DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. この物語はあくまでも作者個人のフィクションです。 ==================================== Title:「The Star of Bethlehem」 Author:めいしゅう Spoiler:「MAX」 ==================================== 街には光が溢れ、鮮やかなデコレーションが道を、建物を、人を彩る。 突き刺すような大気の冷たさも、その華やかさをむしろ助長しているかのようだ。 時はクリスマス。一年のうちで最も街が息づく時間。 そしてそれは、普段お堅いイメージでそびえ立つ官公庁も同様だった。 「クリスマスパーティ? 管内で?」 スカリーは目前に出されたへなへなの帽子と、それを持ってきた同僚とを交互に見て言った。 「本気なの、アニー?」 「もちろん。会場はフィゼリアホテル、23日の夜にね。出席できるなら会費をどうぞ」 「ええまあ、出来るけど…皆参加するの?」 「ええ、帰省で出席出来ない人を除けば、ほとんど出席するわよ」  仮にもFBIでねぇ…胸で呟きながら、スカリーは募金よろしく帽子の中に数枚の 紙幣を入れた。帽子の中はかなりの厚みができており、彼女の言葉は間違いないようだ。 「ありがとう。そうそう、当日はスーツ禁止だから、よろしくね」 「男性も?」 「もちろん。燕尾服とまでは言わないけど、ビジネススーツはダメって事になってるわ」  スカリーは頭を抱えた。  いったい誰が企画立案したのか知らないが、学生並にノリに乗った企画だ。 「僕は行かないよ。そんな事につきあってられないし、その頃には家に帰ってる」 「と、思ったわ。お母様によろしくね」 「君は参加するのか?」 ムッとした瞳で見上げてくる相棒の目を見おろして、スカリーはすげなく頷いた。 「最近、ホテルでパーティなんてものに縁がないから、久しぶりにね」 「虚飾は人格の品を下げるというよ」 「誰が言ったの?」 「僕」 思わず無言で天井を見上げる。 「とにかく、あなたは22日からクリスマス休暇なわけね。それまでに片づけられる 物は片づけてしまいましょ」 それから、嫌味のように溜まった書類を片づけて、気づいたときは21日の夕方。 「それじゃ、気を付けて」  と、相棒を見送ったまでは良かったのだ。 凝った肩を片手でほぐしながら、エレベーターで地下駐車場まで降りようと中に乗り込み、 閉ボタンを押し掛けた時、すんでの所で駆け込んで来た人影があった。 「ごめんなさい!」 慌てて扉を開く。息を切らして頷いた人を見れば、それは彼女が良く知る人物だった。 「スキナー副長官」 「良かった、間に合った」 「何かありましたか?」 張りつめた声で尋ねたスカリーを見て、彼女と彼女の相棒直属の上司は可笑しそうに笑った。 「私が呼び止める時は何か問題が起こった時だと思っているんだな、スカリー捜査官」  その通りだとは言えず、思わず彼女は視線を彷徨わせた。 「すみません。何か御用で?」 「さっき、そこでモルダーに会ったんだが、彼は帰省するそうだな。例のパーティには 参加しないのか?」 「ええ。…と言うことは、副長官はご参加?」 「特に予定もないのでな。それで相談なのだが」 「はい?」 「君も参加するとアニーに聞いたんだが、エスコートは決まっているのか?」 「…あ」  しまった、とスカリーは舌打ちした。そうだ。ホテルでのパーティというのに エスコートがないのは変だろう。といって、一人で参加するのを躊躇するほどヤワな 彼女ではないが。 「いいえ」 「だと思った。私がしてもかまわないかな?」 「貴方が?」  驚いて彼を見上げる。ばつの悪そうな顔で、上司は頭をかいた。 「妻が急に寝込んでしまったんだ。一人で行ってもかまわないんだが、君の相手だけは 聞いていないと、アニーから聞いてね。モルダーは帰省するというし」 「ああ、それで」  モルダー以外にエスコートする相手がいないと思われているのも何か引っかかるが。 「でも、お願いしてもいいんでしょうか?」 副長官が仮にも部下の女性をエスコートして現れたらうかつに噂になりかねない。 それとなくそう仄めかすと、副長官はああ、と頷いて笑った。 「聞いていなかったのか? 明日は無礼講だそうだよ。だから会場もここでなく ホテルを取ったとか」 「本当にノッてるんですね…」  思わずこめかみを押さえる。まったく、誰が考えたのだか。 「それじゃ、お願いします。あぶれ者みたいですみませんが」 「光栄だ。じゃあ、明日に」  丁度その時、エレベーターの扉が開いた。駐車場に着いたのだ。  にっこり笑って出ていく上司を、スカリーは何かくすぐったい思いで見送った。  次の日の夜。 今日は、昼から職場が浮ついていた。いつにないイベントに、誰も彼もひそひそ話を 持ち寄っていたようだ。スカリーはそれには全く頓着せず、ようやくなだらかになった 書類の山に一息ついていた。これで安心して新年を迎えられるというものだ。 仕事を終えて更衣室に行き、あまり人がいないことに少し驚いたがすぐに判った。 皆美容室に行くために早く出ていたらしい。やれやれ、と思いつつも昨夜クローゼット から引っ張り出してきたドレスをロッカーから取り出すと、少し嬉しくなった。  こんな時、やはり自分は女だなと思う。綺麗な物を身につけると嬉しい。身だしなみ であるのとはまた別の感覚だ。彼女の相棒には理解しがたいだろうが。  スキナーがホテルの前で綺麗に飾り立てられた外観を眺めていると、後ろから「sir」 と聞き慣れた声がした。振り向いて、頬を緩める。 「すみません、お待たせしましたか?」  いつもかっちりとしたスーツを纏っている彼女が、白い肌によく映るクリーム色の ドレスに身を包んでいる。それでも職場のパーティという事を気づかってか、けして 派手なものではない。ノースリーブの短めのタイトスカートの上から、同色の柔らかな ガウンを羽織っている、シンプルなものだ。それでも、いつも身につけているクルスの ネックレスと柔らかく結った髪にさしたクリスマス・ローズが、彼女を一輪の白い百合 のように見せていた。 「とても綺麗だ。これは役得だな」 「光栄ですわ」  無骨な褒め言葉に、思わず微笑が零れた。 「もう始まっているんですか?」 「いや、だがもうすぐだろう。行こうか」 「そうですね」 「ではどうぞ、レディ」  腕を差し出されて、笑いながら手を絡めた。初めて父親に手を取られてパーティに参加 したのを思い出す。父親がエスコートなんか恥ずかしいと駄々をこねた自分に、「いつか はいいよ。でも、今はパパがエスコートしよう。スターバック」と父は言ったっけ。  スキナーは父親のような年ではないが、スカリーや彼女の相棒の仕事を苦虫を噛みつぶ したような顔をしながらも時には助け、時には叱責する役割から、どうしても庇護者のイ メージを拭い去れない。それが今はどこか鯱張って礼装に身を包み、自分をエスコートし ているのを見ると、思わず微笑がこぼれるのを止められない。 「…何か可笑しいか? Ms.scully」 「い、いいえ。すみません」 「笑っているじゃないか」 「気のせいですよ」  苦労して笑いを噛み殺し、二人は煌々と明かりの灯るホールへと入っていった。  どんなものかと内心で心配していたパーティは、ノッてはいたがそれはやはり大人の ノリで、上質のワインと料理に彩られたものだった。スキナーの紹介で新しい知人も増え、 日頃敬遠されていると思っていた同僚が案外ユニークな人物だったり、知り合う機会を 逃していただけだと知る事もできた。スキナーにエスコートを頼んだのは想像以上に 良かったのかも知れない。  スキナーが上官に呼び止められたのを機に、スカリーはワインの火照りを冷まそうと バルコニーへ出た。冷たい外気が、人いきれで火照った肌にむしろ気持ちが良い。  夜空は良く晴れている。都会の常で星はあまり見えなかったが、それでもいくつかの 星が煌めいているのは判った。中でも目についたのが、今のぼってきたばかりなのか、 低い空で輝くひときわ明るい大きな星だ。  ベツレヘムの星だわ。  スカリーは口の中でつぶやいた。  東方の三賢人や羊飼い達を幼子イエスのもとへと導いたという、天使の星だ。  ぼんやりとそれを見つめていた時、視界の隅を何かが動いた。  「あ」  流星。 ひとすじ夜空を掃くように流れたその軌跡を追って視線を動かしたスカリーは、驚きに 目を見はった。バルコニーから続く緑に沈んだ中庭に、そこにいない筈の人物を見たのだ。 「モルダー?!」 「やあ、スカリー」 「どうしてここへ? 家へ帰ったんじゃなかったの?」 「忘れ物をして、途中で戻ったんだ」 「忘れ物?」 普段着にコートを羽織った彼の笑顔に誘われて、スカリーはバルコニーを降りた。 「誰かと思ったよ」 モルダーの言葉に、ああ、と頷く。 「変? 最近、ドレスなんて着ないから」 「いや、綺麗だよ」 「…あなたからそんな事言われる方が珍しいわね」 「ひどいな。言った事なかったっけ?」 「ないわ」  そうだったかなぁ、と惚ける相棒を苦笑混じりに見上げる。 「で、忘れ物って何なの?」 「ああ、これを」  モルダーはポケットを探り、小さな紙包みを取り出した。 「メリークリスマス、スカリー」 「…私に?」  スカリーは驚いて手のひらの中の包みを見つめた。 「モルダー、いったいどうしたの?」 「いいから、開けてごらんよ」  苦笑を浮かべたモルダーが彼女を急かす。  言われるままにリボンを解き、袋を開ける。さらり、という小さな音と共に、 スカリーの手のひらに金色の鎖がこぼれ落ちた。 「これ」 「何て言ったっけ、ブレス…ああ、忘れたな。アクセサリーの」 「…ブレスレット?」 「そう、それだ」 スカリーは驚きに目を見開き、手の上の金鎖と楽しそうな相棒の顔を交互に見た。 「モルダー」 「何だい?」 「前に貰ったキーホルダーとは随分違うわね」 「あ、気に入らないかな?」 「そんな事ないけど… 」 「僕はもっと格好いい物がいいと思ってたんだが、店の主人が、女性にあげるんなら こっちにしとけ、悪いことは言わないからって言うもんだから…」  困ったような顔で言う彼に、スカリーは思わず吹き出した。店員はさぞかし げっそりした事だろう。彼にプレゼントらしいプレゼントをする気にさせるなんて、 凄腕だ。 「ありがとう。嬉しいわ」  にっこりと笑って言うと、彼は満足の笑みを返した。ふにゃ、という擬音が 似合いそうなその笑顔を持続させたくなって、スカリーは鎖を手首に巻きつけた。 「僕がやるよ」  モルダーが手を取る。華奢な金鎖は彼の大きな手にはなかなか思うようにならず、 二つの輪をかけるだけの些細な行為には過剰な時間がかかったが、スカリーは我慢強く 待っていた。ようやく鎖がつながり、モルダーは「出来たよ」と誇らしげに彼女を見た。  彼女の白い手首にからまる細い光の紐。スカリーは月の白い光にそれをかざして見る。  「綺麗だわ」  微笑んでそう呟いた彼女が。  何より一番綺麗だと、モルダーは思ったが口には出さなかった。  彼女のリラックスした笑顔は、何よりモルダーに平穏を与えてくれる。 ともすれば一人でいる時ですら仕事の時と同じ生真面目な表情をしている彼女の、 別の顔見たさに彼女を驚かせたり怒らせたり…そしてその度に暖かな幸福を感じる。  目を伏せて自分からの贈り物を嬉しげに見つめている姿などは、中でも秀逸だ。  じっと鑑賞していた金褐色の睫毛がふいに上がり、青い瞳が彼を見つめた。  それがすっと近づいて、頬に柔らかいものが触れた。思わず瞼を綴じる。  彼女がいつもくれる、暖かいものが伝わってくるのを感じる。乾いていた胸の内を うるおし満たすもの。この世に一人きりではないと信じられる何かを。  唇を離すとスカリーは頬に血が上るのを感じながらも、彼の耳元に「Merry Christmas」 と囁いた。 「ごめんなさい。私、何にもお返しを用意していないわ」 「気にしなくてもいい」 「でも、誕生日の時だって」 「いいって。…今ので充分だよ」  スカリーは思わず耳を紅く染めて俯いた。小さく笑う。 二人とも、癒しきれない傷を心に抱えながら、それでもこんな時、幸福だと思う。 たとえ互いで互いの虚ろを満たしきることができないとしても。 「これから行くの? 着くのが夜中になるわ」 「今日、行くって言ったからな。今日中に着けばいいだろ」 「あなたって…」  頭を抱える。こんな息子を持った母親に同情せずにはおれない。 「…そこまで送るわ」 「いいよ。君が先に戻ってくれ」 「でも」 「いいから」 「そう?じゃ、あなたも気をつけてね」 「はい、お姫様」    軽い一瞥を残してバルコニーへ駆け上がっていくクリーム色の後ろ姿。  まるで天上から見おろすようにバルコニーで振り返り、その白い影が手を振る。  …背中に羽根がないのが不思議なくらいだ。  天使が明るい光の中へ戻っていくのを見届けて、モルダーはきびすを返した。  夜空ではひときわ明るく輝く星が、彼の行く道を照らしていた。 ========================== THE END Have a Merry Christmas and A Happy New Year !! めいしゅう oshiro-5@ii-okinawa.ne.jp