TITLE   『E-mail』 AUTHOR    Ran ・ xxxxxxxx 9:30PM FBI本部 Walter Skinnerのオフィスで黒い影がパソコンの前に座っている。 画面には“親愛なるMulder”というメッセージが打ち込まれていく。 ・ Wednesday 4:00PM ハンドルを握るMulderの隣で、Scullyは熱心に書類に見入っていた。 「楽しそうだな、Scully」 Mulderが話し掛ける。 「ええ…」と顔を上げて「だって、Mulder、学会なんて久し振りなんだもの」と微笑む。 「今は、こんな仕事だけど、医学はもともと私が志した学問なのよ、それについて刺激を 受けるのは、楽しいに決まっているでしょう。それに、今回の学会には、私が学生の頃か ら尊敬しているDr.Duvallが参加されるし。」 Mulderは“わかるよ”という風にうなずいてみせた。 フロントガラスの向うにJFK空港の建物が見えてくる。 Scullyは後部座席を振り返り、腕を伸ばして鞄を取ると、蓋を開けた。 「でも、本当に助かったわ、Mulder、昨日の夜、車が突然おかしくなった時はどうしよう かと思ったのよ」 ケースに書類を戻しながら、Scullyが話す。 「かまわないよ、運転が趣味なんだ」 Mulderが、車を車止めに寄せて止めると、Scullyはドアを開けた。 「帰りも頼んでいい?」 「土曜日だろ、喜んで」 Mulderの答えにニッコリ笑って、Scullyは車を降りる。 後部座席のドアを外側から開けて、スーツケースを取り出すと、もう一度、運転席にいる Mulderのほうにかがみ込んだ。 「本当にありがとう」 「気をつけて、Scully」 「あなたもね、私がいない間に無茶しないでよ」 Mulderがうなずくのを確認すると、Scullyは助手席側のドアをバタンと閉めて歩き出し た。 Mulderは、彼女が無事に空港の建物に入っていくのを確かめると、ゆっくりと車を出し た。 ・ Thursday 9:30AM FBI本部 Mulderはコーヒーカップを持ったまま、机の前に座るとオフィスの中を眺めた。 Scullyが赴任する前は、彼が一人で使っていた部屋なのに、なんだか妙に広く感じる。 「さて…」と自分に声をかけて、コンピューターのスイッチを入れてから、立ち上がって キャビネから書類を引っ張り出す。 机に戻ったMulderがふと、画面を見ると「新しいメール」が届いていることを告げるメ ッセージが出ていた。 Mulderが操作すると、画面にメールの文章が現われた。 【親愛なるMulderへ 君は変人で堅物で、気にもしていないだろうが、君の相棒、Dana Scullyが近く、婚約す るという噂がある。真偽のほどを疑うならば、自分で確認するといい。彼女を取り戻すか、 幸せを祈るか、それは君の努力次第だ】 差出人の名前はなかった。 「Scullyが婚約?」 全然、思い当たらない。そんな事、聞いたこともない。一体、誰と? Scullyはいつもと変わらない様子で、昨日、出かけていった。 婚約となると、それは個人的な問題だ。彼女が言わなかったとしても責める権利はない。 だが、彼女の気持ちは自分のところにあると、Mulderは考えていたのだ。 いろいろ既成の事実はあるが、仕事中の二人の関係は以前と大きく態度が変わることはな かった。 Scullyは彼の説に異論を唱え、科学に解決策を模索する、結果的には相変わらず二人の 意見は対立するのだった。 生活はほとんどが仕事中心で、たとえば、二人で食事に出かけても仕事の話が多い。 結局、Scullyについて個人的なことはあまり知らないのだ、とMulderは気がついた。 Mulderは画面の文字を見つめたまま、しばらく考えてた後、コーヒーを飲み干して部屋 を出ていった。 ・ Thursday 9:30AM FBI本部 研究部門 「Pendrell !」 Mulderの声に、顕微鏡をのぞき込んでいたPendrellが顔を上げた。 「ちょっと…」 と、MulderはPendrellの腕をつかんで、強引にラボの外へ連れ出す。 「何だよ、Mulder!」 「大事なことなんだ、Pendrell」 驚いているPendrellと廊下に出ると、「君、僕に何か隠してないか?」とMulderは唐突 に切り出した。 「隠す?」Pendrellは眉間に皺を寄せて考え込んだ。 「隠すってどういうこと?、そりゃ、君に言ってないことは多いけど、隠すって…」 Pendrellの不思議そうな様子に、Mulderは彼の腕を離した。 「Scullyの事なんだ、何か聞いてないか?」 と多少、冷静さを取り戻して尋ねる。 「Scullyの?」とPendrellは考え込むと、「さあ、別に…」と首を振って答えた。 「今度の学会をずいぶん楽しみにしてたけど…、その事を君に隠してたとか?」 「そんなことじゃないんだ、悪かったな、仕事中に。今度埋め合わせするよ」 MulderはあっけにとられるPendrellの肩をポンと叩いてそれだけ言い残すと、さっさと 廊下を歩き出した。 ・Thursday 11:50AM FBI本部 Mulderは自分の机の前で、以前の事件で駄目にした車の始末書を書きながらも、Scully の婚約の事が頭から離れなかった。 そう言えば、いつか、近親相姦を繰り返してきた一族の奇形の赤ん坊を見た時、Scullyの 母性本能をみたことがあった。 彼女だって、子供がほしいだろう。もちろん、子供のために結婚することもないが… 「直接聞いてみるか…」と、受話器に手を伸ばして、ふと、考える。 「ばかばかしい、“やあ、Scully、君が婚約するって聞いて、すごく動揺してるんだ、本当 のことかどうか教えてくれないか”って?」 Mulderはため息をついて、始末書の続きを始めた。 ・Thursday 12:50PM シカゴ ホテル ロビー 昼食を終えたScullyは、ホテルの高い天井と、高級な調度品、落ち着いた雰囲気を楽しんでいた。 いつも狭い地下のオフィスやローカルなモーテルと我が家の間を往復するで彼女にとって、 そこは一種の異次元である。 午前中の講演は、大変興味深いものだった。午後からはDr.Duvallの番である。 その前に一度、挨拶だけでもしたいと、ロビーを見渡したが、残念ながら彼の姿はない。 「Dana!」 ふいに呼びかけられて、Scullyは驚いて振り返った。 「John!」 John Carterが立っていた。 いつか、Mulderが撃たれて入院した時、担当だった若い外科医である。 多少、親密になりかけたが、Mulderとのことがあって疎遠になっていた。 「元気?」 相変わらずくったくのない、優しい笑顔で近づいてくると、二人は握手を交わした。 「ええ、あなたは?」 「元気だよ、もちろん、君を探してたんだ、明日、講演するってプログラムで見て」 「いやなこと、思い出させないでよ、John。緊張してるんだから」 「君が?」 おどけた顔でCarterが笑う。 「優秀なFBIのSpecial Agentは緊張なんてしないのかと思った」 Scullyがわざと眉をひそめてみせる。 「普通の人達にわかるように説明できるか、全然自信ないわ」 「ところで、Mulderさんは元気?」 「ああ…」とCarterの質問に答えようとした時、“ピピピ”と携帯電話が鳴り出す。 Caterが一瞬、自分のポケットベルを探そうとしたのが、おかしくて、二人で顔を見合わ せて笑った後、Scullyが電話に出た。 「はい、Scully」 (あ、Scully、僕だ。ごめん、今、大丈夫かな) “あら”という顔で、Scullyが口の動きだけで「Mulderよ」と教えると、Carterが肩を すくめてみせる。 「ええ、今、昼食から戻ったところ。そっちとは時差があるから」 (そうか、よかった) 「それで、どうしたの?」 (いや、あの、ちょっと、聞きたいことがあって) 「なに?」 (たいしたことじゃないんだ…) 「どうぞ、Mulder」 (ええと、今、車を駄目にした始末書を書いてる、で、これはどこに出せばよかったんだ っけ?) 本当にたいしたことじゃなかったわ、とScullyは思わずあきれた。 「Mulder、何度言ってもあなた、覚えないけど、最終的には管理部に持っていくの」 (ああ、そうか、Ms.Nicolsに出すんだ、だろ?) 「そうよ、Mulder」 (わかった、で、もう一つ…) 「Dana、時間…」 Carterが自分の腕時計をScullyに示して、午後の部の開始が近かい事を教える。 「ごめんなさい、Mulder、終わったらかけ直すわ。何かわからない事があったら、管理部 のSuzanに聞いて。じゃ」 とScullyはとりあえず、一方的に電話を切った。 確か、Mulderは“もう一つ”と言っていたが、始末書の提出先が優先されるようなこと だ、たいしたことではないだろう。 「行きましょう、John」 と、Carterを促して、二人は会場へ向って歩き出した。 ・ Thursday 2:30PM FBI本部 書き終えた始末書をもてあそびながら、Mulderは考えていた。 さっき、受話器の向うに、あのCarterの声を聞いたような気がする。 彼は医者なんだから、学会に参加していても何ら問題はないが。 いつかイギリスからPhoebeが来た時の自分の行いを考えると、憂鬱になる。 あの火事騒動がなければ、あの夜は… お堅いScullyが、同じ事をするとは思えない。 でも、Carterは資産家の息子で育ちが良く、頭も良くて、医学という共通の話題を持っている。 思いやりもあって、患者や看護婦にも好かれ、自分の上司にはっきりと自分の意見も言え る現役の医者でもある。 おまけにScullyの初恋の男に似てるときたもんだ。 彼女は今、彼と一緒で、自分とは時差がある場所にいる。完全に形勢は不利だろう。 「うーん」と自分の考えを振り払うように、わざと大きく伸びをしてMulderは立ち上が ると、始末書をMs.Nicolsに出すために、部屋を出ていった。 ・ Thursday 6:30PM ホテル Scullyが一日の日程を終えて、部屋に戻った時、ちょうど電話が鳴り出した。 Mulderの声を期待して、Scullyが受話器を取る。 「はい」 と、短く答えると「Dana?」というCarterの声が聞こえた。 「実はDr.Duvallと夕食の約束をとりつけたんだ、君も一緒に行かない?」 「ホント? John、もちろん行くわ、ご一緒させて」 Carterの提案に、思わず、声が高くなる。 あのDr. Duvallと会えるのだ。 「じゃ、今から10分で部屋に迎えに行くよ」 Scullyはお礼を言って受話器を置くと、時計を一瞥して、あわててバスルームに飛び込んだ。 ・ Thursday 8:00PM FBI本部 Mulderは時計を見てため息をつくと、オフィスを出るために立ち上がった。 思い付いて、受話器を取り上げると、Scullyが残していったホテルの番号にかける。 「Dana Scullyの部屋へ」 しばらく待たされた後、「お客様はお出になりませんが」という冷たい返事が返ってきた。 「じゃ、電話があったことを伝えてくれ」とオペレーターに頼んで、電話を切る。 試しに携帯電話を鳴らしてみるが、応答がない。 仕事中であれば、ほとんど連絡をとらないことのない二人だったが、今はScullyは別の件で 出かけているのである。 場合によっては、携帯電話を置いていくこともあるだろう。 (もし、学会が終わっていなければ、電源を入れられないだろうし…) Mulderはそう考えると、あきらめて電気を消し、オフィスを後にした。 ・ Thursday 10:00PM ホテル レストラン 食後のコーヒーを飲みながら、ScullyはDr. Duvallとすっかり打ち解けて話していた。 「いやあ、FBIの捜査官と聞いて、どんな女性かと思ってたんですよ」 Dr. Duvallは60歳前後で、柔和な表情の紳士である。 いかにも白衣が似合いそうで、彼に診断される患者はきっと彼に心を許すだろう。 「いろいろ興味深い話を聞かせていただいて、楽しかったですよ」 「恐縮です、Dr. Duvall、あなたのような方にお会いすると、病院で働くのも悪くないっ て気がします。」 「それはそれなりの悩みがあるんですけどね」 と、Carterがわざと悲壮な声を上げる。 「先輩のドクターにいじめられたり?」 食事中にCarterが披露した、先輩ドクターの話を思い出して、三人は笑い声を上げた。 「では、」とDr.Duvallが立ち上がる。 「私はこれで失礼します。あとはお二人でどうぞ」 CarterとScullyは一緒に立ちあがり、 「無理にお誘いして申し訳ありませんでした」 Carterが礼儀正しくわびた。 「いやあ、つまらない製薬会社の偉いさんと一緒よりずっと楽しかった。お父さんにもよ ろしく伝えてください」 Dr. Duvallは感じ良く答え、二人と握手をしてレストランを出ていく。 「で、お礼は? Dana」 とCarterが彼の後ろ姿を見送りながら、前を見たまま尋ねる。 「あなたのお父さんとDr. Duvallが知り合いでラッキーだったわ」 Scullyが微笑む 「でも、夕食をって頼んだのは、僕だよ」 CarterはすばやくScullyの方を見て、不満そうに抗議した。 その口調にScullyが吹き出す。 「うそよ、ありがとう、John。お礼にBarで何か奢るわ」 「Thank you」 Carterが小さくガッツポーズをしてみせた。 ・ Thursday 11:30PM Mulder 自宅 ソファに寝転がってテレビで古いコメデイ映画を見ていたMulderは、それでもなんとな く電話を気にしていた。 (学会にはScullyの古い知り合いが来てるのかもしれない、食事でもすればすぐに時間がたつ、 部屋に戻るのも遅くなるのかもしれない) Mulderは自分の気持ちが“自分らしくない”ことに気がついていた。 (でも…あの不愛想なオペレーターが、伝言を伝えなかったことだって考えられるし。い や、疲れたScullyがメッセージランプを見落としているのかもしれないし) 「くそっ」と舌打ちをすると、テレビを消す。 しばらく受話器を見つめて、取り上げた。 「お客様はお出になりません」また、オペレーターが冷たく答える。 「メッセージを残されますか?」という彼の問いかけを断って、Mulderは受話器を置い た。 ・ Friday 1:30AM ホテルの部屋 Scullyはドアを開けて部屋に入ってくると、ベッドに体を投げ出した。 アカデミックな刺激を受け、楽しい会話とおいしい夕食の後、多少お酒を飲み、整えられ た部屋で、あとは眠るだけである。 Scullyは一人で笑ってしまうほど、幸せだった。 ふと、見ると、サイドボードのメッセージランプが光っている。 ベッドから腕を伸ばして、受話器を取り上げ、その旨を告げると、「Fox Mulder様からお 電話がございました」とオペレーターが答える。 「ああ、そうだった」と思ったが、とても今、Mulderの声を聞く気にはならない。 (もう遅いし。きっとMulderは私の電話を待っているような人でもないし。今ごろ、ペ ントハウスを読んでるかも…邪魔しちゃ悪いわ。それより明日の朝、“おはよう”って電 話しようっと) いろいろいい訳を考えて、Scullyは今夜の電話をきっぱりあきらめることに決める。 面倒なことは何も考えたくなかった。 いろいろあっても、結局、Mulderとの関係は仕事が中心だ。 Mulderの仕事への情熱は潰えることがない、話題も仕事の話が中心になる。 今夜、別の世界で生きる人々と久々に話して、Scullyは本当に楽しかった。 (せっかく気分のいい夜だったのに…) Scullyはベッドに上半身を起こして、カーテンの隙間に見える月をじっと見詰めていた。 ・ Friday 8:30AM ホテルの部屋 カーテンの向うが明るくなっている。 Scullyは薄く目を開けて、サイドテーブルの時計が8:45分を示しているのを見ると、飛 び起きた。 「うそっ」 自分の講演は9:30から始まるのだ。あと45分しかない。 あわててベッドから飛び降りる。 あれからいろいろ考えて、結局、眠るのが遅くなってしまったのだ。 歯ブラシを口につっこんだところで、電話が鳴り出した。 バスルームで受話器を取ると「John?」とっさに言うと、(残念ながら、僕だ)というMulder の声が聞こえた。 「ああ、Mulder、ごえんなさい、昨夜は電話できなくふえ」 歯ブラシで上手く話せない。 (Johnって、もしかしたらDr. Carterが一緒なのか?) 「ええ…彼もこの学会に出席してるの、ところで、何?、なにか聞きたいことがあるって」 (あー、その、あれなんだ) ふと、時計を見ると、既に9:00を過ぎている。 Scullyは目をみはった。 「駄目、Mulder、今はごめん、もう行かなくちゃ」 殆どパニックである。 あと、顔を洗って化粧をして、着替えて、部屋を出る。タイムリミットはあと、20分。 「ごめん、後で必ずかけるわ、私、9:30から講演なの、じゃ」 と慌てて、受話器を切った。 ・ Friday 5:40 PM 一日の大半をオフィスで過したのに、結局、Scullyから電話はなかった。 過去の事件のファイルに何度も目を通したが、全然頭に入らない。 Mulderは一つの事が気になると確認せずにはいられない自分の性格が、さすがに面倒だ った。 「もう、やめだ!」と、独り言を言って、携帯電話を机の引き出しのほうり込んだ。 いつもより乱暴に電気を消して、オフィスの鍵を閉める。 電話が鳴っていないかと、しばらく耳を澄ませたが、何の音もしていない。 あきらめて、廊下に出ると、少し前を歩く、Pendrellの後ろ姿が見えた。 「Pendrell!」とMulderが声をかけた。 ・ Friday 6:30 PM D.C BAR Pendrellが店に着いた時、Mulderはカウンターでビールを飲んでいた。 「めずらしいこった」 とPendrellが一人笑う。 「どうしたんだ? Mulder」 声をかけられて振り返ったMulderは既に、目元が赤くなっていた。 「別に、ただ、君に昨日の埋め合わせをしようって誘ったんだよ」 「仕事人間の君が、こんなに早くオフィスを出るなんてなあ、明日は雨だぞ」 「何飲むんだ?」 「じゃ、ビール」 Mulderがポケットからお金をだしてバーテンに渡した。 バーテンがMulderの隣に腰掛けたPendrellの前にビールを置く。 「Scullyは明日、帰ってくるんだろ」 「さあね、向こうで知り合いに会ったみたいだから」 「それで、荒れてるのか、Mulder」 Pendrellが驚いた顔でMulderを見る。 (仕事人間で、仕事しか興味がなくて、仕事のパートナーだからScullyと一緒なんだと 思ってたけど、そういうわけでもないんだ) と、考えながら、Pendrellはビールを一口飲んで 「なあ、正直なところ、君と彼女はどのぐらいの関係なんだ? 恋人同士って噂もあるけ ど、そうなのか?」 前々から気になっていた事を思い切って尋ねる。 「彼女がそう思ってるかどうかは、知らないけど」 Scullyにひそかに憧れているPendrellはMulderの答えにちょっとショックを受けた。 しかし、Mulderのほうにも、Pendrellの気持ちを思いやってやるほど余裕がない。 「聞いてないのか?」 「聞いてない」 「なんで?」 (俺って何言ってるんだろう、お人好しだなあ)とPendrellは考える。 「別に聞かなくったってわかるさ、いつも一緒なんだし」 そこで、Mulderがバーテンに二杯目を頼んだ。 「そうかなあ」 Pendrellは自分が小さな男の子相手に話しているような気になってきた。 (こいつ、心理学の学位かなんか持ってるんじゃなかったっけ? きっと偉そうなことは いっぱい知ってるんだろうけど…自分の事となると話が別なのかなあ) 「あ、でもさ、きっと、君の気持ちぐらい伝えたほうが、Scullyも安心するんじゃないの?」 (うわあ、俺ってお人好し過ぎる) Mulderが、ふと、Pendrellを見つめた。 「そんなこと、言わなくたって彼女はわかってるさ」 と、答えて大きくため息をつく。 (付き合っていられない) Pendrellはそう考えながら、バーテンに二杯目のビールを頼んだ。 ・ Friday 9:00PM Mulderの部屋 Mulderはひまわりの種の袋を片手にソファに座り、テレビで昔のドラマを見ていた。 舞台は病院で、どうも、娘は妊娠しているらしい。 「父親は誰なの」と娘の母親が泣いている。 きまりが悪そうに、若い男の子が娘の病室を訪ねてきた時、“トントン”と、ドアをノッ クする音がした。 Mulderは、その男の子が病室のドアをノックしたのだと思ったが、彼が娘に「Linda」と 呼びかけた時、再び“トントン”という音がする。 Mulderは面倒くさそうに“ウー”とうなって、ドアを開けるために立ち上がった。 「Hi」 Scullyが立っていた。 「あれ、帰りは明日のはずじゃ…」 Mulderが戸惑いを隠せないような顔をする。 「あなたが何か聞きたいことがあるっていうから、夕方の便で向こうを出たの、おかげで パーテイに出席できなかったわ」 とScullyがあざやかに笑う。 Mulderはふいをつかれて、どう答えたらいいかわからないまま、唖然として立っていた。 まさか、彼女が帰ってくるなんて考えもしなかったのだ。 「ところで、入ってもいいかしら?」 「…もちろん」 とMulderがドアを大きく開けて、Scullyを通した。 Scullyは部屋に入って、スーツケースと書類鞄をドアの脇に置くと、 「あら、あなた、飲んでるの?」と、Mulderに近づいて鼻をクンクンいわせる。 「仕事が終わってから、Pendrellと、少しね」 「めずらしい」 Scullyが片方の眉を上げてみせる。 「君は何か飲む?」 「結構急いできたから、喉がかわいちゃった、お水ある?」 「ソファに座って。今、持ってくるよ」 Mulderがキッチンへ入るのを見て、Scullyはソファに座った。 散らかっている雑誌を取り上げて、パラパラめくる。 「ところで、聞きたいことって何?」 キッチンに向かって、尋ねる。 Mulderは、キッチンから出てくると、水の入ったコップと、ワイン、二つのカップをScully の前のテーブルに置いた。 Mulderはもう覚悟を決めていた。 気になることは確認してしまわないと仕方がない。 それでどんな結果が返ってこようと、それは自分が選択した結果なのだから。 「君が出かけた後の木曜日、僕のパソコンにメールが入ってきたんだ」 Mulderは立ったまま、カップにワインを注ぐ。 「君が婚約するらしいって」 Mulderの意外な言葉に、Scullyは二の句が次げないまま「婚約…私が?」 と目をパチパチと瞬きしてみせた。 「誰と?」 Mulderは肩をすくめる。 “僕と君がだよ”というMulderの答えを多少期待していたScullyは、落胆しながらもお かしくなった。“そんなこと、あるはずない” 「そのメールには、僕は変人で堅物で、気にもしていないだろうが、相棒のDana Scully が近く、婚約するという噂がある、って」 Mulderの言葉に、思わずScullyは自嘲気味に微笑んだ。 「ねえ、Mulder、私がいつ、誰と、婚約できるほど親密に付き合ってたと思うの?、私ね、 最近はちゃんとしたデートだってしてないのよ、それにあなたとのことだってあるし…」 Scullyがテーブルからコップを取り上げると、Mulderが自分のカップを、チンとそれに 合せた。 「じゃ、デマなんだ」 「デマに決まってるでしょ、私は始終あなたと一緒、女友達と電話でおしゃべりするのが 関の山よ」 Mulderは満足そうに微笑んで、カップのワインをゆっくり口に運ぶ。 「第一、あなた、昨日が何の日か知らないの?」 Scullyに言われて、Mulderははっとした。「4月の1日!」 「そうよ」と、Scullyがうなずく。 「くそっ、じゃ、誰かのいたずらってことか」 Mulderはくやしそうに頬を膨らましてみせたが、どちらにしても後の祭りである。 「それで、あんなに何度も電話をくれたの?」 Scullyが水を飲み干すと、微笑んでMulderを見つめた。 「ああ、相棒のことだからね」 「それだけ?」 「そうさ」 「じゃあ、真実はわかったってことね、私はしばらくは誰とも婚約しない、そのメールは エイプリルフールの誰かのいたずらだったって」 と、Scullyが立ち上がる。 「私、帰るわ」 「Scully、Scully」 Mulderが慌てて、彼女の腕をつかんだので、持っていたカップからワインが零れて、Scully の薄い上着に見事にぶちまけられた。 「あ−」っと二人は同時に叫ぶ。 「24時間サービスのクリーニング店があるんだ、すぐ持っていってくるよ、その間、君は 僕のシャツでも着て…」 Mulderのあわてぶりに、Scullyは思わず吹き出す。 「あのね、Mulder、あれを見て」とスーツケースを指差す。 「私は旅行帰りなのよ、別の服があれに入ってるわ」 「そうか…」 自分の腕をつかんだまま、しばらく考えるような顔をするMulderをScullyはじっと見詰 めていた。 「じゃ、こうしよう、僕は、君のその上着をまず、クリーニングに出しにいく。その間に 君はあのスーツケースに仕舞ってある別の服を着る」 「ええ…」 「それで二人で週末のデートに出かける」 「は?」 Mulderの意外な言葉に、Scullyはとっさに聞き返した? 「どういうこと? 仕事人間のあなたが? あ、それともそこ、UFOがよく目撃される場 所とか?」 Scullyの質問にMulderは苦笑する。 「ここ何日か、たいした仕事をしないうちに、人間性を取り戻したんだ」 「人間性を取り戻した?」 「ほら、忙しい男が会社を首になって家族愛に目覚めるってやつさ」 MulderがScullyの上着のボタンにゆっくり手をかける。 「いいところを知ってるんだ。海辺の小さなホテルで、オーナーが母の古い友人で、料理 がとてもうまい。僕の事を小さい頃から知ってる人だから、これから電話してもなんとか してくれるよ」 「でも、どうして?」 Scullyは尋ねずにいられない。 Mulderが上着のボタンをすっかりはずしてしまったので、Scullyは自然に上着を脱いだ。 「しばらく、デートしてないって言ったろ?」 「誘ってくれるの?」 Scullyの言葉にMulderが得意そうに微笑む。 「OKしてくれる?」 安心したようなMulderの顔を見ながら、ここで、“NO”と答えてみたい、とScullyは 悩んだ。“NO"と答えて彼をがっかりさせたい衝動にかられる。 「うれしいわ、Mulder」 ニッコリ笑って答える。 彼女の笑顔を見て、いままで心配していたことが、うそのようだとMulderは考えていた。 こうやってScullyが側にいてくれるだけで、自分はとても安心する。 さらに笑ってくれたりすると、とても幸せな気持ちになるのだ。 昨夜彼女が電話してこなかった理由など、どうでも良いことだと思えてくる。 「じゃ、とりあえず、クリーニング店に行ってくるよ、君は準備してて」 とScullyの上着を腕にかけると、Mulderは上機嫌で部屋を出ていった。 (どういう風の吹き回しだろ) と彼が出ていったドアを見ながら、Scullyは考えながらも、うれしい気持ちでいっぱいに なる自分を確認していた。 ・ Friday 10:30PM 「でも、誰のいたずらなんだろう」 ハンドルを握っているMulderがScullyに尋ねる。 「さあ…でも局の人間だったら、結構、いろんな人があなたのアドレスを知ってるんでし ょう」 Scullyの返事にMulderがうなずく。 「調べようと思えば、難しくないからね」 「私は感謝してるわ、仕事抜きで、こうやって週末をあなたと過せるんだから」 思わず言ってしまった後で、急に恥ずかしくなって、Scullyは窓の方を向いた。 前後に車の影はなく、遠くに街の明かりが見えるだけである。 それを確認したMulderはブレーキを踏み、ハザードを出すと車を路肩に寄せた。 「僕もうれしいよ、Scully」 ScullyがMulderを振り返ると、彼の顔がすぐそばにあった。 「そう? 」 見つめられてScullyが思わず目をそらす。 「車でキスするのは、これで二度目だね」 「キャンピングカーも入れると三度目だわ」 Mulderはそう言い返したScullyの顎をやさしく持ち上げて、二人の唇をそっと重ねた。 「言っておきたいことがあるんだ、Scully」 唇を離した後、Mulderがささやいた。 「なに?」 まだ、まともに彼のほうを見ることもできず、Scullyは自分が来ているシャツについて もいない小さなゴミを一生懸命に探しながら答えた。 こういう時の彼女は、自分の意見をきちんと主張し、冷静に考えて行動する仕事中のDana Scullyとは別人のようだ。 「さっきのメールにはまだ、続きがあるんだ。それを教えてあげる。向こうへ着いたらね」 Mulderは楽しそうに答えると、ハンドルをきって、車を車線に戻し、アクセルを踏み込 んだ。 二人を乗せた車は、海辺のホテルへとスピードをあげていった。 The end