DISCLAIMER// The characters and situations of the television program"The X-Files" are the creations and property of Chris Carter,Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= おことわり:やっと完結編です。       この3話の中で一番長くなってしまいました。       本当はもう一つ分けようかなとも思ったのですが、これ以上<続く>もしたくなかった       ので、ひとつにしてしまいました。       作中のモルスカは、私が勝手に想像して書いた二人なので、もし読んでくださった方の       イメージを壊してしまったら申し訳ないので、それでも良いというかただけ、お読み下       さい。       また、事件に関しては拙い点が数あるとは思いますが、ご容赦ください。       もし、感想やアドバイスをいただけたらうれしいです。       e-mail  creoblue@ymail.plala.or.jp   =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 「Give a puzzle to guess」(後編)  by Hiyo Date 99/06/07 パシャっと水を掛けられ、Scullyは目を覚ました。 まわりを見廻すと、無機質な鉄板のようなものが四方をとりかこんでいる狭い部屋だった。 Scullyはまだ薬物から抜けきらないぼうっとする頭で、なんとか状況を把握しようとした。 なんだか、床が揺れている気がする。 その時、潮の香りが鼻についた。 どうやら、自分は船の中にいるらしい。 "タクシーを捕まえようとした時に、目の前に止まった車へ拉致されて連れてこられたんだわ。" あらためて、水をかけた主を見る。 サングラスをかけていても、その場にいる2人の男は、アジア系であるというのは、すぐに判っ た。 "いったいどこの組織の?"そう思った矢先にScullyの前に男が座った。 「Mulderはどこにいる?」 声を聞くと言葉のイントネーションが違う事がわかる。 やはり、生粋のアメリカ人ではない。 「おとなしく教えた方が身の為だ。」 その言葉にScullyは相手をキッと睨んだ。 「知らないわ。」そう答えた瞬間、Scullyの頬が鳴った。 左の頬が熱くなる。 「どこにいるかと聞いているんだ。」 「英語がわからないの?知らないと言っているでしょう!」 怒鳴るScullyに間髪を入れず、男は無表情に反対の頬を殴った。 「私は教えてくれと、頼んでいるわけではない。」 男は、おもむろにScullyの頭髪をつかみ、自分の方に顔を向かせる。 「命令しているんだ。」男は抑揚の無い声で続けた。 サングラスのせいで表情は読み取れない。 しかし、その無表情さや感情の無さがかえって不気味だった。 なにをされるかわからない。 Scullyのなかに恐怖が芽生える。 いままでの殺しがすべて彼らの仕業なら…と思うとぞっとする。 人を殺す事などなんとも思っていない連中だろうと容易に推察される。 体が芯から震えてくるのがわかった。 そんなScullyの様子を見て男が言う。 「場所を白状したらおまえの命は助けてやる。」そういって男はSucllyのおとがいに手をかけた。 その瞬間、Scullyは自分の中からこみ上げてくる熱い力を感じた。 「私は知らないわ!仮に、知っていたとしても絶対に言わない!!!」 Mulderが今、Lunaの家にいるというのは、容易に推察された。 しかし、自分がMulderの場所を教えたら、すぐに殺しに行くだろう。 昨日のMulderが襲われているという情報だけが、次々と飛び込んできた恐怖の夜が思い返される。 もしも、Mulderの身になにかあったら…という自分にとって一番の恐怖。 …そんなことは絶対にさせない。 Scullyの中で決意が固まる。 思わず相手を睨みつけた。 そんなScullyを見て、男は容赦無くまた殴る。 「殺されたいか?」 「Mulderが殺されるくらいなら、私が殺されたほうがマシだわ。」そう言ってさらに睨みつける。 「あの人にはまだやるべき事がたくさんあるのよ。あの人じゃなければできない事がたくさんある のよ!あなたたちに関わっている暇などないわ!!」 男はScullyの燃えるような瞳をみて、一瞬殴るのを躊躇した。 "この女は絶対に口を割らないかもしれない" しかし、やめるわけにはいかなかった。 どうしても、はやく「鍵」が必要なのだ。 交渉の日はせまっている。 「…おまえの考えがいつまで変わらないかな?」できるだけ冷たく言い放つ。 だが、Scullyはもう恐怖は感じていなかった。 頭の中にはMulderを守ると言う事しかない。 そう考えるだけで、耐えきれる気がした。 男に殴られ続けながらも、Scullyは決して口を開かない。 とうとう業を煮やした男が、平手でなく拳骨に変えた時に、Scullyは床に倒れこんだ。 その拍子に、彼女の懐から携帯電話が飛び出す。 男はそれを手にとった。 「そうか…」とつぶやいた男は電話をいじり始めた。 そして、目当ての電話番号を見つけてにやりと笑う。 「おい女、おまえはあいつの大事なパートナーだったな。」 「…」Scullyは、もうなにも答える気力も無かった。 意識が遠のいていく。 「この電話でやつにかけたら、さすがのやつも電話に出るだろう。」男の声は勝利を確信していた。 しかし、その声はすでに異国の言葉でScullyには理解できない。 「この女はどうします?」と部下らしき男がScullyを指す。 「…大事な取引材料だ。この女がここまでかばうんだ。やつにとってもかなりの弱みだろう。」 「…ってことは?」 「生かしておけ、そのほうが都合がいい。やつとの取引が成功するまでだ。」 「わかりました。」 ボスらしき男がドアを開けて、部屋から出て行く足音が聞こえた。 「せっかくのきれいな顔が台無しだぜ。さっさと口を割っておけばこんな事にはならなかったんだ。」 そう言い捨てられ、Scullyはまた床に転がされる。 しかし、彼女にはもうなにも考える気力は残っていなかった。 Rurururururururu… Mulderが寝ていたベッドサイドの机の上で携帯電話が鳴る。 いままでも何回か鳴ったが、発信人が不明の電話には絶対に出なかった。 しかし、発信元がScullyからの電話だとわかると迷わず手に取った。 とにかく説明しなければ…そう思ったMulderは、いままでの用心深さを忘れてすぐに出た。 「Scully、僕は…」 「残念ながら、私はScullyではない。君の持っているものを追っているものだ。」予想外の声にMulder はびっくりした。 逆探知される恐れがある…一瞬そう思ったが、なぜScullyの携帯電話が使われているのかと考え、切ら ずに相手の次の言葉を待った。 「彼女は預かっている。」あまりにも月並みな言葉だが、Mulderをぞっとさせるのには充分だった。 「な、なんだって?」 「君があまりにも姿を現さないから、彼女に教えてもらおうと思ってね。」 「…」絶句する。 当然その可能性も考えられたのに、なぜそこまで考えが及ばなかったのかと思うと自分に腹が立った。 「しかし、彼女は強情でね。全然われわれの言う事を聞いてくれなかった。」 「無事なんだろうな!」 沈黙がある。 その時、相手の後ろで何かの音が定期的に響いている音に気づいた。 Mulderは、電話の録音ボタンを押す。 すると相手は電話の向こうでくっくっと笑いはじめた。 「確認しに来たらどうだ?心配ならばな。」 「どこに行けばいい!」 「…そんなにあの女が大切か?」 「いいから言え!」 相手は、ここから100キロほど先の公園を指定した。 「明日の朝7時だ。夜ではおまえが仲間を集めていても、わからないからな。少しでも遅れたら…どうな るかわかっているだろうな。」電話は切れた。 Mulderはとっさに時計を見る。 もう、夕方の6時を指していた。 あと、半日しか無い。 Mulderはジャケットを手にとって立ちあがった。 その途端、肩に激痛が走ったが、気力の方がはるかに優っている。 部屋を出るとLunaが驚いた顔で、Mulderを見た。 「Fox、そのケガでどこに行くの?!」 「大事な用ができたんです。お世話になりました。」 「大事な用って…あなた、そんな体で。」 Lunaが慌てて駆け寄ってきて、肩の具合を調べようとした。 それを、Mulderはやんわりと押しとどめる。 「すみません。急いでいるので、車を貸していただけないでしょうか?」 「…なにかあったのね。Fox。」そう言ってMulderの目を覗きこんだ。 Mulderはなにも答えなかった。 きっと、Scullyが誘拐されたなどと言っては、また彼女は自分を責めるのだろう。 いままでの、4人に対しても同じ思いをしてきたのなら、これ以上は苦しめたくなかった。 「FBI内の規定で、事件に関する事はお話することができません。」 しかし、Lunaはとりあえず、何かあったということは、当然気づいていたようだった。 さらに、問いかけようとしたが、Mulderの目を見てとどまった。 「…私にできる事は?」 「車を貸していただけるだけで充分です。」 すると、LunaはMulderから視線を外して、鍵を取りに行き戻ってきた。 「その体で運転はつらいわ。よかったら運転くらいさせてくれないかしら?」 そうしてくれたらかなり助かると思ったが、これから行く先を考えるとLunaを連れて行くのは、酷な気が した。 「いえ、大丈夫です。いろいろとありがとうございました。また、改めて挨拶にうかがいます。」 そう答えて、鍵を受け取りドアへと向かう。 「…気をつけてね、Fox。」 すると、Mulderは振り返り、できるだけ優しい声で答えた。 「心配しなくても、僕が乗ってきた車のように壊したりしませんよ。」 Lunaはその台詞を聞いて、一瞬訳がわからなかったが、すぐにMulderの気遣いに気づいて微笑んで見せた。 けれど、泣き笑いになってしまったかもしれない。 「ばかね、何を言ってるのよ?」 「…なにしろ"Spooky"ですからね。」そう言い残し、外に出ていった。 残されたLunaはもう一度小さく「ばかね。」と呟いて、そっと瞳を拭った。 Mulderは転げるようにFBIの支局に飛び込んだ。 警備の男は私服の彼を見て驚いてとどめようする。 Mulderはそれを振り払ってIDをとりだし叫んだ。 「ラボはどこだ?!」 すると、そのただ事で無い様子を察してすぐに場所を教えてくれた。 Mulderはお礼もそこそこに階段を駆け上がった。 まわりを歩く捜査官たちの好奇な目をよそに、Mulderは部屋の前に貼ってあるネームプレートを確認しなが ら歩く。 そして、やっと目的の部屋を見つけ、荒々しくノックをした。 びっくりしたように中から飛び出してきた男は、Mulderの顔を見るなりとりあえず、ほっとした様子で声を 発した。 「やあ、Mulder。久しぶりじゃないか…ってどうしたんだ?一体?」 白衣を着て、ラボから現れた男は手を差し出しかけたが、あまりに尋常でないMulderの様子をみて、手を引 っ込めた。 「頼む、Larry!人の命がかかっているんだ。大至急この電話の後ろの音を解析してくれ!」 いきなり、そう言われたLarry Mckayは、あまりに突然のことに目を白黒させた。 「どうしたんだ?Mulder。説明してくれ。」 「説明している暇は無い。いますぐ頼む!」 すると、Larryはため息をひとつついて答えた。 「相変わらずだな、Mulder…しかし、今夜中に仕上げなきゃいけない仕事があって残業していたんだが…」 「アカデミー時代の約束を、今果たしてくれ、Larry。」 その言葉にぎょっとしたLarryは、あわててMulderに答えた。 「わかった。これでおまえに恩がかえせるんだな?」 「ああ。」 電話を受け取りながら、Larryは続けた。 「おまえ、今Luna Ellison女史がどうしているか知っているのか?」 その言葉を聞いてMulderはびっくりした。 Larryの口から彼女の名前が出るのはアカデミーを卒業してからは初めての事だった。 いままで、Lunaと一緒にいたことがなにか伝わったのであろうか?とも考える。 まあ、もっとも自分もあの約束のことを口にしたのは初めてだったから当然出てくる話題ではあるが。 「知ってるもなにも、さっきまで一緒だったよ。」とMulderが答えると、Larryは絶句した。 「…えっと、これをコンピュータに入れたんだが。」 「ああ。」Mulderはそれ以上Larryにつっこむのはやめにして、本題に入った。 「この後ろの音がなんの音かが知りたい。」 「後ろ?」 とりあえず、ひととおり音声を聞いてみる。 「尋常じゃないな。」 「君の感想はいらない、とにかく早くしてくれ。」 せかすMulderと、電話の内容にようやく事態が飲みこめたLarryは解析を始めた。 まず、男の声を選んで消す。 次にバックの音を大きくしてみた。 うなるような音が確かに聞こえるが、あまり明瞭ではない。 「もうちょっとなんとかならないのか?」 「…少し待ってくれ。一時間…いや30分でなんとかする。」 Larryは猛然とキーを叩き始めた。 「聞いてくれ、Mulder」 Larryは、一つの音を出した。 先ほどより、ずっと明瞭になっている。 ボーっといった感じの音が続いている。 「なんの音かわかるか?Mulder。」 「…」Mulderはしばらく耳を傾けた後、思いついたように手を叩いた。 「汽笛か?船の。」 「多分そうだと思う。こちらにあるサンプルとあわせた結果、十中八九そうだという結論に達した。」 「…港。」Mulderはつぶやく。 そして、そばにあった地図を広げ始めた。 指定された公園に一番近い船着場を探す。 その後ろで、Larryは続けた。 「あと、もう一つ音を拾ったんだが…」 「なに?」 今度は人の話し声のような音。 「多分、かかっていたテレビの音だと思うんだが…」とLarry。 Mulderはじっと耳を傾ける。 「英語ではないな。」 「ああ、中国語だよ。」 「…中国?」 「間違いない。僕は大学で中国語をとっていたんだ。」自信ありげにLarryは請合った。 「しかし。」半信半疑のMulderの表情を見てLarryはさらに言った。 「そこで、さっき中国人の捜査官にこの音声ファイルを送って、確認してもらった。間違いないよ。」 その言葉にMulderは頷いた。 Scullyの話にも中国との関連が出ていた。 すべての符号がそこを指している! 地図を指でたどりながら見ると、案の定船着場を発見した。 公園とはかなり近いところに一つだけだ。 Mulderはここだと確信した。 「ありがとう、Larry。助かったよ。」 知りたい情報をすべて手に入れたMulderは、Larryに握手をしてその場を立ち去ろうとした。 「待てよ、Mulder。」 振り返るとLarryは、Mulderをしばらくみつめて聞いた。 「Ellison女史は今どうしている?…いや、やっぱりいいよ。」 そんなLarryの様子をじっとみつめて、Mulderはどう返すべきか迷った。 「…それじゃ。」結局それ以外は言えず、Mulderは外に飛び出した。 時計は、夜中をもう少しで回ろうとしていた。 Scullyは夢を見ていた。 どこかの広い草原で、夜の空を見上げているイメージ。 ただ、実際見ているのは彼女ではなく、なにか別の人の目を通して同じ情景を見ているといった感じだ った。 Scullyはその別の人物の感覚と同化している。 やがて心の中に、その人のものと思われる思念が入ってきた。 "帰りたい!帰りたい!帰りたい!" それは言葉ではなかったが、故郷に対する強烈な郷愁。 懐郷の想い。 夜空に広がる星を見上げながら、とても悲しい気持ちになってきた。 その時、一転してまわりの景色が変わる。 無機質な金属に囲まれた狭い部屋。 Scullyと同調している人物はドアについている小さな窓から必死に外を覗いている。 訴える相手を求めて。 やがて、人の姿を発見する。 その相手は黒いスーツの男だった。 彼を見つけて、Scullyと同調している人物は、一生懸命念を送る。 "ここから出して!帰りたい!" 言葉は出なかったが思いは通じたようで、今度は相手の驚きと恐怖に満ちた感情が流れ込んできた。 手に取るようにわかった相手の心。 彼の心の中には、様々な殺戮や欲望で渦巻いていた。 そして、自分に起きるであろうと考えているこれからのイメージ。 横たわっている自分にメスが入り、ばらばらに切り刻まれる。 そのうえ、彼にはその後の新たな殺戮を思い浮かべて楽しんでいたのだ。 同調していた人物は自分の末路と共に、さらなる激しい恐怖も味わった。 "こわい!こわい!こわい!!" 窓の外には、黒いスーツの男だけではなく、他にも覗きにくる男は多数いたが、誰もが自分に好奇な目 を向けるのと、自分の訴えに対して気味悪そうに去って行く連中ばかりだった。 そんな時間がずっと続いて、同調していた人物はだんだんあきらめと共に、やがて怒りの感情を覚え始 める。 いままで、味わった事のない感情だったが相手を憎む気持ちは、なんて自分の恐怖を和らげるんだろう。 そこから、彼の思いは一変する。 絶望から相手を憎む気持ちへ。 "このまま帰れないなら…いっそこいつらを…" そして、彼の思いは憎しみ一色と、死への恐怖との混合された感情となっていっせいに放出される。 "死にたくない、殺してやりたい、もう終わりだ!" もはや特定の相手を選んで送る事はなかった。 そのかわりにその気が辺りに充満する。 とても、密度の濃い霧のように、足元でどんどん溜まっていく。 Scullyは、そのあまりの感情の暗さに飲みこまれそうになる。 "こわい!"心を塞ぐ努力はするが、なんの役にもたたなかった。 けれど、必死で思い祈り続ける。 "助けて、Mulder!" 最期の狂気から自分を守り抜く純粋な思い。 Scullyはとにかく、Mulderの事を夢の中で思いつづけた。 Mulderがその小さな港に着いたのは、もう夜中の一時をすぎようとしていたころだった。 電話であらかじめ、その港に停泊している船の中で、ここ何日の間に寄港した中国船籍の船は調べてあ った。 幸い、該当する船は一隻だけだった。 Mulderの推測は確信に変わる。 港の管理事務所で船の場所を聞いたところ、どうやら天候が悪化する見込みがないために、少し沖のほ うで、停泊しているとのことだった。 指を指された方向を見てみると、それほど大きくはない、漁船のような船が停泊していた。 Mulderは用意してきた小型のエンジン付きのゴムボートを手早く用意して船に近づいた。 降ろされていた碇の鎖を伝って、なんとか這い上がる。 当然、肩の傷がかなり疼いたが、それを痛がっている余裕すらなかった。 とにかく、Scullyを助けなければ… 船の上ではすべての明かりが消えているように見えた。 明日の取引での勝利を確信して、今夜は寝てくれたのだろうか? まずは、船上をぐるりと一周してみることにする。 すると、一つの部屋だけ明かりが灯っているのを発見した。 そっと窓に寄って中を覗いて見る。 すると、起きているのか寝ているのかわからないが、全身黒のスーツをまとった男がソファーに座り、 足を投げ出して目をつぶっているのが見て取れた。 何物だろう、電話の男か? とりあえず、相手は動きそうになかったので、Mulderはそっとその場を離れた。 一周してみて、入り口がわかったので思いきってドアに手をかける。 そのドアは以外にもするりと開いた。 やはり海の上という事で、用心はしていなかったのだろうか? 鍵を壊すなどの余計な手間がかからずに済んだ事を、Mulderはほっとした。 中に滑り込むと、先ほどの部屋からわずかな光が漏れていて、それ以外の光がないのはMulderにとって ちょうど良かった。 闇にはすでに目が慣れている。 先ほどの部屋以外は、とくにこれといった部屋はないような様子だったので、Mulderは見つけた階段を 下ってみた。 1フロア分下ってみたが、さらにまだ下れるように階段は続いている。 Mulderはどうしようか迷ったが、とりあえず船底まで行ってみる事にした。 もう1フロア分下ると、その先に階段はなかった。 ただ、そこのフロアに足を踏み入れた瞬間、なにか嫌な感覚がMulderを襲った。 物理的になにかがあるとか、何かが聞こえるとかっていうわけではないが、心がすさんでくるような嫌 な感覚。 強いて言えば、頭の奥でなにか耳鳴りのような細い音が耐えず響いていて、それが耳を塞いでも聞こえ つづける不快感。 いったい何事かとも思ったが、物理的になにかの弊害があるわけではなかったので、敵地に乗り込んだ 自分の緊張のせいだと解釈することにした。 部屋は、左右に小部屋のようなものが4つと一番奥には機械室らしき部屋。 そして、反対側にはきっとかなりの奥行きがあるであろうと推察される大きな扉の部屋があった。 窓からは薄暗い明かりが漏れている。 まずは、機械室を除く小部屋を調べることにする。 4つのうち3つは鍵がかかっていたが、一つだけ開いていた部屋があった。 中は真っ暗で、おそるおそる開けてみる事にする。 気配等が一切感じられなかったので、中に踏み込んでみた。 とたん、鼻につく鉄っぽい臭いを感じる。 思いきって懐からペンライトを出して、まわりに当てて見た。 ペンライトであちこちを照らしていたが、やがてMulderの目は、ある一点で釘づけになった。 …2人が死んでいる。 まさかと思いつつ、首にそっと手を当てて見たが、鼓動は感じられなかった。 さらに様子を探ると、どうやら2人で撃ち合ったらしかった。 しかしなぜ? いったいここでなにが? Mulderの頭の中には疑問符がたくさん点在していた。 そこで、最初に見たサングラスの男を思い出す。 "彼も死んでいたのか?" 残った3つの部屋のドアに、まず耳をくっつけてみたが、何の物音も聞こえなかった。 そこで、思いきって窓からペンライトを当ててみることにする。 3つの部屋のうち、2つの部屋で男達が倒れている様子が見て取れた。 残りの1つの部屋も恐らく同じ状態なのかもしれない。 見たところ、Scullyは見当たらないし、残りの1つのの部屋にもいない気がした。 それに、どうやら船員室のようで、きっとこんなところには人質は閉じ込めない。 そう思ってMulderはそこから離れた。 気のせいか先ほどより、耳鳴りがひどくなってきた気もする。 次に、薄暗い明かりの漏れている大きな部屋の前に立った。 まず、窓から中の様子を伺うとやはりここも人の気配はなかった。 大きな防火扉のようなドアを開けると、そこには机や椅子や本棚、そして書類のようなものがいろいろと 置かれていた。 ちょっとした研究室のようにも見える。 そこでMulderは、その部屋のさらに奥で再びドアを発見した。 今度はそちらに向かう。 ドアは鍵がかかっているようだ。 しかたなく、また窓を覗いてみることにした。 …まず、最初に目に飛び込んできたのは、球体の金属の塊だった。 それが、なにか車止めの大きいものらしきもので、固定されている。 大きさは直径3メートルくらいであろうか? そして、球の真中より少し下に、直径1メートルはないくらいの穴が貫通していた。 "なんだ、あれは?" "あのなんの変哲もなさそうな球体がUFOだというのだろうか?" Mulderには、ただ穴の開いた巨大な金属のボールにしかみえない物体だった。 とにかく、Scullyを探す事の方が先決だと思い、その場を離れようとした。 …しかし、思考はそう思っていてもまるでなにかに引きつけられるように、その場を動く事ができない。 耳鳴りがさっきよりひどくなっている。 頭の中でするどい声が響いた。 "返せ!それを返せ!!" その声は、声というより思念のようなもので、かなり激しく、Mulderはまるで頭を殴られたような気分 になった。 びっくりして、その念を送った相手を確かめるべく部屋のドアノブに手をかける。 その時、後ろで「カタン」と物音がした。 振り返るとそこには人が立っていた。 Mulderは、気配を感じると同時にホルスターから拳銃をとりだしていた。 まさかここに人がいるとは思っていなかったのか、相手はどうも丸腰のようである。 しかし男は、Mulderの拳銃を見ても、慌てる様子もなくこちらを見返していた。 小柄なアジア人である。 状況的には中国人だとも思われるが… 「手をあげるんだ!」と拳銃をつきつけてみたが、反応はなかった。 銃をつきつけられら、手を上げるというのは万国共通ではないのかと思ったが、少なくともこの男には 通じないらしい。 挑んでくるふうでもない男に近付いてみて、一瞬どうしようか迷ったが、相手の腕を後で組ませた。 その間、男はまるでされるがままだった。 とりあえず、そばに落ちていた紐で手を縛る。 改めて、男の顔を見るとなんと薄笑いを浮かべていた。 とても、気味悪く感じたモルダーだったが、とりあえず質問をしてみることにした。 「Scullyはどこにいる?」案の定、反応はない。 「僕のパートナーと知ってて誘拐したんだろ!」 ためしに相手の頭に銃をつきつけてみたが、相手は薄ら笑いを浮かべたままである。 「無事なんだろうな!!」胸ぐらをつかんで揺さぶってみるが、抵抗する様子もない。 "狂っているのか?"という疑惑がわく。 会話の成り立たない歯痒さからか、Mulderはこのまま相手を撃ち殺してやりたいという凶暴な感情に捕 らわれていた。 それを、少しの理性でかろうじて抑える。 "こいつに聞いても埒はあかない"そう判断したMulderは、とりあえず男を放っておいて次にどこを探す べきかを考えようと、彼から手を離した。 その瞬間だった。 男がいきなり走り出したのだ。 そんな展開はまったく予想していなかったMulderは唖然として相手を見送る。 彼はさっきの球体のおいてある部屋へ向かって突進して行った。 ドアへ、頭から思いっきりぶつかっていく。 逃げるわけでなく、ただドアにぶつかるのだ。 何度も何度も意味不明の言葉を発しながら、繰り返している。 なぜかMulderは止める気にはならなかった。 男はとうとう頭が切れたのか出血もしている。 そして最後には力尽きて倒れてしまったようだった。 "なんなんだ?いったい?" 相変わらず耳鳴りはひどいが、さっきまで自分を支配していた凶暴な感情は、男の血を見た途端に消え 失せ、我に返った。 自分で自分を傷つけ、気を失うほど荒ぶる原因はいったい? 通常の人間は、どこかで防御本能が働いて、自分の意思でここまではできないはずである。 縄で首を吊る、建物から飛び降りるなど、同じ生命の危機でも、不可抗力が働いて死へ至るのとは訳が 違う。 男の首にそっと手を触れて見ると、鼓動は感じられた。 どうやら、気絶しているだけのようである。 とりあえず彼からScullyの居場所を聞くのはあきらめて、その部屋を後にした。 一つ上のフロアに向かう事にしたMulderだったが、階段を上がっていくにつれて不思議と耳鳴りがおさ まっていくのを感じた。 …気のせいだったのかもしれないと思いつつ、改めて辺りを見回した。 すると、今度は左右にずらっと並んだ8つほどのドアを確認した。 そしてつきあたりのちょうど不思議な球体があった真上だと思われるところにもドアがある。 上から荷物を搬入するために吹き抜けだった気もするが…と思いつつ近づいてみた。 その部屋にだけ窓がない。 他を見回すと、その部屋と正反対つきあたりにもドアがある。 ただ、そこのドアだけは他の部屋と違って、立派な木製のドアだった。 察するところ、この船の長らしき人がいそうである。 となると、一番怪しいのは目の前の吹き抜け上部に位置すると思われるこの部屋であった。 Mulderはノブに手をかけてみた。 やはり、鍵がかかっている。 下との関係を察すると、それほどの奥行きはないと思われ、物置かもしれないとは思ったが、鍵がかか っているということによって、その可能性は消えた。 ただ幸い、このドアも安普請な木製で、2,3回蹴飛ばせば、事が足りそうな雰囲気だった。 あたりは、相変わらず気味が悪いくらい静まり返っている。 一瞬、念の為に他の8つの船室を確かめるべきかとも思ったが、その考えはすぐに捨てた。 ドアに思いっきり蹴りを入れる。 案の定、3回ほどでドアを蹴破る事ができた。 その部屋は、やはり下ほどの奥行きは全然なかった。 無機質な鉄板がむきだしの、殺風景な部屋だった。 左右に視線を巡らせると、すぐに鮮やかな黄褐色の塊が目に飛び込む。 「Scully!!!」 Mulderはすぐに駆け寄った。 うつぶせに倒れていた彼女を抱き上げて、顔を見た瞬間、Mulderは背筋が一瞬にして凍りつき、そして すぐに怒りで体中が熱くなった。 Scullyの磁器のようにすべすべの顔が、無残にもところどころに内出血の跡ができて、片方の唇の端も 切れて出血していた。 手に抱いた時に温かみを感じていたので、生きている事はすぐにわかっていたが、危害を加えられたと は思ってもみなかった。 あわてて、ひととおりScullyの全身の状態を確かめてみる。 すると、幸いな事に縄で縛られた手首が赤くなっているくらいで、骨等にも異常は見られなかった。 そこでとりあえず安心して、改めてScullyに声をかけてみた。 「Scully。」 さすがに頬を叩くのはためらわれた。 頬にかかった髪をどかしてやりながら、できるだけ優しく声をかけてみる。 瞼がひくひく動いていて、まるで夢でも見ているかのようだった。 頬には涙の後がある。 殴られている時に泣いたのか、今夢の中で泣いているのかはわからない。 ただ、彼女の長い睫毛が濡れているのをみると、Mulderは悔しい気持ちでいっぱいになってしまった。 なぜ、気づけなかったのか?Scullyが狙われる可能性を。 彼女を守れなかった自分がとても腹立たしい。 そんなことを考えながらしばらくScullyを見つめていたが、一向に目覚めそうにもない。 そこで、Scullyを腕に抱えてその部屋を出る事にした。 相変わらず辺りは静まり返っている。 まずは、Scullyを外の安全な場所に移す事が先決である。 しかし、今撃ってこられたらMulderにはふせぎようがない。 けれど、もしそんな状況になったとしても、Scullyだけは守り抜いてみせるという覚悟でデッキへと 向かった。 そっとデッキへ通じるドアを開けてみると、相変わらず人の気配は一切感じられなかった。 拍子抜けしながらも、念の為に先ほどスーツの男がいた部屋を覗いてみる。 …すると、そこにはいなかった。 どこへいったんだろうという疑問が浮かぶと同時に、まわりをすばやく確かめてみる。 とりあえず、あたりにはいないらしい。 そこで、Scullyを乗ってきたボートへ降ろすことにした。 しかし、気を失っている彼女を3メートルほど下にあるボートへ移すのは大変である。 さすがに腕に抱えて碇の鎖を下る事はできない。 そこでScullyが前で手を縛られているのを利用することにした。 彼女の手を自分の首にかけて、おそるおそる鎖にぶら下がってみる。 さすがに力の入っていない体は、いくらScullyが小柄でもかなりの重労働だった。 おまけに肩の傷口が開いて、血が滲んできたのがわかる。 それでもなんとか2mほど降りて、最後には2人でボートに飛び込んだ。 ボートは案外衝撃に強く、なんとか沈む事もなく、あまり濡れもせずにすんだ。 Scullyは、あいかわらずこんこんと眠っている。 薬物でも飲まされたのだろうか? Mulderは新たな疑念にぞっとしつつ、とにかく陸地へと急ぐため、エンジンをかけてその場を去った。 …船の上ではそんなMulder達の様子を見送るかのように、スーツの男が佇んでいた。 Mulderは、港ではなく近くの砂浜にボートを寄せた。 港内では彼らの仲間がいないとも限らない。 砂浜を走り、大きな木を見つけてその陰に彼女をそっとおろす。 そして、ポケットから携帯電話をとりだした。 「こちらは、FBIのMulderだ。怪我人がいるので至急、救援にきてほしい。場所は…」 そのMulderの声を聞いて、Scullyはゆっくりと目を開けた。 「Mulder?」 「Scully、気がついたかい?」Mulderは優しく彼女の顔をのぞきこんだ。 どうやら、薬物等は投与されていないようで安心する。 そして、彼女の前で縛られている縄を外そうとしたが、ふと思いついてそれをやめた。 「Scully、僕はもう一度あの船に乗り込むよ。応援は呼んである。しばらくすれば、誰かが迎えにく るから。」 そう言ってScullyの顔をじっと見つめた。 そして、必死で見つめ返すScullyの頭を軽く撫でてその場を離れようとした。 「待って、Mulder!危険だわ!!」とScullyは思わず叫んだ。 「Scully。」 「お願い、行ってはだめよ!あそこに何が待ち構えているかわからないの?!」 とにかく、行かせまいと一生懸命説得しようとするScully。 目には涙が浮かんでいる。 超常現象など一切信用しない彼女だったが、あの船に蔓延していた狂気の念を、本能的に感じ取って いた。 夢だったが、ただの夢ではないと確信できるぐらいリアルな夢だった。 MulderもそのScullyの雰囲気を察して聞いてみる。 「君も"声"を聞いたのかい?」 「…感じたの。」他には表現のしようがなかった。 その言葉にMulderは、耳鳴りは気のせいではないという確信と、Scullyはあの部屋の真上にいたため に、未知の生物の想念のようなものを間近で浴びていたのだということに気づいた。 それは、どんなに恐ろしい体験だったのだろう? そして、ここに来てすぐに目が覚めたのはあの想念の渦から離れたためだろうとも推察された。 目の前のScullyは憔悴していたが、今はMulderを行かせまいと必死の表情だった。 けれど、Mulderの決意はすでに固まっていた。 あの不思議な球体を見た時から。 そして… 「ごめん、Scully。僕はどうしても確かめたいんだ。それに…」 じっとScullyを見つめた。 唇の端が切れ、ところどころに紫の痣まである。 腕や足もきつく縛られたのか、痕がくっきりとついているのが痛々しい。 Scullyがどんなめに…どんな苦痛を味わったのかと想像するだけで、Mulderは怒りが込み上げてくる。 「君をこんなめにあわせた奴をどうしても許せない。」 Mulderはきっぱりと意思を固めた様子で答えた。 「Mulder!私はあなたが心配なの!」 Mulderの目に宿った決意を見て、説得するのは不可能だとわかったが、なおも必死に訴える。 「お願いよ、行かないで!私は…!」 「Scully。」 「あなたに何かがあったら私…」そこから先は彼女の嗚咽で途切れてしまう。 そんな彼女の涙をMulderが指で拭う。 その指を振り払うように彼女はかぶりをふって、訴えた。 「だったら、一緒に行かせて!Mulder!!」 けれど、そんなScullyを見つめるだけのMulder。 「私達はパートナーだわ!今すぐこの縄を解いて!!」 Mulderは差し出された手を見つめた。 そして、その手をぎゅっと握ったが、ついに自分を押さえきれなくなってScullyを抱きしめた。 「Mulder?」 その声に反応して、腕を解き、彼女の肩に手を置いて見つめた。 "今伝えなければ…"Lunaの言葉を思い出す。 その顔がどんどん近づき、そして唇が重なった。 ありったけの思いを込めるかのような、力強いキスだった。 Sucllyも必死にそれに答える。 そんな彼女をまたぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。 「Scully、誰よりも君を大切に想っている。」 「Mulder。」 「大丈夫、僕は必ず戻ってくる。」 「…」 Mulderは彼女の顔をじっと見つめて、できるだけ優しく微笑んだ。 「…帰ってきたら、続きを言うよ。」 「続き?」 そう聞き返したScullyをそっと離して、ついに乗ってきたボートの方へ走り出した。 「Mulder!」 この声が届いているかはわからないが、Scullyは叫ぶ。 「私はまだ、あなたに何も伝えていないのよ!」 なおも、遠ざかっていく影。 「あなただけ一方的になんてずるいわ!私も伝えたい事がたくさんあるのよ!!!」 その影はとうとう闇の中に消える。 「…私にも言わせて…お願いよ、Mulder。」 そう、つぶやくように言って、Sucllyはその場に倒れた。 Scullyをふりきって船に戻ったMulderは、そこに足を踏み入れた瞬間から空気が変わったのを感 じていた。 先ほどまで感じていた耳鳴りとは比べ物にならないほどの強烈な思念だった。 まるで、コンサート会場でアンプが目の前にある時、音で顔を叩かれるといった感じの感覚だっ た。 だが、これは音でないのがさらに不気味さに拍車をかけていた。 意を決してドアを開ける。 すると、その途端に銃声が響いた。 Mulderはとっさに頭を伏せたが、さらに激しい音が続いた。 しかし、よく聞くとその音は遠くで響いていて、Mulderが狙われたわけではなさそうだった。 どうやら階下からのようである。 立ち上がって中の様子を伺った。 そのフロアには人の気配はない。 Mulderは拳銃を握り締めて、先ほどの銃声が響いてきた階下に向かった。 先ほどの球体のあるフロアへ入るドアをそっと開けてみた。 すると、突然笑い声が響いてくる。 そのうつろでいて、なおかつ狂ったような大きな声を聞いてMulderはぞっとした。 思いきってドアを大きく開け、中に入ろうとした瞬間、今度は確実にMulderのすぐ側で銃弾が撃 ち込まれた音がした。 慌てて陰に身を隠し、もう一度覗いて見るとそこには、さっき球体のある部屋の手前で、自らドア に頭を突っ込んで行って気絶した青年が銃を手にして立っていた。 「黄文(ホアンウェン)!」 今度は反対側から声が響き、そちらを見ると黒いスーツの男がいた。 そして、Mulderが確かめたのはそれだけではなかった。 廊下には何体かの撃たれたらしい死体が転がっている。 そこはまるで血の海だった。 「ははははっ!」今度は笑い声が響く。 黄文と呼ばれた男の顔は、すでに正気ではなかった。 廊下の死体も彼が撃ったものであろうということは、容易に見当がついた。 この廊下にはもう、2人以外は誰も動く気配はなかった。 「………」黒いスーツの男は黄文と呼ばれた男に何事かを話しかけた。 まるで、説得するかのような穏やかな声だった。 ただ、残念ながらMulderには理解のできない言語だった。 「うわぁぁぁぁぁ!」黄文と呼ばれた方が今度は叫び出した。 パァン! 銃声が響いて静かになった。 Mulderは覗こうかと思ったが、少しだけ様子を見てみる事にした。 黒いスーツの男がゆっくりとMulderの目の前を通りすぎる。 どうやら彼はMulderの存在には気づかないようだった。 あらためて覗くと、黄文と呼ばれた青年は廊下に横たわっていた。 黒いスーツの男に撃たれたらしい。 青年をじっと見つめるその男に、Mulderは背後から忍び寄って、銃をつきつけた。 「手を上げろ。」言葉が通じるかどうか不安はあったが、男はゆっくりと手を上げた。 その手からMulderは銃を取り上げ、他には持っていないか、ざっと身体検査をする。 手にしていた銃以外はなにも持っていないことを確認して、Mulderはこちらを向かせた。 「戻ってきたのか。」男は吐き捨てるように言った。 その声は、まさしく電話の男の声だった。 「なにがあったんだ?一体。」 すると男は無表情なまま、Mulderを見据えた。 Mulderも負けじと睨みつけると、男は視線をそらして答えた。 「見ての通りさ。私以外の船員全員が死んだ。すべてはあの化け物のせいだ。」 「化け物?」 「そう。」 そう答えて、男は廊下に座りこんだ。 Mulderは相変わらず銃口は彼にむけたまま、言葉の先を促す。 男はそんなMulderを見て、あきらめたように話し始めた。 内容はこうだった。 船員同士の小競り合いは、今回の航海では最初からあったが、事態が一気に悪化したのはMulder との取引の電話をしたすぐ後だったらしい。 これでやっと肩の荷がおりると安心した時から始まった。 最初は一番最下層の船員同士が、いきなり殺し合いを始めたことだった。 それまでは、殴り合いのケンカ程度だったが、その時から一気にレベルが変わった。 その事を黄文に聞き、慌てて最下層に行くと銃を手にした最後の男以外は全員死んでいた。 最後の男はもうおさえることもできず、黄文がやむなく射殺したらしい。 一つ上のフロアにいた船員が、何事かと降りてこようとしたがそれを押しとどめ、勝手に中に入 らないように、死体のあるそれぞれのドアの鍵をかった。 ひとつだけかかっていなかったのは、その部屋が最後の男の部屋で、あとでもう一度調べようと 思っていたかららしかった。 ずっとこの暴れ出す原因はやはりあの化け物の思念のせいだと気づいた男は、残った船員に睡眠 薬を飲ませ、部屋で眠らせた。 男はこの先のことを自室でしばらく考え込んでいた。 いつのまにか眠りに入っていたが、ふと物音に目を覚ました。 慌てて下に降りてみる。 すると、例の球体の部屋の前で黄文が頭から血を流して倒れているのをみつけた。 一応、黄文にも睡眠薬を飲ませて眠らせたが、その彼が起き出してしまったということは、残り の船員達も起き出して、再び暴れ出すのは時間の問題と思われた。 その上、男もずっと感じていた耳鳴りは、いままでに感じた事のないほどのレベルに達している。 とりあえず、後手に縛られていた彼の縄を解いて、体の状態を見てみた。 頭以外には外傷はなかったが、問題は誰に縛られたかであった。 その時、Scullyを閉じ込めておいた部屋のドアが壊されているのをみつける。 そこで男は、Mulderの侵入を知り、慌ててデッキに駆け上がったところ、2人がボートに乗りこ もうとしているのをみつけた。 一瞬、拳銃に手をかけたが、すぐに思い直した。 Mulderがあの物体を返さない気なら、それはそれでいいかもしれない。 なぜなら、今の彼の憎しみの対象はすべてあの球体にあった。 大切な仲間を8人も狂わせて死に追いやっただけでなく、自分の片腕の黄文までも…と思うと怒 りはおさまらなかった。 どうやら、この男の場合は、怒りのベクトルは船員には向かず、すべて球体へと向かったようだ った。 万が一、あの"鍵"が、化け物の手に渡ったら、奴はまんまと逃げてしまうかもしれない。 そんなことになるくらいなら、殺してしまった方がすっきりするだろう。 こんな状態では、アメリカと交渉する日まで、とてもじゃないが持ちこたえられそうにもない。 それよりも、これ以上仲間を失う事の方がこわかった。 そこでMulderを逃がし、球体を始末しようと決めて、部屋に戻ったところを、気絶しているもの だと思っていた黄文に襲撃されたのだった。 彼が一発撃ったのがのろしだったように、恐れていたほかの船員達も起き出した。 それは、まるで墓からゾンビがでてくるような、不気味な唸り声をあげて黄文に向かって行った。 黄文はそれに対して、容赦なく撃ちこむ。 男は、あのおどおどした黄文からは考えられない状態に、ただただ唖然とするばかりだった。 一通りの声が消えたところ、黄文は一応の満足感を得たようだった。 そこで、黄文の名を呼び、説得をこころみた。 最初はおとなしく耳を傾けたかのように見えたが、すぐに彼は再び銃を手にして、男に狙いを定 めた。 もうここまで来ては、男は自分の死か黄文の死を選ぶしかなかった。 …そして、拳銃を撃った。 そこにMulderが現われたのだ。 「なぜ、戻ってきた?」男はMulderを見た。 MulderはScullyを誘拐した首謀者はこいつだと確信していた。 「君にいろいろ借りがあるようだからね。返してもらわないと。」 「…おまえは戻ってくるべきじゃ…」男が口のなかで呟いた言葉をMulderは聞き取れなかった。 「なにが言いたい?」 そして、少し男に顔を近付ける。 その瞬間、男は突然、Mulderに襲いかかった。 油断をしていたMulderはあっさり銃を遠くに飛ばされ、あっという間に相手にひっくりかえされ た。 慌てて反撃に出ようとするが、顔をしこたま殴られる。 とどめにみぞおちに一発くらった後、その激しい痛みの為に動けなくなってしまった。 すると男はあの球体のある部屋の方へ走り出した。 Mulderは、なんとか立ち上がってよろめきながらも後に続く。 部屋に辿りつくと、男は興奮の為に震える手で、球体の部屋の鍵を開けようとしていた。 「どうする気だ!」Mulderが叫ぶと男は振り返った。 「こいつが…こいつがすべて悪いんだ!!!」 なんとか鍵穴に鍵を突っ込み、くるっとまわして鍵を外した。 そして、ドアを開ける。 その瞬間に中のライトというライトが弾けとんだ。 男はびっくりしたように一瞬たちどまったが、その場に落ちていた鉄の棒を手にして球体に向かっ て行った。 「この化け物めっ!」 鉄の棒を球体に振りかざす。 その時、球体は突然輝きはじめた。 男は途端に頭を抱えてうずくまる。 そんな様子を見ながらMulderは、おそるおそる球体に近づいてみた。 その暗闇の中で、Mulderは自分の懐が光っているのに気づく。 とりだしてみると、例の物体がScullyの部屋で見た時のように、青い光を放っていた。 それを手にして、さらに近づく。 "返せ!!!" また、頭に声が響く。 返せと言われてもどうしたらいいのか想像がつかないMulderは、さらに本体に近づいてみた。 すると、Mulderが手にしていた棒は、みるみる磁石に吸い寄せられるように球体の穴の部分へと くっついた。 びっくりして様子を見ていると、その棒はすぐに変形を始め、青い水面のように煌きながら、巨大 化し始めた。 それに同調するかのように、球体も透明感を帯び始める。 その様子はまるで、巨大なガラスのボールの中に、南の海を閉じ込めたようだった。 その時、Mulderは中で動いている黒い影を見つけた。 人の形ではなく、強いて言えば目のような楕円であり、両端がすぼまっている。 Mulderはまるで、その目に睨みつけられているかのような恐怖を覚えた。 これが目の前の異星人にとって、人間の中の一番怖かったものなのかとも、察しがついた。 復讐しているつもりなのかもしれない。 しかし、それは一瞬のことだった。 巨大化していたMulderの持っていた棒が、ちょうど穴の部分の大きさにフィットしたと思ったら、 突然辺りが真っ暗になった。 そして、かろうじて割れなかったわずかばかりのライトに光源が戻る。 先ほどの球体を見ると、もう元のような金属のようなのっぺりした表面に戻ってしまっていた。 そして、次の瞬間から今度は辺りが振動し始めた。 どうやら、揺れのもとは球体からのようである。 いまや、耳鳴りはきれいに消えたが、今度はこの振動である。 この球体は、動き出す準備をしているのかもしれない。 この船の壁を破るくらい、宇宙を旅してきたのなら紙を破るようなものだと思われる。 しかし、船体の腹の部分に穴を開けられては、この船は沈むしかなかった。 Mulderは危険を感じて、船から脱出するべく走り出そうとした。 視界に黒いスーツの男が目に入る。 おそらくこいつはScullyをあんな目にあわせた張本人だと思われる。 放っておきたい気持ちはやまやまだったが、まだこの男には証言させなければならない。 取引相手の事、いままでの記者の殺人の事、そして異星人の事。 「立つんだ!」 Mulderは男を促した。 相手は放心したようによろよろと立ちあがる。 Mulderは男の腕をつかんで、強引にデッキまでひっぱった。 いまや、振動は最初のものとは比べ物にならないほど激しくなり、まっすぐ歩く事すら難しかった。 Mulderの乗ってきたボートも波間で激しく揺れていた。 Scullyを運んだ時のように碇にぶらさがるなど悠長なことをしている暇はないように思われる。 そこで、海に飛び込む決意をした。 「飛び込むぞ!」そう言って男の腕をつかみ、一緒に飛び込もうとした瞬間、Mulderは男に突き 落とされた。 あっという間に水面に叩きつけられる。 飛び込む体勢をとっていなかったMulderは、その衝撃に一瞬息が止まるかと思ったほどであった。 なんとか体勢を立て直し、ボートにしがみつきデッキを見ると男はMulderをじっと見ていた。 「離れなければ死ぬぞ!」Mulderが叫ぶと男は手の中に持っていたスイッチのようなものをMulder にかざした。 「早く離れなければ、おまえも道連れだ!」 そうやら爆破スイッチのようだった。 「どうする気なんだ!」叫ぶMulderに男は答えた。 「俺の仲間を皆殺しにした奴を許さない。この船ごとこっぱみじんにしてやる!」 「そんなことをしたらおまえも!」 すると男はMulderの視界から消えた。 どうやら奥へ戻ったようである。 Mulderは男を連れて行くのをあきらめ、ボートのエンジンをかけ、できるだけ全速でその場を離れた。 ある程度離れたところで振り返ってみた。 その瞬間、船が白い閃光に包まれたかと思うと、爆発した。 すさまじい爆風がMulderの方へも向かってきた。 防御するすべもなく、Mulderは船ごと宙を舞った。 宙に舞いながら、Mulderが最後に目にしたのは、夜空に打ち上げられる花火のように一直線に空に向 かった光だった。 あれがUFOで宇宙に帰る光なのか、爆発で飛ばされた破片なのかは確かめるすべもない。 ただ、そんな状況を目にしたのを最後にMulderは意識を失った。 Scullyは翌朝には目を覚ました。 見た目は顔の痣等の為にひどくみえたが、実際にケガというものはそれだけであり、しかも一日たっ たせいで、大分元に戻りかけていた。 気絶をしたのは、2日前から一睡もしていなかったのと、極度の緊張感からによるものであった。 知らない間に睡眠薬を打たれ、一晩寝てしまったのであった。 病院で目を覚まし、しばらくは白い天井をぼうっと見ていた。 そして、次の瞬間に突然、昨日の記憶が蘇り飛び起きた。 慌てて横に掛けてあったスーツに手早く着替え、外に出ようとしたところで、ちょうど入ってこよう とし いたSkinnerにぶつかった。 「Agent Scully!」 Skinnerは寝ているはずの部下が、今にも駆け出しそうな勢いで飛び出してくるとは、夢にも思って おらず、びっくしてしまった。 慌てて彼女の両肩を掴んで病室に戻す。 Scullyは圧倒的な力に抵抗はしてみたものの、結局はなすがままに戻ってしまったが、それでも 負けじとSkinnerに聞いた。 「Mulderはどこにいるんです!?」あの、死が渦巻いている船に戻って行ったMulderがどうなった のかが、今の一番の心配事である。 「いったい何を言っている?少し落ち着くんだ。」そう言って、とりあえずScullyをベッドに座ら せた。 「船…船はどうなっているのですか?!」 「船?…ああ、昨日の爆発事故のことを言っているのかね?」 「爆発?!!」Scullyは思わず叫ぶ。 「…君達が関わっているのか?」 「君達がって…」 そこでSkinnerは今の状況をScullyに話した。 船は昨日の夜中に謎の大爆発を起こした。 幸い少し沖で停泊していたので、近くの船は巻きこまれずに済んだらしい。 そして、通報を受けたレスキュー隊がすぐに駆けつけたが、あまりに火の勢いがすごかった為に、 生存者は絶望的との見解を出した。 やっと、日が昇るころに鎮火して捜索を始めたが、生存者は今のところゼロ。 見つかった遺体も見事にバラバラで、死因どころか誰なのかも簡単にはわからない状況だとの事だ った。 Skinnerは、その事故現場のそばでScullyがケガをして病院に運びこまれたという報告を受けて、 とんできたらしい。 ただ、通報者であるMulderが行方不明なのと、事故がそばであったため、彼女がなにかを知ってい るのではないかと、爆発した船を調べている所から電話があり、Scullyに事情を聞くことにしたの だった。 そこで、彼女が起きるのを待って、ずっと外にいたらしい。 「だから、私にもまったく状況が掴めていないのだが…」 一方のScullyとしても、報告はもちろんすべきだとは思っても、どこから話せばいいのか見当もつ かなかった。 何度も言葉を出しかけたが、うまく続かない。 そこで状況説明はあきらめて、とにかく一番の心配事を話すことにした。 「…とにかく、Mulderはその船に乗り込んで行ったのですから、彼がその付近にいる可能性が…」 「なに?!ではあの爆発はMulderの仕業なのか?!」 「いえ、そうではなく…」Scullyは困ってしまった。 とりあえず、Mulderの捜索を頼まなければと口に出しかけた時に、Skinnerの携帯が鳴った。 「Skinner。」SkinnerはScullyから視線はそらさずに、話を始めた。 「…なにっ!?Mulderが見つかった?」 その言葉にScullyは大きく目を見開いた。 「…それで状況は?」こちらには相手の声が聞こえないもどかしさに、Scullyは思わず拳を固く 握る。 それからSkinnerは2,3言、言葉を交わし、電話を切った。 「Sir、Mulderは?!」 「現場からもう少し沖合いの地点で、ボートにのって流されているところを発見されたらしい。」 「それでっ?!」どうやら爆発からはなんとか逃れていたという事を知り、少しホッとしてSkinner に耳を傾けた。 ところがSkinnerはあまり明るくない顔で、Scullyの両肩にそっと手を置いて続けた。 「生死はわからないんだ。ただ…」 そこで言葉を切ったSkinnerにScullyはごくっと唾を飲みこむ。 「出血がかなりひどいらしい…見つかった時にはシャツは真っ赤にそまっていたようだ。」 いいにくそうに言ったSkinnerの言葉に、Scullyは思わず目をぎゅっと瞑った。 遠くで鳥のさえずりが聞こえた。 顔に太陽の光が当たっているのが判る。 普段はあまり使わない枕とシーツの感触を感じたことによって、ここは自分の部屋ではないなとぼ んやり考える。 Mulderはゆっくりと目を開けた。 すると目の前には、Scullyの心配そうな顔があった。 「今度は夢じゃないよね。」そう言ってじっと見つめるMulderに、Scullyは極力優しく答える。 「私はここにいるわ。」ScullyはMulderの手を取りぎゅっと握った。 その感触に今度こそまぎれもないScullyの存在を感じてMulderは安心した。 「僕はいったい?」 そこでScullyは、Mulderが発見されてからの状況を話した。 病院でSkinnerが受けた電話を聞いて、Scullyはナースが止めるのも聞かずに病院を出た。 そして、すぐにMulderが運び込まれる病院を調べ、そこに駆けつけた。 病院に着くとちょうどMulderが運ばれてきたところだった。 その時の彼の顔色をみてScullyはぞっとした。 彼はストレッチャーの上に横たわっていたが、顔色に生気がなく、もう土気色だった。 かなりの出血らしい。 しかも、Mulderはつい一昨日前にも大出血をしていて状況的にはかなり危ないとの事だった。 他にも爆風で飛ばされたせいか、全身を強く打っており、肋骨や他の骨にも多少ひびが入っていると いうのが検査の結果わかった。 Scullyはそこで、自分の考えられる限りの最善の策を考え、担当の医師とも積極的に話し合い、Mulder の治療に協力した。 すると、その夜にはなんとかMulderの容態は安定した。 あとは、意識が戻るのを待つのみだったので、一旦オフィスに戻り至急の仕事のみを片づけて、夜中 にはMulderの病室に戻ってずっと詰めていた。 そしてScullyは、はっきりとは言わなかったがきっと一睡もせずに、この朝を迎えたらしい。 「Scully、僕は…」 「あなたの意識が戻って本当によかったわ。」Mulderの言葉を遮るようにScullyは優しく言った。 「もう、大丈夫。Mulder、もう少し眠りなさい。」 そして、彼の額にそっと手をあてる。 Mulderはこの前見た夢をなんとなく思い出していた。 このScullyの少しひんやりとした手の感触は、自分にとっていつでも再現できるくらい身近なものな んだなと思うのと同時に、これ以上無いくらいの安心感に包まれる。 「おやすみなさい、Mulder。」 そう言ったScullyの言葉が、まるで催眠術のように彼を眠りに誘った。 次にMulderが目を覚ました時には、窓の外はすっかり真っ暗になっていた。 しばらく天井を見つめていると、廊下から"カツカツ"という、規則正しい足音が響いてきた。 Mulderはその足音の主をすぐに察してドアをじっと見詰める。 案の定、控えめなノックの音が響き、それに答えるとドアが開いて、ずっと見たかった顔が現われた。 「Scully。」 「Mulder、起きていたの?」 Scullyは部屋に入り、Mulderのベッドのすぐ脇にあった椅子に座った。 「ちょうど今起きたところだよ。」 「よかった、ぐっすり眠れたのね。」とScullyはうれしそうに答えた。 「でも、こんな時間に起きたからこの後眠れるかな?」 時計を見ると、もう12時を回っていた。 そんなMulderにScullyは少し微笑んで言った。 「大丈夫、体力を回復させるには眠るのが一番なのよ。きっと今のあなたなら寝過ぎかもって思える くらい眠れると思うわ。」 Mulderがなんだか甘えている子供のように見える。 それがなぜかうれしくって、彼が目の前にいるという事実もうれしくって、思わずじっとMulderを 見詰めてしまう。 そして、思わず彼の手をとって、素直に自分の思っていることを口にしてしまった。 「…Mulder、あなたが無事で本当にうれしいの。」 そんなScullyを見て微笑むMulderだったが、そんな優しげな彼の表情に照れてしまったScullyは、 少し雰囲気を変えるべく、突然言い出した。 「ねえ、Lunaには伝えなくて良いのかしら?あなたの無事を。」 本当に突然の名前に驚いたMulderだったが、Scullyの心情を思って答える。 「心配していると思うから、君から電話をしておいてくれないか?」 「私が?」 「君以外に僕の主治医はいないだろ?」 そう言っておいて、Mulderはこんな遠まわしの言い方ではだめだと反省する。 「君がどんな噂を耳にしているかは想像がつくけど、Lunaの本当の恋人はLarryといってね…」 MulderはScullyの手をぎゅっと握りかえして離さないまま、話を始めた。 きっかけはLarryとのちょっとした賭けから始まった。 Mulderはその賭けに勝ったら、明日の夕飯でおいしいものをおごらせてやろうと決めていた。 しかし、蓋を開けるとMulderは負けてしまっていた。 約束なので観念して自分の淋しい懐を気にしつつ、Larryの要求を聞いた。 すると、彼はLunaの恋人役を引き受けて欲しいと言う。 予想外の答えにMulderはびっくりしてしまった。 当時、Larryとよく一緒に行動をしていたMulderは、彼がLunaと付き合っていることや、実はLarry には、フィアンセがいたという事も知っていた。 ただ、皆はLarryとLunaがつきあっているという事は知らないし、Mulderも含めて3人で行動する事 が多かったため、"Lunaを勝ち取るのはどちらだ!?"なんていう、無責任なさやあてが広まっていた。 そしてついにその噂は、フィアンセの両親の耳にも入ってしまい、今日、明日にも真偽を確かめに来 るということになったらしい。 「じゃあ、LarryとしてはLunaとの事は遊びだったっていうの?」Scullyはそう言って眉間に皺をよ せる。 「いや、真剣だったさ。けれど、フィアンセの方はすでに妊娠していてね。」 「…」Scullyはこの上ない嫌悪感を表情に表した。 そんなScullyに苦笑しながらMulderは続けた。 「ところが、その父親がLarryではないんだよ。」 「…まさかあなたの子じゃないでしょうね、Mulder。」間髪入れずに聞いてきたScullyにMulderは 目を丸くして答えた。 「どうしてわかったんだい?Scully。」 そのMulderの言葉にScullyの目は倍の大きさになる。 そんなScullyを面白そうに見つめる。 「そんな冗談はおいといて。」そう言った瞬間に繋いでいたScullyの指先から緊張が抜けるのを感じ ながらMulderは続けた。 「本当の父親が誰かは僕は知らない。けれどそのフィアンセは彼の妹のように思っている幼馴染で ほっておけなかったらしいんだ。そこでLarryはその子と結婚して、赤ん坊の面倒も見てやるつもり だったらしい。」 Scullyにはなんとも返しようがなかった。 自分がそれに対して、思っている事を口にするのは簡単だが、それはやはり口に出すべきではないと 思うと黙ってしまう。 「きっと君が聞いた噂は、僕が公衆の面前で怒鳴り込んできたフィアンセの父親に向かって、"実は 彼女の恋人は僕なんです。"って宣言したところから始まっているんだろうね。それは確かに事実だ けれど、中にはどんどん尾ひれがついて、僕がLarryから彼女を奪ったとか、実は僕がLarryを隠れ蓑 にしてLunaを弄んだとかそんなのだろ?」 正直言って、Scullyの耳にした噂は、もっと他人が好きに歪曲させたひどいものだった。 しかし、彼女としてはそこまで聞くと逆に信じられなかったし、ちゃんとFBIに入局して成果をあげて いるMulderを見ているとそんな過去の事はどうでもいいと思っていた。 ただ、信じてはいなかったのだが、実際にLunaの名をMulderの身近で聞いてしまったために、少しだ け本当の部分もあるのかもしれないと思い始めてしまったのだった。 少しだけ考え込んでいるようなScullyを見て、Mulderはさらに続ける。 「Larryはね、Lunaに出会ってやっと知ったんだよ。本当に人を好きになるってことをね。でもそれに 気付いた時には、もう戻れない深みにはまってしまっていた後だったんだ。」 "それで2人はどうなったの?"とは、聞きたくなかった。 何を聞いても、自分にとって納得のいく答えは得られないような気がした。 そこで話題を変えるためわざと明るい声でMulderに聞いてみた。 「ねえ、いったい何を賭けたの?」 Mulderは最初、とても言いにくそうにしていたが、最後には観念したかのようにしぶしぶ答える。 「…実はお互いにひいきにしているバスケットボールチームが違っててさ。」 話はこうだった。 MulderとLarryは、違うチームをいつも応援していたが、その日の試合はほとんど差のない、サドン デスの状況だった。 そして、Mulderの応援していたチームが結局負けたのであった。 "そんなくだらない賭けで、後々もずっと噂になるような事を引きうけたの?"と言いかけたScully だったが思いとどまった きっと、Mulderが彼をかばったのは、それだけが理由ではないのだろう。 Laaryという人物は、Mulderにとってはかけがえのない友達であり、彼の為になることなら自分の事 は多少の中傷を受けても構わないくらいだったのかもしれない。 その賭けというのは単なるきっかけに過ぎなかっただけのような気がする。 そんなMulderの心根を思うとScullyはとても愛しく思えた。 「僕がこの話をしたのは君が初めてなんだよ、Scully。」 Mulderはなんだか得意げにScullyに話しつづける。 「君だけが唯一、当事者以外ではあの噂の真実を知っているんだ。」と言って笑い始めた。 まるで秘密の出来事をうちあけている子供のようにはしゃぐMulderは、Scullyにとってさらに愛し い。 思わずMulderをじっと見つめる。 「本当にあなたが無事で良かった。」しみじみと言う。 「もしあなたがいなくなったらと思うだけで私…」 そんなScullyを見てMulderはできるだけ優しく微笑みかけた。 「Scully。」と、Mulderは優しく呼びかける。 「Mulder。」 「大丈夫。僕はほら、ここにいる。」 そう言って、Scullyの手のひらを自分の頬にあてた。 するとScullyは、その頬を優しく撫でる。 その手のひらの感触の心地良さに、Mulderは思わず微笑んでしまった。 「Mulder?」 「なんだい?Scully。」 彼女の顔に視線をむけると少しいたずらっぽい笑みを浮かべて自分を見つめているのがわかった。 「あの別れ際に言っていた"続き"って、なに?」 「ああ、あれかい?」そんな普段にはめったに見られない表情のScullyに思わずキスをしてしまいた くなったMulderは、ちょっと身じろぎをして彼女に近づこうとしたが、その瞬間にかなりの激痛が 体中を駆け巡った。 「…っつ。」苦悶の表情を浮かべるMulder。 そんな彼を驚いた表情で見つめ返すScully。 Mulderは動くのをあきらめて、くやしそうに答えた。 「とりあえず僕の体がもう少しでも動くようになったらちゃんとするよ。」 「する?何かを言ってくれるんじゃなかったの?」 Scullyは痛そうなMulderの表情を見ておかしそうにからかう。 するとMulderは憮然とした表情で答えた。 「言葉だけじゃなくって行動も大切だからね。」 さらに拗ねたような表情をみせるMulderがScullyにはおかしくてしょうがない。 しばらく、くっくっと笑っていたが、ふと笑うのをやめてMulderをじっと見つめた。 「わかったわ。実は私もあなたに伝えたい言葉があったの。私は今、伝えられるわ。」そう言って Mulderの耳元に口を近づけてなにかを囁いた。 その瞬間、Mulderの両腕が伸びてあっというまにScullyを包み込んでしまった。 驚いたScullyはMulderの胸の中で声をあげる。 「Mulder!動けないんじゃなかったの?」 すると彼はにやりと笑う。 「だましたのね、Mulder?」 ちょっと拗ねた顔をみせるScullyにMulderは優しく答えた。 「君が今、魔法をかけてくれたから動けたんだよ。」 そう答えたMulderは彼女の顔を自分の前にいざない、さっきScullyが耳元で囁いてくれた言葉に 優しく答えてから、そっと唇を重ねた。 そして、ちょっとはにかんだようなScullyの表情に満足して彼女をさらに抱き寄せる。 けれど、その瞬間のMulderの苦悶の表情をScullyは見逃さなかった。 Scullyは顔を持ち上げてMulderの額にそっとキスをする。 なんとか微笑むMulderの髪をそっと撫でて言った。 「医師として忠告すると、あと一時間はひどい激痛に悩まされるわよ。薬をもらったほうがいいわ。」 その言葉にMulderは苦笑する。 そして、素直に痛そうな顔をみせた。 「帰りにナースに言っておくから。」そう言ってScullyはブリーフケースを手に取った。 「なんだい?Scully。もう帰るのかい?」ベッドの中からMulderが寂しげに聞く。 その言葉に思わず後ろ髪を引かれそうになりながらも、Scullyはきっぱりと言った。 「まだ、明日までに片付けなければいけない書類が山ほどあるのよ。おやすみなさい、Mulder。」 「…おやすみ、Scully。」 Scullyは今、自分の仕事までをすべて処理してくれている。 そう思うとこれ以上は無理を言えないなと悟ったMulderはあきらめて答えた。 すべては、自分の体が元に戻ってから始めよう。 大丈夫、それからでも遅くはない。 絆はもちろん感じているが、ちゃんと言葉で伝えた事によって、それがまぎれもないものだと確信する。 そんな事を考えると自然に口元が緩んでいた。 「毎日、夜には来るから。」ドアの前でScullyは振り返って言った。 「でも、Scully。仕事が…」もちろん顔を見たいのはやまやまだが、彼女の負担になるのは嫌だった。 しかし、そんなMulderの言葉を遮る。 「私が来たいと思っているの。だって…」 Scullyはそこで言葉を切って逡巡を見せたが、思いきったように口を開いた。 「私も、あなたの主治医は私だけだと思っているから。」そして、はにかんだように微笑んで部屋を出 て行った。 「もちろんだよ、Scully。」 その言葉が彼女の耳に届いたかどうかはわからない。 けれど、最後の台詞を言った後に微笑んだ顔が、真っ赤に染まっていたのをMulderは見逃していなかった。 きっと彼女にとっては精一杯の甘い言葉だったのだろう。 さっき耳元で囁いてくれた言葉の次ぐらいには。 そんな、不器用なScullyを想うだけで、愛しさがこみ上げてくる。 そんな、彼女の顔を想い起こすだけで、じんわりと心が温まってくる。 その夜、Mulderは久しぶりに幸せな気分で眠りに入る事ができた。                                          <終わり> =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 書いた本人も予想外の長さになってしまい、驚いています。 とにかく、終わらせることができて今はほっとしています。 ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございました。 きっと、設定の甘さ等、いろいろとあらがあるとは思いますが、どうぞ許してください。 なお、今回の作品中には(中編)私の大好きな本の台詞が一部引用してあります。 それがどこかわかる方がいらしたら、お友達になってください。(笑)