DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Don't send me away』 AUTHOR  Ran ・ December One Day Lunch Time レストラン「パパゲーノ」 街中がもうまもなくやってくるクリスマス一色にデコレートされている冬のある日、ハノ ーバー通りにオープンした新しいイタリアンレストランの窓際に席で、マーガレット・ス カリーは3ヶ月ぶりに娘と昼食を楽しんでいた。 二人はパスタやピザを口に運びながら、近況を報告しあい、思い出話に笑い、家の中の細々 したことにアドバイスを出し合った。 「時間は大丈夫?」 食後のコーヒーにミルクを入れて、マーガレットが腕時計を一瞥する。 娘の昼休み時間は終りに近づいているはずだった。 「ええ、何かあれば、モルダーが携帯に連絡を入れてくれるの、彼にママと会うことを話 してきたから、少しぐらい戻りが遅れても上手くやってくれると思うわ」 「あら、フォックスも誘えば良かったのに」 娘はそれに答えず、ただ、肩を竦めた。 「それで、どうしたの? なにか話があったんでしょ」 と、あっさりと尋ねる。 「そうなの…」 マーガレットは娘の言葉に肯いた。 「実はクリスマスのことなんだけど」 「クリスマス?…あぁ、心配しないで、ママ。去年はモルダーに呼び出されて妙な調査に 付き合わされちゃったけど、今年はイブの朝からママの家に行くつも…」 「それがね、ダナ」 マーガレットは慌てて遮った。 コーヒーを一口飲んだ後で、かつて父親の友人であり上司であったマースデン少佐が、偶 然、ビルと同じオフィスに異動になってきたのだと娘に説明する。 そして、このクリスマスをハワイの別荘で過ごそうと、ビルの一家と自分を招待してくれ たのだと。 別荘はハワイ島にあり、観光客もそれほど多くなく、静かで美しいビーチが一望できると。 最初は断るつもりだったが、暖かいハワイでクリスマスを過ごすことを考えると、行って みたいような気がする、と遠慮がちに続ける。 「20日から一週間の予定でいくつもりなのよ、ダナ、もちろんあなたも行きたければ…」 「いいえ、ママ」 娘が笑って遮った。 娘はマースデン少佐のことは覚えているはずだ。 自分に男の子ができなかったこともあって、スカリー一家の中でもビルが一番のおきにい りで、彼女にはあまり楽しい思い出がないだろう。 「私は少なくとも23日まで休めないし、27日には出局したいし、それにいつ呼び出しが かかるかわからないもの、ハワイなんて遠くまでは行けないわ」 マーガレットは予想通りの娘の答えに肯いた。 「でも、あなたが寂しいクリスマスを送ることにならなければいいんだけど」 「そんなに心配しないで、ママ。私にだってクリスマスを一緒に過ごせる友人ぐらいは残 ってるのよ、でも、せめて電話でメリークリスマスぐらいは言わせてね」 マーガレットは微笑んでテーブル越しに娘の腕に触れながら、言わずにいられない一言を 付け加えた。 「フォックスを誘ったら?」 「いいえ、ママ、彼には彼の予定があると思うわよ」 思った通り、娘はきっぱりと即座に否定する。 娘のパートナーのフォックス・モルダーは多少変わり者だったとしても、なかなかハンサ ムで、マーガレットは気に入っているのだが。 彼女は娘がテレビを相手に、寂しいクリスマスディナーを食べたりしなければいいけど… と心から心配になるのだった。 ・ 23 Dec.99 3:00P.M FBI本部オフィス クリスマス休暇を目前に控え、さすがにオフィス全体もなんとなく落ち着かない。 具体的に“何が”というわけではないが、窓から見える街並みや、エントランスホールに 飾られたツリー、各々のデスクの上に飾られたクリスマスカード、ベンダーマシーンがこ の時期だけ出す赤とグリーンの紙コップ、早く休暇に入った人達の空席、そんなものが空 気に溶け込んで、ふわふわしたものを作り出している。 「君にお願いがあるんだ」 しかし…やはり、地下のオフィスはそんなものとは無縁らしい。 スカリーがアカデミーでの解剖学のデモンストレーションを終えてオフィスに戻ると、モ ルダーが待ちかねていた様子でそう言った。 彼は朝からずっと、どう言い出そうかと迷っていたのだ。 まず、コーヒーでも奢って、それから世間話でもして…午前中いっぱい、世間の空気から 隔絶された地下のオフィスで試行錯誤した結果、モルダーはやはり正攻法が一番だろうと 考えた。どうせ小細工できるほど気が廻るほうでもないし、そんなことをしてもすぐに見 破られるのがオチだ。 「あと、2時間でクリスマス休暇よ、モルダー」 彼女がわざと時計を一瞥した。ここでひるんではいけない。 「わかってるんだけどさ、スカリー…明日、一日だけ付き合ってほしいんだ、駄目かな?」 “駄目かな?”なんて、普段はなかなか使わないフレーズを使ってみる。 「またお化け屋敷探検に行こうって言うんじゃないんでしょうね」 この答えは予想済み。だから、違うよという代わりに彼女のほうをじっと見詰める。 そして、少し間を空ける。そのほうが効果的だ、彼女はちょっと弱気になるかも。 「実は僕がイギリスにいた頃、パートタイムで時々、テイト家で娘のアニタに数学を教え てた。その彼女が明日、ニューヨークで…正確に言えば豪華客船のうえなんだけど、結婚 式を挙げるんだ」 「豪華客船? それはロマンティックだわ、それで二人はそのままカリビアンクルーズ?」 モルダーが笑って首を横に振る。 「違うよ、スカリー。客船はイブとクリスマスの2日間だけ港に繋留されてるんだ。その 間に食事や結婚式用に使える様になってるんだってさ、僕も良く知らないけど」 スカリーはあきらめてコートを掛け、仕方なくいつもの椅子に座って足を組んでから、話 の続きを促した。 「アニタの父、ジェームスは元スコットランドヤードの警部で、過去に大きな事件を解決 して新聞に大きく報道されたんだ、その時の犯人の最近保釈されてね、その後に行方がわ からないとかで、娘の結婚式に彼らがなにか仕掛けてくるんじゃないかと心配してる、そ れで、僕にも出席してほしいって言ってきたんだ」 「それならきちんとした警護をつけたほうがいいんじゃないのかしら?」 スカリーは眉間に眉を寄せて言い返す。 第一、二人だけで行くのは危険だ。 「僕はその可能性はほとんどないと思う、そいつがイギリスから出国した形跡はないし、 ヒースローはとても厳しい空港だから。…ただ、アニタはひとり娘だし、彼が気にしてる ようだったから、気休めになればと思ってね。なにしろそれだけのことで、ロンドンでの 挙式をあきらめ、新郎の生まれ故郷、ニューヨークに場所を移したんだから…どう? 出 来れば君も一緒に行ってほしいんだけど」 「ふ〜ん、クリスマスを前に心温まる話だったわ、モルダー」 「君が来てくれれば、僕が父親のジェームスをガードしてる間、君にアニタを任せられ る。」 そして最後に、モルダーはずっと考えていた仕上げのセリフを口にした。 「もちろんスカリー家のクリスマスの習慣はよくわかってる。どんなことがあっても24 日の夜までには、君を実家の玄関前まで送るって約束する、だから頼むよ、スカリー」 結果的に言えば、最後の率直な一言が彼女の心を動かした。 スカリーはしばらく考え、今年は24日も25日も26日も自分の自由な時間が続くことを 思い出し、それなら一日ぐらい予定を入れるのもいいかもしれない、と結論を出した。 そして、それでも確認せずにはいられない一言を付け加える。 「私がそんなことをして、あの人に怒られないのかしら?」 モルダーはその質問には答えず、机の引き出しからニューヨーク行きの航空券を取り出し た。 「準備万端ってわけね」 「飛行機は明日午前8時のフライト、6時頃に迎えに行くよ」 結局、スカリーは航空券を受け取って肯いた。 ・ 24 Dec.1999 10:30A.M クイーンメリー号 船に上がるタラップの手前には大きなクリスマスツリーが輝き、手前には「本日6時まで 貸し切り」の札、そのとなりに「ジョセフとアニタの結婚式」のボード、それには雪が飾 られ、プレゼントを抱えたサンタクロースが空を飛んでいる。 船体には派手に電飾が光り、デッキにもいたるところに小人や天使やサンタクロースやト ナカイがかわいらしく配置され、見える限り全てのドアにかわいいリースが掛けられてい た。 「夜になったらロマンティックなんでしょうね」 船を見上げながら、思わずスカリー微笑んだ。 「フォックス!」 モルダーとスカリーが花嫁の控え室に入ると、ウエディング・ドレス姿のアニタ・テイト がそう言って立ち上がった。 ソファに座っていた父親のジェームスと母親のカーラも立ち上がる。 「来てくれたのね、うれしいわ」 美しく巻き上げられた明るい栗色の髪、大きなグレーの瞳とそれを取り囲む長いまつげ、 表情を豊かにみせる大きめの唇…アニタはスカリーが聞いていたよりもずっと美しい人だ った。 「結婚おめでとう、アニタ」 モルダーは礼儀正しく彼女に近づいて、頬にキスをした。 その後でジェームスとカーラと握手を交わす。 「来てくれてうれしいよ、久しぶりだったな、フォックス」 「私達も年をとるはずね、ジム、この子が結婚するって言うし、フォックスはこんなに立 派になってるんですもの」 アニタの面影を強く残すカーラが、モルダーに微笑んだ。 「あの頃はもっとひょろひょろしてて、“男の子”って感じだったのに」 「う〜ん、久しぶりにフォックスの顔を見たら、なんだか決心が揺らいできちゃった」 アニタが小さく口をすぼめ、ふーっと息を吐き出してから、胸に手を当てて笑った。 「馬鹿なことを…僕はしがない政府の職員で君の家の庭にある東屋ぐらいの部屋に住んで るんだよ、君みたいなお嬢さんがみたこともないような部屋だ」 「あら、あなたの部屋なら私はきっと気に入るわ、だって、ロンドンのフラットもすごく 好きだったもの、おぼえてるでしょ、ほら、ロンドン塔が…」 「あ、アニタ」 モルダーはいささか慌てて彼女を遮った。 「ごめん、紹介しなくちゃ」 そう言って、モルダーはスカリーを振返った。 船室のドアにもたれ、所在無く部屋を見回していたスカリーが視線を止めて眉をあげた。 一応、結婚式に出席するということで、いつもよりわずかにスカート丈がみじかく、Aラ インを強調するスーツを選び、インナーも光沢のある生地にしている。 「ダナ・スカリーだ、僕の…」 「FBIのスカリー捜査官です、はじめまして。6年ほど前から、モルダー捜査官とパート ナーを組んでるんです」 モルダーに最後まで言わせず、スカリーはにっこり微笑んで、まず、アニタに手を差し出 すと、「ご結婚おめでとう、ミズ・テイト」とお祝いを言い、ジェームスとカーラとも握 手を交わし合い、お互いに短く自己紹介をした。 「あの、皆さんの思い出話が済むまで、私は船内をみてまわってもいいかしら?」 その後で、スカリーはそう切り出す。 一応、船内の構造ぐらい知っておきたいし、この部屋に留まっても居心地がいいとは言え なそうだ。 「ええ、もちろん。楽になさって、スカリーさん、あの…ダナと呼んでも?」 カーラの問いかけに“もちろん”と肯き、“では、失礼して”とジェームスに会釈をする と、スカリーは自分も行こうとするモルダーを手で制した。 「いえ、あなたはどうかごゆっくり、モルダー捜査官、何かあれば携帯に連絡を入れます」 「スカリー…」 彼女の腕を掴もうと伸ばしたモルダーの手からタイミング良くするりと抜ける。 「お客様がお見えになる頃にはここに戻ります」 お客がくれば、テイト夫妻はその接待に追われることになるため、スカリーはアニタにつ いていたほうがいいだろう。 最後にスカリーは腕時計を一瞥し、もういちどニッコリ微笑んで踵を返すと、ドアを開け て船のデッキに出た。 スカリーは念のために、乗船口にいるパーサーに乗降客のチェック方法を質問し、現時点 ではテイト家から渡されたリストに載っていない人物は通っていないことを確認してから、 ぶらぶら歩きまわりながら、大きく息を吸い込んだ。 12月の空気に肺の中まで冷たくなりそうで、なかなか気持ちが良い。 それにこうして船に乗っていると、父親のことを思い出す。ウエディングドレスを着る時 は、隣にいてほしかったなぁ、とめずらしく感傷的な思いに彼女は“そんな予定もないく せに”と一人苦笑したりした。 「ねぇ、ダナ、フォックスはFBIでどんな仕事をしてるの?」 最初の客が船に乗ってきたのを機に、テイト夫妻とモルダーは花嫁の控え室を出て、代わ りにスカリーが戻ると、アニタはテイト氏が雇ったコーディネーターから化粧を施されて いるところだった。 「私達の仕事は未解決事件を捜査すること、私は科学的な観点から、彼は心理学的な観点 から始めることが多いわ」 まさか、地球外生命体の話や政府が何らかの情報を隠していることを彼女に話すわけにも いかず、スカリーは出来るだけ一般的な事件を頭の中に描き、アニタの質問に答えた。 「プロファイルね、知ってるわ。フォックスのフラットを尋ねた時に、彼のノートをみせ てもらったの」 「ええ…それはモルダーの専門領域よ、その領域では彼はとても優れた才能を認められて るわ」 「ねぇ、どうしてフォックスって呼ばないの?」 まつげにマスカラを塗ってもらいながら、アニタが尋ねる。 「FBIではパートナー同士がファーストネームを使わない習慣になってるからよ」 「それでさっきも“モルダー捜査官”なんて言ってたのね?」 まぁ…口には出さずにスカリーは微笑んだ。 あれはなんとなくのけ者にされたような気がしておもしろくなかっただけだけど。 「でも、あなた達は恋人同士なんでしょう?」 “ちょっと黙って…” コーディネーターの女性が紅筆を持って囁き、“恋人同士”の単語で真っ白になったスカ リーの頭の中に、しばらくの間、沈黙が広がる。 「フォックスが言ってたわ、“僕が大切に思ってる女性を連れて行くから”って」 「大切…そうね、私達はお互いなくてはならない関係だという意味だと思うわ」 無邪気を装っているのか、本当にそうなのか、スカリーは彼女の真意を量りかねつつ、な んとか体勢を立て直し、そんな曖昧な言い方で応じた。 「私、フォックスがすごく好きだったのよ」 ウエディングドレスの袖に手を通しながら、アニタは嬉しそうに笑った。 「彼に認められたくて、一生懸命勉強したわ。そういう意味では最高の家庭教師だった… 私ね、一度だけ彼のフラットに押しかけたことがあるの。15歳のころよ、それもクリスマ スの夜、遅くに…彼はどうしたと思う?」 ドレスの後ろのジッパーが閉められる。後はティアラとベールをつけてブーケを持てば、 完璧な花嫁の完成というところだ。 「さぁ…」 スカリーは思わず想像した。 クリスマスの夜、家賃の安いフラット、若いころのモルダー、ドアを開けるとアニタが立 ってる。多分、すごく仕立てのいい服を着て、高価な靴を履いて、初めて見る周囲の様子 に多少怯えて。 「彼は部屋に入れてくれたの、オックスフォードで使ってるノートや本を見せてくれたわ、 それから紅茶を入れてくれて、窓から外を見ながら二人で飲んだの…私が持っていったプ レゼントを開けて、彼はお礼にキスしてくれた…」 ふふふ…とアニタは本当に嬉しそうにひとりで笑った。 「それからフォックスは大家さんの電話を借りて、パパに電話したのぉ…すごく残念だっ た、泊めてくれるかもしれないって期待してたから」 本当に残念そうにそう言って、ティアラと白いベールがつけられがアニタがくるりと鏡の 前で回転する。 “さぁ、できあがり、すごく綺麗な花嫁だわ” コーディネータの女性は少し離れて、全体を見た後、満足そうに肯いた。 トントン タイミング良くドアがノックされ、テイト夫妻とジョセフが部屋に入ってきた。 カーラが花嫁姿になった娘に近づき、目に涙を浮かべながら彼女を軽く抱きしめる。 「幸せになってね、アニタ」 「もちろんよ、ママ」 アニタは両親の頬にそれぞれキスした後で、ジョセフの腕の中に飛び込んだ。 肉親だけのプライベートな時間の邪魔をしてはいけない、スカリーは気を利かせ、こっそ りドアを開けてデッキに出た。 ・4:00 P.M JFK空港へ向うハイヤーの中 大勢の招待客のざわめき、次々にクリスマスソングを演奏するオーケストラを思わせるよ うな立派な楽団、飲物を持って人々の間をまわるウェイターターやウェイトレス。 ジョセフの友人達による歌や親類達から新しい家族へのお祝いの言葉、子供達から渡され る花束… 結局、ジェームス・テイト氏の心配は杞憂に終り、ジョセフとアニタは無事に式を終え、 和やかで暖かいパーティを経て夫婦になった。 あとは、新婚旅行で行くカナダ行きの最終便に乗るまで見守れば、モルダーとスカリーの 任務終了である。 「でも、フォックスが幸せそうで良かったわ」 空港へ向うリムジンの後部座席で、アニタは夫のジョセフとスカリーの間に座っていた。 多分最後になる“いざという時の為”の備えである。 「フォックスは学生の頃、付き合ってる女の人がいたの」 「フィービーのことかしら?」 無事に終りそうな安心感と暖かい車内の空気にぼんやりしていたスカリーは、すんなりと アニタの言葉に応じた。 「そう、その人…彼女はとにかく自由奔放でいつもフォックスを振り回してた。彼は時々 とても疲れた顔でじーっと遠くを見たりしてた」 アニタはスカリーの顔を覗き込むようにして、にっこり微笑む。 「ねぇ、ダナ。フォックスはあんまりヤキモチ焼きじゃないんじゃない」 「まぁ…だけどわからないわ、私はそういう対象ではないのかもしれないし」 おしゃべりするアニタをジョセフがじっと見守るように見つめてることに気がつき、スカ リーは少し羨ましいような気もする。 「それは彼女に関係があるの」 「フィービーに?」 「彼女にはジャックっていう友達がいて、フォックスは気にしてたわ。で、ある日、ジャ ックに会ってフィービーとのことをきちんと聞き出そう家を訪ねたの」 スカリーが聞いていることを確かめるように、アニタは一旦言葉をきる。 「そしたらね、なんとジャックは女の子だったのよ、彼女はわざとフォックスに嫉かせる 為に、その女の子の話を持ち出してたってわけ」 「まぁ…」 ドアを開けてくれた女の子。“ジャックはいます?”“私ですけど” 「フォックスは本当に落ち込んでて、もう二度と笑ってくれないかと思ったわ」 プロファイルが得意なオックスフォードの優等生が思わぬ失敗に気まずい思いをしている 場面を想像すると、悪いと思いつつスカリーは微笑んでしまう。 「あなたは気がついていないかもしれないけど、パーティの間も時々、フォックスはあな たのこと、ほんとうに嬉しそうに見つめるのね、少しだけ微笑んで。とても幸せそうな笑 顔だったわ、あなたが側にいてくれるだけでうれしいというような」 「そんなこと…」 「いいえ」 アニタは強く首を横に振る。 「私は今、とても幸せなの、だから感じることができると思う。フォックスはあの頃より 絶対、今のほうが幸せだと思うわ、もし私に、ジョセフがいなければ悔し泣きしてるとこ ろよ」 ふふふ…小さく笑って、彼女がジョセフの腕の中に身体を預けると、着ている絹のワンピ ースがサラサラと音をたてた。 「あなた達もいつか、私達みたいになって…ダナ、応援してるから」 今どんな言い訳をしてもアニタには聞いてはもらえまい…スカリーは無言で幸せそうな新 郎新婦から視線を外し窓の外を流れていく夜の景色を眺めながら、日常に思いを巡らせて そっとため息を吐いた。 「それからね、ダナ」 リムジンが空港の出発ターミナルに入っていく。 「フォックスはあの夜、私のオデコにしかキスしてくれなかったの、私はどうなってもい いって思ってたのに…」 車が止まる直前に、アニタはスカリーの耳元に身体を乗り出して囁いた。 「あなたも試してみて、ダナ…今夜はクリスマス・イブだもの」 ・ 6:00P.M JFK空港 二人の乗った飛行機が飛び立ち、感傷にひたるジェームスとカーラをリムジンに乗せて見 送ると、モルダーとスカリーの間にようやく安心感が広がった。 「今日は本当にありがとう、朝からお嬢さんの相手で疲れただろう」 二人でD.C行きのカウンターへ歩きながら、モルダーがねぎらった。 「でも、何もなくて良かった。それにあなたの昔の話もずいぶん聞けたし、それなりに有 意義だったかもしれないわ」 スカリーの言葉に、大袈裟に肩を竦める。 「何を聞いたんだよ」 「いろいろよ…」 例えばあなたが私のことを“大切に思ってる女性”だと言ってくれたこと。 スカリーのほうが完全に優勢、彼女のにやりと笑う顔にモルダーが口をとがらせた。 「あんなかわいい子がクリスマスの夜に訪ねてきて、よく我慢できたわね、モルダー」 “やっぱりね”モルダーのヘーゼルの瞳がそう語る。 「それで不機嫌だったのか?」 「不機嫌?」 思わぬモルダーの言葉に、スカリーは聞き返した。 「アニタに会ってからずっとろくに口もきいてくれなかっただろ?」 「別に私は…ただ一応彼女の警護をするのに気を遣ってただけよ」 「君は美人で頭も良いけど、やきもち焼きなのと言い訳が下手なのが欠点だな」 誉められてるのかそうでないのか、よくわからないままにスカリーは、形勢不利を予感し て、反射的に切り返そうと口を開いた瞬間、 「僕は女の子に困ってなかったんだ」 するりとモルダーが話しをはぐらかした。 それに気がついても、彼をからかう材料をもうひとつ思い出したスカリーは続けずにはい られない。 「フィービーにさんざん振り回されてたくせに。時々、考え込むぐらい辛そうだったそう じゃない」 そこで一旦言葉を切る。わざと間を空けて。 「それにジャックって女の子の話も聞いたわよ」 「なっ…、なんだよ、アニタがそんなことも言ったのか?」 一瞬、彼は深く後悔した。 スカリーにジェームスを担当させ、僕がアニタを見張るべきだった、と。 「若かったんだよ、例の人体発火の事件でフィービが来た時の僕を見ただろ、あれで彼女 のことはケリがついたんだ」 そうそう、あの頃はまだ彼女に未練があって、ずいぶん辛い目にあったんじゃないの?、 事件の後、結局テープを聞かなかった彼を思い出して、スカリーは微笑んだ。 「ふ〜ん、まぁ、いいわ、そういうことにしておきましょう」 わざと思わせぶりに言った後でモルダーが不満気に頬を脹らませるのを見たスカリーは、 今夜の勝利を確信し、同時に自分がまるで子どもの頃のように単純に嬉しくなったのに気 がついて驚いた。 「まぁ、良かったよ。この分ならそんなに遅くならないうちに君を送り届けられる…あ、 ちょっと待って、まずホテルをキャンセルしなくちゃ」 D.C行きのカウンターを前にモルダーは一旦、立ち止まって携帯電話を取り出した。 「ホテル?」 「ああ、ごめん…もしかしたらって、一応、ジェームスが予約を入れてくれたんだ。」 (あなたも試してみて、ダナ…今夜はクリスマス・イブだもの) さっき聞いたアニタの声が魔法のようにスカリーの耳の奥でリフレインする。 自分を見詰める怪訝そうな顔…何を言われるのか、一生懸命考えてる。 優秀なプロファイラーとしては唐突な発言に驚かされるのは不本意なはず。 驚く顔が見たかった。本当にただそれだけ。 これはアニタに散々煽られ、サンタやトナカイに盛り上げられた挙げ句の愚考。 結婚式の雰囲気に呑まれ、ホルモンバランスが崩れたせいかも。 気の迷い…ただの幻、思い違いに勘違い… それでも驚く顔はみたかった。 いいえ、せっかくならイブの夜とクリスマスを二人で過ごしてみたかった…かな。 「私、ニューヨークのクリスマスって初めてなの、せっかくだから有名なロックフェラー のツリーを見たいわ」 スカリーは手を伸ばし、彼の携帯を取り上げた。 「な…何を言ってるんだ? スカリー。そんなことをしたら、明日の朝早く、ツリーの下 に行けなくなるんだぞ」 今夜、2連勝。モルダーのあせった顔がますます嬉しい。 「そう、実はね…」 スカリーはそっとモルダーに近づいて、彼の手をそっと握ると、そのままひいてタクシー 乗り場のほうにゆっくりと歩きながら打ち明けた。 今年はママはビルと一緒に南国ハワイで過ごしてるの。 だから、私は電話でメリー・クリスマスを言うだけ。 モルダーの顔が照れくさそうな笑顔に変わる。 「なんで来る前に言わないんだよ」 …それは私にもわからなかったから。 どこからともなく、陽気なクリスマス・ソングが聞こえてくる。 イエロー・キャブのドアがパタンと閉まる。 「エンパイヤーステートビルってまだ昇れる?」 「ああ…」 運転手は二人を振返った。 「今日はイブだからね、特別にやってるかもしれないよ」 スカリーが肯いて、車は滑るように空港を離れて走り出す。 「君にしては月並みなコース選択だね、スカリー」 「いいじゃない、こんな夜は月並みも新鮮よ、モルダー」 メリー・クリスマス、モルダー。 今夜、私があなたの部屋に押しかけても、キスだけで追い返さないでね。 The End 最初と最後ではスカリーが別人じゃん、という苦情は受け付けられません(笑) ところでロックフェラーセンターっていまもあるんでしたっけ?