−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− DISCLAIMER: The characters and situations of the televisionprogram        "The X-Files"are the creations and property of Chris        Carter,Fox Broadcasting,and Ten-Thirteen Productions.        No copyright infringement is intended. !!: 二人は恋人同士ではありません。予めご了承下さい。     この話は、『Quagmire(ビッグ・ブルー)』の後日談です。 Title: ろくでもない話 Spoiler: Quagmire/Clyde Bruckman's Final Repose By: 銀太 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− X-ファイルがX-ファイルじゃなかったことは、度々あることだ。 捜査した結果そのことがわかって、何度彼が淋しそうに俯いたことか。 ある意味、彼の夢が一つ消失する瞬間。 それがその時だ。 例えば…………“ビッグ・ブルー”はワニだった。 ** 夕暮れ時のFBI本部ビル屋上は、スカリーの好きな場所の一つだ。 ワシントンD.C.の街が、美しく夕陽に染まるのが見える。 冷めかけたコーヒーのカップを片手に、彼女はぼんやりとそれを眺めていた。 一昨日死んでしまったばかりの愛犬を想いながら…。 「………クィークエッグ………」 大きく息をついて名前を呟く。 スカリーのブルーグリーンの瞳がじわりと揺れた。 …同時に思い出すのは、あの人のこと。 ------クライド・ブルックマン。 彼に譲り受けた、彼の隣人の犬。 それがクィークエッグだった。 …あるいは彼は、あの子の死さえも見えていたのか…。 そう考えると、彼女は息も詰まる思いで目を伏せた。 スカリーは、コーヒーを一口啜って、 ふと、夕陽の沈み始めた方を見やった。 工事中のビルが見える。 大きなクレーンが高く高くそびえていた。 夕陽で逆光になって、クレーンは全くの影に見えた。 本来の機械っぽさ、赤や黄色のペンキの色。 それらをまるっきり隠して仁王立ちしているその形…いや、“姿”はまるで…… スカリーは、クスリと笑ってしばらくクレーンを眺めていた。 ** ビルでもっとも空に近い場所から、地面以下の場所まで戻ってくると、 スカリーは銀のプレートの張られたドアを静かに開けた。 「モルダー」 顔を上げたモルダーは、いつもより数段疲れて見えた。 かく言う彼女自身も、クィークエッグを亡くしてしまったことで、 かなり精神的に苦しくはあったが、どうにも彼はそれ以上に辛そうだ。 「…やぁ、スカリー。休憩は終わりかい?」 「ええ。…報告書、まだかかりそう?」 スカリーの言葉に、彼は答えなかった。 今日一日、全く持って能率の上がらない様子だったモルダーは、 未だにPCと向き合ってはいるものの、やはり手は動く気配があまりない。 それどころか、鬱陶しそうに目を擦ったりするばかりで、本当に気迫がない。 「ねぇ……どうしたの?昨日、眠れなかったの?」 今さらながらスカリーは不安に思って、デスクに近付きながら尋ねる。 「あぁ………ま、僕は慢性的な不眠症だけどね」 頬杖をついて答えながら、彼はニヤリと笑った。 でもその笑顔も、無理矢理作っているのは見え見えだった。 「…………ビッグ・ブルーのことで?」 スカリーが恐る恐る聞くと、彼はふっと笑った。 「君は笑うだろうから言わないよ」 そう言って、彼は作っている報告書に目を落とす。 傍目に見ても、彼の顔からは疲労が易々と読み取れた。 黒ずんだ目の下や、生気のない瞳が痛々しく思えてならない。 見かねて、彼女はモルダーの手をそっと取った。 「モルダー」 「………何?」 スカリーの強い視線を受けると、彼は少し困ったように表情を歪めた。 「笑わないから、言ってちょうだい」 「……いいよ、気にしないでくれ」 「いいから言って。きっと…」 スカリーは一度言葉を区切って、僅かに俯いた。 「…………少しは楽になるわ」 モルダーは首を傾げて彼女をじっと見つめた。 探るようにじっと………。 やがて、彼は小さく息をついて顔を背けた。 「…………僕は、子供だった」 スカリーが彼のデスクにもたれながら静かに頷く。 「………ビッグ・ブルーの背中に乗ってさ、あの湖をずっと渡るんだ。おかしいん  だよ。いつの間にか海にまで行ってさ……。夕陽が見えたよ。キレイだった」 囁くように、モルダーは穏やかな表情で言葉を紡ぐ。 その顔は切なくて、儚げで……スカリーは見つめながら胸を痛めた。 いつもいつも強烈な存在感を醸し出す彼が、妙に小さく見えるのだ。 「……そんな夢を見たんだ。笑っちゃうだろ?いい歳した大人が未練がましく…」 モルダーはクックック、と肩を揺らして笑うと、両手で顔を拭った。 「目を覚ましたら、もうその後は眠れなかった……ビッグ・ブルーはきっといる  よ。…絶対いるんだ。笑えるだろ?いるわけないって思うだろ?」 ------こんな彼は、嫌だ。 「…………そうね」 モルダーはスカリーの言葉を聞くと、顔を上げて淋しそうに微笑んだ。 虚ろな視線が宙を彷徨ってから、再び俯いた。 自信をなくして、やる気もなくして……ちっとも彼らしくない。 他人にどう思われようが、変人と言われようが、お構いなしの彼。 それなのに、今はどうだ。 ---自分を嘲っている。 “笑えるだろ?”という言葉の裏には、“笑ってくれ”という自嘲が隠されている。 彼の瞳に自信の光が宿っていないことなんて、あってほしくない。 いつだって真っ直ぐで、射るような光を放っていてほしい。 ………例えそれが私を悩ませようとも。 スカリーが唇を噛み締める。 見張った目は、確実に、抜け殻のようなモルダーを捉えていた。 “ビッグ・ブルーの背中に乗ってさ……夕陽が見えたよ。キレイだった……” 「……モルダー、ちょっと来て」 「……え?」 彼女はモルダーの手を握ると、きゅっと引っ張って立ち上がらせた。 訝しげに見下ろす彼にスカリーは、上目遣いに小さく微笑んだ。 「あなたも休憩した方がいいわ」 「…?」 不思議そうに首を傾げるモルダーを連れて、スカリーはオフィスを出た。 ** さっきは沈み始めたばかりだった夕陽が、今はもうほとんど姿を隠していた。 東の空はもうだいぶ暗い。西の空も、赤黒い夕焼け空を僅かに残すばかりで、 D.C.のビル街には闇が迫っていた。 スカリーは、モルダーの“わからない”という視線を背中に感じながら、 屋上を突っ切って、さっき自分がいた場所まで戻って来た。 柵に手をかけて、彼女は街を見渡す。 追いついて来たモルダーも、同じように柵に身体を預けた。 「………で?」 モルダーの短い問い掛けに、スカリーは彼の方に顔を向けた。 彼は夕陽が沈んだ方を眺めながら、言葉だけをスカリーに掛ける。 「君の意図は何だい?スカリー」 「……あなたに見せたいものがあるのよ」 「見せたいもの…?」 ようやくスカリーの方を向いた彼に、 彼女は、夕暮れの街の風景の、ある一ヶ所を指し示した。 「あれよ」 彼女の指に導かれるままモルダーは街を見やったが、 特に何も見つけられなかったらしく、首を傾げる。 「……どれ?」 スカリーが、微笑んでもう一度はっきりと指差す。 「あれよ。あの、クレーン」 「……ああ………あれが、どうしたの?」 彼女は、小さく一つ息を吐き出してから、静かに囁いた。 「…似てない?」 「…?」 モルダーはますます不思議そうに首を傾げてスカリーを見た。 しばらくクレーンを見つめてから、彼女はクスクス笑いながら彼に向き直った。 「未知の怪獣に」 「え…」 夕闇に浮かび上がる、巨大なクレーン。 実体を見てしまえば、金属でできた大型の機械に過ぎないけれど。 逆光で影になったその形……いや、“姿”はまるで…… ------夕陽を見つめる、大きな大きな怪獣のよう。 「前に言ったでしょ。人間の目は心の影響を受けやすいのよ。…“そう思って”  見れば、そう見えてしまうものなのよ」 「……………」 「…すごく身体が大きいのね。めいっぱいに首を伸ばしてるわ。…湖にいるって  言われてるそうよ」 呆然とスカリーを見つめているモルダーの瞳が、だんだん色付き始める。 彼女はしっかりとそれを見取った。 スカリーはクレーンに目を移して、強かにそれを形容し続けた。 「ねぇ、ほら、夕陽を眺めてるみたいだわ。じっと見つめてる……あぁ…彼は何て  名前だったかしら?ええと………」 モルダーのヘイゼルの美しい瞳が、さらに深く色付く。 驚きの色。喜びの色。……希望の色。 一昨日の一件以来曇ってしまっていた彼の瞳が、色を宿し始めたのだ。 ------彼の目が光を湛えている。 「そうよ、確か名前は…」 「“ビッグ・ブルー”」 彼は、少年のような微笑みを浮かべて怪獣の名を囁いた。 ……二日ぶりに彼の笑顔を見た。 自分の知識をひけらかして得意げに自慢する少年ような、 輝くヘイゼルの瞳が、この夕闇でもちゃんと見えた気がした。 言い表せない嬉しさで、スカリーは思わず笑みを漏らした。 無意識のその表情の美しさは、輝くほどだった。 「…そう。“ビッグ・ブルー”だったわ」 スカリーが頷いてみせると、モルダーは満足そうにもう一度クレーンを見やった。 「……どう?」 スカリーの問い掛けに彼の答えはなかった。 2人は、しばらくの間、じっと闇に沈み行くクレーンを見つめていた。 黙って見つめていると、やがてクレーンの付近に警戒灯が灯った。 ぼんやりと赤い光が点滅して、何となく幻想的にさえ見えた。 「………淋しそうだ」 「え?」 モルダーがぽつりと呟いた。スカリーが眉をひそめて彼を見ると、 彼の端正な横顔は、夕闇に浮かんで見えた。 目を細めて、クレーンの方を静かに見つめながら、 モルダーは柔らかく言葉を紡いだ。 「こんな都会に独りぼっちでさ………群からはぐれたのかな?」 穏やかな顔して、言うことは全く不可思議だからおかしい。 自分で彼を“乗せた”とは言え、やはりSpookyだ、とスカリーは思った。 「………ビッグ・ブルーは群でいる、って言うわけ?」 「さぁね。もしかしたらそうかもしれないじゃないか」 モルダーは肩を竦めて振り返った。スカリーが呆れて片眉を上げる。 それを見るなり、彼は苦笑して息をついた。 「ま、君はそもそも“いるわけない”って思ってるんだもんな。僕の言うことなんて  ちゃんちゃらおかしい、馬鹿げてる、ってな」 「…確かに、いるわけない、とは思うわ」 「だろ?」 スカリーは、にこりともせずに、モルダーの皮肉な笑みをじっと見つめた。 彼はその視線を受け止め切れず、笑みを歪めた。 しばらくお互いを見張りあった後、スカリーが静かに呟いた。 「でも、私は笑わないわ。……何故笑う必要があるの?」 モルダーがごくり、と息を飲む。スカリーは淡々と続けた。 「あなたが信じてることだもの、それはそれでいいと思うわ」 「……スカリー…」 「ただし、その信憑性のほどは全く保障しないけれど」 モルダーはその言葉に、困ったようにはにかんだ。 そして気まずそうに目をそらすと、赤い警戒灯を眺めた。 「……勝手にろくでもない話を信じてろってことか」 スカリーは目を見開いてモルダーの横顔を見つめると、 くるりと背を向けて柵にもたれかかった。 「誰もそんなこと言ってないわよ」 モルダーは彼女の方に振り返る。 スカリーは俯いて自分の爪先をじっと見つめていた。 スカリーが弾みをつけて柵から退く。 そのまま彼女は、モルダーを見ることもなく歩を進め始めた。 モルダーは彼女の表情を先刻から探ろうとしていたが、全く成功しなかった。 しかし、今もってスカリーは振り返らない。 モルダーは言い得ぬ不安が胸に立ち込めるのを感じた。 「“ろくでもない話”?」 数歩離れた所で彼女は、ピタリと足を止めて呟いた。 相変わらず柵にもたれたままスカリーの背中を見つめていたモルダーは、 小さく目を瞬かせて、彼女の動きを待った。 スカリーは僅かに肩を上下させると、そっと囁いた。 「……“それ”が真実であるかを証明する為に、私達は行動するんだわ」 刹那、宵の風が吹いた。 その穏やかな流れと共に、スカリーの言葉の響きは確かにモルダーに届いた。 彼の、愛しい小さな背中で、豊かな赤毛が風に揺れた。 「そうでしょ?」 そう言って振り返ったスカリーの笑顔は、 宵の闇に邪魔されて、モルダーには見えなかった。 だが彼もまた、その顔に穏やかな微笑みを浮かべた。 小さくも力強く、何度も何度も頷きながら…。 「そう……そうだよ」 …彼女との数メートルの距離がもどかしい。 でも、君はきっと笑ってくれているね。 ------僕がやっと笑えたから。 「全くその通りさ」 彼は満足そうに微笑みながらスカリーに背を向けると、クレーンを見据えた。 ------ビッグ・ブルー。 尊ぶように、慈しむようにその“姿”をじっと眺める。 そんな大きな後ろ姿を、スカリーは黙って見つめていた。 柔らかく美しい、穏やかな表情で。 しばらくして、彼女は小さく息をついた。 「……気が済んだら、報告書に取り掛かってよね」 スカリーはわざと冷たくそう言うと、静かに踵を返して屋上を去って行った。 一人残ったモルダーは、やがて、柵に額をつけて俯くと、 クスクス笑いながら、心強い相棒を想った。 「………Yes,Mom」 どんな時も僕を心から想ってくれる。 例え素っ気ない素振りでも。 例え何気ない一言でも。 どんな時も、影に日向に心配してくれる。 “元気出して”…なんて、ありきたりな言葉は言わないと知っている。 だけど……まさか、クレーンを指して“ビッグ・ブルー”だなんて! そのユーモアで、そのセンスで、その優しさで。 いつだって僕を導いてくれる。 ------真実の方向へ。 今さらになって、一昨日彼女が言ってくれた言葉が身に染みる。 ……“信じている限り、ビッグ・ブルーはいるわ” 「こんなことしてられないよな」 言い聞かせるように呟くと、モルダーはふっと身を起こした。 もはや夜景となった世界に、ぽつんと浮かび上がるクレーンが見えた。 群からはぐれて、取り残されたビッグ・ブルー。 きっと今もどこかで、探し出してもらえるのを待っている。 ---だから僕は探し続ける。 “そんな、ろくでもない話”、って思われるかもしれない。 それでも僕は探し続ける。 バカバカしいほどひたすらに、その存在が真実であると信じて。 そして、願わくば君が、 それを証明する為に、いつまでも一緒に行動してくれますように……。 「待ってろよ、ビッグ・ブルー」 モルダーは赤い光の点滅を睨んで、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、 勢いよく地面を蹴って歩き出し、屋上を後にした。 ---彼の最愛の相棒が、 今頃、地下のオフィスで彼の復活を待っていることだろう。 −The End− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <アトガキ> 再び現れました、銀太でございます。 今回は、『Quagmire』スポイルに挑戦しました。 あのストーリーのラストで、 ビッグ・ブルーの正体を知って呆然としてしまったモルダーが、 いかなる経緯で立ち直ったのか、という部分を勝手に作ってしまいました。 そして、もちろんそこには多大なるスカリーの温かさが影響しているのでした(笑)。 小さい頃から、工事現場の巨大なクレーンを眺めて、 「あー、ブラキオサウルスだー」と思っていた自分は、やっぱりSpooky;; *ブラキオサウルス:   草食の恐竜で、その長い首は高木の葉を食べるのに適していた。 そんなわけで、拙い作品で申し訳ありません。 ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。 −−銀太−− ◎ご意見・ご感想・リクエストなど頂けたら幸いです。 disposer2@yahoo.co.jp