DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Don't Pass Me By』 AUTHOR    Ran FOR ひよさん ** HP開設おめでとうございます ** ・ Washington D.C/East Side Park Thursday 05:30 am 朝もやの公園のなか、鬱蒼とした木々の間の小道を、スカリーは走っていた。 最近、定期的な運動を怠けていたわりには、息が続く。 朝の澄んだ空気を肺に送り込みながら、スカリーはさりげなく、周りの様子を確認した。 少し離れたところに犬を散歩させている老人の姿が見える…しかし、あの老人では… (No.3 そっちはどうだ?) 耳に指したイヤホーンから、スキナーの声が響く。 「特に異常ありません」 老人がゆっくりとベンチに腰掛けるのを見送りながら、彼女は小声で応じた。 この3ヶ月間、この公園の中で連続殺人が発生していた。 被害者はいずれも女性で、早朝のジョギング中に背後から襲われてたものと見られている。 死体はいずれもレイプの後はなく、貴金属などの貴重品も奪われた形跡なない。 木の影や草むら等、人目につきにくい場所に放置されており、最大の特徴は大量に血液を 奪われていることだった。 市警は3ヶ月間にわたって極秘に捜査を続けていたが、物的な証拠は何も出ていない。 犯人は完全な秩序型で、誰にも目撃されず、指紋や髪の毛は当然のことながら、被害者の 爪の間などからも皮脂は発見されなかった。 3人目の被害者が上院議員の血縁者だったことで、FBIが期限付きで捜査協力に乗り出した のだ。 FBIと市警は6名の女性の捜査官を中心に囮捜査を決め、スキナー自身がその指揮をとって いた。 スカリーもダイアナもこのチームに振り当てられ、この一週間はXF課を離れて捜査活動を することになっている。 公園の出入り口に取り付けられた望遠カメラで、公園に出入りする人間はチェックされ、 警察は総動員で調査を行っていた。 前の被害者が殺害されてから既に3日間が経過していたが、犯人は現われなかった。 “犯人は場所を変えることにしたのかもしれない…私達の動きを察知して” 遠くの角を一人の男が曲がってくるのを見つけ、スカリーに緊張が走る。 「こちらNo.3、向こうから男がきます」 スカリーが胸元のマイクに囁く。 「時間:5:40 男性、グレーのウエア、胸にヤンキーズのロゴ。25〜30歳、身長 175センチ、 体重 70キロ、金髪…」 男の特徴を報告する。 男が白い息を吐きながら近づき、何事もなくスカリーとすれ違う。 「すれ違いました」 自分でも思わず、体が緊張していたらしく、男の後ろ姿を見送りながら、スカリーは大きく 息をはいた。 イヤホーンの向こうでスキナーの安心したようなため息が聞こえた。 時計の針はまもなく6時を過ぎる。 出勤前にひとっ走りする習慣の老若男女が、公園のあちこちに姿を見せはじめる時間だった。 (よし、今朝はここまでだ、全員引き上げろ) スキナーの声を合図に、スカリーは歩き出した。 ・ 会議室 8:30am 一旦、局のロッカーでスーツに着替えたスカリーがドアを開けると、スキナーと市警の刑事部長 のリッツが捜査会議が始めたところだった。 スカリーはドアから近い前列に空席を見つけ、椅子を引いて座る。 前方のボードには被害者の顔写真と現場写真が日付別に整理され掲示されていた。 人生を無理に放棄させられた彼女達…被害者同士に性別以上の関連性はなく、おそらく無差別に 狙われたものというのが、市警及びFBIの統一された見解だ。 これまでの努力も将来への夢も、無残に中断させられた彼女達を思うと、スカリーはやりきれな い想いを感じる。 こういう手合いの事件は何度経験しても、慣れるということはない。 むしろ自分が年を重ねるにつれ、“死”という時期が身近なものになるにつれ、スカリーのなか でそういう感情は強くなってくるのだった。 「被害者を不意に後ろから襲っていることから、犯人は内向的な性格で被害者との会話をすすめ ることも、気軽な雰囲気をつくることも不得手な、非社交的な人物だと思われる」 捜査支援課のジョン・ルーカーのプロファイルが始まる。 「血液を奪う作業の手際の悪さから、医療関係者を考慮する必要はない。犯人はおそらくブルー カラーで、機械関係、工業関係の仕事についているだろう、これまで市警の追求を交わしている ので、知能指数は普通以上、手口の特徴から年齢も30代半ば、精神分裂病の兆候も見られること から体型的には痩せ型というところだ」 『これは、僕の考えなんだけど…』 ふいに自分の後ろから聞き覚えのある声がして、スカリーはチラリと振返った。 2・3列後ろの席で、どうやって潜り込んだのか、チームの一員ではないモルダーがダイアナと 肩を寄せ合い、もう、ほとんど唇が触れ合わんばかりに顔を近づけ、小声で会話を交わしている。 『多分、言語に障害が…いや、とにかく、見た目にはわかりずらい障害があると思う』 『そうね、言語障害と犯罪者の関連はどこかで読んだわ』 ダイアナが相変わらずモルダーに調子を合わせて肯いた。 “相変わらず、見解は一致するわけね” まぁ…とスカリーは二人から視線を戻して、腕を組んだ。 確かに言語性IQの低さは左脳の障害を示している。子ども達について調査されたレポートでは、 学習障害があっても非行に走らなかった子どもには、一様に言語障害がみられないと報告していたし、 犯罪者の中で特に男性の割合が大きいのは、男女の言語能力の差に起因しているという説もあるし、 注目すべき点ではあるのかもしれない。 でも、犯人がサイコパスの場合これには該当しないことが多いんじゃないかしら… 『ねぇ、それより、これ、すごいニュースだと思わない?』 媚びるようなダイアナの声。 『…あなたと少し相談しておきたいのよ、フォックス』 “あぁ〜、フォックス、フォックス…、いったいここをどこだと思ってるのかしら” いちゃいちゃするのなら場所をわきまえたほうがいいと、スカリーはその理由をすりかえたことに 気がつかず、苛立ちをつのらせていく。 『週末のことだし…今夜はどう? あなたの部屋でもいいわ』 モルダーの返事は聞こえないが、彼がにやにや笑いながら承諾していることはほぼ間違いない、 とスカリーは大きくため息をついた。 結局、捜査会議はその後30分ほど続き、とりあえずは明日、もう一度公園での張り込みをすること になってお開きになった。 「明日、午前4時にこの部屋に集合してくれ」 スキナーの言葉を聞きながら、スカリーはメモ類をカバンに放り込んでから、廊下へ出る。 「オフィスに戻るんだろ、ランチを一緒にどう?」 廊下の壁にもたれて立っていたモルダーは、早足になるスカリーに余裕で追いつきながら、車の キィをちゃらちゃら鳴らす。 「いいえ、結構よ、お腹がすいてないの。それに私、午後はアカデミーよ。講師のハリー・ラッド が急病で代講するの、それよりダイアナを誘ったら?」 スカリーのほうはモルダーに付き合っている暇はないとばかりに、早口で言いながら、エントランス への階段へと向かう。 「ダイアナ? 急な呼び出しがかかったんだ、彼女も忙しいらしいな」 “誰からの呼び出しかしらね” それはさすがに口に出さず、一旦足を止めて彼のほうへ向き直ると、 「お心遣いどうもありがとう、モルダー捜査官、でも結構よ」 冷たく言い放って、一人で階段を降りていった。 “ダイアナが行ったから、私に声をかけるなんて、まったく冗談じゃないわ” 一方、モルダーはどうなっているのかわけもわからず、でもスカリーが“モルダー捜査官”と呼ぶ 時に不用意に近づかないほうがいいと過去の経験から悟って、早足にドアを抜けていく彼女の後姿 をただ黙って見送っていた。 ・ 6:30pm 夕暮れの中、店の照明が柔らかく町を包み始めている。 アカデミーでの仕事を終えた後、急に兄嫁の誕生日を思い出したスカリーは、お祝いを選ぼうと思い 立って立ち寄ったのだ。 スカリーは心当たりのある何軒かの店を見て廻ったが、、何しろ普段からあまり行き来のあるほう でもないので、彼女の趣味がわからない。時間ばかりが経っていき、スカリーはなかなか決められ なかった。 “どうしようか”とあきらめ半分の気持ちで、仕事返りの人々やこれからの夜に繰り出すカップル達 とすれ違い、ぶらぶらとショーウインドゥを眺める。 紳士服店の店先に飾られた趣味のいいスーツとネクタイを見ながら、ふいに今朝のモルダーとダイアナ の笑顔を思い出した。 2人の別離の原因はダイアナの転勤であって、大喧嘩をしたわけでもない…実際、今でもダイアナは よくモルダーを訪ねてくるし、モルダーのほうでもそれを煩わしくは考えていない様子だ。 例えばふたりが寄りを戻しても、少しもおかしくない状況に見えた。 なんのニュースか知らないが、きっと2人だけで共有できることだったに違いない。 誰であれ、あんな風に自分を見てくれる人間が側にいないというのも考えものだな… とスカリーはガラスに映る自分を一瞥した。 スーツの横には、大柄な花瓶に花々が飾られている。 そう言えば、急病になったハリーに花を贈ろうと思っていたのだと、スカリーは急に思い出し、 通りをぐるりと見回して花屋を探した。 花ならば、誰にでも好まれるものだし、贈られる側にもそれほど負担にならない、 そうだ、それならば兄嫁への誕生祝も一緒に選んでしまおう、思い立って気を取り直した彼女は、 数軒先にゆれる花屋の看板を目指し歩き出した。 ・7:20pm スカリーがアドレス帳を出して花を選び、送ってくれる様に店員に頼んで外に出る頃には、 いつの間にか街はすっかり暗くなっていた。 花屋の隣に建つマーケットの明るい照明に立ち止まって冷蔵庫の中身を思い出し、パスタとスープ ぐらいは作れると見極めて、パーキングに向って歩き出す。 その時だった… スカリーは、通りを挟んだむこうの感じのいい、新しくできたイタリアンレストランの窓際の席に、 見慣れた人物を発見した。 思わず手をあげ、反射的に声をかけようと、通りをわたりかける。 しかし、彼女は立ち止まった。 キャブがスピードをゆるめずに鼻先をかすめるように走りすぎるのを呆然と見詰める。 (よく考えなくちゃ、ダナ)そう言って自分を戒めた。 モルダーがひとりでこんなレストランに来るはずがなかったのに。 小さなブーケが飾られたテーブルに座って、モルダーが笑っていた。 彼の前にはダイアナが足を組んで座っている。 なんだか、みじめな気がした。(私ったら、何をしようとしんだろう)くるりと踵を返す。 早く家に帰りたかった。家へ帰って、お風呂に入って何か食べよう、そして眠れば明日になる。 彼女は自分の目の前だけを見詰めて、再びパーキングへ向って早足で歩き出した。 …突然、 【ねぇ】 誰かに呼ばれたような気がして、スカリーは立ち止まった。 しかし、何事もない、自分を見ている人もいないし、人々は何事もなく歩いていく。 スカリーが首をかしげて自分の周りをぐるりと見回した。 【こっちだよ、きみ】 口調は優しいが、ちょっと鳥肌がたつような、頭の中に直接響く声だ。 ほとんど無意識のままスカリーは、かすかに眉をひそめ、目をこらすような表情で通りに立ちつくす。 彼女は目立たない、古ぼけた、小さなアンティークショップの前に立っていた。 ・ Scully's Apartment 8:00pm 自宅のソファに座って、あのアンティークショップで、なぜか購入してしまったシルバーの懐中時計を、 スカリーはまじまじと見つめた。 自分では認めたくないが、楽しそうなモルダーとダイアナの姿に動揺していたのかもしれない。 ほとんど無意識に店に入り、店主に言われるままに、この非実用的な時計にクレジットカードから200 ドル以上も支払っていたのだ。 慇懃無礼を絵に描いたような店主は“由緒正しい品物”と言っていたが、あやしいものだ。 蓋を開けると裏側に「レティへ、ロナルドより愛をこめて、1935年」と刻まれているのが読める。 文字盤には美しい象牙色にギリシャ数字が並び、蓋を開けると微かにオルゴールの音色が響き出す仕掛け になっていた。 「なかなかロマンチックだわ」とスカリーは思い直した。 たまにはこんな無駄遣いもいいかもしれない。 そうやって自分を納得させてから、蓋を閉じる。 そのとたんに、スカリーはなぜか強い疲労感を感じた。 ゆっくりと頭をソファにもたせかけ、目を閉じて、大きく深呼吸をする。 考えてみれば、早朝からの合同捜査への協力と今日の講演の準備で、ここのところ睡眠不足が続いていた のだ。 意識がふっと遠のき、うとうとと心地の良い眠りに落ちていきそうだった。 【ねぇ】 その声で、スカリーは顔をあげる。間違いなく、あの街角で聞いた男の声だ。 全力の力を振り絞るほど努力して、目を開けてみる。 スカリーは叫び声をあげそうだった。 前のソファに男が座っていたのだ。 多分、30歳前後だろう、白いやわらかな布地のシャツに黒いスリムなパンツをはいて、優雅に足を組んでいる。 スカリーは反射的に銃を取ろうと立ちあがろうとした、が、まるで強い力で肩を押さえられているように、 体が動かない。 深い蜂蜜色の髪、グレーの瞳、整った唇。 細くしなやかな長い指を膝の上で合わせた様は、少し古いロマンス小説の主人公のようだ。 【ごめんね、驚かせて】 少し前かがみになるようにスカリーに話しかけ、男が微笑むと、口元の両端がクイとあがり、 詫びるような表情がいたずらっぽい顔に変わる。 【僕はあやしいものじゃないんだけど。えーと、ダナ? そう呼んでも?】 スカリーの中から恐怖心と警戒心がゆっくりと融解していく。 彼のわずかに子供っぽい笑顔のせいかもしれなかった。 【君が動けるようにしてあげる…いい? 大声を出したりしちゃ駄目だよ】 問い掛けるような表情にスカリーが視線だけで肯く。 肩がふっと軽くなり、力が入っていたスカリーは思わず前のめりになりそうになった。 「あなた…」 【ロナルド・ルーディン、君はダナ・スカリー、ねっ?】 「ええ…でも、どうして?」 そう言いかけたものの、言葉が続かない。 【どうして、ここにいるの? それとも、どうして、私の名前を知ってるの?、どっち?】 スカリーは自分の目が信じられなかった。 一体どうやってこの部屋に入り、どうやってそこに座ったんだろう。 もし、うとうとしていたとしても、ほんの数分のはずだ。いや、これは夢の中なのかも。 それに、この男は何と名乗っただろう…ロナルド・ルーディン? ロナルドからレティへ? スカリーが懐中時計に刻まれた彼の名前を思い出そうとする。 【お願いがあるんだ、僕にはもうあまり時間がない。僕は君の仕事を手伝うよ、そのかわり僕の頼みを聞いてほしい】 黙っているスカリーにロナルドがもう一度微笑んだ。 【君が探している男に、今朝、君は会ったんだ。NYというマークの入ったグレーのトレーニングシャツを着てた奴だ】 「なんですって?」 スカリーは思わず大きな声をあげる。 あの女性達を殺した犯人と私がすれ違ってた? 「あなたにそんなこと、わかるはずないわ」 スカリーは気がつかなかったが、最初は信じられなかったロナルドの存在が、いつのまにか自然なものになって納まっ ている。 彼が自分の前に座っていることが、スカリーには当たり前のことにように思わず反論した。 【僕がなぜ、君とそいつがすれ違ったのを知ってると思う?、あの公園にいたから?それで君を見たから? じゃぁ、なぜ君は僕に気がつかなかった? そんなに間抜けなの?】 「それは…」 【それとも別のこと、考えてた? あのハンサムな相棒とブルネットの女】 いたずらを達成した子どものように、ロナルドがクスクスと笑う。 「違うわよっ」 強く否定するスカリーの様子がおかしくて、今度はロナルドが椅子の上でお腹を抱える。 【見た目よりずっと素直なヒトなんだね、僕の人選は間違ってなかったよ】 ロナルドが涙を拭いているのをいまいましそうに眺めながら、スカリーは自分がますます彼のペースに 巻き込まれていくことに自分でも驚いていた。 ・ Washington D.C/East Side Park Friday 05:00 am 朝もやのなか、鬱蒼とした木々の間の小道を、スカリーは走っていた。 結局、彼女は明け方、ソファの上で目を覚ました。 信じられないことだが、服も着替えず、シャワーも浴びず、夕食さえ摂らずに6時間以上も、 そのまま眠ってしまったらしい。 どこかで睡眠薬でも盛られたのかもしれないと、考えてはみたが、思い当たることがなかった。 それに、ロナルドのことは本当に夢だったのだろうか… ベンチに座る人影や、植え込みや木々の間にさりげなく注意しながら、スカリーは走りつづける。 耳にしたイヤホーンからは、時折、スキナーと別の捜査員のやり取りが聞こえた。 ロナルド・ルーディンは1915年、ニューヨーク生まれだと言った。 家柄のいい家の長男だったと。 彼は18歳の時にレティシア・フォールという女性に出会い、恋におちて、婚約をしたと。 ところが、若いロナルドはどうしても友人達の誘いを断りきれず、別の女の子達とパーティに出掛けることになった。 その道中で友人の一人が車の運転を誤り、そのまま崖から落ちてしまったのだと。 【僕が愛してたのはレティだけなのに、それを伝えられないままに別れることになった】 ロナルドはスカリーの前で、本当にしょげた顔をしてみせた。 【それで、ダナ、お願いがあるんだ…レティを探してほしい、そしてあの懐中時計を彼女に渡してほしい、 僕が本当に後悔してたと伝えてほしい、そして彼女を待ってると】 それはとても夢だったとは思えない、はっきりした記憶だった。 “もし、レティが生きているとすれば、既に90歳近い” 靴紐を直す振りをして屈みこみながら、スカリーは息を整えながら考えをまとめる。 ただ、それを認めてしまえば、あれはロナルドの幽霊だったことになる… (こちらNo.2) イヤホーンからダイアナの声が響く。 (男がきます。胸にヤンキーズのロゴのウエア。25〜30歳、身長 175センチ、体重 70キロ、金髪…) “ああ、そいつは関係ないわ、昨日、私もすれ違ったもの” ……ヤンキーズ? スカリーの足が止まる。ニューヨークヤンキーズ? ロナルドはNYというマークの入ったグレーのトレーニングシャツを着てた奴だ、といわなかったか? “いや、それじゃ、彼の存在を認めることになる。むしろ、昨日公園ですれ違った男を私が覚えていて、 それを自分の夢に引っ張り込んだと考えるほうが常識的だ、でも…” (すれ違いました) 「副長官、ファウリーの位置を教えて下さい」 スカリーは胸のマイクに向って怒鳴っていた。 (スカリーか? どうした?) スキナーの声がわずかに慌てている。 「ファウリーの位置をっ、副長官」 (A区域、東門の側だ) スカリーは事前に見せられた地図を思い出して、全力で走り出した。 男は公園の東門から出て、すぐ近くにある自宅に戻っていく。 スカリーはさりげなく男の家の前を走り過ぎながら、住所を頭の中に叩き込んだ。 ・ FBI本部 XF課 8:30a.m ロッカーで着替えた後、新しい手がかりがつかめていないことを確認したスカリーは、スキナーに声をかけられないうちに 会議室を抜け出すと、自分のオフィスに戻ってきた。 せわしなくPCを立ち上げ、FBIのデーターベースにつなぎ、さっそくアドレスを入れて男のデーターを呼び出してみる。 名前はトニー・ロッシオー、21歳、スパニッシュ系、アメリカ国籍、過去に婦女暴行未遂で逮捕されている。 精神分裂症の病歴あり、2年間通院していた記録が残っている。 スカリーは手近なメモ用紙に病院の名前を書きこみ、処理を終了させようとした。 その時、“レイチェル・フォール?” 彼女の名前をふと思い出す。 《レイチェル・フォール、87歳…》 彼女は健在だった。ロスアンジェルスの裕福な人々が済む地域に一人で暮らしているらしかった。 レイチェルは実在している…では、ロナルドは?、あの夢は? 「どうしたんだ? スカリー」 後ろから声をかけられて、スカリーは飛び上がるほど、驚いて振返った。 濃紺の上着をフレンチブルーのワイシャツの肩にかけたモルダーが立っている。 「あ、なんでもないわ…、ちょっと調べものをしていただけよ」 そう言って、PCの電源をおとしながら、スカリーはロナルドのことを、この相棒に話してしまいたいという衝動にかられた。 彼なら、頭から否定したりせず、いろんな可能性を考えてくれるだろう… 「例の事件のことかい? なにか手がかりをつかんだのか?」 モルダーは上着を掛けると、デスクをまわって自分の椅子に座りながら尋ねた。 「実は、そうなの…馬鹿馬鹿しい話なんだけど…」 スカリーは一瞬考えて、モルダーを振返った時だった。 ルルルルル… デスクの上の電話が鳴り出した。反射的にモルダーが受話器をあげる。 「あぁ、ダイアナ、おはよう…そう?、あぁ…週末?…そうだね」 …スカリーは途端に居心地が悪くなる。 “彼女からのモーニングコールってわけね” あのレストランでの二人の様子を思い出して、スカリーは唇をかんだ。 “いいわ、別に…私にはやるべきことがあるんだから” ここで、これ以上、彼の優しげな受け答えを聞くより、ずっといい。 彼女はモルダーに気がつかれない様に、そっと踵を返してドアのノブを回す。 モルダーがダイアナの話しを聞きながら、ふと、顔を上げ時、既にスカリーの姿はオフィスから消えていた。 ・ ロッシオー家前 スカリーは狭い路地に止めた車のハンドルにもたれて、ロッシオーの部屋を見上げていた。 あれから、ロッシオーが通っていた病院の担当医と会い彼の病歴を聞き出し、彼のアパートの前で仕事から 戻ってくるのを待っていたのだ。 ロッシオーは一種の精神分裂病と診断されていた。 昔、公園で宇宙人に誘拐された、そのために自分の血液が砂に変わってしまう、新しい血液を輸血してくれ、 と言い張ったそうだ。 やれやれだわ…とスカリーは思った。これはますますモルダー好みの事件だ。 彼ならロッシオーが吸血鬼の一族だといいかねないが。 それはともかく、今回の被害者がいずれも手荒い方法で血液を奪われていることの裏付けにはなる。 とはいえ、有力な物的証拠は欠けているし、まさかスキナーに「夢でみた男が容疑者だ」と報告するわけにはいかない。 本来なら、単独での捜査は禁止されている。何度も何度もモルダーにそう言ってきた自分が同じことをやっていること がおかしい。 それでも…と、初めてモルダーの気持ちがわかる様な気がして、スカリーは苦笑した。 これじゃ、まるで彼そのものだわ… ほんの少し前なら、迷わず彼に相談しただろう。 しかし、最近のモルダーはダイアナとの逢瀬に忙しいらしいし、うん、彼にもプライベートは必要なのだ。 「まぁ、良いパートナーとしては、デートのお邪魔は慎まなければね」 “私なら一人でも大丈夫よ” スカリーは上着の内側に銃の位置を確認しながら、ロッシオーの家の窓を見つめていた。 ・ FBI本部 XF課 6:30p.m モルダーは今回の連続殺人事件の報告書を何度も読み返していた。 被害者に大きな共通点はない。唯一、白人という点だけだ。 年齢も微妙に違うし、目や髪の色もバラバラだ。 犯人の目的は、奪われた血液だけだろうか…? “トニー・ロッシオー” モルダーはメモ用紙に書かれた男の名前を見つめていた。 スカリーのPCの経歴を調べて出てきた名前だ。 もう一人のレイチェル・フォールとの関係は不明だが、彼女は実行犯になるには年を取り過ぎているから、直接は関係 ないだろう。 今度はトニー自身の経歴をまとめたものを眺めながら、モルダーはため息をついた。 妙によそよそしいスカリーの態度もわからない。 いつも怒っているようだし、この2.3日、殆ど会話らしいものがないのも気になった。 今朝のダイアナの電話では、スカリーが妙な態度だったという話だったが… ・ 4:10a.m 3時過ぎに点いた家の明かりが消えて、ジョギング姿の男が出てきた。 スカリーの体が緊張する。 音を立てない様にゆっくりと車を出ると、もう一度銃を確認して、スカリーはロッシオーの後ろ姿を見失わないように 走り出した。 ロッシオーは公園の東門に向って走っていく…スカリーは自分の足元がジョギングシューズでないことが恨めしかった。 これでは男のスピードに追いつけないかもしれない。 ロッシオーについて門を抜けようとした時だった…案の定、彼の姿がない。 左右に分かれた道に目をこらして見ても、茂る木々の影のせいで、で男の行った方向がわからない。 スカリーはとりあえず息を整え、どちらを選択しようかと考えあぐねた。 その瞬間…腕がスカリーの喉元にまわり、強い力で締め上げられた。 とっさに両手をその腕にかけ抵抗したが、息苦しさでめまいがする。 無意識に銃に手を伸ばしたが、その腕も後ろに締め上げられ、銃が地面に転がり、スカリーは 前のめりになって苦痛に声を上げた。 「ママが悪いんだ…」 男の声はくぐもって、さらにひどい吃音で聞き取りずらい。 「僕をあいつらに渡した、ママが悪いんだ…」 男が腕に力を加え、徐々に意識が遠のき、体に力が入らなくなる。 男がさらに強い力で、彼女の体を茂みに向って引きずっていこうとするのに、懸命に抵抗を試みるが、 体格から言ってもこの体勢では圧倒的に不利だった。 男に空いたほうの手で褐色の髪の毛を鷲づかみにされ、引きずられる。 その痛みでスカリーは強く目をつぶった。 「やめろ、ロッシオー」 別の男の声が響いた…それで、ロッシオーの注意がわずかにそれた。 スカリーはその瞬間を逃さなかった。 全力でロッシオーの体を押しのけ、地面に転がった自分の銃を掴むと、そのまま体を起こして狙いを定める。 「動かないでっ」 強い口調でトニー・ロッシオーに銃を向けていた。 「大丈夫か? スカリー」 昨日と同じスーツ姿のモルダーが、銃をだらりと下ろしたままのスカリーに駆け寄る。 スキナーがトニー・ロッシオーを車の後部座席に押し込んでいるのが見えた。 「ええ、大丈夫よ、何ともないわ」 スカリーはハッと我に返って、銃をホルダーに納めると、ロッシオーに絞められた喉元を右手でさすりながら、 少し大きく深呼吸をした。 「なんで、こんな無茶をしたんだ、僕にひとこと言ってくれればよかったのに」 「この件はあなたと関係ないからよ、モルダー、それにあなた忙しそうだったし」 スキナーとは、とりあえず話しをしなければならないだろうと歩き出した彼女の腕を、モルダーが引きとめる。 「君のことで、僕に関係ないことなんかないんだよ、スカリー」 「そうかしら?」 言い返して腕を振り払った。 私になんか、なんの感心もないくせに。 「帰るんだろ、送るよ」 「いいえ、自分の車があるの、一人で帰れるわ」 そう言うとスカリーはさっさとスキナーに向って歩き出す。 「じゃぁ、今夜、君の部屋に行ってもいいかな」 「生憎だけど午後からちょっと出掛けるの、月曜の朝まで戻らない。それにモルダー、 週末は他に行くところがあるんじゃないの?」 スカリーは彼のほうを振返りもせず、それだけ言い捨てると、ありったけの勇気を振り絞って、 苦虫をかみつぶしたような顔で立っている上司のほうへ歩いて行った。 ・ Scully's Apartment 9:00a.m Saturday 部屋に戻ったスカリーは一旦シャワーを浴びてすっきりした後、電話でロス行きの飛行機を予約し、 懐中時計の蓋を開けて、あの時のソファで目を閉じる。 【やぁ、ダナ、レティを探してくれたんだね】 とたんに、ロナルドが現れた。あの時と同じ服装で、目の前に座っている。 「ええ、あなたのおかげで犯人もつかまえたわ、ありがとう」 【とんでもない、僕こそレティを探してもらってうれしいよ、ありがとう】 二人は顔を見合わせ、照れくさそうに微笑んだ。 【僕にはそんなに素直なのになぁ、どうしてあの相棒には冷たいんだい? ダナ】 「モルダーに?」 【彼はすごく君を心配してた。殆ど眠らずにオフィスで働いていたと思うよ】 そういえば、公園に駆けつけてきた時、彼は前日と同じシャツを着ていたような気がする。 【…本当ならここで君を抱きしめたいのに、残念だな】 ロナルドは、初めてソファから立ち上がって人懐っこい瞳でにっこりと微笑んだ。 「あなたに会えなくなると寂しいわ、ロナルド」 【それは僕に言うべきセリフじゃないよ、ダナ、でも、レティの次に愛してる】 ありがとう…ロナルド… スカリーが目を開けた時には、彼の姿はすっかり消えてしまっていた。 ・ ロスアンジェルス グリーンビレッジ フォール邸 突然の訪問者に不思議そうな表情を隠せないメイドに続いて通された部屋のベッドの上に、白髪のレティシアが 静かに横たわっていた。 胸の僅かな動きが、彼女の命の証だ。 延命処置を拒否し、運命を受け入れ、最後の時を自宅のベッドで過ごそうと決めている。 スカリーは一瞬、立ち止まった。 ベッドの脇にロナルドが立っていたのだ。 優しい表情でレティを見下ろし、微かに微笑んでいるのが、はっきりとわかった。 【間に合ったよ、ダナ、君のおかげだ】 スカリーは小さく首を横に振った。 「どうぞ」 レティの声に促され、スカリーは彼女のベッドに近づく。 「あなたがダナね…ほんと、ロナルドの言う通り、かわいいひと…でも、ちょっと妬けるわ」 そう言って弱々しく笑う。 「いいえ、ミズ・フォール…彼はずっとあなたのことだけを思ってました」 スカリーは思い出して、バッグから例の懐中時計を取り出した。 「これを…ロナルドからあなたに渡してほしいと頼まれて、お持ちしたんです」 “まぁ”とレティシアは微笑んで、その懐中時計を受け取った。 「これは、あの人が亡くなった日、お墓に返したものだわ、あの時はあの人に裏切られたと思い込んで… 本当に悲しかった」 スカリーは小さく首を振った。 そして、あの夜、ロナルドがスカリーに語った事情を話して聞かせる。 「ロナルドは本当に後悔してました。今でもあなただけを愛していると、あなたを待っていると、伝えてほしい そうです」 とうの昔に亡くなったロナルドからの伝言を、現在、スカリーの口から聞くという大きな矛盾など気がつかない ように、レティシアはうれしそうに微笑んだ。 「あなたにも彼から伝言があるわ、“あきらめちゃだめだ”って、 “ほしいものは最後まであきらめちゃだめだ”って、何のことかわかった?」 レティの細い手が、スカリーの手の甲に優しく触れた。 スカリーにはそこから伝わってくる温かさが、まるでロナルドのもののように感じられる。 「ええ、だいじょうぶ、あきらめません」 その温もりとレティの笑顔に励まされるように、スカリーは答えて肯いた。 ・ ホテル せっかくロスまで来たのだからと、スカリーはいつもよりも少しグレードの高いホテルの部屋に落ち着いた。 …観光客気分で、おいしいものでも食べよう。 なによりも気候が良い。空は青く晴れてとても暖かい。 ロングビーチのほうまで足をのばしてもいい…砂浜と海を思い浮かべてうっとりする。 ああ、そして海辺からママに葉書を書こう… スカリーはあの2人の週末からなるべく遠いところで過ごしたかった。 ホテルの窓からビルの立ち並ぶロスの町並みを見下ろしながら、そういえば、ここは天使の街だったと思い出す。 そうか、ロナルドは私の天使だったのかもしれない。 ピンポーン… シャンペンが来たわ…と、スカリーは思った。 シャワーも浴びて、化粧も済ませ、髪も整えてドレスアップした。 これから、ロナルドとレティの再会を祝って、街の夜景を見ながら一人で乾杯するつもりだった。 「やぁ…」 ドアの向こうには、驚いたような顔のモルダーが立っていた。 スカリーの表情が一瞬にして固まる。 「どうしてここが?」 ダイアナとの週末の予定がふいになったのだろか…彼女が行ってしまって、代わりに私を誘いに来たんだろうか… ぼんやりと心の奥でそんなことを考える。 モルダーはスカリーの質問に答えて、オフィスで使っているメモパットを振ってみせた。 「君のパソコンの経歴から調べて、さっき僕もフォールさんに会ったよ、いくつかホテルに電話して、ここを突き 止めた」 モルダーはそこで言葉をきった。 「ところで、とりあえず部屋に入れてくれない? 君が誰を待ってるのか知らないけど」 「でも、どうして?」 モルダーが窓側の椅子に腰掛け、スカリーの質問に答えた。 「事件なんだ…それで来た」 ああ…なるほど、事件なのね、また…、それなら納得できる。 さすがのダイアナも事件にはかなわないわけなのね。 「私、月曜にはスキナーのオフィスに出頭命令がかかってるのよ、だからこの週末ぐらい休みたかったわ」 「月曜の朝にはD.Cに戻れるよ」 「ふ〜ん、どんな事件なの? ファイルを見るわ」 モルダーのことを仕事中毒と馬鹿にするわりには、スカリー自身もこの名目にとても弱い。 途端にモードを切り替える。 髪の毛をアップにして、サラサラしたドレスを着て、良い香りをつけたりしているくせに、急に真剣になる表情が、 モルダーはおかしくてならなかった。 「いつも冷静で、ルールに厳しい君が、単独行動をとって大暴れ、その後は、いきなりセルを置いて行方不明だ… 僕とはまともに口をきかないし、これは事件だよ、な?」 スカリーの顔を見上げる様にモルダーが笑ってみせる。 スカリーはすぐにからかわれたのだと気がついて、でも、上手く笑い返せず、一瞬、二人の間に沈黙が流れた。 「なぜ、ひとりで張り込んだ? スカリー」 低いがはっきりとした問いかけにスカリーが目を伏せる。 「別に…あれはXFの事件じゃなかったし、あなたに報告する義務もないわ」 「本当にそう思ってるのか?」 スカリーのほうを射るように真っ直ぐ見詰めてモルダーが尋ねる。 「あのまま、僕等が行かなければ、君が犠牲になったことだって考えられるんだぞ」 「あなたに言われる筋合いはないわね、モルダー、ああいうのはあなたの十八番でしょ」 「被害者には共通の特徴があったんだ、最初に殺されたダリルは25歳、奴の母親はその年に失踪した。 二番目のヘレンは看護婦、奴の母親もそうだ。三番目のマーサは青い目、奴の母親も同じ。 そして、奴の母親は褐色の髪だったんだよ、スカリー」 そういえば、ロッシオーは“ママ”にこだわっていた。 首を締め上げられ、意識が遠くなりかけた時の恐怖が一瞬思い出されて、スカリーは眉をひそめる。 くやしいけど、また、彼に救われたのかもしれない… 「ロッシオーは、7歳の時、あの公園に置き去りにされたんだ。それであの場所にこだわった…奴は生い立ちと吃音 のせいで、自分が他の人間よりも孤独だと思っていた…ストレッサーがなんだったのかはわからないが、ママを探す 代わりに葬ることにしたわけだ」 「モルダー…でも、どうしてあなたがそれを知ってるの?」 それは単純な疑問だった。チームでもない彼がどうして? 「君がオフィスからいなくなった後、必死で調べて、考えたんだよ、いろいろ」 モルダーが大きなため息交じりに言った。 【彼はすごく君を心配してた。殆ど眠らずにオフィスで働いていたと思うよ】 そう言えば、ロナルドがそんなことを… 「奴は多分、君の尾行に気がついてたんだ。褐色の髪の毛を探していたはずだから… それに気付いた時の僕の気持ちが君にわかるか?、それでも僕には関係ないことだって、言いきるつもりなのか?」 モルダーの視線を真っ直ぐに受け止めて、スカリーが思わず息をのむ。 「だって、あなたは…」 ピンポーン ドアベルが鳴らされた。今度こそシャンペンが届いたのだ。 「行くなよ、スカリー」 ドアへ出ようとしたスカリーの背中をモルダーが呼び止めた。 「違うわ、あれは…」 「なんでもいい、行くな」 スカリーの答えをモルダーが遮った。 「フォールさんにロナルドという人のことを聞いたよ、彼が、君を大事に思ってるって」 意外なモルダーの言葉にスカリーは立ち止まった。レティは彼に何を言ったのだろう。 「だってあなたは…ダイアナが戻ってきてから、ずっと忙しそうじゃない? 本当のところ、 私は二人のお邪魔をしちゃ悪いと思ったのよ、だから一人で…」 ピンポーン きっとルームサービス係が廊下でやきもきしていることだろう。 「ダイアナとは古い友人だって、何度言ったらわかるんだ?」 「別に私に弁解してくれることはないわよ、モルダー」 「君が聞こうと聞くまいと言うけど、僕とダイアナが以前世話になった上司が、この週末に3回目の結婚式だったんだよ、 そのパーティの件でこの2.3日、相談を受けてたんだ」 スカリーはあまりのことに言葉を失う…そんなつまらないことだった? 「いいよ…」 モルダーは唐突に立ちあがった。 「僕が出る」 そう言うと大股でドアに歩み寄り、ノブを掴んで思いきり大きく開ける。 「悪いけどスカリーは…」 ドアの向こうには、よく冷えたシャンパンと曇り一つないシャンパングラスを載せたワゴンを押した、若いボーイが 立っていた。 「お客様…ご注文のシャンパンをお持ちしました」 「あ…」 口もきけないモルダーの横を摺り抜け、ボーイは何事も無かったかのように、部屋の中央にワゴンを置くと、 瓶の栓を静かに抜き、最後に赤い薔薇を飾って一礼した。 「では、ごゆっくり」 ボーイはドアのところからまだ動けないモルダーにも笑顔を見せ、ゆっくりとドアを閉めて出て行く。 パタン… 週末のパーティの打ち合わせ? 「もしかして、そのパーティは、ダウンタウンの新しいイタリア料理屋?」 「うん、なぜ知ってるんだい?」 モルダーはスカリーの言葉で、ようやくパニックから立ち直る。 「で、そのパーティはどうしたの?」 買い物帰りに見た二人はそういう理由? スカリーは質問に質問で答えて、グラスにシャンペンを注ぎいれた。 「すっぽかした…大勢いるから別にかまわない、と、思う」 正直に言えば、今朝のごたごたから、そのことはあまり深く考えてなかったのだ。 あれからロッシオーの移送を見届け、彼女のアパートに寄ったら既に出掛けた後だった。 その瞬間から、スカリーを見つけ出すこと以外、殆ど彼の頭の中にはなかった。 夢中でロスまで来てしまったのだ… モルダーは、グラスをひとつ受け取りながら、改めて部屋を見回す。 「そういえばこの部屋、広いな、スカリー、僕の部屋はキャンセルしてここに移ろうかな」 そのセリフで、スカリーはモルダーがいつもの調子を取り戻しつつあることに気がついた。 「馬鹿なことを言わないで、男女の捜査官の必要以上の接近は規則で禁止されているわ」 「それは捜査中のだろ」 「事件で来たんでしょう?」 スカリーの眉が上がる。 「じゃ、事情聴取だ。きっと徹夜になるよ、僕等は3日間もまともに話してないんだから」 ロスの夜景をバックにスカリーは肯いて、グラスを掲げた。 「ロナルドのことも、これからゆっくり話すわ」 あなたなら、あんな荒唐無稽な話も、きっと信じてくれるから… “チン”と、二つのグラスが軽く触れ合った。 薄いグラスの中で、黄金色のシャペンの泡がプチプチとはじける。 「まずは、そのドレスを脱いで、スカリー」 「酔うには早いわ、モルダー」 「違うよ、そんな格好されてたんじゃ、落ち着いて事情聴取できないだろ」 相変わらずのモルダーが…ほんの2.3日ぶりなのに、なぜか懐かしい。 【あきらめないで、ダナ】 天使の街から、ロナルドの声が聞こえてきたような気がした。 The End 後書き: 本当はロナルドがスカリーを好きになって、彼女を連れていこうとするのをモルダーが止めるって 話しにしようと思ったのですが、事件との絡みが難しくてこういう形に落ち着きました。 それにS6のモルがイカレポンチなので、Ficの中でも格好良く書けないっ。 それで結局、モルスカシーンはここまでですっ。くぅ〜 それでも最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。 感想など聞かせていただければうれしいです。 Ran yoshiyuu@tt.rim.or.jp