この作品はあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり この作品の登場人物、設定などの著作権はすべて、クリス・カーター、 1013、20世紀フォックス社に帰属します。 TITLE - SNOW-WHITE - by yuria 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * Washington,D.C. また長い冬が始まろうとしている。 裁判所からの帰り道、FBIまでの15分ほどの道のりを 私はMulderと肩を並べて、久しぶりに歩いていた。 街路樹の葉はほとんど落ち、ほんの少し残った黄色い葉も ときおりの強い風に、その命をゆだねている。 冷たい風がロングコートを着ていても、体に染み入ってくるようだ。 Mulderは黒いコートのポケットに両手を入れて、少し背中を丸めて歩いている。 「Scully, 君は雪が積もっているところと、積もっていないところの境目を  見たことがあるかい?」 Mulderの唐突な質問に、私はおもわず隣を歩いている彼の顔を見上げた。   「僕は昔、雪が積もっているところと積もっていないところ  その境は、なんとなく1本の線のようになっていると思っていたんだ。  こちらからこちらは、雪が積もっているところ。  そして、こちら側は積もっていなくて茶色い地面が見えているところ・・・。」   彼はそう言いながら、右手の人差し指で宙に見えない線を描いた。 私はその指の動きを目で追ってから、無言で彼に先をうながした。 「こんな仕事をしてると色々な土地へ行くだろ、北から帰る途中で気がついたんだ。  ハンドルを握りながら、ふと景色を見ると、雪が積もって白く見えるところと  雪が溶けて茶色い地面が見えているところ・・・。それが、まだらになっている」 私は彼がこれから何を話そうとしているのか、わからないながらも その話に曖昧にうなずいてみせた。 Mulderは、かすかに微笑んだ瞳を一瞬私に向け、すぐに視線を戻した。 彼はどこを見ているふうでもなく、まるで彼の視線の先には北の国の景色が 広がっているかのようだ。 そんな彼につられて、つい私もMulderの視線の先を見つめた。 しかし、そこに見えるのはどんよりと曇ったモノクロ写真のような空と いつもの殺風景なビル群、そして無表情のまま地味なスーツを着て足早に歩く人々だけだ。 驚いたことに私は、彼には見えているであろう北国の雪景色が、私には見えなかったことに 少しだけ傷ついていた。 Mulderは、私にはビルの屋上にしか見えない場所を、 目を少し細めて見上げながら歩調を緩めた。 「始めのうちは一面真っ白な雪景色。それから所々に茶色い土の部分が見え始め、   車を走らせていくと、だんだん真っ白な雪は少なくなり、反対に茶色い土の部分が  多くなっていく。  そして、とうとう白い雪はなくなり、茶色い地面のみになるんだ。  Scully, 雪が積もっているところと積もっていないところの境界線なんて  ないんだな。それは茶色と白のまだら模様なんだ」 「Mulder, いったい何の話?」 私はたまらずに彼に聞いた。 その声に含まれた、わずかな苛立ちの響きに彼も気づいたはずだ。 彼のいつものspookyな話とは少し種類は違うが、 理解できないところでは、同じだった。 今の私には彼の妄想に付き合えるだけの心の余裕はない。 まだまだ長引きそうな裁判のこと、 これからオフィスでまとめなければならない検死報告書、 机の上に積まれた書類の山のことを思うと、ため息が出た。 しかし彼は、そんなことは気にとめる様子もなく 肩を少しすくめて、また話し始めた。 「真っ白な雪の部分が子供の心、茶色い土の部分が大人の心。  いつまでも、真っ白なままでは当然いられないけれど、  なるべく多く白い雪の部分を残していたいと思うんだ」 彼はそう言ってから、自分の足元に視線を落として照れくさそうに笑った。 「いい大人の男が、なにを今更青いことを・・・って、君が言いたいことは  わかるよ。わかってるんだ、言わないでくれ」 Mulderは片手を挙げて手のひらを私に向け、ストップの合図をした。 私は叱ろうとした息子に先を越されて謝られた母親のような気分になって おもわず苦笑した。 「でも、もし僕の心に白い雪の部分がなくなってしまったら、  僕は判断を誤るような気がしているんだ。  茶色い部分には、今までの仕事上の経験や統計が入っている。  白い部分には、イマジネーションがある。  そしてそこは僕の直感を支配している。  白い部分がなくなったら、たぶん僕はX-Filesは続けられないだろう」 思わぬ話の展開に、私は彼の顔を見上げた。 彼は本気とも冗談ともとれる横顔で、前を見つめている。 「Mulder、それはFBIを辞めるって意味?」 「...たぶん」 その答えに思わず足をとめた私を、Mulderは笑顔で振り返った。 「Scully もしって話だ」 そう言って彼は両手を曖昧に広げてみせた。 私は彼の本心を探るように、その目を見つめながら彼との距離を縮めた。 「何かあったの?」 Mulderはまっすぐに見上げる私の視線から目をそらして、小さくため息をつきながら お手上げだと言う仕草で首を軽く左右に振った。 そして今にも白いものがちらつきそうな灰色の空を見上げて話し始めた。 「Scully 君は前に言ったことがあるね、  僕は本当は信じたいんだと、人間の可能性を...。  そうかもしれない、僕は信じたい。でも信じたくて手を伸ばして、  必死に真実をつかもうとする度に、それはいつも砂のように  僕の手のひらから滑り落ちる」 彼は、あたかもそこに砂をつかんでいるかのように、 両手をさしだして、それを見つめて続けた。 「僕が光り輝く真実だと思っていたものは、手にした瞬間に色あせた砂に変わり  僕の足元に落ちていく。このままでは、埋もれてしまいそうだ...。  裏切られることに慣れてしまい、期待することを恐れるあまり、  信じることが難しくなり、真実は僕の手から滑り落ちたまま  僕はそれを見失う。そんなことを繰り返すうちに僕の心の白い部分は  靴で踏み荒らされ、自分自身で掘り返し、あっというまになくなってしまいそうだ」 私たちは舗道の上で、歩くのをやめていた。 忙しげに歩く人々が、立ち止まった私たちを まるで大きな石をよけるように無表情に追い越していく。 私はMulderから目が離せない。 彼は今、無防備に両手を脇にたらし、迷子の少年のような表情で舗道の真ん中に立っていた。 「。。。そして気づかぬうちに、僕は最も軽蔑しているヤツと  同類になっていくのかもしれない」 彼は苦しげに微笑んで、彼がもっとも恐れていたことを口にした。 突然私は、彼の淋しげな肩を両手で抱きしめたい衝動にかられた。 どうしてこの人はすべてを一人で背負おうとするのか、 平凡でささやかな幸せや、人生の楽しみも持たず、そのすべてをX-Filesに捧げて...。 「いいえMulder、 あなたは彼とは違うわ。あなたはもっと強い人よ」 彼の肩を抱きしめるはずの私の両手は、コートのポケットの中でこぶしを作った。 「僕が強い?Super Man!」 彼は低くつぶやきシニカルに微笑んで、自分の足元を見つめた。 私たちは”友情”という言葉ではくくりきれない、もっと強い感情をお互いに抱いている。 兄妹の情愛でもなく、ありふれた男と女のそれでもなく、もっと深いものを...。 彼はまるで私の肉体の一部。彼の痛みは、私にも鋭く突き刺さる。 しかし彼は私と同様に、同情の言葉は求めないだろう。 私が病気と戦っている時に、哀れみの言葉を必要としていなかったように。 「Mulder、私がガンにかかった時、ただ黙って傍にいてくれるあなたの存在に  どれほど私は勇気づけられたか。あなたの溢れるほどの情熱に、どれほど生きる力をもらったか。  辛い真実から目をそらそうとする私に  現実から逃げるなと、自分自身に嘘はつくなと、あきらめずに道は自分で切り開けと  そう教えてくれたのはあなただわ。  私を病人としてではなく、捜査官として、パートナーとして  あくまでも対等に接してくれたことが私にはとても嬉しかった。  あなたの言葉で眼がさめたのよ、私は可哀想な被害者にはならない  できるところまで戦い続けるって...」 そう言いながら私はゆっくりとポケットに入れた両手を出した。 「あなたは Super Man である必要はないのよMulder、でも精神的にとても強い人だわ。  あなたの強さのおかげで私は生れ変れた。  信じ続ける心が奇跡を生むと言ったのはあなたよ、Mulder  あなたの信念、あなたの情熱がある限り、絶対、彼のようにはならないわ」 Mulderは顔はうつむいたまま、眼だけを上げて私を見た。 「Scully もし僕が間違った道を歩き出したら、君はきっとものすごく怒るんだろうな」 彼は、さも可笑しそうに、クククと笑った。 「...Mulder からかったの?」 私の声のトーンが一段低くなったことに敏感に気づいて、彼は慌てて真顔に戻って言った。 「Noooo, 僕が言いたかったのは、僕が判断を誤ったら君がそれを指摘してくれるだろうってことだ。  真実は時に直視できないほど辛いもので、それから目をそらすのは簡単なことだ。  でも、そうしてしまったらもう2度と真実は見つけられない。  わかっていても時々どうしようもなく恐ろしくなる。  逃げだしたくなる。  僕とヤツとの共通点を見つけるたびに、背筋が寒くなる。  でもScully, 君さえ隣にいてくれれば僕は自分を見失わずにいられそうだ  強いのは君だ、Scully  僕こそ君に数え切れないほど命を助けてもらった」 Mulderの瞳は、もう笑ってはいなかった。 そのヘイゼルの深い哀しみをたたえた瞳は、まっすぐに私を見つめている。 そして彼の右手が自然な仕草で私の髪にかかり、私も彼を見つめ返した。 こうしてお互いの瞳の中に映る自分の姿を確認することで、私は何度、 自分の居場所を、消えてなくなりそうな自分の存在を、時おり無意味に感じる自分の人生を 見つめなおすことができただろう。 Mulderは私の髪においた手を頬にすべり込ませ、大きな暖かい手ですっぽりと包んだ。 そして目をそらさずに話し続ける。 「僕とヤツにどれほどの違いがあるのか、それはわからない。  でも、ひとつだけはっきりといえることがある。   ヤツの隣に、君はいない...」 まっすぐな瞳で私を見おろして、彼が次に何か言おうと口を開きかけた時、 灰色の空から白いものがひらひらと舞い始めた。 「Scully 雪だ」 彼は空を見上げて静かに言った。その瞳はかすかに微笑んで、とても澄んで見える。 私も彼と並んで空を見上げた。 雪はあとからあとから花びらのように、ひらひらと舞い降りる。 「Mulder、また雪を降らせればいいわ」 「ん?」 Mulderは少し首を傾けて、私を覗き込むように低くたずねた。 「あなたの心が茶色い地面ばかりになってしまったら、  また、白い雪を降らせればいいのよ。  あなたにはそれができるわ。  あなただから、できる」   私はそう言うと隣に並んだMulderの指をそっと握った。 彼も力強く握りかえすと、再び空を見上げて眩しげに目を細めた。 つないだ手を離さずに、私たちはどちらからともなく、また歩き出した。 ゆっくりと、お互いの存在とぬくもりを確かめるように。 この冬初めての雪が、私たちの黒いコートに積もりはじめた。                            - end - 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 *      雪が積もっているところと、積もっていないところの境界線の話を   モルにさせたかったため、まったく季節感なしのFicになりました。。。   じつはこの話、○年前にあるシンガーのコンサートへ行ったときに   聞いて以来、ずっと私の胸に残っていたものです。   このお話、ご存知の方がいらしたらメールください(笑)   お友達になりましょう!!!(爆)                     * yuria *    e-mail : yuria@duchovny.i-p.com                            2001   April