*本文の著作権は1013、c・カーター氏及び 20thFoxに帰属します。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <Breakfast Club> by akko 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ホテルのエントランスをくぐると、彼はロビーのソファーに腰を下ろしていた。  周りの男たちと全く変らない、仕事用のスーツを着ているのに、ただ足を組んでいるだけで、 彼は本物の紳士に見えてしまう。  彼と同じように、仕事用のパンツスーツに身を包んできた彼女は、その姿に不思議な安堵感 を覚えた。  朝っぱらから丁寧に髪をセットし、化粧にいつもの3倍以上の時間をかけながらも、まるで 申し合わせたように仕事用の格好をしてきた自分に、誇らしさすら感じた。  歩み寄ると、彼は彼女に気がついた。  「おはよう、ダナ。」  彼は嬉しそうに立ちあがると、彼女に手を差し出した。  彼女もにっこりすると、差し出された彼の手を握る。  「おはようピーター、お久しぶりね。」  「ああ、本当に久しぶりだ。」  彼は彼女の手を握り返すと、それをそっと引き寄せ、彼女の額にキスした。  彼は本物の紳士だ。姿形だけではなく、そのしぐさ、言葉のひとつひとつが。  彼女はそんな友人にエスコートされる自分を思って、頬を赤らめた。  「じゃあ、行こうか。」  「ええ」  彼女の返事ににっこりすると、彼は彼女の肩をロビーの奥にあるエレベーターに導いた。  二人がついたのは、ホテルの最上階にあるレストランだ。二人はここで、朝食の約束をして いたのだ。  ドアを開けると、ガラス張りの室内から新鮮な朝日が入りこんでくる。スカリーはその清々 しさに目を細めた。  ピーターはウェイトレスにテーブルまで案内させると、まずスカリーの椅子を引いて座らせ てから、席についた。スカリーは、その恭しい態度にくすぐったくなりながらも、彼のエスコ ートに身を任せる。  彼女の真向かいに腰を下ろしたピーターは、はにかむ彼女を見ながらからかうように言った。  「まだ馴れない?」  「こういう待遇にはあんまり縁がなくて・・・」  彼女は苦笑を浮かべていった。  ピーターはそんな彼女に、満足そうな笑みを浮かべた。  「君の仕事は殺伐としているからね。たまにはこんな経験も必要だよ。」  「ええ、そうね。」   二人は視線を合わせて、くすっと笑った。    スカリーとピーターは、敢えて呼び名をつけるなら、”朝食仲間”と言った関係だった。  始めの接点は友達の友達と言ったところだ。心理学を生業とし、音楽を心の糧とする彼とは、 クラシックのコンサートでたまたま一緒になった。彼は、そのとき一緒に聴きに行った友人の、 そのまた友人だった。  会場で始めて出会い、その後もすっかり打ち解けた彼は別れ際、来週食事でも、と誘ってき た。  彼との気さくな会話に頬を緩めっぱなしだった彼女だが、これには流石に眉をしかめる。友 人の話だと、彼には妻も子供もいるはずなのだ。  金曜の8時に待ち合わせしようという彼を、彼女はやんわりと、かつ必死に制した。いくら なんでもそんな遅い時間に――――と言うと、彼は困ったような顔を彼女に向ける。  「やっぱり遅いかな・・・でも、これ以上早いと、起きられる自信がなくて。朝はさほど得   意じゃないんでね・・・」  彼女は目を点にした。  「・・・朝?それじゃあ食事って・・・?」  彼は、不思議そうな顔をする彼女に、あっさりと言い返した。  「勿論、朝食だよ。」     「前にここに泊まった時、朝食に出されたマーマレードマフィンが素晴らしく美味しくてね。   ぜひ君を連れて来ようと思ったんだ。」  「光栄だわ。」  スカリーは再び、はにかんだ。  彼女には今まで全く縁のないことであったが、彼女の住むアメリカという国には、朝食会と か、朝食を利用した会議なんてのを好む人間が多い。今、彼女の目の前にいるピーターもその 一人だ。  始めて彼に朝食を誘われた当日、彼女は眠い目をこすり、内心、ちょっとした不満も抱えな がら、指定されたホテルのレストランへ向かった。朝ならどうせさほど時間も裂けないし、ベ ーグルでもつまみながら、音楽の話を二言三言するだけで済んでしまうだろう。妻帯者が相手 ならそのぐらいのほうか良いのかもしれないが、正直彼女は、朝という殺伐とした時間にデー トを申しこんでくる彼に、非常識さすら感じていた。短い時間だけ相手してやれば、この女は 文句を言わないだろう――――そんな扱いを受けたような気にすらなっていた。  しかし、それは間違いだった。  彼は、朝食を取りながらではないと味わえない、不思議な魅力のあるデートに誘ってくれた のだ。  まず朝なら、心が固く身構えてない分、テーブルの向こうの相手とより親密になれる。言う ほどに人付き合いのうまくない彼女には、なかなか嬉しい状況でもある。それに、1日の仕事 が終わった後で夕食に付き合うのとは違い、新鮮な心と身体で会話を楽しむことができるし、 夜より時間の制約が厳しい分、内容の濃い話ができる。しかも、朝日の輝くなかで受けるエス コートは、夜のそれと同じでも、厭らしさや下心を感じる事が全くないのだ。  プラトニックでロマンティックなブレックファースト・デート。彼女はたった一回で、その 魅力と良さを理解していた。  時たま思い出したように朝食に誘ってくる彼を、今まで一度も断ったことがない程度に。  「正直、今回は来てもらえるか心配だったよ。」  彼は言った。  「ここは、君のオフィスから遠いから。」  「ご心配なく。今日はお昼からアカデミーで、オフィスに行く予定はないの。」  彼女がそう答えると、彼は安心したようににっこりした。  「それなら良かった。」  「あなたのほうは?」  「11時から学会。幸い、会場はこの近くだけどね。」  「11時?随分中途半端な時間ね。」  「僕の発表は、そのくらいの時間なんだよ。」  彼が言うと、彼女はまあ呆れたと言わんばかりの顔で微笑んだ。  それに微笑み返す彼を視界の一部に入れながら、彼女はレストランの中を見まわした。  ガラス張りの室内の、あちこちから溢れてくる真っ白な朝日。朝食の時間のピークを少しば がり過ぎ、空席が増え始めてる客席。そして、朝食を済ませ、レストランから出ていこうとす る人々が、時たま自分たちに投げかけてくる、不振げな視線――――  程なく、二人の前に食事が運ばれた。  真っ白で、料理に会わせてほどよく温められた皿には、マッシュルームソースのかかった ポテトオムレツとグリーンアスパラの温製サラダがのっており、その傍にはスープのボウルと マーマレードジャムを添えたマフィン。  若い給仕は、それらを二人の前に丁寧に置き、ピーターからチップを握らせてもらうと、彼 とスカリーを、それぞれ汚らわしいものを見るような目つきで一瞥して去っていった。  スカリーはそれに、内心にやっとした。    その給仕や、他の客たちが時たま彼女たちに投げかけてくる視線は、いわば朝食会のもうひ とつの魅力だ。  何の飾り気もない仕事用のスーツに身を包んでいる男と女が、嬉しそうに会話を楽しんでい る。  その様は、ただの仕事仲間にも、夫婦にもきょうだいにも、恋人同志にすら見えない。  そして時間は朝。しかも場所はホテルのレストラン。  当然、二人の仲をあらぬものと誤解して見てくる連中もいる。  スカリーは勿論、今まで彼とそのような仲になったことはただの一度もない。二人は、朝食 を楽しむのを純粋な目的としている”ブレックファースト・フレンド“だ。  そんな彼との関係を、よこしまながらもセクシーなものと見なす人々の視線。  それが投げかけられたときに感じる、スリルと誇らしさ。  局内でIce Queenとささやかれてる彼女が、女であることを楽しめる、今のところ 唯一の機会――――  私らしくないわ・・・  彼女はいつものように自嘲したが、すぐに素直な笑顔を取り戻した。  そして、目の前に置かれた料理を、まず視覚と嗅覚でたっぷり楽しんだ後、食事にとりかか った。  「ところでダナ、」  食事を始めてから間もなく、ピーターが言ってきた。  「明日は何の日だか知ってる?」  「明日?クリスマス・イヴでしょ?」  スカリーは答えると、マフィンをほおばった。  口の中に、マフィンのバターの風味とマーマレードの心地よい苦味が広がる。  「ああ、その通り。」  彼は頷いた。  「年に一度のクリスマス・イヴ。女房には、ターキーを買って早く帰るようにとせっつかれ、   子供たちにはプレゼントをせがまれる。・・・おびただしい金と労力の流出を強いられる   日だ。」  「そんなこと、言うもんじゃないわ。」  彼女は言ったが、微笑みは絶やさない。  こう言いながらも、目の前の男が何よりも家族を愛してるのを、よく知ってるからだ。  「プレゼントって良いものよ。送る側にも送られる側にも。送ったときには、相手の笑顔が   何よりものお返し物になるし、送られたときには、一体どんな気持ちで選んでくれたのか   考えるだけでどきどきしてしまうもの。」  「またまたその通り。」  そう言ってピーターは、食べる手を休めた。  そして床においていたバッグを何やらごそごそすると、淡い水色のリボンのかかった、小 さな包みを取り出した。  「メリー・クリスマス、ダナ。1日早いけど・・・」   突然のことに、スカリーの喉を通っていたアスパラがそこで詰まりそうになった。  掌に乗る程度の小さなそれを、目の前に差し出す彼。彼女は目を白黒させて、それを見つめ た。驚きと戸惑い、そして照れくささに、彼女の顔が見る見るうちに赤く染まる。  「・・・サンタは夜来るものだと思ってたけど・・・」  「君は僕のブレックファースト・フレンドだからね。」 彼はウインクしてみせた。 「ランチフレンドには昼に、ディナーフレンドには夜に、渡すことにしてるんだ。」 「どうせみんな女なんでしょう?」 「何時のものでも、食事は美しい女性と取るに限る。」 彼女は顔を赤くしたまま、サンキューと呟くと、彼のプレゼントを受け取った。 小粒ながらも不思議な質量感のあるそれを、彼女は掌の中でしばらく弄んだ。 そしてその後、テーブルの上にそっと置いてみる。 このままバッグにしまい込むか、それともこの場で開けてみようかと悩んだが、この可愛らし い水色をもうすこし楽しみたいと思った。 朝日の中で輝くそれを、彼女は愛おしそうに眺めた。 「・・・でもどうしましょう。私、あなたに何も用意してないわ。まさかもらえるなんて思っ てもみなかったから・・・」  「いいよ。」  彼は嬉しそうに言った。  「さっき君も言ったじゃないか。僕は君にプレゼントをする。君はまずそれに驚き、そして喜    ぶ。僕はそんな君の顔を見て、喜ばせるとこのできた優越感にひたれる・・・その優越感が、   僕には君からの最高のプレゼントになるんだ。」  「・・・紳士ね。」  「君の前だからね。」  その台詞に二人はにっこりすると、食事を再開した。  二人の咀嚼音だけが、その場に鳴り響いた。  「僕の分はいいとして――――」  しばらくすると、彼が沈黙を破った。  「――――君、プレゼントの準備は出来てるの?」  聞かれて彼女は、昨日までに買い込んだプレゼントの数を、頭の中で数え始めた。  「・・・家族に友達・・・一通り準備は出来てるわね。」  その答えに、彼は眉をしかめた。  「家族と友達?それだけかい?」  「え?」  彼のその表情に、彼女は手を休めた。  「他にもっと特別な人に、渡したりしないの?」  彼の言葉に、彼女は困ったように口を曲げ、苦笑した。  そのまなざしには、無邪気な子供の質問に窮する母親のような戸惑いと、何かをあきらめて吹 っ切れた者独特の落ちつきがある。  「渡そうかと思った人はいるんだけど・・・いいの。」  苦笑したままうつむく彼女の脳裏を、そのとき横切ったのはあの顔だ。  いつもの地下室で、今日は一人で仕事をしている、彼女の相棒。  いつものパピ―フェイスで、彼女の帰りを待っている彼。  彼女は今日1日、自分のいないオフィスで、彼が何をして暇をつぶすかを想像した。 「いいって、どうして?彼は結婚してるの?」  スカリーはその問いに首を横に振った。  「じゃあ、他に恋人でも・・・」  「そうじゃないわ、ピーター。」  「じゃあ、何で・・・?」  彼の熱心な質問に、彼女は顔を赤らめた。  そして、観念したように顔を上げるとつぶやく。  「なんだか、気恥ずかしくて・・・ね。」    彼女のその答えに、ピーターは目を点にした。  スカリーは彼の視線に、身体を小さくした。  「・・・っくっくっく・・・」  が、やがて彼女の耳に届いたのは、彼の笑い声だった。  彼女がぎょっとして目を向けると、彼はおかしさを必死でこらえながら、腹を抱えている。  「ち、ちょっと、何よピーター、失礼な人ね!」  彼女はそれに、本気で腹を立てていった。  「・・・ご、ごめんよ、ダナ。でも・・・」  彼は、必死になって笑いを抑えこみながら言い返す。 「・・・君が、あんまり可愛らしいこと言うもんだから・・・」  「可愛らしい? 冗談じゃないわ! こっちは本気なのよ!」  彼女はさっきとは違う理由で、顔を真っ赤にしながら半ば怒鳴った。  可愛らしい、などと言われても全然嬉しくない。むしろ小バカにされたような気分だ。  彼にプレゼントを渡すのが、気恥ずかしくて嫌だと言うのは冗談でもなんでもない。本心中 の本心だ。  去年二人は、生れて始めてクリスマスプレゼントを交換した。  お互いに照れながらプレゼントを差し出し、嬉しさに興奮しながら包装を解く。胸弾み、心 踊る瞬間だった。  しかしながら、二人してプレゼントの中身を喜び合った直後の、あの気恥ずかしさと言った ら・・・!  「こんな照れくさい真似、もう二度とごめんだ!」「ええ、本当ね!」  顔を真っ赤にしながら、二人はこう叫びあった。  そうやって、気恥ずかしさを誤魔化すしか、二人に残された行動はなかったのだ。  そんな大変な思いをしたっていうのに・・・!  「・・・ごめんごめん、ダナ。許しておくれ。」  落ちつきを取り戻した彼は、しかしあまり悪びれた風でもなく言った。  スカリーは、そんな彼に露骨にむくれながら、ぷいっとそっぽを向いた。  「知らないわ!」  その彼女のそぶりに、再びピーターの頬が緩む。  が、今度は彼女の一瞥で、すぐ真面目な顔に戻った。  「でもダナ、気恥ずかしいなんて、本当はよっぽど彼にプレゼントしたいんだね。」  彼の言葉に、彼女は答えることが出来なかった。  そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。  しかし、それがどちらだとしても、彼女が行き当たるのは「今更何を、どんな顔で。」という 壁だ。  彼女は、冷めかけたオムレツをフォークで突つきながら、ぼそっと言った。  「・・・判らないわ。」  「判らないのなら、いっそうのこと送ってしまえばいい。」  その彼の言葉に、彼女は唇を歪める。  「ねえピーター、他人事みたいにいうけど―――」  「プレゼントはいいものだって言ったのは、君だよ。」  彼はそういって、彼女の言葉をさえぎった。  「照れくさいのも本当だろうけど、君はもしかして、彼にプレゼントをすることを、ひどく危   険な事のように感じてるんじゃないのか?プレゼントをすることで、自分の心の中を、彼に   さらけ出すことになるんじゃないのかって。」  彼の言葉に、彼女の心にぽっかりと穴が開いた。  今まで、そんな風に考えたことはただの一度もない。  でも言われてみると、心の中に思い当たる節がある。  そうやって手の内を見せることで、彼に負けてしまうのが嫌だという、どこか歪曲した感情 が・・・。  「でも、実際はそうじゃない。」  彼は、そんな彼女を見つめながら言葉を続ける。  「極論を振りかざすなら、プレゼントっていうのは、相手に対して優位な位置に立てる、最良の   方法なんだ。さっきも言ったじゃないか。プレゼントを喜んでもらえることで、喜ばせること   ができたという優越感を持つことが出来るって。」  「でもそう考えると、プレゼントって何だかいやらしいわ・・・」  「そう思うのは当然だよ。でもダナ、考えてごらん。君は家族や友人にプレゼントを選ぶ時、そ    こまでの損得感情を頭に入れながら選んだかい?」  スカリーは首を横に振った。  「そんなことは全然・・・ただ、あの人はこれを欲しがってたな、とか、あれが似合いそうだな、   とか・・・」  彼女の言葉に、彼は微笑んだ。  「―――だからプレゼントは、最良の方法になり得るんだよ。そんなかけひきをを頭から全く排   した純粋な状態で、それをすることが出来るんだから。」  スカリーは、彼の言葉の一つ一つを考えてみた。  そして、考えるにつれ思い出される、去年のクリスマス。  はにかみながら、自分へのプレゼントを大事そうに両手で包んで渡してくれた彼。  自分からのプレゼントに、心からの笑顔を見せてくれたパピ―フェイス。  それを目にした時の、得も言えぬ幸せ・・・  確かにあの時、私はプレゼントされたことより、プレゼントを喜んでもらえたことのほうに、感 激していたような気がする・・・  「・・・どう? 少しは彼にプレゼントをする気になった?」  彼は口調を変えると、彼女に聞いてきた。  突然の切り返しに、スカリーは黙りこんだ。  彼の台詞を一つ一つ吟味して、彼の言うことは――――飛躍しすぎてる部分がありながらも――― 正しいと、自分の中で結論づいている。照れや、歪曲した気持ちを内包しながらも、いっそ渡して やろうかと思う気持ちも否定できない。  それでも彼女は、その問いにイエスと言うことが出来なかった。  「・・・でも、やっぱり・・・」  彼女は、ナイフとフォークを皿の脇に下ろしてしまった。   すでに、食べかけのオムレツも温められていた皿も、すっかり冷え切ってる。  彼女のその、奥歯に物の詰まったような言葉に、ピーターは難しそうな唸り声を上げた。  そして彼女と同じようにフォークを下ろすと、腕を組んで何かを考えるように黙り込む。  「・・・よし。」  が、彼は突然にやっとすると、その腕をほどいた。  そしてその手を伸ばすと、彼女の手元に相手あった水色のリボンの包装をつかみ、自分のポケッ トにしまい込む。  「ピーター?!」  スカリーはあまりのことに、驚きとも、非難ともとれないような声をあげた。  「悪いけど、これは返してもらうよ。」  彼は言った。  「君に、もっと喜んでもらえそうなプレゼントを思いついたんでね。」  「それって・・・」  「今は内緒だ。」  ピーターそう言ってウインクすると、給仕を呼び止め、朝食の支払いを済ませた。  スカリーが自分の勘定をピーターに渡そうとすると、彼はそれを遮った。  「今日はいいよ。」  「どうして・・・?」  彼女は困惑した。  今まで何度か食事をした中で、彼に奢らせたことなど、ただの一度もなかったからだ。  「その浮いたお金で、彼へのプレゼントを買いなさい。僕のプレゼントと交換だ。」  「は?!」  スカリーの声がひっくりかえった。  全く訳がわからない。他人のプレゼントを買うことが、自分へのプレゼントを受けとる条件にな るなんて、今まで聞いたこともない。  「ねえピーター、一体どういう――――」  「ダナ、食事はもういい?」  「え?ええ・・・」  「じゃあ、行こう。」  言うが早いか、ピーターは席を立つ準備を始めた。  「でも、発表は11時からだって・・・」  「下の店は、そろそろ開店してる頃だよ。」  彼は、彼女の戸惑いを全く解せず、ことを進める。  「一緒に、彼へのプレゼントを選ぼう。」  そう言うと、彼は自分の腕を彼女に差し出した。  スカリーはそんな彼の微笑みを見上げながら、ふうっと溜息をつく。  どうやら、彼女の知らないところで、これからプレゼントを買いに行くことが決定してしまった らしい。  彼女は強引な手口をを使いながらも、紳士的な態度だけは全く崩そうとしない友人の腕に、自分 の手を乗せた。  そして、どことなく顔を曇らせ「判ったわ」とつぶやくと、彼に習い席を立った。    翌日、クリスマス・イヴの朝――――  その日のワシントンD.C.は、ただ寒い中で夜明けを迎えた。  街中に飾られたクリスマスの装飾に霜が降り、一風変ったホワイトクリスマスに仕立てている。  日が昇ればあっけなく溶けてしまう、朝だからこそ味わえる、特別なクリスマス・イヴだ。  スカリーは手袋をした手をコートのポケットに突っ込み、その中を歩いていた。  冬の朝の冷気は、彼女の頬と鼻先を、艶もなく真っ赤にしていく。彼女は自分の吐く息の白さ にその都度驚いた。  ここは彼女のオフィスのすぐ近くだ。通勤のピークよりもかなり早めのこの時間、路地には人 影も少なく、オフィス街であるため、装飾もかなりおさえ気味の通りは、まだ眠りから冷めきっ てないようにも見える。彼女はその中を、指定された店へと足を早めた。    昨日、ピーターと別れた後、アカデミーでの講義をこなし、夕方家に帰りついた彼女を待って いたのは、彼からのメッセージだった。   クリスマスプレゼントを渡したいから、明日の朝、来て欲しい―――留守番電話には、そんな 言葉と店の名前だけが入っていた。  こんなやり方、まるでピーターじゃないみたい・・・  彼女はspookyの異名を取る相棒を思い浮かべた。  断りの電話を入れようか・・・一瞬そうも思ったが、断る理由が見つからない。それに、指定 された店は彼女のオフィスから歩いて2.3分もかからない。少し早起きするくらいなら苦にも ならないし、くれるというのならもらっとくのも悪くはない。彼女は2日続けて彼からの誘いを 受けることにした。    FBI本部の駐車場にいつものように車を止め、そこから数分歩くと店が見えてきた。  が―――  「よォ!」  わき道から誰かが飛び出し、彼女を驚かせた。  「キャッ!」  彼女はそれに、つんのめって転びそうになった。突然の事に、口から心臓が飛び出そうになる。  高いヒールの足で無理に体勢を立て直した彼女は、その誰かを見てやった。  「―――モルダー?!」  彼女の相棒は、悪びれもせずにやっとした。  「驚いた?」  驚いたどころの騒ぎではない。  彼が何故、一体、何の用があって、朝早くに、こんなところに――――?!  あらゆる疑問が、一丸となって彼女に飛びかかる。  彼女は気持ちを落ちつかせるため、深呼吸をひとつした。  「驚いたって――――こんな朝早く、こんなところで何をしてるの? あなたが早起きだなんて、   折角のクリスマスをどしゃ降りにする気?!」  気持ちが落ち着くと、軽口を叩けるだけの余裕が戻った。  しかし彼は、そんな彼女のささやかな余裕など、鼻息で吹き飛ばせるといわんばかりの笑みを浮 かべている。  「ちょっと用事があってね。君は?」  「私? 私は・・・」  全くのその通り、ささやかな余裕を吹き飛ばされた彼女は、言葉を詰まらせた。  ピーターとのことを、彼に知られたくない。やましいことをしているわけではないが、だからこ そなおのこと。  彼とのブレックファースト・デートは、自分だけの秘密の楽しみだ。余計な詮索やつまらぬ疑問 で、それを台無しにされるなんてもっての外だ。ましてやモルダーにだなんて!  スカリーは顔を曇らせた。  モルダーはそんな彼女に、苦々しい笑いを見せた。  「・・・まあ、こんなところで立ち話もなんだから、どう?」  そういって、彼はすぐそばの店を指し示した。  「朝飯、まだだろ?」  「え?でも・・・」  あまりの展開に、頭も身体もついていかなかった。  そこはピーターと待ち合わせている場所だ。その店へと誘うモルダーのしぐさに、彼女の頭の中 を数十通りの最悪の事態がよぎる。  「入ろう。ここのクロワッサン、美味しいって噂だよ。」  「ち、ちょっと・・・!」  彼女は非難する間も与えられないまま、モルダーに手を引っ張られていった。  ドアをくぐって中に入ると、バターの溶ける微かな匂いと、コーヒーの豊かな香りが、彼女の鼻 腔を刺激した。  中はこげ茶色を基調にしたカフェで、狭いながらも落ちついた雰囲気の、感じのいい店だった。  モルダーは道路側の、ガラス張りになって路地を見渡せる席に彼女を連れて行くと、椅子を引い て、座る様にと促した。  彼女は促されるまま腰を下ろす。頭の中は、どうすれば予測される最悪の事態を回避できるのか、 そのことでいっぱいだった。  「考えてみれば―――」  彼は、彼女の目の前に腰を下ろしながら言った。  「―――こんなにオフィスの傍にあるのに、この店は始めてだ。」  「え、ええ・・・」  が、今の彼女には、始めて入る店の雰囲気を楽しむ余裕など全くなかった。  今にでも、あの入り口が開き、ピーターが入ってくるのではないのかと思うと気が気ではない。 モルダーを見て、「ダナ、これはいやがらせかい?」とか何とか言ってくる彼の声が、聞こえて くるような気さえする。  いや、もしかしたらすでに、この様を道路の向こう側から見ているかも・・・  「ねえ、モルダー。」  彼女は、相棒がウェイターに注文を終えると、口を開いた。  「ん? 紅茶のほうが良かった?」  「実は私、人と待ち合わせをしてるの。」  彼に秘密を知られるのはいやだっかが、ここでピーターに恥をかかせるよりはましだと考えた 彼女は、意を決して言った。  彼女はモルダーの反応を待った。  罪悪感で胃の辺りがキリキリし始める。これを口にすることは、ピーターではなく、モルダーに 恥をかかせることになるのを、良くわきまえていたからだ。  が、彼女の目の前にあらわれ始めたのは、彼の微笑み。  それも、後悔と罪の意識のたっぷりこもった――――  「――――スカリー、僕はひとつ、君に告白しなければならないことがあるんだ。」  予想をはるかに裏切る彼の台詞に、彼女は驚いた。  「え? 告白・・・?」  彼は頷いた。  「そう。でもその前に、僕らにはひとつ学ばなければならないことがある。――――世間は、僕   らの想像以上に狭いってことだ。」  言い終えて、苦笑にいたずらっぽさも含み始めた彼の表情。  彼女は混乱しながらも、その彼の言葉と表情から、あるひとつの可能性を見出した。  いや、でもまさか、そんな・・・  彼女はそれを真っ向から否定した。いくらなんでも話が出来過ぎだ。  しかし、彼はそんな彼女の思いを、再び裏切った。  「スカリー、ピーターの専攻は?」  モルダーの口からピーターの名前が出たとき、彼女の心臓はひきつけを起した。  掌が脂汗でじっとりと滲み始める。彼女はそれをぎゅっと握り締め、彼の問いに答えた。  「確か、行動心理学だって・・・」  それを聞くや、彼は口をへの字に曲げ、言った。  「あいつとは、オックスフォードで一緒だったんだ。」  ・・・二人の時間が、一瞬止まった。  彼女は口をぽかんとあけたまま、モルダーを見つめた。モルダーはそんな彼女に、気まずそうな 笑みを見せるばかり。  こんな、マンガみたいな偶然が本当にあっていいのか?―――そんなことより、ピーターがこん な重要なことを今まで隠していたなんて――――いやいやそれ以前に、あの絵に描いたような紳士 とこのSpookyが、お友達だったなんて――――一体どれに視点を置いて驚けばいいんだ?!  しかし、彼女のそんな混乱は、長くは続かなかった。  そんなことよりももっと重要な事実が、彼女を憤らせた。  今のモルダーの言葉が正しければ、恥をかくのは他でもない、自分自身だ。 もしかしたら、二人は始めからつるんでいて、自分をからかっていたのかもしれない。いいよう に弄んで、笑い者のたねにしていたのでは・・・?   彼女は青ざめた顔を、うつむかせた。  「ピーターはイギリスでの生活が長い奴でさ、」  やがてモルダーが言い訳がましく語り始めた。  「こっちには半年ほど前に帰ってきたんだ。」  半年前――――丁度、彼とコンサートで一緒になった頃だ。  「悪友と呼ばれる男が二人以上集まってやることといえばいくつになっても一緒でさ、帰国し   て落ちついた奴と再会して、僕らが初めてしたのは、身の上の自慢話だったよ。」  「自慢話? ピーターが?」  スカリーは方眉を吊り上げた。  そんなこと、彼女のピーター像からかけ離れすぎてる。  「ああ―――といっても、あいつが自慢することって言えば、もっぱらカミさんと子供のこと。   君も知ってると思うけど、あいつは本当に、家族思いな奴だから。」  彼女も、その言葉には同意した。  「そんな奴だから、家族の話だけは我慢して聞いてやったんだ。ところが、家族の次に何を話   題にするのかと思えば、最近出来たガールフレンドの話。『僕にはとびきりチャーミングな   ブレックファースト・フレンドがいるんだ』なんてね。」  彼女の頭に血が上り、青ざめてた顔を一気に赤くした。  それ、私・・・?  まさか自分が、ピーターにとってそんな自慢の種になっていたなんて・・・  彼はそんな彼女ににやっとしながら、言葉を続けた。  「確かにあいつは学生の頃から人一倍モテた奴だったけど、自分ばかりモテるんだと言わんば   かりの言い方になんか腹が立ってさ。僕はこう言い返したんだ。『チャーミングって言うな    ら、うちのIce Queenを見てからいっとくれ』てね。」  その言葉に、彼女の頭に昇った血が、一気に爆発した。  彼の口からチャーミングなんて言葉を聞くのは、これが始めてだ。  彼女はそのことに心臓を高鳴らせた。  「それから先は――――全くバカみたいで話にならないよ。もうすぐ40にならんとする男が二   人して、僕の友達は、うちの相棒はと言い合いさ。―――でもその分、同一人物のことを話し    ていたと判ったときの衝撃は大きかったよ。」  「そりゃ、そうでしょうね・・・」  彼女は上目遣いに彼を見上げながら言った。  気がつくと、恥をかかされたという憤りが、きれいさっぱりなくなっていた。  そして、それに成り代わって彼女の心にささやかな喜びが生れる。  単なる見栄の張り合いとはいえ、二人の男にそうまでもして自慢させたという優越感。認めたく はないが、それは彼女の自尊心を大いにくすぐった。  彼女はそれを悟らせないために、彼を優しく睨みつけた。  「・・・で、今朝はあなたも、彼に招待されたってわけ?」  「まあ、そんなところかな。」  「それで、私たちの友人は何時来るの?」  「実は、来ない。」  「え?」  彼女が驚いて見せると、彼は再び気まずそうに苦笑した。  「最後にピーターに会ったとき――――」  そして頭をぼりぼり掻きながら、話し始める。  「――――『彼女へのプレゼント、決めたのか?』って聞かれたんだ。僕の答えはこうだった。   『渡す意思はあるし、渡すものも決まってるけど、どんな顔して渡しゃいいのか判らないから   今年はやめとく』――――そうしたら昨日、奴からの手紙が郵便受けに入っていた。」  「それには何て?」  「――――ここに君を呼んどいた、とだけ・・・」  モルダーのばつの悪そうな顔に、スカリーは言葉を失った。  二人の間に、再び沈黙が流れた。  その間に、コーヒー豆を炒る香ばしい空気と、クロワッサンが焼きあがるときのほのかな甘い香 り、そして、ここに入った時よりも、少しばかり高くなった陽の光が流れ込む。  街はそろそろ、本格的に目を覚まし始める頃だ。    「・・・あなた、ちょっとみっともないんじゃない?」   しばらくすると、始めにスカリーがその沈黙を破った。  「そんなこと、判ってるよ。」  「いい年して、女をデートに誘うのに、他人にお膳立てしてもらうなんて・・・」  「んなこと言ったって、しょうがないだろ?」  彼は、ほとんど叫ぶようにそう言い返してきた。彼女と同じように、顔を真っ赤にして。  「去年のこともあったし、気恥ずかしくて・・・判るだろ?!」  そんな彼の開き直りに、彼女はふっと苦笑した。  ・・・みっともないのは、私も一緒ね。  もしピーターがいなければ、私も去年のことを思い出すばかりで、彼にプレゼントを買おうだ なんて、思わなかったかもしれないもの・・・  「・・・判るわモルダー、すごくよく判る。」  スカリーがそう言うと、モルダーもへの字に曲がった口元に微笑みを浮かべ、言った。  「・・・ピーターの奴ァ、とんだサンタクロースだよ。」  「ええ、本当ね。」  そう言って二人は互いを見つめると、くすくすと笑い合った。  自分たちの思いがけないブレックファースト・デートに、あたたかい皮肉を感じながら。    二人のテーブルに、注文の品が届けられた。  目に前に置かれたのは、豊かな香り漂うコーヒーのマグと、バスケットいっぱいに盛られた焼 き立てのクロワッサン。それだけだった。  スカリーは、そのシンプルさとクロワッサンの甘い香りに圧倒された。  「ピーターのことだ。君にはイギリス式の朝食を食べさせていただろう。」  「ええ、大体そうだったわ。」  「だから僕はフランス式で攻めることにした。このぐらいのオリジナリティはもっていたいか   らね。」  そう言ってウインクする彼に、彼女は肩をすくめると、クロワッサンをひとつつかんで、口に 運んだ。  想像ははるかに上回る美味しさだった。  まず、前歯でかりっと噛んだときの歯触りと、鼻にツンと来る香ばしさがたまらない。次に、 奥歯で噛み締める度に口の中全体に広がるバターの風味に、脳髄が溶けそうなほど幸せになる。 そして最後にごくんと飲みこんだときの、喉ごしのよさといったら・・・!  「・・・最高だわ・・・」  彼女は瞳を潤ませながらつぶやいた。  「スカリー、これはすごい発見だよ。」  彼も、クロワッサンを口に含んだまま、興奮気味に言った。  「これだけで、充分メインディッシュになるよ。」  「ええ! これなら卵もベーコンも、何も要らないわ!」  二人は嬉しそうに言うと、次から次へとクロワッサンを飲みこんでいった。  美味しさのあまり、二人とも無言でクロワッサンを貪る。その夢のような食感と喉ごしは、母 親に躾られた記憶を忘れさせた。  片手のクロワッサンを口にほおばりながら、もう片方の手は既にバスケットの中。しかも視線 は、それとはまた別のクロワッサンに向かっている。まるで競い合ってるかのようだ。  五分とたたないうちに、バスケットは空になった。  最後の一切れをコーヒーで流し込むと、スカリーはほっとして椅子にもたれた。  「・・・やっぱり、朝食っていいものね。」  スカリーはマグの中のコーヒーを、さも大事そうに両の手で持ちながら、満足そうに言った。  「ちょっとは気に入ってもらえた?」  同じようにコーヒーをすすった彼が、聞いてきた。  「ええ、勿論。」  彼女はにっこりした。  「粗野とも言えるほどシンプルで、何の飾り気もなくて、しかもエスコートはピーターの数百倍   は下手だけど、そんなところがあなたらしくていいわ。」  「それ、誉めてんの?」  「そのつもりよ。」  テーブルと空のバスケットを挟んで、まったりとした穏やかな空気が流れた。  お腹も心も満たされた二人は、その空気に身を任せるように見つめ合う。  いつもの、仕事の合間を縫ってのランチでは、考えもしなかった幸福な満腹感に、彼女はうっと りした。  クロワッサンを貪るだけの朝食に、今までこれほど素直な喜びを感じたことはない。  それは、同じ味覚を共有し、同じように喜ぶ相手が傍にいなければ判らない感覚――――  ピーターとのデートでは全く判らなかった、朝食会の新しい魅力だった。  目の前には、自分と同じように心和らぐ表情のモルダーが、テーブルに肘をついていた。  「スカリー」  彼は口を開くと、片手にしていたマグを彼女の前に捧げ持った。  「乾杯だ。まずはピーターに、それからクリスマスに。」  スカリーはそれににっこり頷くと、彼に習い、自分のマグを捧げ持つ。  二つのマグが交わる音が、快く響いた。    冷めかけのコーヒーを一気に煽ったスカリーの視界に、ガラスごしの路地が飛びこんできた。  通勤も、そろそろピークを迎えようとしているこの時間、路地には、ほんの少し前とはうって代 わって、寒そうにコートを着込んだ人々が群れを成してひとつの流れを作っていた。  この街の、一日の始まりだ。  スカリーは、行き交う人々の中に、何人か見知ってる顔を発見した。ここは彼女のオフィスのす ぐ傍。当然、同僚や事務員の中で、この道を通勤に利用している者も少なくない。  「ねえモルダー、何だかまずいんじゃない?」  彼女は顔を曇らせていった。   「ん? 何が?」  「私たち、目立ってるわ。この道、FBIの職員も沢山通るのよ。」  「んー、気にするな。」  「そんな・・・気にするわよ。こんな朝早くから楽しそうに朝食とって・・・何事かと思われる   じゃない。」  「心配するな。風紀委員には僕から話をつけとくよ。」  「モルダー、私、冗談を言ってるつもりは――――」  「ピーターとなら良くて、僕とじゃ嫌なのかい?」  彼の言葉に、彼女の心がぐらっと歪んだ。  ピーターとの朝食会に、自分が密かに楽しみにしていたスリルと興奮。それは、彼とのブレック ファースト・デートがばれてしまった今、彼女に残された最後の秘密の楽しみだ。    まさか、それまで気がつかれたのでは・・・?    が、それは彼女の杞憂で終わった。  彼の、心底傷ついてむくれたような、捨てられた子犬のような表情が、そんな心配を打ち消した。  後に残るのは、そのパピ―フェイスへの、何とも不思議な愛おしさと、朝日のように新鮮な感情 だ。  「――――風紀委員には、上手いこと言っといてね。」  スカリーは、観念したように苦笑した。  モルダーはそんな彼女を見て一転、嬉しそうににやっとすると、持っていたバッグから紙袋をひ とつ、取り出した。  「メリークリスマス、スカリー。忘れないうちに、プレゼント渡しておくよ。」  そう言って彼は、彼女の目の前に無造作にその紙袋を置いた。  彼女は顔をしかめた。  まるで、どうって事もない荷物を放り投げるような仕草も気に入らなかったが、何より非常識に 感じるのはその包装。どこのスーパーにでも置いてある、ただの茶色い紙袋だ。しかも、何時間持 ち歩いたのかは知らないが、部分的によれよれになっている。  粗野と呼ぶのも酷すぎるプレゼントだ。  「モルダー、これ・・・」  「開けてみて。」  片眉を吊り上げる彼女を目の前に、彼は嬉しそうにいった。  彼女はそんな彼にいぶかしがりながら、紙袋の折れ目を開けた。  中に入っているのは、パックのミルク一本と、レモン一個。  「・・・何の冗談?」   彼女は顔をしかめたまま、彼を睨みつけた。  しかし、彼はそんな咎めるような彼女など、目にも入らぬ様子でニヤニヤしていた。彼女が腹を 立てているのを、楽しんでるようにも見える。  「スカリー、質問だ。温めたミルクにレモンの絞り汁を入れ、一晩かきまわすと何ができる?」  「何って、チーズでしょ?」  彼はその答えに、大きく頷いた。  「それはチーズの材料だ。」  「それじゃああなた、私にチーズを作れって・・・?」  「僕も手伝うよ。」   そして、とびっきりの笑顔を見せると、こう続けた。  「明日の朝飯は、チーズオムレツにしよう。」  始め、それが何を意味しているのか、さっぱりわからなかった。  ・・・が、次第にもつれた毛糸をほぐすようにその言葉の意味を考え、彼の言わんとすることを 理解するに至る。  そして完全に理解したとき、彼女は顔から火を吹いた。  「モルダー・・・」  彼女は彼に目を向けた。恥ずかしさと嬉しさのあまり、湯気が出るほど顔を真っ赤にして。  そんな彼女とは裏腹に、彼はただ、優越感だけをたたえた笑みを向けていた。  「・・・こんな口説かれ方、私初めてだわ。」  「僕もこんな口説き方、初めてだ。」  そう言う彼の表情に、初めて照れくささが浮かんだ。  「嘘おっしゃい。こんな風に、誰にでもミルクとレモン、買ってるんじゃないの?」  そんな彼に、ほんの少し余裕を取り戻した彼女は言った。  「嘘だと思うんなら聞いてみろよ。」  彼女のからかうような口調に合わせて、彼も言い返す。  「交換台のホリーに秘書課のキンバリー、筆跡鑑定官のブレンダにテープレコーダー課のダイア   ン――――みんな口をそろえて言うはずだよ。『モルダー捜査官?あっちのほうはまあまあ良   かったけど、口説き方は最低だったわ。ロマンスのロの字もないのよ』って。」  「あっちってなあに? 料理の腕前?」  「明日の朝にはわかるよ。」  彼女はそう言って優越感に浸る彼に、全身を赤くした。  女一人まともにデートに誘えない男が、一体何を判らせてくれるというのか・・・?  本当に、明日の朝が楽しみだわ――――。  「そうそう、」  そんな彼女の物思いを、口調を変えた彼が遮った。  「これ、ピーターから君へ。昨日の手紙に同封されてた。」  彼は内ポケットから一通の便箋を取り出すと、彼女に渡した。  手渡されたそれを丁寧に開封すると、中には一枚のカードが入っていた。  ピーターからのクリスマスカードだ。   『Dear Dana    Merry Christmas!    昨日は突然プレゼントを引っ込めてしまって悪かった。    でも、香水やアクセサリーより、君にはこっちのほうが断然喜んでもらえると    思ったんだ。フォックスのこと、姑息な奴だと思ったかもしれないけど、僕に    免じて、どうか許してやって欲しい。彼は君と一緒で、部分的にものすごくシ    ャイな奴なんだ。君が明日の朝食を、笑顔で迎えることが出来るよう、心から    祈ってるよ。                 Your Best ”Breakfast” Freind                                 Peter』  そして、彼のサインのかなり下のほうに、こう追記されている。                                 『いや、それともブランチかな・・・?』  彼はそれを一通り読み終えると、便箋に戻した。  「何だって?」  「あなたに宜しくって。」  彼女は前髪で必死になって顔を隠しながら言った。  こそばゆい気持ちが、彼女を自然とにやけさせる。  ピーターったら、何て人なの・・・  二人の共通の友人となった彼には、当人たちより早く、こうなることが判っていたのだ。思惑 通りことが運んだと知れたら、彼はどれだけの優越感に浸ることになるのだろう?  ピーター、私は金輪際、あなたにプレゼントしたりなんかしないわよ――――!!  一生分のプレゼントをしたばかりの彼女は、心にこう誓った。  支払いを済ませて店を出ると、朝日は大分高くなっていた。  通勤ラッシュが終わり、落ちつきを取り戻した路地には、人もまばらだった。  表に出たとたん、スカリーは寒さに身を縮ませた。  しかし、店に入る前と比べると、寒さも少しは和らいでいる。吐く息も、言うほどには白くない。     路地に申し訳程度に飾られている装飾に降っていた霜も、ほとんど溶けて名残すらなくなってい る。  特別なクリスマスタイムの、終わる時間だ。    ふと時計に目をやった彼女は仰天した。  「モルダー大変! もうこんな時間よ!」  言われて彼も、自分の時計を見た。  「ああ、ちょっとゆっくりしすぎたようだ。」  もう、とっくの昔にオフィスにいなければならない時間だ。  二人は刹那、顔をしかめて説教をする、剥げ頭の上司を思い浮かべた。  「モルダー」  彼女はこぶしを振りながら、彼を見上げた。  「ん? ジャンケンかい?」  「どっちがスキナーに言い訳しに行くか、勝負よ。」  彼は、挑発するように微笑む彼女に、同じように微笑み返した。  「スカリー、僕の悪運の強さをナメるなよ。」  言いながら彼もこぶしを振ると、勝負に挑んだ。  軍配は、スカリーに上がった。  「じゃ、よろしくね。」  彼女はにやっとしながら、彼の肩をポンポンと叩いた。  「いいけどさ、スカリー、」  悪運にすら見放された彼は、彼女を睨みつけた。  「なあに?」  「恨むぞ。」  「恨めば。」  そう、しれっと言いきった彼女に、彼の表情が和らいだ。  「まあいいさ。でもこの借りは、明日の朝までにはきっちり返してもらうからな。」  そのとき彼の顔に浮かんだ不敵の笑みは、彼女に対する優越感の証――――  それを見て、彼女は自分の荷物に忍ばせてある彼へのプレゼントのことを思い出した。  ピーターと一緒に選んだ、彼女自信の一品だ。  いっそここで渡して、彼の優越感をぶち壊してやろうか・・・彼女はそう思ったが、どうにか その気持ちを押し止めた。  今のところはもう少し、彼を優越感に浸らせといてあげよう。  でもその代わり、必ず私がまき返してみせるわ。 明日の朝までには。  二人はくすぐったい気持ちを抱えながら、みつめあった。  あなた、どんな風に借りを返してもらうつもりなの?――――彼女はそう言いかけたが、すん でのところでそれをやめた。  そして、言葉の代わりにちょっと恥らって見せると、カフェに背をむけ、オフィスへと足を向 かわせた。  彼もそれに習い、彼女のあとについていく。  二人の姿はやがて、ビルの群れの中で小さく消えていった。  高く上がり始めた冬の太陽が、路地のクリスマスの飾りをほんのりと温め始めた頃だった。                                  END 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜    =巻末後書ディナータイム= 〜DC某所?のホテル、最上階のレストラン〜 カシャーン(シャンパングラスが交わる音) ピーター「Akko、お疲れ様。」 あっこ「あなたこそ、お疲れ様。」 ピーター「今回の朝食会の成功は、全て君のおかげだよ。」 あっこ「そう言ってもらえると嬉しいわ。」 ピ―ター「僕も君と同じでね、あの二人、どうにかならないものかとずっと思ってたんだ。」 あっこ「ふふ、そうだと思ってたわ。」 ピーター「フォックスもダナも素直じゃないから、全く苦労するよ。」 あっこ「そんなこと言って、あなたがあの二人で楽しみたかっただけじゃないの?」 ピーター「否定はしないよ。―――でも、そんな僕でも、君のような妄想猛々しいFic作家      がいなかったら、あんなに上手くまとめることはできなかったと思う。君には本当      に感謝してるよ。」 あっこ「(しばし照れた後)・・・あの二人、今ごろはチーズの仕込みの真っ最中ね。」 ピーター「いや、チーズだけかな?」 (夜景を背景にみつめあう二人。なんだかいいムード) ピーター「―――そうだ、君にもクリスマスプレゼントを用意してきたんだ。」 あっこ「ええ?そうなの?(頬を染める)」 ピーター「ああ、今回のたくらみの成功を祝して、君に送ろうと思って・・・」 あっこ「嬉しいわ。ありがとう―――でも、ダナのお下がりじゃ嫌よ。」 ピーター「Akko、僕がそんな無粋なことをする男に見えるかい?」 あっこ「ううん、見えない。」 ピーター「メリークリスマス、Akko。」 (ピーターが差し出した包みを照れながら受け取る。) あっこ「・・・ね、開けてみてもいい?」 ピーター「ああ、勿論。」 あっこ「(ごそごそごそ)こ、これは・・・!」 (出てきたのは最新版広辞苑とデラックス漢和辞典。) ピーター「(にっこり)今の君に、一番喜んでもらえそうなものを選んだつもりだよ。」 あっこ「そ、それって・・・」 ピーター「君のFic、随分誤字脱字が多いじゃないか。君は一人暮しでお金がないのでも      有名だからね。辞書も買えなくて困ってるんじゃないかと思ったんだ。ああ、そ      れに『誰にでもわかる日本語』と『XF Fic全集』もつけるよ。今の君には      日本語力をつけるのと、他の作家さんのを読んで勉強するの、急務だろ。妄想だ      けは人一倍なのに・・・」 あっこ(こ、こいつ、いつか殺す・・・)       感想、ご意見、ご批判(共に好意的なもの)をお待ちしています。  atreyu@jupiter.interq.or.jp