「IF」by Miyuki ・FBI 本部 もう6年間も見てきたオフィスの、「Fox Mulder」とプレートのかかったドアの前で、一度大きく息を 吐き、Scullyは静かにノブに手をかけた。 “どうか…”と。 “もし、あなたがあの椅子に座っていたら、なんでも言うことを聞いてあげるから”と祈りを込めて。 Scullyはゆっくりとドアを開けた。 オフィスの室内は雑然としていた。壁に貼られた写真や積み上げられた書類、おなじみのポスターと 彼の机、その上の「Fox Mulder」のプレート、そしていつも自分が座る椅子。 初めて訪ねた時には、あまりの散らかりように呆れたのに、いつのまにか受け入れて、今ではすっか りくつろげる空間に変わってしまった。 Scullyはドアにもたれて、ぼんやりとそんなことを考えながら、主のいなくなった椅子を見つめ、 ため息をつく。 Mulderが消息を絶ってから、既に3週間が過ぎていた。 最後に彼と別れた夜、MulderはめずらしくScullyを夕食に誘った。 “近くにいいレストランができたんだよ” しかし、その夜、Scullyはなんとなく気乗りがしなかったのだ。 それで、 “家に帰って休みたいの” と、そっけなく断った。 人生に“もし”が通用しないことは知っている。 “しかし…”とScullyは後ろ手にドアを閉め、机を廻って、彼がいつも座っている椅子に腰掛けた。 “もし、あの時、彼と食事をしていれば…” そう考えながら、三度目のため息をつき、これまで何度も確認した彼のスケジュール帳のページを めくり始めた。 “彼には何か、話しておきたいことがあったのかもしれない” ルルルルル… 突然、電話が鳴り出した。 Scullyは椅子から飛び上がるほど驚いて、それでもサッと電話を取る。 「Scullyです」 (Skinnerだ) 自分と同じぐらい、彼を心配している上司の声が応じた。 Mulderではなかった失望感と、味方を得たような安心感と、そして、自分がまだ何の手がかりも 掴めていない焦燥感が入り交じった複雑な感情を殺して、Scullyは冷静な自分を取り繕う。 「おはようございます、Sir」 (何かわかったか) 「いいえ…、友人関係にも再度確認しましたが、特に何の連絡も入っていません」 (そうか…) 電話の向こうで、苦虫をかみつぶしたような上司の顔が見えるようだった。 (家族はどうだ?) 「ご存知の通り、彼にはお母様が唯一の身内です。ただ、余計な心配をかける様で、まだ伺って いないんです。もし…」 そこで、Scullyは言葉をきった。“もし…彼が生きていれば”? 首を横に振って否定する。 「Mulderなら、まず、お母様よりもLGMや局に連絡してくるはずですから」 (そうだな…、いいだろう、引き続き彼の足取りを確認してくれ) その言葉を残して、Skinnerからの電話が切れる。 Scullyはとりあえずメールを確認する為に、パソコンのスイッチを入れた。 ルルルルル… 再び、電話が鳴り出す。 「Scullyです」 (こちらは管理部のDaviesですが、Mulder捜査官は?) 「捜査で出てるわ、今日は戻りません」 Scullyは一瞬目を閉じて、そっけない口調で答えた。 (Mulder捜査官から提出された書類に不備があるんですけど) 「彼は今、いません」 (しかし…) 「帰ったら、連絡させるわ、じゃ」 それだけ言って、Scullyは乱暴に電話をきった。 “こっちはそれどころじゃないのよ” ルルルルル… しかし、その途端、Scullyの苛立ちに拍車をかけるように、再び電話が鳴り出した。 「だから言ってるでしょ、Mulderは今、いないの」 受話器を取り上げるなり、自分の感情を隠そうともしないScullyに (あの…) 電話の向こうで、若い男の声が沈黙した。 (えーと、Dana Scullyさん?) 外国訛りの強い英語が受話器の向こうから続く。 多少、怯えているような調子は否めない。 「は…ええ」 Scullyは叩き切ろうとした受話器を持った手を止めて答えた。 (あなた、Dana Scullyさん?) 相手の言葉にはフランス語らしい発音が混じる。 「はい、そうです」 なるべく、相手にわかりやすいように、Scullyは短く応じた。 (よかった…) 相手は安心した様子で、一瞬、言葉を切り (Fox Mulderという男を知ってる?) 「Mulder! ええ、知ってるわ、あなた、誰なの? Mulderはそこなの、そこはどこ?、彼は無事 なの? 怪我はしてない?」 (あ…) Scullyの剣幕に再び、相手が沈黙した。 (ゆっくり…話してもらえないと) そうだった、と、Scullyは、できるだけシンプルなフレーズを選んで、確認を始める。 「私はFox Mulderを知っています。彼は生きているの?」 とりあえず、Scullyはその点をまず訪ねた。彼女にとって何よりも聞きたい、重要な点だったの である。 「ええ、大丈夫ですよ、元気です」 その相手の言葉に、思わず大きく微笑んだ。 相手はチュニジア共和国のケロウアンという街の警察署の通信係でGeorge だと名乗った。 ここはアラビア語が公用語で、フランス語は広く普及しているが、英語ができる人間があまりいな いので、一応話せる自分が連絡したと、説明する。 Mulderは街のはずれに倒れているところを発見された。怪我はしていないようだが、ぼんやりして いる。医者は特に異常を認めていないが、今は病院にいる、と彼は答えた。 (ただ、パスポートも航空券も身分証明書も持っていない、この電話番号とあなたの名前だけを 言いました。我々としては、あなたにこちらに来てもらえるように希望しています) 「もちろん」 と、Scullyは勢いよく立ち上がった。 受話器を肩で支えたまま、既にブリーフケースを取り上げている。 「今すぐ、行きます。空港に着いてからの経路と、連絡先の電話番号を教えて下さい」 ブリーフケースから手帳を取り出して、慌ただしく書き付けると、Scullyはできるだけ丁寧にホテル の予約を頼む。 Georgeは快く引き受け、途中で電話をくれれば空港まで迎えに行こうと申し出てくれた。 チュニジアは地中海沿岸諸国の中心部に位置する共和国で、アメリカとの関係は良好だ。ビザも不要 なので、Scullyは緊急用にとオフィスに用意してあった荷物を持って、そのまま空港へ行き、一番 早い飛行機に飛び乗った。 とりあえず、観光地モナスティルに行き、そこからケロウアンに移動することになる。 Skinnerには空港から報告を入れ、一応、事後承認を得た。 (Mulder…) Scullyは飛行機の狭い座席の前のポケットに置かれたチュニジアを紹介した雑誌をめくりながら、 ケロウアンを確認する。 そこはチュニジアの南部、サハラ砂漠に近い町で、雑誌に掲載されていた写真ではアラブと地中海の 町並みが混在しているように感じられた。 (どうして、こんなところへ…) 無意識のうちに写真を指でなぞりながら、Scullyは窓の外に広がる青い空を見詰めていた。 ・ チュニジア ケロウアン 空港に待っていたGeorgeは、明るいブラウンの髪と、グレーの瞳をした20代前半の若者で、Scullyが FBIのSpecial Agentだと名乗ると、目を丸くして驚いた。 「じゃぁ、僕が電話したのは、あの有名なFBIだったんですか?」 警察車両のハンドルを握りながらも、興奮さめやらぬという顔だ。 “交換はそう名乗ったはずだが”と思ったものの、耳慣れぬ外国語で聞き取れなかったのだろう。 そう察してScullyはただ微笑んで肯いた。 「そうか、Mulderさんも…FBIの」 自分の態度に失礼がなかったかと、その後は母国語になる。 「一旦、病院へ寄ってからホテルへ?」 無事でいるMulderに会えるのかと思うと、思わずそれを遮ってScullyは尋ねた。 「はい」 Georgeのほうは、隣に座っている赤毛で小柄な美しい女性が、あのFBIの特別捜査官だとはにわかに 信じがたく、それでも緊張のあまり英語の発音を思い出せず、短く答えて車を走らせた。 町並みとは一線を画し、それなりに機能的な構造になっている病院の白いドアを見つめて、Scullyは 一瞬ためらった後、思い切ってドアを開けた。 ベッドのうえに上半身を起こし、点滴に繋がれて窓の外を見ていたMulderがドアの音に振返る。 「Mulder…」 3週間ぶりにみるMulderは病院の青いガウンのせいか、わずかに痩せてやつれて見える。 それに頬や額、唇の脇に残る傷が、彼の失踪中が決して安穏ではなかったことを雄弁に語っているよう だった。 「Scully…来てくれたのか?」 それは、懐かしくも思えるほど待ち望んだ声だった。 思わず、Scullyは駆け寄り、彼の頬に手を当てる。 「Mulder…あなた大丈夫なの?」 いつもに比べると焦点のぼやけたようなヘーゼルの瞳がまっすぐにScullyを見つめて肯く。 「多分…ただ、何も持ってないらしんだ」 あまり自分の感情を表に出さないタイプの彼にはめずらしく、不安げにそう答えた。 「大使館が明日、仮パスポートを発行するわ、航空券もそれでなんとかなるはずよ、4日ぐらいで帰国 できるはずだわ」 本当は、何があったのか、を一番に聞きたかったが、Mulderの表情がScullyの医師の良心に訴えて 黙らせる。 「うん」 Mulderは肯きながら、それでもScullyから少しも目をそらさず、瞬きすらしなかった。 ・ ホテル 「すみません、その…Scully捜査官。明日から始まる宗教的な祭りの関係なんですが、ホテルが 混んでおりまして…その、お部屋が1部屋しかご用意できないらしいんです」 フロントでScullyの代わりに手続きしていたGeorgeが申し訳なさそうな顔で戻ってきた。 「あら…」 ロビーの椅子にMulderと並んで座っていたScullyは言葉を失う。 「すみません、Mulderさん…いえ、捜査官の感じから、あなたは同じお部屋でも構わないと思った ものですから、1部屋だけ予約してしまって」 彼の恐縮した様子にScullyは、一瞬考えてから微笑んだ。 Georgeは本当に親切によくやってくれたのだ、もう外は暗くなっているし、そろそろ彼を解放して やってもいい頃だ。 「かまわないわ、Mulderの様子も気になるから、私も同じ部屋のほうが安心なの」 余計なことを言うな、という代わりにMulderを一瞥して、慰めるように続ける。 「僕は大歓迎だよ」 病院を出て、少し街中を歩いたせいか、いつもの調子を取り戻しつつあるMulderは、その視線の意味 を十分に理解していて答えた。 そんな二人にGeorgeは、ようやくほっとしたような表情をみせフロントに戻っていった。 部屋は思ったよりもずっと広く、窓から異国情緒のある町並みが見下ろせるようになっていてなか なか快適だった。 さっそくバスルームにお湯が出ることを確認したScullyは、それでも落ち着かない様子で、たった ひとつしかないベッドに目をやる。 まさか、さっきまで点滴をしていたMulderを床に寝かせるわけにもいかないし、第一、石にラグを 敷いただけの床は、眠るのには不適当だと思われる。部屋に置かれた椅子とテーブルは小柄なScully にも小さすぎ、今夜は横になって寝るのはあきらめざる得ないかもしれない。 「僕は右側でもいいかな」 そんな彼女の様子を見透かしたように、窓から夜の町を見ていたMulderが尋ねた。 「これだけ広いベッドなら、二人でも十分だよ、だろ?」 「ええ…」 喉に異物が詰まったような息苦しさを覚えながらも、Scullyは何気ない様子を装った。 正直なところ、時差もあり、相当強行軍だったこともあって、彼女自身、身体の芯がぐったりするほど 疲れを感じていたのだ。 ベッドで寝られるほうが、ずっとありがたい。 「そうね、私が小柄でよかったわ」 何とか、笑い話にしたくて、そう続ける。 「ああ、そうだね」と、Mulderも微笑んだ。 「じゃぁ、ホテルのダイニングで軽く食べようか」 彼の言葉に、そういえば機内食も喉を通らなかったと思い出して、Scullyは急に空腹を覚えた。 「あなたの奢りよ、わかってるんでしょうね」 Scullyはさっそく、憎まれ口を叩いて、さっさと部屋を出ていった。 「せっかく来たんだから、ああいうところでのんびり出来ればいいのに」 食事中のScullyは、できるだけMulderが失踪中のことを尋ねないように気を遣い、飛行機の雑誌で 仕入れたチュニジア関係の話と、ケロウアンに来る前に寄ったモナスティルがどれほど美しい観光 都市だったかを話してきかせた。 時間が遅かったせいで、食事が終わると早々にダイニングを追い出されたので、Scullyは話を続け ながら、部屋のドアを閉める。 「いいね」 Georgeに調達してきてもらったラルフローレンのシャツと、裾をロールアップにしたジーンズ姿の Mulderが同意した。 「じゃぁ、明日、早速そっちに移ってみるのもいいかもしれないよ、どうせ、パスポートやら航空券 やら、いろいろ手続きに時間も必要なんだろう」 「あなた、相変わらず呑気な人ねぇ」 ヒトゴトのようなMulderに呆れたScullyが、思わず眉を釣り上げる。 ベッドに座ったMulderはそんな彼女の様子に、自分の日常がこうやって戻ってきたことを実感して、 うれしくなってきた。 この3週間の間に何があったのか、はっきりは思い出せないが、こうして名前しかしらなかった国の 名前も知らない街にいる以上、きっとここには何かがあるはずだ。 心配する相棒には黙っていたが、Mulderは確信している。 だが…あの病室にScullyが入ってくるのを見た時、無性に彼女の側にいたいと思ったのは事実だのだ。 あのぼんやりした頭に浮かんだ電話番号と名前…その先にいたのはScullyだ。 自分が追いかけていたものを再び探す前に、その彼女の側で少し休みたかった。 いつもよりも時間をかけてシャワーを使い、ドライヤーまで丹念にかけたScullyはMulderが眠って いることを期待してバスルームのドアを開けた。 “私達は訓練を受けた捜査官同士なのよ、別に致し方ない事情で同じ部屋を使うことになったからと いって、動揺するほどのことではないはず”と何度言い聞かせても、胸がドキドキするのを止められ ない。 しかし、残念ながら、彼は眠るどころか、バジャマ代わりのT-シャツを着てベッドの右側に座り、 サイドテーブルのライトを点けて紙になにかメモをしている。 「Mulder、早く休みなさいって言ったでしょう」 思わずそう言いながら、Scullyは彼に近づいてメモを取り上げた。 メモには「ドーム」という一語だけが書かれ、何重にも丸で囲まれている。 「病院で十分、眠ったんだ」 相変わらずの態度…自分の心配などものともせず、いつもマイペースで要られるMulderに苛立ちを 隠せない。 「でも、あなたは記憶を無くす程の肉体的か、精神的なストレスを受けているはずなのよ、そんな時は ゆっくり休むのが一番なの、幸い脳波や血液には悪いところはないけど、十分な休養は必要な時期なの、 どうしてわかってくれないの?」 やや強い口調で、Scullyが初めて彼の記憶について触れる。 「だいたい、私がどんなに心配だったか、わかってるの? この3週間、ろくに食べ物だって喉を通ら なかったし、眠れなかった。電話のベルが鳴るたびに、悪い知らせじゃないかと心臓が飛び上がったん だから…少しは安心させてくれてもいいでしょう」 自分を見詰めるMulderの瞳に戸惑って、そして自分がうっかり本音を吐露していることに気が付いて、 途中からフェイドアウトしていくScullyの口調、非難するように見詰めていた瞳の色が少しづつ変わ っていく瞬間…Mulderの気持ちがどこかで変わった。 これまで押さえていたものが崩れ落ち、気持ちが、一気に流れ出す。 言葉が終わらないうちに、立ち上がって、Scullyを腕の中に抱きしめる。 「ごめん…」 耳元で囁くように詫びて、腕の中で固まっている彼女の顔を覗き込んだ。 思わぬ彼の行動に、驚いたScullyが小さく抵抗する。 「いいわ、もう…だから、離して」 「いやだ」 一旦、腕の中に入れてしまうと、離しがたい。 それに、これだけはどうしても言っておかなければならないと思うことがあった。 命がなくなる瞬間に後悔したくない。 「ずっと会いたかった、君の声を聞きたかった、どんな記憶を無くしてもそれだけは覚えてる…」 目の前にあるヘーゼルの瞳、口元に残る生々しい傷痕、Scullyはじっと見上げる。 「きっと脳じゃなくて、心が君を覚えてて…だから、“奴等”に何をされても君のことだけは忘れない んだな」 “キザかな”という風に、少し照れくさそうにMulderが微笑む。 「君が僕を心配している間中、僕は君に会いかった、こうやって抱きしめたかった、そして、出来れば キスしてほしかったんだけど…Scully?」 最後の言葉とMulderの視線に、Scullyは一瞬息をのみ、考えるように目をそらす。 “私達は、そういう関係ではないはず…” 「私はただ、心配で…」 「だから、ごめんって」 小声で謝ったMulderは、やや強引にScullyの頬に手を当て、自分のほうを向かせて唇を奪った。 自分に強く引き寄せながら、それでも彼女の緊張を解くように、首から髪の毛をかきあげるように、 片手を這わせていく。 「だめ…」 「どうして?」 「だって…」 どうしてなのか彼女自身にもわからない、ただ、自分のどこかで警報がなるような気がするのだ。 自慢の自制心を取り出して、何とかこの場を収拾すべきだと。 “だって…引き返せなくなりそうだから” 再びMulderに唇を塞がれる。 その刹那、Scullyは何も考えられなくなっていく自分に気が付く。 心配しつづけたこの3週間、こうやって彼に抱きしめられる夢を見たような気がする。 「Mulder…あなたが無事で帰ってくるなら、なんでもしてあげる、って思ってたんだわ、わたし」 昨日の朝、オフィスのドアの前で思ったことを、Scullyは告白した。 「そんな付け足しみたいなこと、言わなくてもいいよ」 これからは、“もし…”と後悔したくない。 Scullyは抵抗を止め、彼のキスに応えながら、背中に手を回していった。 Scullyが自分に身体を預けるのをその重みで確認しながら、Mulderは彼女の首筋に沿って両手をバス ローブの中に忍ばせる。 やがて辿りつく陶器のように白い胸のふくらみ、その頂きに触れた瞬間、Scullyの身体が小さな反応 をしめす。 口元から漏れ始める悩ましげな吐息に励まされ、Mulderは片手でゆっくりと彼女のバスローブを取り 去った。 「綺麗だね、Scully」 Mulderは、彼女を一瞬抱き上げ、そっとベッドのうえに横たえる。 「いいの?」 確認は不要だと、わかっていても聞かずにいられない。 「バカね、聞かないで」 Scullyはそう笑って、彼の首筋に両手を回し、自分のほうに引き寄せた。 ゆっくりと降りてくる彼の唇を、自分から受け入れる。 その両手を彼のシャツの中に忍ばせて、素肌を直に指で確認していく。 Mulderはぎこちないその動きに微かに微笑んで、それでもそれに応えるようにシャツを脱ぎ捨てると、 白いシーツの上に広がるScullyの褐色の髪を押さえない様に用心しながら、ベッドのうえの彼女に覆い 被さった。 耳元から全身へと降りていく彼の動きに、Scullyは口もきけないほど酔いしれる。 重なったMulderの肌から直に伝わる体温が、より深く彼女を誘い、彼の指や唇の愛撫に、白い肌が ほんのりと紅く染まっていく。 普段からは想像できない自分の声。 眉間に皺をよせ、きつく目を閉じて、背中を弓なりにそらせながら、それでも限界が近い。 「お願い…もう」 彼の優しい動きに体を小さく振わせ、甘いため息を漏らし、白いシーツを必死に掴む彼女自身が、 Mulderを満足させていく。 「お願い、Mulder…」 そう繰り返して、まるで、溺れまいとする子どものように、彼女の腕が彼の汗ばんだ肩にしがみついた。 やがて始まったリズミカルなMulderの動きが、二人の間を一気に駆け抜ける。ScullyがMulderの腕の中 でその体を軽く弾ませて、昇りつめていく。 Mulderは自分の肩にかかる爪の痛みすら快感に覚えて、さらにピッチをあげていく。 そして最後には、言葉にならない声と、大きく激しい波が、二人を同時に絶頂へと押し上げてった… 翌朝、窓から差し込む明るい光で、Scullyは目を開けた。 ふと、床に脱ぎ捨てられたバスローブやT-シャツが目に入り、昨夜の情事を思い出させる。 Mulderと自分にあんなに甘く、激しい夜があるなんて、これまで想像したことすらなかったが、 こうやって朝を迎えてみるとそれはまるで自然な出来事だったような、これまでためらっていた ことが、間違っていたような気すらしてくるのが不思議だ。 となりで眠るMulderの安心したような穏やかな寝顔を確認して、Scullyはひとりベッドを抜け出 した。 バスルームから大判のバスタオルをとって体に巻きつけ、カーテンを開けると、眼下には 地中海地方独特の白い壁の低い家が広がっていた。所々に点在するドーム型の屋根を見ながら、 Scullyは、昨夜、Mulderがメモに書いていた“ドーム”という言葉を思い出す。 この町に、なぜ彼がひとりで来たのか、ここになにがあるのか、あの“ドーム”は何を意味する のか、それは今はわからない、でも、いつかきっとわかる日がくる。 「おはよう…」 寝ぼけた声に振り向くとMulderが、たったいま目が覚めたという様子で、ベッドに上半身を起こ したところだった。 「おはよう、Mulder」 Scullyが微笑む。 「君がいないから…昨夜のことは僕の夢かと思った」 「夢じゃないわ」 ScullyはゆっくりとMulderに近づいて、彼が伸ばす手に指をからめた。 「おいで…」 Mulderがその腕を自分のほうに引き寄せ、やや強引に彼女のバスタオルに手をかけた。 「だめよ、Mulder…大使館に電話しなくちゃ」 Scullyの声が本気で嫌がってはいないと確信をもって、Mulderはそのタオルをさっと取り去る。 「なにが駄目なの? Scully」 青い空をバックに立つ彼女のボディラインに見とれながら、Mulderが意地悪く尋ねた。 ほんの2日前には、彼を心配するあまり気が重く、なにをしても心が晴れなかったのだ。 それを想うと、信じられないほど、幸せな朝だった。 「キスしてくれたら、教えてあげる」 髭の伸びかけたMulderの頬を両手で包み込みながら、やさしく微笑んでScullyが答えた。 窓の側に止まった美しい異国の小鳥だけが、熱いキスを交わす二人を、少し驚いたような顔をして、 見つめていた。