!!: 二人は恋人同士ではありません。予めご了承下さい。     この話は、『安眠法』のモルダーバージョンです。 Title: Caty Night By: 銀太 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 眠れない夜。 そんなことはもう慣れっこだ。 ほとんど毎日が眠れない夜。 眠れても、浅い眠りをだらだら引きずって、 結局、朝になっても、爽やかになんて目覚めることはない。 だからこそ、眠れない夜は楽しく過ごしたい。 例えば、深夜番組をひたすらに眺める。 例えば、愛蔵版ビデオを観る。 例えば、ひらひら泳ぐ金魚をわけもなく観察する。 例えば、“ローンガンメン”を読みながら、どうでもいいことを考える。 例えば、ダイヤルQ2にコールしてみる。 ………あれは、深夜は高いから嫌だ。 そう言えばこの間は、 空のペットボトルとバスケットボールでボーリングもした。 あれはそれなりに面白かった。 ………下の階の住人から苦情が来たんだっけか。 まぁ、そうこうしているうちに、 いつの間にか眠っていたり、眠れないまま朝になったり。 ------そして今夜は、 「………やっぱり眠れない」 今夜もまた、つまらないな。 ………何か楽しいことはないかな? ごろんとカウチに身を投げ出して、両脚を放り出す。 さて、どうしたものか…と、しばらく考える。 ブラインドの隙間から、僅かに光が差し込んでいる。 忌まわしい記憶とともに、UFOの存在を思い出す。 眠れない夜。 例えば、UFOを探しに行く。 ………そんな選択肢も、無きにしも非ず。 ふと、何故かわからないが、赤毛の子猫が脳裏を掠める。 それは、小さな寝息を立てて平和そうに眠っている子猫だった。 ------人の気も知らないで。 そんな様子を見ると、鼻をつまんだりして意地悪したくなるのは、 人間の常ではないだろうか…なんて、思ってみたりして。 安眠法の一つに、“羊の数を数える”なんてのがある。 でも……羊を頼る前に、猫に助けを求めたい。 ニヤリと笑みを浮かべて、時計を見やった。 ---01:27 取り上げた受話器から聞こえるコール音。 二回ですぐに応対された。 『スカリー』 ぶっきらぼうなその声は、不機嫌さの証。 それに臆することなく、僕は話し続けることにする。 「眠れない」 彼女の言葉はすぐに続かなかった。 少しばかり緊張して、息を飲む。 ------もしかして…本気で怒ったかな? 「……スカリー?」 『……それで、どうして私に電話してくるわけ?』 「どうしてって」 『私はあなたと違ってちゃんと眠っていて、こんな時間に電話をしたら、非常に  迷惑をこうむるかもしれない…って思わない?普通』 予想していた通りの文句を並べ立てた彼女に、 ほんのちょっと辟易しつつ、用意してあった答えを述べる。 「ああ……そう言われてみれば。……で、今もそうだった?」 『……当たり前でしょ』 彼女が、面倒臭そうな受け答えをする前に、 一瞬の間を置いたのを僕は聞き逃さなかった。 「…ホントに?」 しばらくの沈黙があった後、彼女が渋々といった感じで呟いた。 『…………いいえ』 ------“いいえ”、だって? それって……君も眠ってなかったってこと? この時間なのに。 何となく心拍数が上がった気がして、小さく息をついて誤魔化した。 「…なぁんだ。じゃあさ、提案があるんだけど」 ---子猫が鼻をつままれて、うざったそうに起き上がる。 そんな構図が浮かんで、思わずニヤけてしまう。 「一緒にUFOを探しに行かないか?」 …別に、本当にそうしたかったわけではないが、 とりあえず、話題……というか、口実として挙げておく。 すると、今度はスカリーが大きなため息をつく。 『……モルダー。眠れない時に、どうしてそういう提案が浮かぶの?』 「その“眠れない時”を楽しく過ごす為さ」 『お互い大人しく、眠る為の努力をすべきだわ』 すぐにでも電話を切ろうとする様子の敵は、なかなかに手強い。 ---酷いな、スカリー。そんなに僕と話すのって嫌なのか? 僕は少し間を置いて、案を講ずる。 「…じゃ、こうしよう。ゲームをするんだ」 …ちっとも“じゃ”って内容じゃないんだけど。 でも、ま、いっか。 『……ゲーム?』 「そう。これから、しばらくの間、僕らは電話で喋り続けるんだ」 『…何を?』 訝しげなスカリーの声に肩を竦める。 「何をってことはないよ。適当な話題で、好きなように話すんだよ」 『…それで?』 「話してる途中で眠くなって、先に眠った方の負け」 『はぁ?』 彼女のどうでもよさそうな、投げやりな声を聞きながらも、 何となく頬が緩む。 『ねぇ……私達は眠れないんだから、先に眠った方が勝ちじゃない?』 ------眠れない夜を共有しているのが嬉しくて。 「スカリー、君は眠れないことが全くもってよろしくない、と思ってるんだな」 『だって……そりゃあそうでしょう?』 呆れたような彼女の声。 聞き慣れているはずなのに、何度聞いても新鮮だ。 受話器を通して、耳元に囁かれるのが心地いい。 言っとくけど…僕は変態じゃないぞ。 「慣れてみると、眠れないってのは案外楽しいもんだよ。昼間じゃ考えない  ようなことまで考えちゃったりしてさ」 『……私はあなたの“妄想”に付き合ってるほど暇じゃないのよ』 相変わらず乗り気じゃない彼女だが、発する台詞は何だか腑に落ちない。 「暇じゃない、だって?君は眠れないんだろ?それを“暇”と言わずに何と言う  つもりだい?」 『さっきも言った通り、眠る為の努力をする時間よ。決して“暇”ではないわ』 すました声音で言い切った言葉に、思わず吹き出してしまった。 しばらく続いた笑いを何とか抑えて、ようやく彼女に問い掛ける。 「スカリー、それって屁理屈って言わないか?」 彼女は絶句した。 ……“無意識だけど図星”だったんだな? 彼女の憮然とした表情を想像するとますます可笑しくて、 クックック、と笑いを漏らしてしまった。 『……わかったわよ。やるわ、その“ゲーム”』 ふてくされた声で答えが返ってきた。 僕は晴れ晴れとした気分で、カウチに横になった。 「よし、じゃ、ルール。10秒間返事がなかったら眠ったってことで、負け」 『いいわ。で、負けたらどうするの?』 「そうだなぁ……じゃ、今日の昼飯奢るってのでどう?」 『…ええ、いいわよ。あ、でも、カフェテリアは嫌』 突然現れた不満の言葉に、僕は首を傾げる。 「へぇ、何故?」 『だって、モルダー。最近、不味くなったと思わない?』 意外にも、真剣なスカリーの口調をきっかけに、 “ゲーム”はスタートした。 「ふぅん、そうかな?…例えば何が?」 『例えば……そうねぇ………』 眠れない夜。 そんなことはもう慣れっこだ。 ほとんど毎日が眠れない夜。 眠れても、浅い眠りをだらだら引きずって、 結局、朝になっても、爽やかになんて目覚めることはない。 だからこそ、眠れない夜は楽しく過ごしたい。 例えば、こうして彼女と話し続ける。 ………そんな選択肢もアリだ。 彼女の声が柔らかくて、温かくて、優しい空気をくれる。 寝心地は、気にするまでもなく最悪なカウチに横たわっているのに、 届いてくるこの穏やかな空気に包まれて、最高に気持ちがいい。 うん、このまま安らかに眠れるのなら、 明日の朝は爽やかに目覚められそうだな……。 ……どれほど時間が経ったのかわからない。 ---僕は、一体何をしていたんだっけ? 何だかわからないけど、 とにかく、久々によく眠れそうなんだよ………。 『…もうっ、今日は寝不足確実ね』 ……え? 『モルダー?』 薄れゆく意識の向こうで、誰かが名前を呼んでいる。 だけどもう、僕の意識は薄れる一方だった。 『………お休み、モルダー』 クスクスと微かに笑い声がする。 信じられないぐらい愛しい、穏やかな声がする。 『モルダー……言っておくけど、カフェテリアは嫌よ』 この声を聞くと、思わず笑みがこぼれる。 何故かわからないけど、 すごく安心して…心底ほっとして、口元がほころぶ。 にまにましながら全身に感じる、いっぱいに満たされた充足感。 それは温かさ、柔らかさ、優しさ。 ぬくぬくと安らぎの毛布にくるまって、あとは眠るだけ。 ------こんな夜は久しぶりだ。 眠れない夜に、こんな心地よさを与えてくれたのは誰だ? もう取り留めることはままならない意識の向こうで響いていた、 懐かしい声の主は一体誰だ? とにかく……君のおかげで今日はよく眠れそうだよ。 万年不眠症の僕が、だぜ? …そのうちに目の前は真っ暗になった。 ------赤毛の子猫が、寝惚け眼の僕の手に額を擦らせる。 そっと喉を撫でてやると、ごろごろ喉を鳴らしながら、 気持ちよさそうに蒼い綺麗な瞳を閉じる。 その表情を見ていると、悪戯心がざわめいて、 思わず、小さな可愛い鼻をちょこんとつまむ。 大慌てで前脚をじたばたさせた子猫に、 勢いよく引っ掻かれたので、僕は顔をしかめて手を引っ込めた。 すると子猫は、勝ち誇ったように強気な視線をこちらに向けてから、 すました顔で“にゃあ”と鳴いた。 子猫を飼ったことはないけれど、きっとこんな感じなんだろうと思う。 ---妙にリアルで、幸せな夢だった。 −The End− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <アトガキ> 不眠症はもちろん辛いものなんでしょうが、しかし彼のこと。 その中にも“楽しみ方”は見出してるんじゃないか、と自分は考えました。 なので、この話の中では、彼は眠れないことに関して楽観的にしました。 それにしても、内容のない話でどうもすみません。 ひよさまの為にっ!!……なんて意気込んではみましたが……。 モルはひよさまにご満足頂けるヤツに仕上がっていましたでしょうか…。 (最後の方でスカちゃんの声を聞いてニヤつくあたり変態ちっく?;) とにもかくにも、HP生誕三周年おめでとうございます♪ 新参者ながら、お祝い申し上げますー☆ 如何せん捧げ物に相応しくない、というツッコミは無しでお願い致します; −−銀太−−