"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Christmas Moon』 AUTHOR    Ran ・ 10:00AM “Nicolas's” 既にクリスマス一色となっていた。 町中のショーウインドウで赤鼻のトナカイが橇を引き、サンタクロースが踊る。あちこち にツリーが飾られ、その間を縫う様に買い物袋を下げた人々が行き交っていた。 コーヒーのいいにおいが立ち込める店内で、プルオーバーの厚手のシャツにジーンズ姿の Scullyは、広げた新聞に目を通しながら、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。 「Hi、Dana!、今日は休みかい?」 「ええ…」と、Scullyはカウンターの中で働くNicolasに答える。 Nicolas'sはいつも混んでいるが、その分、彼のコーヒーとフレンチトーストは絶品で、 フルーツも新鮮なものをそろえていて、Scullyのお気に入りだ。 「今日からクリスマス休暇なのよ」 最初は、休暇に家に戻るつもりだったScullyだったが、なんとなく気が進まなくなり、結局、 昨夜電話で母親に「仕事が入った」と言い分けをし、一人で過すことを決めていた。 母親は残念そうだったが、きっと兄夫婦が連れてくる赤ん坊がそれを紛らわせてくれるだ ろう。 どうしてそういう気持ちになったのか、はっきりした理由は自分でもわからないし、理由 なんかないのかもしれない。ただ、荷物をまとめたり、車を運転したりすることが、面倒 なだけだったのかもしれない。 それとも…と、Scullyは窓の向こうを歩く人々に目をやった。 しかし、その続きは自分でも思い付かなかった。 それでもとりあえず、仕事がなくて、気持ちの良いお天気で、これからおいしい朝食が約 束されていて、この午後も自分の好きなように過せるのだから… 「Dana、おまたせ」 Nicolasがフレンチトーストとフルーツサラダを出した。 「ありがと」 「あの男前の相棒はどうした? 元気かい?」 Mulderは一度だけ、この店に来たことがあるだけなのに、Nicolasは不思議によく覚えて いて、その後、会うたびにそう聞く。 「相変わらずよ、思い出させないで、せっかくの休みなのに」 「また、連れてきなよ、俺の特別メニュー出すからさ」 そう言いながら、ウインクをするNicolasに肩を竦め、Scullyは目の前でふんわりとおいし そうにトーストされ、シナモンの甘い香りを放っているフレンチトーストをナイフで切り 分けた。口に入れると、うっとりする様なバターとミルクのバランスの良い甘さが広がる。 「あの…」 声をかけられてScullyが振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。 くしゃくしゃになった濃い金色の髪と深いグリーンの瞳、どちらかというとヨーロッパ系 だろうか、目の下の隈のせいで、疲れた表情に見えるが、基本的には端正な顔立ちだろう。 着古したセーターにマフラー、コットンのパンツという格好が、彼の質素な生活を物語っ ているように思われた。 Scullyはあわててコーヒーで、口の中のものを飲み下した。 「何か?」思いつめたような青年の表情に、思わず尋ねる。 「あの、お願いがあって…」 Scullyが黙っていると、彼は言いにくそうに大きく一度深呼吸をして、 「僕の絵のモデルになってもらえませんか?」一気に言い、深く頭を下げる。 「お願いします」 「なにやってるんだ!」 Nicolasがカウンターの中から、飛び出してきた。 乱暴に彼の腕をつかみ、店の外へ追い出そうとする。 「ま、待って、待って」とScullyは立ち上がって、Nicolasを制した。 「いいんだ、Dana、コイツは君みたいな髪の女をみつけては、こんなこと言ってる変態 野郎なんだ」 Nicolasが息巻いて振り返る。他の客も何事かと注目する。 「いいわ、とにかく乱暴はやめて」 Scullyは、これまで多くの事件に接し、異常な人間達を見てきた。しかし、彼らが放つ 一種独特のオーラのようなものが、彼には感じられなかったのだ。 「Nicolas、いいの、彼にコーヒーを奢るわ」 しかし、そう言った後で、Scullyは他の客の手前、彼をこのまま店の中に座らせておくのも 気の毒なような気がしてきた。 「いえ、いいわ」 テーブルに置かれたフレンチトーストとフルーツに未練を残して、戸惑い顔のNicolasに 料金を支払うと、Scullyは青年の腕をとった。 「ごめんなさいね Nicolas、また来るわ」 微笑んでそう言うと、となりの椅子に置いておいたダッフルコートをはおり、青年を押し 出すように店を出る。 「Dana、気をつけなよ」Nicolasの声が後ろから聞こえた。 ・ Washington Memorial Park 11:00 AM Scullyは公園の広場に出していたホットドッグの店から二人分のホットドックとコーヒーを 買い、ベンチに座っている青年に「寒いわね」と声をかけて、ひとつを手渡すと、自分も隣 に座って、コーヒーをひとくち飲んだ。 「ありがとう」 青年はそう言うと、受け取ったホットドッグをかじり、コーヒーを飲む。 「絵のモデルなんて、生れて初めて頼まれたわ、モデルを探してるの?」 自分もホットドッグを一口食べてから、Scullyは尋ねた。 彼は自分の足元を見つめたまま、どうしても完成させたい絵があると話し出した。 ほとんど出来上がっているのだが、例えば髪に光りがあたった時の反射とか、顔にかかっ た時の影とか、そういうことを確かめたい、その為に実際にモデルになってくれる人を探 しているのだと。自分は画家というわけではなく、絵は好きで描いている、生業には清掃 会社で事務をやっていること、前科もないし、絶対にあやしい人間ではないと続ける。 しかし、その話し方はScullyを説得しようというよりも、むしろ自分に言い聞かせるようで、 きっと断られると覚悟しているようだった。 「あなた、名前は?」 Scullyの問いかけに初めて彼は顔をあげ、彼女の目を真正面から見詰めた。 「Alan、Alan Fosterです」 「Dana Scullyよ」 Scullyから手を出して、二人は握手した。 「引き受けてくれるんですか?」 おずおずとAlanが尋ねると、Scullyはしばらく考える様に、もう一度コーヒーを飲んで から「いいわ」と短く答えた。唐突に小さな子供がプレゼントをもらった時のような、心 の中から動かされるような笑顔になったAlanの笑顔に、Scullyはつられて微笑みながら、 「今日からクリスマス休暇だけど、やることがなくて困ってたから」と、照れたように付 け加えた。 彼は、肩から提げていた布製のバッグから、あわてて小さめのスケッチブックと鉛筆を取 り出し、自分の家の住所や地図、電話番号を書き始めた。それはまるで、急がなければ、 Scullyが消えてしまうと思っているような、そういう焦りが感じられた。 「よかったら、今からでも…」 Alanがスケッチブックのページを破り、Scullyに渡したところで、ふいにピピピという 電子音が鳴った。 Scullyが舌打ちをして、コートのポケットを探って携帯電話を取り出した。 「Scully」と、答えるとすぐに、(僕だ)、Mulderの声がした。 (Scully、最後に動物園に行ったのはいつだい?) また、唐突に何を言い出すのかと思えば…とScullyは大きくため息を吐く。 「あなた、今どこにいるの?」 (オフィスさ)Mulderは平然と答える。 「今日から休暇じゃなかった?」 (ちょっと寄ってみたんだよ) Alanは安心したように、ホットドッグを食べている。 「なるほどね、それで?」 Scullyも真似をするように、ホットドッグをかじる。 (明日、二人で行ってみないかい?) 「どういうこと?」 (11時に迎えに行くよ、じゃあね) Scullyの質問に答えるまでもなく、Mulderはそれだけ言うと電話をきってしまった。 ただ、Mulderが「動物園」なんて言い出すとは考えられない。きっと何かあるのだ。 Scullyは携帯電話をポケットにしまってベンチから立ち上がると、心配そうな顔で彼女を 見つめるAlanを促した。 「さあ、とりあえず行きましょう、ここは寒くて、これ以上いられないわ」 Scullyは先に立って歩き出した。 ・ Scully's Apartment 10:40AM Scullyは着替えを終えた後、鏡の前で自分の姿をチェックしてから、思い付いたようにFBI のIDをポケットに入れると、ソファに座って雑誌を広げた。 時計が11:00を指している。そろそろノックの音が聞こえる頃だ。 ******************************** あれから、ScullyはAlanと彼の画材でいっぱいの小さなアパートに行ったのだ。 部屋のなかで最も居心地の良さそうな窓際の明るいところに白い布がかかったキャンバス が置かれており、Alanが静かに布をはずすと、それは、窓辺に座り、こちら側に向かって満面 の笑顔を向けた女性の絵が描かれていた。 「このひとは?」Scullyの質問に、Alanは悪びれることなく「Lindaです、僕の恋人な んです」と答え、「髪と目の色が、あなたによく似ていました。あの店であなたの後ろ姿 を見たとき、息が止まりそうになりましたよ」と、幸せそうな顔で続けて話した。 しかし、彼女が今、ここにいないことは確実であるし、それでもこの絵を完成させたいと いうことであれば、心を残すような別れがあったのだろう、Scullyは考えた。 ******************************** “トントン”とドアをノックする音が聞こえた。 「僕だ、Scully」 ドアの向こうからMulderの声がする。 ふいに現実に引き戻されたScullyが、立ち上がってドアを開けると、いつもと違ってラフな格好 のMulderが立っていた。 「どうした?」 ちょっとぼんやりしたようなScullyの様子が気になってMulderは尋ねた。 「別に…なんでもないわ」 Scullyがふっと笑顔になった。 彼の本当の目的はわからなかったが、今日一日を彼と一緒に過せることが、それはそれで 楽しいかもしれないと感じている自分に気がついたのだった。 ・ Green Stone Zoo 動物園に来るのは、本当に久し振りだった。 お天気も良く、比較的穏やかな日だったこともあり、休暇に入った多くの家族連れが訪れ ている。冷たい空気と青い空の下、遠くに遊園地のメリーゴーランドが見えてくると、Scullyは 幼い頃を思い出し、急に浮き立つような気持ちになった。 「Scully、これを見てくれ」 先を歩いていたMulderは、立ち止まってポケットから畳んだタブロイド版の新聞記事を 取り出した。自分の想像があたっていたことに苦笑しながら、しぶしぶそれを受け取って、 赤いペンで印がついた記事をざっと読むと、Scullyは大きくため息をついた。 「これ、狼が誘拐されたってこと?」 新聞記事をMulderに返しながら、尋ねる。 「正確に言うと、狼の檻に現れた女性が帰った後、狼がいなくなったってことだろ?」 Mulderがいたずらっぽい表情でそれを受け取り、また歩き出した。 「それで、飼育係の男がその犯人として逮捕された、でもさ、Scully、狼なんて盗み出し てどんな得があるっていうんだい?」 「どこかに売り飛ばしたり…」 「狼を?」Scullyの返事を遮って、Mulderが答える。 「確かに絶滅寸前の動物ではあるけどね」 「あなたのお考えは?、まさか宇宙人が連れ去ったと思ってるんじゃないんでしょうね」 やはり完璧に仕事がらみだったのだ、“ああ”とScullyは思った。 期待したわけでもないが、せめてクリスマスぐらい、他の事を考えてくれればいいのに。 こんなことなら、やはり、実家に帰って家族と過すほうが正解だったのかもしれない。 「聞きたい?」 Mulderは全然気にしていない。このてのことは、多分、彼にとって「趣味と実益」を兼 ねているに違いない。 「ご参考までに」Scullyの答えに肯いて、Mulderは一言だけ答えた。 「満月がもうすぐなんだよ、Scully」 やっぱり、妙なことを…、Scullyは肩を竦め、Mulderの少し後ろを黙って歩いていった。 ・ 3:00PM MulderはScullyのために助手席のドアを開けてから、運転席に乗り込んだ。 「どう思う?」 ゆっくりとアクセルを踏み込みながら、Mulderが尋ねる。 ******************************** 4頭の狼は、森を意識したような思ったよりも広い柵の中に、じっと座っていた。 その奥には、コンクリートの建物があり、雨の日や夜はそこに移されて休むのだと園長は 二人に説明した後、2日前の夜、一頭の雌の狼がいなくなって、建物の鍵を管理していた 飼育係が警察に連れていかれた、と続けた。 「Robert Dowelは30年以上も飼育係をしている男で、とてもそんなことをする人間だと も思えないんですがね」と、「ただ、檻の中で女を見たとか、ちょっと妙なことを言うも んですから…」園長は最後の言葉を濁していた。 ********************************* 「Robert Dowelは今、精神鑑定を受けている最中らしい」 MulderがScullyの横顔をチラリと窺うと、察したScully首を横にふった。 「いいえ、Mulder、行くならあなた一人で行って。私はこれから、ちょっと用があるの、 Simon's Streetの角で降ろしてちょうだい」 「君はなんでもお見通しなんだな」 Scullyの意外な答えにMulderは戸惑いながらも、思わず笑顔が零れた。 「そんなこと…あなたを少しでも知っている人間なら、すぐに思い付くと思うわよ」 Scullyが楽しそうに言い返した。「あなたの行動はとってもシンプルだもの」 「それってバカって言われたような気がするんだけど…」 Scullyは笑顔になり、ちょっと付き合ってやってもいいかな、という気持ちになっていた。 これがいけないんだと、自分でもわかっているのだが。 「いいわ、Mulder、Robertを訪ねるのは明日にしない?午前中に片づけましょう」つい に、Scullyはそう答え、Mulderはニヤリと笑ってみせた。 ・Alan's Apartment 7:00PM 昨日と同じ窓辺に座ったScullyに時折目をこらしながら、Alanは黙々と筆を動かしてい た。 「話し掛けてもいい?」 かれこれ3時間ほど続いた沈黙を破って、Scullyは尋ねた。 「あ、ごめんなさい、疲れましたよね」 Alanはあわてて自分の腕時計を見ると 「わあ、もう7時過ぎてる…すみません、夢中になるとすぐ時間がわからなくなって」 そういいながら、筆を置き、近くにあったボロギレで手についた絵の具を拭いている。 「Lindaはどうしたのかな、と思って」 Scullyの質問に、Alanは一度息をのみ、一瞬、微笑んで、彼女を真正面から見詰めた。 「Lindaは…今はEast sideの墓地に眠っています。去年のクリスマスイブに死んだんで す、プレゼントも渡せなかった…救急病院に運んだ時は、もう手後れで…、」 「ごめんなさい」Scullyがとっさに謝る。まさか、亡くなっているとは思わなかった。 ただの興味本位で、質問したことをScullyは後悔していた。 彼が話してくれるまで、待っていてもよかったのに、Alanがあまりに気持ちのいい青年で、 女性に振られるような男には見えなかったので、それで気になってしまったのだった。 「病院の椅子に座っていると、いろんな人が来るんですよね、ドラッグの売人とか逆襲さ れた強盗とか、子供や老人や男も女も…で、助かる人もいるし、助からない人もいる。僕、 神様はどうやって生かす奴と、殺す奴を決めるんだろうって思ったんです。僕にはLinda しかいなかったのに…」 彼は既にきれいになった指から、見えない絵の具をとるように、熱心拭きつづけている。 「それは…運命なのよ、Alan、人間にはどうすることも出来ないわ」 Scullyはたまらなくなって、口を挟んだ。 「彼女は看護婦だったんです。夜勤の帰りを薬でおかしくなった連中に襲われた。それを 苦にして、自殺を…それも運命だって、あきらめろって言うんですか?」 (唯一の人を亡くすこと、例えば私が…)ふいにScullyの頭にMulderの顔が浮かんだ。 (例えば私がMulderを失うようなものなのだ)と…Mulderを? 「それは出来ないかもしれないわね、でも…」 「いいえ」と、Alanが顔を上げ、布を床に落としてScullyの言葉を遮った。 「すみません、八つ当たりでした、あなたには協力してもらってるのに…、あ、おなかす きましたよね、何か作ります、僕、前にレストランの厨房でアルバイトしていたことがあ って、結構料理上手なんですよ」 急に明るく振る舞うAlanは痛々しいほどで、Scullyはそれに何も答えられなかった。 Scullyは、狭いキッチンに立つ彼の後ろ姿を、抱きしめてやりたい衝動にかられる。 でも、彼は望まないだろう、そんな慰めなど、彼の役には立たない。ただ、Lindaだけが、 多分、あの絵を仕上げることだけが、彼を救えるのかもしれない。 * ******************************** 同じ頃、Mulderは、路肩に止めた車の中で、ハンドルにもたれ、窓を見上げていた。 窓辺に座って、誰かと話しているScullyが見える。 “ふう”と大きくMulderはため息を吐き、疲れたように目を瞬いた。 ・ Lone Gunmen's Office 10:00 PM 「Alan Foster…」 Langlyの横でMulderがパソコンの画面に見入っている。 「清掃会社に勤務か…」 「前に一度、駐車違反をやってるだけで、真っ白だ」 Frohikeがつまらなそうに、覗き込んだ。 「わざわざ、ハッキングまでして情報を手に入れなくちゃいけない奴なのかね」 「まさか、こいつが地球外生命体っていうんじゃないんだろうな」 Byersの質問にMulderが笑って首を横にふる。 「そんなんじゃないんだ、ちょっとね」 「Scullyがらみか…」Langlyがニヤリと笑ったのを見て、Mulderはちょっと頬を膨らま せてみせた。 「なに、すぐわかるさ、君がはっきり言わないときは、彼女絡みが多いから」 「ああ、Mulderは結構シンプルだからな、行動が…」 Langlyに加えてFrohikeにまで言い募られるMulderをByersは心の中で肯きながらも、 何もいわず、ただ苦笑いしながら見ていた。 ・精神病院 病室 11:00AM Robert Dowelは50歳を過ぎた痩せた男だった。 「俺が夜、見回りをしていたら、狼の檻の中に裸の女がいた」 彼は動物園で30年近くもまじめに働いており、これまで何の問題も起こしたことがなか った。子供の頃にかかった病気の後遺症で、多少言語障害が残っており、それを気にして か無口で、同僚よりは動物達と過す時間のほうが多いタイプではあったが。 「俺はその女に“どうしたんだ?”と尋ねた。女は“ここから出してくれ”と言った」 「それで、君は出してやったわけだ」Mulderが後を続ける。 「ああ、あんただってそうしたさ」 Robertは首を竦めるようにMulderを見た。 「その女の人は、なぜ、檻に入ることになったのか、あなたに説明したの?」 壁にもたれて立っていたScullyが質問する。 「誰かにいたずらされたんだろうと思って理由は聞かなかった、でなきゃ、あんなところ、 入れるわけはないんだ」 RobertはScullyのほうを見ることもなく、自分の足元だけを見つめて答える。 「でも、鍵は君しか…」 「ああ、そうさ」Robertがいらいらしたように、Mulderの言葉を遮った。 「女が狼と一緒に檻の中にいて、出してくれと言って、俺は出してやった、俺のしたこと はそれで全部だよ」 Robertは吐き出すように一気に話し、格子のはまった窓から外を見つめる。多分、もう何度も 説明させられていることなのだろう。Mulderはこれ以上、彼に何か聞いても、何の答えも得ら れそうにないなと見切りをつけた。 「いろいろありがとう、Robert」 Mulderの言葉にScullyがドアを開けると、Robertが大きくため息を吐いた。このままで は何の解決にもならないことが、彼自身にもよくわかっているに違いない。 「その女の似顔絵を描くのに、協力してくれないかな」 Mulderの言葉にRobertは一瞬迷うような表情を見せた。 「覚えてる範囲だけでいいんだ、Robert」 Robertは窓の外を見たまま、かすかに肯いた。 * ***************************** 「何を考えてるの?」 車へ戻る為に駐車場を横切りながら、ScullyはMulderに尋ねた。 「さあね」 Mulderが首を竦める。 「Robertの言うことが正しいとすれば、狼が女性になったんだろ」 「そんなこと…信じられないわ」 Scullyは先を歩くMulderに追いつきながら、彼の顔をチラリと見上げた。 Mulderはポケットを探って、車のキーを出している。 「世の中にはいろいろ、信じられないことがあるもんさ」 彼は、Alan Fosterのアパートの窓を思い出しながら、Scullyにそう答えた。 ・ Alan's Apartment 6:30PM 「…できた」 殆ど2時間以上、一言も口をきかず、キャンバスに向かっていたAlanの声で、Scullyは、 自分の思考から引き戻された。 「できたの?」 AlanはScullyに優しく微笑み、キャンバスを彼女の方に向けてみせる。 美しい赤い髪の女性が、白いシーツで体を包み、こちらに満面の笑みを浮かべている。髪 の色とシーツ、窓の外に見えるグレーの空のコントラストが美しい。 「奇麗な人ね」 Alanは満足そうにキャンバスを戻し、Scullyの方に近づくと、彼女の腕に右手をかけ、 その肩にゆっくりと頭を乗せた。 「ありがとう、あなたのおかげです」 Scullyは微笑んで、Alanの髪に頬を寄せる。 Alanの体温がScullyに伝わる。彼は泣いているのかもしれない、シャツを通して暖かい ものがScullyの肩の辺りに感じられた。 きっと、LindaとAlanは、周りの人から羨まれるようなカップルだったのだろう。 死んだ後もこんな風に思ってもらえるなんて…Scullyは空いているほうの手で、彼の背中 を優しく包んだ。 「本当にありがとう、お世話になりました、感謝しています、Dana」 終わったのだ、とScullyは悟った。もう、このアパートに来ることもない、自分はただの モデルだったのだから、彼女の身代わりに過ぎなかったのだから。 役目を終えた後の満足感と僅かな落胆が、Scullyの胸を過ぎった。 「これから、この絵をLindaに見せてやろうと思って…」 そう言いながら、Alanはポケットから、小さな包みを取り出した。 「すみません、こんなものしか…、お礼です、受け取ってください、Dana」 受け取ったScullyが開けてみると、それは、ツリーに飾る小さなおもちゃの天使だった。 「素敵ね、ありがとう」Scullyが微笑むと、Alanが幸せそうな笑顔で肯いた。 “さて…”と自分に声をかけ、Scullyはドアを開ける。 「楽しいクリスマスを、Alan」 「あなたも、Dana」 Alanの笑顔をもう一度確認して、Scullyは小さく手を振り、そっとドアを閉めた。 ・ Mulder's Apartment 7:30 PM なぜ、ここへ来てしまったのか、Scullyは自分でもよくわからなかった。Alanの部屋を 出て、クリスマス一色に飾りつけられた街を歩いているうちに、今日がイブだと気がつい た。“そうか、Lindaは去年のイブに亡くなったんだった”と思った、そして、シャンパンと、 小さなケーキーを買って、家でのんびり過そうと思ったところまでは、覚えている。 それが、いつのまにかここへ来てしまった。Mulderのところへ… Scullyは大きく息を吸い込み、お馴染みのドアをじっと見詰めてから、踵を返した。 “馬鹿馬鹿しい、彼と会えば、また例の狼の話だ、クリスマスなんて、彼には関係のない ことなんだから” 彼女が振返った瞬間、エレベーターのドアが開いて、ジョギング姿のMulderが出てきた。 “しまった”と思ったが、もう遅い、廊下には隠れるような場所は全くないのだ。 Mulderの方も驚いていた。どういう関係かわからないにしろ、今夜もAlanと一緒なのは 確実だと思っていたScullyが立っている。 「やあ、どうしたんだ? Scully」Mulderの方が一瞬早く反応した。 「あ…」と彼女は息をのみ、「ええ、あの、今年は雪がひどいって天気予報が言うから、 ママのところへ帰るのをよしたの、それで…」と、言葉に詰まる。 「あの、シャンパンを買ったの」 ScullyがMulderの目の前で、シャンパンのボトルを振ってみせた。 「いいね」Mulderは微笑んで、アパートのドアを開ける。 「ちょっとシャワーだけ浴びてもいいかな」 そう言いながら先に立つMulderについて、部屋に入りながらScullyは、なんとなく、二 人の間の空気がいつもと違うのを感じて、思わず軽く咳払いした。キッチンに移動して、 持ってきたシャンパンのボトルとケーキの箱をしまうために冷蔵庫のドアを開けると、隅 に乾燥しきったチーズがゴロリと転がっているだけで、あとはビールだけだ。 相変わらずの様子に思わず苦笑し、かすかにシャワーの音を聞きながら、Scullyはぶらぶら とリビングルームのほうへ歩く。 こうやって、Mulderの部屋で過したことが何度あっただろう。彼と、なぜ、こうも自然 に過せるのだろう、今となっては実の兄と二人で過す方が、自分には不自然かもしれない とさえ思う。 金魚の様子を観察してから、机に近づき、コンピューターの周りに散らかった本や紙を取 りまとめていた。Scullyはふと、足元に落ちた紙に気がついてそれを拾い上げた。 それは女性の似顔絵だった。どこかで会ったことのある人のような気がしたものの、はっ きりとは思い出せない。Scullyがさらに良く見ようと、スタンドの電気を点けた時、突然、 彼女の脳裏に記憶が蘇った。 これはLindaに似ているのだ…あのAlanの描いた絵に似ているのだ…どういうことだろ うか? なぜこんなものがMulderの部屋にあるのだろう? 「Mulder!」気がついたときには、Scullyはバスルームに飛び込んでいた。 「これ、誰?」シャワーカーテンの向こうのMulderに尋ねる。 「何? 聞こえないよ、Scully」 「似顔絵よ、あなたの机の下に落ちてた似顔絵!」Scullyが大声を出す。 「ああ…」とMulderの声がして、シャワーがキュッという音で止まった。 「Robertが見た女の似顔絵だよ、Scully、さっき担当の刑事からメールで届いた、それで、 打ち出しておいたんだ、でも彼は証拠不十分で釈放されるそうだよ、精神鑑定も問題がないと されたらしい」 Mulderの長い腕がカーテンから伸びて、離れたところに置かれていたタオルを取った。 “どういうことなの?”Scullyはもう一度ジッと絵を見詰めた。“これはLindaだわ” Scullyの様子が少しおかしいのを察したMulderが、髪の毛を拭きながら、シャワーカー テンから顔を覗かせる。「どうした、Scully?」 Scullyはその声で正気に戻り、一度瞬きをしてから、大急ぎでシャワールームを飛び出た。 「Scully!」Mulderも慌てて続く。 上着を取り上げ、似顔絵の紙を握り閉めたまま、部屋を出ていこうとするScullyを、 「Scully!」Mulderはそう叫んで、呼び止めた。 こんなに取り乱した彼女を、そのまま一人で行かせるわけにはいかなかった。 「Mulder…」驚いたような表情でScullyがMulderを見つめる。 「あと2分待てよ、Scully、ちょっと着替えだけさせてくれ、このままだと風邪を引きそ うだ」 「一人で大丈夫よ、Mulder」Scullyがドアノブを回そうとする。 「2分だけだ、Scully」Mulderの強い口調に、Scullyが小さく肯いた。 ・ East side Cemetery 9:00PM キーンと冷えた夜の空気の中でLindaの墓石を見下ろして、Alanは持っていた花束をそ っと置くと、跪いてそばに置いた鞄の中からあの絵を取り出した。 「ねえ、Linda、見てご覧よ、君の絵がようやく出来上がったんだ」 Alanは両手で絵を持ち、墓石の横にペタンと腰を下ろすと、 「君に見せたくて来たんだ、Linda、クリスマスの夜は二人で過したくてね」 言いながら絵をLindaの墓石に見えるように、掲げてみせた。 「さすがに寒いなあ、月はきれいだけど…君みたいだ、なあんて、本当だよ」 Alanが絵を一旦墓石の前に置き、両手に息を吹きかけながら空を見上げると、黄色い真ん丸 の月が、暗い空に浮かんでいるのが見えた。 その時、ふと、暖かいものを右手に感じて、Alanは振返った…そこに灰色の大きな犬がいた。 Alanは反射的に立ち上がる。違う…それは狼だった…下から見上げるような視線が犬とは違う。 なぜ…と考えるより、恐怖が先行した、Alanは走り出したい衝動に駆られる。 「Alan、動いちゃダメよ」 突然自分の名前を呼ばれたAlanが声の方を見ると、Scullyがもう一人と一緒に拳銃を構 えて走ってくるところだった。「Dana!」 一方で“く〜ん”と甘えるような声に思わず、Alanが狼を見ると、それはLindaの絵の そばにジッと座って彼を見上げていた。少なくとも危害を加えるつもりはないらしい。 まるで何か言いたいことでもあるように、狼はじっとAlanを見上げている。 「なんなんだ…」Alanは狼と見詰め合う。 「Alan…」Alanは心で自分を呼ぶ声を聞いた。 「Linda?」意識はしないまま、いつのまにか、Alanは狼に呼びかけていた。「Linda… Lindaなのか?」言葉に出してみると、その狼がLindaであることは確実だと思えてくる。 歩調を緩めて近づいてきていたScullyとMulderは息を呑んだ。 明るく輝く丸い月の光がAlanの周りに降り注いだかと思うと、狼全体が輝き、その中か らLindaが姿を現したのだ。 「Mulder…」Scullyは立ち止まって、Mulderの腕をつかんだ。「これ、どういうこと?」 Mulderは黙って、じっとAlanとLindaを見入っている。 LindaがゆっくりとAlanに近づいて、彼の首に両手を巻きつける。それに応えるように Alanが彼女を抱きしめた。二人がしあわせそうに微笑んでいるのが見える。彼女を失って本当 に傷ついていたAlanをScullyは思い出した。これで少しは、彼の心が癒されるのだろうか。 やがて、そのままLindaの体は、Alanに溶けるように消えてしまった。 ・ Mulder's Apartment 11:00PM Mulderの部屋に戻って、Scullyは窓から月を見上げてみた。 月はまるでさっきの出来事など何も知らなかった様に、夜空で輝いている。自分が小さい 頃から何度も見た月と全然変わらなかった。 ScullyはポケットからAlanのツリーの天使を出すと、窓の留め金にそっとぶら下げてみ る。それだけで、殺風景なこの部屋が少し、暖かくなったような気がした。 「ねえ、Mulder…」 Scullyが振返ってMulderに、話し掛けた。 「私ね、今、変なこと考えてるの」 Mulderは冷蔵庫から出したシャンパンのボトルと有り合わせらしいカップを持ったまま 立ち止まり、“なに?”という顔でScullyを見つめた。 「あの狼が…Lindaの生まれ変わりだったんじゃないかって、それでAlanに会いに来た んじゃないかって…」 Scullyはそう説明しながら、自分でも少しおかしくなってきて微笑んだ。 「そんなことあり得ないわ、説明がつかない、でも、なぜか私、今回のことは、そう信じ ることが出来るのよ」 MulderがそんなScullyを見つめて、ニヤリと笑う。 「これで君もスポーキーの仲間入りだな」 「そうよ」Scullyはわざと彼の顔を睨み付けた。 「あなたのせいだわ、Mulder」 Mulderが一瞬、ポカンとした顔をする。 「あなたの影響で、こんな話、信じるようになってしまったの」 Scullyはわざと頬を膨らませた。 「そのお詫びに明日のChristmas Dinnerはあなたに奢ってもらわなきゃ」 「いいよ…」Mulderが一瞬“フッ”と笑い、その後で大きく肯いて、彼女を見つめた。 窓から覗く月を受けて、Scullyが本当に美しく見える。お互いを信じあい、いつも危険と 戦ってきた自分のパートナーはこんなに奇麗だったのか、とMulderは改めて実感した。 「開けて、Mulder」ScullyがMulderの手から二つのカップを受け取って促す。 “ポン”という軽い音がして、シャンパンの栓が高く飛ぶ。 「Merry Christmas!」二人は声をそろえ、子供のように笑い、Mulderはちょっともっ たいぶって、ボトルを傾けてシャンパンをScullyが持っているカップに注いだ。 “チン”とカップを合わせ、ちょっと見詰め合って、目をそらす。 喉に流れ込んだシャンパンが体中に染み込んでいくのを感じながら、Scullyはたった一つ しかないカウチに腰を下ろした。 「私、結局、Alanに何もしてあげられなかった」 ScullyにつられるようにMulderが、彼女の隣に座る。 「彼がとても孤独に見えたの…なんとかしてあげたかった、でも、私は近づくこともでき なかった」 Mulderは何気なく、カウチの背に腕を回した。 「彼はいつも一線を画してしたわ、私に決して踏み込ませなかった」 そう言いながら、ScullyはLindaがAlanの腕の中に吸い込まれるように消えてしまった 光景を思い出していた。 「考えてみれば、彼は孤独なんかじゃなかったのかも知れないわね、ただLinda以外の人 を受け入れられなかっただけかも知れない」 「君は…」Mulderが何か言いかけた。 Scullyは彼を見上げて続きを待つ。「なに?」 “君はあの部屋でなにをしていたのか”とMulderは言い出しそうだった。Alan Foster の名前を知ったときの、わずかな自分の心の重さをMulderは思い出していた。あの時、 てっきり見失ったと思った彼女が、こうやって手を伸ばせば届くところにいるのだ。 「君は十分やったさ、Scully」 カウチの背に回していたMulderの手が自然に彼女の髪に触れる。 Scullyが目をそらせて俯く。 二人の間に、優しい沈黙がながれる。 これまで何度、こういう気持ちになったことだろう、とMulderは考えた。Scullyの気持 ちが分からずに、何度自分を押さえてきたことだろう… ついにMulderはScullyのほうに僅かに体を寄せ、空いているほうの手で彼女の手を包ん だ。Mulderの体温を直に感じたScullyが一瞬目を閉じた。その瞬間、彼の唇が、彼女の 頬に優しく触れる。 「僕も同じかもしれない、きっと君なしではいられないよ、Scully」 「そう?」やっとそれだけ答えて、Scullyは頭を彼の肩に預け、体重を預ける。 Mulderは一瞬自分の腕の中の彼女を見つめ、そして優しく頬に触れて、指を顎の線に沿 わせ、わずかに持ち上げてから、そっと唇を重ねた。 「僕は行動がシンプルなんだ、Scully」 照れたような笑顔のMulderに、Scullyも微笑んだ。 「最高のChristmasだわ」 Scullyの言葉に肯きながら、Mulderは彼女を抱き寄せた。 そんな二人を、窓辺から月と天使だけが見ていた…