『こんな月曜日の朝』 2月のワシントンにしては、暖かい朝だった。 スカリーは自分の吐く息がそう白くないことに安堵して、 車に乗り込んだ。 いつもと同じ月曜日。 今日からまた、いつもの1週間がはじまるのだ。 カーラジオからは聞き慣れた東部訛りのDJが、軽いジョークを 飛ばしながらポップスをかけていたし、橋を渡る手前の国道 では相変わらずの渋滞が続いていた。 そして、いつもと同じ時間に地下の駐車場に車を滑りこませ、 エンジンを切る。 深呼吸をひとつしてから、車を降りる。 彼の車が停まっているかどうか確認しかけて、でも目を走らせずに そのまま入り口へと足を向ける。 彼が来てるかどうか…。 そんなことはものの5分と経たないうちにわかることだ。 スカリーはそう思って苦笑いした。 とりあえず、副長官室に直行する。 いつも通り早々とオフィスにいるだろう彼を訪ね、無事帰国したこ との報告をするためだ。 「昨日戻って参りました。」 「どうだったかね。休暇は?」 スキナーは書類から顔を上げてそう尋ねた。 「はい、おかげさまで。急な申請を受理頂いてありがとうございました。」 「半期に1度、部下の休暇未取得の理由書を書く手間が省けて私は助かる。」 彼はそう言って、また書類に目を落とす。 「では、失礼します。」 そう言ってドアに向かおうとする彼女を、スキナーが呼び止めた。 「ああ、スカリー。」 彼女が振り返ると、 「覚悟した方がいい。今日から忙しいはずだ。」 彼がそう言って薄く笑みを浮かべる。 「はい。肝に命じます。」 スカリーも微笑んでそう答えた。 部屋を出ると、キムに声をかけられた。 「ハイ!ダナ。どうだったの?エジプト。」 「ええ。すごく素敵なところだったわ。」 「急に申請してお休みをとったって聞いたから、何かあったのかって  思ってたの。そしたら、モルダーが『彼女、エジプトだよ。』って。  だから余計にびっくりしたわ。」 「前から考えてたんだけど、なかなか実現にこぎつけなかっただけなの。」 「ゆっくり聞かせて。ランチタイムにでも。」 「そうね。じゃあまた後で。」 そう言ってスカリーは廊下に出た。 人とすれ違うごとに、彼らが、 「やぁ。休暇はどうだった?」 と尋ねることに、スカリーは少し驚いた。 モルダーったら。 ハネを伸ばすついでに、言いふらしたのね。 スカリーはそう思って苦笑いした。 地下に降りて、ドアの前に立ち止まる。 2度ノックして、ノブを回す。 鍵はかかっていない。 彼が既に来てるということだ。 中へ入ると、彼が入り口を背にしてデスクの所に座っているのが見えた。 おはよう?それともただいま? 最初に何と声をかければよいのか少し迷って、スカリーは無言のまま 彼の背に近付く。 彼は散乱したポジの中でビューワーをのぞきこんでいる。 まだ、振り向かない。 白いシャツを腕まくりしながら、没頭するその姿を見て、 スカリーは思い出した。 初めてここを訪れた日。 あの時の彼もこんなふうだった。 そう思い出して足音を止めた瞬間、彼が振り向いた。 少し彼女を見上げるようにして。 そして彼が微笑む。 「やぁ。おかえり。スカリー」 メガネこそかけていなかったが、本当にあの時の彼を思い出して、 スカリーは一瞬戸惑った。 「…ただいま。モルダー。」 「これ、見てくれる?」 間髪を入れず彼が言った。 「え?」 「木曜日にメリーランド州で起きた、大学生の失踪事件さ。  近隣の州を含めるとここ1年で5件目だ。  失踪者は全員、幼少期のある一定期間の記憶が欠如して  催眠治療を受けた記録がある。  今、失踪した地点だと思われる現場に類似点がないか捜してるところさ。」 「焼けこげを探すなら、ポジじゃだめよ。」 スカリーはそう言って、差し出されたビューワーをのぞきこむ。 「アブダクトされたのかも、って考えてると思ってる?」 「違う?」 彼女はそう言って顔を上げた。 「1週間、先人たちの偉業と自然の広大さに触れて、現代人のちっぽけさ  に謙虚になって帰って来たと思ったら、こいつは相変わらずこんなこと  言ってるのかって?」 モルダーはそう言って彼女の顔をのぞきこんだ。 「聞かないの?」 「何を?」 「休暇はどうだった?って。」 「すてきな休暇だったわ。だろ?」 「もちろんそうだけど…。」 「それとも、ナイルのほとりで夕日を見ながら僕を想って  佇んでたわ。とか?」 「だったら、まっ先にそう書いて絵はがき送ってるわ。」 「だろ?スカリー。」 モルダーが立ち上がった。そして上着を着る。 「僕は、何してたと思う?」 「ひたすら鉛筆削ってた?」 「違うさ。君が泊まってるホテルすら、何時の何便を使うのすら  教えてくれないから、職権乱用で探しまくってたよ。」 「うそでしょ。」 「ミセスなんとかで搭乗してるんじゃないかと気が気じゃなくてさ。」 彼がそう言って笑った。 「相変わらずね。」 彼女もつられて笑う。 「さぁ。参りましょう。お客様。  州警察迄の観光ガイドを仰せつかったモルダーでございます。」 彼がスカリーの手から彼女のバッグを取ると、うやうやしく出口へと案内した。 彼女もやれやれという風情でそれに続く。 「あ、そうそうスカリー。」 彼が思い出したように振り向いた。 「休みボケにならないように、死因不明の死体もひとつ冷凍してあるよ。」 「…冗談でしょ。モルダー。」 「いや、本当だよ。下水で取った有機物の組織サンプルもあるよ。  こっちからやる?」 「モルダー…。」 「スキナーに言われなかった?忙しいってさ。」 「本当みたいね。」 スカリーがそう溜息をつく。 「あ、でも君が喜ぶメニューもひとつ用意しといた。」 モルダーがドアのところで彼女の背を押しながら、こう言った。 「夜食はジェリーズカフェのホットドッグとサクランボパイ。  それにカフェインレスのコーヒー。  どうだい?アメリカの味に飢えてるかと思ってさ。」 「お心づかい嬉しいわ。モルダー。夜中のパイは遠慮させて頂くけど。」 スカリーはそう言って足を進める。 いつもの月曜日。 そう、また日常が始まるのだ。 彼と一緒に。 end