−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− DISCLAIMER: The characters and situations of the television program        "The X-Files"are the creations and property of Chris        Carter,Fox Broadcasting,and Ten-Thirteen Productions.        No copyright infringement is intended. !!: 二人は恋人同士ではありません。予めご了承下さい。     この作品は、『Closure(存在と時間U)』の後日談となっております。     また、作中に宗教的な内容が含まれておりますが、作者はもともと、     無宗教な人間なので、表現が不適切な場合が大いに考えられます。     悪意は決してありませんが、そのような場合が許容できない方は、     どうかお読みにならないで下さい。 Title: 星が落ちてくる −前編− Spoiler: Emily/Sein Und Zeit/Closure By: 銀太 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ウォーク・インという幽霊達が、もしも本当にいるのだとしたら、 連れて行く子供を差別することはないのだろうか。 例えば………“人間ではないから”、連れて行ってもらえない、なんてこと。 もしも、そんなことはないのだとしたら、 何故、あの子を連れて行ってはくれなかったのだろうか。 あの子の死は惨たらしくはない、とでも言うのだろうか。 ------何故生まれたの? ------たった3歳で死んでゆくために生まれただなんて、決して言わせない。 あの子は今、どこで何をしているのだろうか。 ちゃんと天国に行けたのだろうか。 サマンサが星の光の元で、いつまでも幸せに暮らしていけるというのなら、 あの子だって、きっとどこかで幸せに暮らしていけるはず。 私はそう信じている。 今もどこかで、 あの金髪のおかっぱをなびかせて、 大きな目を好奇心でいっぱいにして、 きっと幸せに暮らしているに違いない……… ** 私は、休日だというのにフォックス・モルダーとかいうFBIの特別捜査官に、 昼過ぎに突然、浮かれ弾んだ声で呼び出された。 そこで、車を飛ばして渋々局へ向かっていた。 ……はずだった。 だが、実際はそうではなく、 どこだかわからない場所に辿り着いていた。 「……おかしいわ」 さっきの道をこうやってまっすぐ来れば、局の通りに出るはずなのに。 「ここ、どこよ……」 進んでも進んでも、戻っても戻っても、 周りは緑の森や畑に包まれていて、ワシントンD.C.とはとても思えない。 進んで来た時間は、ものの2、3分と経っていないはずだが、 もはや、ビルの陰も舗装道路の形も見当たらない。 農道沿いにある、水を張った畑。 これは多分……水田、というやつだろう。 きょろきょろしながら車をゆっくりと進めていると、 ふと、不思議な物体が目に入った。 すでに、戻ることも進むことも、にっちもさっちも行かなくなっていた私は、 走り続けることを諦め、その物体の近くで車を止めると、 降りてそれに歩み寄った。 …赤く塗った大きな太い木を組み合わせた、門のようなもの。 結った縄が掛けられて、そこから白い紙がひらひらとぶら下がっている。 日本の、“神社”というところだろうか…? 確かこの門は、“鳥居”というのだ。 “鳥居”の向こうには、長い長い石段がどこまでも上に続いている。 両脇は美しい木々の森に彩られて、まるでトンネルのようだ。 私は、ふと、昇りきった先に何があるのかが無性に気になり出した。 ------局で、私を呼び出したモルダーが待っている。 でも……セルは、この場所ではどうにも圏外になってしまって繋がらない。 どうしようもないし…仕方ない。 大体、今日は休日なのだ。 局に向かっていること自体が少しおかしい。 「ごめんね、モルダー」 私は、ポツリとすっぽかす詫びの言葉を述べてから、石段を昇り始めた。 石段をやっと昇りきると、森が開けた。 随分長いこと昇って来たが、囲まれた森の美しさは息を飲むほどで、 不思議と石段を昇る疲れを感じなかった。 ---こんなにいいお天気の午後だもの。寄り道もたまには悪くないわね。 そもそもなんでこんな場所に来てしまったのか、という疑問を追いやり、 自分に言い聞かせるようにして、うんっ、と伸びをした。 改めて辺りを見回すと、 石段からそのまま、石造りの道が伸びていて、 その先には、やはり、日本の“神社”というものがそこにあった。 石の道の脇にある“灯籠”というものには、火が灯されていた。 ---人がいるのかしら? 少し緊張しながら、ゆっくりと歩を進めていくと、厳つい顔の…獅子? ------いや、多分違うわね……何? とにかく、石でできた異形の動物が一対、立っていた。 「犬だよ。狛犬」 まじまじとその動物の像を見つめていると、不意に声がした。 私は驚いて飛び退いてしまった。 「…だっ…誰?!」 もう一つの像に背中をつけて、声の方を睨むと、 像の台座の影から、一人の少年が姿を現した。 「脅かしてごめんね」 真っ黒い髪の毛と、こげ茶色の瞳。 …日本人?中国人? そして、アメリカでは見たことのない、紺色の不思議な服装。 日本の“着物”のようだけど、そうでもない。 ツーピースに分かれているし……。 「このカッコ?これ、“甚平”っていうんだよ」 「…ちょっと…待って、あなた……」 ---どうして私の考えていることがわかるの? 「どうしてって、わかるんだよ」 少年はきょとんとした顔で、私を見つめている。 私は、いよいよ混乱して、何も言えなくなってしまった。 すると、少年はくすっと笑って、私が背をつけている方の台座に駆け寄った。 「なんで隠れてるんだよ?早く出ておいでよ」 そう言って、少年は台座の後ろから同じ位の歳背格好の少女を連れて来た。 少年と同じ真っ黒い髪の毛を三つ編みに結って、 こげ茶の瞳を恥ずかしそうに瞬かせている。 少女は、白地に赤で花の絵の描かれた“着物”を着ていた。 「着物じゃないよ。“浴衣”っていうの」 少女は笑いながら私の前に回りこんで来る。 そして、じっと私を見上げた。 「………大丈夫、悪い人じゃないね」 少女は少年に振り返ってそう言った。 少年は嬉しそうに私に近付いてくると、そっと手を取った。 私は、全く混乱しきっていたが、 とりあえず、この少年達がどういう存在なのかを確かめなければどうしようもない。 誘拐されてきたのか、それとも孤児なのか……。 「そんなんじゃないよ」 少女がくすくす笑いながら、石の道の周りに敷かれている砂利を蹴飛ばす。 その言葉が、私の考えていたことへの答えだとわかるのには、 私は数秒を要した。 ------どうして? どうして私の考えていることが…。 「ただ、わかるんだよ。それだけ」 少女はにっこりと微笑んだ。 もはや、二人に疑問を抱くのはやめるべきだと私は思った。 何故なら、かつて出逢った、 真に不思議な能力を持っていた人達は、皆こう言ったから。 真に能力を持つ人は、自分が何故その力を持っているのかがわからないのだ。 ただ、身についてしまった。 ただ、持って生まれてしまった。 どうして、と考えることではないのだ。---“持っていること”に関しては。 ------その代わり彼らは、 “その能力をどうするべきか”ということでいつも頭を悩ませている。 「ねぇ、どうしてここに来たの?」 少年は、きゅっと私の手を握って、私に問い掛けた。 少女もじっと私を見つめている。 「…どうしてって……」 ------わからない。気付いたらこの場所に来てしまっていた。 私は、そもそも局に向かっていたはずだったんだもの……。 「そう。わからないんだね」 「じゃ、誰かに呼ばれて来たのかも」 二人はにこにこしながら、私の手を片方ずつ握り締めた。 そして、三人で並んで“境内”という、廊下のような部分に腰掛けた。 私は、少女の言った言葉に首を傾げる。 「…誰かに呼ばれて、って?」 「だって、あなたが自分から逢いに来たんじゃなければ、呼ばれたとしか考えら  れないよ」 「私が…誰に逢いに来るの?誰に呼ばれるの?」 「さぁ、それはわからないよ。でも、今日来る人達の中に、きっといるんだね」 「……今日来る…人達…?」 少年と少女は顔を見合わせてから、 私に向き直って、悪戯っぽく歯を見せて微笑んだ。 「もう少し待ってて。もう少し暗くなったら来るよ」 もう少し暗くなったら? 私は思わず時計に目をやったが、ふと、ここはアメリカではなさそうだ、と思った。 つまり、時間が違うだろう、と。 「あなた、アメリカから来たんだ」 少女が私をこげ茶の瞳で、興味深そうに観察する。 ---そう言えば、どうして英語で会話できてるのかしら? そう思うと、少年がぷぅっと吹き出して笑い始めた。 「…なぁに?」 「だって……ねぇ、一つ聞くけど、神様は、なに人だと思う?」 少年が笑いながら私に問い掛ける。 私は腕を組んで考えてから、少年に答えた。 「なに人でもないわよ。きっと」 「でしょ?…そういうことだよ」 「え?……言っていることがわからないわ」 少年と少女は一緒になって、ますます可笑しそうにケラケラと笑っている。 私は訝しげな目を彼らに思わず向けてしまう。 やがて笑いが収まると、今度は少女が私に問い掛ける。 「じゃ、もう一つ。例えば、あなたが神様のお告げを受けたとする。…何語で  神様はあなたに喋る?」 「………何語かしら?」 「じゃ、あなたは何語でお返事する?」 「……英語だわ」 「でしょ?そういうこと」 ------じゃ、この子達は、神様ってこと…? 二人の言っていることの意をようやく理解できた私は、 ますます不可思議な気持ちになった。 そんな私の表情を両側から覗き込むと、二人はにっこりと微笑んだ。 「違うよ。そうじゃない」 私は目を丸くして、彼らを交互に見つめた。 私達の正面で、“石灯篭”の火がちらちらと風に揺れていた。 ** スカリーが来ない。 確かに、今から行く、と言ったはずなのに。 あれからもう1時間は経つ。 既に局へ着いていてもいい時間だ。 「何かあったのか?」 僕はそわそわし始めた。 セルを取り出して掛けてみる………けれど、圏外だ。 車にいるんなら、電源を切っているというのは考えにくい。 「どうしたんだ、全く……」 そう呟いた自分が、ふと可笑しく思えた。 ---いつも彼女はこんな気分なのかもしれない。 僕が勝手に動いてしまう時、彼女はこうやって苛立ちを募らせているのかも…。 そう思うと、なんだか可笑しかった。 しかし、かれこれ二時間は経った頃になると、だいぶ焦りが生じてきた。 彼女が何の連絡もなしにいなくなるなんて、こんな珍しいことはない。 まさか、何か危険な目に…? 「あぁ、もうっ!」 僕は、苛立ち紛れにデスクを蹴飛ばした。 そして、もう一度セルを呼び出す。だが、未だ圏外だ。 何故?………待てよ、“圏外”?本当に、圏外にいるのか? ------電波の届かない所……やはり何か事件に?! 僕は車のキーを勢いよく掴み取ると、急いで部屋を出た。 ** 「今日は、送り盆なんだよ」 夕暮れ時になり、辺りがだいぶ暗くなり始めた頃、少年が私に向かって言った。 「“送り盆”?」 「そう。四日間だけお盆なんだ。その最終日」 「それって……どういうものなの?」 私が首を傾げると、少女が“境内”に登って“神社”の扉を引き開けながら、 にっこりと微笑んだ。 「お盆になると、亡くなった人達の魂が帰って来るんだよ」 「ええ?」 ------死者の魂が帰って来る、ですって? そんなことって………。 「あるわけない、って疑ってるの?」 「………」 私の前に立った少年が、じっと私の目を覗き込む。 まるで、心の底を見透かされそうな気さえする、こげ茶の輝く瞳。 ------いいえ、現に、見透かされているのね。 「あのね、亡くなった人達は、あの世でもちゃんと働いてるんだよ。そうして、  もう一度この世に生まれ戻ってくる時を待ってるんだ」 「……輪廻転生……」 魂は尽きることなく廻り廻って、未来永劫に続くのだと……。 「でも、亡くなった人達だって、休む暇が欲しいんだよ。だから、年に一度、  この時期の四日間だけ、家族の元に戻って来て、休んでもいいことに  なってるんだ」 ------だけどそれは、東洋の理念。…私は、そうは思わない……。 「うん。確かに、輪廻転生は、キリスト教にはない理念かもしれないね」 少年は深く頷くと、“神社”の扉を開け終わって、 自分の隣にやって来た少女と手を繋いで、そっと石の道に歩いてゆく。 私は、そんな二人の背中を“境内”に座ったまま見つめる。 「だけど、亡くなった人達の魂が戻ってくる、っていうのは同じだよ」 「そう。みんなで一斉に戻ってくるんだよ」 「そして、最終日になると、ここからまた戻っていくんだ」 「あの世にね」 二人は口々にそう言って、繋いだ手をそっと胸の前に掲げた。 そして、じっと彼らを見つめている私に、静かに微笑んで見せた。 「さぁ、見ていて」 二人がそう言うと、ちらちらと揺れていた“石灯籠”の火が炎となって、 明るく辺りを照らし始める。そのオレンジの光に紛れて、 真っ白くて淡い光が…… ……ゆっくりと石段から駆け昇って来た。 キラキラ、キラキラ…… 星がやってくる。 私の元に、無数の星がやってくる。 やがてそれらは、人の形に姿を変えて、 “神社”の裏手に飛び去ってゆく。 石灯籠の間を通って、神社の屋根を飛び越えて…。 たくさんの見覚えのある人が……穏やかな微笑みを湛えて飛んで行く。 「…………」 あまりにも厳かで、人知を超えた景色を前に、 言葉を紡げない私に、少年と少女はゆっくりと振り返った。 「みんな、この四日間、帰ってたんだよ」 「………どこへ…?」 「もちろん」 「待っている人のところへ」 「…………」 立ち上がったまま、呆然と身を竦ませた私の目の前で、 次々と星が神社の裏手へ飛び去っていった。 *** 僕は、確かに彼女のアパートへ向けて車を走らせていたはず。 それなのに……… 「ここはどこだ?」 進んでも進んでも、戻っても戻っても、 周りは緑の森や畑に包まれていて、ワシントンD.C.とはとても思えない。 だが、不思議と僕はこの場所に来るべきだった気がした。 この場所に、彼女がいる気がした。 ふと、ぽつんと止まっている車を見つけた。 …スカリーの車だ! やはり、彼女はここにいるのだ。 僕は、彼女の車の止まっている場所の脇にあった、 古ぼけた石段を夢中で駆け昇った。 ------そして、僕は見た。 開けた森に集結する、無数の星達を。 目の前に連なる石灯籠の間を通って神社の裏へと飛び去ってゆく、 嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた人達を。 ---懐かしい人達を。 ついに僕は、スカリーを見つけた。 降り注ぐ光の中に、霞むような儚い白い影を見つけた。 何故、こんなに安らぐのだろう。 彼女の赤褐色の髪を遠く望むだけで。 彼女がそこにいるのだ、と思い、強くこの心身に感じるだけで。 「………スカリー」 彼女は、石灯籠を隔てた先で、気高く佇んでいた。 星空を見上げて、その両手を掲げて…。 ゆっくりと石の道を歩み寄る僕に、やっと気付いた彼女が視線を下ろす。 「…モルダー」 「やっと見つけた」 「…………どうしてここに…?」 「どうしてって…」 彼女は、静かに手を下ろしながら、 目の前に近付いた僕の顔を不思議そうに覗き込む。 「わからない……気がついたらここに…」 「じゃ、あなたも呼ばれたんだね」 「誰に呼ばれたのかな?」 僕達の両脇にあった、一対の動物の像の陰から、 そう言いながら、少年と少女がひょこっと顔を出した。 「うわっ」 驚いた僕を見て、スカリーはくすくすと笑っている。 どうやら、彼女はすでにこの二人の子と面識があるようだ。 「ねぇっ、早くしないと始まっちゃうよ!」 少年と少女は僕達の手を取ると、神社の裏に向かって走り出した。 スカリーが目を見開いて、尋ねる。 「始まるって、何が?」 少女は、にこっと微笑んでスカリーに振り返った。 「盆踊りだよ」 「……“盆踊り”?」 スカリーが少女に首を傾げてみせる。 すると、僕の手を引っ張っていた少年が、僕を前に促した。 「ほら、見てごらんよ!もうみんな集まってる!!」 少年と少女が諸手を広げて示した、神社の裏手の広場。 そこには、大きな大きな“櫓”が建っていて、 たくさんの“堤燈”がぼんやりと淡い明かりで、その場を浮かび上がらせていた。 そして、広場に集まった、真っ白く輝く人の波。 “和太鼓”や“お囃子”に合わせて揺れ動く、星の光にも似た人の波。 「…これは……」 スカリーが、息を飲んで光の渦を見つめる。 僕もまた、圧倒的な光景に、何も言えなかった。 「“送り盆”の日には、送別会を開くんだよ」 「それが、盆踊り」 少年と少女が僕達の手を放すと、二人で手を繋いだ。 「探し人、見つかるといいね」 そう言い残して、彼らは“盆踊り”の渦に溶け込んでいった。 僕は、ふぅ、とため息をつくと、隣で呆然としているスカリーを見やる。 「…さて。スカリー、どうする?」 「どうする、って…?」 スカリーはゆっくりと顔を上げながら呟いた。 僕は、小さく一つ咳払いをした。 「なんだか奇妙な事態に巻き込まれたみたいなんだけど…?」 「………そうね」 「どうする?」 「………どうする、って?」 スカリーは困惑した表情を浮かべて、きょろきょろと辺りを見回す。 そう言えば、そもそも彼女はどうしてこんな所に? ------大体、ここはどこだ? 「ねぇ、君はどうしてこんなところに?」 「………あなたこそ、どうしてここに?」 「さっきも言ったろ?君がなかなか来ないから、探しに行こうとしてて……  気がついたらここにいたんだよ。戻っても進んでも、どこにも行けないんだ」 「………私だって…ちゃんと局に向かっていたわ。それなのに……」 口篭もって、彼女は俯いてしまった。 恐らく彼女も、気がついたらここに出てしまっていたのだろう。 だが、こんな説明不能な事態に遭遇していることを認めあぐねているのだ。 「…さっき、あの少年は、僕が“誰かに呼ばれた”って言ってたよね?」 「…………実は、私も言われたの」 「……君も…?」 「……ええ」 僕の知る限りでは、“お盆”というのは、 霊達が、年に一度だけこの世に帰ってくる期間のことだ。 つまり、僕達が“呼ばれた”のは、誰かしらの霊なのではないか……。 ---いいぞ。こりゃあ、すごいX-ファイルだ! もともと今日は、とある化け物騒ぎに彼女を引っ張り出すつもりだったが、 これはそれを遥かに上回って、僕の好奇心をくすぐる事件だった。 だが、彼女が静かに顔を上げた瞬間、僕の好奇心は姿を変えた。 …まっすぐに僕を見つめてはいるが、その蒼い瞳が頼りなく揺れている。 それは、この奇妙な体験への不安から来るものだろう。 そんな彼女の長い睫毛に、白い光が当たって影を作る。 堤燈の光や、あの白い人波の光で、 彼女の美しい面立ちが、うっすらと彩られる。 ------思わず見惚れている僕に、君は気付いているんだろうか? やがて聞こえ始めた音楽と共に、僕の心は逸り出した。 ここがどこであろうと、何が僕達の身に起こっていようと、 なんだかどうでもいいような気がしてきた。 こんな雰囲気に身を任せることが、どんな罪になるだろう? 「なぁ、スカリー。ちょっと…参加してみないか?」 「え?」 「その…“盆踊り”に」 「ええ?…何言ってるのよ……帰る方法を考えましょう?」 「そんなこと言って、君だって探してるんだろ?」 「………何を?」 「君を呼んだ人を、さ」 「…………」 彼女は深いため息をついて、黙り込んだ。 「否定しないってことは、肯定でいいんだね?」 「……肯定はしないわ」 「だけど、否定もしない、と」 僕はにやりと微笑んで問い掛けたが、 結局、彼女は答えないまま、諦めたように人波の方へ歩き始めた。 −−−To be continued.−−−