DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Have a good dream』 AUTHOR    Ran ・Scully's Apartment 11:20pm バスタイムを終え、かすかに色づいた素肌に白いバスローブを羽織っただけのScullyが、 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとした時だった。 「トントン」とドアをノックする音が部屋に響く。 冷蔵庫のドアにかけた手をそのままに、Scullyは僅かに眉をひそめてドアを見つめた後、 リビングのビデオデッキで時間を確認し、こっそりため息を吐いた。 もう既に真夜中に近い。こんな時間にドアをノックするのはただ一人。 「トントン」催促するように続くノックに、バスローブの前を一度掻きあわせ、Scully はドアを開けた。 「やあ、Scully」 Mulderは夕方オフィスで別れた時とは違うスーツを身につけ、ちょっと神経質そうな表 情を隠して立っている。どこかへ出掛けるつもりであることは一目瞭然だ。 普段持ち歩くスーツケースは多分、外に停めた車の中だろう。Mulderの様子にScullyは 自分の頭が徐々に仕事モードへ切り替わっていくのを感じていた。 「どうしたの?」 からだを引いて、彼を自然に部屋へ通しながらScullyは尋ねた。 「遅くにすまない、君に見てほしいものがあったんだ」 Mulderはそういいながら、彼女にfaxされてきたらしい紙を手渡し、部屋に上がり込む と、上着を脱いでから自室のような自然な様子でソファに横たわった。 「誰のカルテなの? Mulder」 受け取った紙にざっと目を通してScullyがソファに近づく。 「Tracy Tylerだ、君はRick Tylerっていう捜査官を知ってたっけ?」 「ああ…、名前は聞いたことがあるわ。前にあなたと一緒に行動科学課にいた人ね」 ソファの背もたれ越しにScullyは立ったまま、疲れた顔のMulderを見下ろした。 「うん、今はリッチモンド支局にいるんだ。ちょっと癖のある奴でさ、上司と折り合いが 悪くて異動させられたらしい、今も時々“盗聴”や“警備”にまわされてる」 そういう局内の下世話な話をMulderが知っているのは珍しい。おそらくTylerとはある 程度親しい間柄なのだろう。それにしても彼に“癖のある奴”と言わしめるとは、どんな 人間なのだろう、と彼女はひそかに考える。 「それでTracyは彼の娘なのね」 カルテに書き込まれた年齢からScullyは判断した。16歳だ。 「ああ、おととい自分の部屋のカーテンで自分の首を絞めて発見された。意識は戻ったが、 入院してる。当日の記憶がないんだ。一応、局内の人間の身内だから身辺調査をされたが、 人手不足もあって、支局は“自殺未遂”と判断してそれ以上の捜査は打ち切った」 「なるほど、Tylerは納得できず、あなたにこれをFAXしてきたってわけ?」 話が長くなりそうだったので、Scullyは空いているソファに腰を下ろした。 「あたり、僕のパートナーが優秀なメディカルドクターなのは有名だからね」 ちゃかすようなMulderの口調にScullyは僅かに苦笑した。 「でも、これだけでは何とも言えないわよ」 「John Marcusって名前に聞き覚えは?」 「リッチモンドの支局長でしょ、お噂はかねがね…」 John Marcusは上司に取り入る才能にとびきり恵まれているという評判だった。 FBIの捜査官全員が、事件解決だけを目指しているわけではない。 もちろん入局した時は、そういう気持ちがあるに違いないが、人によっては目的が変わっ てくる場合もあるのだ。 「Tracyは以前に関わった連続殺人事件との関係を心配してるんだ。彼は犯人を捕らえた が、証拠不十分で無罪放免になった。ただMarcusは記者会見ができない様な事件には興 味がないらしいけどね」 疲労の色濃く、両手で顔をこするMulderの様子にScullyが眉をひそめた。 「大丈夫? 疲れてるんじゃない? 夕食はどうしたの? Mulder」 「いや、Tylerと電話で話した後、調べ物をしてたんだ」 Mulderは本当に食べることに無頓着だ。いや、食べることだけではない、衣食住全体に 関心を示さない。まるで、生きること自体に興味がないようにすら見えることがある。 「何か食べる?、チーズかチキンでサンドイッチでも作りましょうか?」 Scullyの少し優しい声音にもMulderは首を横に振った。 深い疲労が彼を襲っていた。ここ2.3日、わけのわからない悪夢に悩まされ、ろくに眠れ ない日々が続いていたのだ。 暖かな部屋と適当にスプリングのきいたソファ、そして理由ははっきりしないが、自分以 外の人が側にいてくれる安心感が、Mulderの眠気を誘う。 「少し眠ってもいいかな、これからリッチモンドまで運転しようと思ったんだけど、君の ソファに負けそうなんだ」 時計は既に11:30を廻っている。 「いいわ、Mulder、毛布を取ってくるからもう少し待って」 Scullyは自分の寝室に余分な毛布を取りに行くために立ち上がった。 ・ 6:30AM Mulderが目を覚ますと、すっかり出掛ける支度を整えたScullyが台所でコーヒーを入れ ているところだった。 ソファの上に体を起こし、時計を見てため息を吐く。 「ずいぶん眠ったんだな」 「起こせなかったわ、Mulder。だって本当に気持ち良さそうだったから」 Scullyは軽く微笑んで、マグに入ったコーヒーとドーナツを彼に手渡した。 「うん…」 Mulderはドーナツに噛り付き、コーヒーを口に運ぶ。 「なんだか久し振りに熟睡できたらしい」 下から自分を見上げて微笑むMulderの満足そうな顔に、Scullyは心が動いた。 皺になったシャツ、ゆるめられたネクタイ、起き抜けでぼんやりした印象だからかもしれ ない…いつもの彼とは違って見える。 「じゃ、そろそろ行くよ、悪いけど僕がいない間は適当にごまかしておいてくれ」 ドーナツを平らげ、コーヒーを飲み干すと、そう言ってMulderが立ち上がった。 「私も行くわ、Mulder」 Scullyの意外な言葉にMulderの表情が止まる。 「でもこれは正式な捜査ではないんだ、Scully。どちらかと言うと僕の個人的な…」 Mulderの言葉を遮るように、Scullyが小さく首を振った。 「あなたが行くということは、今回の事件に不審な点があるということでしょう」 そこで一旦言葉をきり、大きく息を吸い込んで、 「Melissaの調査も人出不足から打ち切られたのよ」 一気にそう言ってから、ScullyはSkinnerのオフィスで姉についての捜査を打ち切るこ とをきいた時の苦痛を思い出し、目を細めた。 FBIが本気になれば、どんな難しい事件も解決まであきらめないはずだ。小さな紙片から だって何らかの手がかりをつかんでくる。それを簡単に“打ち切った”のだ。これを思い 出すとScullyはなんとも気が重くなってくる。自分がそれでもこの組織で働いていくこ とに屈辱すら感じることがあった。 「わかった…」 MulderはScullyの気持ちを察し、自分の上着を取り上げ、袖を通しながら肯いた。 「外の車で待ってる。とりあえずSkinnerにだけは連絡を入れておくよ」 それから、優しい表情で彼女の腕に一瞬触れ、そう言ってScullyの部屋を出て行った。 ・Tracy家 Richmond 「Tracyは自殺未遂をするような娘じゃないんです」 リッチモンドの住宅地にある家庭的な居間で、RickとSonia Tylerは、心労のたまった 表情のままMulderとScullyを迎えた。 自分の指の関節が白くなるほど両手を握り締めて、なんとか涙をこらえたSonia の肩に Rickが優しく手をまわす。 「成績も良かったし、友達にも恵まれていました、毎日、輝くような笑顔で学校に通って た。その娘が自殺なんて考えるはずないわ」 「どうして支局は、自殺未遂だと判断したんだい?」 記憶が戻らない日が続いているTracyの事を気遣い、“未遂”を強調してMulderがRick に尋ねた。 「あの子の部屋のドアにも窓にも内側から鍵がかかってたんだ。うちは先月、こそ泥に入 られてね、盗難防止機を取り替えたばかりだった」 Rickが苦痛に顔を歪め、 「本当の理由は、前に話した通りだよ、真面目に取り合わなかった、それだけだ」 はき捨てるように付け加える。 「この年頃の子供は、精神的に不安定なものだから…と言われたわ、あの子を知りもしな いくせに」 Soniaの感情を無理に押え込んだ声が痛々しくてScullyが思わず、下を向く。 「Tracyを発見した時の状況を話してもらえます?」 話し出すと、わずかに声がかすれ、Scullyはすかさず咳払いでごまかした。 Soniaは涙をこらえ、何度も言葉を継ぎながら、金曜の夕方、自分が仕事から戻ると、Tracy の部屋から大きな音で音楽が聞こえていたこと、ご近所迷惑だと注意しに行ったこと、ノ ックしたが内側から鍵がかかっていたこと、をなんとか話し終えた。 「そこへ俺が帰ってきた、Soniaから事情を聞いて部屋に行った、でも何の返事もなかっ た、嫌な予感がして、ドアを蹴破ったんだ」 二人はそこで一瞬、絶句した。 「あの子はカーテンを首に巻きつけて自分の体重をあずけていた…」 Scullyのクールな横顔が僅かに歪むのをMulderは一瞥し、Rickのほうに肯いてから 「ちょっと彼女の部屋を見せてもらってもいいかな、Scullyと二人だけで」 と、彼女を促すように立ち上がった。 部屋は事件が起こった時のままにしている、と聞いてドアを開けたMulderは、部屋の中 の様子に驚きを隠せなかった。 写真立ては倒れ、壁にかかっていたカレンダーは床に落ち、ポスターははがれかけている。 とても10代の女の子の部屋とは思えない。 “どういうことだ?”という表情でMulderがScullyを振返った。 「ずいぶん、散らかってるのね」Scullyも不思議そうにMulderに表情を返す。 「まるで、嵐が通っていったみたい」 Mulderが真剣な表情で、部屋中を観察している。Scullyは嫌な予感がした。 また、他の人には思いもつかない仮説を考えているに違いない、あれはそういう顔だ。 「Mulder? 何らかのストレスによる一種のヒステリーじゃないかしら」 Scullyの呼びかけにMulderはゆっくり振り向いて、じっと彼女の目を見つめた後で、「う ん、そうかもな」と短く答え、「調べてみよう」と続けた。 その言葉を合図に二人は、部屋の中に足を踏み入れ、手際よくカーテンレールを観察し、 本の間を調べ、アルバムを見て、机の引き出しやクローゼットの中を確認していく。 「これは?」日記らしきものをパラパラめくっていたMulderが、ページの間から一枚の 写真を取り出した。 少し年上だろうか、若い男の子がバスケットボールを手にして笑っている。 「明日、友達にでも聞いてみよう」 「ご両親ではなく?」 Scullyが尋ねる。 「君は子供の頃、日記の間に挟んでおく写真の男の子について、両親に報告するほど真面 目だったのかい?」 Mulderはおどけた顔をしてみせてから、裏を返して「Matt」と、書き込みがされている のをScullyにも見せ、上着のポケットに写真を滑り込ませた。 Scullyも男の子に憧れたり、こっそり写真を日記に忍ばせたりしたのだろうか、Mulder は一人でこっそり微笑んだ。 ・ 6:30 PM 夕食のしたくをするSoniaとScullyの声を遠くで聞きながら、リビングのソファでMulder とRickとビールを飲んでいた。 RickとSoniaに引き止められ、二人は夕食を共にすることになったのだ。 沈み込んだ夫婦との食事はあまり期待できなかったが、MulderにScullyもそれをすげな く断る勇気もなかった。 「悪いな、Mulder、おまえには迷惑をかけた…」 Mulderが笑顔で首を振る。 「かまわないさ、なかなか興味深い。僕もTracyが自殺したとは考えてないんだ、もう少 し調べてみるつもりだ」 「そうしてもらえると助かるよ、ともかくこのままではSoniaの気がすまないんだ」 Rickはわずかに笑顔を返し、話題を変えようと、 「Scullyはいい相棒だな、君たちの噂は聞いてるよ」と、続けた。 Rickの言葉で現実に引き戻され「どんな噂だか…」、Mulderは微笑んだ。 「行動科学課にいる頃はいつも単独行動だったろ、おまえ、まさか誰かと上手くやってい けるとは思わなかったな」 今となっては、Mulderにとって懐かしい思い出だ。もし、偶然X-Filesを見つけなけれ ば、あの睡眠治療でSamanthaの失踪の時の記憶が戻らなければ、あのまま“優秀な捜査 官”だったかもしれない。 「彼女だからなんだ、だから上手くやっていける」 「だろうな…」呟いて、Rickが肯く。 「おまえと彼女を見てると、そんな気がする、うらやましいよ」 「君にはSoniaがいるだろう…」 「えっ? そういう関係なのか?」 Mulderが一瞬にして大きく笑い、両手を振ってみせた。 「違うよ、そうじゃない、ごめん、失言だ」 その時、夕食ができたことを知らせるSoniaの声がした。 「Tracyの友人を何人か教えてもらえるかな」 それをきっかけにMulderがまじめな顔になり、 「ああ、あとでメモを渡すよ」Rickが答えて、二人はソファから立ち上がった。 「もうひとつ…」食卓のほうへ行きかけたRickをMulderが呼び止めた。 「Tracyの部屋に最近、医者か看護婦が訪ねてきたことはあるかい?」 Rickがわけがわからないという顔で首を横に振る。 「いや、そういう知り合いもいない」 “ふ〜ん”とMulderは肯いた、「それならいいんだ」 翌日、Rickのメモにあった友人のJuliaに尋ねると、「Matt」はすぐに見つかった。 Matt PearceはTracyが憧れている、ひとつ年上の少年で、去年の末に両親を亡くしてお り、祖母の家に暮らしていた。 奨学金で学校を続けられるほど、勉強も運動もよくできる。彼に憧れる女の子は多いが、 ステデイなガールフレンドはいないらしい。 「私は良く知らないの、だって、好みじゃないもん」 明るい金髪をショートにしたJuliaはMulderに笑顔をみせてそう言った。 「どこに行けば会える?」 Mulderが笑顔を返すと、はずかそうに目をそらす。 「住所はPenny's Streetだけど、彼は多分Central Hospitalよ」 「どこか悪いの?」 メモを取っていたScullyがペンを止めて尋ねた。 「リハビリセンターにConnieが入院してるの、彼の妹。小さい頃、Mattと二人でボート に乗ってて、湖に落ちたの、その時の事故の後遺症で一生車椅子生活に…」 一旦、Juliaは唇を噛み締め、言葉をきってから 「Mattはすごく責任を感じてて、ほとんど病院にいるらしいわ」 と、後を続けると、気まずそうに、自分の爪先に視線を落とした。 「君は、Tracyが自殺未遂したと思うかい?」 「いいえ」Juliaが、また顔を上げた。 「Tracyは自殺なんかしない、だってMattにデートに誘われたっていってたもん、彼と 出掛ける前に死んじゃうなんて、有り得ないでしょ」 MulderとScullyが顔を見合わせる。 “やっぱりね”とMulderの視線がScullyに語りかける。 「いろいろ、ありがとう」 Scullyが手帳を閉じてそう言った。 ・Central Hospital リハビリセンター 1:30pm 「JuliaもMattが好きなのね」 リハビリセンターの廊下を歩きながら、Mulderは驚いてScullyを見つめた。 「どうしてさ? あの子は好みじゃないって言ってたろ?」 Scullyが肩を竦める。 「相変わらず鈍感ね、あなた」 「じゃあ、君はどこでそう思ったんだい?」 自分自身を“鈍感”だなんて考えたこともないMulderが抗議した。 「あの子Mattに興味がない割には、彼について詳しすぎると思わなかった?」 「Tracyの親友だから詳しかったんじゃないのか?」 「男の子は呑気でいいわね」Scullyが楽しそうに答える。 もう一度、Mulderが抗議しようと口を開いた瞬間、Scullyがドアを指して続けた。 「Mulder、ここよ」 軽くノックをしてドアを開けると、ベッドに身体を起こした少女と写真の少年が振返った。 フードのついたトレーナーとジーンズがまだ子供っぽさの残るMattの体格によく似合っ て、癖のないブラウンの髪がゆれていた。なるほど年下の女の子達が憧れそうななかなか 見栄えのする少年だわ、Scullyはそんなことを考える。 ベッドのうえの少女は妹のConnieだ。15歳ぐらいだろうか、兄よりも深い色の髪を長く たらし、繊細を通り越して神経質そうで、不安げに兄の顔を見詰めている。 Mulderの喉が鳴ったのをScullyは聞き逃さなかった。Connieには僅かにSamanthaの面 影があるのだ。彼女がもう少し年を重ねるとこんな感じだったろうか、という… Connieが彼にそれを思い出させたのは確実だった。 「Mattだね」 Mulderに話し掛けられ少年が振返った。 「Tracyを知ってる?」 MulderはFBIのIDを見せ「彼女のオヤジさんの友達なんだ」と名乗った。 Mattは怪訝な表情を見せたものの素直に肯く。 「デートする約束だった?」 Scullyの質問にもMattは肯いた。 「何ヶ月か前に彼女の学生証を拾ったんだ、それで、ちょっと話すようになって」 彼は妹を気遣うようなそぶりをみせ、二人に病室の外へ出るように促した。 「彼女が自殺未遂をしたことを知ってる?」 「ええ、学校で噂になってたから」Mattは答えた。 「彼女はそんなことをしそうな女の子だったかしら?」 今度のScullyに質問には、しばらく間を置いてから「よくわからないけど」とドアを後 ろ手に閉めながら続けた。 「でも、そんな風には見えなかった」 そっけなく聞こえるが、多分、それが一番正直なところなのだろう。 「僕、もういいかな、Connieの薬の時間なんだ、僕がいないと飲まないから」 「その前に…」とMulderが引き止めた。 「Tracyは自分の部屋のカーテンを首に巻きつけて死のうとしたんだ、何か心当たりはあ るかい? Matt」 何の気もなくMattを観察していたScullyは、そのMulderの質問で、急に彼の顔が一気 に青ざめたのに内心驚いた。 自分を取り戻す様に小さく首を振り、「いえ」と短く答えるのが精一杯という感じだ。 「ありがとう、もういいよ」とMulderが肯いて、彼を部屋の中に促す。 Mattは何も答えず、背中を押されるまま、ドアを開けて病室の中に入っていった。 Mattが病室に姿を消すとふいにMulderがScullyの腕をつかんで引き寄せた。 顔を彼女の首筋に近づけ“ふんふん”と鼻を鳴らす。 唐突なMulderの行動にScullyは体を堅くし、眉をひそめて自分のパートナーのほうを見 詰めた。「なに? Mulder」 「あの病室、Tracyの部屋と同じ匂いがした…」 Mulderはそれだけ言って、廊下を歩き出した。 「Scully、君はConnieの主治医に会って、あの子の病状を聞いてくれ」 「あなたは?」 ScullyはMulderの後ろ姿に向かって話し掛けた。 「もう少しMattの周りを調べるよ、モーテルで会おう」 そう言うと、彼はクルリと振返る。 「夕飯、何にする? 君の好きなものでいいから、どこかレストランを聞いといてくれ」 Mulderはそれだけ言うとScullyを廊下に残したまま足早に去っていった。 ・Italian Restaurant 7:00pm Scullyが看護婦達から得た情報で選んだのは、ギンガムチェックのクロスがかかったテ ーブルが置かれたちょっと感じのいい小奇麗なイタリアンレストランだった。 テーブルの上は蝋燭が照らし、周りはカップルばかりで、なんだか照れくさい。 Mulderが興味深げに店内を眺めているのがわかってScullyは決まりが悪かった。 「ごめんなさい、ちょっと場違いだったわ」 アイロンのかかった白いシャツに蝶ネクタイのウエイターがワインのリストを差し出した。 「お飲物はいかがいたしょうましょう」 Scullyが断ろうと手を挙げた瞬間、Mulderがそれを制して、「白でもいい?」と尋ねた。 「でも…」 「言ったろ、今回は正式な捜査じゃないって。君は僕の友達のためにただ働きしてるんだ からワインぐらい奢るよ…白でもいいかい? Scully」 「い、いいわ、もちろん」 Scullyの了解を得てMulderは適当なワインをメニューから選び出し、料理はお勧めの皿 とサラダに決めて、ウエイターが肯く。 満足そうな笑顔のMulderに「これじゃあ、デートみたいじゃない」と、Scullyがわざと おどけてみせる。 「誰かにうらまれないといいけど」 二人はほとんど同時にそう言って、顔を見合わせた。 「私のほうは大丈夫よ」Scullyが笑って請け合うと、 「僕のほうもご心配なく」Mulderがつられたように笑顔を見せた。 茶化すわけでもなく、皮肉にでもなく微笑むMulderはなかなか見られない。 やはり正式な捜査ではないこと、つまり、最終的に報告書に仕上げなくても良いことが、 二人を和やかにしているのかもしれなかった。 「Connieは9年前の7歳の時、ボートの事故で脊髄と脳に損傷を受けてるわ、スクリュ ーが原因よ」 Scullyはそれでもウエイターから聞こえなくなったことを確認して、話し出した。 「7分間の心停止、脊髄の損傷で下半身はほとんど麻痺の状態で直る見込みもほとんどな いわ、言語障害も残ってるし、脳幹の一部も切除されてて…一命を取りとめたのは現代医 学の力と彼女の生命力ね」 “なるほど”というように、Mulderが肯いた。 「あの二人の両親が亡くなったのは5年前だ。両親の保険やら奨学金やらで経済的にはほ とんど困ってないらしいが、未成年だったこともあって、Mattはニューヨークの叔母に、 Connieはこの街の祖母に引き取られた」 「ん…その後、Connieは精神的ショックから自殺未遂、しばらくカウンセリングを受け、 医師の薦めでリハビリセンターに入ってる、精神科のカウンセリングも受けてるわ、それ からよMattがほとんど病院から離れなくなったのは。ConnieのほうもMattにべったり で、Mattと親しく話した看護婦とは口もきかなくなるんですって」 二人の前にワイングラスを並べられた。テイスティングは不要だと、Mulderの合図で、 ウエイターは二人のグラスに白ワインを注いだ。 ウエイターが立ち去ったのを機に、ScullyはMulderに促されグラスを手に取り、二人は 心持ち微笑んで、軽くグラスを合わせた。 「これを見て」 Mulderは一口ワインを飲んだ後、ポケットから2枚の写真を取り出し、Scullyに差し出 す。それはTracyやMattと同じ年頃の女の子の写真だった。 その女の子達については、少し前に携帯電話でMulderから連絡を受けていた。 「さっき話したSuzanとKateだ。Suzanは1年前、Kateも10ヶ月前に部屋で自殺してい るのが見つかった、二人ともそういうそぶりはなく、部屋中を散らかり放題、二人ともカ ーテンで首をつってるんだ、残念ながら発見が遅く死亡した」 Scullyがグラスを唇に当てたまま、ジッとMulderを見つめた。 「二人ともMattを知ってた、デートの約束をしてた、叶わなかったけどね」 「かわいそうに…」Scullyが小さく続ける。 「もし、これが偶然の一致でなければ? 誰を喜ばせてるんだ?」 Mulderの言葉にScullyが首を振った。 「誰のことを考えてるの?」 「状況証拠からいけば、Connieも容疑者のひとりだろうな」 Mulderが答える。 「ばかね、Connieは車椅子に乗ってるのよ、どうやって自分より年上の女の子達を、そ れも彼女達の部屋で死なせるっていうの?」 Scullyのその反応は、これだけ一緒に仕事をしているMulderなら、当然予想できること だった。彼は出来るだけ穏やかにうなずき、出来るだけ軽い調子で自説を口にする。 「君だって、幽体離脱で上官に復讐しようとした男の事件を忘れたわけではないだろう」 “ほらね”とScullyが微笑んだ。“あなたの考えていることなんか、お見通し”と顔だ。 「あれが幽体離脱だったなんて、誰が証明してくれるっていうの? あなたの類推にすぎ ないのよ」 Mulderにわざと反論しながら、ふとScullyは心の中にひっかかるものを感じた。 「Mulder…SuzanとKateが亡くなった日なんだけど…」 Mulderの返事とカルテから写し取ったメモを確認して、スカリーは一瞬黙り込んだ。 彼女の知的な瞳が落ち着き、もう一度考え込むのを、パートナーは黙って待っている。 「3人が自殺した日も、Connieは高熱で意識を失って蘇生処置を受けてるの」 Mulderが再びゆっくりと白ワインを喉に流し込む。 「記録では…心拍が戻った後、急激に上昇してたわ」 “まるで…興奮状態にあったみたいに”その言葉をScullyは飲み込んで、これは一体ど ういうことだろうか、と自問した。 「Connieは彼女達を知ってた?」 独り言のようなScullyの質問にMulderが首を振った。 「Scully、子供の頃の君に好きな男の子がいて、その男の子に病気の妹がいるとしよう。 彼に気に入られたかったら、どうする?」 Scullyは急に喉がくっつくような息苦しさを感じて、つばを飲み込んだ。 「Tracyの部屋はConnieの病室と同じ匂いがしてた」Mulderが続ける。 ウエイターが近づいてきたのに気がついたMulderがScullyに視線で合図した。 FBI捜査官という身分は知られていないだろうが、固有名詞から関係者に迷惑はかけたく ない。騒がしいバーならともかく、静かなレストランではリスクがあった。 Scullyはウエイターがテーブルにピザとポロネーズの皿を並べるのを見ながら、ぼんや りと自分の思考にふけっていった。 状況からだけ判断すれば、例えばConnieのことを知らなければ、彼女達は自殺および自 殺未遂と判断されて当然だろう。精神的なストレスは意外なほど人間の心身を蝕んでいる ことがあるのだ。おまけに彼女達は思春期で不安定な年ごろだし。 しかし…とScullyは思い返す。本当に偶然なのだろうか、この1年で同じ学校に通う3 人の少女達が自室のカーテンで首を吊るなんてことが? 少なくともRickは家に拳銃を置いているだろうに、衝動的であれば、どうしてそっちを 選ばなかったのだろう…考えているうちに知らず知らずに表情が険しくなっていたらしい。 ScullyはふいにMulderに鼻をつままれて、我に返った。 「とりあえず、食べてから考えよう」 「明日にでもMattにもう一度会いたいわ」 ひとつ咳払いをして、そう答えたScullyにMulderも肯いた。 ・ Motel Queen's In Scullyが部屋へ戻り、シャワーを浴びている最中にノックの音がした。 “まただわ”と一瞬絶句してから、“何か緊急な用でも”と考え直し、あわててタオルを 取り、体を軽く拭きながら、サッとガウンを羽織る。 「Scully!」相棒の声に応えてドアを開けると、ワイシャツ姿のMulderが立っていた。 「シャワーだったろ?」いきなり言われて戸惑ったScullyは顔をしかめた。 「ええ、そうよ…なぜ?」 「簡単だよ、君がシャワーを使う音が聞こえるんだ」 なんでそれがわかってるのに、部屋に来たりするんだろうか、このひとは。 Scullyはため息を吐き、隣の部屋との薄い壁をうらめしそうに見つめながらも、どこと なく寂しげなMulderの様子を気遣って、部屋に招きいれる。 「今、Rickから電話があった、Tracyの記憶が戻ったそうだ」 「そう…」と、壁の時計を確認する。面会時間はとうに過ぎていた。 「じゃあ、明日の朝一番で話を聞きに行きましょう」 「うん…」 そう同意した後、Mulderは自然にScullyのベッドに腰掛けると、膝の上で組んだ自分の 両手を見つめた。彼は彼自身ののたてた仮説に自分の首を絞められていた。もし、Samantha がいたら、そうして自分の恋人を想っただろうか、と考えずにはいられなかった。 一人で部屋にいると闇に包み込まれるような錯覚を感じて、どうしてもScullyに会いた かったのだ。Rickから電話は明日の朝でもいいことだった、面会時間は終わっているの だから。それは単に口実にすぎない、ただ、Scullyの顔がみたかった。 「Connieが関係しているのだろうか…」 急に不安そうな表情になって、彼女を見上げる。 「本当にConnieが兄の恋人に嫉妬して、今回の事件を起こしたのだろうか」 兄を思う妹の気持ちをMulderがどう考えているのかはわからないが、Samanthaのことを 考えると彼が今晩悪夢を見ることは決定的だろう、とScullyは確信していた。 寝汗をかいてベッドでうめく彼を想うと、Scullyは自分の無力さを痛感する。 “私には助けてあげられないのかしら、Mulder”その言葉を飲み込むかわりに、Scully はきっぱり宣言した。 「いい? Mulder、そんなことはこれまでも実証されたわけではないのよ、もちろん、幽 体離脱の経験談を語る人は多いことは知ってる。でも、科学的には不可解なことなの」 Mulderが安心したように微笑む。Scullyは自分でもわからない衝動に動かされ、思わず 両手で彼の頬に触れると、Mulderがその手に自分の手を重ねた。 Scullyの小さな手がすっぽりと包み込まれ、彼女の鼓動が早くなる。 「よく眠って、Mulder、明日の朝、会いましょう」 自分の手のひらの中にある彼女の体温をそのまま自分のほうに引き寄せたい気持ちをこら えて、Mulderが立ち上がった。自宅ならビデオで気を紛らわせることもできるが、ここ でそれを口に出さない自分の分別に感謝する。 「久し振りに楽しい夕食だったよ」 「ええ、わたしも」 皮肉な口調でからかわれることや、セクハラまがいの発言や、途方もない彼の推理には、 この5年の間にすっかり慣れてしまったScullyだったが、まっすぐに見詰められ、改ま った口調でそう言われるとなんだか気恥ずかしい。 「楽しい夕食だった」なんて、まるで本物のデートの後みたいじゃないの。 「おやすみ」と言い残してMulderが出ていったドアの前で、彼が今夜悪夢を見ないこと を願って、Scullyは自分の両手を握ったまま、しばらく立ち尽くしていた。 ・ Central Hospital 空はよく晴れて気持ちの良い朝だったが、思った通りMulderの顔色は最悪だった。 目の下には隈がでている。きっと昨夜の睡眠不足は確実だろう。 「Tracy Tyler」の名札がかかった病室の前で、「大丈夫?」とScullyが医師の顔になっ て、彼を見上げた。 Mulderが当然のように肯き、軽くノックしてからドアを開ける。 Matt Pearceが驚いたように振返った。 ベッドに横たわったTracyも二人のほうに顔を向ける。 MattがTracyの手をいたわるように握り締めたままでいることにScullyは気がついた。 「お見舞いに来てたんです、記憶が戻ったって看護婦さんから聞いて」 Mattは二人を見て、そう言い訳をすると、部屋を出ていこうとしたが、Tracyの手がMatt を引き止めた。今にも泣き出しそうなTracyを振返って、Mattはもう一度彼女に寄り添 った。彼が戸惑い、迷っているのはあきらかだった。 「Tracy…」 MulderはFBIのIDを見せ、Rickの友人であることを明かしたうえで、尋ねた。 「あの日のことを話してくれないか、君が思い出したことだけでいいから」 Tracyが一瞬目を伏せ、Mattを見上げてからしぶしぶ話し出した。 「信じてもらえなかもしれないんです、私にも本当のことだったかどうか、わからないぐ らいだから…」 「気にしなくていいよ」Mulderが優しく請け合うと、彼女を安心させる様に隣の空いて いるベッドに腰掛けた。 「急に部屋の中の物がカタカタと音をたてだしたの、写真たてが倒れて、ポスターのピン がとんだのを見たわ…窓が閉まってるのにカーテンが巻きあがって…私の首に巻きついて きた感じだった…あとは…」Tracyが小さく震えて絶句する。 Mattは彼女を庇うように、肩に手をまわしてTracyの顔を覗き込む。 それは大人のScullyから見ても、多少人よりもそういうことに疎いMulderが見ても、心 が温かくなるような光景だった。 例え誰がなんと言おうと、二人が恋していることは確実だろう。例え心理学位等持ってい なくても、容易に想像できるほどだ。 「捜査官に聞いてほしいことがあるんです」 Mattが決心したように顔をあげて、Mulderを見上げた。 「Connieのことなんです」 「君がデートに誘った女の子達が自殺を図った…」 Mulderの言葉にMattはTracyをチラリと振返り、決心したように肯いた。 「SuzanもKateも、そしてTracyも自殺を図ったのは、Connieを見舞った翌日なんです、 それがどう関係あるのかわからないんですけど、なんとなく、あの子が関係している様な、 いやな予感がして」 Scullyは壁によりかかり、胸元で腕を組んで黙って聞いていた。 「Connieも昔、カーテンを首にかけて自殺しようとしたんだね」 Mulderが尋ねる。Scullyはそれが事実なのか、わからなかったが、余計な口は挟まずに、 黙って相棒の言うことを聞いていた。 「ええ、Connieはカーテンを首にまいて、車椅子からわざと落ちたんです。下半身が動 かない自分の体の重みで…捜査官からTracyの様子を聞いて、もしかしたらと…でも、そ んなことが有り得るんでしょうか、Connieはスプーンだって曲げられないのに」 Matt自分の考えが事実だとすんなり認められないという表情で、ほんの少し微笑んだ。 「僕は、Tracyを失いたくなんです」 Mattはもう一度、自分の側で青い顔をしたままのTracyを優しい表情で振返る。 「彼女を愛してるんです」 その瞬間だった。 Scullyがもたれている壁が僅かに振るえ出したかと思うと、彼女が反応するよりも早く、 病室のドアがスーッと閉まった。 窓際に飾られていた花瓶が床に落ち、大きな音をたて、まるで部屋に風が吹いたようにベ ッドの周りのカーテンが大きく巻き上がる。 Tracyの髪が乱れ、彼女が腕を上げて自分の顔を庇った。 「やめろ、Connie」Mulderが叫んだ。 呆然としていたScullyもすばやくドアに駆けより、開けようとする。「開かないっ」いま いましそうに口の中で悪態をついてから、Scullyはドンドンと大きな音でドアを叩いた。 突然の事に驚いたMattがその音で自分を取り戻す。「やめろ、Connie」Mattが叫んだ。 Mulderは気配を感じた。透明の気配がTracyの飛び掛かる…、瞬間、Tracyが頭をのけぞ らせた。明らかに頚部に力が加わっていくのが、Mulderにわかる。彼女の上半身が僅か に持ちあがり、苦しそうにうめく声が聞こえた。 「くそぉ」ベッドから飛び降りると、Scullyが叩いているドアまで走る。 いつもの通り体当たりを繰り替えすが、ドアがスライド式でなかなか開かない。 「誰か開けて」Scullyの大声が響き渡った。 その時、「Connie!」Mattが叫んだ。 「お前は僕の大事な妹だ、誰にも代えられない、他の誰とも比較できない、誰よりも大切 な存在だ、聞いてくれConnie!」 まるで何者かが、その手をゆるめたように、ドサリとベッドに投げ出され、急に楽になっ たTracyが大きくせき込む。 Mattが床に膝をついて崩れた。Scullyが駆け寄ろうとするのをMulderが止めた。 「お前は僕のたった一人の妹だ、誰にも代えられないよ、でも、聞いてくれConnie、僕 はTracyを愛してる…彼女はお前の代わりじゃない、比べることなんかできない」 部屋の中が急に静かになった。風が治まり、カーテンが何事もなかったように元に戻る。 窓際には花瓶の破片と花が飛び散っているのがむしろ、作り物のようだった。 Mattの瞳から涙が溢れて頬を流れる。「Connie…」Mattが呟いた。 …いきなり大きな音がして、外側から力強くドアが開いた。 何事かと目を丸くした病院の警備員と看護婦が立っている。「ど、どうしました?」 ベッドに上半身をうつぶせたTracyと床に崩れ落ちたMatt、銃に手をかけたままのScully と、呆然と立ち尽くすMulder、それは突然入ってきた彼らを驚かせるには十分な光景だ った。その時、別の看護婦が飛び込んできた。 「Matt! 来て、Connieが危篤なの」看護婦が叫ぶ。 床を見つめて肩で息をしていたMattは反射的に立ち上がり、彼女について部屋を走り出 て行った。MulderはScullyに目配せし、彼女は大きく息を吐いて乱れた髪の毛を整える。 Tracyの異常に気がついた看護婦に呼ばれた医者が急ぎ足で病室に入ってきた。 ・ Lucy's Kitchen 7:00pm 今回の事件は一応、理論的には解決できなかったものの、心配していた連続殺人犯との関 連がないことははっきりしたというMulderの話をRickとSoniaは受け入れ、最後の夜を 一緒に過ごそうという二人の提案をMulderとScullyが受け入れた。 もっとも、Tracyの体調がMattの助けを借りて順調に回復しつつあるお祝いを兼ねてい る、といわれれば、断る理由もなかった。 Connieも意識が戻っていた。彼女はしばらくカウンセリングを受けることにはなるが、 MattとTracyなら、いつか必ずわかってもらえるだろう。 二人が招待した店は陽気なオーナーが仕切っているリブステーキが自慢のレストランで、 ダンスができる空間を囲むようにブースが配置され、音楽が心地よい。 「TracyからMattのことを打ち明けられたときのRickを見せたかったわ」 Soniaが初めて会った時とは別人のような笑顔で微笑んだ。 「父親なんてそんなものさ」 Rickがはずかしそうに頭をかく。 「君もそうやって親父さんを驚かせたのかい? Scully」 からかうような口調のMulderにRickが調子をあわせた。 「君は小さい頃から才媛で、そんなこと考えたこともないんだろう」 「あら失礼ね、私、12歳の時に駆け落ちしたことがあるんだから。とっても好きな男の 子がいたんだけど、パパに反対されて」 オーナーのLucyが四人分のビールとほかほかのフライドオニオン、リブを運んできた。 「さぁ、召し上がれ、皆さん」 油とカロリーと塩分が過剰なメニューを極力我慢するスカリーも、思わず食欲を刺激され るほど、おいしそうに見える。 Lucyの大きな体の向こうから、Mulderが顔を覗かせ「エーッ」とのけぞってみせた。 「今も彼を愛してる?」 Mulderの質問にScullyが笑う。 「親に連れ戻されて、一晩泣いたら、どうして彼が好きだったのか覚えてなかったのよ」 四人はほがらかに笑い、ビールのグラスを持ち上げて乾杯した。 お腹を空かせた彼らは、つぎつぎに手を伸ばし、フライドオニオンやリブに舌鼓を打つ。 久し振りによく笑い、よく食べるMulderの様子をこっそり目の端で確認して、Scullyは ほっと胸をなで下ろした。 「私とRickも高校で出会ったの」 Soniaがすっかりくつろいで、秘密を打ち明けるように楽しそうに笑った。 「ダンスパーテイでね、この人に足を踏まれて忘れられなくなっちゃったのよ」 「いまじゃ、コンクールに出られるぐらい上手だろ」 ビールですっかり元気になったRickが調子にのって立ち上がり、Soniaに手を差し出し た。Soniaがそれに応えて、二人はホールに出て行く。 「僕らも踊る?」 ブースに取り残された格好の二人。Mulderが尋ねた。 「結構よ、Mulder、足を踏まれて忘れられなくなっちゃいそうだから」 Scullyの答えにMulderが笑って同意した。 曲が終わって、スローに変わると、踊っている人たちの間が一気にロマンテイックなもの へと変化していく。 Rickの肩に顔をうずめてクスクス笑っているSoniaを、Scullyは暖かい気持ちで見てい た。きっと昔の自分達の事を考えているのだろう…私生活でも信じられるパートナーを持 つ二人がほんの少しうらやましい。 そう考えるScullyのとなりでMulderは大きく伸びをし、眠そうに目をこすっている。 よほど寝不足なんだわ、Scullyがそう考えた時…それは、ふいの出来事だった。彼が体 を前にずらし、Scullyの肩に自分の頭をあずけたのだ。 それはあまりに自然な動きで、彼女自身、最初は気にならなかったぐらいだった。 「君はいいにおいだな、Scully、今夜は最高に気持ちが良いよ」 つぶやくようなMulderの声にScullyは急に彼の存在を意識して、体が緊張した。 「もしも…」 Mulderが居心地のいい場所を探して、わずかに頭を動かす。 「もしも、Samanthaが僕の側にいたら、君に嫉妬したかな」 Scullyはなんとか気の利いた答えを探して、それでも見つからず、結局静かに息を吐い て「そんなこと、ないと思うわ」とだけ続けた。 「そうかな…」 Mulderが、体中を包む疲労感から重たくなってきた瞼を静かに閉じる。 Scullyのつけた香りが彼を心の底からリラックスさせた。“しばらく何もしたくない” “自分はScullyの近くにいるとよく眠れるのかもしれない”そんなことを考える。 「だって、私達は仕事上のパートナーだから…Samanthaがやきもちを焼く対象にはなら ないでしょう」 ふっとMulderが微笑んだ。 「そんなことはないよ、わかってるだろ、Scully…」 最後の方は、Scullyの耳には届かなかったかもしれない。 だんだん肩が重くなり、Mulderの規則正しい寝息が彼女の耳元をくすぐる。 二人がどういう関係であれ、無邪気な顔をして眠る彼の顔が、Scullyを幸せな気持ちに することは疑いようのない事実だ。 「Mulder、悪い夢はみないでね」 彼の髪に頬を寄せながら、Scullyはそっとささやいた。 そんな彼女の心配をよそにMulderは心地よい眠りへとおちていった。 The End <後書き> 私、実はモルダー中毒になるまで、超常現象って奴に全く興味がなかったんです。 だから、もう、事件がらみにするとなると、一苦労。はっきり言って見よう見まねです。 「エーッ、おかしいんじゃないの?」と思われたあなた、ごめんなさい。 心からお詫びしますので、許してね。 感想など、送っていただければ、大変うれしいです。Yoshiyuu@tt.rim.or.jp