この物語はフィクションであり、「XF」の著作権等を侵害するつもりではない ことをここにおことわりしておきます。 また、「XF」に関するすべての権利は、クリス・カーター氏及び20世紀FOX社に 帰属します。 S6『ティトノス』のスポイルものです。 何だかのんべんだらりとした展開にしかならず、しかもスカリーの出番はゼロに 等しいという有様…。 以上を御了承頂いた方のみ先にお進みください。 お読み頂いた後、御不満な点も多くあるかと存じますが、罵声、中傷等のメールは御容赦 下さいますよう心よりお願い申し上げます。 /-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/- 「Lose my …」 Spoiler:TITHONUS(#612) 携帯がつながらないことは、別に珍しいことではなかったが、 彼女と同じステージにいないことが、僕をよけいに不安にさせた。 資料を抱えて駐車場に向かおうとする僕を、誰かの声が呼び止めた。 「モルダー、副長官室からお呼びだ。」 「姿が見えないと言ってくれ。」 僕は振り向かずにそう答えた。 「至急の用件だそうだ。」 関わりたくなさそうにそう言われては、他の逃げ道を探すのは難しそうだった。 しかたなく踵を返し、資料を机の上に戻して、コートを脱いだ。 この不安が思い過ごしで終わることを祈りながら…。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「すぐ君を寄こせと連絡が入った。」 相変わらず不機嫌な声で、カーシュが言った。 「今、何処からとおっしゃいました?」 「セント・アグネス病院だ。男が新生児室の赤ん坊を誘拐して屋上にいるらしい。」 「私が何故?」 「その男がFBIのフォックス・モルダーとなら話をすると言っている。」 彼は溜息をつきながら、椅子の背にもたれた。 お好みの展開じゃないらしい。もっともなことだが。 「そう、警察から協力の要請があった。」 「身元などは?」 「今のところ不明だそうだ。写真を見たまえ。」 そう言って彼はデスクの脇にあるディスプレイを反転するよう目で促した。 現場からの転送写真だ。 黒いコートを着た、銀灰色の髪の男が写っていた。 僕と同じ位の年齢だろうか、その立ち姿と品のいい身なりから、 『上流』と呼ばれる階級に属する人間のように思われた。 赤ん坊を腕に抱えたまま、カメラとは別の方向の誰かに話している。 「見たところ…。」 僕は続けた。 「知らない男のようですが…。引き続き犯罪者リストと照合するよう指示して  下さい。」 立ち上がってドアへ向かおうとしたところを、彼が声をかけた。 「スカリー捜査官はまだNYかね。」 「はい。捜査は大詰めだと支局から聞いておりますが。」 余計なことは言わなかった。 「君と組まなくとも…。」 そう言いかけて、 「いや、よろしく頼む。」 と彼が言葉を濁したので、用意していた言葉は使わずにすんだ。 「御承知の通り、彼女は優秀な捜査官ですから…。」と…。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 12階建てのビルの屋上にその男は立っていた。 説得にあたる者が、自ら近付くのを躊躇する位置に。彼があと数歩下がるだけで、 足場を失う場所だ。左腕には毛布にくるまれた赤ん坊を抱えていた。 朝陽がまだ彼の後にいたので、まぶしくて表情はよく見えなかった。 「やあ、待ちくたびれたよ。モルダー。それ以上は近寄らないほうがいい。」 男が声をかけた。流暢なクイーンズイングリッシュだった。 「何処かで会ったことが?」 僕は立ち止まって、その男に尋ねた。 「ああ、何度かはね。」 彼はゆっくりと発音した。 「君に知らせておこうと思って。」 「そのために、こんな屋上にまで呼び出したのか。」 僕は自分の記憶をたどって、彼の声を思い出そうとしながら言った。 「君の出勤途中に『ちょっとお話が…。』なんて  呼びかけたって相手にしてもらえないだろうからね。」 笑いながら男はそう言った。そしてこう続ける。 「どうしても、知らせておきたいことがあって。」 「とにかく腕に抱いている赤ん坊を、こっちによこすんだ。  僕に用があるならその子は関係ないだろう。」 「自分の未来を知りたいとは思わないか。」 彼は僕の問いには答えずに続けた。 「楽しみは、後に取っておく主義なんだ。」 「では、質問を変えよう、モルダー。  君は運のいい人間だと思うかい。」 「ああ、こうして寒風にさらされながら君と話ができてね。」 「君らしいな。」 そう言って男は笑う。 「ひとつ忠告したくて君を呼んだんだ。  今日、君にとって、あまり幸運とは言えない出来事が起きる…。」 僕は隣のビルから狙撃班のライフルが光るのを、目の端に捉えながらこう言った。 「ご忠告感謝するよ。ミスター。確かに朝から運が悪い。  ただ、その言葉は君にも当てはまると思うんだが。」 ぼくはそう言いながら、少しだけ体を横に移動して、彼の表情がわかる位置に 動いた。彼の注意をこちらにそらすためにも。 ほんの数ヤード先で彼の顔を見ても、彼が誰なのかやはり思い出すことが出来なかった。 しばらく沈黙が続く。 「ああ、そうかもしれないな。」 彼は後生大事な宝物の様に、赤ん坊を胸に抱きしめた。 「まだ君は選ぶことができる。いいかね。モルダー。」 と彼は続けた。 「どちらを選ぶ?結末を知る君。そして知らない君…。」 脅迫神経症の患者に多そうなタイプだ。 おおかたそんな所だろう。 僕はそんなことを考えながら、話を続ける。 「何の結末にせよ、僕は自分で確かめる主義でね。」 僕は両手を挙げながら、一歩彼へ近付いた。 「ああ、そうだったな。モルダー…。君はそうだった…。」 彼はそう呟くと、僕の方に姿勢を正し直してこう言った。 「そろそろ終わりにしよう。君も発つところだろ?  自分で確かめるために、NYまで…。」 一瞬聞き違えたのかと思った。 「…今、何と…。」 男はそれには答えずに、一歩後ずさった。 「それ以上動くんじゃない!」 僕の制止を聞かず、男はうすら笑いを浮かべると、まるでフロリダでスキューバを 楽しんでいるかのように、背中からダイブした。 一瞬、街の喧噪が止まった。ように感じた。 誰かに何かを叫ぶと同時に、彼のいた所まで駆け寄ってひざまずく。 下から吹き上げる風がコートの裾をひるがえささせる。 しかし…。 飛び下りたはずの男の姿は、影も形もなかった。赤ん坊もろとも。 僕が見下ろした地上には、日常と変わらない風景しか広がっていなかった。 歩道に配置されていた警官達も、呆然と立ち尽くしているのが遠くからでも 見てとれた。 「彼は?赤ん坊は?」 駆け寄ってきた警官に、答えられる筈もない質問を浴びせながら、僕はエレベータ へ続く階段室へと全速力で走った。 「君も発つところだろ?」 彼の言葉がまだ脳裏に焼き付いている。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「飛び下りたのは見たんです。ただ、太陽の反射に紛れて忽然と…。」 歩道にいた警官達は信じられないという風に、口を揃えてそう言った。 「そんなことが…。」 乱れた息を整え、思考回路を正常に働かせようとしながら僕は言った。 冬の日の凛とした青空を見上げながら、彼の様子をもう一度思い返す。 「君に知らせておこうと思って…。」 そう言った彼の言葉…。 彼の仕種…。 そして、今日という日…。 僕の頭の中で、様々な記憶の断片をつなぎあわせる。 「まさか…。」 僕は、今飛び出してきたばかりの病院の受付にとって返した。 「産科は?何階だ?」 朝の不安が現実のものとなりそうな、そんな嫌な予感がした。 思い過ごしであれば…。 僕はホールの壁にあるエレベータの表示階数を目で追いながら、そう祈った。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 僕の予感は当たっていた。悪いことに。 いなくなった筈の赤ん坊が誰も気付かぬうちに戻されてると、 新生児室は大騒ぎだった。 寒空にさらされたせいで低体温になっていたが、幸いなことに 命には別状ないらしい。 僕は胸から携帯を取り出してナンバーを押した。 僕の考えを確かめるために。 2コールでつながる。 「はい。FBIです。」 外線からの電話だと1オクターブ高い秘書の声がした。 「モルダーだ。カーシュ副長官につないでほしい。」 「ただ今、他の電話に出ておられますが。」 トーンを下げて、彼女はそう言った。 「長くかかりそうだろうか?」 「そうですね。至急の用件だとかで…。」 「何処から?」 僕の姿を見た看護婦が声をかけた。 「ミスター。ここでの携帯電話のご使用は…。」 僕は手で「わかってる」と合図をしながら、背中を向ける。 「NY支局です。」 秘書の声が頭の中で響く。 背筋が凍りつくような、そんな気がした。 「わかった。また、かけ直す。」 そう言って携帯を切った。 やはり、彼は…。 彼は知らせたのだ。今日何か起こるということ。 それが、僕にとって幸運ではないこと。 幸運ではないことが、一体何を意味するのかは想像したくなかった。 「スカリー…。」 声に出して彼女の名前を呼ぶと、ますます不安が僕の胸をしめつける。 ちょうどその時、新生児室からカルテを抱えた看護婦が出てきた。 その名前を見て、僕は自分の考えが皮肉にも正しかったことを確信した。 レミエル・アンダース…。 「神の慈悲」を意味する、天使の名前だった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 課に戻った僕の姿を見て、周囲は一瞬水を打ったようになった。 「連絡を聞いたか?」 ウィラードが最初に声をかけた。 「いや…。」 僕が言葉を濁しているところに、カーシュが姿をみせた。 「スカリー捜査官が、犯人射殺の巻き添えに会ったらしい。  さっき、支局が血相を変えて連絡してきた。」 彼も少し上気していた。 「腹部貫通銃創だ。」 僕は、息を呑んだ。 「今、大学病院で手術中らしい。」 「容態は?」 「重傷だ。詳しいことはまだわからん。」 肝臓に当たっていれば、助からない。余程運が良くなければ。 「今朝の事件を警察に引継いだらすぐに、NYに向かいます。」 カーシュもさすがに引き留めなかった。 部屋を出ていく僕に、彼は背後から声をかけた。 「何かあれば、連絡させる。」 その「何か」という意味を想像する時間を僕は自分に与えまいと努力した。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 空港に向かう車の中で、僕は誰に祈ればいいのもわからないまま目を閉じた。 まだ、何処からも何の情報も入ってこなかった。幸いなことに。 彼女の身に…。 その現実を目の前にして、僕は自分がどれだけ彼女を必要としているかを また思い知らされる。 あの記憶…。 夜明けの病院の廊下。 真夜中の病室。 そして、眠れぬままカウチで迎える朝。 あの時、眠らなくても悪夢は続くものだと何度、思ったことだろう。 渋滞の中、僕は少しめまいがした。 僕は彼女の声も聞かぬまま、恐れているその瞬間を迎え、 冷たい亡骸に会うために、NYに向かっているかもしれないのだ。 「モルダー。私よ。」 彼女の声が、頭の中で響いた。 「モルダー。聞こえる?」 天使レミエルは僕に何を知らせたかったのか。 彼女の生…それとも死? 「無事でいてくれ…。」 僕はそうつぶやきながらハンドルを握り続ける。 だが、彼女の名前は声に出せなかった。 平静でいるためには、そうするしかなかったのだ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 1時間20分のフライトが永遠の様に感じられた。 着陸した途端、携帯の電源をオンにする。しかし、ナンバーを押そうとする 僕の指が躊躇した。 何処にかけるべきか迷ったから? 確かめるのが怖いから? それがどっちなのか確認することさえ、今の僕にはためらわれた。 僕は、相変わらず人でごったがえしているJFK空港のコンコースを、急ぎ足で くぐり抜けて、タクシー乗場へと向かう。 行き先を告げた僕の様子がよほどだったのか、ドライバーは返事もそこそこに 前を向き、車を出した。僕はうつむいて目を閉じる。 祈るために? いや、違う。もう、祈ってる場合ではなかった。 無事であることを信じるためだ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 外科のナースステーションは静まり返っていた。カウンターにいる看護婦に声を かける。 「今朝、FBIのダナ・スカリーという銃創患者が運ばれてきた筈ですが…。」 そう、一息に話しかけた。 「失礼ですが、御家族の方?」 「いや、同僚だ。」 彼女はうつむいて、メモをチェックしながら、 「手術は終了して、今615号室に…。」と答えた。 「容態は?」 「ええ。安定してます。今は眠ってると思いますけど。よろしければ、ドクター  から直接、話をお聞きに…。」 僕は最後まで聞かず、廊下を急ぐ。 喉の乾きをおぼえて、僕はようやく自分が朝から何も口にしてないことを 思い出した。 彼女は無事だった。 それを自分で確かめるために、僕は615号室の扉を開く。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 音を立てないように病室に入ると、彼女はやはり眠っていた。 眠っていて良かった…。何故かそう安堵する自分がいるのに気が付いた。 陶器の様な肌には青白さがまだ宿っていたが、酸素マスクからもれる微かな吐息が、 彼女が生きてここにいることを示していた。 僕は側の椅子に腰掛けて、しばらくの間、彼女の寝顔をぼんやりと見つめていた。 今日僕が見たことを伝えたら、彼女は何と言うだろう。 彼女が目を覚ますまで、こうして彼女の傍らにいたかった。 そう、これは永遠の眠りじゃない。朝が来れば彼女は目を覚ますのだ。 それは別に叶わぬ願望ではなかった。ただそれは最良ではないように思われた。 もし、彼女が目を覚まして、あの深い青の瞳で見つめられたら、僕はこれ以上自分の 思いを押さえられる自信はなかった。 間違いなく、彼女に告げる。 愛してる、離したくない。と…。 僕がそう言うことで、お互いの歯止めが効かなくなるのはわかっていた。 だが、僕達がそうなることで、彼女を後悔させたくなかった。 一度手に入れたものを抱え続けることの難しさ。そして失うことの恐怖。 一度手に入れたものを抱え続けることの難しさ。そして失うことの恐怖…。 頭の中で反芻すると、笑いがこみ上げて来て天を仰いだ。 違う。 それを恐れているのは彼女じゃない。 自分自身だ。 臆病なのは僕の方だ。 ああ、そうなのだ。 今朝、彼が来たのは。 僕自身の迷いがそうさせたのだ。 「すまない…。」 気が付くと言葉が口をついて出た。 「今日は帰るよ。」 そう言って彼女のまぶたに口づけをした。 彼女は眠り続けている。 「いい夢を。」 僕は病室を出た。あれほど欲していた、彼女の声も聞かずに…。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 外に出るとビルに切り取られた四角い空に、青白い三日月がくっきりと浮かんでいた。 僕は、だれかの画集にあった絵を思い出した。 高層ビルに囲まれた世界に、青い月が無機質に輝いているリトグラフだ。 『Lost his …』という題をつけられたその絵には、高層階のバルコニーに立つ 一人の男が遠景で描かれていた。 彼の周りすべてが青い月に照らされている。輪郭までもが鮮やかに。 広がる夜景を見下ろしているその男の姿がとても悲し気で、僕の胸を打った。 彼は一体何を失ったのだろう。 そして、僕は…? 僕は一体…。 涙が頬を伝わるのを感じた。 昼間の出来事、彼女の怪我、そして自分の想い…。 総てを支えられる程の強さは今はなかった。 ただ、立ちつくし、声を出さずに泣く僕を、月は何も言わず見下ろしていた。 end /-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/- このような拙作におつきあい頂きましてありがとうございました。 言い訳を始めると本編より長くなってしまいそうです。 ですから、あえて何も申し上げますまい。(汗) ムリヤリこじつけた面白くない展開に、付き合わせてしまった 方々へ深謝あるのみでございます。 これが次作への教訓になればよいのですが…。(ってまだ書く気…。) もし、御意見(御指導も含めて)、御感想などを頂戴できるのであれば 下記アドレスまでお送り頂けると幸いです。 knd-mh@pop07.odn.ne.jp 亜里