______________________________________________________________________________________  DISCLAIMER // The characters and situations of the television program   "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter,   Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions.    No copyright infringement is intended. ______________________________________________________________________________________   【注意】 この作品には、僅かではありますが性的描写を含んでいる部分があります。        こういった表現を嫌悪される方、及び適当な年齢に達せられない方は        お読みにならないようにお願いします。      また、状況設定等は前作"Let it be"を踏まえた形となっていますので、        宜しければこちらを先にお読みになられることをお勧め致します。  ___________________________________________   " Just the way you are " by Rose  1.  「おやすみ、ダナ。いい夢を。」   そう言って彼は今夜も帰って行った。私の頬に冷たい唇の感触を残して。   とうとう私は彼に抱かれた。田舎町の小さなモーテルの部屋のベッドで。   多少戸惑いはあるにしても、後悔はしていないつもりだった。私は確かに彼を愛していたし、 彼も私を愛してくれているのが今さらながらに実感出来た夜だった。少なくとも私にとっては貴  重な一夜になった。 しかし喜びに打ち震える一方で、これからの在り方を模索していかねばならないという緊張感  も襲ってきた。この不安を口にした時、彼は事も無げに、君なら大丈夫だと言ってのけた。だが、  私は、彼の言うような人間ではないのだ。ずっと優等生で通してきて、今もアイス・クィーンと  呼ばれていても、傍目に見えるほどには自分に自信も無いし、大した事でなくても気を遣うよう  な小心者なのだ。だからこそ、彼に身を預ける事は出来ないと、そうなったら自分をコントロー  ル出来ずに、二人で奈落の底に真逆さまに落ちていく事になるだろうと思っていた。それは、そ  れほどに彼を愛している、という証拠でもあった。   けれども、それは自分独りの思い込みだったようだ。結局のところ、彼への想いは既にコント  ロールなぞ完全に失っていた。私はあの夜、彼に抱かれ愛された。そして身を投げ出して愛され  る喜びを知ってしまった。こうなってしまった今、後戻りは出来ない。それは彼も同じだと思っ  ていた。   ワシントンに戻って来てからの彼の態度は、今までと全く同じだった。それは私にとって都合  の良い事だったはずなのに、急に不安を感じえずにはいられなくなった。それまでと同じように、  深夜の電話や他愛の無い戯言、突然の訪問・・・・。だが、彼は決して私に触れようとはしなかった。  あの時の明朝、私がつれない態度を取ったせいなのか、これまでと同じく冷たい言葉で彼を牽制  したからか、それとも。・・・・ここで思考は停まってしまう。考えるのが怖いのだ。そう、あの突  然現れた"彼女"の存在を。      毎夜毎夜、同じ言葉を私に残して帰って行く彼を、私には引き止める事は出来なかった。あく  までも選択権は彼にある。   彼を送り出した後、私は決まってシャワーを浴びた。これ以上だと火傷をしてしまいそうなく  らい、熱いシャワーを。心の中のもやを取り払ってくれるよう願いながら、涙を流している自分  に気付かないように願いながら。   そうしてあらためて気付かされるのだ、彼を愛していると。  「馬鹿馬鹿しい、これでは只の恋に狂った女だわ。」   自虐的に独り、呟いてみる。   思考が空転してしまってどう考えても建設的とはいえない。前に打診のあった長期間のアカデ  ミー講師の依頼をこの際引き受けてみようか。カーシュは、どちらでも君の好きにしたらいい、  そう冷たく言っていた。彼には私がアカデミーではまだ必要とされている人材であるのが気に入  らないのであろう。モルダーも行くな、とは言わなかったが、一ヶ月は長いな、と呟くのを聞い  て一旦は断ったのだ。モルダーに、相棒である私という歯止めがなくなったらどうなるか。ちょ  っと考えただけでも、空恐ろしい。いきなり馘にされる可能性もある。カーシュはスキナーでは  ない。モルダーはこの事を解かっていないに違いない。しかし・・・・。   ベッドに寝転び天井を見ながら、ぼんやりと私が行くと言ったら彼はどう出るのかを考えてい  た。  2.    「はい、ダナ。」   いつものように朝、地下へ降りていった私は一人の女性に会った。   スレンダーなブルネットの彼女、ダイアナ・ファウリー。   私の前にX−ファイルを担当していた人。モルダーのかつての恋人。そして・・・・私の不安の種。  「おはよう、ダイアナ。」  「どうしたの、何か用事でも?」   そう言われてようやく気付いた。そうだった。ここは今、私のオフィスではないのだ。ぼんや  りしていたとはいえ、間違えたなんて・・・・この人には絶対に気付かれたくない。  「ああ・・・・あの、モルダー来てる?」   彼は押さえ込んでおかないと、すぐに仕事をサボってどこかへ逃げてしまう。今日だってそう  に違いない、だから嘘を言っているのではない。そう自分に言い聞かせた。  「ええ、いるわよ。」   事も無げに答えたダイアナは、私の表情の変化に気付いただろうか。   彼女の口から何気なく出てきた「いる」の一言に殴られたように感じたのは、私の気のせいな  のか。  「・・・・オフィスに戻るように言ってくれない?・・・・じゃぁ、私はこれで。」  「寄っていかないの? 中でフォックスはコーヒーを飲んでるわ。貴女も一杯どう?」   何故、こうも引き止めたがる。私に見せつけたいのだろうか。   ・・・・何を? 自分が私よりもモルダーにとって必要な人間だという事を?    それとも、・・・・。  「いいえ、スペンダーに見つかったらコトだから、オフィスに戻るわ。・・・・彼にも早く帰ってく  るように言っておいてくれればいいから。」   小さい私を見下ろすようにしているダイアナが笑いを漏らした。  「大丈夫よ、今日は風邪で休むと連絡があったの。だから、フォックスにここへ来るように頼ん  だって訳。事件が起きたから、手助けして欲しいのよ。」  「・・・・貴女のパートナーはスペンダーよ。彼に断りを入れないと・・・・いえ、モルダーこそ、今は  別の仕事があるのに・・・・。」  「少なくとも彼にとっては、その別の仕事より私の申し出の方が魅力的なようね。」   嘲るような言葉に私はつい、いきり立ってしまう。  「くだらなくてもそれが、私とモルダーの今の仕事なのよ。彼を馘にしたくなかったら、すぐに  戻るように言っておいて!」   そう言葉を叩きつけて私はくるりと背を向けて動揺している事を悟られないようにわざとゆっ  くりと歩いてその場を立ち去った。     自己嫌悪だ。ダイアナ相手にこんなに感情的になるなんて・・・・。   いつから私はこんなに醜い女になったのか。 モルダー、貴方何を考えているの?   ・・・・・・  「こんにちは、ボスはいるかしら?」  「あぁ、スカリー捜査官。中にいますよ、ちょっとお待ちを。」   モルダーへの想いとダイアナへの認めたくはない感情を持て余して、私はカーシュの所へやっ  て来た。エレベーターの中で感じた閉塞感はいまだに続いている。このままではいけない、何か  変化をつけなくてはこの気持ちはどうにもならない。  「・・・・はい、では。・・・・スカリー捜査官、お会いになるそうですが、15分後にアポが入ってい  るので手短に願います。」  「解かったわ、ありがとう。」   カチッ・・・   ノブを廻して扉を開ける。カーシュは相変わらず不機嫌そうな顔をしてこちらを見やった。  「スカリー君。約束があるので、手短に願おう。」   座れ、とも言わなかった。よほど、嫌われているらしい。  「この間お話があった、アカデミーの講師の件ですが、まだ有効ですか?」  「ああ、君なら向こうもてぐすね引いて待っていると思うが、どうして気が変ったんだ。」   ちょっと表情が変化した。この間は頑なに拒んだのだから、当然だ。私はこちらへ来る途中に  考えておいた理由を口にした。  「ついでと言ってはなんですが、ラボの方で共同研究の話が進んでいますので、その為の試験を  するのにアカデミーにいる方が有利かと思いまして。」  「そうか、なら、私も許可しよう。・・・・スカリー君、何ならアカデミーへ席を移しても良いんだ  ぞ?」   そうは問屋が卸さない。簡単に諦めるものですか。   「・・・・いえ、私は可能性のある限り、こちらでモルダー捜査官とX-ファイルへの復帰を待つつも  りです。」   そんな事は聞いていないといったふうに、カーシュは書類に手を伸ばした。  「君達は時間を無駄にしているとしか思えんが・・・・。まぁいい、時間だ。アカデミーには連絡さ  せておく。」  「恐れ入ります。」   そして、私は踵を返してカーシュの前から立ち去った。   だが、胸を圧迫するような閉塞感からは抜け出せなかった。  「スカリー、今度の調査の件だけど・・・・。」   自分の今のオフィスへ戻ると先に戻っていたモルダーが畳み掛けるように口を開いた。私は彼  の顔を見ると、先程カーシュに申し出た件を後悔し始めそうで、視線を逸らして下を向いた。  「モルダー、悪いけど、一人でやっておいて。」  「・・・・何故?」そう問い掛ける彼の目を、今はまともに見る事が出来ない。  「明日からアカデミーへ行くわ。」  「臨時講師の件か? どうして気が変わったんだ、君は行かないと言っていたのに。」  「共同研究の為よ。向こうの方が何かと都合がいいの。・・・・じゃ、準備があるから私はこれで失  礼するわ。」   手早くデスクの上の書類を片付けて出て行こうとすると、ブリーフケースを掴んだ腕を止めら  れる。  「・・・・スカリー、調査というのはX−ファイルだよ。君にも来て欲しいんだ。」  「何を言ってるの、モルダー。貴方は担当じゃないのよ。何よりスペンダーが貴方の参加を望ん  でいるとは思えないわ。」  「スペンダーか、奴じゃだめだ。X−ファイルかどうかを見極める力も無いよ。」   吐き捨てるように言って彼は私を見る。まるで懇願するような顔をして。  「ダイアナがいるでしょう、彼女は超自然学を学んでいるわ。適任よ。」   そう、彼女の方が私よりもX−ファイルには必要な人間かもしれない。認めたくは無いが。  「でも、スカリー、僕は事実を確かめたいんだ。その為には君の分析能力が必要なんだよ。」  「さっきも言ったはずよ、私はこれからアカデミーへ行く準備があるの。」  「頼むよ、スカリー。」   すがるような視線をかわして私はオフィスを出た。  「・・・・スペンダーにはきちんと許可を貰うのよ、一人で勝手に暴走しないように。・・・・じゃぁ。」  「待てよ、スカリー!」   廊下の隅へ引き摺られるように連れて行かれ、モルダーは私を見据えた。  「どうした? 何かあったのか。」   何故、私に触れてくれないの。    こんなにも貴方を求めているのに。        そんな事は私には口が裂けても言える事ではなかった。それにダイアナが気に食わないなんて  子供じみた考えを持っている事を悟られると考えただけでも、死んでしまいたい気分だった。  「いいえ、何もないわ。・・・・また連絡するから。」  「じゃ、今晩君の部屋へ行くよ。」  「・・・・いいえ、今日は来ないで。」   今、二人きりになったら私はきっと彼に襲いかかってしまう。それほど彼を求めていた。だが、  生来の性格が邪魔をして、そんなみっともない事は後で後悔するとの警告が頭の中で渦を巻く。   貴方が欲しい、今すぐに。     掴まれている腕が妙に熱っぽく感じる。たったこれだけの事で、こんなになってしまうほど、  彼を愛している。しかし、これではいけないのだ。こうなる事を恐れていた。彼のパートナーと  しての役割を果たせなくなってしまう。   離れなくては・・・・貴方から離れて頭を冷やすのよ。   お願い、私に時間を頂戴。    真っ直ぐな彼の視線が辛くて、足早にその場を離れた。モルダーは暫く私の背中を見つめてい  た。振り返らなくても解かるほどの静かな憤りを込めた視線だった。  3.  「・・・・この本を読んでレポートを提出してください。来週は実際の遺体の写真を見ながらの講義  となります。今日はここまで。」   受講生達が三々五々帰って行くのを教壇の上から見ていた私に一人の生徒が話し掛けてきた。  「スカリー先生。どこか具合でも悪いのですか?」  「いいえ、何でもないわ。・・・・どうして?」  「なんだか疲れておいでですから。」  「そうかしら? ・・・・でも、心配してくれて有難う。じゃ、私はこれで。」  「お気をつけて。」   そんなに疲れた気分でもないのだが、・・・・確かに顔色は悪いかもしれない。   窓に映る自分の顔はどう見ても生気の無い顔をしていた。   ここに来てもう10日は経つ。が、モルダーからは電話一つ無いままだった。休暇中であろう  と処構わず電話してきて戯言を言う彼がどうしたのだろう。自分の方からは何を口走るか解から  なかったので、怖くて電話出来ずにいたのだ。   相変わらずの思考の堂々巡り。思考が煮詰っている、これ以上は無理だというくらい。   本当は聞いてみたかった。どうして私を抱いてくれないのか。一度手にしてみて飽きたのだろ  うか。私を愛してくれたあの夜が思い浮かぶ。私はどんな顔をしていたのだろう。確かに想いを  伝えられたのだろうか。   愛してる、どうしようもないほどに。   彼を見る度、彼の声を聞く度、ちょっと触れただけでも"彼"を感じて仕事にならなかった。ど  うしようもないほどの彼への意識。大丈夫、な訳がない。パートナーの私と、ただの女としての  葛藤。・・・・葛藤? もう既に、ただのダナ・スカリーとしての意識が幅をきかせているではない  か。   狂おしい。   貴方の事を想うだけで、胸に手を入れられて心臓を掴まれたような痛みが走る。   電話で声を聞くだけでもいい、ちらと見るだけでも、・・・・。   まるで、ティーンのよう、恋に恋した浮ついた気分を思い出す。   私は幾つになったのか。   こんな子供じみた恋愛を今さら体験出来るとは・・・・。    「やぁ、スカリー。」   はっと気付くと、モルダー本人がそこに立ってこちらを見ているではないか!   どうしてここに・・・・。    そう言いたかったが言葉にはならなかった。ちょっと淋しげな彼のヘイゼルの瞳、その立ち姿、  求めていたものが目の前にあった。  「スキナーと共にこちらの方へ来たんだ。ついでに君に会いたくて・・・・スカリー、・・・・ダナ、何  故、泣いているんだ?」   顔に手をやると、確かに私は涙を流していた。全く気付かなかった。嬉しくて? いえ、そう  じゃないことはわかる。戸惑っている、貴方に会って。   声帯は機能してくれなかった。口は開けても声にはならなかった。私は自分のオフィスへ向か  って咄嗟にとっさに走り出していた。  4.  「待てよ! スカリー!」   当然の事ながら、彼は後を追って来た。アカデミーで講師をする間、自分に与えられた部屋に  走りこんで、後ろ手に扉を閉めようとしたが、一歩遅かった。彼に腕を捕らえられ、そのまま壁  に押し付けられてしまった。   そして、いきなり口を塞がれてしまう。   なんて、乱暴な・・・・! こんなキスを望んでいたんじゃない・・・・!   私は必死の思いで抵抗した。頭を逸らしてキスから逃れ、自由にならない手をどうにか振りほ  どこうとした。が、やはり彼は男だった。片手で私を易々と引き寄せると髪を引っ掴むようにし  て再び口を塞ぎ、気が付くと彼のもう一方の手が、ブラウスをたくし上げて胸をわし掴みにして  いた。   痛みが走る。こんな乱暴に扱われるなんて夢にも思っていなかった。ましてや、モルダーに限  って・・・・!    何とか彼のキスから逃れると、私は吐き捨てるように言葉を喉から搾り出した。  「酷い・・・・最低よ!」  「・・・・そうさせているのは他ならぬ君じゃないか・・・・!」   そう叫んで私の二の腕を掴んだ。私を責めるように力のこもった手の感触が辛い。  「私が? 私が何をしたって言うの?」  「どうして僕を避けるんだ、ダナ。何故、僕を見ようとしない。何故、僕に触れようともしない。」   ・・・・何を言っているの、貴方。避けられているのは私だった筈なのに。  「僕には君が必要なんだ。仕事の上でも、プライベートにおいても。なのに、君は何も言っては  くれない。それどころか僕を避けている。ダナ、君はあの夜の事を後悔しているのか?」  「いいえ、・・・・後悔はしていないわ。ただ・・・・。」   「ただ、何だ?」   彼の真っ直ぐな視線が心に突き刺さる。どうにも辛くて視線を逸らした。  「私、混乱してるのよ、モルダー。」こう呟くのが精一杯だ。  「そう思ったから、君が僕を求めてくれるまで時間をおいた方がいいと思って待っていたんだ。  これまでずっと待っていたから少しくらい時間がかかってもいいと、急いで事を壊したくないと  思っていた。でも、君は何も話してくれないし、それどころか急に僕から離れて行った。   君には、僕は必要ではなかったのか・・・・」  「そんな事は・・・・。」   思いも寄らなかったほどの悲しみを込めた声だった。  「なら何故、一旦断った話を受けたりしたんだ。僕には君が逃げたようにしか思えない。」  「考えたかったのよ! 貴方との事を。」  「何を考える必要があるんだ? 僕には解からない。」   そう、貴方には解からない。私は涙を拭うこともせずに、モルダーを見上げた。  「・・・・私を見て頂戴、情けない私を。こんなになってしまうなんて思いもしなかった。貴方は大  丈夫だと言ってくれたけど、貴方を見る度、貴方の声を聞く度、触れる度に貴方を感じてしまう  の。・・・・これではだめなのよ。仕事に支障を来たしてしまう。・・・・私、頭を冷やしたかったのよ。  だから・・・・」  「・・・・ダナ、何故そう無理をするんだ? 言った筈だ、君は君だと。捜査官としての君、プライ  ベートでの君、どっちも君に変わりないんだ。」  「私・・・・!・・・・私はいつも完璧を期しておきたいのよ。モルダー、解かって。」  「・・・・何故、認めない? 君が恐れているのは僕を愛している事に気付いた君自身だ。」   私の瞳が見開かれた。彼の言葉は真実をついていた。  「そうよ!・・・・そのとおりよ。貴方を愛しているわ、でも、こんなになっては私、貴方のパート  ナーではいられない。」  「分けて考えようとするからだ。ダナ、僕らは確かに愛し合っている。だったら、そう振舞えば  いいだろう? 今だってかけがえの無いパートナーだし、それに、・・・・僕の最愛の人だ。それで  いいじゃないか。」  「いちいち貴方を感じていてはだめになるわ、私・・・・。絶対に支障を来たす事になる。・・・・後悔  はしたくないの。」  「はっきり言う。僕は君を愛している。絶対に手を離さない。それに仕事に支障を来たすなんて  考えはおかしい。何も変わる事はないんだ。ただ、僕らは愛し合っているだけだ。それを確かめ  合っただけだ。違うのか? 君なら大丈夫だと言ったはずだ。」  「大丈夫なものですか! 私は・・・・私は・・・・もうだめだわ。配置換えを要請するつもりよ。」   そんな事を本気で望んでいるわけではなかった。だが、そうとしか今は口から言葉が出てこな  い。私の二の腕を掴んだ手に一層力がこもるのを感じた。  「だめだ、僕が許さない。君は僕に必要な人なんだ。真実を追い求める為には君がいなくてはだ  めなんだ。」   普段であればそれは嬉しい言葉だったろう。しかし、私は自分でも気が付かないうちにとんで  もない事を口走っていた。  「私じゃ役不足だわ・・・・例えば、・・・・彼女の方が、ダイアナの方が相応しいのかも・・・・。」   彼の表情がさっと怒りに変化した。  「どうしてそこにダイアナの名前が出て来るんだ?」  「・・・・・・」  「僕が信じられないのか。僕は君だけを愛してる。彼女は過去の事だ。」  「だったらどうして、今まで一言も言ってくれなかったの。」  「ダナ・・・・男としてのつまらないプライドだよ。それに、君への想いに気付いてから、僕は彼女  の事を思い出さなくなっていたんだ。」  「言い訳ね。」  「僕を信じられないんだな。・・・・あの夜の君は、幻だったのか?」  「モルダー、私、・・・・不安なのよ。彼女の存在は私を不安にさせるの。貴方を信じているわ。で  も、・・・・。」  「でも、何だ? 君はいつも自分の感情を押し隠してきた。僕に対しては特に。でも、もうそん  な事をしなくてもいいんだ。素顔の君を見せて欲しい。何を感じているのか聞かせて欲しい。僕  は君の全てを知りたいんだ。どうしてそう、ダイアナの事にこだわりを持っているのか教えてく  れ。」  「そんな事・・・・説明つかないの。」  「は!呆れたね、いつも証拠を出せと詰め寄る君が。それじゃ、ただの嫉妬じゃないか。」   一番言われたくない所を突いてきた彼が、この世で一番憎らしく思えた。同時に、感情を素直  に出せない自分を殺してしまいたいほど憎んだ。  「・・・・モルダー、帰って。」  「怒ってるね、ダナ。それでいい。吐き出してしまえ。」   この男は! 私をからかって遊んでいるのだ。怒りが込み上げてきて思わず拳を作ってきつく  力を込めた。  「帰って! 帰って!」   とめどなく溢れ続ける涙をとめる事も出来ずにただ、今までの彼への想いがより一層理不尽に  膨らむのを持て余して彼の胸板を叩きつけた。   こんなに感情を爆発させてしまったのは、いつ以来の事だろう。   この一人の男のために、自分でも気付かなかった醜い部分を見てしまった。あろう事か、確か  に愛しているこの男にも見せてしまった。   怒りと恥ずかしさとで私は泣き崩れ、顔を手で覆った。  「ダナ、顔を上げて?」   それは私にとっては拷問にも等しい行為だった。そんな事が出来るわけがない。貴方にこれ以  上醜い私を見せたくない。しゃくりあげながら首を横に振り、早く立ち去ってくれる事を願って  いた。  「ダナ、僕を見て?」   もうだめだ。こんなに愛していてもどうにもならない。貴方を求める気持ちは前よりも大きい。  でも、こんな私を見られては、・・・・もうだめだ。   「やはり、君には僕は必要ないんだな。」   悲しげな声だった。それでも私には顔を見せる事が出来なかった。  「ダイアナの事は本当になんとも思っていない。彼女は関係ない。ただ、・・・・君の気持ちが知り  たかっただけだ。酷い事を言ったね、悪かった。後は君の気持ちの問題だ。僕は君を愛している。  この想いはこれからも変わる事はないよ。でも、君には僕は・・・・。」   膝をついて、私の正面から覗き込んでいた貴方はすっくと立ち上がった。  「もう、行くよ。次に会う時には笑顔を見せて欲しい。気付いてたかい? あの夜以来、君は笑  顔を見せてくれなくなった。」   ずしりと重い言葉だった。私は気付いていなかった。不安な気持ちだったのはこの人の方だっ  たのだ。笑わなくなった私を、一人悩んでいる私を黙って見守ってくれていた。だから、私に触  れなかったのだ。   なんてこと。状況が見えていなかったのは私の方だった。   ようやく顔を上げた私の目には彼の姿は写らなかった。既に行ってしまった後だった。    5.   朝から調子がどうもおかしい。でも今日で今回の講義も終わり。   モルダーに会ったあの日から、私は心にぽっかりと穴のあいたような奇妙な感覚に囚われてい  た。なんと言えばいいのか、・・・・つまり何も考えられないのだ。不思議なもので講義だけは勝手  に口が喋っているような状態でこなす事が出来た。義務感だけでここまで来たという感じである。  「・・・・では、これで私の講義は終了します。」   自分で言った言葉を何故か遠くで聞いた後に、私は意識を失ってしまった。   気付いた時、私はソファに寝かされ、アカデミーで今も教えている友人の一人が私を診察して  くれていた。  「気が付いた?」  「・・・・ファラ・・・・?」  「そうよ、ダナ。貴女、貧血を起こして倒れたの。覚えてる?」  「・・・・ええ、そのようね。」   重い頭をちょっと振ってみた。確かに貧血を起こしている。  「ちゃんと食べてるの? 医者が貧血なんかで倒れてたらだめじゃないの。」  「・・・・ごめんなさい。」  「後でスープを取って来るから飲むのよ、判った?」   ファラは優しい手つきで身体を起こそうとしている私に手を貸してくれた。  「・・・・ありがとう。」  「ダナ、あの人どうしたの?」   唐突な質問だった。  「・・・・あの人って?」   私はきょとんとした。  「貴女のパートナーだっていう人よ。」  「あぁ、モルダーね。彼がどうかして?」  「・・・・さっき、DCの方へ連絡したらいないから、・・・・」  「別に私たちそういう関係じゃないのよ。誤解しないで。」  「あら、だって! こないだここへ来ていたでしょ? ダナをよろしくお願いしますって頼まれ  ちゃったのよ。貴方がちょっと悩みを抱えているみたいだからって。優しいのね。」  「そんな事を・・・・?」  「そうよ。自分の命より大事なパートナーですから、って答えてくれたわよ。本当に愛されてい  るのね、羨ましいわ。」  「・・・・・・」   ここにいない彼の優しさが胸に染みていく。彼は私を愛してくれている。私も彼を愛している。  他に何がいるのだろう。   でも。   手を振り解いてしまったのは私。   今までどおりの関係に戻る他はない。   それ以外にこれから貴方の側にいる事は許されない。   それに耐えるだけの勇気と強さが欲しい。   でも。   ワシントンの自分のアパートまでファラに送ってもらって、私はシャワーを浴びた。これ以上  だと火傷をしてしまいそうなくらい、熱いシャワーを。これからの彼との関係をどう修復してい けばいいのか考えなくても済むように。無理な事だと解っていたが、自分を偽ってその事に気付  かないように祈りながら、熱いシャワーを浴び続けた。  6.   突然ふわりとブランケットが私の身体に掛けられた。  「起こしてしまったね、スカリー。」   シャワーを浴びたあと私はベッドに倒れこんでいたらしい。貧血気味の頭を振って、どうして  ここにモルダーがいるのかぼんやりと考えた。  「今朝、スキナーのお供をして行ったLAから帰ってきて、君が貧血で倒れたって聞いて・・・・こ  ちらに寄ってみたんだ。良かったよ。鍵もかけずに無用心だぞ・・・・気をつけないと・・・・それから、  マーケットで少し、食料も仕入れて来た。とにかく寝るんだ。顔色が悪すぎるぞ。」  「・・・・あ、ありがとう、モルダー。」   彼はいつもの彼だった。あんな状態で別れたのだから、何か言葉があるのかと思ったのだが、  ひとしきりLAで遣らされてきたプロファイルのことを話した後、彼は言った。  「疲れさせると悪いから、スカリー、今日はもう帰るよ。」  私はここに来てようやく気付いた。あの夜以来、私の部屋に来た時には執拗にダナ≠ニ繰り  返していた貴方が、今日は一度もそうは呼ばずにスカリー≠ニ呼んでいる事に。私の意識が反  転した。この人は、あの夜の私を忘れる努力をしているのだ。今までどおりのパートナーに戻る  べく。   私には出来なかった。あの夜以前に戻る事は到底不可能だった。私は既に貴方を知ってしまっ  た。貴方を求めている自分に気付いてしまった。仕事上のパートナーという信頼しあった関係は、  もう私には生温い現実感の薄いものである事に、ただの友人というには、互いの想いを伝え合い  受け止め合ってしまった後では、砂を噛んでいるようなものだという事に気付いてしまった。   パートナーで在りたい。   真実を探るパートナーで在りたい。   しかし、   それ以上にただ、貴方の側にいたい。   貴方と共に時を過ごしたい。   こんなにも貴方を愛している私がいる。その事をもう伝えてはいけないのだろうか。私はなん  て馬鹿だったのだろう。貴方は両の手を広げて私を受け入れてくれた。戸惑う私に時間さえくれ  た。もう、遅すぎたのか。   もう一度、試してみる価値はあるのだろうか。  「おやすみ、スカリー。ゆっくりと休んでくれ。」   そっと私の髪に触れ、ちょっと躊躇した後、彼は私の額にキスをくれた。私は何か言わなくて  はと考えているうちに、私への想いを振り切るように立ち上がって、こちらに背を向け部屋から  出て行ってしまった。  「モルダー・・・・!」   もう、私の呼びかけには返事は無かった。ローブの乱れを直す暇も惜しく、私はベッドから起  き上がると彼を追ってふらつきながら走った。  「モルダー・・・・待って! ・・・・フォックス・・・・!」   私にとっての賭けだった。禁断の言葉を口にして彼を立ち止まらせる事に成功して、それでも  素直に胸に飛び込んで行く勇気は無く、せめてもの想いを伝える為に震える手で彼のジャケット  の襟をそっと掴んだ。  「・・・・フォックス・・・・お願い、私を見て・・・・」   私はただの女だった。彼を失いたくない一心で、すがりつくような台詞を吐き出していた。そ  れは私にとってどれほどの勇気のいる事だったか、しかし、そんな事は問題でないほど彼が欲し  かったのだ。  「私にキスして・・・・」   彼の今まで虚ろだったヘイゼルの瞳に、優しげないつもの光が戻ってきたのを見て取った。そ  の事が嬉しくて、言えずにいた最後の線を私はやっと越える事に成功した。  「・・・・私を抱いて、・・・・そして、愛して。」     「その言葉が聞きたかった・・・・。ダナ、・・・・」   そう言うと彼は私の渇望していた優しくも情熱的なキスをくれた。そうして私は自らベルトを引  き抜いてローブを肩から滑らせた。    窓からもれる月明かりの柔らかい光だけを纏った私に   貴方の温もりが添えられる    貴方の手が描き出す私の曲線   私は女だったのだと思い知らされる瞬間   貴方が描く私はこんなにも綺麗   貴方に触れられたところから私の身体が熱くなる   髪に唇をつけて次は額、そうして頬へ、   ゆっくりと滑り降りて今度は首筋   ちょっと逆らって耳へ   貴方の吐息と私の名前が合わさって甘い響きとなる   胸が締めつけられるような愛の囁き   頭の中でこだまとなって壊れたレコードのように回り続ける   たったそれだけの事で"女"としての目覚めを感じて   怖くて貴方にしがみついた   愛しそうに髪を撫で唇を求めてきた貴方    幸せを逃さないように瞼を下ろして接吻ける   私の二つのふくらみは温かい掌で弄ばれて   今にも弾けてしまいそう   ふっくらとした唇で身体中に愛を刻まれて   私の理性は粉々だ   優しい重みを感じながら   最後の抵抗を試みて   でも結局は貴方を誘い込む   鈍い痛みが私を襲い、それはすぐにも快感に変わる   私の中に貴方がいる   貴方を感じて、貴方を見つめて、貴方に触れて、   溺れる喜び、愛される幸せ、   今まで私は人をこんなにも愛した事があるのだろうか   解からなかった事が今では簡単に理解できる   貴方を愛している   こんなにも求めている   そうして貴方が放たれて   歓喜の波に押し流される      息遣いを聞きながら貴方に包まれる   やがて眠りにつくまでのけだるいひととき   貴方の想いは十二分に貰った   私の想いは伝わったかしら     愛している、と    7.    「ダナ、少し痩せたな。胸が小さくなった。それは僕のせいなのかな?」   ふわりとした感覚の中、いきなり現実に引き戻されて睨むように貴方を見上げた。   久し振りに愛をかわし合った後に開口一番言う事なの? それって・・・・。  「だとしたら、少し嬉しいな。君に対してそれだけの影響を与えられたんだから。」   なにやらにこにこしている彼を見ていると、今までの気負いは何んだったのかと思って気が抜  けてしまいそうだった。  「でも、ちゃんと食べて元に戻してくれよ。骨が当たるようじゃちょっと嫌だからね。」   あぁ、貴方だわ。嬉しいほどに貴方を感じる。ただし、やっぱりスプーキーね。でもそのスプ  ーキーを私は愛しているんだわ。  「・・・・セクハラよ、それって。」   頬を軽くひねってやると、貴方はそれでも嬉しそうな顔をした。  「愛してるよ、ダナ。もう二度と我慢なんかしない。」   そう言って自分の胸に私の頭を抱きかかえるようにして、優しく髪を梳いてくれた。  「あの夜以来、僕がどんなに君を抱きたかったか、判ってくれるかい? どれほどの努力をして  自分を制御していたか、理解出来るかい?」   私は自分の事で精一杯だった。彼を思いやるゆとりは失っていて、勿論そんな事は理解をしよ  うとはしていなかった。  「でも、笑顔を見せてくれなくなった君を無理に押し倒すことはどうしても出来なかった。今思  うと僕が余計な事を考えずに君を抱いていたら、良かったのかな。・・・・いや、やっぱりそれは出  来なかったな。でも、君もあんなになるまで自分を閉じ込めていてはだめだよ。はっきりと口に  しないと伝わらない事もあるんだ。僕は、君が後悔してるのかと、そう考えるとどうしても君の  方から求められるまでは抱けなかった。」   切々と語る彼の口調が優しく響いて心に染み渡る。気がつくと私は再び涙を流して彼の胸を濡  らしていた。  「謝るよ、僕も悪かった。もう二度と君を悲しませるような真似はしない。」  「・・・・いいえ、私が悪いの。自分の気持ちをはっきりと伝えなかったのは私のほうよ。・・・・ごめ  んなさい。」  「ダナ、まだ笑顔になれない?」  「違うの、違うのよ。・・・・貴方があまりに優しいから、それが怖くて。」  「どうして?」  「私、貴方に寄りかかってしまうわ、そんな事は嫌なの。貴方に対しては対等でいたいのよ。」   彼は私の言葉を聞いて可笑しそうに笑って言った。  「僕は男なんだよ、ダナ。何があっても全力で君を守ってやるってそう思ってるよ。・・・・不服そ  うだね? 実際は君は強い人だ、僕の助けなんか要らないほどにね。対等なものか。対等どころ  か僕をいつも助けてくれてきたじゃないか。僕の方がはるかに弱い人間だよ。   ・・・・それでも、君を守るって思うんだ。そういうものなんだよ、男って。    だからね、君も僕の腕の中ではただの女でいて欲しいと思う。寄りかかってくれてもいい、甘  えてくれてもいい。在りのままの君を欲しいんだ。だめかい?」   そうなのだ、この人の前でもう、無理をしなくてもいいのだ。私の欲しかったもの、身構える  事無く安心して自分を曝すことの出来る人。つまり、貴方。  「モルダー、・・・・」   体勢を変え、私の唇に指を当て遮って貴方は言った。  「フォックスだよ、ダナ。君にはそう呼んで欲しい。」   今になってどうしてそんなにこだわるのかしら?   「約束して? 僕と二人でいる時は君はスカリー捜査官ではなくて、ダナだ。だから僕もモルダ  ーではなくて、フォックスと呼んで欲しい。」  「フォックス・・・・どうしてそんなに優しいの?」  「君が大切なんだ、誰よりも。」   そう言ってにっこりと微笑んだ。貴方の笑顔もなんだか懐かしい。思わず首に腕を廻して引き  寄せて私はキスをせがんだ。貴方は望んだ以上の深いキスをくれた。   心が癒されていくようだった。安堵した私はまた眠りに引き摺りこまれそうになっていた。   が、彼はまた口を開いた。  「ダナ、もう一つ聞かせて欲しい事がある。」  「・・・・ん?」  「ダイアナの事だ。」  「・・・・・・」  「何故あんなに気にしてるんだ?」  「・・・・だから、言ったでしょ? 彼女は信用出来ないのよ。でも・・・・。」   言い澱んだ私を貴方は目で促した。  「つまりは、・・・・ただの嫉妬よ、多分。」   嫉妬。そう言っても間違ってはいない。確かに嫉妬も感じているのだから。でも、本当のとこ  ろはそうではない。   私だって解かっていた。貴方が彼女の事をただ懐かしがっていただけだという事くらい、彼女  も貴方のことをもう愛していない事くらい。でも、彼女は何か、隠している。これは認めたくは  ないが、女としての勘だ。   貴方は笑うでしょうね、私がこういうふうに思っていることを。でも、気を付けて欲しい。彼  女を見極める時に、間違えないで欲しい。それは貴方にとって大変な賭けになるだろうし、傷つ  く事にもなると思う。   でも、その為に私がいる。その事を忘れないで。   嫉妬という事にしておいた方が今は無難かもしれない。   思った通り、ちょっと嬉しさ交じりの顔で貴方は繰り返してくれた。私だけを愛していると。  「・・・・それから、コーヒーを飲む時は君と飲む事にするよ。聞いてる?」   ちょっと見当違いな言葉を聞きながら、私は身体を半分彼に預けたまま、眠りについたのだっ  た。     8.    「あら、ダナ。またフォックスを探しに?」  「ええ、彼はいるかしら。」   昨晩の彼の言葉は嘘だったのか。朝、目覚めると普段遅刻ばかりしている彼の姿は既になく、  私は一人で重たい頭を抱えて出勤して来ると、デスクに置いてあるメモを見つけた。そこには  XF課に行って来る。君も来て欲しい。≠ニしゃあしゃあと書かれてあったのだ。   ダイアナも交えて朝のコーヒーの御相伴でもさせようというのか。   腹立ち紛れにエレベーターのボタンを拳で叩き、地下に降りていくとまた、ダイアナと鉢合わ  せしたのだ。  「私も今来たところよ。彼、さすがに熱心ね。」   とんでもない、遅刻常習者よ、と言いたいのを飲み込んで、かつては"Fox Mulder"と金の文字  で書かれていた扉を開けた。  「やあ、来たね。」   書類を寄せ集めて端を揃えると、モルダーはダイアナにそれを手渡した。  「これはこの間プロファイルを頼まれた事件のレポートだ。言っておくが、X−ファイルではな  い、ちょっとした異常者の殺人事件だよ。まぁ、日常的なやつだ。これは他所の管轄だな。」  「・・・・そうは思えなかったわ。もう一度、見て頂戴。」   ダイアナの媚びるような目付きが気になって私は横を向いた。  「いや、無駄だよ。」   はっきりと言い切ってモルダーは、私の腰を抱くように真横に立った。そして、覗き込むよう  に顔を寄せて私に告げた。  「それじゃ、仕事にかかるかな?」  「・・・・出張中の伝票整理が先よ、モルダー。」  「了解、スカリー捜査官。」  「フォックス!」   ダイアナが彼を呼び止めた。  「・・・・プロファイルしてくれて、ありがとう。・・・・せっかくだからコーヒーでもどう?」  「今日はスペンダーも来るだろうし、遠慮するよ。僕はスカリーと飲むから。」   爽やかに笑った彼の笑顔を見、ダイアナの表情の読み取れない仮面を被ったような顔を見比べ  て、結局はこれが聞かせたかったからわざわざ早起きしたのかといぶかしんだ。彼が何か勘違い  しているような気がしたが今は言及は避けておこう。   重たい扉を開いてモルダーは、そうそう、とダイアナを振り返った。  「せめて局内では、僕をフォックスと呼ぶのはやめてくれないか。」   とたんに、ダイアナの表情が凍りついた。きっと思ってもみなかった事だったのだろう。  「・・・・解かったわ。」  「頼むよ、ファウリー捜査官。」    さぁ、と彼に促されて部屋を出た。以前、この部屋を訪れた時から感じていた胸のつかえが取  れたような気がした。   結局、彼女の真意は解からない。限りなく灰色に近いことは感じるが、それを証明する術は恐  らくない。多分、モルダーも解かっているのだ。だが、昔の恋人を告発するような真似は彼には  出来る事ではない。だから、今はこのまま平行線を辿るほかはない。私は彼がこれ以上傷つくの  は見たくなかった。   私は彼を信じている。   これでいいではないか。       「ダナ、まだ顔色が悪いよ。もう少し休んだ方が・・・・」   エレベーターの中で二人きりになると、そっと腰に手を廻して私の顎をついと持ち上げ、唇を  軽く添わせた。優しい想いの溢れたキスだった。ダイアナに対する思いは忘却の彼方へと去って  いった。  「・・・・オフィスでは止めて。」   恥ずかしくて視線を合わせていられなくなって、下を向き諭すように呟いた。本当のところは  とても嬉しかったのだが。  「あれで、良かったかな?」   オフィスのあるフロアに着くと、捜査官の顔をして歩き出す彼の後を私は慌てて追いかけた。   問いかけのようでいて、そうではなかった。答えを求めることなく彼は自分の席に着いた。先  程までの私だけの彼とは違って、何処から見ても一流の捜査官になっている。  「あの、モルダー・・・・」   するとこちらを見ることなく彼は私の言葉を遮った。  「スカリー、今日はうちに来ないか?」   視線は今度のプロファイルをする為に取り寄せた写真の方を向いたまま。  「まだ週末じゃないのよ。」   嬉々とした感情が湧き起こるのが少し悔しくて、冷たく言ってみた。こちらも身元調査の資料  をデスクに積み上げながら。  「もう我慢はしないと言っただろう?」  「・・・・それにカウチで寝るのもお断り。」   横目で確認すると、貴方もこちらをちらと見て、顔をしかめて舌を出して見せた。   そんな何気ない仕草も愛おしくて堪らない程、貴方を愛している。わかってる。貴方は私だけ  のパートナーだと、仕事だけなんて切り離せない、プライベートだけなんて器用な事も出来ない。  貴方のそばにいるのが私にとって自然なことなのだから。  「・・・・だから、今日も私の家に来なさい。」  「了解、僕のアイス・クィーン。」   さぁ、と言わんばかりに仕事に集中し始めた彼を見て、私も資料に視線を落とした。                           The End     今度こそ、終わり。(と、願いたい)  ____________________________________________                                    なんてスカリーを書いてしまったのでしょうか。    でも彼女に、たまには弱さを曝して欲しかったのです。    モルダーに寄りかかって甘えさせたかったのです。    また、モルダーの方もどんなスカリーでも受け入れて欲しかったのです。    書き始めてから2ヶ月もかかってしまい、おかげで話の流れも悪い。     おまけにまだまだ「あだると」とは言えないシロモノです。    こんな辛くなるような話を最後まで読んで下さった皆様に感謝します。         御意見、御感想、御批評なぞ御座いましたら、掲示板もしくは下記アドレスまで    お願い申し上げます。     Rose拝 / 25th 1 2000     rote_rose@anet.ne.jp