*本文の著作権は1013、C・カーター氏、20thFox、 小学館及び、たかしげ宙・皆川亮二両氏に帰属します。 〜〜〜〜〜〜〜〜ATTENTION〜〜〜〜〜〜〜〜〜 *この作品は、TVシリーズ『The X-Files』と漫画『スプリガン』を  クロスオーバーさせております。            =X-Philesの皆様へ=   ・本作はオリジナルの時間軸上はSeason8冒頭に位置しています。    ネタばれ等は一切含んでおりませんが、ご心配な方はお読みに    ならないよう、お願い致します。          =スプリガンを読まれたことのある皆様へ=   ・本作は作者の都合上、X-Files寄りの展開になっています。その為、    スプリガンの設定・ストーリー等を一部(場合によっては全部)    無視しています。それに寛大なご理解をお示しくださいますよう、    お願い申し上げます。本作は純粋に作者個人の楽しみのために書か    れた物であり、決して作品としてのスプリガンに不平を言うもので    もなければ、原作を書かれた両氏、劇場アニメ製作者の権利を侵害    するものでもありません。      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 “The X−Files” merge into “SPRINGGAN”   <Wound ―――創―――>   by akko 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  アーカム・ワシントン病院――――  その“巨塔”と呼ぶに相応しい白壁を前に、スカリーは圧倒された。  自身が医学の博士号を持ち、アメリカ中の大学病院で最先端と呼ばれる医療技術を目に してはいるが、そんな彼女にとってすら、これほどの規模を誇る病院は初めてだった。  第2のロックフェラーの呼び声高く、世界中にその影響力を示すアーカム財団が“所有” するこの病院は、彼女のような公僕には公私共に縁のない場所だ。その事実に付け加え、 一流ホテル並の外観が、彼女に気後れをさせる。  明日にしようか――――一瞬のためらいがあった後、彼女は気を取り直してエントラン スをくぐった。  「すみません、面会なんですけど。」  指定された病棟のナースステーションで、彼女は看護婦に声をかけた。  看護婦はスカリーににこっとだけ笑って見せると、後は事務的に話を始めた。  「どちらの患者さんをお見舞いでしょう?」  「ユウ・オミナエを。」  「ではこちらにサインを・・・奥の特別室がオミナエさんのお部屋です。」  スカリーは差し出された訪問者カードに記入すると、Thanksと言って特別室に向かった。  高い天井に清潔感のある白い壁、それに、大きな窓から秋の日差しがたっぷり差し込ん できて、一面明るく照らされている広い廊下。ここの病棟は外見同様、正に一流ホテルを 思わせるような造りだった。心なしか、通りすがる職員、患者にも、微かな気品を感じる。 病院だと判っていながら、ついあちこち見入ってしまい、彼女は特別室に向かう間、何人 かの患者や看護婦とぶつかりそうになった。  「だからさぁ、オレは健康だっつーの!」  特別室の前まできて、彼女は足を止めた。  開けっ放しになっているドアから、部屋の中が一眺できる。彼女はそこから中の様子をう かがった。  「何度言ったら判るんですか? あなたは手術を受けてからまだ6日しか経ってないんで   すよ。」  中では東洋人の少年が一人、主治医らしき白衣の男とやり合っていた。年の頃は17,8歳。 ショートヘアの額と右足にに包帯を巻かれ、それでも主治医に殴りかからんばかりの威勢の よさだ。  「何が手術だってんだ。こんなのはかすり傷だって!」  「何を言ってるんですか?! 確かにね、弾は貫通していましたよ。でもね、あなたの血管   と神経を全て縫合するのに、6時間も要する大手術を行ったんですよ! そんな大怪我人   を、あっさり帰す訳には行きません。」  「そんなぁ、頼むよォ。」  少年は哀願した、そのあどけなさが残る表情と、無邪気な様子に、スカリーはふっと微笑んだ。  「オレ、もう日本に帰らなくちゃならねーんだ。学校があるんだよ、学校! ウチんとこはな、   アメリカと違って出席日数が足りねーとダブりになるんだよ! あんた、オレを高校4年生   にさせる気かよ?!」  「患者の健康のためなら仕方ありませんね。」  「まぁじぃ?! だってオレ、こんなに健康じゃん! 身体だってこんなに動くし。ホレ、見   て見て!」  スカリーはそこで咳払いをして注意を促した。その場で必死に足踏みしたり、腕をブンブン 振り回したりし始める彼に、これ以上笑いをこらえている自信が無くなったのだ。  二人は一斉にスカリーに目を向けた。  少年の目が、ぱっと輝いた。  「ダナぁ、いいところに来たじゃねーか!」  彼はスカリーに歩み寄って腕をぐいっと引っ張ると、主治医の前に連れ出した。  「この人はドクター・スカリー。FBIのスペシャル・エージェントも務める凄腕だ。先生、   スカリー女史にカルテ見せてやってくれよ。」  スカリーと主治医はあっけにとられて一瞬見つめ合ったが、その次には、主治医は不機嫌な顔 をしてカルテを渡し、スカリーは気まずそうにそれを受け取った。  「な?! オレ、もう大丈夫だろ?!」  「――――確かに、あんたの獣並の回復力には目を見張るものがあるわ。」  少年の表情が、期待で輝き始めた。  スカリーは主治医の顔をチラッと覗き込んだ。不機嫌なままの上、彼女を牽制するようにじ ろりとにらみつける彼に、彼女は苦笑して見せた。一応カルテには目を通していたが、この場合、 どちらの言い分が正しいかは歴然としていた。  「じゃあ――――」  「でも駄目よ。」  「――――え??」  「“え?”じゃないでしょ、ユウ。記録によれば、右足に3発入った上、右下腹部と頭もかす   ってるみたいじゃない。その影響で肝機能も低下してるみたいだし。私が主治医でも、あと   一週間はあんたをベッドにくくりつけておくわ。」  「そ、そんなぁ・・・」  「と、いうわけで、もう少し先生の言うことを聞いて、おとなしくしているのね。」  絶望に肩をがっくり落とす少年。その滑稽なほどの落胆ぶりに、スカリーはくすっと笑うと、 主治医にカルテを返した。  この極端に元気で調子のいい少年が御神苗 優だ。  「まぁったく、ユウ、あんたとはろくな場所で再会したことがないわね。」  主治医が部屋を去った後、スカリーは特別室のセカンドルームにあるソファーに腰を下ろした。  「病院に留置所に軍施設・・・たまにはどこか観光名所でばったり、なんてことはないのかし   ら?」  「しょーがねーだろ、仕事なんだから。」  ユウは目に見えてむくれた。その端正な中にも野性味を帯びた容姿は、少年から青年へと成長 しようとしている男独特の初々しさと、ミステリアスな匂いをたたえている。そんな男の顔が不 機嫌に歪む様には微妙な愛らしさがあり、彼女はそれに、心が和むのを感じた。  明るい性格と開けっ広げな性質がそうさせているのか、この少年には傍にいる人間を自然にく つろがせる不思議な魅力がある。スカリー自身、病院の外観に臆していたことなどすっかり忘れ、 家族といる時のようにリラックスしていた。  「にしても、今回も派手にやられたみたいね。一体どうしたの?」  「CIAとやり合った。――――ったく、ジョーダンじゃねーよ。」  「あんたの上司でもないのにこんなことは言いたくないけど・・・もう少し静かに仕事ができ   ないの? そんなんじゃ、身体がいくつあっても持たないわよ。」  「派手にしてるのはオレじゃないって! オレだってたまには静かに仕事がして―んだ!」  そう興奮気味に言いながら彼女の前をうろうろ歩き回る彼に、彼女はふと、胸を痛めた。  この目の前にいる日本のハイスクール・ボーイは、多国籍大財閥アーカム・コングロマリット が有する“私設軍隊”の、言ってみれば特殊工作員だ。世界中の政府や諜報組織を監視して、 不穏な動きが少しでもあれば未然にそれを防ぐのが特殊工作員“スプリガン”としての優の使 命――――という風にスカリーは聞かされていた。しかし実際のところ、彼がどんな仕事をし ているのかは彼女にもよく判っていない。アーカムは、表向きこそ、遺跡の保護を目的とした 考古学研究所とされているが、裏では多くの秘密を内包している組織なのだ。  いづれにしろ、そんな危険な仕事をこんな子供にさせるなんて、非常識と言うより異常だと、 一般的には思われるだろう。しかしここにいる御神苗 優は、あらゆる武器に精通し、およそ考 え得る特殊技能を身につけ、サバイバル術にも長けた戦闘のプロフェッショナルだ。クァンティ コのFBIアカデミーで厳しい訓練を受けたスカリーは勿論のこと、イギリスSASの隊員です ら、一対一ではまず勝ち目はないだろう。  こんな無邪気な少年に、そんな能力が秘められているなんて――――もし、彼と普通の出会い 方をしていたら、彼女は決してそれを信じはしなかっただろう。  しかし二人は、普通の出会いを果たすことはできなかったのだ。  「――――本当に相変わらずね。でも元気そうでよかったわ。」  スカリーが気を取り直して言うと、優もへへっと笑ってみせた。  「おう、オレは不死身の御神苗 優だぜ。」  「ユウ、調子良すぎるわよ。」  彼女は優しくたしなめた。気分は弟に接する姉だ。実際、この殺伐とした世界で働く優も、彼 女の言うことは割と素直に聞いていた。  「それがいつかあんたの命取りになりかねないんだから、少しは慎みなさい。」  「ちっ、言ってみただけだよ。」  彼は憎まれ口をたたいたが、それは彼が忠告を受け入れた印だということを彼女は知っていた。 この少年との付き合いは早6年。優がアーカム研究所日本支部に移ってからは、会うことこそ稀 になっていたが、それでもこんな会話ができる程度には、二人の絆は強かった。  「それでユウ、私に用って一体なあに?」  スカリーは自分がここまで来た理由を口にした。2日前、突然話があると連絡があったのだ。  彼女の言葉に、部屋中をうろうろしていた優の足がぴたっと止まった。  そして一瞬のためらいを見せた後、彼は窓のカーテンをざっと閉めた。  今まで昼下がりの日差しでたっぷりの光に満ちていたセカンドルームが、急に薄暗くなった。  「ユウ・・・?」  スカリーは驚いて、少年に目をやった。  「ダナ・・・」  優はドアも閉めて鍵までかけると、うつむいたままスカリーのほうに向き直った。  彼女は彼に不安を覚えた。さっきまでの明るい少年とは全く別人のように、その表情には暗い が影が差していた。  「・・・その前に、あれ、お願いしてもいいか?」  スカリーの心臓が、一瞬高止まった。  「ユウ・・・でも・・・」  「オ、オレだって、簡単な気持ちでお願いしてるわけじゃねえんだ。」  陽の光が遮られた部屋の中で、優の頬が僅かに赤く染まった。  「い、いい年こいてって、自分でも判ってるんだ。でも・・・」  少年の声が低くなった。しかしそれでも彼は、懇願の眼差しを彼女に向けるのを止めなかった。  「判ってるならやめましょう。ボクちゃん。」  スカリーは無理に顔を引きつらせて言った。こうしてからかってやれば、優を怒らせて、話を 逸らすことができると思った。  しかしそれは、今の優には通用しなかった。  「何とでも言えよ、ダナ。」  彼は悲痛な面持ちで開き直ると言った。  「ガキだって馬鹿にされるのはもう慣れっこさ。」  「だからって――――」  「頼むよ! こんなこと頼めるの、もうあんたしかいないんだ!」  少年は怒鳴った。差し迫った危機を抱えているような、何かに追い詰められているような表情で。  二人の間に、重たい緊張が走る――――  「・・・ねえ、聞いて。」  僅かの沈黙の後、スカリーが口を開いた。  「あんたはもう、ガキじゃないわ。昔と違って、ね。だからあんなもの、もう必要ないと思う   の。」  「断られるのは覚悟の上だよ、ダナ。」  優は言った。悲壮感漂う瞳にはしかし、固い決意があわられていた。  「でもお願いだ・・・必要なんだよ。」  「あんたはもう、大丈夫よ・・・」  彼女は無駄だと判っていながら言った。  少年はそれに、首を横に振った。  「オレ・・・あんたが思って思っているほど完璧になってないんだ。だから、ダナ・・・」  彼のまっすぐな視線――――それを受け止めるのが辛くなり、スカリーは顔をそらした。それが、 彼女にできた最後の抵抗だった。  「・・・頼む・・・」  優の静かで断固とした口調に、彼女も心を決めた。  「・・・判ったわ。」  彼女はそう言うと、彼に完全に背中をむけるような姿勢に座り直した。  そしてスーツのジャケットを静かに脱ぐと、震える手でブラウスのボタンに手をかけた。  それが全部外れると、彼女の肩から黒いものがスルっと脱げ落ち、白い肌が露になった。  体温がほんの少し上昇するのを感じる――――彼女は刹那動きを止めたが、気持ちが落ち着くの を待つと、胸元に手を当ててブラジャーのホックを外し、背中の線を少しだけずらした。  すると彼女の背中の左端に、大きな、古い創が現れた。 =========================================  6年前――――  スカリーと相棒のモルダーは、Xファイル課の資料の中に埋もれていた、5年前に起きた児童失 踪事件の捜査をしていた。  連日の調査やプロファイルをあざ笑うかのように、捜査は難航した。数少ない手がかりをひとつ ひとつ辿っていっても、いつも最後にぶち当たる巨大なダムが、二人の行く手を阻むのだった。  そのダムの名は――――  ――――国防総省――――。  しかし、モルダーの不屈の精神と“協力者”の提供する情報は、ダムの向こう側に潜む答えに、 二を辛うじて導いた。  ペンタゴンが指導権を握る極秘プロジェクト“COSMOS”――――Childern Of Soldier  Machine Organic System.  それは悪魔のプロジェクトと呼ぶべきものだった。子供たちを、幼い頃から最強の兵士として育 て上げ、最終的には「最強の軍隊」を組織する――――その為に、子供の身体に幻覚薬をも使用し て個性を奪い、上官の命令には絶対服従を強いる。そしてあらゆる肉体強化訓練を施し、殺人術を 叩き込み、子供たちを“殺人機械”Killing Machineへと造り変える――――。  コスモス・プロジェクトの本部を見つけ出した時、モルダーとスカリーは迷わず潜入を決意した。 ローン・ガンメンに盗ませたIDを使い、正面から施設深部へ――――  モルダーと二手に分かれたスカリーは一人、地下レベル4へと潜り込んだ。レベル3までとは違 い、僅かな非常灯が点けられているのみのそこは、監獄を思わせるような雰囲気が漂っていた。  レベル4の廊下をさらに奥に進んでいた時だった。彼女は一種の隔離室のような物々しいドアを 目にした。  『廃棄物―――43』  ドアのプレートにはそう書かれてあった。  スカリーはポケットをまさぐるとローン・ガンメンに偽装させたカードキーを取り出した。  キーを挿し込むと、ロックは解除された。  彼女は違法に調達されたオートマティックを構えて一呼吸置くと、静かにドアを開けて中に入っ た。  ――――と、突然、背中の左端に鈍い何かが刺さり、激痛が走った。  彼女は喉から出かかる呻き声を辛うじて抑えると、背中に手をやって刺さったのもを引き抜いた。  食事用のフォークだ。  彼女は慌てて銃を構え直した。が、遅かった。  構えたその腕は何者かの手によって即座に絞め上がられた。恐ろしいほどの握力だ。そのせいで トリガーを引くことさえできない。  スカリーは抵抗した。しかし、襲ってきた者の俊敏な蹴りを顔と腹にまともに受け、壁に吹き飛 ばされた。  頭と背骨を激しく打って、彼女は床に倒れこんだ。背中の傷は痛みを増し、そこからは赤黒い血 が流れ続けていた。  右手が蹴られるのを彼女は感じた。指が二本脱臼し、新たな鈍い痛みが彼女を苦しめた。オート マティックが奪われたのだ。  襲撃者はそれを拾うと、彼女の眉間に向かって構えた。  もうこれまでか――――彼女は自分の命を覚悟した。  しかしその瞬間、  襲撃者の――――ここに監禁されていた人物の姿が、非常灯の僅かな光に映し出された。  それは少年だった。幼い子供と言っていいほどの、小さな影だった。  朦朧とする意識の中で、スカリーは全てを悟った。  「ユウ・・・」  彼女はXファイルにあった、失踪者の写真資料に記されていた名前を呟いた。  「オミナエ・・・ユウ?」  少年の動きが――――止まった。  その表情に劇的な変化が現れた。名前を呼ばれたことで、少年の金属的だった瞳が悪夢から解放 されたように歪み、やがてそれは、絶望の影へと変わっていった。  彼の全身から力が抜けた。肩を落とすと、彼女から奪ったオートマティックが指から滑り落ちた。  スカリーは――――背中をかばいながら――――身を起こすと、少年を覗き込んだ。  彼は泣いていた。静かに、歯を食いしばって。  「ユウ・・・」  再び名前を呼んでみた。すると、少年から嗚咽が漏れ始めた。  先刻まで驚くべき戦闘能力を示し、自分の命さえ奪おうとしていた少年とは打って変って、その 姿は痛々しかった。彼女は怒りと無力感で心を苦しくしたが、それを心の奥にぐっと押し込めると、 優しく声をかけた。  「・・・もう、大丈夫よ・・・」  少年の身体がぐらっと崩れた。そして膝をついてその場に座り込むと、わっと大声をあげて泣き 始めた。    「あの子はコスモス・プロジェクトの失敗作で、“破棄”が決定してたんだよ。」  それは、後にモルダーが語った見解だった。  「“機械”としての“性能”をおとしめる、“人間の個性”を捨てきることができなかったんだ。   君に名前を呼ばれて動揺したのがその証拠さ。」    御神苗 優、11歳。  これが彼とスカリーの、出会いとなった。     =============================================    「あんたたちに助けてもらった後、一度、姉貴にこれと同じような創を負わせたことがあったん   だ。」  優はスカリーの創痕にそっと触れながら言った。  思いのほか冷たい優の指先に、彼女は頬を赤く染めた。  「家に強盗が押し込んできてさ、姉貴に乱暴するもんだからついカッとなって・・・一人、殺っ   ちまった。姉貴はもう一人殺そうとするオレを止めに入って、腕を・・・」  幼い頃両親を亡くしていた優は、二人が救出した後、失踪前に養子として引き取られていた、ア メリカ在住の叔父親子の元に戻された。モルダーもスカリーもペンタゴンの報復を考え、FBIの 保護下に置くべきだと主張したが、カウンセラーの、この子の歪められた人格を戻すためにも、元 いた家に一刻も早く、という意見を聞かないわけにはいかなかった。しかも、優の身の安全をアー カム財団が申し出てきたので、FBIの出る幕が無くなってしまった。優の両親は生前アーカムに 研究者として席を置き、研究所が外部からの強襲を受けた折、殉職していたのだ。  「結構目立つよな、こうして見ると。」  「そうなの? 私は見たことがないから・・・」  「痛かったろ?」  「もう忘れたわ。」  背後から聞こえる優の言葉に、彼女は声を固くして答えた。  こうして優に創を見せるのは初めてではなかった。これは、優にとって呪われた過去と現在の自 分を結ぶコネクターだ。それを理解していた彼女は、彼の人格再形成が行われた時期、必要とあら ば自ら服を脱ぎ捨てて無理矢理見せていたし、せがまれれば供物のように見せてやっていた。  でもそれも、もう4年以上昔の話だ。   今の優は、一人前の身体をもった立派な男だ。細かった肩の線も大人のそれになり、幼かった顔 つきも、面影だけを残してしっかりした作りに変っている。身長も、いつの間にか彼女を追い越し、 自分を見上げていた視線に、今では見下ろされている。  弟分とはいえ、そんな男の前で無防備に肌を露出するのは、一体どういうことなのか――――  彼女は自分の背後で創を――――自分の裸体を見つめる彼の視線を感じ、緊張で背筋を震わせた。  カーテンから僅かに漏れる日差しが、二人の間に一本の線を引いていた。  「姉貴のが人間として始めてつけた創なら、あんたのこれは、殺人機械として最後につけた創だ。   オレは、この創を忘れちゃならねーんだ。」  「ユウ、何かあったのね?」  スカリーが問いかけると、彼はためらいを溜息で押し出して答えた。  「・・・CIAを一人、殺っちまった。殺らずに済んだはずなのに・・・」  「誰にでも不可抗力はあるわ。」  「そんなんじゃねえんだよ。」  優は語気を強めた。  「オレ、ほとんど無意識だったんだ。“敵”がいれば“処分”する。コスモスの“兵士”に初め   にインプットされることさ――――オレの中にはまだ“殺人機械”が残ってる。それを黙らせ   ねえと、また、あんたや姉貴を傷つけるかも知れねんだ。だから・・・」  「この創が必用なのね?」  彼は頷いた。  「オレ自身に対する、見せしめだよ。」  そう言って、彼は背中の創痕を指で大きくなぞった。  彼女は息を飲んだ。彼の微妙な指先は、彼女の神経を儚く震わせた。彼女の背中はそれに反応し て僅かにのけぞり、唇からは軽い吐息が漏れた。  優ははっとして、創から指をひいた。  「あ、あの・・・その・・・」  そしてソファーから飛びのくと、顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。  スカリーはそれとは正反対に、とても冷静だった。彼が自分から離れると、下着を元に戻し、ブ ラウスを着てボタンを閉め始めた。  そんな彼女の様子に、優も少しだけ落ち着きを取り戻した。  「・・・あ、ありがとう・・・」  そして彼女の後姿にそう言うと、再び顔を赤くした。  彼女は何も言わなかった。できるだけ長く身支度に時間をかけて、優に顔を見られないようにし よう――――今の彼女には、それが精一杯だった。  こんな火照った顔を、この子に見せるわけにはいかない。  この子は危険だ。私が、思っていた以上に――――  全てを身に付け終えると、彼女はゆっくり姿勢をもとに戻した。  「・・・それで、用事って?」  「ああ・・・」  スカリーが、まるで何事もなかったかのように口を開くと、優もそれに習うように、さっきま でとは違う態度になった。  「・・・聞いたぜ、モルダー捜査官のこと。」  彼女の心に、鈍い痛みが走った。  モルダーの喪失。それは彼女にとって手足をもぎ取られたに等しい事件だった。その事実を信 じきれずに苦しむ暇もないまま訪れたのは、暗中模索の捜査の日々。しかしその甲斐もなく、彼 のいない日常は、既に2ヶ月を過ぎようとしていた。  「・・・流石に、情報が早いのね。」  「アーカム情報局をナメるなよ。」  苦笑してみせるスカリー。優もそれに合わせて軽口をたたいた。  「で、どうなんだ、状況は?」  彼の質問に、彼女は静かに首を振った。  その重苦しい態度に、優は途方にくれた。  「・・・あ、新しい相棒・・・確か、ジョン・ドゲットとかって捜査官だよな。」  「ええ、そうよ。」  苦し紛れに優は話を振ったが、スカリーの表情は変わらなかった。  「上手くやってるのか?」  「今のところはね。」  「ドゲットの市警時代のことを調べたけど、確かに腕はいいみたいだな。奴だったら、ダナの   相棒は十分務まるだろう。」  スカリーは苦笑した。  「ドゲットに伝えておくわ。」  彼女に笑顔が戻ったのを見て、優は胸をなでおろした。  しかし次の瞬間、それは完全に消えていた。  カーテンからの陽射しはほんの少し傾き、薄明るい部屋の中でスカリーの頬を僅かにかすって いた。  「・・・辛いよな、やっぱり・・・」  やがて、優のほうから沈黙を破った。スカリーの耳に辛うじて届く、呟くような声だった。  「・・・そうね・・・」  彼女は深い溜息をついた後、それに答えた。  「・・・辛くないわけは、ないわね。」  この少年に嘘は通用しない。ましてや、私とモルダーのことなら――――彼女は正直に答えた。  「オレに手伝わせてくれよ、モルダー探すの。」  少年は突然、勇んで言った。  スカリーはそれに驚いて、優を見やった。  彼の目は真剣だった。先刻、創を見せろとせがんだ時よりも一途で強烈な眼差しが、彼女を捕 らえて離さない。彼女はそれに、恐怖すら感じた。  「な、何を言い出すの?」  「オレ、役に立つぜ。射撃の腕も格闘技も、あんたやドゲットよりはるかに上だし、世界中の   闇の情報にも通じている。オレを使ってくれよ!」  「バカなこと言わないの。」  彼女は辛うじて冷静さを取り戻すと、困ったように微笑んで言った。  「これはFBI内部の事件だもの。それを、あんたんとこみたいな営利団体に外注するわけに   はいかないでしょ。」  「アーカムは関係ねぇ。オレはオレ個人の問題として言ってるんだ。」  「だったら尚更よ。」  彼女は大人の分別を見せつけるように言った。  「いい? 今のユウには、ユウの責任ってものがあるのよ。アーカムの仕事、学校、家で待っ   てるお父さんやお姉さん・・・それを、私たちの内輪ごとのために放り出させるわけにはい   かないでしょ?」  「責任なんか、構ってられるか!」  優はスカリーに詰め寄った。その迫力に彼女は一瞬身を引いた。  「あんたはオレの大切なダチだ。そのダチが・・・恩人が苦しんでるのを、オレに黙って見過   ごせって言うのかよ?!」  これは若さゆえの情熱だ。彼女はそれを思って息苦しくなった。その真っ直ぐで臆することを 知らない眼差し――――さっき危険だと感じたものは、正にそこから発せられていた。  「・・・ありがとう・・・」  スカリーは努めて静かに言った。  「・・・嬉しいわ、本当に・・・でも大丈夫だから。私たちだけで、必ず解決できるから。」  そして優から視線をそらすと、うつむいた。これ以上、彼の視線を受け止められる自信がない。 この、危険な情熱を・・・  優はしばらく黙っていたが、やがてソファーの彼女の隣に腰を下ろした。スカリーは顔を背け たままだった。  「・・・ダナ、」  彼は静かに、しかし強いるように言った。  「オレを見てくれ。」  彼女はおそるおそる振り返った。  優の顔がそこにはあった。それは引力だった。初めて出会った時にはただ機械的だった瞳が今、 情熱で潤んでいる。そして初々しさに引き締った表情とと身体は、全てを見られることを欲して いる。彼女はその惹きつける力にあがなう事ができなかった。  「そうだ、見てくれ・・・」  そして訴えるように言った。  「オレ、もう6年前のオレじゃないんだ。あんたのおかげでここまで立ち直れたんだ。今のオ   レならあんたの役に立てる。オレ、あんたの役に立ちたいんだ。」  言葉から、瞳から、彼の感情が流出していた。彼女はいつからか知っていた。このひたむきで 純粋な眼差しが、自分に向けて注がれていたことを。今まで、普通に彼と接している限り、それ が彼女を脅かすことはなかった。お互いに気付かないふりをしている限り、二人はどんな状況下 でも対等でいられた。そう、今までそれは、二人にとって危険なものだったことは一度もなかっ たのだ。  「ユウ・・・」  スカリーは自分に絡みつく切ない感情と闘いながら、こうなってしまった原因を自分の中に求 めた。  私きっと、心細くなっているんだわ。色々な事があって――――モルダーが居なくなったりし て―――まだ気持ちが落ち着ききっていないから・・・。  「オレ、ずっと見てたから知ってるんだ。ダナにとって、モルダーがどれほど大切なのかを。」  優の口調が僅かに柔らかくなった。情熱の中に、優しさを感じる、18歳とは思えない口調だ った。  「一人で探すんじゃ、ダナが可哀想だ。」  「一人じゃないわ。」  この子は私の弟のはずだ――――スカリーは優の眼差しに溺れそうになる自分に言い聞かせた。 私はこの子の、姉でなければ・・・  「私には、ドゲットが・・・」  「そいつに判ってるのか? ダナとモルダーの絆がどれほど強かったのか。今、ダナがどれほど   辛い思いをしているのか。」  再び感情的になった優の言葉に、スカリーはくじけた。  確かにそうだ。パートナーとは仕事上の付き合いで充分。そう言い切って譲らないドゲットに、 自分とモルダーのことを理解してもらうのは無理だ――――少なくとも、今は。  スカリーはしかし、それに流されまいと優をにらみつけた。  「生意気言うのはやめなさい。ドゲットは優秀な捜査官よ。」  「大人ぶるのはやめるよ!!」  優は叫んだ。それは、ひたむきな想いと怒りが入り混じった、悲痛の叫びだった。  「いつまでもオレを子供だと思ってるのか? 子供は何も気付かないとでも思ってるのか? ダナ、   今、自分がどんな顔してるか判ってるか?――――獲物だよ。追い詰められ、それでも最後の   抵抗を仕掛けようとしてる獲物の顔だよ。オレが知ってるダナは・・・モルダーと一緒だった    ときのダナは、そんな切羽詰ったような顔は、決して・・・」  喋り過ぎたと感じたのだろうか、彼の言葉は、そこで消え入るように無くなった。  スカリーと優は、言葉を持たないまま、再び見つめ合っていた。  彼から――――優から想いがほとばしって彼女の瞳に流れ込む。それは、彼が今まで抑圧してき た感情の全てだった。  彼女はふと、疲れを感じだ。モルダーの喪失、新しいパートナー、目の前にいる若者との闘い―――― 一瞬、それら全てが煩わしく、どうでもよくなった。  「ダナ・・・」  優は再び、優しさとひたむきさのこもった口調で語りかけてきた。  「オレ、ダナが辛い思いをしてるのを見るのは、イヤだ。オレ、ダナの助けになりたい。オ   レ――――」  そんな彼女にとって、この若者の眼差しはとても心地いいものだった。彼女はそれに甘んじ、 それに惹かれる自分を叱咤することも忘れ、彼の黒い瞳に吸い込まれていった。改めて見ると、 彼は魅せられるに充分に足る、美しい容姿と肉体を持っていた。  彼の掌が、自分の頬に当てられた。そのぬくもりに身体が――――頬も――――赤く火照った が、今回はそれを隠そうとはしなかった。彼の顔が瞼を閉じて近づいてきた時も、彼女は全く抵 抗せずに待っていた。  もう、疲れた。  モルダーを追うことにも、  真実を追うことにも、  この少年の前で、“年上”を”演じる”ことにも――――。  二人の唇が重なり合う寸前、  スカリーがふっと、優から身を引いた。  瞼を開けた彼と彼女の視線が、間近で絡み合った。  驚きと非難を顔に表す男と、艶かしい罪悪感に瞳を潤ませる女――――この瞬間、二人は友人で もなければ姉弟でもなかった。二双の瞳は互いに一歩も譲らず、引き合っていた。  先に目を逸らしたのはスカリーだった。彼女は瞳を伏せると、そのままうつむいた。  そして程なく優が彼女の頬から手を離すと、ゆっくりとソファーから立ち上がり、彼に背を向け るようにして立ちすくんだ。    時が止まったような錯覚――――  彼女はカーテンの引かれた窓辺で薄い光を受け、  彼はソファーの上で微動だにせずにうなだれている。  それはまるで、静物画のような風景だった。  カーテンからの細い光が、今まで彼女が座っていた場所を、両断するように射していた。    「早く身体を治しなさい、ユウ。」  またもや、スカリーが先に声を発した。  自分でも驚くほど、静かな声だった。  「そして学校へ戻りなさい。くれぐれも高校4年生にならないようにね。」  彼女は立ち去るためにドアの前まで行ったが、一瞬、明けるのを躊躇した。  「じゃあ、またね。」  しかし潔くドアを開けると――――優の方を振り返ろうともしないまま――――特別室を後にし た。  エントランスを抜けて病院の中庭に出ると、そこは陽の光で満ち溢れていた。  スカリーは突然差し込む強い光を避けるために手をかざすと、光の中を泳ぎ、庭の向こう側の木 陰に入り込んだ。  心地よく涼しい空気が彼女の肌に触れた。そこは小さな遊歩道になっており、所々に据付けられ たベンチで休むこともできるようになっている。  彼女はそのひとつに腰を下ろすと、高鳴る鼓動を抑えるために深呼吸をした。  心臓の震えが止まらない――――病室を出たあとも、彼女の混乱は続いていた。  なぜ、どうしてあんなことに・・・  今まで、彼の想いに気付いていても、それを重たく感じたことはなかった。むしろそれにより、 彼女は優の“姉”という立場を自分の中に確立させてきた。年の差がそうさせているのか、優も それを甘んじて受け入れているように、彼女には見えた。  しかしそれは彼女の思い違いだった。表面をどう取り繕うと、彼女は優の姉ではなかったのだ。 そして優もまた、彼女の為に自分の感情を押し殺してきた、優しい男に過ぎなかったのだ。  そして彼女は一瞬、惹かれていた。あの年の離れた少年に。ほんの束の間だったけど、彼女は 欲していた。  あの澄んだ瞳、若々しい腕、熱のこもった唇を。  それらは病室を離れてもなお、彼女を惹きつけた。彼女は頬をなぞって彼の掌の感触を反芻しな がら、身体中を熱くした。  ユウ、あなたを受け入れることができたら、私はどんなに楽になるか・・・・何もかも忘れて、 全てを投げ出して・・・でも・・・  彼女は一瞬、彼の胸の中にいる自分を想像した。  情熱的で、頼りがいがあって、一途な抱擁。心地よくて、何の心配も要らない・・・いいえ!  しかしそれは、即座に吹き飛ばされた。  それはできない、できないのよ、ユウ。あなたの辛すぎる、苦しすぎる想いに甘えるなんて、あ なたを利用するなんて・・・だってユウ、私は・・・ユウ、どうして私を・・・  彼女の中で、病室から抱え持ってきた何かが、ぱりんと音を立てて弾け散った。  突然、膝の上に重ねられてた彼女の手の甲が濡れた。  いつの間にか、彼女は泣いていた。  静かに、音もなく、彼女のブルーの瞳が大粒の雫をこぼしている。流しても流しても後から溢れ 出るそれらはやがて滝となり、彼女の瞳から頬へと伝わり、消えていく。彼女はいつしか、幼い子 供がするように小さな嗚咽をあげ始め、それをこらえようと、自分自身を抱きしめていた。    モルダー・・・  彼女は今まで己の中に秘め、決して口にはするまいと決めていた想いを、心の中で呟いた。  私を・・・助けて・・・   スカリーは崩れそうになる自我と戦ったが、それでも涙を、想いを止めることはできなかった。  もう駄目なの、限界なの、一人じゃ耐えられないの・・・  お願い、戻ってきて・・・  モルダー・・・!   =============================================  いつか優に、この背中の創を無理矢理見せたことがあった。  あの子が姉を誤って刺してしまった晩のことだ。  12歳だった優は泣いて叫んで・・・人を殺し、姉を傷つけたことにショックを受け、混乱して いた。  優の家族からのSOSを受け取って駆けつけたスカリーは、一目見てその涙の理由を知った。ど んなにもがいても消えない過去との葛藤。己の中に潜む“殺人機械”への嫌悪感――――それが涙 の正体だ。  家族に頼んで二人っきりにしてもらった彼女は、ためらうことなく服を脱ぎ、背中の創を優に突 きつけた。  彼はそれを激しく拒絶した。いやだいやだと首を振り、大声で喚き、泣き叫んだ。  スカリーはそれでも見ることを強いた。――――ユウ、これはあんたがつけた創よ。これは一生 私の身体から消えることはないわ。あんたの過去と同じでね。  すると優はほんの少しだけ泣き止んだ。そして涙で顔を歪ませながら唇を噛み締めて、創を見よ うと努力し始めた。  彼女はそんな彼に必死になって語りかけた。――――この創がつけられた頃のことを忘れてしま いたいのは判るわ。でもね、たとえどんなに辛い過去でも、忘れたり、消し去ったりすることはで きないの。創跡が、一生残るのと同じことなの。それならユウ、この創を受け入れなさい。自分の 過去を受け入れなさい。そして、それを乗り越えて大きくなりなさい。それが、“人間”の生きる 道なのよ―――― ==============================================  流す涙も底をつくと、スカリーはその場で呆然とした。  空がとても青い――――彼女は澄みきった空に落ち葉を予感した。  乗り越えなければならないものがあったのは、私のほうだったのかもしれない。彼女はふと思っ た。  私が直視すべきだった創――――それは、あの晩から変り始めた優の眼差し――――  結局、私ができたのはあの子を傷つけることだけだった。受け入れるでもなく、はっきりとした 拒絶を示すでもなく・・・。それは今まで、あの子の眼差しを見て見ぬ振りをしてきた結果だ。私 は、姉弟のように接してくるあの子の切なさに甘えていたのだ。あの子はモルダーの存在を知って いたから・・・。  彼女は無力感のとらわれた。今更ながら、二人の友情を守るために、モルダーの存在がどれほど 必要だったのかを思い知る。自分の大人気で均衡を保ってきたつもりで、その実私はモルダーに守 られていたに過ぎなかったのだ。モルダーがいなければ、私は友情ひとつ守ることができない。モ ルダーがいなければ何もできない・・・  いいや――――彼女は否定した。  これも、乗り越えなけれがならない、直視しなければならない創のひとつだ。  モルダーは今いない。私の手の届くところには、どこにも・・・どんなに必要でも、どんなにく じけそうでも、電話で呼び出したりすることはできないのだ。私が探し出すまでは。  そうだ、決めたのだ、必ず見つけると、助け出すと。それに私は、一人ではない。    彼女は前を向いた。木立の向こうに、大きな白壁が見える。丁度、優のいるあたりの病棟だ。  ユウ――――  彼女は悲しそうにそれを見上げた。    逃げ出したりして、ごめん。  でも、  あんたにはもう、私の創は必要ないわ――――  ポケットの中で、携帯がけたたましく鳴った。  「はい、スカリーです。ああ、ドゲット・・・今から戻るところだけど・・・あら、そうなの。   じゃあ帰りがけに市警に寄って受け取ってくるわ。・・・え? 別に問題なんて・・・いいえ、   大丈夫よ・・・」  スカリーは話しながら立ち上がり、遊歩道を駐車場へと向かって歩き出した。  彼女のシルエットが小さく見え始めたそこでは、早すぎる落葉が一枚、はかない風に舞っていた。                                           End  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜    補足:作者が『スプリガン』を好むのは、ストーリーが古代遺跡や歴史叙事詩をモチーフにして     いるからであって、この類の戦闘ものの趣味があるからではありません。その為、戦闘シ     ーンの描写がかなり貧弱ですが、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ではでは、以降は恒例(?)Amanda嬢による爆笑後書きをお楽しみください。        ずるずる....ぐじゅっ....ひくっ.... こっ、こんにちは...あっ....Amandaですっ。 ち、ちょっと待ってくださいね。 (バタバタ....ドタドタ....チーン....) はー、スミマセン、いきなりお見苦しいところをお見せしてしまって。いえね、今、あっこ 監督が初めてお書きになった脚本を読ませてもらってたとこなんですよ。あの怖い監督がス クリプトを書くってんで、一体どんなしっちゃかめっちゃかな仕上がりになるんだろうと思っ てたんです。私の想像から言ったら、『パルプフィクション』とか『ジョーズ』とか、てっ きりそのテの「きゃー!!」な系統だと思い込んでたんですよね。それがまた出来上がってみ たら、驚いたのなんのって!! ガチャッ 私が瞼を真っ赤に腫らしているところへ、突然あっこ監督が勇ましく部屋へ入ってきた。 「Amanda、あれ読んだ?」 「はっ、はい。今読み終わったトコです」 「あー、待って、言わないで!!」 そう言うと、監督は私の顔の前に人差し指を突き出し、私を黙らせた。あやうく彼女の指が 私の鼻の穴に突っ込まれそうになったのを、私は慌ててよけた。 「だいたいの予想はつくわよ、アンタのぐっちゃぐちゃなその顔を見たら」 「かんとくぅ、意外にロマンチストなんですねえ」 「どーゆー意味?」 「あっ、いやその....つまり......繊細な部分もお持ちなんだなぁぁぁ、なんて思っち.... うわっ!!」 とんでもない事を言ってしまったと後悔しても、時は既に遅し。監督は私に顔を近づけ、今 や彼女の専売特許となった一級品の睨みをきかせた。 「アンタさ」 「は......い............」 「私だってそれぐらい書けるわよ、これでも監督なんだから」 ここで『そうですよね』なんて言おうものなら、きっと今頃は、首にでも噛みつかれて血が 吹き出している事だろう。嗚呼くわばらくわばら。 「それでさ、アンタに頼みがあるんだけど」 「なんですか?」 「このオミナエ・ユウのイメージに合う、若手のジャパニーズ・アクターを探してほしいん だけど」 「これを実写にするんですか?」 「そーよ、当たり前じゃないの」 私は真っ青になった。あっこ監督が率いるXFチームのメンバーとして働き始めてこのかた、 日本のゲーノーカイなるものに関しては全くの無関心であったため、若手のジャパニーズ・ アクターなんて全く知らないのだ。なんせ、今年の大河ドラマに出演しているらしいマツシ マ・ナナコとかいう女優のダンナになった人(誰だっけ?)の顔さえ知らないほどなのだか ら(←ホントに知らない・爆) 「え、あのぉ.......」 「なあに? アンタ、ジャパニーズなんだからさ、誰か一人ぐらいは知ってるでしょ?」 「私、日本でこーゆー仕事はしてませんでしたから....」 「ちっ、頼りになんないわねえ。誰でもいいから教えなさいよ!!」 監督の目が、だんだん三角になってきた。ヤバい、また怒られる!! 「あわわ....じ、じゃあこんなジャパニーズはいかがでしょう?」 私は、たまたま持っていた俳優リストの中から「どれにしようかな・天の神様の言うとおり」 方式でテキトーに一枚を引っ張り出し、サッと監督に渡した。これでとんでもないブサイク なんぞの写真を渡してしまったものなら、おそらく私は確実に職を失っているだろう。ああ、 どうか私から食いぶちを奪わないでください、神様!! 「おおっ、アンタ、いいの知ってんじゃん!!」 監督はニヤニヤしながら、私が手渡した一枚のスチール写真を覗き込んでいた。写真の裏に 書かれた彼の名前を見て、私は息を呑んだ。 『三遊亭楽太郎』 あのっ、そ、それは...... 私は焦ったが、あっこ監督の手には既にセルが握られており、電話の向こうにいるキャスティ ング・ディレクターのシャーリーとの交渉が始まっていた。 「シャーリー? 今度のオミナエ・ユウの俳優だけどさ、日本の....これなんて読むの?... ...サンユウテイ・ラクタロウ?....に連絡取ってみて。彼、イケそうだわ」 ああどうしよう....!? あの写真、部屋に飾ろうと思って個人的に友達からもらったヤツなのに すっかりその気になった監督の会話もロクに聞こえないほど、私は動揺してしまった。 彼ってもう結構いい歳よね いくら見た目が若くても、高校生には見えない ....って、それよりもあの人、落語家ぢゃん!! 『笑点』の収録で忙しいんじゃないの? どうせなら、座布団と幸せを運ぶ「山田クン」の方が出演交渉しやすそう 結局、その話の行方もそっちのけで、私はとりあえずその場を逃げ出したのだった。 一体あのあと、どうなったのだろう?? <完> ああ、こんなネタしか浮かばないワタシを許して.....(泣) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   =あっこ’S Word=  「うーん・・・・・   悪くはないとは思うのね・・・   もっとぴちぴちしてるほうのがいいんだけど、これはこれでいけてるのよね。   でも・・・ミョーにコメディちっくなフィルムしかできないのはなぜ・・・??   お、おかしいわ・・・こんなはずじゃ・・・   ねえ、シャーリー、このジャパニーズアクターの素性、至急洗ってもらえないかしら?   あ、それとAmandaを呼んで!   どーゆーいきさつでこのおっさんを戦闘のプロの役に持ってきたのか、   じっくり聞かせてもらいたいの!」   ご意見・感想・批評(いづれも好意的なもの)をお待ちしています。 atreyu0125@yahoo.co.jp 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜           巻末付録A 「優ちゃん救済Fic」  以下の作品は、本編を書き終えた直後、「いくらなんでもこれじゃ御神苗が可哀想じゃん」 と思った作者によって急遽かかれたものである。従って、本編とは逆に『スプリガン』よりの 話になっているので、「読んでやろう」と思ってくださる方は、それを念頭において読み進め ていただきたい。    =================================  タクシーを下りると、山菱 理恵はエントランスへと急いだ。  飛行機の時間まで後2時間、その間にお見舞いを済ませ、空港に向かわなければならない。  今年18歳になったばかりの彼女の職業は大学教授。シャンポリオンの再来とも噂される 言語学の天才には、一人の少女として余暇を楽しむ時間すらない。今も、日本での用事を済ま せたその足でワシントンに寄り、夕方には大学に戻らなくてはならなくなっていた。  しかしそれでも彼女の心は弾んでいた。御神苗 優と最後に会ったのはもう半年も前になる。 お互い仕事に悩殺され、顔をあわせることもままならなくなっていたが、それでも優は彼女 の大切な幼馴染だった。アメリカの孤児院で、一人淋しく泣いていた彼女に、唯一人微笑みか けてくれた優しい少年。彼女の優に対する想いは、基本的にあの頃と何も変わっていない。  理恵が中庭へと続く遊歩道を横切った時だった。  彼女は傍にあるベンチに見覚えのある影を感じ、足を止めた。  あれは・・・スカリー捜査官・・・?  直接紹介されたことはないが、彼女ことは、優から何度となく話を聞かされてよく知ってい た。彼女が優の恩人であり、そして・・・  ベンチの影に声をかけようと悩んでいた彼女は見をすくめた。  そしてとっさに木立の影に身を潜めると、そこから改めてベンチのほうを覗き込んだ。  あの人・・・泣いている・・・  理恵は見てはならないものを見てしまった罪人のような気分で、嗚咽を上げる女の影を見守 った。  何もできないまま・・・立ち去ることも出来ないまま・・・  激しい動揺と、心の痛みを抑えることができないまま・・・  「・・・こんにちわ。」  「おっ、理恵久しぶりじゃん!」  看護婦に言われた特別室に入ると、御神苗 優はソファーに寝そべって漫画を読んでいた。  「アーカム・ジャパンの山本さんに入院中だって聞いて・・・」  「なぁに、大した怪我じゃねーんだ。ま、入れって、狭い部屋だけどよ。」  彼女の幼馴染はソファーに座り直すと、彼女を招き入れた。  「悪ィな、来てもらって。ちょうど退屈してたんだよ。」  「うん、帰りがけだったから、寄ってみようと思って。」  彼女は優の向かいに腰を下ろすと微笑んだ。  優は最後に会った時と変らない、無邪気な笑顔を見せている。理恵は、さっきの遊歩道での 動揺から、少し救われたような気分になった。  「でも、仕事は大丈夫なのか? 教授さん。」  「うん・・・実は次の飛行機で戻らないといけないの・・・だからあんまりゆっくり出来な   いんだけど・・・」  「なんだよ、それなら無理してくることなかったのに。」  「でも、優ちゃんの顔、見たかったから・・・」  二人はそれからしばらく話し込んだ。  仕事のこと、近況、二人にしか判らない内輪のジョーク――――  話が弾むにつれ、理恵は心が和むのを感じた。優と会うときはいつもそうだ。どんなに落ち 込んでいても、仕事が忙しくても、彼と会うといつも元気になれる。彼の持つ、特殊なエネル ギーを分けてもらえるからだ。――――しかし、それでも理恵は、優の中に潜む一転の暗い影 を見逃すことが出来なかった。  「あ、あのね、優ちゃん――――」  「ん? どうした?」  無邪気なままきょとんとする優に、彼女は一瞬とまどった。  「じ、実はね、さっき、スカリーさんを見かけたの・・・」  勇気を出して言ってみた直後、彼女はそれを後悔した。  今まで明るく笑っていた優の表情に、暗くて切ない影がさした。さっきまで彼の中に潜んで いた一点の闇が、表に現れたことを、彼女は察知した。  「ご、ごめんなさい・・・」  理恵は消え入るような声で言った。  「・・・何で、謝るんだよ。」  彼に悪意がないのは判っていた。しかしその言葉は、彼女の心に鋭く突き刺さった。  「・・・優ちゃん、何だかいつもより元気がないから・・・ちょっとだけ心配で・・・」  泣きそうな気分で、理恵は言い訳をした。  しかし優は、そんな彼女を見て一転、苦笑するとあきらめたように言った。  「――――やっぱ、理恵には隠し事できねーな。」  そして頭をぼりぼり掻きながら、あっけらかんと言った。  「実はふられた。」  「あ・・・」  あまりに軽く言われて、理恵は拍子抜けしてしまった。  一瞬何を言われたのかもよく判らなかったが、やがてそれが何を意味するのかを理解すると、 罪悪感のとらわれた。  「ほ、本当にごめんなさい・・・」  「いいっていいって、気にすんな。」  「で、でも・・・」  「んなこと言ったって、理恵のせいじゃねーだろ。」  「そ、それはそうだけど・・・」  無理に笑うにも限度がある――――理恵は思った。目の前の幼馴染は、そんな切ないことを口 にしながらニコニコしているのだ。彼女に心配かけないようにそうしているのだとは思うが、そ れにしても・・・  「・・・優ちゃん、平気なの?!」  彼女はそんな彼に、至極当然な質問をした。  その言葉に、優の瞳にすっと憂いが浮かんだ。理恵は心を痛めながら、彼の言葉を待った。  「・・・しょーがねーよ、オレ、ガキだもん。」  哀愁の漂う言葉、口調、瞳・・・その全てに“あきらめ”が滲んでいるのを、彼女は感じ取った。  「そもそも、どうにかなるもんじゃなかったんだよ。ていうか、初めからそれは判ってたし。」  「優ちゃん・・・」  「ダナにしてみりゃオレは弟みたいなもんだし、俺もそれで充分満足していたんだし。だから   これでいいんじゃないの?!」  理恵は優の自嘲じみた笑みに、苦笑し返して見せた。  「そう・・・そうなんだ・・・」  「正直、後悔はしているけどな。」  「え?」  「あのまま、弟でいることも出来たのにさ・・・」  ふと、優の表情が苦しみに歪んだ。彼女はそれに、さっき、遊歩道で見た姿を思い出した。  とても小さく見えたあの人の肩、背中――――あの人も苦しんでいるんだ。優ちゃんと同じよ うに・・・  彼女はその時のことを話すべきかどうか悩んだ上で、それをやめた。  二人の間に切ない、しかし穏やかで暖かな沈黙が流れた。  「そうだ・・・」  ふと思い出して、理恵は先に口を開いた。  「これ、お姉さんから預かってきたの。」  そしてバッグから封書を一通取り出すと、優に手渡した。  「秋葉ねーちゃんから? 何なんだろう?」  いぶかしがりながらも封を開けて中を見ると、優の顔がぱっと華やいだ。  「おお、やったぜ! この前受けた大学の推薦、受かったぞ!」  「おめでとう!」  「でも、アーカムの山本さんには内緒だぜ。もうこれで進路の心配しなくて済むとなったら、   大量に仕事回されちまうからよ。一般入試だってしっかり控えているのにさ。」  理恵はくすっと笑って頷いた。  「あ、それとね、」  「まだ何かあるのか?」  「ええ、こっちは優ちゃんのクラスメートの笹原さんから・・・」  「初穂からぁ?!」  手紙の中身を確認するまでもなく、優の瞳に無邪気な輝きが戻るのを見て、理恵はふと、心に 空洞が出来たような淋しさを覚えた。  この分じゃ、私の番はまだまだ先ね。  でもそれでも、  優ちゃんが元気でいてくれれば、きっとそれが、一番嬉しい・・・  「クラスの卒業旅行の案内だ。北海道でスキー! いや〜、今から楽しみだぜ!!」  「後は卒業するだけね、優ちゃん。」  「う、そ、それは・・・」  彼の表情が固まるのを、彼女は優しく見守った。    優ちゃん、あなた、本当に強いのね。  何もしないで後悔するよりも、やれる全てのことをした上での後悔のほうが数百倍まし・・・ 昔からそんなことを言ってたけど、それがあなたの強さの秘訣なのかしら?  だとしたら、私は当分、強くはなれないな・・・    「それはそうと、理恵、飛行機大丈夫なのか?」  言われて彼女は、時計を見た  「あ、いけない、もうこんな時間・・・」  彼女は身支度を整えると立ち上がった。  「ごめんね優ちゃん、あわただしくなっちゃって・・・」  「いいって、気にすんな。」  「じゃあ、早く元気になってね。」  「理恵!」  出て行こうとする理恵を、優は大きな声で引きとめた。  彼女は振り返って、彼のほうを見やった。  そこには、彼女ですら見たことのない、とびきりの笑顔をした優がいた。  「サンキューな!!」                                        End