=========================================================================================  この作品は、あくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり、この小説の登場人物、   設定等の著作権は、すべてクリス・カーター、1013、20世紀フォックス社に帰属します。    HiyoさまのHP アイーマ嬢のリクエスト「あなた色に染めてプロジェクト」及び、    DolceさんのHP「Luna Project」に協賛しています。 =========================================================================================     約束       by anne   =========================================================================================  *** 真昼の月 ***     その日は、はなぐもりだった。いつもよりもゆったりとランチを取って僕達は川縁を散歩し  た。何時になく優しく穏やかな顔をした彼女は、空を見上げてこう言った。  「昼間でも、月は見えるのね。」      科学者らしからぬ言動だ。それがわかっているのか自嘲するように少し歪んだ笑みを洩らし  た。   なるほど、昼間に月など見る暇がないほど普段は仕事に追い立てられているということか。   僕も倣って見上げてみると、それは大きな満月だった。  「月は地球に対して、いつでも同じ顔を見せているんだったね。」  「そうよ。月の自転は地球を回る公転と位相が一致しているから、いつも同じ面をこちらに向  けているのよ。」  「・・・・月を目指した宇宙飛行士たちはきっとあの裏側を見たかったんだろうな。」  「そうかしら? アメリカに先駆けて、旧ソ連邦の"ルナ3号"が撮影に成功しているのよ。写  真で見れるじゃないの。」   僕は思わずため息をひとつ吐き出して、半分笑って半分呆れて彼女の顔を覗き込んだ。  「君に係ればなんでも合理的になるな。そうじゃなくて、自分の目で確かめたいとは思わない  かい?」   じろりと僕を一瞥し、呆れたように頭を振る。  「私だったら危険な宇宙に行くよりも、地に足をつけて写真を見る方がいいわ。」  「その辺りが男と女の差なんだろうか? ・・・・万一、僕らが結婚でもしたら、大変だな。」   確かに彼女はこの上なく素晴らしい相棒だ。それに比類なき友人でもある。と、同時に僕の  一番大切な唯一心を許せる人だった。彼女といる時が一番楽しかったし、安心も出来た。何時  だってどんな時だって一緒にいることが出来たら、他には何も望まない。僕は独りでいるより  も彼女といる方が楽で心地良かったのだ。   彼女に対するこの想いは愛なのだろうか。時折僕は彼女をからかいながらふと、考える事が  あった。   彼女自身、僕に対する想いは僕と同じで、所謂恋愛とは違う感情に戸惑っているふしが見ら  れた。他人が見れば、恋人以外の何者でもない付き合い方をしているのだろうが、本人同士は  実はどう考えてよいものやら見当がついてはいなかった。少なくとも、僕はそうだった。   だから、半分本気で口にしたとはいえ、本当に結婚するつもりがあるのかと問い詰められる  と答えに窮していただろう。それくらいの軽い気持ちで滑り出た言葉の筈だった。   しかし、次の瞬間凍りついたような無表情の彼女の顔を見て僕は、衝撃を受けていた。そし  て、そんな自分に対しても信じられぬ思いを抱いたのだった。   彼女はそんな僕に重ねてとどめの言葉を突き刺した。  「万に一つよりも小さな可能性ね。そんなこと、考えたこともないわ。」   力ない乾いた笑いを洩らした僕を君はどう見ていたのか、その時は知る由もなかった。  *** 散りゆくもの ***   バンッと少々派手な音を立てて扉は閉められた。   スキナーの部屋から出てきた僕らをキムが驚いた、と同時に素直な好奇心を隠さずに見てい  るのは分かっていたが、それにしても腹立たしく、僕はその場で彼女に向かいあって今さっき  まで上司の前で繰り広げていた議論を蒸し返した。  「何故、そう決めつけるんだ。調査してみない事には何も分からないじゃないか。」  「冷静になりなさい、モルダー。」   彼女の声はすっかりと冷え切っていた。いつもなら、多少の無理なら聞いてくれるはずの彼  女が今日は、僕を目の仇のようにスキナーと組んで叱りつけたのだ。  「いいさ、独りでも僕は行くぞ。」   これは絶対に例の組織の絡んだ犯罪だ。そう信じて疑わない僕は、腰に手をおいて彼女をひ  たと見据えた。  「何処にそんな証拠があるの? 貴方の頭の中にだけ通用する判断で、出ていって調査するわ  けには行かないのよ。ましてや相手は大物の政治家だわ。」   小さな彼女は負けじと胸の前で腕組みして僕を振り仰いで睨みつける。  「だから、何だ。君は怖いのか? 相手がどんな奴だろうと、この際関係ない。」  「いいえ、関係あるわ。社会的地位を無くしてもいいのかと言ってるのよ。FBIという立場  がなくては、貴方のいう真実の追究だって出来ないのよ。頭を冷やしなさい。」   分かっている。君は何時だって正しいんだ。その事が余計に僕を苛立たせる。   言葉に詰まった僕は彼女に背を向けてキムのあからさまな好奇の視線から逃れる為に廊下に  出ようとした、その時だった。   僕の足元をひらひらと花びらのように書類が舞った。振り返ると彼女の手から、今スキナー  につき返されたレポートがこぼれ落ちていた。そして、何よりも大切な人を受け止めようと伸  ばした僕の腕は空しく空をかき切って、その場に彼女はうつ伏した。   僕の世界から音が無くなったように、キムの悲鳴もそれを聞いて飛んで出てきたスキナーの  声も、何も聞こえなかった。ただ、僕の目には敷き詰められた花びらの上に倒れた彼女が写っ  ていた。  *** 未来へ *** 「モルダー、・・・・私には未来の保証が無いのよ。」   病室のベットに横たわり、透けたような顔色でそれでも穏やかな表情を見せて彼女は言った。  「それは誰だってそうさ。僕にも無いよ、そんなもの。」   僕はただ、彼女の手を取ってやることしか出来なかった。  「近頃こう思うのよ。私が、アブダクトされた時、子供を産めない身体になった。同じ原因で  身体中のDNAに傷がついたに違いないって。   この首の後ろのチップは、どういう仕掛けかは解からないけれど、そのDNAの傷を修復も  しくは補う働きをしているんじゃないかと・・・・。だから、取り出したら癌というかたちで発現  したのだと考えられるわ。   このチップがいつまでもきちんと働いてくれるのかなんて誰にも解からない。貴方の言うよ  うに例えば、太陽の黒点発生に影響されているのかもしれない、惑星間の重力に起因するとこ  ろもあるかもしれない、だとすれば、近いところで月の重力の影響はかなり大きなものね。   でも、そんなものが身体の不調の原因だとすれば、それこそ神の御手に私の命を預けたよう  なものよ。これが故障したらどうしたらいいの? 私の命なんてこんなに不安定な台の上にあ  るのよ、モルダー。・・・・未来に縁の薄い人間なのよ。」   病気になっても彼女は凛とした気品を失わない。こういうところは本当に敵わないと思う。  そしてそんな人を相棒に持てる僕は幸せだ。   所在なげに彼女の柔い掌を撫でさすっていた僕はあの時感じていたことを今こそ言おうと、  重い口を開いた。  「スカリー、・・・・いつだったか二人で月の話しをしたね。」  「ええ。」  「月に行って裏側を見たいと僕が言うと、君は地に足をつけていたいと言った。」  「今でもその気持ちに変わりはないわ。女はね、安定を望むものなのよ。」   君はそうではないだろうに。しかし、こうして病気が再発した今はそう思うのも無理はない。  「概して女性は行く先の約束を欲しがる。勿論、生活の安定が第一だからだ。自分がこれから  産み育てる生命の為にも。・・・・これは本能なんだろうな。」  「確かにそうかも知れないわね。」  「僕は男だ。平坦な人生を歩んできたとは言えない。安定を望んでいるわけでもない。でも、  君の約束が欲しい。」  「約束って何の?」   一緒にいるための約束。僕の為にここにいて欲しい。その為の手段としてはそれは妥当なも  のだと思われた。  「退院したら、結婚しよう、スカリー。」   思った通り、彼女の眉が大きなカーブを描いた。  「・・・・私にはそんな約束できないわ。」  「何故? 僕らは結構上手くやっていけると思うけどな。なんなら、・・・・結婚するのが嫌なら  一緒に暮らすだけでもいい。どうだい?」  「今だって始終仕事で一緒にいるのに、これ以上だなんてどうかしてるわ。意味のないことを  言わないで。」  「大いにあるさ、一緒に暮らすことは君にも大きなメリットがあるよ。」  「何なの?」  「いつも迷惑がっている僕からの電話がなくなることだ。」   鼻の先で笑った彼女を見て、僕はちょっと淋しくなった。  「もうひとつ。・・・・万が一また倒れた時にも僕が居てやれる。」   彼女の瞳が光を放って笑みが強張った。傷ついたのかもしれない。しかし、これは僕の一番  の気懸かりだった。仕事中ならまだいい、もしも一人で倒れでもしたらどうするんだ。   彼女の唇が何か言いたげに開きかけて、しかし哀しみを隠すように俯いた。  「・・・・やはり僕ではだめか。」   僕は君を愛しているとは言えなかった。彼女と出会い、共に闘い、何ものにも代え難い信頼  すべき相棒になったが、この彼女に対して抱いている気持ちを愛などという言葉では表現しき  れない気がしていたからだ。そんなものではない、僕の存在そのものに対する人間の根本的な  疑問への答えともいうべき大きなものだった。  「相手が誰であろうと、よ。退院できるかどうかも分からないし、原因不明の病気を抱えて先  行き短いと分かっていながら結婚するなんて馬鹿げてるわ。そんな人が何処にいるの?」   どう表現すれば、彼女は分かってくれるのか。否、彼女も感じているに違いない。だからこ  そ、はっきりと否定もせずにいるのだろう。  「ここにいるよ。」   大きく見開かれた彼女の瞳は僕を見つめて、それが本心かどうかを探っているように見えた。  僕はもう一度同じ言葉を静かに繰り返した。  「ここにいるよ。」   すると今度は呆れたように吐き捨てた。  「貴方、・・・・人生を捨てるつもり?」  「捨てやしないさ、これから始まるんだから。」   努めて明るい声音で答える僕を彼女は眉をひそめて見つめた。  「どうも、発展性がないわね。わかってるの? 私の命こそ捨てられたも同然なのよ。」  「僕が拾ってやるよ、スカリー。」  「拾う価値も無いわ。」  「僕には大いに価値があるよ。今もこれからも未来のずっと向うまで僕は君と一緒にいたい。  その為になら結婚するというのは一番いい合理的な選択だろう?」   僕の言葉におかしみを感じたらしい、彼女の強張った笑顔が少し、柔らかくなった。  「合理的だから、結婚する訳ね。・・・・でも、貴方が私を愛しているとは思えないわ。」  「じゃ、君へのこの想いは一体何なんだろうな。」  「私に聞く事ではないでしょう。貴方自身のことよ。」  「質問を替えよう。・・・・君は、僕をどう想っているんだ?」  「・・・・いい相棒、いい友達、・・・・でも、これは愛ではないわ。」  「そんなふうに切り捨てるなよ。そういう段階はとっくに越えてしまったのかもしれないぞ。」  「どういう意味?」  「結婚して何年経ったか分からない夫婦みたいなものさ。僕らを取り巻く噂を噂でなくしても  今さら誰も気がつかないよ。」  「だから・・・・結婚しろと?」  「まあね。」     呆れた。そう、彼女は今日何度目かのため息をついた。  「モルダー、・・・・私は貴方に家族を与えてあげられないのよ。それに残された時間は少ないわ。」  「君がいてくれればそれでいい。僕にとっては君が全てなんだ。」  「そんなの、・・・・詭弁よ。」  「でも、僕には真実だ。君がいて、君を想う僕がいる。それだけで十分だ。・・・・例え、この想  いが愛でないにしろ。」   儚い曖昧な微笑を彼女は見せた。はっきりとは答えようとせず、僕から窓に視線を移してぼ  んやり見える月を見つめていた。    「ところで、例の調査はどうしたの?」  「・・・・君の忠告に従う事にしたよ。」  「そう。」   良かった。そう安堵したように呟く。   彼女が日頃の冷静さを失っていないことを僕は、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは判断で  きず、約束ももらえないままに彼女の横顔を見つめ続けていた。   形はどうあれ僕が君を大切に思っているのは真実だ。人がいるだけ愛の形が変わってもいい。  僕達にとっての愛の形。穏やかな笑みを浮かべた彼女を、やはり僕は愛しているのだと心の中  で確かめた。  *** 表と裏 ***   「スカリー、いるんだろう? 僕だ、開けてくれ。」   もしも、このドアが開かなければ蹴破ってでも入っていただろうが、それは意外にもすんな  りと開かれた。  「・・・・退院したってママに聞いたのね?」  「ああ、FBIの権威を振りかざしてね。」   そう、と力なく笑った君が哀しかった。どうしてこんなに無理をするんだろう? 実の母親に  さえ、だ。  「体調が良くなって本当に良かったよ。」  「何とか、生き延びたわ。」   黙って退院したのは、僕を傷つけまいとする君の配慮なのだろうか。   君がどんな選択をしようと、僕の想いは変わらない。だから、気を遣うことなんてないんだ。   多分に君には迷惑かもしれないが。  「ほら、元気が出る花だろう?」   そう言って僕は、後ろ手に隠していた花束を彼女の目の前にかざして見せた。   それは向日葵で出来ていた。なるべく明るい花束を、と言って作ってもらったのだ。  「ありがとう。」   無理に口の端を上げて微笑む彼女は何故か輪郭がぼんやりと霞み、やんわりとした月の淡い  光を放っていた。僕は、窓から差し込む月の光を受けて輝いて見える彼女に見惚れながら、小  さな声で呟いた。  「・・・・地球上にある男がいた。その男は月に恋していた。」   君の口が何か言いたげに開きかけたが、一瞬の間をおいて僕の顔から目を逸らして下を向い  た。  「月は美しい。それに神秘的だ。男は月に女神を見ていた。」   それは本当だ。闘病生活で少しやつれた彼女が女神そのものに見えた。  「知ってのとおり、月は地球に対していつも同じ面を向けている。でも、男は恋焦がれるあま  りに見慣れたいつもの顔立ちだけでなく裏側も見たいと、そう願うようになった。」   殆ど抱き合うような距離に立って、頬に手を沿えて無理に顔をこちらに向けさせた。僕を映  した君の大きな瞳は風になぶられた水面のように揺らいでいた。  「男は考えた。地球の陰に隠れる月蝕の時、月の向う側に向日葵をおいてやるとそれを太陽と  間違えてこちらに裏側を見せてくれるだろうと。」   僕は持っていた向日葵の花束を彼女の後ろにあったテーブルの上に放って投げた。それから  彼女の両肩に手をかけて、くるりとそちらを向かせる。    「果たして月は向日葵の方を向いた。念願の裏側を見て男は驚いた。そこは表側とは違って痛  々しく荒れた風景が広がっていたんだ。」   両肩に手を置いたまま、彼女の髪に唇を付けながら僕はろくでもない話を綴った。  「その風景を月は、地球の男に対して見事に隠し遂せていたんだ。でも彼はそんな月の裏側も  愛おしいと思った。そして、月に向かってこう言った。」   そう言ったきり、僕は言葉が出てこなくなり、沈黙があたりを支配した。怪訝に思ったのか  君の視線は向日葵から真後ろに立っていた僕に移り、話の先を促した。  「何て言ったの?」  「・・・・僕には隠さないで全てを見せて欲しい、隠し事をする必要はないんだ。これから先、何  があっても僕が受け止めてやる。だから、・・・・僕のそばにいてくれないか。」  「そうね・・・・約束だったわね。」   彼女は肩においた僕の手の上に自らの手を重ね合わせて、軽くなった身体をこちらへと預け  てきた。僕が覗き込むと、唇がわなないて、その澄み切った碧い瞳から涙が零れ落ちた。   月の女神が泣いている。   そっと彼女を包み込み、嗚咽が聞こえなくなるまで僕は黙って女神を抱きとめていた。 The End  =====================================================================================   後悔日誌 20000605     二人の微妙な心理を描いてみたかったのですが、完全に私めの力不足であります。     なんとも消化不良の中途半端な話になってしまいました。ごめんなさい。     テーマ色が「向日葵」なのならもっと明るい話になってもいいのに、ねー。          スカリーのDNA云々のところは何の根拠もありません。     深読みしないでね(笑)      ご意見ご感想などありましたら、下記アドレスまたは掲示板までお願いします。      anne ■ ccd32241@nyc.odn.ne.jp