−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter,Fox Broadcasting,and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. !!: 二人は恋人同士ではありません。予めご了承下さい。     Title: 学会へ行こう! By: 銀太 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「3週間かぁ〜」 モルダーはカレンダーを眺めながら、デスクに脚を放り出すと、 ガサガサと紙擦れの音がする、続きの部屋を見やった。 「改めて考えると、結構長い気がするな」 「そうね。……悪いわね、モルダー」 スカリーが続き部屋の奥から、数冊の医学書を手にすまなそうな顔を見せる。 モルダーは薄く笑みを浮かべると、小さく肩を竦めた。 「いや。…君がどうしても参加したいって言うんだ、きっとすごい学会なんだろ?」 「先端医学と医療技術に関する学会よ。その道の高名な学者も大勢集まるの」 「へぇ。そんなお偉いさん方の前で発表するのかい?」 「最初は参加するだけだったのに、アカデミーの方から要請があって…もちろん、  プログラムのほんの一部に過ぎないんだけど。それでも、準備するのに、本当  は3週間でも足りないくらいなのよ」 スカリーは、重苦しい息を吐き出しながら壁に寄りかかる。 そんな彼女の表情をにんまりして見つめると、 モルダーは自分の腹の前で手を組んだ。 「ま、FBIアカデミーの真打に相応しい発表を期待してるよ」 「いやだ。プレッシャーかけないでよ、モルダー」 眉をひそめてモルダーを軽く睨むと、 スカリーは必要そうな書類の物色に意識を戻した。 彼は忙しなく動き回るスカリーの背中をしばらく眺めていたが、 やがて、つまらなそうに引出しを開ける。そこには、鋭く削られた鉛筆が数本。 ------これだけじゃ足りなそうだな……。 「?何か言った?」 俄かにスカリーが振り返る。 …無意識のうちに言葉を口に出してしまっていたらしい。 モルダーはドキッとして口をつぐむと、誤魔化しの笑顔を作った。 「…君がいない間に事件が起こらないことを祈っててくれよな」 「あなたが“見つけてこないこと”を祈った方がいいんじゃないかと思うけど?」 一瞬きょとんと目を丸くして彼の言葉を受けた彼女だったが、 次の瞬間には、にやりと微笑んで片眉を上げながらそう答えた。 情けなく表情を歪めてみせたモルダーは、拗ねたように唇を尖らせた。 「……じゃ、それでもいいよ。とにかく、3週間は何が起こったって助けてくれない  んだろ?」 「何よ、それ………」 そこまで言うと、スカリーは首を傾げてモルダーを見つめた。 彼女はモルダーの口調から、普段とは違う、ある種の感情を読み取ったのだ。 スカリーが面白そうに笑いを噛み殺した表情を浮かべる。 その視線に居心地悪げに顔をしかめたモルダーは、腕を組んで彼女を見返した。 「…なんだよ?」 「もしかして、私がいなくなると、つまらない?」 「………別に」 「じゃあ、淋しい?」 「そんなわけないだろ…」 ますます顔をしかめるモルダーに、スカリーは小さく息をついた。 「ま、そんなわけないわよねぇ」 「……子供じゃあるまいし」 「子供じゃあるまいし、ね」 クスクス笑いながら、とん、と資料の端を揃えたスカリーが、 自分のデスクに向かって、ようやく腰を落ち着ける。 遠目に見るスカリーの横顔が明らかに笑いを含んでいるのに気付くと、 モルダーは憮然として頬杖をついた。 ------言ってもどうにもならないことは言いませんよ、僕は。 「………どっちみち、君は行くんだし」 「え?」 「なんでもないよ」 低く呟いたモルダーの言葉は、スカリーには聞き取れなかった。 おかげで、モルダーは本心を留めることに成功した。 ------つまらないって言ったって、君が行かなくなるわけじゃないんだ。 「…むしろ、ぐちぐち言われることがなくてせいせいするよ」 「そう。ま、せいぜい3週間、羽根を伸ばして楽しむことね」 ふてくされたようなモルダーの横顔を盗み見ながら、 スカリーは相変わらずクスクスと笑っていた。 ** スカリーは、翌朝一番で提出するつもりで、 スキナー宛の、アカデミーへの出張申請書を作成していた。 彼女は、すでにシャワーも浴び終わり、 薄紫のシルクのパジャマに、カーディガンを羽織った出で立ちだった。 秋口に差し掛かった近頃の夜は、夏と同じ感覚でいると少し肌寒い。 スカリーは出来上がった申請書を保存すると、PCの前から立ち上がり、 温かいものを淹れようとしてキッチンに向かった。…が。 ドンドンドンドン…! やかましいノックの音が、静かな彼女の室内に響き渡った。 …むしろ、アパート中に響いているかもしれない。 何しろ、今は夜中にも近い時間なのだから。 それが彼女のキッチンへ向かう足を妨げた。一瞬驚きで身を竦ませたが、 小さく息をついて気を取り直すと、彼女はちらりと時計を見やってから、 即座に白亜のドアのチェーンに手を掛けた。 「…モルダー」 鍵を開ける前に、彼女はドアに額をつけて静かに“訪問者”に呼びかけた。 だが外から返事はなく、その代わりに、けたたましいノックの音が止んだ。 それを確認してもう一度ため息をつくと、 スカリーはようやくチェーンと鍵を外し、そっとドアを開けた。 開いたドアの隙間から外を覗くと、憔悴しきった相棒の顔が見えた。 その顔と、夕方にオフィスで別れた時と同じスーツ姿であること、 そして、彼から僅かに漂ってくる煙とアルコールの混ざり合った臭いが、 彼女に彼のこれまでの足取りを容易に判断させた。 「…こんな時間に何の用?23時半よ」 「…………別に」 「用がないなら、早く自分のアパートに帰ったら?随分と遠回りじゃない?  こんなところを通って」 「………用がなきゃ、来ちゃいけない?」 そっけないスカリーの言葉に、モルダーは憮然とした表情のまま、 僅かに開いていたドアと、ドアフレームに両手をかけて押し開いた。 スカリーはその反動で、一歩あとずさる。 「いけないわけじゃないけど、必要ないじゃない。用がないなら」 「……理屈だね」 「でしょ?それに、私は明日からアカデミーに行くのよ。早めに休みたいわ」 そう言いつつも、スカリーは腕を組んだまま、 ドアから入って来たモルダーをじっと見据えているだけに留まった。 彼女の観察眼が光っているのに気付いていたモルダーは、 極力顔を背けたまま、後ろ手にドアを閉めた。 「……決まったわけじゃない」 モルダーが、酔いでふらつく身体を思い切りドアにもたれかけながら、 ぶっきらぼうに言い放つ。スカリーは、 こちらに向けられた彼の横顔を眺めながら眉をひそめた。 「え?」 「まだ、申請書を提出してないじゃないか」 モルダーは呂律が危ういことすら気に止めずにそう言った。 ふてくされたような横顔に、僅かに淋しさの兆しがよぎる。 スカリーは、もちろんそれを見落とすはずがなかったし、 何よりもその言葉を聞くと、スカリーは内心ですっかり大笑いを始めていた。 ------“子供じゃあるまいし”……って言ったのはどこの誰だったかしら? それでも、彼女は無表情に努める為、組んでいた腕を組み直す。 「そりゃそうだけど、提出すれば通らないはずないわ。最近は、とりあえず事件も  ないわけだし、それに………」 「……どうしても参加したい学会なんだ、だろ?」 「そうよ。昼にも説明した通り、ね」 「……………」 モルダーは、ますます表情を険しくさせると、 何も言わずに、ずるずるとその場に崩れ落ちるように座り込んだ。 「…何よ?」 その、いかにもむくれた子供のようなモルダーの態度に、 スカリーは、今にも笑い出しそうになるのを堪えながら、 なるべく冷静に聞こえるような声音で、 座り込んだ彼を見下ろしながら問い掛ける。 …しかし、彼から答えは返って来ない。 それに、しっかりと俯いてしまっているモルダーの表情はまるで読めない。 「モルダー?」 ------スカリー……… スカリーは、しゃがみ込んで彼の様子を窺うと、 キツいアルコールのにおいに一瞬顔をしかめた。 だが彼女は、次の瞬間に聞こえてきた、規則的な寝息に目を見開いた。 「ちょっと………モルダー、こんなところで寝ないでよ…」 ------酔っ払いはこれだから嫌なのよ…。ところ構わず寝ちゃうんだもの。 彼が黙り込んだ途端に、ひっそりと静かな秋の空気が、 ほんのりとした寒さを取り戻した気がした。 アルコールで火照った身体は、冷めるのも早い。 「もう……風邪引くわよ、モルダー」 スカリーが軽くモルダーの身体を揺すったり、頬を叩いたりしてみるが、 起きる気配は微塵も感じられなかった。 …いっそ、水でもぶっ掛けてやれば目を覚ますのだろうが、 そうするわけにもいかない。 スカリーは自分の膝を抱え込んで小さくため息をつくと、 彼の腕を何とか自分の肩に引っ掛け、力いっぱい持ち上げて立ち上がらせた。 そして、引きずるようにしてゲストルームに連れて行く。 小柄な彼女にとって、比較的長身で、しっかりとした身体つきの相棒は、 分かりきった事ながら、かなりの重荷だった。 「もぉ〜……重いなぁ……」 そう呟きながらも、スカリーは苦笑していた。 なぜなら、彼女の“重荷”がふと、寝言を漏らしたからだった。 「スカリー……」 ------長いよ…… 「………スカリー………」 ------3週間は……長いよ…… ゲストルームにようやく辿り着くと、スカリーは投げ出すようにして、 モルダーをベッドに寝かせた。苦心の末、 やっとのことでスーツの上着を脱がせて、ネクタイを外してやると、 彼女はほっ、と胸を撫で下ろした。 「……いい加減にしてよね…」 なんとかモルダーを布団の中に収めることに成功したスカリーは、 ベッドサイドで腰に手を当てて、彼を苦々しく見下ろした。 相変わらず、モルダーはそのヘイゼルの瞳を閉じて眠っている。 長い睫毛が、整った顔にうっすらと影を落としている。 切なげに歪んだその寝顔は、決して安らかとは言えないものだった。 ------何……考えてるの、モルダー? スカリーは、胸中に霧が立ち込めるのを感じて、ますます苦笑いを深める。 やがて、モルダーの厚めの唇から、再び彼女の名前が紡がれ始めた。 「……スカリー……」 「…!」 彼女は、はっとしてモルダーの顔を覗き込む。 …起きている気配は感じられない。 「…スカリー」 「………」 「スカリー………」 困惑して、彼女はベッドサイドにしゃがみ込み、膝を着いた。 そして、そっとモルダーの手を取ると、静かに、強かにそれを握り締めた。 「……スカリー…」 「…何よ」 ------そんな、迷子になった子供みたいな声で呼ばないでよ……。 「ここにいるわよ」 「………スカリー……」 「……何よ……?」 ------3週間は長いよ…… 名前より先がモルダーの口から聞けることはなかった。 彼女は長いこと彼の顔を覗き込んでいたが、 やがて、繋いだ手をもう一方の手で包み込みながら、 彼の脇の空いたスペースに顔を突っ伏すようにして、静かに目を閉じた。 *** 明け方のひんやりとした空気に鼻をくすぐられ、モルダーは目を覚ました。 「…ん…」 ぼんやりと霞む視界をはっきりさせようと目を凝らすと、 途端に、こめかみがずきずきと痛むのを感じた。 なんとなく胸もむかつく。……典型的な二日酔い。 モルダーは小さく舌打ちして、ようやく見えてきた天井をじっと睨んだ。 「………?」 ------ここは………うちじゃ…… ない……! 目を数回瞬かせて、モルダーは息を飲んだ。 その時彼はようやく自分の左手の拘束感に気付き、そっと目を向けた。 スカリーが、自分の手を握り締めたまますっかり寝入っている。 彼は、慌てて引っ込めそうになった手を、思い留まってそのままにする。 ------……起こさないようにしなきゃ。 モルダーは、ひどく酒に酔っても、 記憶が飛んでしまうことはあまりない体質だった。 その為、次第にはっきりしてきた彼の脳は、 自分がどういう行動の結果ここにいるのかちゃんと理解していた。 ……つまり、またしても彼女に迷惑を掛けてしまったのだ、と。 スカリーの柔らかい赤毛が手の甲を掠めていて、少しくすぐったい。 モルダーは微笑みを浮かべてゆっくりと半身を起こすと、 彼女の穏やかな寝顔を見つめた。そして、 彼は空いた手でスカリーの頬にかかる髪をそっと払った。 「……う…ん…」 小さな吐息を漏らしながら、スカリーは寒そうに身震いをした。 それを見るなり、モルダーは慌てて……しかし、丁寧に、 彼女の身体を抱き上げて、自分と入れ代わりにベッドに横たえた。 慎重な彼の手付きが功を奏してか、 スカリーの目を覚ますことなく、ベッドに寝かせることができた。 モルダーは、自分の服に染み込んでいた“酒場臭さ”がうつってしまった 毛布を彼女に掛けることがためらわれたが、改めて寝室に運ぶ途中で、 彼女が目を覚ましてしまうことは避けたかった。 「……我慢してくれよ…な?」 呟きながら、モルダーはスカリーにそっと毛布を掛けてやる。 触れた彼女の肩が妙に冷たくて、彼は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「………ごめん」 柔らかく彼女の髪を梳いて、その頬に指を滑らせる。 ---冷たい……。 彼女はきっと、今朝中に申請書を提出して、その足でアカデミーへ向かうだろう。 今日から3週間……僕達が会うことはほとんどないだろう。 ……それなのに。 僕と来たら、また君を困らせてしまった。 そのままの状態で、君は行ってしまうというのに。 しょうがない奴だ、と思われたまま……。 「……モルダー」 モルダーは、驚いて思考を中断させた。 まじまじとスカリーを見つめるが、彼女の目は閉じられたままだ。 彼が首を傾げると、彼女は小さく息をついた。 「3週間もオフィスを空けるのは申し訳ないけれど……」 「………」 モルダーが目を丸くして彼女を見つめる。 だが、彼女は相変わらず目を閉じたまま、独り言のように囁く。 「それでも、新しい知識を常に取り入れていたいわ。だって、きっと……いいえ、  絶対、これからX-ファイルの捜査をしていく上で何かの役に立つだろうし、  技術は必要になるもの」 「!……」 淡々と言い募るスカリーを静かに見つめ続けるモルダー。 彼は、自分の中で、彼女への愛しさが溢れかえるのを確かに感じていた。 ------そう。君は、いつだって正しい。 いつだって、正しい方向を真っ直ぐに見据えてる。 「だから、私は行くのよ」 「………わかってる」 モルダーは、もう一度彼女の美しい赤毛をそっと撫でると、 脇に置かれていたネクタイを取り上げ、身支度を始める。 「……君は行くべきだよ。わかってるんだ。……ただ…」 「……“ただ”?」 目を瞑ったままのスカリーに目を戻すと、モルダーは照れ臭そうにはにかんだ。 「………3週間って長いなぁ…と思ってるだけだよ」 スカリーはクスクスと小さな笑い声漏らして、肩を振るわせた。 モルダーがスーツの上着を羽織りながら、ばつの悪そうな表情で振り返る。 「子供じゃあるまいし…」 「…スカリ〜」 顔をしかめて、モルダーはスカリーの顔を覗き込む。 彼女は、僅かに顔を背けて毛布を被りながら、さらに可笑しそうに笑った。 「モルダー、今までのは寝言よ。聞かなくてもよかったのに」 「!」 閉じた目をそのまま笑わせて、スカリーは楽しそうに囁きかける。 モルダーは憮然として、彼女の頬をきゅっとつねった。 「スカリー、寝言は寝て言えよ」 「いたっ」 スカリーが、今まで閉じていた目をぱちっと開けて、 自分の顔を覗き込んでいるモルダーを軽く睨みつける。 「寝てたわよ。今ので起こされたわ」 不機嫌そうに呟くスカリーに、モルダーは悪戯っぽく微笑んだ。 「そう?じゃ、ちょっと早いけど支度しなよ。どうせ朝一で申請書を提出する気  だったんだろ?」 「…ええ。言われなくてもそうするわ」 つねられてちょっと赤くなった頬をさすりながら、彼女はゆっくりと身を起こした。 モルダーはポケットに手を突っ込んで、そんな様子を面白そうに見守った。 「ついでに、朝飯でも一緒にどう?」 スカリーは腕を組むと、モルダーの勝ち誇ったような顔をじっと眺める。 ……それから、そのよれよれのネクタイや、“酒場臭い”スーツ姿も。 「無理ね。あなたが家に帰って、その格好をどうにかするまで待ってられないわ」 「………」 モルダーは自分のスーツに目を落とすと、肩を竦めた。 「…理屈だね」 「でしょ?」 ニヤリと笑ったスカリーを見ると、 モルダーは苦笑混じりでため息をついた。 −The End− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <アトガキ> 今回は、珍しく甘味料を多めに使わせて頂きました。 ……え、まだまだ全然甘くない…ですか? …え〜……申し訳ありません、お味の保障は致しません。 ……え、ダメですか…; それでは、ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。 −−銀太−− ◎ご意見・ご感想・リクエストなど頂けたら幸いです。 disposer2@yahoo.co.jp