____________________________________________________________________________________  DISCLAIMER // The characters and situations of the television program   "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter,   Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions.    No copyright infringement is intended. ____________________________________________________________________________________   Notes  :この作品中のモルダーとスカリーは性的関係に及びます。        そういうのは嫌だという方は、お読みにならないようにお願いします。   Spoiler : Milagro        "Emotions gap"の続編。単なる蛇足的Ficです(苦笑)  ___________________________________________    " A convergence " by Rose   地下へのエレベーターに乗り、恐る恐るオフィスの扉を開けた。思ったとおり、彼はまだ出  勤してはいなかった。当面必要な書類やレポートを積み上げ、ノートパソコンと一緒に腕に抱  えてラボへと向かう。途中、知った顔には出会わなかった。少し早めに家を出て正解だ、と思っ  た。   自ら誘うような真似をして、彼と一夜を共に過ごした。彼の隣に住んでいた小説家が書いた  予告めいた小説に本当に効力があったのだとしたら、――認めたくはないが、あの男と寝る替  わりに私はモルダーを選んだことになる。あの夜はどうかしていた。彼も私もパジェットに振  り回されたのだ。   彼は私を抱き、女としての私から目を背け、私は彼に抱かれて、自分の中に在った想いに気  付かされた。   関係を持つべきではなかった。今まで通り、仕事のパートナーとしてのお互いの価値を認め  合うだけで良かったのだ。今頃彼はきっと、止め処も無く後悔しているだろう。時折垣間見え  ているように思えた彼の心は、私には無縁のものだった。そして私は、気付かされた彼への想  いを何処にもぶつける事が出来ずに持て余していた。   彼に会わせる顔が無く、あの日から暫く休暇を取った。ゆっくりすれば心が癒されるだろう。   しかしそれは単なる幻想だった。ウィークディに休暇を取るものではない。友人達とは連絡  も取れず、母に会うことも出来ず、三日の間、孤独を耐え忍んだ。夜になってベッドに入ると、  否が応でもその場所で彼と過ごした時間を思い知らされ、胸が苦しくなった。目を閉じると彼  の残像が辛く、疲労感ばかり圧し掛かり、まんじりと夜明けを待った。   仕事をすれば気が紛れるだろう。   4日目になって耐え切れずに部屋を出た。いつもなら、休暇中であろうが彼から電話が引っ  切り無しに掛かってくることをその時になって思い出していた。   スカリーは来ない。上司は休暇を取っているとだけ応えた。今回は、今までのように電話を  掛けることも出来ず、彼女をオフィスで待ちながら溜まったレポートを仕上げ、書類の整理を  して過ごした。   一体僕は彼女をどう見ていたのだろう。   あの夜、ことが終わった時、僕と彼女の間の空気が一瞬の間に凍りついた。これまでどんな  に望んでも自分のものになることはなかった彼女をこの手に抱いて、僕は得意の絶頂にいた。  しかし僕は、彼女を必要以上に神格化していたらしい。一己の感情を持つ生身の女性であるこ  とを忘れていた。しかもパジェットの小説に明らかに影響を受けていた自分が、汚らわしく厭  わしいものに思えた。   彼女もまた、熱が冷めるとどうやら自分を嫌悪していたに違いなく、明らかに僕に抱かれて  後悔した様子を見せた。  「帰って」   掠れた一言を残し、シーツを頭から被って僕からその身を隠そうとした。混乱し切った頭の  中と、自分の行動を上手く表現する言葉を見つけられずに、言われるがままに服を身に付け、  大人しく引き下がった。   彼女への愛は確かなものだった。だが、僕は自分の想いを告げる努力を放棄した。   オフィスでの彼女は凛々しく強い女性だった。僕は彼女の見せる表の顔に恋をして、誰しも  持っていて当然の弱さを初めて彼女の中に見たあの時、かなりの衝撃を受けた。そして身勝手  な独り善がりの愛は脆くも崩れた。   しかし、やはり彼女しかいないのだ。   元の関係へ戻れるかどうかの瀬戸際で、僕はもっと大きな賭けに出た。   不審な表情を貼り付けた同僚を適当にあしらい、私はラボでレポートを書いていた。が、し  ばしば思考が飛び、タイプする手が止まる。最後に見た彼の凍った表情が哀しく思えてならな  かった。   当たり前だ。彼には恋愛感情を持ってはならないと、か弱い女の一面を見せてはならないと、  自分を厳しく律してきた。知らずにいた女としての私を見て、彼が驚き嫌悪したところで、そ  れは当然のことなのだ。   この身に感じた彼からの愛を私は素直に受ける勇気がなく、同時にそれを失うことへの激し  い恐怖と闘っていた。   とんでもない矛盾を含んでいると分かっていながら、私は彼を欲している自分を無視してど  うすれば元の良きパートナーという関係に戻れるのかをぼんやりと考えていた。   オフィスの電話が鳴った。スキナーからの報告書の催促だろう。僕はスカリーと一緒に提出  すると言って待たせておいたのだ。二人で提出してはじめて、あの事件は決着するような気が  したからだった。   勿体つけてゆっくりと受話器を取り上げた。  「モルダーです」  「モルダー捜査官? ラボのケリーです。そこにスカリー捜査官はいませんか?」   彼は確か、スカリーとグループを組んで研究しているメンバーの一人だ。  「いや、今日は来ていないよ」  「今朝はラボにお見えでしたよ。質問したいことがあったのに…」  「帰ってきたら、伝えておくよ」   スカリーは来ていた。ラボでもここでもないとしたら、今何処にいるんだろう。   置いた受話器をもう一度取り上げようとしたものの、直に声を聞くのが怖くてそのまま電話  から手を引いた。きっと、スキナーのオフィスだ。そう当たりをつけた僕は、既にプリントア  ウトしてあった報告書を引っ掴み、上司のオフィスへと急いだ。  「副長官は面談中です。お待ちになって下さい!」   キムの叫び声が聞こえた。と、大きな音を立てて扉が開き、こちらへ歩み寄る足音を聞いた。  後ろを見なくても誰だか分かっていた。モルダーだ。上司の冷ややかな視線がそれを証明して  いた。  「君を呼んだ覚えはない」   スキナーはそっけない口調で言い、私の報告書をペラペラとめくった。  「スカリーの報告書を待っていたんです。二人が同じものを見たわけではありません。二つ合  わせて完全なものになる筈ですから」   そう言って彼は手にあった報告書をスキナーの目の前に叩きつけ、私の横へ腰掛けた。スキ  ナーもいつもの呆れた様子を顔に、黙って彼のレポートにも目を通し始めた。   私はこれまで経験したことのないほど緊張した。彼を見ることも出来ず、身体は石のように  固まった。呼吸をするのも苦しい。真横にいる彼を大きく意識していた。今までこんなことは  無かった。平静を装うのが精一杯だ。やはり、彼に抱かれたことは間違いだったのだ。   モルダーのレポートを見ながらスキナーは言った。  「君はあくまで、死んだ霊媒師が殺人を起こしたと主張するわけか」  「はい、そうです。パジェットが、その方法は今となっては謎ですが、例えば呪術や黒魔術に  精通していて、己れの小説通りになるようにしたと考えています」   彼お得意の論法だ。これが素直に通るとは思えないが。しかし、100%誤りだということも出  来ない。  「君は? スカリー」   上司の視線は私に移った。いつものように自分を納得させてくれる意見を期待しているに違  いない。  「私は……彼が何らかの手法を使って、未来を予測したと、考えています。自分の見た未来を  小説の中に描いたと……」   つまるところ、私も彼に影響されているのだ。だが、筋の通るレポートを書こうと思えばこ  うとしか言えない自分が情けなかった。  「彼とは?」  「…無論、パジェットです」   スキナーは私をまじまじと見ていた。が、目が合うとふと逸らせて今度はモルダーを見た。  「モルダーの言うように小説を有名にしたいが為の犯罪でも、本人が死んでしまっては意味が  ないだろう」   スキナーの反応はやはりそっけないものだった。当然のことだが。  「彼はスカリーへの愛を形にしたんですよ」とモルダーはぽつりと言った。私は、この言葉を  聞いて初めて彼を見た。   彼女の驚いた顔。スキナーの呆れ顔。普段と全く変わりない。僕の言葉以外は。  「どういうことだ?」  「彼はスカリーと一緒に過ごす夜を夢想していた。既に焼かれてしまったが、奴の持っていた  原稿にはそういうシーンが描かれていた。しかしあくまで妄想であって、叶う願いではない。  そこでスカリーの心を覗いて見たいと、彼の呼び出した霊媒師に心臓を確かめさせようとした  わけです。スカリーの心が自分に向いているかどうかを知ろうと…」   彼女の顔が奇妙に歪んだ。パジェットではなく、本当に知りたいのは僕だった。奴に託して  彼女の気持ちをはかりたいという卑怯な思いがあった。  「しかし、彼はスカリーを本気で愛していた。死なせる訳には行かない。で、小説を焼き、代  わりに自身の心臓を差し出した――つまり、自分で自分の心臓を取り出して、スカリーへの愛  を証明しようとしたんです」   出来ることならば、僕も心臓を取り出してどれほど彼女を愛しているかを証明してみたかっ  た。彼女の心を抱く唯一人の人間になりたかった。身体を手にした途端に彼女の心は閉ざされ  た。確かに僕は本当の彼女を知りはしなかった。だが、だからどうしたというんだ。ここにい  る女性を僕は愛している。理屈ではなく、ただ愛している。   隣に座る彼女を強く意識しながら、スキナーへ返答することで彼女への想いをあらためて強  く感じていた。   彼が愛という言葉を使うたびに私は辛くなっていく。彼はパジェットに託けて、自らの想い  を口にしている気がしたのだ。私への愛の証しを。本当にそうだろうか。彼は私を愛している  のだろうか。   スキナーの呆れた顔に変化はなかった。  「パジェットがスカリー捜査官を愛していたかどうかは関係ない。彼がどういう動機でどのよ  うに殺人を犯したのかが重要なのだ。君たちのレポートにはその辺りの説得力は乏しいな。し  かし、最大の容疑者が死んでいる今、これ以上の追及は無駄足だろう。ご苦労だった」   そう言ってスキナーは片手を上げた。出て行くようにという合図だ。一刻も早く、この行き  詰まる部屋から逃げたかった私は、モルダーを見ることなく立ち上がると同時に出入り口を目  指した。モルダーも立ち上がった気配を背中に感じながら。  「モルダー捜査官、話がある」   スキナーの方を私はちらりと見たが、彼は顎を軽く上げて、行けと促した。仕方なしに部屋  から出てドアを閉めた。  「お話は終わりましたか?」   キムが明るく声を掛けてきた。私は最大限の努力を払ってにっこりと微笑んだ。  「ええ、何とか終わったわ」  「疲れているようですね。もう少し休まれても良かったでしょうに」   「そうね、折角だから休暇をゆっくりと取れば良かったわ」   モルダーを待つべきだろうか。いつものように普通に会話をすることが出来るのなら、これ  までと同じ関係に戻ることが出来るだろうか。仕事をしていく上で、これ以上モルダーを避け  ているわけには行かない。いい機会だ。ここを越えればまたこれまでどおりのパートナーにな  れる。   そう自分に言い聞かせて、他愛のない会話をキムと続けていた。  「スカリー捜査官がお前の部屋で襲われた後、彼女の部屋へ行ったのか?」  「プライベートです。サーには関係ないと思いますが」   「上司としてはお前達部下の行動を把握しておかねばならん。どうなんだ?」  「――行きましたよ、確かに」   立ち上がったスキナーは暫く口を閉ざして、窓から外を見ていた。一体何が言いたいのだろ う。  「何があったかは聞かなくても分かる。仕事に差し障らなければ私の知ったことではない。し  かしだな、モルダー、今日のスカリー捜査官のレポートは不備だらけだった」  「はい?」  「単純なタイプミスがあちこちにあった。しかも、見当違いの推論でレポートを書いている」  「はぁ」   この上司の奥歯に物の挟まったような言い方に、彼のスカリーに対する思いやりを見てとっ  た。僕のことはともかく、スキナーはスカリーを常に気に懸けていた。彼女が病気になった時  のスキナーの見せた態度は単なる部下という立場を越えたものが在った。僕と同じく彼女を巻  き込んでしまったという意識が強いのだろう。  「X-ファイルを担当するのはお前達以外にはおらん。これは褒め言葉ではないぞ」  「十分承知しています」   そんな酔狂な奴は、FBIには僕をおいては他にはいない。  「元の有能なスカリー捜査官に戻すんだ。これは命令だ、わかったな」  「……了解、サー」   僕はこれほどまでに情に溢れた上司の言葉を聞いたことが無かった。そして自然に頭が下がっ  ていた。   スキナーは呆れたように頭を振っていた。どの道この事件は解決すまい。本人も死に、証拠  物件の小説も灰と化した。X-ファイル行きになって、お蔵入りだ。   少し遅れて彼が出てきた。スキナーと何を話していたのだろうか。   彼は私を認めて無理に笑顔を作ったように見えた。  「オフィスへ戻るよ。君は?」   いつもよりも幾分優しさのこもった口調だった。  「ラボへ帰るわ。分析中のものもあることだし、――」  「スカリー、あの――」  「何も言わないで。もう、終わったことよ」   他に言いようがなく、冷たく釘を刺した。後悔したとか懺悔するようなことを言わせたくは  なかった。そして私自身の想いに蓋をする為に。  「そうか。君の中では決着が着いたということだな?」   打って変わって彼の声が冷たく響いた。そうか、そういうことか。やはり彼は私を拒絶する  わけだ。  「それは貴方のことでしょう?」   それには彼は何も答えずに私を残して閉まり掛けたエレベーターへと飛び乗った。扉が閉ま  る直前、私に向き直って刹那寂しげな顔を見せた。私の思い過ごしなのか、それとも彼の本心  なのか。判断を付ける暇もなく、私は一人取り残された。   君を愛している。   僕は胸のうちで呟いた。戸惑いの表情を見せていた彼女には届かないだろう。それでも一縷  の望みを繋いで、僕は扉の閉まる僅かな間、彼女を見つめ、ささやかな想いを伝えようとした。  普通なら愛する相手を捕まえて抱きしめれば事足りるのだろうが、相手はあの相棒だ。そんな  事をすればするほど、離れていくに違いない。そういう人なのだ。僕は待つことを選んだ。   これまでの年月をただ無駄に過ごしてきたわけではない、そう信じたい。初めは鬱陶しい存  在だった君が、最も信頼の置ける人になり、最良のパートナーになるのにそう時間は掛からな  かった。そして友人から戦友へ、愛する人へ、いやそれ以上のものを感じるのにも、さしたる  時間は必要ではなかった。出会ってから今までの時間は勿論、これからの人生を共有するのは  君だけだ。僕には君しかいないのだ。   ただ一度の逢瀬で、積み上げてきたものは全て崩れてしまったのか。本当に終わってしまっ  たことなのか。僕の想いが何処まで伝わったのか。   あの夜のこぼれるような笑みを見せた幸せそうな彼女を、心の底からもう一度見てみたい、  と動きゆくエレベーターの中で考えていた。     元の良きパートナーとしての関係に戻れるというのは単なる幻想だったようだ。時間は後戻  りしてはくれない。既に済んでしまったことは元には戻せないのだ。   ラボを片付け本部を出てきた私は、車であちこちをぐるぐると回った挙句に自然、モルダー  のアパートに向かっていた。   元の関係どころか、それ以前に戻ってしまった。相手を探りあうような緊張と不信感いっぱ  いの会話。休暇を取っていたにも関らず、身も心も今日一日で疲れきってしまっていた。張り  詰めるだけ張り詰めていたものがとうとう、弾け飛んでしまった。     エレベーターに乗り込み、4階で降りる。ゆっくりと歩み足はモルダーの一つ手前の部屋で  止まった。既に主が居なくなった部屋だ。   私には安らげるところはなかった。不幸にも、心が求めてやまない人の他には誰も頼れる人  がいなかった。今、あの小説家がここに居たら、きっと彼を頼ってこの扉をノックしていたに  違いない。彼は私のことを知っていた。不気味なほど、心の奥まで理解していた。彼なら今の  私を受け入れてくれただろう。例え私が誰を想ってこの情けない姿になっているかを知ってい  たとしても、限りなく優しい慰めを与えてくれただろう。   だがもうここには彼は居ない。そして私の求める人は隣に居る。慰めが欲しければ、隣の部  屋へ飛び込めばいい、あの夜のように。   慰め? 慰めが欲しいのか。それは違う。   友情? 愛情? 信頼?   それだけではない、彼の全てが欲しい。   唯一信頼の置けるパートナーとしての彼も、確かに愛してくれたあの夜の彼も。同時に望む  事は許されないのだろうか? これは私の我が儘に過ぎないのか?   想いは巡り、思考は回り、私は答えを見出せず、気がつくと独り涙を流していた。   僕はもう待ちきれなかった。久しぶりに見た彼女を思い出し、胸を熱くしていた。やはりあ  の時、素直に彼女を抱きしめていれば良かったのだ。   いつもの朝のようにシャツを着てネクタイを首に引っ掛けた。彼女の部屋へ行こう。無理に  でも僕の想いを伝えよう。拒絶されても構わない。そう思ってノブを回して扉を開けた。   と、そこには思い詰めたような顔をした彼女が立っていた。   声を掛けようにも間抜けた言葉しか浮かばず、彼女を前にして僕は黙っているほかなかった。  散々涙を流した形跡がそこかしこに残っていた。今も睫毛を濡らしたまま、何も言わずに僕を  真っ直ぐに見上げていた。   彼女と向き合ったまま、凍りついたように時間は止まっていた。蒼い瞳が涙で溢れ、ひとし  ずくのかけらが頬を伝わった時、静寂を破るヒールの乾いた音が響いた。次の瞬間、彼女は僕  の腕の中に居た。小さな手で、何度も何度も僕を確かめるように掻き抱いていた。こんな彼女  に抗える筈もなく、僕も彼女の柔らかい髪や小さな肩や丸みを帯びた背中を、あの夜の感触を  もう一度確かめるように撫でさすっていた。自然、僕は彼女に唇を求め、彼女も差し出すよう  に僕に応えてきた。   始めは戸惑ったように私にただ触れているだけだった彼の腕に、力を感じ始めた。唇を求め  られて素直に差し出した。優しく触れ合い、次第に熱を帯びてきた。   あの夜と同じように、私を受け入れてくれるだろうか。   私に大きく圧し掛かっていた不安は徐々に薄れていく。捜査官としての私だけを見てきた彼  は、今度は一人の女として彼を求める私をも認めてくれた。何度もキスを交わし、瞳を覗き込  み、互いの想いを確かめ合う。例え言葉が介在していなくても、はっきりと分かる。彼の想い  と私の感情が交錯する。これまでの不安や悲しみ、そして今の喜びが一緒くたになって私に覆  い被さり、感情を大きく揺す振られて涙が止まらなかった。   これも私。なんと脆く、なんと弱い。   一番知って欲しくない自分を一番理解して欲しい相手に曝け出して、私は反応を待った。す  ると彼はあの夜と同じく私を抱き上げ、寝室へと向かったのだった。   これもまた、スカリーなのだ。   僕は彼女を都合の良いように利用していたのだ。彼女を愛していると感じていた自分は、パー  トナーとしての彼女の有能さだけを見ていたに過ぎなかったのだ。こうした欲求をも持つ一己  の女性としては見ていなかった、と今になって悟った。何が愛している、だ。何が守ってやる、  だ。僕は彼女のことは何も知りはしなかった。全てを判っているつもりで、本当の彼女につい  ては何も知ろうとはしていなかったのだ。   情けなかった。この世で一番大切な人をまるで理解していなかった自分が本当に情けなく、  贖うように、日頃の冷静さを振り捨てて取り縋る彼女をひたすらに抱き締めた。   やがて彼女は僕を軽く押し戻すとにっこり笑ってタイを引き抜いた。ボタンを外してシャツ  の中に掌を滑らせた。彼女の熱い手が素肌に触れると僕は鳥肌が立つようだった。そして僕も  何かにとり付かれたように彼女のジャケットを取り払い、薄いブラウスを引き脱がした。今度  は既に亡い隣人の小説を思い出すこともなく、僕が、僕自身のやり方で彼女を愛撫し始めた。   肌を滑る彼の唇に、触れる長く細い指に溢れる想いを感じながら、徐々に熱く高まっていく。  鼓動が激しくなり、息も苦しい。明らかに以前とは何かが違っていた。自らの全てを吐き出す  ように、そして私の全てを奪うように。これまでの一線を引いた関係を捨て去って、新たなも  のを築こうとするように。   今宵、これから、を賭ける価値が十分にあったらしい。彼は女の弱さを曝け出した私を認め  てくれたのだ。歓びに震える心を彼への愛撫に替えて、私も奥底に押し込んできた感情を吐き  出した。   子宮が彼を欲し、素直に求め呼び込んだ。同時に高みに登りつめ、歓喜の波を被る。荒く苦  しげな吐息の中に自分の名前を聞き、感極まってまたもや涙を流していた。   乱れた髪もそのままに、彼女は問い掛けるように僕を見た。あの日とは違った感覚が僕を包  み込む。満足げな彼女が狂おしいまでに愛しく、誇り高ぶる気持ちを抑えきれずに抱き締めた。  苦しげにうめく声を聞いて、ようやく力を緩めて彼女を見た。   彼女もまた、あの夜以上に素晴らしい笑顔を見せていた。しかし、軽いキスを僕の頬に残す  と、身なりを整え始めた。僕は驚きを隠せずに彼女に問い掛けた。  「帰るのか?」   こくりと頷く彼女を僕は何としても惹き止めたく、畳み掛けるように言葉を紡いだ。  「何故だ? 週末だぞ。急ぎの仕事もないし、ここに…」   彼女は優しく微笑んだまま、ゆっくりと首を振った。  「駄目なの。このままここに居たら私きっと駄目になる。貴方の気持ちは本当に嬉しい。でも、  その優しさに付け入って私はどんどん弱くなる。だから――」  「何を言うんだ、ダナ。ようやく君と通じ合えたと――これは僕の思い違いか?」  「いいえ、私だって貴方を――。でも、私はそれ以上に貴方の良きパートナーで居たいの。解  かって欲しい」   僕には彼女が何を言わんとしているかが痛いほどに理解出来ていた。これ以上、無理は言う  まい。こんなふうに言える彼女はやはり、強い人だ。僕など必要としないくらいに。  「…忘れないで。僕はいつでも君の傍に居る」  「分かっているわ。でも、……ありがとう」   いつものスカリー捜査官に戻った彼女は、にっこり笑って出て行った。そして僕は呆けた状  態で一人ベッドに取り残されたのだった。   彼を振り切るように部屋を出た。さっきまでの歓びを噛みしめながら、勢いのついた気持ち  をどうにか押さえ込んだ。彼に負担を掛けるような女にはなりたくなかった。職務規定を思う  とあのまま彼に甘え続けられなかった。途中で抜けられない仕事に嵌り込んでしまった私は、  FBIを辞めることも配置換えをする訳にもいかなかったからだ。そして、X-ファイルに関わっ  ている限り、彼と繋がっていられるのだから。   しかし、ここへ来た時よりも深い空虚感を感じていたのも事実だった。テンションはどんど  ん下がり、足取りは重くなっていた。   そう、所詮は言い訳に過ぎない。彼に溺れ込むだろう自分が怖くなっていたのだから。仕事  に差し障りが出るだろうと、必要とされた時に自分の能力を発揮出来なくなるかも知れないと、  恐れただけなのだ。つまりは逃げてきたのだ。   自分の感情に弄ばれて、すっかり私は混乱していた。私には彼が必要なことが、はっきりと  刻み込まれてしまった今、これからどうすればいいのだろう。   彼女を必要としているのは僕だった。また、彼女が求めてくるまで待つつもりなのか。とん  でもないことだ。こうして関係を持ってしまったからと言って、彼女の能力が低下する訳では  ないだろう。そんな簡単なことが何故、彼女は理解出来ないのだ?   ぐるぐると回る思考にけりをつけるべく、僕は彼女を追うことに決めた。今度は僕がつかま  える番だ。   慌ててシャツを羽織り、どうにか格好をつけると僕は扉を開いた。   と、そこにはついさっきと同じく彼女が立っていた。今度は別人のようにはにかんだ笑顔を  見せ、上目遣いに僕を見上げて囁くような声で呟いた。  「朝までここに居てさせてくれない?」  「明日もここに居ると約束してくれるなら」   優勢になった僕は少し意地悪い気分で言ってみた。  「それは駄目」   僕は強張った面持ちで、彼女を見つめた。すると彼女は僕の首に腕を巻きつけて柔らかく微  笑んだ。ここから出て帰ってくる間に何かを振り落として来たに違いなかった。  「明日は私の部屋に来て」   彼女の艶やかな唇に惹き込まれながら、僕は開いたままの扉を足で蹴って閉じた。 The end  ___________________________________________    実はこれ昨年の秋頃に八割方書いていたもの。    あとずっと放ってありました。    ですから、なんだか繋がりの悪いものになっています。    前作ともですが、始めに書いていた部分と、最近書き足した部分と    もしかして別人?状態(苦笑)    基本的にハッピーエンドが好きなので、こんな展開させましたが、    XF的ではありませんね。だから、単なる蛇足Fic。    S8でのモルスカの行方よりは、今度放映されるTLGのシリーズが楽しみな私。    こんなもの書いていてもShipper失格ですね、本当に(笑)    御意見、御感想、御批評なぞ御座いましたら、掲示板    もしくは下記アドレスまでお願い申し上げます。     Rose拝  / 2th 3 2001     rote_rose@anet.ne.jp