THE X-FILESの著作権は全て、FOX,1013,CHRIS.CARTERに帰属します。 本作に一切の営利目的は有りません。また 著作権侵害を意図するものでもありません。 作者本人の楽しみに書かれたものに過ぎません。 なお、本作には、若干の性的な表現がありますので、そのような表現に抵抗のある方は、 読む際にご注意願います。          『  プロデューサー殺人計画  』                                   by yokko >>>>>>> モルダーのアパート <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< 事件がひとつかたずいた。 モルダーとスカリーは、いつものようにカウチに並び、寛ぐ。 いつものように二人揃ってビールをぐいっとやる。 乾いていた喉が歓声を上げる。 二人で、無言のまま、互いをねぎらう笑顔を交し合い、 更に一口、ビンに口をつける。 今日は、気がつけば、食事もしないで駆けずり回っていた。 ピザに手を伸ばし、2本目のビールを開けた。 レストランの豪勢な食事よりも、こうしてどちらかの部屋でささやかな夕食を取る方が、 とても居心地が良いのだった。 その後は、見るとはなしにテレビの画面を眺める。 その一連の動作は、いつの間にか、事件解決の後の、 ひとつの儀式みたいなものになっていた。 時には、見るのがビデオに替わることもある。 テレビの中では、興奮気味のニュースキャスターが、 なにやら早口にしゃべっていた。 場面が現場に切り替わり、大勢の警官とマスコミが ひとつの建物を取り囲んでいる。 ・・・ふうん、テレビ局に人質を取って立てこもってる・・・誰かを呼べって? X‐fileになりそうも無いから、僕らは、まず呼び出されないな。 モルダーはさっさとシャワーを済ませて、 こざっぱりとしたTシャツにジーンズ姿になっている。 スカリーは、仕事時のパンツスーツのまま、 ぐったりして座り込んでいる。 モルダーが、傍らのスカリーをちらっと見やった。 スカリーも、ニュースの事件に、あまり興味が無さそうだった。 というよりは、ここ数日の徹夜仕事に、疲労困憊しているのだった。 もう目が溶ろけそうになり、モルダーの肩にだんだん寄りかかってきていた。 スカリーは、白いシャツの胸元を大きく開けている。 モルダーは、それを上から覗き込む格好であるのを意識しながら、 彼女を片手で抱き寄せた。 スカリーの頭を膝に乗せ、安らげる姿勢にしてやると、 小さく「ありがと」の声が聞こえた。 安心し切って、なんの警戒心も無くなったスカリーは、 やがてスースーと寝息をたてていた。 時間の経過も忘れるほどに仕事にのめり込んだ後は、 放心したように、気だるく静かに流れていくひとときがやってくる。 その中に二人きりで浸るのは、とても心地良かった。 何時の頃からだろうか。 二人で、言葉もなく同じ空間を占有しているだけで、 満たさているという思いが,胸の中に広がっていくようになっていた。 誰がなんと言ったって、これが僕たちの幸せの形なんだ。 恋人とは呼べないだろう。愛してるとか言ったことはないし、 恋人らしい行為があるわけではないから。 でも、単に仕事の同僚なだけというには、あまりに近い存在だし・・・ ようするに僕らは、「モルダーとスカリー」なんだ。 そんな訳のわからない言葉で、モルダーは、自分とスカリーのつながりを表現してみた。 僕らは、特別だとでも? 無理してないか?自然じゃないだろう? 彼の心の内側では、そんな疑問が飛び交わないわけではなかった。 しかし、それ以上に思考が進むのを、いつもストップさせる。 モルダーは残りのビールをあおった。 それから、スカリーが飲み残してあった、テーブルの上のビール瓶に、 ためらうことなく手を伸ばし,一気に飲み干した。 そして、じんわりと訪れてきた軽い酩酊感に、身を任した。 スカリーの、長い睫が影を落としている目元を見つめ、 うっすらと櫻色に染まった頬を、耳たぶを、眼でいとおしむ。 少し開いている艶やかな唇に誘われて、そっと指で撫でた。 ついで、頬にかかる柔らかな髪も。 が、ほんのりした酔いは、それ以上には後押ししてくれない。いつも。 モルダーは、年月を重ねて、暗黙のうちに二人が達した今のバランスを、破りたくはなかった。 たぶんスカリーもそうだろうと、彼は感じていた。 少なくとも、二人で命がけの仕事を続けて行こうという意志が、変わらない間は。 「モルダー!スカリー!」 モルダーが自分の物思いに囚われている時、突然叫び声が上がった。 付けっぱなしだったテレビからだ。 画面では、立てこもり犯が、突入した警官たちにあっけなく取り押さえられていた。 大柄な体だったが、顔つきは少年のように見えた犯人が引き立てられて行く時、 一瞬だが取り巻く報道陣のマイクに声が入った。 「モルダー、スカリー」と、確かに。 しかし、どうして僕らの名前を呼ぶんだ? モルダーは、完全に寝入っているスカリーの上体を揺り動かして、彼女に呼びかけた。 「スカリー、起きろ、僕たちの事件かもしれないよ。スカリー!」 「・・・・モルダー?」 「起きて、見てみろ。立てこもっていたやつは、僕たちの名前を呼んでいたんだ。」 モルダーは早口でそう言いながら、テレビを指差した。 スカリーは、モルダーの膝に頭を預けたまま、一瞬、ぼぉっと目を宙に泳がせたが、 すぐさま跳ね起きた。 二人とも、瞬く間に引き締まった顔付きになり、繰り返し写し出される犯人連行の場面に見入る。 テレビでは、犯人の最後の一声を聞き取っていなかったのか、なにもコメントが無いようだった。 スカリーが、モルダーに、 「本当に私たちの名前だったの?」 と胡散臭げに問いかけた。 「ああ、確かに。モルダー、スカリー、って言ったんだ。モルダーとスカリーだぜ? どこか他所の、モルダーさんと、スカリーさんだと思う? この組み合わせで呼ばれるようなペアーがそうそう居るとは思えないがな。」 「誰か、彼の知り合いにはいるのよ、たぶん。友達とか、うーんと、親戚・・・じゃおかしいわね。」 「普通はダナ、フォックスとかだろ?友達なら。」 「・・・・私達は普通じゃないのね。」 「僕はダナって呼んでもいいけど。仕事じゃない時は。・・・これから、そうする?」 「何を今更言ってるのよ。調子が狂っちゃうから、遠慮しとくわ。モ・ル・ダー!」 いつもなら、もうとっくに飛び出していてもいい事件なのに、 モルダーは、何をぐずぐずと座り込んだまま、どうでもいい会話をしてるのかしら。 でも、まあいいわ、また変な事に首を突っ込むよりは。 どうしたんだろう。 なんだか、スカリーを目覚めさせたのをちょっと後悔してる。 もっと、僕の膝で眠っていて欲しかったって、凄く思ってる。 面白そうな事件なのに・・・ スカリーはスカリーの、モルダーはモルダーの、心の鏡に向かって、呟いていた。 突然電話が鳴る。 モルダーは、スカリーと目を見交わすと、電話に飛びついた。 「スキナーだ。今BOXテレビ局で・・・」 「今、テレビで見ていました。立てこもり犯が捕まったところを。僕とスカリーの名前を叫んだように思えたんですが・・・」 「あぁ、そうだ。君たちの名前を呼んでいたあの男に、心当たりは?」 「いいえ、犯人の男には、見覚えは無いです。スカリー?」 モルダーの傍らで、じっと電話の遣り取りに聞き入っていたスカリーの方に、目線を送ると・・・ スカリーは、首を小さく横に振った。 「スカリーも、心当たりはないそうです。」 「・・・・・ふむ。なるほど、スカリーも一緒なのか、そうか・・・・。」 ちょっとした間があって、スキナーは次の言葉を発した。 「二人揃っているのなら、話は早い。明日の朝一番で、向こうへ行ってくれたまえ。君たちの仕事だ。」 「僕らの名前を叫んでいたからですか?」 「いや、それだけではない。いろいろおかしなことになっているらしい。向こうじゃ、この手の奴に、 相手になれるような人間がいないからな。君たちが名指しで要請されてきた。」 「この手のやつということは・・・XFなということですか?」 「いやぁ、まだ何とも・・・。とにかく現地で直接話してみる事だ。頼んだよ。」 電話を切りモルダーが振り向く。 スカリーは、カウチに投げてあった上着に、そそくさと袖を通しながら、モルダーに尋ねた。 「私たちが出向いていく必要があるのね?」 「あぁ、朝一番に。向こうの支局からのご指名だ。」 彼女は、あっさりともう帰り支度だ。 モルダーは、興味を引かれる事件に遭遇しているというのに、ちょっと落ち込んだ。 「あなたは、べつに要請が無くても、行くつもりだったのでしょ?」 「君は僕の心が読めるらしいな。それじゃ・・・・今考えた事は?」 「うん?・・・今夜の寛ぎタイムはお終い。さぁ、明日の準備をしよう!・・・どう?」 「・・・まぁ、そんなところかな。」 スカリーは、てきぱきと、明日の打ち合わせをし始める。 モルダーは、いつものように、すっかり仕事モードに切り替わっているスカリーに、応答しつつも、 何故か萎れていく自分の気持ちを、もてあましていた。 もっと、ゆっくり二人で過ごしたかった・・・て、ほんとは考えてのに、はずれだよ、スカリー。 ま、スカリーは、いつもこうなんだけどね。でも、ちょっと傷ついた。 僕は、きみとこんな風にカウチで過ごす時間を、とっても大切に思ってる。 だけど、きみはそうでもないのか・・・ どうしたのかしら、モルダー。調子が上がらないわね。 私、疲れ果てているから、もう少しカウチでのんびりさせてもらいたかったけど、 あなたのだぁい好きな面白事件らしいから、こうして元気を奮い起こしているのに。 話も聞いてあげないで、うたた寝しちゃったから、ご機嫌損ねちゃったの? だって、あなたの横にいると、ほんとに休まるのだもの。 ハードな仕事も、あなたと時々こんな風な時間を持てるから、なんとか続けてこられる、 なんて言ったら、軽蔑されちゃうかしら。 仕事に関しては、ほとんど目を見交わすだけで、会話している二人だった。 しかし、互いにノックし合わないことを、固く誓っているかのような小部屋が、 それぞれの心の片隅にあった。 二つの小さなその小部屋は、しまいこまれる物思いで、いまやパンクしそうになっていた。 >>>>翌日、現地<<<<<<<< モルダーは、ようやく18歳になったばかりという、 モルダーよりも、更に大きな体の少年を相手にしていた。 威圧感を与える見かけとは異なり、話してみると, 内気な、ごく普通の地味な少年だった。 でも、話してることは、普通じゃなかった。 「きみの目の前に居る僕達が、誰だかわかってるんだったね?」 「はい。FBIのモルダーとパートナーのスカリー。上司はスキナー。モルダーの妹はサマンサ。 でも、子どもの頃、行方不明になった。」 「・・・・ううむ、そこまではいいんだ。何故知ってるかは、問題だけど。 でも、その後のこれは何なんだ? 僕達はドラマの中の人物だと?テレビでモルダーとスカリーを演じているんだって?」 「・・・僕も、よくわからないんだけど。FBIや警察の人が、モルダーとスカリーというのは、 実在してるというから、てっきりテレビドラマのモデルになった人がいるのかと・・・そしたら・・・」 「あぁ、まるで本物が目の前に現れて、仰天したというわけだ。」 「はい・・・あのぅ、あなた方がいるのだったら、そのう、スキナーも本物がいるっていうこと?」 「あなたの思ってる本人かどうか知らないけど。あとで対面できると思うわ。」 スカリーも、たまらず、割り込んできた。 「その人、禿げてて、体格良くって、眼鏡かけてる?」 「えっ、ええ・・・そうよ。ちょっとモルダーっ!」 スカリーは、うつむいてくっくっと笑いをかみ殺しているモルダーに、かすかな肘鉄を食らわした。 「きみのわかりやすい描写に感動したよ。それでと・・・スキナーもテレビの世界の人だと?」 少年はこっくりと、素直に頷いた。 「ふうむ・・・・それについては、また後で詳しく聞くことにして、 きみがテレビ局に暴れていったのは、 ある人物に会って、脅迫するためだったとか? そうなのかい?」 「脅迫じゃないよ。モルダーとスカリーをこれ以上ひどい目にあわせるなって, ドラマのプロデューサーに 言いたかったんだ。何としても、やめさせなければ、 僕もおばあちゃんも、胸がつぶれてしまう・・・・」 「クリス・カーターと言うんだったね。彼に会って、抗議したかったわけだ。」 「そうです。あいつが二人の運命をすべて握ってるんだ! それなのに、そんな人間はどこにもいないっていうし、 もっと酷い事に、そんな番組なんて存在しないなんていうから、あんまり僕を馬鹿にしてると思ったんだ。 持ってたナイフを、思わず、意地悪なテレビ局のおやじに突き出してしまったら・・・こんなことになってしまって。」 「ナイフね。きみは体格だけでも充分脅しの効果があるのに、 刃物まで持ち出そうと 初めから考えて持ってきてたの? そう。良くないなぁ。 で、そんなに激しく抗議したくなるほど、 酷い目に合ってるの? 僕とスカリー?テレビの。 どんな目に遭ってるのかな?」 「モルダー、ちょっと・・・」 スカリーがモルダーの肘を軽く引いて、部屋の隅に連れて行った。 「あの子の妄想を、事細かにここで聞くつもり? 精神鑑定でもして、事件性が無いということでおしまいにすればいいんじゃないの?」 「いや、ことはそう単純じゃないよ。なんでサマンサのことまで知ってるんだ?それに、あの子が 名指しで会いに行った相手についても、もう少し詳しく調べたいんだ。存在しないわけないと思うよ。」 また、彼独特のアンテナが、何かを察知したらしいと知って、スカリーは仕方なく承知した。 このアンテナの性能の良さは、これまでの経験でよくわかっていたからだ。 少年の「妄想」は後日改めて聞き出すことにして、その日は、身元を確認する事が急がれた。 しかし、少年が祖母と二人暮しだと言った住所には、全く別人が住んでいる事がわかり、 今度は少年の方が慌ててしまった。 その日、確かに家を出て、バスに乗って、電車にも乗って、それから、大部歩いたりもして・・・・ という足取りを元に戻るようにしてみると、彼のいう住所にはたどり着くのだった。 モルダーは、何度もその道順をたどっていたようだが、一方スカリーは、少年が、精神のバランスを おかしくしていると考えて、病院関係をあたっていった。 が、なにも進展しない。 事件そのものは、テレビ局という派手な現場だったために、「プロデューサー殺人計画」なる大仰な、 およそ実態とかけ離れたタイトルがついて、一時騒がれた。 しかし、少年は特に誰かを刺したわけでも、脅迫したわけでもないので、間もなく捜査も終了、 世間も関心を無くした。 なにしろ、もっと凶悪な犯罪が次から次へと起っているのだから、すぐにまた違う騒ぎの材料が見つかるのだった。 少年は罪をとがめられるということではなく、身元が宙ぶらりんな間、施設に預けられる事になった。 モルダーは、引き続き彼に時々会いに行った。いまや、この少年に関心を持っているいるのは、 モルダーだけだった。 そんなモルダーをそのままにして、スカリーは、この件は一旦終了させ、他の事件で応援に駆り出されることになった。 出かける朝、スカリーは、ファイルを握ったまま熟考中のモルダーの方を、そおっとうかがうと、邪魔にならないように 静かにオフィスを出て行こうとした。 「ね、スカリー。あの子はやっぱり、こっちの世界の子じゃないんだよ。」 急にモルダーが、スカリーの背中に向かって声をかけた。 デスクの上に上げていた足をおろして、ゆっくりと組み、手に持ったファイルをひらひらして見せた。 「そんなことを、ずっと考えていたの?」 モルダーは、少年の足取りを何度もたどってみて、彼が正直に自分の行動を話していると確信したこと、 バスに乗車中、居眠りしたとかで、一部記憶が途絶えていること、などを、順々にスカリーに聞かせていった。 そして、その移動中のどこかが、彼が、元の世界から、こちらの世界に迷い込んだ入り口ではないか、 と言い出した。 スカリーは、当然承知できなかったが、完全に否定もできなかった。 異世界から紛れ込んだような人物には、XF課は何度か遭遇していたからだ。 この7年間で、私も変わったものだわ。 モルダーの、奇妙な根拠のない推理に、この頃とても惹かれてしまうのよね。 結論はでないこの種の論議を保留にして、スカリーは出かけていった。 彼女が、数日地方に出向いた後、久し振りに地下のオフィスのドアを開けると、 かなり早い時間にも関わらず、モルダーがもう、いつもの定位置についていた。 テイクアウトの食事の残骸が散らばったデスク周りは、常にも増してすさまじく、 積み上げたノート類と何か厚い冊子の向こう側に、モルダーは突っ伏していた。 迂闊に進むと、何かを踏みつけそうで、スカリーは、そろそろと足元を気にしつつ、 モルダーに近づき声をかけた。 「モルダー、どうしたの?なんだか、いつもより更に麗しい状態になってるけど、何かあったの? モルダー?・・・・モルダー!あなた、いったい・・・どうしたというの?」 のろのろとようやくモルダーが顔を上げた。 その姿から、スカリーの留守中、オフィスに篭りっきりだったような気配が窺えた。 無精髭がうっすらと伸び、髪はぼさぼさ、シャツももちろんよれよれだ。 だが、それよりも何よりも、顔中ぐしゃぐしゃにして、涙を流しているのが尋常ではなかった。 「モルダー、あなた泣いてるの?」 「スカリー。これは酷すぎるよ。あんまりな運命だ。」 モルダーは、涙を拭いながらそう言うと、スカリーの手を掴み、ぐっと引き寄せて、彼女を膝の上に 乗せてしまった。 モルダーの予期せぬ行動に、スカリーは何事が彼に起ったのかと心配そうな顔で、 そのままモルダーが長い腕で抱き締めるに任せている。 モルダーは、スカリーの温もりを確かめるかのように、しばらくじっと抱いた後、ゆっくりと彼女を解放した。 「ね、モルダー、もう気が済んだ?なにがあったのか、話してくれる?」 スカリーは、モルダーの膝の上から、慎重に降りながら、彼の目を覗き込んで言った。 椅子に座っているモルダーと向き合うように、彼の前にしゃがみこむと、モルダーがスカリーの両肩に 手を置いて言った。 「スカリー、僕達は今、二人とも揃って、健康だよな?」 「え?えぇ、そうね。少し疲れは溜まっているけど、ここのところ、病気らしい病気はしてないわね。」 「きみの家族も、病気で亡くなられたお父さんの他は、みんな揃っているよな?お姉さんも元気だよ ね。」 「ええ、もちろんよ!何をおかしな事聞くのよ。メリッサに誘われて、また変な集会に出かけたでしょ?」 「変なって・・・。でも、きみのお姉さんが元気で嬉しいよ。僕の方も、相変わらず離れて暮らしてはいるが、 両親もそれなりに安定して生活している。サマンサは、居なくなってすぐ事故死だった事がはっきりしているし。そうだね?」 「ええ、そうよ。何を改まって私に聞いてるの?」 モルダーは、ようやくにっこり微笑んで、もう一度、スカリーに覆い被さるようにゆっくりと抱擁した。 「モルダー!変よ。ちゃんと説明してくれない?」 スカリーは、モルダーの、ゴリゴリした無精髭の伸びた顎を、頬に感じた。 さすがに今度は抵抗し、手を振り解こうともがいている。 「スカリー、僕は今、幸せを噛み締めているんだ。僕達はなんて幸せなんだろうって。 きみが留守にしてる間、一人きりでずっとこれを読んでいたら、救いのない話にもう胸が 塞がる感じで・・・。きみの元気な顔を見て、ようやくほっとしたよ。とにかく読んでみて、これ。」 「何?」 「あの子が持っていた、僕らが主役のドラマのストーリーさ。ノートにはきちんと感想と細かなストーリー が書いてあって、それから、オークションで手に入れたという使用後の台本とかも、駅のロッカーにしま ってあったんだ。内容ときた日にゃ、もう、ひどいもんさ。よくぞここまで、むちゃくちゃな人生を与えてく れたもんだよ。『モルダー』と『スカリー』に。」 「ちょっと、モルダー、これ全部読むのにどの位懸かると思うの?あなたもう読んだんでしょ? かいつまんで話してよ。」 スカリーはようやくモルダーの腕から逃れると、側の椅子に座りなおして、腕組みした。 「うーんと・・・まず、今、僕らは7年になるよね、パートナーになって。」 「えぇ、それで?」 「彼らは、この時点で、もうぼろぼろの人生さ。まず、僕。妹は、なんとエイリアンにアブダクトされて、 なにか酷い実験に晒された後、死んだらしい。父は、エイリアンと手を組んだ闇の組織の片棒を担い でいて、挙句に殺される。母は、自殺だ。もう家族は、僕には誰も残っていないんだ。」 「それって、ドラマとしては、チープ過ぎよねぇ。そんな悲劇ばっかり羅列したら、見てる側はかえって 白けてしまうじゃない?不自然過ぎるわ。さあて、では、私は?」 「・・・・きみも、お姉さん、メリッサを亡くしてる。」 「まぁ、他は無事なのね。良かった事。」 スカリーはわざとらしく手を胸にあてて、安堵のポーズをして見せた。 「いや、それがそうでもなくて・・・・」 モジモジとモルダーが言いにくそうに口篭もった。 「なに?まだおまけが付いてるの?」 「あの、きみの場合は家族がでなく、君自身が災難に遭っているんだよ。スカリー、きみは、以前に、 精神錯乱になった元CIAに誘拐された事があっただろう?山の中の小屋に監禁されていたね。三日 間かそこら。」 「ええ、ドゥエイン・バリーね。それが?あなたが居場所を見つけ出して、助けに来てくれたじゃない。 えっと、新人の・・・クライチェックと一緒に。」 「それが、あっちの世界では、もう凄い事になってるんだ。きみは、奴から、エイリアンに引き渡され、 もう想像を絶するひどい実験をされて、謎のチップを首のここに、埋め込まれるんだな。 それに、あの気が利かないけど、真面目なクライチェックは、いつの間にかすばしっこくて悪賢い 悪の手先に成長してるし。」 「ふーん。あの解剖した遺体を正視できないような柔な彼が、どんな訓練を積ませたら、 悪の手先としてお役に立つ人間に変身出来るというの?それに、彼、早くにお母さんを 亡くしたとかで、お父さん思いのいい息子よ。まさかそんなことになるはずないわ。 ・・・で、そういうことなら、この私は、チップとやらを埋め込まれて、いったいどんなやつに 変身するのかしら、楽しみだわぁ。」 「いや、チップは、一旦は取り除かれるんだ。そして、今度は、それが原因で、治療がとても困難な 癌に侵されて、君はついには瀕死の状態までいくんだけど・・・・」 「わかった、結末を当ててみせるわね。モルダー、あなたが王子様になって、助けてくれるんでしょ、 どう?」 「少しだけ当たり!僕がペンタゴンの地下の、秘密の倉庫からチップを奪うんだ。それをもとの位置に 埋めたら、あらら、すっかり癌は消えましたとさ。」 「なあに、それで終わり?安易な展開ねぇ。今時、子どもでもだまされないでしょ、そんなお話リアリティ が無さすぎよ。それ、笑わせようとしてるの?」 「いや、読むとそれなりに感情移入できて、これが泣けるんだ。スカリーとモルダーの絆の深さとか、 お互いを思い合う気持ちに打たれるんだよ。まあ、コメディっぽいのは他に、あるけどね。 僕がきみとダンスをしたり、野球したり、きみが吸血鬼の保安官を気に入ったり・・・魔女にお願いを 叶えてもらうのもあったな。でも、そういう楽しい日々もあるにはあるが・・・結局は暗く哀しい人生なんだよ、 僕たち二人。」 「そう・・・ご愁傷様ねぇ。で、今読んでいたのは?あなたにそれほどの涙を流させたお話はどれ?」 「・・・・これ、このページから。でも、えーと、これがいいか・・・先にこっちとこっちも読んで。 伏線があるんだ。」 スカリーは二冊の台本と、一冊のノートを渡されて、まず先に読めと言われた台本を手にとり、 読み出した。 モルダーは、椅子に深々と座り直し、静かに読み終わるのを待った。 スカリーは、途中まで読むと、何度か顔を上げ、モルダーに、問いかけるような視線を送った。 モルダーは軽く頷き、次をどうぞというように、手を振って、先を促した。 スカリーの眉間にたてのしわができ、眉が寄せられて、気難しそうな表情になっていく。 2冊目を読み終わった時、少しだけ、濡れた目を拭う仕草をすると、さっそく最後のノートに取り 掛かった。 今度は時々苦笑を浮かべ、首を横に小さく振ったり、目を丸くして、わお、とか言ったりしていた。 が、最後まで読み終わると、なんともいえない微妙な顔付きになって、ノートを閉じた。 「モルダー、最後のこれは何?どうしちゃったの、私。おかしいじゃない。前の2冊によると、不妊の体 にされていて、エミリーという子が、取られた卵子で作られて、でも病気で助からなくって・・・それなの に、なんで最後にこうなるの?妊娠したって告白して、嬉しげって事は、私、子どもが欲しかったの? 誰の子ども?この最後の感じでは、相手はまるで、まるで・・・」 開いた口が塞がらないとばかりに、口をぱくぱくするスカリーに向かって、 モルダーが、わかるよ、というように、うんうんと頷いた。 「いつの間に・・・。私達、というか、彼らはそうなってたの?どこかにそんなシーンが?」 モルダーは、首を傾げ、それから、小さくNOと首を振った。 「ちょっと疑わしいシーンが無きにしもあらずだけど。でも、たぶん何も無しなんだろうよ。次のこれに よると。」 「何?ふーん、これはインターネットの記事をプリントアウトしたものね。」 「まだ、確実な内容ではないらしい。諸説入り乱れてる感じだよ。でも、こういうのが現実にドラマに されるのを、あの子は止めたかったみたいだな。」 「でも、たかが、テレビドラマのストーリーでしょ?なんでそこまで・・・」 「彼は、歳の割には、幼くて、感情のコントロールに問題ありと、分析されてるよ。それに、彼を育てて くれた祖母が、あのドラマの二人の大ファンだそうだ。ドラマの成り行きを固唾を飲んで見守っていて、 この頃は、心臓が弱いのに気を揉み過ぎて、具合が悪くなったりしたそうだ。」 「まぁ、それで、あんな暴挙にでたのね。では、その記事を読むわね。」 スカリーは、モルダーから受け取った印刷物を、あまり気が進まなそうに読み出したが、 げんなりした顔になった後は、あはっはっはぁと、笑い出してしまった。 「どうしたの?僕はもう、二人が気の毒で気の毒で、泣けてきてしょうがなかったのに・・・きみは、 なんで笑ってるの?」 「はっはっはぁー・・・・・モ、モルダー、だってぇ・・・あなたに精子を提供してもらった説はともかく、 エイリアンの子どもがお腹にいるかもとか、あなたまでエイリアン化しちゃうとか、はたまた、スキナーが 父親説まで出てきたりして、まったく笑う他無いでしょ。なんでこんなので泣けるのか、理解に苦しむわ。」 「・・・ねぇ、スカリー、僕に精子を提供してもらってもいいの?きみと僕の子どもを産んでもいいの?」 「は?なに言ってるの?どうしてそこにだけ、反応するの?おかしいわ、モルダー。」 「いや・・なんでも・・ない。ただ、きみが僕の愛情を受け入れて、僕の子どもを身篭るのなら、こんな 嬉しい事はないよ。だけど、愛情の交歓も無しじゃあんまり気の毒、なんて思ってたら、今度はエイリアン の子を植え付けられただのって。僕もスカリーもかわいそうで・・・泣けてくるだろ?ね?しかも、僕の子 どもをスカリーに託してなら、命懸けでどこへでも行くよ。だけど、得体の知れないものがきみを蝕むか もしれない時に、僕ときたらどこかに行ったまま帰ってこなくて、君を助けに行けないんだよ!なんて辛 くて、悲しいんだ!」 「まー、そういう風に言われれば、気の毒かもね、この二人。」 「そうだろ?まったく人の人生を何だと思ってるんだ。こんなに身を犠牲にして悪と戦って、何にも幸せ を手にしないなんて、酷すぎる!スカリー、きみが可愛そうでたまらないよ。あぁ、僕も、大いに抗議し たいね。君の体を使ってなんて非道なことを・・・」 「ちょっ、ちょっと待ってよ、モルダー。これはお話なのよ、しかも、今言ってることは、お話の世界でも、 仮のストーリーでしょ?現実とごっちゃにしないで、しっかり目を覚ましなさいよ。現実の私は、健康 な体なの。だから、こんな回りくどい方法で妊娠する必要はないの。ね?わかってる?ドラマの二人 と違って、私たちは、ちゃんと普通に愛し合えばいいのよ。」 「・・・・おぉ、スカァリー!」 モルダーは、スカリーの言葉を聞いて、思わず立ち上がると、彼女に詰め寄って行った。 「それって・・・僕と愛し合うってこと?僕を、愛してるって言ったの?」 「私、なんか変な事口走ってしまったかしら・・・モルダー落ち着いて・・・・」 泣いたり怒ったりのモルダーをなだめようとしたあげく、スカリーは、うっかり心の奥の小部屋を開けて、 しまいこんでいた思いを、口に出してしまっていた。 モルダーの方も、ドラマの中のモルダーとスカリーの過酷な運命に沿って気持ちをなぞっているうちに、 今までの積もり積もった感情を、もう抑えきれなくなってしまっていた。 「ねえスカリー、クリスとかいうプロデューサーが考え出したお話ほどには、僕達には酷い人生は待っ てないかもしれないけど、でも・・でも、今が大切なんだ。この先何が起るかわからないのは、彼らと同 じだよね。僕達、幸せを、先送りしてちゃダメなんだ。そうだろ?」 「モルダー?何を言い出すの?私は今でも幸せよ。家族にも、仕事のパートナーにも恵まれてるもの。 このままがいいのよ、このままが。」 しかし、モルダーの迫力に押されたスカリーの反論は、弱いものだった。 モルダーは、ここで怯んだら、二度とチャンスは巡ってこないと思い、更に一歩踏み出した。 今、彼は、これまで自分を納得させていたバランスの良い関係なんて、言い訳だし、幻想だったという ことを、はっきり悟った。 第一、ドラマとはいえ、あっちの世界の二人に悪いじゃないか。 健康な体を持ち、離れ離れにされるような心配もないのに、 ずるずると足踏みして前に踏み出さないなんて、罰が当たるというもんだ。 彼らは、恋人としてのキス一つするのさえ、いくつもの苦難を乗り越えなきゃならないんだぞ! 僕達は、すぐにできる状況にあるのに、なんでこんなに無理な我慢をしてるんだ! スカリーが聞いたら猛烈反論が出そうな、支離滅裂な理屈で自分を奮い立たせて、 モルダーはスカリーをきつく抱き締めた。 そして、彼女の顎に手を軽く添えて、上を向かせた。 スカリーは目をいっぱいに見張って、モルダーを見上げている。 モルダーの目を真っ直ぐに見詰めるスカリーの目の色には、意外にも非難の色は無かった。 彼女の白い肌は見る見る間に紅潮し、唇が柔らかく光っている。 「I love you.」 スカリーの目をじっと見て、モルダーはそう言った。 それから、ゆっくりと唇を近づけた。 そして、積年の想いを込めて、長く長く、口付けした。 心ゆくまで彼女の唇を味わい、次いで緩く開いた唇に、更に、舌をすべりこませた。 モルダーの腕の中に、すっぽりと収まってしまっている小さな体は、 始めの緊張が解け、モルダーの手が優しくさするのを許していた。 スカリーの両手がモルダーの首に回され、ちょっと唇が離されたが、 また、今度はスカリーの方から、唇が寄せられてきた。 雑然としたオフィスのは静まり返り、いまだかつて無かった濃密な空気が満ちた。 モルダーとスカリーは、ただお互いの熱い息だけを感じていた。 オフィスにいるのだという意識は全く無くなり、手に触れる相手の肩とウエストの感触、 唇に触れる相手の唇と首筋の感触、ただそれらだけが二人の感覚の世界に存在していた。 突如、電話が鳴り、静寂は引き裂かれた。 弾かれたように、二人は離れ、モルダーが受話器をゆっくりと取った。 誰が見ているわけでもないのに、居たたまれない思いで、スカリーは意味も無く髪をさわり、 ブラウスの胸元を合わせたりした。 「モルダー。誰が見つかったって?あ、あぁ、わかった。すぐ行く。OK」 「何?」 「例の少年のターゲットの男らしいのが、以前住んでいた場所がわかったそうだ。」 「私も行けばいいのね?」 うん、と頷いて、モルダーは、オフィスの戸口まで行くと、ドアを開け、スカリーを待った。 スカリーが、前を通り過ぎる瞬間、モルダーは、彼女の耳元で 「続きはあとで」 と、囁いた。 そして、濃密なキスの余韻を残したスカリーの唇に、今度は軽く指を触れると、 固まってしまったスカリーを置き去りにして、大股に歩いていった。 <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< 少年が会おうとした相手の、クリスという男は、10年も前に突然いなくなったらしい事が、 もとの住まいを訪ねた時、判明した。もう他人が住んでおり、何の痕跡も無かったが、 男の住み家の大家が、いなくなった日のことを、よく覚えていたのだ。 売れないシナリオを書いていたらしい。 彼を最後に見たのはここだと、大家に言われたのは、少年が、自宅からやってきた足取りを確認した 道筋にあった。 それからモルダーは頭をフル回転させ、そしてその辺り一帯を歩き回った。 数日後、少年は帰って行った。たぶんもとの世界へ。 モルダーが、独特の勘で割り出した、向こうへの入り口と思われる場所に連れて行ったのだ。 モルダーとスカリーも、少年と、恐らくクリスという男も、入ったきり向こう口には出てこなかった トンネルの中を、注意深く歩いてみた。しかし、自分達の横を通り過ぎる車の流れと同様に、 ごく普通に、向こう口へとたどり着いてしまった。 トンネル内を歩いて戻れば、彼ら二人が元のままの世界にいる証拠に、乗ってきた車はそのままあり、 局に帰ると、スキナーに呼び出されていた。 ついでに、クライチェックは、相変わらずの人懐こい笑顔で近寄ってきた。 何故、自分達は、弾かれてしまうのだろう。 少年とクリス・カーターなる男が、何故行き来できたのか・・・XFらしく謎のままだ。 しかし、いつものように僕の説に懐疑的だったスカリーが、今度ばかりは向こうの異世界の存在を かなり信じるようになったのは、収穫といえる。 >>>>>>>再びモルダーのアパート >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> カウチでビール。 一仕事終了した後の、いつもの光景。 二人だけの、ささやかな慰労会。 テレビの音声。 会話が無くても、二人で心地良い時間。 モルダーは、シャワーで仕事の疲れも洗い流し、すっきりした顔付きで。 スカリーは・・・・シャワーの後の濡れた髪のまま、白い肌も温まった色合いで。 二人は、浅いキスを繰り返していた。 ビールの香りのするキスは、今までの二人のほろ苦い思いそのままだった。 今夜は、二人の心の扉の鍵は、もうとっくに壊れている。 だから、それはもう、お互いの相手を求める感情が、なんの躊躇いも無く溢れ出ていた。 今度は、やんわりとした酩酊感が、はやる気持ちを少し緩慢にしてくれ、 楽しみの時間を引き延ばしていた。 カウチに並ぶ、バスローブ姿のスカリーとモルダー。 互いを緩く抱き締めていた手を離し、ビールの続き。 「モルダー、あの子、無事に戻れたの?」 「たぶん、大丈夫だろうけど、確かめる術はないから、なんとも言えないな。」 「あちらのスカリーとモルダーは、また二人っきりで、孤独に世界の危機に立ち向かってるのかしら?」 「そうだな、たぶん。だいたい、あんな大掛かりな陰謀を、二人でどうにかさせようというのが、 無理な話さ。無謀なお話を書いたもんだよな、例のプロデューサーも。」 また、微笑み合って、柔らかなキスを交わした。 「ねえ、あちらの私の赤ちゃん、順調に育ってるかしら?」 「そう願って止まないね。それに、モルダーにも、元気でスカリーの元に帰って来て貰いたいもんだ。 彼らにも、僕達みたいに、穏やかな時間を味わわせてあげたいよ。」 「そうすればあの子も、あの子のおばあちゃんも、安心するでしょうね。」 モルダーがスカリーの良い香りのする首筋に、小さく音を立てて、キスをした。 「スカリー、僕達は、あちらの二人の分まで幸せにならないと、彼らに悪いよね?」 「あら、彼らは実態のないお話の中の人物だから、そんなに気にかけることないわ。  でも・・・今が大切ってあなたが言った言葉は、そのとおりね。二人して、気持ちを抑えてばかりの 人生にはしたくないわね。」 「スカリー・・・・」 モルダーが熱い吐息とともに、スカリーの名を囁き、唇が、首筋を次第に下へと辿っていった。 「ねぇ・・・・モルダー・・・」 「何?」 「あれから、彼の残した例のドラマの資料、読んでみたわ。それで、あなたが すっかりはまり込んでしまったのも、納得できた。それに・・・向こうの彼女がちょと羨ましくなったわ。」 スカリーの首から顔を起こして、モルダーが、彼女の目を訝しげに見つめた。 「南極なんてところまで、たった一人で助けに来てくれるなんて・・・。彼女、深く愛されてるのね。 ちょっとあちらの私に、妬けてしまったかしら。」 そう言うと、スカリーはおどけた表情をして首をすくめて見せた。 「僕だって、もちろん助けに行くよ。スカリー・・・南極でも、北極でも、どこへだって、必ず!」 冗談めかしたスカリーだったが、目はおどけていなかったのをモルダーは見逃さなかった。 真っ直ぐ目の奥まで見通す、真剣なまなざしで答え、またゆっくりキスの続きを胸元に落とした。 「モルダー・・・あなたを信じてる。それで、一つ気になることがあるの。聞いてもいい?」 また、モルダーが胸元に伏せていた顔を上げて、やさしく頷いた。 こんなふうに甘えてくれるスカリーは、とても珍しく、嬉しかった。 「あちらのお話、役者が出揃ってて驚くくらいね?それで・・・・ダイアナ、という名前に、 あなたは、もう心当たりはあるの?それとも、これから私たちの人生に関わってくる人なのかしら? どんな役目なのか、とても気になるのだけど・・・・」 モルダーは、向こう側のドラマのスカリーほどではないにせよ、彼のスカリーが、かなり嫉妬深いことを、 これまでの経験から知っていた。 スカリーには、余計な情報は入れない方がいい・・・ まさか、クライチェックの父親の再婚相手が、ダイアナという名前とは! 何故か、わざわざ、母です、なんて奴に紹介されて、驚いたよ。 彼の母親やるには若すぎると思ったが・・・。 おい、まてよ、奴の父親は、クリーンな生活を好む息子とは正反対に、 確かヘビースモーカーだと言ってたよな・・・ うーむ、クライチェックとは、必要最小限度の付き合いにとどめておこう。 「モルダー?答えられないの?じゃぁ、やっぱりもう・・・」 「違うよ。これまで知り合った中にいたかどうか、少し考えてみただけさ。生憎そう言う名前の人物は いないね。気にするようなことじゃないって。」 モルダーは、スカリーのまだ承知してなさそうなとんがった唇を、自分の唇で、しっかり塞ぐ事にした。 モルダーのキスを素直に受け入れたあと、スカリーは、モルダーの目の奥を覗き込み、切実な感情を こめて言った。 「モルダー、そばにずっといて・・・お願いだから・・・。」 「約束する。僕は、きみを置いていなくなったりしない。子どもが授かれば、父親の役目も ちゃんと果たすよ。ね、スカリー」 モルダーは、ゆるゆると唇を移動させ、スカリーのバスローブの胸元を広げて顔を埋めると、 彼女の肌の滑らかさを唇でたどった。 スカリーは、彼の柔らかな髪に指を入れて、そっと撫でている。 目を閉じて、彼の唇や、指の動きを感じ取っている。 二人の吐息の熱さが増し、その熱がからだの中心に集まっていくのを感じていた。 「モルダー、この前の続き・・・」 「そう・・続きを・・・」 二人の手があちこちを彷徨い、肌にまとっているものが床に落とされていった。 7年も待たされた情熱は、火が点くともう止まらなかった。 こちら側のモルダーとスカリーのドラマは、新しい章が始まる。