__________________________________________    これはあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり、この小説の登場人物・設定等の   著作権は、すべてクリス・カーター、1013、20世紀フォックス社に帰属します。   ■警告■  なお、この作品中には、性的描写を匂わせる部分が含まれております。           このような描写を嫌悪なさる方はこのまま退室なさる事をお勧めいたします。           また、この作品はS6エピソード "Rain King " を受けた設定になっております。             __________________________________________      " Let it be " by Rose        1.  真のレインキングであったホーマンは今、永年の願いが叶って愛するシーラとキスを交わしていた。   ホールにはミラーボールがぐるぐる回り、柔らかい照明でムードは否が応でも盛り上がり、しっとりと  した曲が今、誕生した恋人たちの為に愛を奏でているようだった。   そう、まるで、二人を祝福するかのごとく。   何度も何度も繰り返されるキスを見ているうちに、私は自然に傍らに立っていたモルダーの方へと  身体を寄せていた。   音楽に合わせて軽く揺れていた彼の身体が少し緊張するのが伝わってくる。一瞬拒否されたのか  とも考えた。しかし、すぐにそれは思い違いであることがわかった。信じられないよ、こちらに向けた顔  がそう言っている。別に背中に腕を回されたわけでもないのに、自分がモルダーの戸惑いと遠慮がち  な優しさに包まれているのを感じていた。   ホーマンとシーラは、時々お互いを見やってはキスをし続けた。そのほのぼのとした雰囲気は、周り  で踊っていた人たちにも影響を与えたようだ。流れる曲想のせいもあるだろうが、あちらこちらでカップ  ルがキスをし始めた。   ホーマンの感情は、気象への影響だけに留まらないということか。   私がモルダーにもたれかかっているのは、ホーマンの感情に起因するのだろうか。それとも、そう考  えるのは、こういう行動をとっている私自身が言い訳を探しているからだろうか。     ようやくキスをやめた二人がこちらへ歩み寄ってきた。   「貴方も頑張って。」   ホーマンがモルダーを見つめてこう言った。   私には何の事だか解らなかった。モルダーが彼に対してした"助言"に関係する事だろう。一体何と  言ったのやら。   続いてシーラもモルダーを見つめ、こちらに意味ありげな視線を送ってきた。   やっぱり嫉妬してたのね、とでも言いたげだ。   それから二人は抱き合ったまま、ホールを立ち去っていった。   ふと私は気が付いた。   もう、事件は終わったのだ。   地元高校の同窓会という場違いなところに、これ以上いる必要はない。私はモルダーに"帰りましょう"   と言うべく顔を上にあげた。       気が付いた時には、私の唇はモルダーのキスによって塞がれていた。   いつのまにか背中にまわっていた彼の腕が、私と彼との距離をさらに縮めようとして、より力を込め  て抱きしめていた。咄嗟の事に反応出来ずにしばらくの間、ただされるがままになっていた私は、何と  かモルダーとの間に空間を作ろうと押し戻すことを試みた。しかし、それは無駄な努力だった。何より  男である彼に、力でかなう訳がない。    そう、モルダーは"男"だった。  2.   いつもはすっかり忘れられるほどに、彼に"男"を意識させられる事はない。   それはきっと私に対する彼の配慮の結果だったのだろう。   命を賭けられるほどに信じることの出来るパートナーとしての私への、信頼の証であったかもしれな  い。   いつも行動は二人が基本だ。オフィスにいる時も、事件で外に出る時も。甘ったるい感情は、危険に  満ちた今の職場では、命取りなのだ。職務規定を持ち出すまでもなく、恋愛ごっこをやっている余裕は  ない。   私はそう考えていた。しかし、彼は違っていたのか。   彼にとって私は、一人の"女"だったのか。      彼の触れている私の唇は、頭にあった考えに反するように、しっかりと彼に答えていた。胸が苦しく  なる程、甘く切ない感情が私を支配し始めた。きっと、うっとりと閉じられているであろう瞼の奥の方で、   今まで押えつけていた彼への想いがどんどん膨らんで大きくなる。   私は一体、どうなってしまったのか?    始まりとは逆に静かに唇を離したモルダーはしっかりと私を腕の中に納めたまま、私を見つめた。そ  して、今まで見た事のない優しい笑みを湛えて、一言こう囁いた。   「帰ろう。」   心臓がモルダーに聞こえるほどの大音量で、早鐘を打ち始めた。熱が一気に上がったように感じる。  きっと私の顔は真っ赤になっているに違いない。おまけに、喉に何かが引っかかって声が出ない。   モーテルに帰りたかったのは自分ではないか。いつもの様に帰り支度をして、明日一番の飛行機に  乗り込むだけだ。   そう言い聞かせてみたが、今の状況下ではいつもとは違った事が待っているような気がした。   「・・・だったら、離してくれない?」   ようやくかすれた声を絞り出した。しかし、こんな事が言いたかったわけではないと自分でも気がつい  ていた。   「嫌だ。」   拒絶の言葉。   それに対するこの感情は喜びだった。   顔から火を噴きそうな想いに捕らわれて下を向く。否応なしに私の顔は彼の胸に埋められる格好と  なる。すると、思っていた以上に大きく暖かい手が私の髪をそっと撫で始めた。   その心地良さに私は再びうっとりと目を閉じた。     何たること。   彼を"男"として求めている自分がここにいた。     3.     ただの勢いに流されてしまいそうになる前に、これだけは言い聞かせておかないと。私はいつも身に  着けている金のクロスに手を触れて誓った。      今日だけ。   ホーマンの影響下にある"今夜だけ"の事なのよ。      私の中の"女"である部分が、そんな都合のいい事は出来ないと否定していたが、そんな声は無視  するに限る。   私は彼と対等のパートナーである事を誇りに思ってきた筈だ。そうなるには"女"である事は、二の次  三の次であって当然だった。しかし今は、自分の感情がコントロール出来ない。"今夜だけ"は仕事の  パートナーとしてでなく、一人の"女"としての素顔のダナ・スカリーを彼に見て欲しかった。   何故だろう?   あまりにも私を"女"として意識していないような普段の相棒の態度への復讐にも似た想いなのか。  しかし、それは矛盾以外の何物でもなかった。意識して欲しくなかったのは誰でもない、私の方なのだ。  つまりは、"女"だから、"男"である彼に守られていると意識したくはなかったのだ。つまらない意地 だが、これは捨てられない私の人一倍高いプライドでもあった。   しかしこのプライドが今、音を立てて崩れていくのを感じた。   何故だろう?   ・・・シーラが羨ましかったのだ。     異常気象を引き起こしてしまうほどに愛され続けたシーラが、その気持ちに素直に答えたシーラが  羨ましかったのだ。     私とモルダーとはお互い、普通の男女の関係以上の、言ってしまえば夫婦以上の繋がりを感じてい  る。命のやり取りが出来るほど、の信頼に裏打ちされた繋がりだ。これはきっとただの友情とか愛情  とかとは違う、それを超えたものだと普段は思っていた。   しかし、時にそれが息苦しくなるような想いに取って代わって私を苦しめる事があった。   FBI捜査官である前に、医者である前に、一人の"女"だったから。   彼を"愛している"と意識した事がないとは言いきれなかった。そんな自信は何処にもなかった。しか  し、モルダーと一緒にいるという事は、X−ファイルを追いかける事に他ならなかった。   彼は、スプーキーと言われているが、捜査官としては一流だ。そして、かなりの仕事中毒だ。   初めは彼に認められたい、という気持ちくらいだったのだろう。"女"である事はかなぐり捨ててついて  いったものだ。彼の突拍子もない推理に反論し、証拠を集めて分析し、意見を戦わせて、それから・・・。   いつの頃だか、私はモルダーを"男"としてみている事があるのに気付いた。その時、その感情を心  の奥底に封印し、即座にその僅かに残っていた私の"女"としての部分にも蓋をしていたのだと思う。   それが、今夜、一気に噴き出てきてしまった。   シーラのせい。   彼女は問うた。彼と、モルダーとキスした事がないの?と・・・。   なかった。本当になかった。親兄弟とかわす程度のキスの他は。   当然のこと、私たちは仕事上のパートナー。   だから、マウストゥーマウスはさっきが初めて。   しかも、私はあのキスに酔っていた。彼もそう、そう感じた。  4.   ベッドサイドに腰掛けて、シャワーを浴びているモルダーを待っている私。白いローブの下には何も  着けていない。   どうして、こうなってしまったのか。   ふと見上げると、同じローブを羽織った彼が立っていた。黙ったまま、私の好きな笑顔を浮かべて  ゆっくりと手を差し伸べてきた。   他にしようがなくて、私は立ち上がり、彼の広い胸に顔を埋める。彼はまるで壊れ物を扱うように  私を抱いた。そうして、髪に、耳に、首筋に、軽く口つける。頬を暖かい両手に包みこまれて、今度  は額に、瞼に、頬に口つけて、最後に唇を重ねてきた。   まただ、また痺れるような感覚が訪れた。それは徐々に喜びに取って代わる。   こんなふうなキスは、今までした事がない。   ・・・相手がモルダーだから、なの?    私、これからどうなってしまうの?       永いキスが終わり、ちょっと息をつく為にようやく開放された私は言っておかねばならない事を口に  した。   「・・・今日だけ。・・・今夜限り。・・・私たちどうかしてるのよ。」   それは、半分自分自身への戒めの言葉でもあった。   「スカリー・・・そんな事は出来ない。」   意外な響きを持った彼の言葉。モルダーがこうなる事を望んでいたとは思えない。今夜一夜の過ち  にしてしまいたいのはむしろ、彼の方だと思っていた。   「・・・今はきっと、ホーマンとシーラの影響を受けているのよ。ホーマンの感情は異常気象を呼べる  くらい強力なんだから、きっとこの状態も彼に影響されているんだわ。」   いつものように、なるべく冷静に装って私は答える。貴方はこんな私に気付いているだろうか。   モルダーは私の髪に音をたててキスするとこう言った。「ホーマンは関係ないよ。今までだって  いつだってずっと、こうしたかったんだから。・・・確かにきっかけを与えてくれたけれどね。」   「そんな筈はないわ。」   いつもと一緒だ。眉を上げて、モルダーに反論する私。こんな状況でも同じ事を言っている。   「そんな筈、あるんだよ。・・・君はさっぱり僕の事を見てはくれなかったからね。・・・つまり仕事の相  棒って事だけでなく、男として見てはくれなかった。それがどんなに辛い事か、君に理解出来るか?  ・・・出来ないよな。だから、いつも何とか気付いてくれないかと思って僕は・・・。」   「・・・それ以上、言葉にしないで!」   悲鳴にも似た押し殺した声で私は遮る。はっきりと聞いてしまえば、もう後戻りは出来ないのだ。私も  自分の感情をこれ以上隠してはおけない。・・・隠しては・・・。   明日には、今までどおりの二人に戻れるようにしなくては。   「やっぱりだめだわ。」   このまま彼に抱かれて良い筈がない。   軽く彼を押し戻した。そして見上げてきっぱりと言いきった。「いけないわ、モルダー。やめましょう。」   「・・・本当にそれでいいのか。」   少し怒気を含んでいる。「じゃぁ、さっきのキスは何だったんだ。」   「・・・・」   私は彼の顔をまともに見ていられなくなった。私はもう既に彼に対する想いを告白してしまったような  ものだ。あのホールで交わしたキスは、確かにお互いの気持ちを十二分に表していたし、それを伝え  あってもいた。そして、さっきのキスは・・・"抱いて"と言ったも同然だった。   「僕は、君がようやく僕を受け入れる準備が出来たものとばかり思ったよ。」   「・・・ごめんなさい。」   準備なんて出来てないのだ。もしかすると、永遠に出来ないのかもしれない。だからこそ、このまま  流されたら後できっと、後悔するに違いない。   私の頬を、何故か涙が一筋つたって落ちた。   「スカリー、・・・僕は君を抱く事を許されないのか。・・・それとも僕と一緒にいる事が涙を流させるほど、  辛い事なのか?」   いいえ、違うわ。   私は顔をあげて彼を見た。なんて哀しげな表情をしているの?   「僕の自分勝手なX-ファイルへの執着は、君の姉さんを亡くさせて、君自身をも傷つけてしまった。  だから・・・。僕にとってはこうして君を抱きしめる事は、そう簡単に出来る事じゃなかった。待っていよう  と・・・君の方から気付いてくれるまで、待っていようとそう思っていたんだ。   そして・・・、今夜、あそこのホールで君に体を預けられて思ったんだ、その時が来たってね。   僕の思い過ごしかい?僕は・・・。」   「違うの。」私は慌てて否定した。「私の身に起こった事は全て、私の行動の結果であって、貴方の  せいなんかじゃないのよ。それに・・・。」   彼は私の考えていた以上に自分を責めていたようだ。モルダーは、いつも私の事を私以上に気遣っ  ていてくれるのだ。彼の優しさを私は今、独り占めにしている。それ以上、何を望む事がある?   「でも、君は僕にすべてを許してはくれないんだね。」   自らを嘲けるような哀しい微笑。やめて、私は貴方のそんな顔見たくないわ。     「違うのよ。ただ、・・・怖いの。私が私でなくなっていくようで。自分を見失ってしまうようで。・・・こんな  ことになってしまって・・・明日から、今までどおりに貴方のパートナーとして仕事をしていく自信がない  の。」   私の訴えを聞いているモルダーの顔にだんだん穏やかな笑みが広がっていった。そうして彼は、私  の瞳をじっと覗き込んで、にっこりと答えた。   「大丈夫だよ。君なら大丈夫だ。君は君である事に変わりないし、僕も今までとは何ら変わらない。  これからも君は僕を支えてくれなくちゃ、困るんだ。僕にはない君の科学への信奉を他でもない僕が  どれだけ必要としているか、分かるかい? 僕の相棒は君しかいないんだからね。」   信頼をにじませたモルダーの笑顔に私の中に残っていた最後の壁が崩れ落ちた。   「私にとっても、貴方はかけがえのないパートナーだわ。」   そうして私は、彼の首に腕を回して頬まで伸び上がってキスをした。   彼は私の頬につたった涙を吸い取るように、ついばむようなキスを繰り返した。   愛しているという暇もないほど   いや、そんな言葉は私たちには必要ではなかった    二人の肩からいつの間にかローブは滑り落ち   遠くでマットレスの軋む音を聞く   貪るようにお互いの身体中を確かめ合い、愛撫し合い   どれほど愛しているかの証拠を競うようにつけ合った   貴方と肌を合わせるのが、こんなにも自然な事だったなんて   私の中の"女"である部分を貴方は見事に目覚めさせてしまった   パンドラの匣は開けられた   もう、元には戻れない   貴方を知らない私に、貴方に愛されない私には   身体の中心に近いところで"女"としての喜びに打ち震えている私がいた   繰り返される度、どんどん高くなっていく歓喜の波   振り落されないように、ただただ貴方にしがみつく他はない   貴方は時に深いキスで答え、時に焦らすように動きを止めて私を見つめる   羞恥心でいっぱいの私をからかうかのごとく   そして、その夜最高の波の中で、お互いの名を呼び合った   最後の大きな波にさらわれないように貴方は私をしっかりと支えてくれた   波の引き際で、貴方の囁く声が聞こえる   愛しているよ、ダナ   君はもう僕のものだ   僕は君にすべてを与え、君からすべてを貰った   だから、君は僕のものだ      ダナ、僕の愛、僕の命、僕の・・・  5.     彼の声が聞こえる。   「ダナ・・・」   私は声に出して答える事が出来ない。自分自身の荒い息遣いを聞いただけだ。   「そんな艶っぽい喘ぎ声を出して、今夜限りなんて言うなよ。」   もう、いつもの調子に戻っている。さっきまでの貴方は誰?   「・・・もうそんな事、言わない。・・・言えないわ。」   これまでよりもストレートに気持ちが出せる。これもホーマンのせい?・・・いいえ、貴方のお蔭ね。      「つまり、君も僕もお互いなしではもう、やっていけないって事だな。」   「それって、今までと変わりあるの?」   いつだって仕事の上ではそうだったのだから。だが、彼は別の事を考えていたらしい。にやりと笑って  こう言った。   「もう、他の奴とは寝れないって事だ。」   私は眉を吊り上げて、目を見開いて言ってやった。   「・・・自信家ね。」   「君ほどじゃないさ。・・・ダナ、君は最高だ。君のその・・・」   ちょっと待って。そんな・・・さっきの詳細な感想なんて聞きたくないわよ。   彼を黙らせるのにはこうするのが一番だ。そう思って、額に軽くキスをして口を塞ぎにかかった。する  と、あっという間に立場が逆転し、いとも簡単に組み敷かれてしまった。   「・・・そんなに良かった?」   にやにやして顔のあちこちにキスをしてくる彼が愛おしく、思わずきつく抱きしめた。   本当にどうして今まで、何事もなくそ知らぬ顔をしていられたのか。こんなにも彼を愛していたのに。  明日からはいつもの様にまた、FBI捜査官としての仕事が続くだろう。仕事に取り組んでいる間は彼と  一緒であるし、そうでない時も、これもまた彼と一緒にいる事になるだろう。でも、それは今までとは  何ら変わる事もない、私たち二人にとっては自然な事だった。   傍目で見てて誰が変わったことに気付くのだ?   同じなのだ、今までと変わらない過ごし方なのだ。時にはこうやって彼に抱かれる事があっても、  特に変わった事ではないのだ。   そう気付くと一気に気が楽になり、彼に抱かれる幸せに酔いしれる事が出来た。   「・・・あのね、モルダー・・・。」   少しでも今の自分を解かって欲しくて話しかける。とたんに彼は遮った。   「さっきは、フォックスって呼んでたぞ。」   だって、恥ずかしい。さっきは無我夢中だったから。仕方なしに、「・・・フォックス・・・」と小声で囁く。   満足げににこりとして言葉を継いだ。   「君が言うと心地よく響くな。嫌な名前だって思ってたのに。」   「でも、あの人は・・・貴方をそう呼んでるわ。」   そう、私は彼女が貴方の帰る場所だと思っていたのよ。   「だから?」   ちょっと、きょとんとしている。私がそんなこと、気にしているなんて思いもよらなかったのね。   「ファーストネームを呼ばせているのだから、貴方、彼女をよっぽど信頼してるのかと思ってた。」   「君でもそうやって妬いてくれるのか。こいつは驚いた・・・!」   「私はね、心の狭い女なのよ。」   すると彼は嬉しそうに笑う。   「僕がフォックスと呼ぶのはやめてくれって頼んで、きちんとその頼みを聞いてくれたのは君だけな  んだよ。だからこそ僕は君を信頼するに値すると判断したし、事実君は何があっても僕を信じ続けて  くれている。」   そう言って私をぎゅっと抱きしめる。   「だから、君は僕にとって、僕自身よりも信頼の出来る唯一の人なんだよ、ダナ。知らなかったろう?」   知らなかった。だったら、私はずっと試されていたのかしら?でも、それは私が貴方の信頼を勝ち  取った証拠に他ならない。なら、何を気にする事があるのだろう?   私はこの人に信頼されているのだ。ほとんど絶対と言って良い程の揺るぐことのない信頼を受けて  いるのだ。ただ、"愛している"と言われるよりも、それは嬉しい言葉だった。   「・・・嬉しいわ。」   「ダナ・・・僕も嬉しいよ。君の心が何処にあるのか良く解かったから。」   「本当?」   「君はもう、僕のものだ、ダナ。いいね?」   「・・・フォックス・・・。」   私はもう、貴方から離れる事が出来ない。何があっても貴方のそばにいる。   そして、二人で真実を追い求めていく。ずっと、二人で。  6.      「・・・ナ、ダナ・・・起きて。」   何やら、私の頬に湿った暖かいものが押し付けられた。それがモルダーの唇だと解かるまでに、  どれほど時間がかかったのか、私は理解出来ないでいた。朝、なのか。今日はワシントンへ帰らな  くてはならない。そう思い出して、慌てて体を起こすと、窓から差し込む日の光の元、私は彼に対し  て、まったくの無防備な姿をさらけ出していた。   「まるで、ビーナスの誕生だな。」モルダーはニヤニヤしながらそう言った。   彼は既にシャワーを済ませたらしく、鳶色の髪はまだ滴を垂らしていた。   「じょ、冗談言わないで!」   慌ててシーツを手繰り寄せる。恥ずかしさのあまり、顔が火照ってくる。きっと真っ赤になっている  に違いない。   「綺麗だよ、ダナ。」   彼は真顔になった。そして、そのまま手を広げて抱きしめられる。   「・・・離して・・・」   決して、後悔している訳ではない。ないのだが、日の射す時間になると戸惑いが湧き上がってきて  いた。   「だめだ。もう少し、"僕のダナ"でいて欲しい。」   そう言ってキスをされる。昨晩を嫌でも思い出す、深いキスを。引き摺られる前に何とか逃れて  私は言い返した。   「私は私よ。貴方、昨日そう言ったじゃない・・・!」   「忘れた。」   そして尚も、唇を求めようとする。   「モルダー、お願いよ、着替えをさせて。」   「だめ。」   明らかに彼は私をからかって楽しんでいるのだ。そんな彼が愛おしい。思わず笑みを浮かべそうに  なったが、こんなところでじゃれあっている訳にはいかないのだ。きっと顔を引き締めて一睨みしてみた。   「子供みたいな事言わないで!」  すると、彼の顔をがいっそう緩んで、顔を彼の胸に押し付けられる。   「こんな時に、モルダーはよせよ。」   仕方がない。飛行機の時間が迫っているのだ。   「・・・フォックス・・・お願い。」   そう私が言うと、彼は満足げにさらに力を込めて抱きすくめられた。これでは本当に間に合わない。  どうしたらいいのかしら?   いつものように整然としない思考と戦っていると、またもや口付けられてしまう。  甘い感触。でも、でも・・・!   ようやく開放してくれたと思うと、やはり悪戯っぽく彼はこう付け加えた。   「・・・もう一度って事?」   「いい加減にして!殴るわよ!」      7.   昨日とうって変わって、今日は素晴らしい快晴だ。   ワシントンへ帰る飛行機は予定通りに飛び立った。そして、私達もどうにか予定通りに乗り込むこと  が出来た。      「この天気の様子だと、彼らは上手くいってるらしいな。」   モルダーは独り言のように呟いた。   「そうね。」   おなじみの情景。いつものスーツに身を包み、真実を求めて飛び回る。   しかし、今日からは少し勝手が違う。今朝のモルダーの様子が不安を煽った。昨日は大丈夫だと、  そう思えたし、だからこそ、まかせきることが出来たのに。この隣でヒマワリの種を食べ散らかしてい  る相棒は公私を混同するようには思えなかった。だが、そんな事は解からないではないか。これから  どうなるかなんて、誰に解かるのだ?   昨夜の事が走馬灯のごとく蘇る。後悔をしているわけではない。けれども、不安なのだ。   大丈夫、彼は何度もそう言った。しかし、今朝のような事が続くとなると、困るのだ。私は貴方の  パートナーでいたいのだ。万が一、こうなってしまった関係が露見して、パートナーを解消させられた  ら、どうするのだ。そんな事は考えたくはないが、充分有り得る事なのだ。   その不安から逃れようと、昨日のことは忘れようと、目の前の雑誌に集中しようとするが、なかなか  そうもいかない。私は、大きなため息を吐き出した。      「スカリー、どうかした?考え事かい?」   ちゃんと"スカリー"って呼んでくれた。良かった、これがまず、心配だったのだ。   「あのね、モルダー・・・。」   やはり今までと同じになんて、無理だったのかしら。   私が言い淀んでいるのに、そ知らぬ顔をしているように見えた。だが、こちらを見ずにヒマワリの殻  を吐き出していきなりこう言った。   「馬鹿だなぁ。」   「・・・馬鹿ですって?」   「そうだよ、何を緊張してるんだ?」   「・・・緊張なんて、してないわよ。」   そう言い放った途端、モルダーは私の頬にキスしてきた。   昨日の感触を思い出し飛び上がりそうになって、一呼吸おいてから彼を睨みつけた。   「ほら、ごらん。」   また、からかって愉しんでいるのね。なんて気楽なの。   「何も心配する事はないよ。大丈夫。」   「そんなに楽天家だったかしら?どうして、そう言い切れるの?」   「君の事だ、局の連中に知れたら、上司にばれたら、って考えてるんだろ?」   「・・・・」その通りだった。   「周りの奴らは既に僕らのことを色々噂して、勝手な憶測を立ててるよ。それに、カーシュの奴は僕ら  には興味がない、だろう?・・・問題はスキナーくらいかな。でも、わざわざ、元部下の行動を逐一、監  視してるわけじゃない。   だから、今までと何ら、変わる事なんてないんだよ。なるようになる、のさ。それに、・・・。」一旦言葉  をきって、改めて私の目を覗き込むように言う。 「君なら、大丈夫だ。今までどおり、女王然としてい  ればいい。・・・君のその気高さを僕ごときが崩せるわけがないよ。」   いいえ、貴方はその力を持っている。そうだと知ったら、どうするかしら?   それに、私を買被り過ぎよ。・・・嬉しいような悲しいような。   「女王だなんて・・・。それ、褒めてるの?」   「勿論だよ。僕のアイス・クィーン殿。」 ちょっとおどけて、手を挙げて敬礼してみせる。   「・・・解かった。私は大丈夫、ね。」 呪文のように唱えてみた。彼は嬉しげににっこり微笑んだ。そう  してから、私の耳元に顔を寄せて甘く囁く。   「・・・ダナ、昨夜の君にもう一度逢いたい。」   せっかく溶けた緊張がまた、ぴりぴりと戻ってくる。   「時間の針を戻せたらね。」動揺しているのを悟られないように冷たく答えると、私は医学雑誌に視線  を落とした。   「了解、スカリー捜査官。」   渋々そう答えたモルダーは、目を閉じて寝心地のいい位置を探して狭い座席の中でもそもそと動い  た。     ワシントンまでもうすぐだ。帰ればいつものように仕事が待っている。   すぐ横で、寝たふりをしている気楽な相棒を時折盗み見ながら、私は雑誌への集中という出来もしな  い努力をし続けた。       The End        もしかしたら、続く、かも     ◇後書きと言い訳          恐れ多くも、「 Rain King 」のSpoilものです。     このEpiはShipperとしては見逃せないものですよね。     この後、何事もなく、町を離れたのだとしたら・・・二人は人間じゃないわ、とまで     思ってしまった。     DDの演技にもう少し、含みがあっても良かったのに・・・、ね。     しかし、Shipper として勝手に含みを持たせてその結果、こんな暴走Ficが出来     上がってしまいました。     どこまでも、"くどい"スカリーをご堪能していただけたでしょうか。(笑)     どこか読んだような・・・と思われるところも多々あるかと思いますが、すべては私の     努力不足です。(涙)     最後までお付き合いくださってありがとうございました。     尚、御意見、御感想、御批評、その他御座いましたら掲示板までお願いします。         Rose拝            28th 9 1999