*本文の著作権は1013、c・カーター氏及び 20thFoxに帰属します。 〜〜〜〜〜〜ATTENTION〜〜〜〜〜〜〜 *この作品は、以下の条件を満たしている方にのみ読んでいただけます。     ・18歳以上である。     ・モルスカの物理的ロマンスに耐えられる。     ・「時間軸としては”One Son”のあとなのに、どうして      舞台が夏なんだ?」等と言った突込みをしない(ここ重要)  ・・・これらのうちひとつでも満たさない方は、即刻”戻る”をクリック  してください。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   <マーメイド 〜前編〜>   by akko 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ホテルの傍にある小さな林から、かすかに吹いてくる涼しくてさわやかな風が、初夏の避暑地 を満たしていた。  空を見上げると、限りなく晴れ渡った、突き抜けるような青い空。そしてそこから降り注がれ る、何物にも邪魔させないまっさらな太陽の光。  まるで、今日の良き日を祝ってくれているような空模様だ。  −−−−ガーデンパーティーにまぬかれたゲストたちは、口々にそう語っては、微笑みあって いた。    スカリーの瞳はホテルから出たとたん、その白いまでの陽の光に襲われた。  彼女はその身を太陽の下に置くや否や、掌で目を覆った。その日の太陽光線は、間違いなく彼 女のブルーアイズの許容範囲を超えていた。室内の暗がりになれていた瞳が、あまりの眩しさに 痛みさえ訴えてきている。  彼女はそのまま、目が明るさになれるのを待った。  サングラスさえあれば・・・彼女は内心舌打ちしたが、どのみちあっても、この場でかけるわ けにはいかないだろう、と、自分を慰めた。  ”身内だけのささやかなもの”などと銘打ってはあっても、パーティーはパーティーだ。その ような無作法が許させるわけがない。  彼女は今回、このプチホテルに完全なゲストとして招待されていた。  最近、新しいオーナーを得てリニューアルオープンしたばかりの、白くて愛らしい建物。彼女 にはその中の一室があてがわれ、美味しい食事と心地よいサービス、そして都会の雑然さとは無 縁の快適な2日間が約束されていた。  少なくても、ここの新米オーナー、アーサー・ワイズマンはそう言って彼女らを招待してくれ た。  ワイズマンはかつて”海軍将校”と呼ばれ、スカリーの両親の個人的な友人であったと同時に、 兄ビル・スカリーの上官でもあった老人である。彼女自身、幼い頃に遊んでもらった記憶がある ほど、スカリー家とは親しい間柄の男だ。  そんな彼も、先日晴れて海軍を退役。そしてそれまでの貯金とささやかな年金をもってして、 第二の人生を始めるべくこのホテルを買い取ったのだ。  そのホテルの晴々しいリニューアルオープンと、ワイズマンの第二の人生の始まりを祝うため の、ホテル中庭での祝いの宴。  スカリーは今、その中の一員になろうとしていた。  彼女は目が慣れてくると、既に盛り上がりを見せている中庭に歩き出した。  今日の彼女のいでたちは黒いスーツ仕立てのタイトなワンピース。ノースリーブだ。それにう っすらと化粧をして、耳朶には大きめの銀のイヤリングをしている。屋外での立食パーティーだ と聞いていたので、カジュアルで動きやすいものを選んできたつもりだ。  彼女は会場を颯爽と歩きながら、肌で感じられる、その場の開放的な雰囲気を楽しんだ。形式 ばった社交的なパーティーをあまり好まない彼女にとって、ここの、規模の大きなホームパーテ ィーといった趣は悪くないものだった。  彼女とすれ違う人々、何人かで集まって雑談に興じる人々、テーブルの上の料理をついばむ人々。  皆、空の青や芝生の緑に縁取られた顔に、くったくのない、素直な微笑を浮かべている。  スカリーはそれにつられーーーーここ数日の不機嫌にもかかわらずーーーー理由もなく微笑み を見せそうになった。  「ダナ、ダナ!」  行く当てもなく芝生の上をさまよっていると、自分を呼びとめる声が聞こえてきた。  「兄さん!」  振りむくと、そこには兄ビル・スカリーが頭の禿げ上がった恰幅のいい老人と立っていた。  「まったく遅いよ。こんなとこにまで来て、洋服選んでたのか?」  「ビルったら、失礼なこと言わないで!」  彼女は、兄の顔にも同じ笑みがあるのを感じて、微笑み返した。  「さて、ダナ、ご挨拶は?」  ビルはそういうと、となりの老人に目配せした。  「ええ、お久しぶりですわ、ワイズマン将軍。」  スカリーがその微笑を老人に向けていうと、彼は恥ずかしそうな顔をしながら彼女を抱擁した。  「はは・・・ダナ、将軍はやめてくれよ。私はもう、一介の退役軍人に過ぎないのだから。」  「そんな、謙遜しなくても・・・」  彼女は彼を抱き返しながら言った。  「謙遜もなにも、純然たる事実だよ。」  「でも、そう呼ばれて、未だに悪い気はしないでしょ?」   この彼女の言葉に、男二人は笑い声を上げた。  「きみは相変わらずだなあ。あの、小さかった頃の、素直で可愛いダナちゃんはどこへいって   しまったのかねえ?」  「同感ですよ、将軍。」  ビルが言った。  「このこは商売柄、理屈を捏ね回すことが多いせいか、気が付くと、素直さをまったく欠いた   子になってしまって・・・」  「理屈を捏ね回す?そうじゃないでしょ、ビル。私は科学者として、職務に忠実でありつづけ   ているだけだわ。」  そう言って、彼女は男二人の笑いの渦に混ざった。  「そうそう、ダナ。」  ワイズマンが、きょうだいのやり取りに割って入ってきた。  「商売と言えば、最近、FBIの仕事は順調なのかね?」  ーーーーその言葉に、彼女の笑みが凍りついた。  老ワイズマンの言葉はそのまま冷たい突風となり、彼女の心にある空洞を吹きぬけ、痛みだけ  を残して通り去る。     仕事・・・彼女の仕事・・・FBIの・・・Xファイルの・・・  ”順調ではない”とはまず言えない状況ではあった。彼女と相棒のフォックス・モルダーは一 時期配置転換によって屈辱的な仕事ばかり押しつけられてきたが、先日、二人が五年かけて守っ てきたXファイルに再任されたばかりだった。  自分たちの仕事を、オフィスを、そして信念をその手に取り戻せたのだ。順調でないわけがな  い。  しかし彼女は、その老ワイズマンの問いに、イエスと答えることをためらった。  「え、ええ、まあ、そこそこに・・・」  「ん?あんまり調子よくなさそうだね?」  ワイズマンは彼女の目を覗きこんで言った。  スカリーは彼のそのしぐさに、自分が小さな子供になったような気分になった。彼は時に、彼  女のことをひどく幼い少女のように扱う。それを悪い気せずに受け止められるのは、彼の中に父 性を感じるからだ。  彼女は頬を紅潮させ、言った。  「決して上手く行ってない訳じゃないんだけど・・・仕事そのものは・・・」  「それじゃあ、他に何か問題でもあるのかね?」  「ちょっとした人間関係のもつれ・・・とだけ言っておくわ。」  ワイズマンは彼女のその答えに、大げさに驚いて見せた。  「ダナぁ、らしくないなぁ。どうした?相棒と喧嘩でのしたのか?」  スカリーはその言葉に、傍らの兄が顔をしかめるのを見逃さなかった。ビルはモルダーを疎ん じている。スカリーがモルダーと組み始めてからのことを考えると仕方ないこととはいえ、彼女 は今まで、モルダーに対して行きすぎた態度をとる兄を宥める立場を保ってきた。仲良くして欲 しいとは思わないが、自分のために、二人の間に妙なしこりを生ませたくなかったからだ。  特にここ数日のような、モルダーとスカリー自身の間に、妙なしこりを持ってしまってるとき は・・・。  「まあ、そんなところよ。」  彼女は苦笑していった。  「それはよくないなぁ、ダナ。だいたい今日は、彼もここに来てるんじゃないのか?」  「だって、ママが勝手にモルダーを招待するんだもの・・・」  「言っとくけど、俺は止めたんだぜ。」  彼女が言い訳がましく言うと、彼女の兄は、憤りを隠そうともせずに言った。  「まったく、母さんどうかしてるよ。よりによってあんな奴を・・・」  「こら、ビル」  彼の吐き捨てるような言葉に、ワイズマンは叱りつけるように言った。  「仮にも妹の仕事仲間を”あんな奴”呼ばわりするとは何事だ?!」  「将軍、あなたは奴のことを何も知らないからーーーー」  「もういいわ、この話は止めましょう。」  このままでは言い争いになりかねない様子を見て取ったスカリーは、それに割って入った。  「ねえビル、それに将軍も、折角のおめでたい席なんだから、もっと楽しい話をしましょうよ。」  彼女が笑顔を向けると、ワイズマンもそれに習った。  「ああ、そうだな、ダナの言う通りだ。」  ビルかそれでも何か言い足りなげな顔で訴えてきたが、かつての上官の一瞥で、しぶしぶ引き 下がった。  三人は給仕を呼び止め、それぞれ飲み物を手にすると、カシャンと快い音を立ててグラスを合 わせた。  その瞬間、よそ見をしていたスカリーの視界に、自分たちとはまったく別の端で雑談に興じて いるモルダーの姿が入った。  彼女は、そんな彼の姿に奇妙な喪失感を覚えながら、目をそむけた。    モルダーとスカリーは月曜の夕方からこの週末まで、裕に一週間近く口をきいていなかった。  その主な理由は仕事上の行き違いだった。スカリーが2日間アカデミーで教鞭をとることを 依頼された翌日にはモルダーがプロファイルに駆り出され、その翌日には再びスカリーがラボ 入りと、口どころか顔すら合わせていなかったのだ。  しかし、そのようなことは今まででも稀ではなかった。  いままでは、仕事ですれ違うことがあっても、お互いの声を聞かない日など、一日たりとも なかった。携帯電話に家への来訪、ひどい時にはラボへの強襲。オフィスで会わなくても、彼の 声を聞く機会など、いくらでもあった。  しかし今回は、その中のいづれのことも、彼女の身には起きなかった。  いや違う。起こさせなかったのだ。  彼女はこの一週間、仕事に行き違いにかこつけて、自分でも知らないうちに彼と交わるのを 拒否していたのだ。      「再任おめでとう、フォックス。」  二人のXファイル復帰初日の夕方のことである。  ダイアナ・ファウリー捜査官が二人の・・・そして前日まで自分のだったオフィスを訪れた。  彼女は入り口から、デスクに座ってるモルダーに言った。  突然の珍客に、PCを打つスカリーの手が止まった。  「ファウリー捜査官、何か忘れ物でも?」  その言葉に、ダイアナは始めてスカリーの存在に気づいたような顔をしてみせた。  「いいえ、ただ、それだけを言いに来たのよ。」  「ありがとう、ダイアナ。」  スカリーの傍らで書類とたわむれていたモルダーが言った。  「ねえ、フォックス。」  彼の言葉に、ダイアナはつかつかと中まで進みこんだ。  そしてデスクの上に投げ出されていたモルダーの掌にそっと自分のそれを置く。  「もし私が必要になったらいつでも言って頂戴。私は役に立つ女よ。」  「ああ、そうするよ。」  ダイアナはモルダーの言葉を聞くと、安心したようににっこり微笑んだ。    スカリーはそれを横から盗み見ていた。  ダイアナの微笑みに、スカリーの胸が一瞬吐き気を覚える。  そのとき彼女の目に飛び込んできたのは、「昔」を盾にして一人の男にすがりつく、プライド を欠いた見苦しい女の姿。   スカリーは、その彼女の姿を心から嫌悪した。  ああはなりたくない。彼女は思った。  自分の行動や感情を決めるのは自分自身でなければならない。それは、彼女の人生における前 提条件のようなものだった。今自分のすべきことを、一人の男の考えに左右されるなんてもって のほかだ。彼女はそう在るべき自分の存在を守るべく、最も尊敬していた父親にだって逆らって きたし、当然モルダーに対しても、そうすることを選択肢のひとつとして自分の中に残してきた ・・・つもりだった。  −−−−彼女の神経がピキンと凍りついた。  ”つもり”という言葉を心の中でつぶやいた瞬間、ダイアナへの嫌悪が自分へのものにとって 代わるのを感じたのだ。  私は過去に、今の彼女とまったく同じ事をしてしまってる・・・。  彼の手を取り、今まで二人で築いてきた信頼関係に訴えた自分。  そして、その直後に交わした、二人の会話・・・  「どちらかを選べと言うのか?」  「私の判断を信じて欲しいの。」    ドアが閉まるバタンという音で、スカリーは我に帰った。  いつのまにかダイアナは出てゆき、オフィスには再び彼と彼女が取り残された。  そして、それまでどこを見るでもなく宙をさまよっていたスカリーの視線が、はたとモルダー のそれと絡み合った。  彼女の顔が紅潮する。  彼の、突き放すような冷たい視線に、あのときの会話と自分の姿が鮮やかに蘇った。  自分の前提条件を自ら崩してしまった、過去の自分との対面・・・  −−−−どちらかを選べと・・・私の判断を・・・・  私はこの男にすがってしまったのだ。  「何か言いたそうだね、ダナ。」  不意の彼の言葉に、彼女は不機嫌そうな一瞥をくれると、再びPCに向かった。  「いいえ、別に。」  スカリーは勤めて平静を装い、キーボードに指を滑らせる。  「そうかい?そんな風にはとても見えない。言いたいことははっきり言った方がいいぞ。」  彼の切り返しに、彼女は本当に吐きそうになった。  ・・・これは私だけの問題なのに・・・。   そして吐き気は苛立ちとなって、彼女の口から流れ落ちる。  「そうやって、誰もが自分のことを気にかけていると思いこむ人のことを、一般には自意識過    剰とかナルシストって呼んでるの、知ってる?」  「おいおい、おだやかじゃないな。」  モルダーはおどけて見せたが、言葉の内に憤りを孕んでいるのは見え見えだ。  「何そんなにいらついてるんだ?彼女が来たのがそんなに気に入らないのか?」  スカリーのこめかみが、一瞬ぴくりと引きつった。  その彼の台詞は、つまらない感情に身を任せるつまらない女への指摘そのものだ。  彼女は、自分がそんな俗物に見られたことに、次第に彼への憤りを募らせた。  「モルダー」  彼女は彼の方にくるりと向きかえると、冷淡に言った。  「あなた、いつからエスパーになったの?」  「はん?」  「人の考えていることを勝手に決めつけて。一体何を根拠に、私がそんなことを考えてるって   言ってるわけ?」  「おお、違うのか!?」  スカリーの攻撃的な態度に、モルダーもムキになって言い返す。  「まいったな、僕の透視能力も落ちたらしい。」  スカリーの頭に、全身の血が一気に上った。  始めは、彼女のジレンマが生み出した純粋に彼女個人の問題だったものが、その一言によって、 彼をもまき込みかねないものになってしまった。  彼に取りすがってしまった見苦しさや、今までの自分を覆すような真似をしてしまった自分と 闘う苦しみが、自分をどうしても嫉妬女にさせたがってる彼への怒りにとってかわる。  「・・・まったく、自意識過剰も、そこまでくると立派なものね。」  スカリーは怒りが爆発しそうになるのを、ぐっとこらえて言った。  「自意識過剰はお互い様だろ?」  「私の一体どこが・・・」  「さっき君は、君が僕のことを考えていると決めつけてるって言ったけど、君のほうこそ、ど   うして僕がそう考えてるって思ったんだよ。それこそ自意識過剰じゃないか。」  一気にまくし立てられた彼女は、言葉を失った。  自意識過剰・・・ある意味、その指摘は当っていた。  そもそも、彼にすがってしまったと感じていることそのものが、大いなる考え過ぎなのだ。あ の状況なら、誰だって彼女と同じ行動をとっただろうし、「どちらかを・・・」などど言われた ら、自分を信じて欲しいと思うのは当然のことだ。それに、あの程度のことで自分自身を覆して しまったなどと嫌悪すること自体、冷静になって考えれば、誇大妄想以外の何物でもない。  しかし、それを認めるには、既に彼への怒りが大きくなりすぎていた。  「ほら」  彼は言葉を続けた。  「お互いに自意識過剰だナルシストだって言い合ってるより、言いたいことをはっきり言った   方が建設的だとは思わないか?」  彼女はいらだちを胸の奥にぐっと押し込めると、再びPCに向かった。  「言いたいことなんて、何もないわ。」  そして、キーボードを半ばたたきつけるように打ちながら言った。  「どのみち、あなたにいったってわかるような話じゃないもの。」  お願いだから、もう私の感情に絡まないで!  彼女は心の底で叫んだ。これ以上とやかく言われたら、本当にあなたまで巻き込んでしまうじ ゃない。  しかし、そんな彼女の言葉に、彼の頭にも血が上ってしまった。  彼は平静を保つため、なおのこと冷たい口調で言った。  「・・・今日の君は、随分礼儀知らずだな。」  「礼儀知らずはどっちよ。」  そんな彼に、彼女も応戦する。  「僕はただ、できちまった膿は吐き出した方がいいって言ってるだけだぜ?」  「そこが礼儀知らずだってのよ。どうしてあなた、私に膿ができてるって判るのよ?」  「見てりゃ判るさ。わけありげに眉をつり上げるところも、意味ありげに肩を怒らせるところ    も、みんなまとめてその証拠だ。」  その言葉が彼女の耳に届いた瞬間、  彼女は、彼をまき込まざる得なくなったことを悟った。   彼女は突然、がたっと大きな音を立ててたち上がった。  そしてPCの電源を落とし、荷物をまとめ始める。  「おい、どうするんだ?」  「帰るのよ。」  もう、こんな話はしたくない。お互いを、自分のジレンマや彼への怒りから助け出すためには、 彼の傍を立ち去るしかない。  「どうやらここには優秀なエスパーがいるみたい。これ以上、心を読まれちゃたまらないでし   ょ?」  「それじゃあ君、自分がナルシストだって認めたも同然だぜ?」  「ええ、それで結構。」  いつまでもこんな口論を繰返して彼への怒りを膨らませるより、そっちの方がよっぽどいい。  「じゃ、私、明日からアカデミーだから。」  彼女は彼に一目もくれずに支度を整えると、さっさとオフィスを後にした。    これが二人の最後の会話となった。    その後数日間のすれ違いは、予期せぬことではあった。  しかし彼女はそれを、好都合だと考えた。  彼女はそれ以来、彼に対して恐怖にも似たようなものを感じていたのだから。  彼はあの、見苦しく取りすがり、情けない台詞を吐いた自分を知っている。そんな彼と今の状 態で交わるというのは、とりもなおさず、あのときの自分ともう一度対面することに他ならない。 ”自意識過剰”から自らをを解き放てない今の自分に、そのことに耐えられる自信はない。彼女  はこの断交をフルに利用した。自分でも気がつかない内に、電話のベルやドアのノックの全てを  拒絶すらしていた。自分を、彼への怒りと、自分自身から守るために。  ・・・だが、一週間は長すぎた。  その代償として、日を重ねるにつれ、モルダーとの間に作ってしまった溝が、大きく深くなっ  てしまっていたのだ。  そして久しぶりに彼の顔を見ることになった今日、その溝から生れた気まずさは、飽和状態に 達そうとしていた。  パーティーが始まったばかりの頃に吹いてきていた爽やかな風も、次第に強くなる日差しに萎 え始めていた。  太陽はじきに頂点へ達するころだろうか?スカリーは自分の肌のあちこちが汗でじっとりし始 めるのを感じながら、空を仰いだ。  彼女の首筋を伝っていく一筋の汗が、やがてワンピースの襟を越え、胸元へとすいこまれてい く。  彼女は、他の招待客とのひとときを、ほとんどワイズマンのそばで過ごした。彼の傍はいごご ちがいい。彼は、スカリーの想像以上に優れたホストだ。  「ダナさんはお父上に似て、とても優秀な方だそうで・・・」  昔、父の部下だったという中年が言ってきた。  「いえ、そんな・・・」  「照れるもんじゃないよ、ダナ。彼は父上を誉めたくてこう言ってるんだ。」  ワイズマンの一言に皆が一斉に沸く。  そしてそれを切っ掛けに、その場はビルを取り囲む、スカリー大佐の思い出話の会になってい った。  スカリーは、そんなまわりの様子を、ただぼんやりと眺めていた。  話の輪に入ることも、笑いを共有すろこともなく・・・  パーティーが始まったばかりの頃の、理由もない微笑ましい気分すら、何所かに落としてしま ったような気がする。  −−−−きっとそれは、暑いせいだ。  彼女は自分に言った。  汗を掻きながらお酒を飲んで、おまけに立ちっぱなしでいるから、少し疲れたんだわーーー。  「・・・ナ、ダナ。」  傍らの自分を呼ぶ声に、スカリーは我に帰った。  見ると、ワイズマンが彼女にだけ聞こえるように耳打ちしてきている。  彼の微笑みに、彼女のとっさに作り笑いをして見せる。  「なんです?将軍。」  「たのしんどるかね?」  「ええ、勿論。」  その彼女の答えに、老人の微笑が少しばかリ曇った。  「ならいいんだが・・・さっきから、君がどうも違うことを気にかけているように見えてね。」  「あら、そんなことないわ。」  「そうかい?でもその割にはさっきから視線が泳いでばかりだ。」  「そんなこと・・・」  「相棒のことを考えていたね。」  「−−−−!!」  老人の言葉が、スカリーの胸を突いた。  彼女は突然の指摘に、返す言葉も見つけられないままうつむいた。  「・・・違うわ。」  彼女が搾り出すようにこうつぶやくと、老ワイズマンは父親のようなやさしい眼差しをスカリ ーに向け、言った。  「それじゃあどうして、さっきから私の影に隠れてばかりいるんだ?まったく君らしくないよ。」  「そんなこと、してない。」  「そのくせ、気がつくと無意識に彼を探したりしているね。」  「してないわ・・・」  スカリーは、自分が小さな子供のが駄々をこねるように反論していることに気付き、頬を紅潮 させた。  「・・・そんなに、彼が嫌なのかい?」  スカリーは首を横に振った。  「じゃあ、怖いのか?」  「違うわ、そんなんじゃないの。ただ・・・」  彼女は少しづつ語り始めた。  「・・・彼と最後に会ったとき、少しばかり口論をしてしまったの。原因は・・・今考えると   他愛もないことなんだけど、それから色々と偶然が重なって、そのまま一週間も口をきかな   いままになってしまって・・・」  「気がつくと、話しづらくなってた?」  スカリーは瞼を伏せて、その問いの答えとした。  「・・・自分でも不思議でしょうがないわ。今まで自分がどんな風に彼と話をしていたのか、   どんな方法で彼の顔を見ていたのか、すっかり忘れてしまったような感じなの。」  老人は、少しばかり考えこむような視線を彼女に送りながら、言った。  「口論の原因は、本当の他愛もないことなんだね?」  「ええ・・・」  ・・・少なくとも、彼にとってはね。  彼女は、心の中で皮肉った。  彼の”自意識過剰”という台詞が、頭の中を一瞬よぎる。  冷静になったが故に、逆に鋭く突き刺さる言葉・・・  「そうかい、それじゃあダナーーー」  ワイズマンは一転して微笑むと、スカリーの手を取っていった。  「私に、君の相棒を紹介しくれんかね?」  スカリーは一瞬、自分の耳を疑った。  「え−−−?」  「折角来てるんだ、挨拶のひとつもさせておくれ。」  突然の依頼に呆然とするスカリーをよそに、ワイズマンはなおも言った。  「君たちがあんまり深刻に対立していたら、こんなお願いできないなとはらはらしてたんだ。   でもどうやら、その必要もなさそうだ。」  「でも・・・」  「心配する必要はないよ。彼と話すのは君じゃない、私だ。君は彼を紹介してくれたら、また   私の後ろにでも隠れていればいい。」  一抹の不安を残しながらも、このワイズマンの言葉に、折れない訳にはいかなかった。  彼女は覚悟を決め、ふうと溜息をつくと老人の手を握り返した。  「・・・判ったわ。でも、本当に紹介するだけよ。」  ワイズマンは満足そうにうなずくと、今度は輪の中で楽しそうに話しているビルにいった。    「おいビル、ちょっとダナを借りるぞ。」  かつての上官の言葉に、輪の中でビルの笑いが一瞬止まった。  「え?借りるって?」  ワイズマンはそれに答えようとはしなかったが、彼は妹の不安そうな表情を見て、察しをつけ た。  「将軍!一体ダナを何所へーーー?!」  彼は問いただそうとしたが、時既に遅く、手を取りあった二人はその場を離れた後だった。  モルダーは、一体老将軍とどんなつながりがあってここにいるのかいまいちよく判らない女性 たちに囲まれて、お得意のUFO話を展開しているところだった。  モルダーがやれUFOを見ただの乗っただのと話をする度に、周囲からは黄色い笑い声が飛び 出す。彼は気がつくと、ていのいい道化に甘んじていた。  ワイズマンとスカリーがその場についたのは、丁度そんな時だった。  老人が、こっちはこっちで楽しくやっとるようだな、と話しかけると、それに気がついた女た ちが黄色い声をそっちに向けながら取り囲む。彼はどうやら、若い女全般にとって、良きホスト であるようだ。  さっきまで話の中心にいたモルダーは、そんな老将軍の姿を見ながら、なぜだか微笑ましい気 分になっていた。  この、はげの老人の何所に、こんなにもてる理由があるというのか・・・  彼がそう思い、にやっとしたときだった。  「モルダー・・・」  脇から、聞き覚えのある声がした。  そこには、黒いタイトなワンピース姿に銀のイヤリングをして、白い脚と腕を開放的に伸ばし ている、彼の相棒がいた。  彼は、いつもオフィスで見るのと違う彼女のいでたちと、突然声をかけられてことに戸惑い、 頬笑みを失ってしまった。  「スカリー・・・」    彼のその戸惑いの表情に、スカリーは一瞬、切なさを覚えた。  スラリと背の高い、彼女の相棒。  彼が、私の知らないところで笑っている。  私の知らない彼が、ここにいる・・・  こうしてそはにいながら、彼女は彼を遠くに感じた。  「・・・その・・・久しぶりだね。」  モルダーが、しどろもどろに口を開いてきた。  「え、ええ・・・そうね・・・」  スカリーも戸惑いながら、それに答える。  しかし、それ以上会話が進まない。  二人の間に、お互いから隔離されていた空白の一週間が立ちはだかる。  今まで、お互いにだけは感じたことのなかった距離感、疎外感、居心地の悪さ、そしてそれら を全て含んだ得も言えぬ気まずさーーー。  スカリーは始めて、自分の自意識過剰を後悔した。  私の判断を信じて欲しいの・・・  彼女は、口の中に広がる妙な渇きと共に、その言葉を飲み込んだ。  「・・・将軍があなたを紹介して欲しいて・・・それで・・・」  「・・・そう・・・」  スカリーはモルダーの返事を聞くと、ワイズマンを呼んだ。  「こちらが私のパートナー、フォックス・モルダー捜査官よ。」  ワイズマンが女たちから離れて二人の間に立つと、スカリーは言った。それと同じように、モ ルダーにもワイズマンを紹介する。  男二人は握手をした。  「モルダー君、会えて嬉しいよ。」  「こちらこそ、将軍の数々の武勇伝、伺ってます。」  言って二人は微笑み合う。  そのモルダーの笑みは、スカリーの心に再び突き刺すような痛みを与えた。  さっき、自分を始めてみたときの表情との、この格差は何だ?  彼女はそれから視線を外すと、本当にワイズマンの後ろに隠れてしまった。  「私の古い友人に元FBIって奴がいてね、君の分析官としての有能さ、風の噂では聞いてい   たんだ。」  男二人の会話は続く。  「それは違うエージェントと間違っているのではないのでしょうか?」  モルダーは言った。  「FBIは勿論だけど、その周辺でうずまいている僕の噂がいいものであったことなんて、た   だの一度もありませんからね。」  そしてその後聞こえてくる、二人の笑い声。  スカリーはそれを、老将軍の後ろで聞きながら、得も言えぬ孤独を味わっていた。  私、どうしてここにいるのだろう。  どうして、立ち去ってしまわないのだろう・・・  「モルダー君、君はそうやって自分を卑下する癖があるようだが、それはよくないな。」  ワイズマンは、スカリーにもそうするように、モルダーにも優しく言った。  「他人ってのは、本人が思っているほど人を良くも言わんし悪くも言わん。君はそんな風に言   うけど、たとえばーーー」  −−−−突然、スカリーは自分の背中が軽く押されたのを感じた。  さっきまで、自分を影としていたワイズマンが、自分を会話の表舞台にーーーーモルダーの目 の前にーーーー引き立てたのだ。  「−−−−この子の母親なんぞは、君のことを、自分の信念をきちんと持った男だと、誉めて   おったぞ。」  ワイズマンは、スカリーの肩を抱きながら言った。  不意打ちを食らったスカリーは、驚きと惑いに視線を泳がせた。   そして、それがたどり着くのは、モルダーの瞳・・・  彼も、自分と同じように、戸惑いの視線を投げかけてくる。  その中にあるのは、孤独からくる、絶望的なまでの互いへの欲求ーーーー。  彼の視線から、目をそらすことができない・・・  「そ、そりゃあ、彼女は特別ですよ。」  モルダーは無理して彼女からから視線を引き離すと、言った。  「スカリー夫人はダナと同じで、広い心を持っておいでです。おかげで今日も、こんな素晴ら   しい場所にいることができますし、将軍にもお会いすることができました。」  「そう言えば君は、今日、マーガレットに紹介されたって言う話だったな。」  「ええ、最近もとの部署に再任されましてね、そのお祝いにと、誘ってくださったんですよ。」  ワイズマンはにやっと笑った。  「そいつは素晴らしい!モルダー君、じゃあここで、マギーに乾杯だ!」  モルダーもそれににっこりしながら答えた。  「それは良いお考えです。」  「ダナ、」  ワイズマンの呼びかけに、スカリーは身体中の神経を引きつらせた。  見ると、老人が懇願のウインクをしてくる。  「私とモルダー君に、飲み物をとってきてはくれんかね?」  「ええ・・・何でもいいかしら?」  ワイズマンが頷くと、スカリーは給仕を捕まえ、グラスワインを二つ用意させた。  「どうぞ、将軍。それとーーー」  −−−−モルダー・・・。  彼に伸ばす、グラスを持った手がかカタカタと震え、中の液体がそれにつられて微かに波を立 てる。  モルダーもそれに手を伸ばし、グラスを受け取ろうとした。  その時・・・  彼の指と彼女の指が、触れた。    感電にも似たショックが、スカリーの前身を貫いた。  長い断交のの後に、始めて感じる彼の身体。  その、微かな感触、弾性、体温・・・  二人の間を挟んでいたグラスが、音もなく、スローモーションにかかったように、指の隙間か らこぼれ落ちた。  ゴトンと鈍い音を立てて、芝生に転がるグラス。  鮮やかな緑に広がる、血のように黒い赤。  そして、それに合わせるように高鳴る、心臓の鼓動。  爆発しそうなほどに、全身が震え始める・・・    「・・・ダナ、大丈夫かね?」  ワイズマンが心配そうに言ってきた。  が、スカリーはすでに、おぼろげにしかそれを聞くことができなくなっていた。  「ええ・・・少し疲れてるみたい。失礼して、中で休んできます・・・」  彼女はまるで夢の中でつぶやいているように言うと、逃げるようにその場を後にした。    スカリーは客室へとつながる非常口からホテルの中に入ると、そのまま廊下の壁にもたれかか った。  今度は外の明るさに慣れてしまったせいだろうか、中はどんよりと薄暗く、ほとんど視界が利 かない。  中庭の暑さに反し、ひんやりとした空気で満たされた廊下で、彼女か必死になって呼吸を整え ようとした。  そうしながら、ついさっき彼の身体が触れた自分の体の一部に目をやる。  指・・・手・・・弾力・・・体温・・・彼の・・・身体・・・  気がつくと、彼女は彼が触れたその場所を、もう片方の手でうっすらとなぞりながらさっきの 感触を反芻していた。  その度に、異常な痺れが彼女の全身をかけめぐり、支配する。  鏡こそないが、彼女には今、自分の顔が限りなく赤くなっているのが判った。  ーーーどうかしているーーー!!  彼女は激しく頭を振り、そんな自分と戦った。  ほんの、ほんの数日彼に会わなかったくらいで、こんなに彼を意識するなんてーーーこんなに 彼を求めるなんてーーー!  彼女は自分を叱咤した。これこそ自意識過剰ではないか!!  しかし、それでも呼吸は落ちつかない。ほてった身体も冷めてはくれない。  どうして?彼の指?あれがいけなかったとでもいうの?それともまなざし?それともーーーこ れもただの、考え過ぎーーー?    彼女がそう、自問自答しているときだった。  ギィィという鈍い音と共に、非常口が開いた。  スカリーはそこから漏れてくる陽の光に、一瞬身構えた。  そして光が去り、再び辺りに薄暗がりが広がるとーーー  −−−そこには、モルダーが立っていた。  彼は、壁に貼り付いたままのスカリーを、まっすぐ見据えてきた。  彼女はそれから、目を離すことができない。  彼の視線から感じるものはーーー純粋な恐怖。  彼の瞳にあるのは、冷酷なまでの男の表情ーーーー。    全てはとっさの出来事だった。  彼は、足がすくんで動くことのできなくなってた彼女を力任せに引き寄せて、もう片方の手で 後頭部を抑えこみ、無理矢理唇を奪った。  彼女はもがいた。自分の中に侵入してくる彼をくい止めようと、両腕をばたつかせ、頭を振り、 己の舌で応戦した。しかし、力づくで自分を抑えこんくる彼に逆らうことができない。彼は拒否 しようとする自分の舌に強引に絡んできた。  彼の唇は、舌は、いつもの彼から想像できないほど器用だった。  それらは、彼女の唇の一枚一枚を激しく舐め回すと、、力で押してきてるだけとは思えないほ どすんなり彼女の中に入りこんだ。そして必死で抵抗しようとする彼女を絡め取ると、したい放 題に弄ぶ。  彼女は、自分が荒々しく掻きまわされるその感覚に、全身の毛を逆立てた。  自分が彼によってめちゃくちゃにされていく。支配されていく・・・  その、まるで別の生き物のような舌の動きは、次第に彼女の苦痛を興奮に変え、彼への恐怖を 高揚感に変えた。  そして、その新たに芽生えた感覚は、  −−−−彼女の暗い子宮に、淫らな火を灯した。    彼女はかっと目を見開いた。  そして次に、ありったけの力を込めて、彼を引き離す。  突然突き飛ばされた形になったモルダー。彼女はそのすきに、廊下を駆け出した。彼から、少 しでも遠ざかるために。  −−−−このままでは、流されるーーー。  しかし彼は追ってきた。  彼女が逃げようとすればするほど執拗に。  必死で逃げる彼女の片腕を、衝撃が襲った。  いつのまにか追いついていた彼が、乱暴に彼女の二の腕をつかんできたのだ。  その反動で、彼女の小さな身体は彼のほうへと引き寄せられる。  彼はもう片方の腕をそんな彼女のウエストに回すと、再び彼女を虜にし、そのまますぐ傍の部 屋へ引きずり込んだ。  中は客室のひとつだった。  窓にカーテンが引かれてないせいか、中は廊下よりは多少明るかった。  彼は彼女を部屋に引きずり込むや否や、彼女をほとんど投げつけるように壁に押しつけた。  その衝撃で、彼女の耳朶からイヤリングがひとつ飛び落ちる。  そして再び彼女を狂ったようなキスで責めながら、彼女の腰を持ち上げ、ワンピースの裾を捲 し上げる。  彼女にはこれから自分がどうなるのか、すでに分かっていた。  中庭で彼の身体を感じたときから、それは決まっていることだった。  でも、彼女の中の最後の理性が、いまだにそうなることを拒んでいた。  だめ、いやよ、やめて!  心の中で、彼女はそう叫んでいた。  しかし、実際の彼女は、自分の下着を剥ごうとする彼を手伝っていたのだ。  ストッキングごと下着を脱がせようとする彼の手の動きに、身体を少しづつよじりながら合わ せて。  彼女はあっという間に下半身を剥き出しにされた。  彼はまたもや力づくで彼女の膝を割ると、彼女の入り口をまさぐり始めた。  その指の動きに、彼女の身体が歓喜の叫びを上げた。そしてそれと同時に感じる恥辱、羞恥 心ーーー  しかし、それらを全て感じきれるほど長く、彼はそうしてはいなかった。  彼はほんの数秒そうしていたかと思うと、突然指を引っ込め、いつのまにベルトを外したのか、 今度は彼自身を挿入してきたのだ。  彼女の下半身を、鈍い痛みが襲った。彼の一突き一突きが、彼女を果てしない苦痛に追いこむ。  こんなセックスは始めてだった。前戯もなければ愛のささやきもなし。しかも、服も着たまま で、ベッドでもない場所で。自分の都合などまったく考えてはもらえない、ただ荒々しいだけの、 運動。  彼の動きが、一段と激しくなってきた。  それと同時に彼女の中に膨れ上がったのは、誇らしさ。  始めて尽くしの体験をしている自分への。そして、彼にもそれを体験させている自分への。  腰の痛みはほどなく、落ちるような快感に変わった。  彼女は激しく自分を突き上げる彼の背中に、爪を立ててしがみ付き、口から快感の喘ぎが出そ うになるのを必死でこらえた。暑かった。苦しかった。落ちる、落ちてしまう。でもだめ。どう して?だめったらだめよ。こんなにいいのに?それは違うわ。どう違うの?・・・ああ、でもも う・・・。  悦びの声を我慢でき無くなりそうになった直前ーーーー  −−−−彼が、彼女の中で爆発した。  彼の身体が自分の腕の中でわずかにのけぞると、全てが止まった。  彼の運動も、自分の悦楽も、果てしなく続くと思われた興奮もなにもかもーーー。  窓から差し込む陽の光が、二人の足元にずっしりと横たわっていた。   二人はその状態で抱き合ったまま、お互いの息遣いだけを聞いていた。  彼の呼吸は、ただ荒くなっていた。自分の胸越しに感じる心臓の鼓動も、休みを欲しがってい るのが判るほど、激しく脈打ってる。  そして、自分も彼と同じようになっていることに気付くと、呆然となった。  今の二人の姿を想像でみたスカリーの頭の中に、突然理性が呼び戻される。  モルダーは彼女の身から自分を引き抜くと、そのまま脱力して、床に座り込んだ。スカリーも、 それにつられるようにその場に崩れ落ちる。  今の激しい行為で取れそうになっていたもう片方のイヤリングが、その拍子に彼女の耳朶から 零れ落ち、カーペットの上に転がった。  二人の間の時間が、つかの間静止した。  殺風景な部屋に、ふたりの荒い息遣いだけが、こだまするーーーー  「・・・あなた、最低よ・・・」  先に沈黙を破ったのは、スカリーだった。   彼女は壁にもたれかけ、息を切らしながら言った。  そして言いながら部屋の中を見まわすと、小奇麗ながらも殺風景な部屋と、自分のすぐ傍に見 慣れたバッグが目に入ってきた。・・・ここはビルの部屋だ。  知らずにしたこととはいえ、スカリーは自分の大胆さに、顔から火を吹きそうになった。  「・・・挑発する、君も悪い。」  彼女の言葉に、彼も息を切らしながら言う。  「私が、いつそんなことをーーー」  「ずっと僕をさせてたじゃないか!」   彼は声を荒げた。  「君の、あのあからさまな態度が僕にとってどれだけ刺激になっているのか、今まで考えたこ   ともなかったのか?!」  スカリーは絶句した。  そんなこと、考えたことあるはずもない。今までどんな状況下ににあろうと、自分たちの領分 を守ってこられら二人なのだ。それがこんなことで・・・  しかし、彼女は思い出した。  自らを彼から隔離することによって、どれだけ彼を意識することになったか。−−−−自分自 身を挑発することになったのかをーーーー。  「だからってこんなやり方・・・」  彼女はこうとだけ言うと、うつむいてしまった。  「ひどい、なんて言わせないぞ。」  その、彼の言葉の持つ理不尽さに、彼女の頬がうっすらと赤くなった。  彼女は、軽蔑するような視線で彼をにらむと、そのまま背中を向け、さっき脱がされた下着を 拾い始めた。  「・・・呆れて、言葉も出ないわ。」  言いながら、彼女は下着を身につけ始める。  「あきれて?そりゃどういう意味だ?」  彼も彼女に習うように後ろを向くと、自分の身を整え始める。  「こんなのがひどくないって言うのは、これが普段のあなたのやり方だからでしょ?まさか、   セックスまでこんなにSpookyだったなんて・・・」  「ご冗談!!僕だってこんなの始めてだよ。」  彼は、背中を向け合っている相棒に叫んだ。  「でも君、悦んでたじゃないか。」   彼のその台詞に、ストッキングを手繰る彼女の手が、一瞬止まった。  その時彼女の中に生れたのは恥辱の念、そして怒りーーーー自分を力づくで支配した彼の、な おも傲慢な態度への。そして、それを否定できない自分へのーーーー。  彼女は、そのあまり気絶しそうになる自分を鞭打った。  「−−−−ひとりで勝手に楽しんでたあなたに、どうしてそんなことが判るのよ?」  彼女は必死でプライドをかき集めると、言った。  「そりゃあ判るさ。」  彼もそれに言い返す。  「何?またお得意の透視能力で、私の心を読んだとでも言うの?」  「いいや、今回のは根拠付だ。」  「根拠ですって?」  「ああそうさ、まず第一に君はーーー」  「やめて。」  「どうして?」  「聞きたくないわ。」  「なんで?」  「こんな話・・・馬鹿馬鹿しい。」  「馬鹿馬鹿しい?そうじゃないだろ?」  背中越しに聞こえる彼の声がひきつった。  「君は認めたくないだけなんだよ。僕とのセックスで感じそうになったことを。何でだ?恥ず   かしいからか?いや違うな。認めたら、僕に負けることになろとでも思ってるんだろ?君の   考えそうなーーー」  「やめてってば!!」  ストッキングまで履き終え、乱れたワンピースも整え、さっきまで彼の背中に爪を立てて必死 になって喘ぎ声を抑えていた女とはまったく別人になったスカリーは、すっくと立ちあがって彼 を見下ろした。  「あなたの自意識過剰に付き合うのはもう沢山だわ。まったく、大した自信じゃない。」  「自意識過剰は君だろ?」  彼も腰を上げると、彼女の前に立ちはだかった。  「そうやって拒否することで、相棒に犯された悲劇のヒロインにでもなるつもりなんだろ?最   後にオフィスであったときのように。」  「何よそれ・・・」  スカリーは、絶望にも似た屈辱に、言葉を失った。   ダイアナの姿に、自分の見苦しい姿を思い出してしまった苛立ち。それから発した、彼への怒 り。ーーーーそんな、早く忘れてしまいたい、もとい、すでにほとんど忘れていた感情が、今さ っき彼から与えられた肉体的、精神的恥辱とあいまって、彼女に襲いかかってきた。  「あれ以来君はむきになって僕を避けてきたじゃないか。そんなんで、可哀想な自分を演出し   たつもりなのか?」  「そんなんじゃないわ。」  あれ以来、彼女が避け続けてきたのは、見苦しい姿を彼に見せてしまった自分自身だ。  しかし、それを口にして上手く説明できないもどがしさが、なおも彼女の心を締めつける。  「じゃあ、どんなつもりで僕を避けてたんだ?−−−そうか、判ったぞ。君は始めから僕を挑   発するつもりだったんだろ?」  「−−−−馬鹿なこと言わないでよ。」  「馬鹿はどっちだ?どのみち結果は同じじゃないか?」  「もし仮にーーーー」   彼女は一息つくふりをしながら、言葉を探した。  このままでは怒りに負けて、何も言えなくなってしまうーーー。  「−−−−私にあなたを挑発するつもりがあったとするわ。そしてそのたくらみは成功した。   望み通り、あなたをその気にさせることができた。喜ばしい勝利よ。それなのに私の心は晴   れないわ。  それどころか、あなたの傲慢さに腹を立てるばかり.それはどうしてなのか、    教えてよ、エスパーさん?」  「それはあれだよ、君は僕だけイッたことが気に入らないんだ。心配するな、これは貸しにし   といてやる。」  彼がそう吐き捨てるように言ったとき、  ーーーー彼女は怒りに負けた。  目の前が真っ白になった彼女は、気がつくと片手を振りかさし、憎しみのこもった一発を彼の 頬にお見舞いしていた。  中庭では、暑い日差しが照りつける中、なおもパーティーが続いていた.  父親の思い出話に花を咲かせるじいさんたちからようやく逃れたビル・スカリーは一人、パー ティーの雑然の中で妹を探していた.  「ダナ!」  程なく彼は、黒いタイトなワンピースに身を包んだ後姿を発見した。あれは間違いなく彼の妹 のものだ。  「探したぞ。」  追いつきざまに彼はいったが、返事は返ってこなかった.  それどころかその女は、これの言葉などまったく耳に届かないかのように、ずんずん進んでい く。  「おい待てよ。」  ビルは戸惑い、その後に追いすがりながら話しかける。  「突然いなくなるから心配したんだぞ。将軍の話だと具合が悪そうだったって・・・」  しかし、それでも女は振りかえろうとしない。その態度にビルはいらだった。  「ダナ、何とか言えよ!」  業をにやした彼は、その腕をつかむと強引にこっちを向かせた。  −−−−と、彼は驚きと嫌悪に、息を飲んだ。  極度の憎しみに歪む表情。悔し涙に濁る瞳。そしてその涙の伝った後に残る、不気味な名残・・・  それは、彼が見たことのある中で、一番醜い妹だった。  「ビル・・・お願い、今は誰とも話したくないの・・・」  彼女は濁った瞳を、まっすぐ兄に向けて言った。  「ダナ、そんなに悪いのか?」  彼はいたわりの言葉をかけてきたが、彼の妹は何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。  ビルはそんな妹の様子に、心底心を痛めた。  「なんなら医者に・・・」  が、彼女はなおも首を振るばかりだっら。  彼はふうっと溜息をつくと、ためらいながら言った。  「言いたくはないが・・・またモルダーとの間に何か・・・?」  その名前に、彼は妹の瞳に、涙がどっと溢れるのを見た。   彼女の醜い表情が、すがるような懇願に、なおも切なく歪んだ。  「・・・おねがいよ・・・」  彼女はかすれるようにそう言うと、兄の手をそっと振り解いた。  そして呆然と彼女を見つめる彼をその場に残すと、パーティーの人ごみの中に、姿をくらまし た。                                                                                                                ・・・後編へ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜     ===巻末中書き寸劇=== どんがらがっしゃーん(ちゃぶ台がひっくり返る音) 謎の読者「ばがやろうっ!!こんなFic読めるかッ!」 あっこ(おどおどしながら)「おねがい、暴力はやめて・・・」 謎の読者「うるせえっ、だまれっ!!」(読者、あっこを殴り飛ばす) あっこ「ああっ!」(殴られ、うつぶせになる) 謎の読者(あっこの胸座をつかむ)「なんだなんだ、このモルスカは?!」 あっこ「ごめんなさい・・・」 謎の読者「いい大人の二人が、こんなガキみたいな喧嘩するわけねーだろっ!」     (読者、あっこの右頬を打つ)     「それにこのスカリー、全体のどこ取ったって、こんな行動するわけねぇって      ので一杯じゃねーかっ!!キャラの研究はしたのか?!研究は!!」     (読者、あっこの左頬を打つ)     「あ?!お前の書いてるのは『らんま1/2』か?『機動警察パトレイバー』か?!      青くせえガキが主人公のふざけた青春漫画じゃねーんだぞ!!」     (読者、再びあっこの右頬を打つ) あっこ(読者の暴力にぐったりしながら)「・・・許して・・・」 読者、あっこの胸座を殴りつけるように突き離す。 その拍子にあっこはふすまにたたきつけられる。 べりべり、どん、がらがらーーー(ふすまに穴があき、外れる音) それと同時に、奥の部屋から赤ん坊の声がする。 謎の赤ん坊「ふんぎゃ〜〜〜、ふんぎゃ〜〜〜」 あっこ(よろよろと立ち上って奥の部屋で寝ている赤ん坊を抱き、ぐっと涙をこらえる)    「・・・ごめん・・・ごめんね・・・(泣)」 謎の読者「・・・子供なんて、いつ産んだんだ・・・?」                     ・・・続く(うそ)               感想、ご意見、ご批判(共に好意的なもの)をお待ちしています。 atreyu@jupiter.interq.or.jp