この作品はあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり この作品の登場人物、設定などの著作権はすべて、クリス・カーター、 1013、20世紀フォックス社に帰属します。 TITLE      - 鼓動 -                          by yuria ---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*     ジョージタウン記念病院 8:29 pm 適度に体にフィットした黒のパンツスーツに ワインカラーのインナーをあわせたスカリーが、脱いだコートを片手にかけて いつものように静かにモルダーの病室へ入ってくる。 「Hi、モルダー。気分はどう?」 そう言いながら慣れた手つきで彼の手を取って脈を調べ 手の甲を軽く彼の額に当てて熱を測った。  3週間前、行方不明だったモルダーは意識不明の状態で発見されて、 この病院に運び込まれた。 担当医によると、この1週間以内に意識が戻らなければ回復の見込みは 非常に少ないだろうということだ。 モルダーの体には不思議なことに外傷はなく、血液検査、MRIなどの精密検査の結果からも 治療が必要なところは見当たらないものの、体が非常に衰弱しており ひとまわり小さく、やつれたように見える。 3週間というものピクリとも動かず、頬はゲッソリと落ち あごは華奢なほどにとがっていた。 栗色の長いまつげは閉じたまま、 スカリーが愛した、情熱と信念に満ちた彼のヘーゼルの瞳は開かない。 彼女が彼女自身の唇の感覚で覚えている彼のふっくらとした熱い唇は 今は乾いて青ざめている。 スカリーは毎晩仕事を終えるとモルダーの病室へとやってくる。 病室には、彼の心拍を刻む単調な音が響いている。 悲しいことにその冷たい機械音のみが、今彼が生きているという 唯一の証である。 その音が一秒後には止まってしまうかもしれないという恐怖に、 彼女は医者としてでなく、ひとりの女性として心底おびえていた。 スカリーは眠るモルダーの柔らかい栗色の髪を愛しそうにすいてやり、 いつものようにベッドサイドの椅子に座った。 そしてモルダーの手をとり、大事そうにそっと自分の頬にあてて言う。 「モルダー、お願いがんばって。  貴方が行ってしまったら、私はどこで生きればいいの・・・」 彼女は彼の手のひらにキスをし、そのまま上半身をベッドにあずけた。 彼の体の温かさを確かめ、かすかに上下する彼の胸の動きを感じたかった。 彼女は、そのままゆっくりと目を閉じた。 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜   「スカリー、見てみろよ! 綺麗だろ。」 突然、彼女が一番聞きたかった声が呼びかけた。 スカリーは驚いて目を開けて声のほうを見ると、 ベッドの横にホスピタルガウン姿のモルダーが立っている。 彼がスカリーのほうへ差し出した両手には、それ自体が青白く光る球体がのっている。 よく見るとそれは、モルダーの両手にのっているのではなく、 彼の手のひらから2〜3cm上にゆらゆらと浮かんでいた。 そしてそれは、浮かびながらブーンと低いうなりを発している。 青白く揺れながら光る美しい球体を、魅せられたように見つめるモルダーの顔は、 それが発する光に照らされて、やはり青く深い陰影ができて、 彼のまつげの影も揺れていた。 スカリーは座ったままで声もなく、しばらくその球体とモルダーとを 交互に見入っていた。 やがて彼女はゆっくりと立ち上がり、球体の方へおずおずと手を伸ばした。 熱は感じられないがブーンという低いうなりと共に、 かすかな振動が手に伝わってくる。 そして強いエネルギーの発散を感じた。 と、突然、その球体はゆらゆらとモルダーの手のひらから離れ、 上へ上へとゆっくりとまわりながら上がっていき、 いまにも天井に届きそうなところでピタリと静止した。 モルダーとスカリーは立ったまま、呆然と球体を見上げている。 その青い光は一定ではなく、暗くなったり明るくなったり、 まるでロウソクの炎のように揺れており、それによって壁や床に映る部屋中の影も 不気味な生き物のように、動いている。 そのため病室全体が、ゆらゆらと揺れ動いているかのような錯覚に襲われた。 すると、今まで常に聞こえていたブーンという唸りが だんだん大きくなり、高くなり、耳を押さえたいほどの耐えがたい音に変わっていき、 それにつれて球体の光も強くなっていく。 青白い光が徐々に白くなり、強烈な白い光で一瞬何も見えなくなった。 と、その直後、球体はものすごい速さで部屋を一周し、そのまま 閉まっている窓を何の抵抗もなくするりと突き抜けて、 夜の闇へと消えてしまった。 スカリーは球体を追って窓際へと急いだが、窓の外には闇が広がるばかりだ。 空には星さえも見えない。 我に返って振り向くと、そこにいたはずのモルダーの姿は忽然と消えていた。 「モルダー?」 スカリーはベッドにもモルダーがいないことを確認すると、 ドアへ走りより、大きくそれを開いた。 すると、そこにあるはずの病院の廊下はなく、まばゆいばかりの白い光につつまれた ポッカリとした空間が浮かんでいた。 ブーンという低いうなりが、どこからともなく聞こえてくる。 スカリーは眩しさに一瞬目がくらんだが、 その光に徐々に慣れていくうちに何かが見えてきた。 「モルダー・・・」 目を凝らすと、白い光の中にモルダーが座っていた。 近づこうとしても、何かに阻まれて近づけない。 そして彼の向かいには、彼女が・・・スカリーが座っている。 スカリーは信じられない思いで、自分とモルダーがなにやら楽しげに話すのを見ていた。 モルダーがスカリーに言っているのが聞こえる。 「Happy Birthday, Scully. 」 モルダーは屈託のない笑顔で、彼女をまっすぐに見つめている。 ストローをくわえて、ちょっとおどけた笑顔がスローモーションになる。 視線を右に移すと、そこに半分泣き顔のスカリーが座っていた。 スカリーの足元に、防弾チョッキとインカムをつけたモルダーがしゃがんでいる。 彼女を覗き込むように見上げて、モルダーが微笑みかけながら言った。 「Smile Scully!」 スカリーはモルダーに泣き笑いを見せた。 「君は君が信じたいものを信じればいいんだ。  でも、僕に嘘はつかないでくれ。それは君自身をも裏切ることになる。」 というモルダーの声のほうへ振り向くと、向かい合って立つスカリーと 彼女を見下ろしているモルダーがいた。 哀愁をおびたモルダーの深い瞳は、怒っているふうにも 泣いているふうにも見えた。  - 私は彼に支えられている -  - 彼も私に支えられている -  - 彼は私を求めている -  - 私も彼を求めている -  - 私たちの魂は呼びあっている -  - ひとつになりたがっている - そんな言葉が心の中をぐるぐるとまわった。 モルダーの声が聞こえている。 スカリーは自分がその声を心で聞いているのか、耳で聞いているのか わからなかった。 ”すべてを失っても、僕にはまだ君がいる。” ”僕はあきらめない。あきらめることはできない。真実はすぐそこにあるんだ。” ”君だけは僕に真実を語ってくれる。” ”君が必要だ。” ”君が僕を救ってくれる。” 右から左から、そして上からも以前スカリーに語りかけてきたモルダーの声が聞こえる。 彼女はそのときの光景を、まざまざと心の中に映しだすことができた。 彼と乗り越えたたくさんの辛い出来事。 彼に支えられた日々。 彼の存在がこんなにも自分の中で大きいものだと確認した時。 そして、子供のように泣いている彼を自分の胸に抱き寄せた夜。 スカリーの胸の中に、その時の熱い想いが渦を巻いた。 そしてたくさんのモルダーの声の後ろから、繰り返し聞こえるひとつの言葉。 「愛している。」「愛している。」「愛している・・・。」 スカリーは、あの時にどうして自分は彼の真実の声を聞きとることができなかったのかと 徐々に大きく心に響いてくるその言葉をかみしめながら思った。 ブーンという唸りが大きくなったのにハっとして、 スカリーはモルダーの姿を捜して見まわすと、 白い光の中に、今はぽつんとひとりで立ち尽くす彼の姿が 徐々に遠ざかっていく。 「モルダー!!」 スカリーは必死にモルダーに呼びかけるが、その声は彼には届かない。 気がつくと青白く光る美しい球体は、再び姿をあらわし モルダーの頭上に、ふわふわと浮かんでいる。 そしてゆっくりと彼を光の外へと誘導していくようだ。 モルダーは、その球体のあとを憑かれたように追っている。 《行ってはいけない、行かないで! 私はまた、あなたを失うわけには行かない!!》 モルダーが手を伸ばして、その球体に触れようとした時 スカリーが叫んだ。 「 Noooo...Mulder!! I LOVE YOU !!! 」 瞬間、その球体は真白に輝き超音波のように耳障りな音を出し まわりの空気をビリビリと振動させながら、すごい速度で回転し始めた。 そして徐々に加速しながら、まっすぐにスカリーめがけて飛んできた。 スカリーは目を見開いていまや銀色に変わった球体が、ものすごいスピードで 自分に向かってくるのを、ただ見つめていた。 一瞬、銀色の球体の中に聖なるものを見たような気がした。 その時、球体は彼女の体を突き抜けた。 「スカリー!!」 彼女を呼ぶモルダーの声を遠くで聞いた気がしたが、 体中に叩きつけられたような強い衝撃を感じて、スカリーはそのまま 何もわからなくなった・・・。 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜    彼女は冷たい暗闇の中を漂っている。 銀色の球体の姿はどこにもない。 先ほどまで聞こえていた、すさまじいほどの音も消えて 空気はシンと冷たく静まりかえっている。 『モルダー。。。』 モルダーは、とうとう行ってしまったのだろうか。 今度こそ私をおいて・・・。 彼のいない世界は、私にとってこんなにも暗く、冷たいものだったのか。 スカリーの閉じた瞳から涙がこぼれた。 と、彼女は頬にふんわりと暖かいぬくもりを感じた。 それは優しく彼女の涙をぬぐい、頬をすっぽりとつつみ、 そして彼女の髪をなでた。 スカリーがいた暗闇に夜明けのようにひとすじの光がさしはじめる。 ドクン、ドクン、と規則正しく懐かしいリズムを感じる。 またたく間にそこは琥珀色に輝く光に溢れ、優しく暖かいものが 彼女の心に流れ込んでくる。 彼の手はスカリーの髪を優しくなで続ける・・・彼の・・・手・・・。 「!」 スカリーは、はっと目を開いた。 そこはいつものモルダーの病室で、彼女はいつものように 彼のぬくもりと鼓動を感じたくて彼のベッドにもたれて眠っていた。 ただひとつ大きく違うのは、モルダーの優しいヘーゼルの瞳が 彼女を見つめて微笑んでいることだった。 彼の繊細な指が、彼女の頬をつつんだ。 スカリーは彼女の小さな手を彼の大きな手の上に重ねた。 「Good - morning, Mulder...  お帰りなさい。。。」 彼女も微笑もうとしたが、逆に涙がこぼれてしまった。 スカリーが息を小さく吸い込むと、彼女の体は小刻みに震えた。 モルダーの唇が、かすかに動く。 スカリーは身をのりだして彼の口もとに耳を近づける。 「やっと・・・戻れた・・・。闇の中で、君の照らす光を頼りに歩いてきた。」 彼は低くかすれた声で、そう言った。 彼の声は弱々しいが、それはまぎれもなくスカリーが長い間待ち焦がれていたものだ。 スカリーは両手でモルダーの頬をそっとつつんだ。 細くなった彼の顔は痛々しいほどだが、その瞳は力強くキラキラと光り スカリーの瞳をとらえると彼女を安心させるように、かすかに微笑んで見せた。 そして小さく咳き込んだあと、心配げに見つめるスカリーに大丈夫だというように頷きながら、 かすれた声で話しつづける。 「闇の中に浮かぶ光は、すぐに君だとわかった・・・。  とても美しくて・・・神聖で・・・すぐ側にあるのに手を伸ばすとふっと消えてしまう。  光のない世界で僕は恐怖と寒さにふるえながら、光を求め、  君の名前を叫び続けた。  すると、どこからともなくその光が再び現れて、僕を導く。」 「君が・・・僕を呼び戻した。」 「・・・いいえ、モルダー。私たちの魂は呼びあったのよ。  ぎりぎりのところで、お互いを求めあったんだわ。  あの光は、あなたにとっては私。そして私にとっては、あなたなのよ。」 スカリーはそう言うと彼女が愛してやまない、彼の強い意志をたたえた瞳と 長い栗色のまつ毛に軽くキスをした。 そして静かに優しくモルダーの唇に彼女の唇を重ねた。 彼女のよく知っている彼のふっくらとした唇は、それを受け入れた。 二人は柔らかい琥珀色の光につつまれていた。 その光はどこからでもなく、彼ら自身から発せられているのだった。 そしてぴったりと寄り添ったふたつの魂から繰り返されるひとつの言葉。    − 愛している −   − 愛している −   − 愛している・・・ −                            - end - ---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*--*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*     〜 2001年が、皆様にとって良い年になりますように。〜  《 Special thanks to "abp".       貴女のおかげで、このFICを書き上げることができました。》                           - yuria - yuria@duchovny.i-p.com Dec. 2000