DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『 I feel blue 』 AUTHOR  Ran 今回はほんの少しだけ「ドラマER」から登場人物を拝借しています。 でも、見たことなくても大丈夫。ぜんぜんイメージが違うと思います(笑) ERファンのかた、いらっしゃったらごめんなさい。 ・ FBI本部 11:00a.m “それなら、本部にXF課、そこの…スペンダー捜査官に相談するといい、専門家だ” そう言われてわざわざここまでやって来たのに。 長い廊下を忙しそうに行き来する人々の中で、コープ刑事は立ち止まっていた。 “XF課ってどこにあるんだよっ” 部屋の前にかかったプレートを一通り見て回ったが、該当する名前は見当たらない。 こうなれば誰かに尋ねるのが得策だと、周りを見まわしたコープは、ある部屋のガラス越しに うってつけの男を見つけた。 パソコンの前に足を投げ出して、つまらなそうに鉛筆をくわえている、暇を持て余している風情で、 とりあえず無愛想には見えない。 「あの、すみません…スペンダー捜査官のオフィスを探しているのですが…」 コープの声に男が振りかえった。 ・ シカゴ サニーサイドホテル ロビー 6:30pm 外は今にも泣きそうな雪雲。 暖かなロビーで待ち合わせたのは正解だったと、スカリーは皮張りのソファに腰掛けた。 彼女はある女性の身元調査のために、シカゴ近郊の街を訪れたのだ。 朝から何人もの人に話を聞き、女性の母親が入院していた病院の医師を訪ね、恩師にも会って 学生時代の彼女の様子も聞いた。 モルダーがそれを“ごみ”と呼ぼうとも、今、自分に与えられた仕事なのだ。 “君達の仕事の成果に関わらず、Xファイルに戻れる日がこないことは、覚えておきたまえ” カーシュの言葉を頭の中で反芻して深いため息をつく。 “それでもここで辞めるわけにはいかないよ、連中を喜ばすだけだからね” そうね、モルダー。きっとあなたの言う通り… それでも…こうしてあなたと離れていると、時間がまるで砂のように、指の間をさらさらと 流れていくような気がして、行く先の見えない暗いトンネルが果てしなく続いていくような気がして、 不安になる自分を感じるの。 私が求めているものはいったい何なのか。 真実…それを手にした後は何が待っているのだろうか、と。 「ダナ…」 ホテルの前に止まった黄色いキャブから降りた彼は、ウインドウ越しにスカリーに向って大きく手を振った。 きっとあせって病院を飛び出してきたに違いない。 カウンティ総合病院のジョン・カーター先生だ。 ライトブルーのピンストライプが入った白いシャツに芥子色のタイ、紺のジャケットにグレーのダッフル、 そしてチェックのマフラー。子供のようなブラウンの髪が乱れている。 「ごめん、少し、遅れた?」 「いいえ、大丈夫よ、久しぶりね、ジョン、元気だった?」 二人は、微笑んで握手を交わした。 カーターとスカリーはモルダーの怪我が原因で知り合った。 彼が短期の研修でD.Cにいた時、その病院にモルダーが運び込まれたのだ。 それ以来、二人は“医師”という共通の言葉で親交を深め、彼がシカゴに戻ってからは、 時々E-メールを交換したりしている。 今度のシカゴ行きを伝えると“それなら夕食を”と、カーターが誘ったのだ。 「じゃ…行こうか? レストランはすぐ近くなんだ。寒いけど、歩いてもらってもいい?」 スカリーはにっこりした。 「いいわ、寒いところは得意なのよ」 “なんたって、南極まで行ったのだから…” ・ レストラン「レザンドール 」 7:00pm 白を基調の落ち着いたインテリア、お客同士の会話が邪魔しないように配置されたテーブル、 微かに流れる趣味のいい音楽、居心地のよいざわめき、そしてアイロンのきいたシャツに黒いパンツと エプロンで決めたハンサムなギャルソン達。 最初は“どうしてこんな立派な店なのか”と気後れしたスカリーだったが、オードブルを一口食べた瞬間、 そんなことはどうでもよくなった。 「おいしいだろ?」 笑顔で尋ねるカーターに、スカリーも笑って肯く。 オードブルには生牡蠣のグラタンと牛舌のテリーヌ、サラダは温野菜、スープは南仏風ピストースープ、 メインはトリュフとハーブをきかせたオマール海老、そして仔羊のロースト。食前酒にはキール、あとは白ワインで。 タイミング良く出される料理を堪能しながらも、最新の医療現場の話を面白おかしく話すカーターに、スカリーは いつのまにかすっかり引き込まれる。 「僕はまぁまぁの外科医にはなれたと思うんだ」 先輩ドクターのベントンがいかに後輩の指導に厳しいかについて、さんざんちゃかした後、カーターは真面目な口調で付け加えた。 「でも、僕はERなら、もっと別のことが出来ると思った…もちろん切り取って直る病気もあるけど、 僕はメスよりも人の気持ちを大事にする医者になりたい、その為にはERでもっと経験を積みたかったんだ」 「それで外科からERへ? あなた、1年、棒に降ったの?」 「うん、実は異例のことだったんで、給料も没収されたよ」 「そんなこと…」 スカリーが驚いた様な顔で抗議する。 「いいんだって、ダナ。僕は幸い…実家へ行けば食べることには困らないし、自分の人生を後悔することに比べたら、 ずっとマシさ、“あの時、こうすればよかった”なんて思いたくないだろ?、で、デザートは?」 「コーヒーだけで十分よ、3日分は食べたわね」 「そう? 僕の祖母は、この後、絶対クリームブリュレを欠かさないんだ」 スカリーはわざと両手を小さく上げ、降参のポーズをしてみせた。 「ご満足?」 「大満足、こんなに食べたの、久しぶりだわ」 食後の少し苦いコーヒーがまた格別…なんだか心が晴れていくような気がする。 いくら仕事に集中しても、映画を見ても買い物をしても、家族や友人とおしゃべりをしても解消できなかった何かが、 一時的であれすっかり消えてなくなっているのは爽快だった。 私って、結構、食い意地がはってるんだわ、とスカリーはひそかに考えた。 「なにかお礼をしなきゃ、ジョン、今度D.C.に来るときは楽しみにしてて」 「それが…ダナ」 カーターは一旦軽く唇を噛んで、少し前のめりにスカリーの目を覗きこむと、慎重に言葉を選ぶように口をきった。 「それなら、明日の夜…協力してほしいことがあるんだけど…」 おいしかった料理のおかげで、ここに来るまでの憂鬱な物思いはすっかり忘れ、スカリーは、レストランの出口で 子供っぽいコートを店のマネージャーから恭しく着せられているカーターを見ながら楽しそうに笑った。 “おいしかったよ” “ありがとうございます、カーター様、楽しい夜を” 「それ、何歳から着てるの? ジョン」 スカリーがダッフルコートのフードをぐいと後ろへ引っ張る。 「うるさいな、ダナ、高級品は今朝、救急車で運ばれてきた奴のゲロまみれになったんだ」 「わぁ、お気の毒、労災ね」 「笑いごとじゃないんだって」 自然にカーターの腕に手をかけ、並んでホテルまでの道を歩く。 「でも、私があなたの恋人のふりをするなんて…お婆さま、信じて下さるかしら?」 「とにかく明日の夜の祖母の誕生日パーティさえかわせればいいんだ。君はD.C.に住んでてFBIだ、 だから僕等は遠距離恋愛のうえに障害が多い。身近な人間に比べて、嘘はバレにくいし、別れる理由も探しやすいだろ、 とにかく僕にはちゃんと付き合ってる人がいるって祖母に思わせればいいんだよ」 「私のほうがずいぶん年上に見えない?」 「僕はもともと年上好みなんだ、それはみんな知ってるから、ご心配なく」 カーターがスカリーの顔を覗きこんで微笑む。 「でも、誰かに恨まれないかな? たとえば…君のパートナーとか」 「やめてよ、モルダーは心に決めた人がいるの、私はただの同僚よ」 「ふ〜ん」 二人の向こうを無謀なほどスピードをあげた車が通りすぎていく… “キキーッツ” そして車の急ブレーキの音に続く、続く衝撃音。 「どうしたんだろう?」 顔を見合わせたのは一瞬だった。 二人は反射的に、音のしたほうに駆け出す。 “ひき逃げだぁ、男の子がはねられた、誰かぁ、救急車を呼んでくれ” 見知らぬ男の声が叫んでいた。 「私が電話するわ」 スカリーがすばやく携帯電話を取り出した。 二人が既に出来かけていた人垣を分けると、道路に10歳ぐらいの男の子が倒れていた。 ・ カウンティ病院 11:00pm 「ロビン・サンドラー、車にはねられました。血圧160から110、心拍120」 救急車から飛び降りて、駆けつけたDr.グリーンに説明する。 「君の知り合いなのか?カーター」 「いいえ、通りすがりですっ」 「グリーン先生、外傷2号を使ってください」 看護婦の声が飛んで、あわただしく担架が処理室に運ばれていく。 スカリーはガラスごしに働く医師や看護婦を見ながら、不思議な感慨にひたっていた。 もしかしたら、自分の将来はこんな風だったのかもしれないのだ、と。 あの時、別の道を選択していたら、こんな風に人の命を救う仕事を手に入れていたのかもしれない、と。 「今、身内の人を探してもらってる」 戻ってきたカーターに声をかけられて、廊下の壁にもたれて立っていたスカリーは顔を上げた。 「どうなの?」 「右足を骨折してるから、すぐオペに入る、それに警察が来る、逃げた車のことを僕らに聞きたいって」 「ブルーのフォード トーラス、ナンバーまでははっきりしないけど、語尾に127の数字が入ってたわ…」 カーターはあの状況で車を認識していたスカリーに目を見張り、“さすがだね”とつぶやく。 「職業病よ、訓練の賜物かしら…」 pru pru pru … ふいにスカリーの携帯が鳴り出した。 「ちょっと失礼」 “スカリー、僕だ” 電話の向こうから聞きなれたモルダーの声が応えた。 なんだか悪いことをしているところを見つかった時のような、複雑な感情がスカリーの心をよぎる。 “いま、空港に着いたんだ、君、ホテルどこ?” 「空港ってどこの?」 “シカゴさ、君に会いたくて来た” …そんなわけはない。モルダーの軽口を無視してスカリーは続ける。 「シカゴ? モルダー…あなたまさか、またスペンダーのごみ箱を?」 “う〜ん、ちょっと違うけど…詳しいことは会ってから話すよ、で、ホテルは?” スカリーがホテルの名前を告げると“OK、じゃ、あとで”と、いつものように一方的に電話が切れた。 “カーター” そこに、廊下の向こうから、彼の名前を呼んで、黒い髪の看護婦が歩いてくる。 「ロビンの叔母さんに連絡がついたわ」 「よかった…」 カーターが小さく笑った後でスカリーに向き直った。 「あ、キャロル、紹介する。彼女はダナ・スカリー、例のパーティで僕の恋人役を引き受けてくれたんだ、 彼女はキャロル・ハサウェイ、ここの優秀な婦長です」 はっきりした眉の下に意志の強そうな漆黒の瞳、しかし、にっこり笑うと途端にキャロルは人懐こい表情に変わった。 「ほんと? よかった、引き受けてもらって」 「夕食で買収されたようなものなの」 …“よかった”とはどういうことなんだろう。 「キャロルがここでやってる低所得者のための無料クリニックに、祖母が資金を提供したんだ、つまり、彼女も祖母の機嫌を 損ねたくないひとりなんだよ」 「そう、共犯なの」 キャロルがカーターを見上げる。 「だから、あなたにドレスを貸すのも、私の役目。ちょっと見ない? カーターから聞いて適当に持って来てるから」 完璧なシナリオが自分を待ち受けていたことを知って、スカリーはおもしろくなった。 こんなことは小さい頃教会のオペレッタで天使の役を演じて以来だ。 「いいわ、この際、完璧な恋人を演じてみせるわよ、ジョン」 「期待してるよ、ダナ」 カーターはふざけて、軽くスカリーの腰を引き寄せた。 ・ 12:00a.m 「つまり、おばあさまは一族で家業を経営したいわけよ、でも彼は事業を継ぐつもりはないでしょう、 だから、商才のある女の人と彼を結婚させたいわけ」 仮眠室の中で、次々と試着を繰り返しながら、キャロルが説明した。 美味なる夕食とアルコール、救急医療の緊張感…次々と非日常を経験したスカリーは、キャロルの口調と明るい笑顔に 引き込まれ、いつのまにかすっかりリラックスしている。自分でも意外なほど。 これじゃまるで、10代だわ…でも、悪い気分じゃない。 「でも、彼はまだ結婚するつもりはないんですって…あなた、髪の色が明るいから、明るめの色が似合うわね」 キャロルは光沢のあるシルバーホワイトの胸元が大きく開いたシンプルなライン、全体に花の刺繍がほどこされた フレンチスリーブのドレスを着たスカリーにうなずいた。 「それで私を恋人にしたてたいわけね」 「そう、でも、ちょっとおもしろいおばあさまだから、あなたを気に入ったりして…ね、すごく素敵、 本当に恋人、いないの?」 自分の姿を鏡でチェックするスカリーの後ろで、尋ねる。 「いないわよ、私は仕事一筋なの、これ、いいわ」 「カーターが心配してた相棒は? ハンサムなんでしょ、それショールがついてるの」 「モルダー? 彼、昔別れた恋人とよりを戻したの、うん、これにする、ね、どう?」 スカリーはドレスの上からオーガンジーのショールを羽織って、鏡の前でクルリと回ったり、ちょっと前かがみになったり、 にっこり笑ったりして確認に余念がない。 「そうね、赤もいいけど…ううん、こっちのほうがいいわ、で、その彼女は美人なの?」 そのキャロルの質問に、ちょっと眉を寄せてスカリーは考える。 「美人? そうね、ブルネットの髪が魅力的って感じかしら?落ち着いてて理知的で暖かみがあるように見えるわね、 じゃ、きまり、これ貸してくれる?」 「もちろん、どうぞ。暖かみがあるように見える?ってことは…実は違うの?」 「悪い人じゃないんだろうけど…まぁ、策略家なのよ、自分を隠すのも売り込むのもとっても上手な人、老獪っていうの?」 スカリーがファスナーをおろすのに悪戦苦闘しているのを見かねて、キャロルは手伝いながら、「老獪?」と聞き返した。 「経験を重ねてずる賢くなったって意味…」 真面目な顔で説明を続けるスカリーにキャロルがこらえきれず大笑いする。 「いつも用意周到なの、“まぁ、フォックス、いつも私はあなたの味方よ、いつもあなたのことを考えてるの”って。 それでまた、私の相棒はだまされ易いタイプなのよ」 自分の服に袖を通しながら、スカリーもつられて笑う。 「男は馬鹿なのよねぇ」 「後で気がついても遅いのにね」 そう答えて、スカリーはふと、上着のボタンをかける手が止めた。 「あら?…キャロル」 眉をひそめて、ゆっくりと自分の言葉を思い返す。 「彼と私はただのパートナーなのよ、わかってるわよね?」 「わかってるわよ、ダナ」 キャロルが目を大きく見開いてもう一度おかしそうに笑った。 彼女が話す“相棒”はやはり、ただの相棒ではなさそうだけど。 “トントン” “ダナ、もういいかな? 警察が君にも話を聞きたいそうだよ” カーターの声だ。 「いま 行く」 スカリーは答えた。 「あなたのパートナーに会いたくなったわ」 荷物をまとめてから、ドアを開けたキャロルが振りかえって、そう言ったところで、スカリーはモルダーの電話を思い出した。 彼もシカゴに来たのだ。もう、ホテルに着いているかもしれない。 私のいない部屋のドアを乱暴に叩きつづけていたらどうしよう… 時計の針はすでに夜中の1時を回っていた。 ・ サニーサイドホテル 1:30a.m モルダーは既に前に時計を見たときから15分しか経っていないことが信じられなかった。 だいたい、スカリーはどこにいるのだ。 ホテルに行くと言ったはずなのに、彼女がここにいないことに彼は驚いていた。 “相棒のくせに、なんて奴だ” 自分の予定外の行動を棚に上げて、モルダーは小さく悪態をついた。 それともあの地下のオフィスにいた時のような親密な関係は期待できないとでも言うのだろうか。 最近のスカリーは以前に比べてよそよそしくなった、ような気がする。 昼食前にで出かけることが多いし、夜も予定があると行って先に帰る。 「どうかしたの?」と、尋ねても、いつも返事はおなじ。 「あなたには関係ないと思うけど…」二の句が告げないほど冷たい顔。 “だいたいなぜ、シカゴに泊まってるんだ? それもこんな高いホテルに?” 彼女が身元調査の為に申請した出張申請書では、シカゴから車で3時間ぐらい離れた街だった。 だから、当然スカリーはその街のモーテルにいるはずだった。 彼女と仕事を始めてから、ずっとそうしてきたのだから。 “なんなんだ、いったい” 自分の気持ちに何の変化もないぶんだけ、スカリーの変り様が彼には理解できないのだった。 ・ 2:30a.m 「ロビンが無事でよかったわ」 ホテルへ向かうカーターの車の助手席で、スカリーは小さく伸びをした。 「でも、あの子、こんな夜中に何をしていたのかしら?」 ロビンは警察官に口を聞かなかった。上目遣いに睨み付け、ぎゅっと唇を閉じた。 「どうせ、言ったって無駄さ、この人達は信じてくれない」 “どうしたんだい?”と、尋ねたカーターにそれだけ答える。 “また明日、改めて来てもらえませんか?” カーターがとりなして、警官達は帰って行ったのだ。 「ロビンの母親は3日前から警察に拘留されてるらしいんだ、それで叔母さんが、彼を預かってた、 ロビンは夕食の後、叔母さんの家を抜け出してる」 「拘留? なぜ?」 「わからない、事情を聞きに来た刑事は担当じゃないから詳しいことは知らないってさ」 自分よりもさらに疲れた様子のカーターを見ると、それ以上質問するのも憚られ、スカリーはなんとなく肯いておく。 あの子はいったい何をしていたのかしら…明日にでも警察に事情を聞いておこうと、スカリーは 窓の外を流れる夜の街を見ながら考えていた。 ・ サニーサイドホテル 2:40a.m スカリーがドアを開けて部屋に入ると、モルダーは彼女のベッドにだらしなく横たわってテレビに夢中になっているように見えた。 「こんばんは、モルダー捜査官、人の部屋に黙って入るなんてどういうこと?」 「ロビーで待ちくたびれた」 スカリーの冷たい口調にもひるまず、モルダーが言い返す。 「どうやってここに入ったの?」 「FBIのモルダー捜査官です、ダナ・スカリーの名前で部屋を借りてあると聞いてますが。いえ、捜査に関わることなので 詳細はお話できません。え? キーを置いてない? 困ったな、あと10分で部屋に入らないと大変なことになるのに…」 テレビから目をそらさず、スカリーのほうにFBIのバッチをちらつかせる。 「親切なフロントマンが開けてくれたよ、君こそ何をしてたんだ?」 「司法省に入省を希望しているキャスリーン・ドナーの身元調査よ、でも、残念ながら不合格。彼女の実母は精神分裂で 入院しているの。彼女は小さい頃、養女に出されてるから知らないことかもしれないけど…」 「へぇ、夜中の3時まで、ご苦労なことだね」 「その後…ジョンと食事をして、帰り道でひき逃げにあった少年を助けたの、それでカウンティに行って様子をみて…」 「ジョンって? ああ…ドクターカーターかい?」 モルダーはようやくスカリーに視線を向けた。 「だいたいあなたこそ、何の用でシカゴまで来たのよ」 むっとしたモルダーの質問には答えず、スカリーはぶっきらぼうにそう尋ねた。 モルダーが黙って新聞のコピーをスカリーの前に放る。 “メラニー・テイラー事件、顔見知りの看護婦を逮捕” 「今日さ、FBIの廊下でシカゴから来たコープという刑事に聞かれたんだ、“スペンダーのオフィスはどこか?”って」 「それで?」 「“スペンダーは多忙なので、僕が代わりに事情をお聞きしましょうか?”って丁寧に尋ねたのさ、 “でも特殊なケースなので、ぜひ専門家に”って彼が言うから、“僕はスペンダーの前任者で、一緒に仕事をしてたんですから、 ご安心を”と答えた。嘘は言ってないよ」 モルダーはベッドに寝転がったまま、腕を組むスカリーを見上げる。 確かに嘘は言ってない。“前任者”という言葉がやや不適切だとは思えるが。 「それで?」 「メラニー・テイラーは看護婦で、3ヶ月前に出勤途中失踪、3日前、街のはずれの人気のないところで焼死体となって見つかった。 遺体の損傷が激しく死因は特定できない、発見者はヘレナ・サンドラー、同じ病院で働く看護婦だ」 「待って、モルダー!」 スカリーが遮った。 「私、今日、食事の帰りにひき逃げにあった男の子を助けたって言ったでしょう?、 彼の名前はロビン・サンドラーなの…お母さんが拘留されてて、叔母さんと住んでるって」 「ロビン・サンドラー、8歳、ヘレナのひとり息子だな」 モルダーは、ヘレナ・サンドラーについて書かれた書類をめくりながら肯いた。 「ほとんど人が行かないような場所へ、ヘレナが偶然行き、行方不明だった同僚の遺体を発見した、 二人は同じ病院で働いていた、警察はそれだけでヘレナをひっぱったんだ。第一発見者を疑えって鉄則は知ってるだろ?」 やってきた警察官に“どうせ言ったって無駄だ”と吐き捨てたロビンを思い出す。 きっと母親を返してもらえないことで、大きな不信感を抱えているに違いない。 「それで、そのコープ刑事は何を?」 スーツの上着と抱えていた紙袋の中身をハンガーにかけながら質問するスカリーを横目で見ながら、 さすがに彼女の質問は的確だとモルダーはひそかに感心する。 「その刑事は遺体が発見される3日ほど前に、ヘレナに会ったんだ。彼女は警察に来て、応対に出たその刑事に訴えた。 “メラニーが夢に出てくる、自分は夢の中でメラニーになって殺されてる”って。ヘレナの件には殆ど物的な証拠が出てないだけに、 その夢の話が事実だったのでは、と彼は気になったのさ、それで専門家に相談にきたってわけだ」 「なるほど…」 スカリーは新聞のコピーをコーヒーテーブルの上に投げ出して肯いた。 既に時計は4時近い。スカリーはそれを確認したとたん、強い眠気に襲われた。 ロビンの為にも、モルダーに協力して明日はこの件を少し調べてみよう… 「いいわ、とりあえず自分の部屋に帰ってモルダー、明日の朝、相談しましょう」 それを聞いたモルダーはようやくベッドの上に上半身を起こして、にっこり笑った。 「スカリー、僕の部屋もここなんだ、最初に説明しなかったっけ?」 スカリーはうんざりしたように目を閉じた。 ここでフロントに電話して新しい部屋を取るべきなのだろう…しかし、スカリーは疲れすぎていた。 とにかく一刻も早くベッドにもぐりこみたかったのだ。 「じゃ、そこから降りて、あなたはベッド以外のところで寝るのっ」 そう言うと、クロゼットから予備の毛布と枕を引っ張り出して、唖然として立ちあがったモルダーに乱暴に渡し、 スカリーはパジャマをとってからバスルームのドアを閉めた。 ・ Metropolitan Police Station 9:00a.m ヘレナ・サンドラーは憔悴しきった顔で、ぐったりと椅子に座っていた。 「もう何度もお話しました」 スカリーの努力のおかげで、なんとかコープ刑事の名前を出さずにヘレナとの面会を取り付けたモルダーは、 目の前に座っている中年の看護婦に辛抱強く話し掛けた。 もし、署長からカーシュへ電話でも入れられたら面倒なことになるのは必至だ。 なんとか迅速に行動し、真相を解明する必要がある。 「そうですか、サンドラーさん、申し訳ありませんがもう一度だけ、僕らにその時の状況を話してくれませんか?」 はぁ、と大きくため息をついてヘレナは肯いた。 「私は、何日も続けて同じ夢を見たんです。広い草むらに横たわっている夢でした。私は自分が死んでいることを 知っていて、自分がメラニーだと強く感じていました。そして夢の後、決まってひどい高熱が出るんです。 それでどうしていいかわからなくなって、ここの刑事さんに話をしに来ました」 「それで刑事はなんと?」 「ただの夢だろうと言われました」 「それで?」と、モルダーが先を促す。 「ええ、私が夢でうなされているのを息子が気がついたんです。それで“どうしたの?”と尋ねられ、私はその話をしたんです。 そしたらその場所を探しに行こうというんです。ママが正しいか間違ってるか、警察に証明してみせようと」 「ロビン?」 スカリーの言葉にヘレナが頷く。「えぇ、あの子にそう言われて…」 スカリーはヘレナの様子から、ロビンの事故のことは黙っていたほうが良さそうだと感じていた。 何もできない母親に息子の怪我を知らせることはない。 「その風景に見覚えがあったんですね?」 自分を真剣に見つめ、話を聞くモルダーの様子ヘレナは、だんだん希望を持ち始めていた。 最初の投げやりな態度を捨て、出来るだけ細部を思い出そうと努力する。 この男なら、自分の無実を証明してくれるかもしれないという思いが、彼女の心の奥に芽生え初めていた。 「その草むらに見える大きな樫の木とその側の壊れかけた小屋に覚えがありました。それで、息子と犬を車に乗せてそ の場所を探しに行ったんです」 「それでメラニーの死体を見つけたんですね?」 ヘレナは大きく肯いた。 それから彼女とロビンは近くのドライブインから警察に通報したのだと言った。 そして“どうして死体を見つけたのか?”と聞かれ、警察を納得させられる説明ができずに逮捕されたのだと。 「あなたは、その夢を見る前にメラニーの件で新聞やテレビから情報を得ていましたか?」 スカリーがまだ半信半疑の顔で質問した。 「ええ、メラニーのことは知っていました。同じ病院に勤める看護婦でしたから、その行方不明事件がとても気になっていました」 「メラニーとはトラブルはなかった?」 「確かに一度、予約した手術室の件で言い合いになったことはありますが、本当にささいなことです… 私は子供がいるので夜勤にまわしてもらっていましたから…殆ど彼女と会うことはなかったんです、モルダーさん、 私は絶対に彼女を殺していません」 彼女の言葉が、相棒の心を動かしたのは確実だと、スカリーはひそかに確信していた。 ・ 11:40 a.m ヘレナの面会を終えた二人は検死官に会い、スカリーは検死報告書に目を通したが、死体の損傷が激しく、歯型で メラニーであることが確認できた程度で、たいしたことはわかっていなかった。 「ヘレナの言うことは本当かしら?」 「たぶんね…」 ブランチのために入ったカフェテリアで、何か考え事をしているモルダーは、付け合せのフライドポテトを口にくわえたまま、 上の空で返事をした。 こうしていると、まるでXファイルを捜査している頃みたいだ。 そう考えるとスカリーは可笑しくなってうつむいた。 渦中にある頃は、何度も“ばかばかしい”と思ったことがある、自分は一体何をやっているのだろうと。 だが、今になって思うと、意外なほど懐かしい。 「どうした?」 モルダーは時々あきれるほど鈍感なくせに、たいていは相棒の変化を見逃さないのだ。 「…昔みたいだなって思って。最近はコンピューターを前に身辺調査の電話をかけてるか、誰かの面接をしてるかだったじゃない?  こうやって外に出てあなたと二人で捜査するのは久しぶりだなぁって思ったら、ちょっと懐かしくなったのよ」 「すぐ戻れるさ、大丈夫だよ」 モルダーの顔がやさしい表情になる。 「どうかしら? カーシュは私達を絶対にXFに戻さないつもりなんじゃない?」 いつもそうだ、自分が慰められたり、励まされてたりしているのだと思うと、どうしても素直になれない。 強がって憎まれ口をきくか、話を逸すかしなけらば、モルダーの優しさに負けそうになるのだ。 「うん…」 モルダーはスカリーから目をそらさずに一度、言葉をきった。 「そうかもしれないけど、スカリー、でも奴らは僕達を引き離すことはできないよ」 モルダーの指がテーブルに置かれたスカリーの手に触れる。 “そうだろう?”暗黙のうちにヘーゼルの瞳が尋ねる。 “ただし、それは仕事のパートナーとしてのことなのよね” そう考えると、スカリーは心のどこかが悲しくなってくるのを感じていた。 ・ 聖シモン病院 5:00p.m メラニー・テイラーは評判のいい看護婦だった。 両親は既に亡く、病院の近くに一人暮し、まだ20代だったが、婦長の代理を務めるほどで、勤務態度もまじめ、 人当たりも良く、スタッフからも患者からも慕われていた。“人に恨まれるような子じゃない”とみんなが口をそろえる。 「メラニーほどの子が、無断欠勤なんてありえないと思ったんです」 彼女が行方不明になった時、警察に捜索願を出した婦長は、スカリーの質問にそう答えた。 「電話しても誰も出ないし、それで家を見に行ったんです。そしたら、メラニーはいないし、車もなくて… 急な用事でどこかへ出かけたのかとしばらく様子を見ていたんですが、3日たっても何の連絡もなかったので、警察に通報したんです」 その時、婦長の言葉のどこかが、モルダーの頭の中でその言葉がひっかかった。 “なんだ?” 「ヘレナのほうは?」 「目立つほうではなかったですよ、淡々と仕事をこなすというタイプです。メラニーのように人から慕われたりしていた わけではありませんが、よくやってました」 “いま、何がひっかかった?” 「ヘレナとメラニーにトラブルがあったと?」 正直なところわからない、と婦長は首を横に振って続けた。 「ヘレナは夜勤専門でしたから…、二人が一緒のところを見たことすらありません」 「スカリー」 婦長と別れて病院の駐車場へ歩きながら、それまで黙っていたモルダーが声をかけた。 「今夜、コープを呼んでもう一度、この事件の洗い直しをしよう、とにかく、死体から何も出ないのをいいことに 警察は強引にヘレナに自白させるつもりなんだ…」 「あ、今夜は駄目なのよ、モルダー」 スカリーがあっさり返したその一言にモルダーは衝撃を受けた。 これまで、自分の後ろを必ずついてきてくれたスカリーが“駄目”だと言っているのだ。真剣な議論を重ねた結果、 考えの相違で別の方面から調べることになったことはある。しかし、こんな簡単なことで拒否されたのは初めてだった。 「駄目?」 モルダーは殆ど歩くことも忘れたように立ち尽くして聞き返した。 「ええ、ごめんなさい、今夜7時にジョンが迎えに来るの、ちょっとした頼まれ仕事があって…、だから今夜はあなたとコープで…」 「ジョン?」 モルダーが大きめの声で遮った。 「彼が何だって?スカリー」 「どうしたの?」 突然のモルダーの感情に、今度はスカリーが当惑する番だった。 「ちょっと頼まれたことがあって、それを片付けるだけよ」 「朝の3時までかかっても片付けられなかった頼み事かい? 熱心だな」 「何言ってるの? それは説明したでしょう、ひき逃げにあったロビンを…」 「僕に説明する必要はないよ、スカリー」 そう言うとモルダーは乱暴に車のキーをスカリーに放り投げ、さっと病院に向かって踵を返した。 「僕は行くところがある。車は君が使ってくれ、急ぐんだろ」 それだけ言い捨てると、唖然としたスカリーを駐車場に残し、モルダーは早足で歩み去って行く。 “なんなのよ、子供じゃあるまいしぃ” 本当なら腕を掴んででも振り向かせ、言い分を聞いてやるところだ。 普段はあまり自分の感情を表にださないモルダーの突然の激情に憤りを感じながらも、これからホテルへ戻ってシャワーを浴びて、 髪を整えて着替えることを考えると、とてもそんな時間がないことを悟ったスカリーは、釈然とした思いを抱えたまま車に向かって歩いていった。 ・ テイラー家 ヘレナは絶対に本物だ…モルダーは強く確信していた、犯人じゃない。 これはもっと、年齢の若い未熟な者の行き当たりばったりの犯行だろう。 ただ、裏付けがほしかった、自分でヘレナに会ってみたかった、そしてシカゴにはスカリーがいた…それはともかく。 遠路遥々適当な理由をでっち上げて来たからには、ヘレナの無実を晴らさなければならない。 メラニー・テイラーは母親が死んでからも、カーポート付きの小さな家を、二人で暮らしていた時そのままに使っていた。 メラニーの28年の生涯最後の日のままに、ドアをぴったりと閉じられ、窓もカーテンに閉ざされている。 婦長に聞いたとおり、駐車スペースには車も止まっていない。 “車?” 空っぽの駐車場を見つめながら、ふと、モルダーは心が騒いだ。 あの婦長の話を聞いていた時と同じ感覚がよぎる。 “あの日、メラニーは仕事に出かけるのに車に乗った…その車はどこにあるんだ?” 「FBIのモルダー捜査官だ」 コープは2回目のコールで電話に出た。 ・ 10:00p.m 「本当に大丈夫だったかしら?」 カーターの祖母は決して侮れない人だった。外見の優しい笑顔とは裏腹に、聡明で、慎重で、一筋縄ではいかないと感じさせる女性だ。 幼い天使を演じて以来の自分が彼女の前でパーフェクトなお芝居が出来たとは思えない。 「大丈夫だよ、言っただろ? それより少しは楽しんだ?」 その質問にスカリーは曖昧に微笑む。 確かにカーター家は思っていたよりもずっと立派な屋敷で、バンドも料理も最高だった。 表面的であれ、カーター家の人々には申し訳ないほど暖かく迎えてもらった。 しかし、駐車場で別れた時のモルダーの様子が気になって、それどころじゃなかったのだ。 “なぜ、急にあんなに不機嫌になったのだろう…” スカリーはいくら自分が言った言葉を反芻してみても答えは見つけられないのだった。 ・ サニーサイドホテル 鍵が開く音を合図に、すばやくベッドからすべりおりたモルダーは、戻ってきたスカリーの姿に驚いた。 おもわず彼女を上から下まで見つめてしまう… 光沢のあるシルバーホワイトのシンプルなドレスにオーガンジーのショール、褐色の髪をほほの周りにカールさせ、 いつもより色の強い口紅をひいてる…赤の他人なら放ってはおけないところだ。 「スカリー…」 “赤いドレスも良かったが、そういう色もいい” 言わなくても良いことを言いそうになる。 あの船で赤いドレスの君と何をしたか、彼女自身は知らないのに。 「…どうしたんだよ、その格好は?」 スカリーのほうはそんなことにはまるで気がつかず、我が物顔に自分の部屋を占拠している彼に、さっそく不機嫌な顔をしてみせた。 「ジョンの頼まれ事よ…彼のおばあさまの誕生日パーティで恋人のふりをしたの」 「恋人のふりだって?なんで、君がそんなことしなきゃならないんだ」 モルダーは急速に自分が不機嫌になっていくのを感じる “恋人のふりってことは…腕を組んだり抱き合ったり、もしかしたらキスも?” 「身近な人じゃ、ばれちゃうからよ」 「仕事で来たんだろ? おかしいじゃないか」 「仕事はちゃんとしてます、私の本来の目的はキャスリーン・ドナーの身元調査よ、あなたは忘れてるかもしれないけど。 私は彼女が預けられてた施設の所長に電話で話しを聞いたの、すぐにも非の打ち所のない報告書が書けるわ」 スカリーは心に溜まった気持ちを一気に吐き出した。 「結構だな、それをカーシュに認めさせて、もっといい部署に回してもらうつもりなのかい?」 「私が別の部署に移れば、喜んでくれるひともいるんじゃない?」 モルダーはひかなかった。スカリーが誰のことを言っているかおおよその見当はつく。 勘違いもはなはだしいが、それはこの際関係ない。 「なるほどね、君がそう望むんなら僕は止めないけど」 「ばかばかしいこと言わないでよ、そんなことするぐらいだったら辞めて医者に戻るわ」 「へぇ、その為にドクター カーターと仲良くしておこうってわけだ」 皮肉なモルダーの口調が続き、スカリーは胃がむかむかするほど腹立たしかった。 しかし、こんな揚げ足取りを続けても、なんの解決にもならない、それはわかってる。 「もういいわ、お互いプライバシーに口出しするのはやめましょう」 彼女のほうが先に打ち切った。これ以上、感情的になるのはうんざりだった。 「それよりあなた、どうしてまた私の部屋にいるの?2日続けてソファで寝るつもり?」 「本日の空室はセミスィートだけでございます。料金は局の規定の宿泊代5回分だぞ、それならここで夜露を凌いだほうが ましだろ?、安心しろよ、君を襲ったりしない」 「当たり前でしょ、ばか。あなたには、彼女がいるじゃないの、それに私は訓練を受けたFBIの捜査官なのよ、 黙って襲われるわけないじゃない?」 そのスカリーの一言で、モルダーの目が険しく変わった。 じっとスカリーの視線をとらえる。 「その時は、相手があなただって、手加減はしないわよ」 “負けられない” スカリーも言い返して、真正面からモルダーを見詰め返す。 一瞬の沈黙…一瞬の緊張感、 次の瞬間、スカリーは、両手をついたモルダーとドアの間にはさまれていた。 ふたりの間は50センチほどもない。今まで感じなかった男っぽいエネルギーが彼女の全身を包み込む。 「僕がいま、何をしたいか、教えてやろうか? スカリー」 モルダーは片手だけをはずして当惑した表情の彼女の首筋に触れ、かすれた声でそう言うと、そのまま強引に引き寄せた。 その時… Pru pru pru pru… モルダーの上着の内ポケットで電子音が鳴り響いた。 “なんだよ” Pru pru pru pru… 一瞬目を閉じたモルダーは、それでも彼女の腕を掴んだまま、反対の手で電話に出る。 「モルダー捜査官? コープです、例の車、見つかりました」 受話器の向こうからコープのはりきった声がする。 “はぁ、いいところで…” 「乗ってた奴は?」 それでも、本心とは関係ない彼の職業意識が答えていた。 「20歳の大学生、3人組です。奴らは昨夜遅くにひき逃げ事件を起こしていて、運悪くFBIの捜査官にナンバーを 目撃されてます。それでパトロールを続けていた警官に、止められたんです。3人ともメラニー殺しを認めました」 「FBI捜査官だって?」 モルダーは聞き返した。 「はい…」 書類をめくるぱらぱらという音が、受話器から伝わってくる。 「スカリー捜査官という方です」 今からすぐそっちへ行くと告げて携帯電話をきったモルダーは大きくため息をついて、掴んでいたスカリーの腕を力なく離して続けた。 「どうやら君のお手柄らしいよ、スカリー、君の勝ちだ」 ・ シカゴ市警 11:30p.m メラニー・テイラーはいつものように車で家を出て、途中の交差点で3人組に乗り込まれたのだ。 男達はメラニーを拉致し、レイプし、刺殺した後で自分達の犯行を隠すために彼女の遺体にガソリンをかけ、火を放ち、 人気のないところに放置した、と語った。 3人組が乗り回していたメラニーの車の後部座席には、彼女が殺された時の血痕が点々と残っており、それを押さえるように 一人の指紋が検出されている。 「最初は遊び半分だった」と一人は言った。 「そのうちエスカレートして、わけがわからなくなった」と。 警察に止められたとき、彼らはてっきりメラニーの件だったと思った。 「やはり車は捨てるべきだった」と仲間割れを始め、「僕は見張り役だった、殺してない」とひとりが警官に申し出たのだ。 「もしメラニーが車で出かけたのなら、その車が犯行現場になった可能性はある、それはどうなったんだろう、と考えたんだ。 もちろんどこかに放置されているのかもしれない、それでコープに探してくれと頼んだんだ」 釈放されたヘレナの後姿を見送りながら、モルダーはそう言った。 「じゃ、あなたはヘレナの夢の話を信じたわけね」 「もちろんだ、そういう実例はたくさんある。被害者の友人が殺害される場面の夢を見て、犯人を名指しした例もあるぐらいなんだぞ」 いくらでも反論の仕様はあっただろう…しかし、ここはモルダーに譲ってもいい。 実際に無実の母親は釈放され、息子のところに帰ることができるのだから。 「ねぇ、スカリー」 運転席に滑り込んだモルダーは、スカリーがシートベルトを締めるのを待って尋ねた。 「僕はやっぱりソファで寝るのかな?」 急にさっきのシーンが目の前に展開し、スカリーは赤面する。 「当たりまえでしょ、私はベッド、あなたはソファで寝るのっ」 聞かなきゃ良かったかも…モルダーは思った。 答えはわかってたんだし、と。 それでもまぁ、聞かずにはいられなかった。 彼女が赤くなって、馬鹿馬鹿しいという表情を作りながら、強く否定する様子をみたくて。 ・ カウンティ病院 10:00a.m 「僕にはわかってたんだ」 カウンティの小児病棟を見舞った二人が、事件の顛末を簡単に話すとロビンは口を尖らせてそう言った。 「よしなさい、ロビン、この人達がママを助けてくれたのよ」 とりなすヘレナの言葉も少年を引き止められなかった。 「どうやったらママの無実が証明できるか、一生懸命に考えたんだよ、それで、あの女の人の家に行ってみたんだ、 そしたら、車がなかったからさぁ…犯人が乗っていったんじゃないかって考えたんだよ…」 スカリーは笑いをかみ殺して、モルダーをつついた。 「それで、あんなに時間に?」 「そうだよ、だって、悪い人は夜出歩くもんでしょ」 そんなことは当たり前だといわんばかりの少年の顔に、スカリーが苦笑する。 「どうして警察に言わなかったの?」 「言ったって信じてくれないからだよ…」 ロビンはそこで母親を見上げた。 「それにママが捕まったのは僕のせいだから…僕が死体を見つけに行こうって言ったせいだから、自分でなんとかしたかったんだ」 ヘレナは息子の頭に優しく手を置いて微笑んだ。 「ありがとう、ロビン」 「ロビン、なかなか君は将来有望だよ」 モルダーは手を差し出して、ロビンと堅い握手を交わした。 ・ ER 11:20a.m ERに降りてくると空気が変わった。 重く沈殿したような空気に代わり、喧騒と緊張が入り交じった熱い空気が充満している。 飛び交う人々の声と足音、確かに生と死が錯綜していることを感じさせる領域だ。 「やぁ、ダナ、昨日はどうもありがとう」 モルダーと握手を交わした後、白衣姿のカーターはスカリーに向き直って言った。 「役に立てなかったかもしれないのに…」 “とんでもない”と、眉を上げる。 「あれでしばらくは、祖母もおとなしくなると思うよ」 「そうだといいけど…」 「カーター!」 受付からキャロルの声がする。 「高速道路でバスが横転、3分後に6人来るわ、ベントンを探して…」 彼女はスカリーと、その隣で所在なげにたっている長身の男に気がついた。 「ダナァ…」 そう言って駆け寄ってくる。 「キャロル…さよならを言いに来たの、会えてよかったわ」 「ほんと、今日は最悪、朝からこの騒ぎなの」 彼女はそこでチラリとモルダーを見上げると、「彼が例の相棒?」と囁いた。 「そうよ…モルダー、彼女はキャロル・ハサウェイ、ここの婦長なの、キャロル、彼がフォックス・モルダー…」 「あなたの“ただの”パートナーよね?」 キャロルが面白そうに笑って、スカリーの言葉の後を続けた。 “バーン”と扉の開く大きな音が響く。外気が暖かい室内に流れ込んだ。救急車が到着したのだ。 「来たわ…」キャロルは呟いて、二人はすばやく扉のほうを振返った。 「行かなきゃ…じゃ、ダナ、元気でね、モルダーさんも」 「じゃぁ、ダナ、またメールでも書くよ」 口々にそう言って、慌ただしい空気の中を救急車の受け入れ口に向って走っていくカーターとキャロルの姿を、 スカリーは唖然としたように見送っていた。 「名残惜しい?」 モルダーがそっとスカリーの肩に手をかけた。 「いいえ、ここは、もうひとつの私の世界だから…ちょっと感傷的になっただけ」 スカリーは答えて相棒を見上げる。 「僕にいる世界に残ってくれてうれしいよ」 モルダーは彼女の肩に置いた手にぎゅっと力を入れた。 “ただの”パートナーでもかまわない…彼女がここにいるだけで。 “ただの”パートナーでもかまわない…彼がここにいるだけで。 いつか僕等は… ふいに心に沸き上がった疑問をモルダーは口には出さず、そのままもう一度、もとあった場所に押し戻した。 “とりあえず今はこのままで…”、そう自分に言い聞かせて。 The End 後書き: 私はERも好きで、本当はもっと本格的なクロスオーバーものにしたかったのですが、いざ書いてみると専門用語が 全くわからなくて、これが限界でした(笑) たまにはスカリーに本音を話してほしくて、キャロルを相手に選んでみました。 カーター君相手に愚痴るのは、女性として卑怯だろう、という気がしたものですから。 ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。 感想などいただけるとうれしいです。 Ran yoshiyuu@tt.rim.or.jp