも僕を祝ってくれようとしたんでしょう?」
優しい言葉と、優しい笑顔に、涙がこぼれそうになる。
それを堪えていると、リオウは話し始める。

「去年の誕生日も朝に来て、贈り物をくれたよね」
一言一言、優しさの溢れる口調で話す。
「あの時は、教育担当者だから気を遣ってくれただけだって自分に言い聞かせたけれど……」
笑みを湛えながら少し探るような視線をくれる。
「今年も祝ってくれると言うなら、それだけじゃないんでしょう?」
私の反応を見ながら笑顔で、そんなことを言われて。
もう我慢ができなかった。
リオウの胸に飛びこむと堪えていた涙がこぼれた。
しゃくりあげて泣く私が落ちつくまで…ずっと暖かく包み込んでいてくれていた。
その温度に安心して顔を上げると、心配そうに私を見つめている瞳にぶつかる。
人前で泣いたことが急に恥かしくなって視線を逸らそうとする私。
と、逸らす前に顎に手を添えてリオウの方を向かされた。
反対側を向こうとするともう一方の手で遮られる。
俯くこともできないで困っているとリオウがそっと私を解放した。
「ごめん。だって僕の為に泣いてくれる君が可愛くて」
少し距離を取りながらこちらを窺うリオウ。
「泣き顔なんて可愛くないし、目だって腫れてるわ」
そう抗議すると、困ったような表情をする。
「そんなことないから……困るんだよ?」
よくわからないことを言う。
泣くと、上手く考えられなくなるのかしら。
不思議そうな顔をしてしまったのか、リオウが笑う。
どうしてか、聞く前にリオウが表情を改めた。
少し考えこむように顎に手を当てる。
「でも僕が本当に生まれた日、というなら…きっと君に出会った日でしょうね」
神妙な表情で言うから、本気みたい。
「君に出会って、僕の新しい人生が始まったのだから」
そんなことを言われると、恥かしくなる。
それなのに、リオウはまだ続ける。
「記念日と言うなら、君に会える毎日が記念日だね。……うん、だから今日も記念日」
笑顔で言って、一人で納得したような表情をして。
「は、恥かしいこと言わないで」
嬉しくない訳ないのに恥かしくて、つい言ってしまう。
それなのに。
「恥かしいですか?君への気持ちに恥かしいことなんて…ありません」
恥かしく、ないの?!いや、うん、でも、そう、なのだけど。
顔が、熱い。
「いや……やっぱり少し恥かしいかな」
言い切った後で妙に真面目に付け加えるからおかしくなって、少し笑ってしまう。

「ひーめ、やっと笑ってくれましたね」
子どものように嬉しそうに笑うリオウ。
「やだ、今のは私を笑わそうと?」
自分で言っておいて少し険のある声が出たと思う。
だって、恥かしいし、驚いたし、それに……嬉しかった、のに。
それなのにリオウは首を振る。
「ちゃんと本気ですよ?」
何だか…ずるい。
何でも見透かされてしまっている気がする。
全てを知りたいなんて、無理なのはわかっているけれど。
でもやっぱり、リオウには敵わないのかしら。

そうね。
私が笑えば、リオウも笑ってくれるならそれでいいのかもしれない。
「私も、リオウが…好きよ」
そう言って、手を繋ぐ。
また歩き出した所で今日リオウを探していた理由を思い出した。

――誕生日。
その日付は確かじゃないかもしれないけれど。
お祝い、してもいいかしら。
予定がないというのは最初に聞いたし。
「約束がないのなら、6日は私と過ごす時間を作れるかしら?」
「君がいいのなら、いくらでも」
すぐに返事が返って来るから、何だか最初から用意されているような気になる。
そんなこと、ないと思うのだけど。
「では約束ね」
「君に祝って貰えるなら特別な日になりそうですね」
またそんなことを言う。
何となく、甘い雰囲気に陥りそうになるのを踏みとどまる。
「去年の分もぱーっとやりましょうね!」
そう言うと少し表情が曇った。
「他にも誰かくるの?」
「招待はリオウの予定がどうかわからないし、してないけど皆でお祝いしようと思って」
いけなかったかしら。
少し考えて、リオウが口を開く。
「僕は君が傍にいてくれるだけでいいんだけど」
私が、傍に……?
「それだけで、いいの?」
聞くと当然のような顔をして頷くリオウ。
「ええ、君との時間が大事ですから。でも1日ずっとですよ」
その日は、そうできないこともないけれど。
誕生日のお祝いをされる方がそう、言うのならそれがいい、のよね?
あら?
何となく、腑に落ちない……ような気がする。
「誕生日にはケーキを食べるのでしたか。ではまた焼いておきますね」
そんなことを言うから慌てる。
「あなたが用意しなくてもいいのよ。私がするわ」
「いいえ、姫の手を煩わせるまでもありませんよ」
妙にキッパリ言い切られる。
確かにリオウは料理が上手だし、お菓子も上手だけど。
それだけではないような気がする。
「それにそんなことをして頂いたら、貰い過ぎになってしまいます」
1日、傍にいるだけで貰い過ぎ…?
「では日付の変わる頃、お迎えにあがりますね」
日付の変わる頃?それは真夜中、よね?
「えっ、1日ってそういうこと?」
「フフッ、どういうことでしょうね?」
そう悪戯っぽく笑うリオウ。
庭園を抜けて、最初に出会った廊下に戻る。
「部屋まで送りたいけれど、そろそろ行かないとさすがにまずいかな」
用事の途中だったの。
それは悪いことをしてしまったわ。
そこで、別れて、その日はそれっきり。
当初の目的は果たせたわけけど……何だか、負けた、気がする。

リオウの誕生日の来る日まであと幾夜。


〜Fin〜




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2006.3.6

途中で思わぬ方向に向かって行ったのでいたずらっこ姫と分割しました(シリアス台無し)

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