ISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. この物語はあくまでも作者個人のフィクションです。 ==================================== Title:「In the Darkness」 Author:めいしゅう Spoiler:NONE ====================================  空気が透き通った氷のように凍てついている。  吐いた息が白く凍ってはかき消えていく。  それを見るともなく見つめながら、モルダーは車のドアに背をもたせかけて ぼんやりと曇った空を見上げた。 見回りの警官でも来たらさぞかし不審がられるだろうとふと思い、ひとり苦笑する。 だが、今夜は彼も暖かい家の中で、愛する家族と共に光の満ちる食卓を囲んでいるだろう。  夜でも雪をはらんだ雲はどこか薄明るく、灰色に膨れあがった空はゆっくりと雲の波を描く。 ただ立っているだけでも手足が凍えそうだ。 今夜は雪になるのだろうか。  闇よりはほの明るい天蓋から降ろした視線の先には、暖かい光を窓から惜しみなく あふれ出させている一軒の家。  心なしか、にぎやかな笑い声まで聞こえるようだ。  …君はそこにいる。  この足を動かして。  目の前の車ひとつ通らない車道を横切って。  歩道を横切り、今は闇に沈む趣味の良いアプローチをわずかに数歩。  リースのかかったドアをノックすれば、君の顔が見られるというのに、 なぜかここから足を動かせない。  ひょっとしたら出てくるのは彼女の兄かも知れない。彼はいつも妹を危険に巻き込む 彼女の仕事を嫌い、それを持ってくる僕を諸悪の権化のように思っているから、 ひょっとしたら扉は目前で閉められてしまうかもしれない。  でも今日はクリスマス・イブだ。彼もそんなに非道いことはしないかも知れない。  中に招き入れて、それでも苦虫を噛み潰したような顔で、シャンパンの一杯と彼女への 挨拶くらいは多めに見てくれるかも知れない。  いや、ここは彼女の母親の家だから、母親自身が出迎えに出るのかも。  彼女ならきっと微笑んで、軽い抱擁の後に娘を呼び出してくれるだろう。 「ダナ」…彼女の娘を呼ぶ声の響きは、柔らかさと優しさが絶妙にブレンドされていて、 いつも耳に気持ち良いのだ。  一陣の風が足元を舞っていく。    …スカリー。  君は驚くだろうか。「何があったの、モルダー」開口一番そう言う君が目に見える ようだ。  …プレゼントでも持っていれば口実になっただろうか。  今日は口実になるようなくだらない事件もUFOパーティもない。  ただ君の不在に耐えられなくて車を走らせた。  なのに、いざここまで来ると一歩も動けずにいる。  これでは全くspookyと言われても反論できないな。  自嘲が頬をかすめる。    一人でクリスマスを過ごす事が辛いのじゃない。  ローンガンメンからクリスマスに乗じて行われる陰謀についての大会に誘われてもいた。  でも一人でいたくて断った。  本当は君といたくて、でもクリスマスを家族で過ごすという君の幸せそうな顔に 言い出すことも出来ず。  家族との時間を奪っているのは他ならぬ僕なのだから…  そう言ったら君は怒るだろうが、でも僕にはその考えから逃れる事は出来ない。  今、娘として妹として、柔らかく微笑んでいるであろう君の顔を曇らせたくない。  いや、それも嘘だ。 「モルダー、どうしたの」その台詞と共に、一瞬にしてAgent Scullyの顔に戻る君。  その一瞬を見たくない。  それは、仕事を離れてただ君自身に戻った時の君を、僕だけは永遠に知ることがない と思い知らされるようで…  そう言ったら、君はどんな顔をするだろう?  窓の光がふいに消えた。  客が出てこないところを見ると、食事が終わって皆、食堂からリビングへ 引き上げたのだろう。  しばらくして、かすれがちにピアノの音が響いてきた。  ぎこちない「Silent Night」。子供の手が弾いているようだ。  モルダーが会ったことのない、彼女の末の弟の子供たちだろうか。     彼は背中を浮かせると、車の中に滑り込んだ。エンジンをかける。  エンジンがかかるまでのわずかな時間、再び家に目をやる。  正確には、家の中にいるただ一人の女性に。  明後日には君に会える。  君はいつものように非の打ち所のないスーツ姿で地下室のオフィスへやってきて まじめに仕事をしない僕にやかましく小言を浴びせながら山とたまった書類を 手際良く片付けていくのだろう。  ねがわくば彼女の信じる神が、それまで彼女を守ってくれるように。  信じたこともない神に向けて、彼は思う。  自分を含め、彼女の命と心を危険にさらす全ての事象から、彼女が無事であるように。  アクセルを踏み込む。  一瞬のエンジン音がかき乱した静寂は、車のライトが闇に溶けるのと同時に 再び空気を支配した。  闇に沈む街。  音を立てるものは何もなく、ただピアノの音色だけが微かに流れては消えてゆく。 --------  Silent night, holy night Sleeps the earth, calm and quiet Lovely Child, now take thy rest On thy mother's gentle breast Sleep in heavenly peace, Sleep in heavenly peace!  Silent night, holy night When thou smil'st, love-beams bright Pierce the darkness all around Son of God, thy birth doth sound Our salvation's hour, Our salvation's hour!  Silent night, holy night From the heaven's golden height Christ descends, the earth to free Grace divine! by thee we see God in human form, God in human form!   (以下省略) 「Silent Night, Holy Night」 by Franz Xaver Gruber ======================= THE END Have a Merry Christmas and A Happy New Year ! めいしゅう oshiro-5@ii-okinawa.ne.jp