*本文の著作権は1013、c・カーター氏及び 20thFoxに帰属します。 〜〜〜〜〜〜ATTENTION〜〜〜〜〜〜〜 *この作品は、以下の条件を満たしている方にのみ読んでいただけます。     ・18歳以上である。     ・モルスカの物理的ロマンスに耐えられる。     ・あれこれ不満を感じながらも、前編は全部読んだ。     (ここ非常に重要)  ・・・これらのうちひとつでも満たさない方は、即刻”戻る”をクリック  してください。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   <マーメイド 〜後編〜>   by akko 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  夜のとばりが下りた。  照りつけるような太陽に演出されたパーティーも、そこで交わされた楽しい会話も、まるで 夢か幻であったかのように、闇はずべてを包んでしまう。  目の覚めるほど鮮やかな芝生の緑も、飲み残したワインの赤も何もかも・・・  この避暑地の夜の緞帳は重く、深い。  そして何者でも飲みこんでしまえるほどに、その黒は広い。  それを切り裂けるものは唯一、月の光だけ・・・。  その黒い幕は、スカリーの部屋にも当然のように降りていた。  彼女はベッドの上で毛布にうずくまり、一人、泣いていた。  あれから今日一日、何をしていたのはさっぱり覚えていない。  モルダーを打って、ビルに呼びとめられて、それから・・・  彼女の中を、いろんな感情がめぐった。  まさか、こんなことになるなんて・・・  突然の行為、乱暴な仕打ち、そして、ひどいとしか言いようのない、言葉の数々・・・  彼女は、自分にも非があったことを必死で認めようとした。  が、そうするにはあまりにも残酷な過去が出来上がってしまっている。認めようとすれば するほど、悲しみで胸がつぶれそうになる。彼女は生れて始めて、自分が汚されたと感じた。  もしかしたら、レイプの被害者も、こんな気持ちになるのかもしれない。  彼女は思ったが、それはすぐ切り捨てるに至った。  だって私は彼を愛している。  今まで、自分でも気がつかなかったほど深く・・・  ――――だからこそ許せない。  あの仕打ちが、あの言葉が。  でも一番許せないのは、  そんな感情とは裏腹に、身体だけはいまだに彼を欲している自分・・・  彼は毛布ごと自分を抱きしめると、何かをこらえるように、ぐっと自分を抱きしめた。  カーテンを引き忘れた窓から入りこんでくる月の光が、彼女の濡れた頬をうっすらと照らし 出している。  ・・・・涙が止まらない・・・  夜の闇がずっしりと降りた部屋の中に、彼女のすすり泣きだけが、切なくこだました。    コンコン・・・  始めのそれは、彼女の泣き声に消されてしまうほど小さいものだった。  しかし2回目のそれは、1回目よりも明確な意思を持ったかのように、はっきりとスカリー の耳にも届いた。  彼女は胸に、針でつつかれたような痛みを覚えた。  このノックの主は・・・わかってる。  「スカリー・・・」  その声に、彼女の心に激痛が走った。今持て余していた悲しみや怒りが、涙も新たにこみ上 げる。  「帰ってよ!」  彼女は叫んだ。  「あなたの顔なんか、見たくもない!!」  モルダーはそんな彼女の反応を予期していたのだろうか、それからたっぷり3秒も黙りこっ くたあと、小さく言った。  「・・・話がしたいんだ、入れてくれよ。」  「嫌よ!!」  彼女はぴしゃりと言った。  「話す事なんて、何もないわ!!」  彼の声が、一段と小さくなる。  「・・・君に会って、どうしても僕の気持ちを伝えたいんだ・・・」  最後のほうの彼の声が、微かに涙でかすれているのを、彼女は感じ取った。  さっきのとはまた違う、別の痛みが彼女の胸をちくりと刺した。  彼女はベッドの上でわずかに体を起こすと、闇の向こうのドアを見つめた。  あのあちら側には、自分と同じく、涙に声を湿らす彼がいる・・・  「・・・嫌・・・」  彼女は言ったが、それはもう、つぶやくような声になっていた。  一枚のドアをはさんで流れる沈黙。  それは次第に、闇の黒に縁取られ、重くて深い、夜のしじまに同化していった。   二人は長いこと、そのしじまの中で、互いのすすり泣きだけを、ただひたすら聞いていた。  お互いに、何が悲しくて、もしくは何が腹立たしくて泣いているのか、さっぱり判らないま ま・・・  やがてドアの向こうから、小さな声が聞こえてきた。  「・・・僕は君に、軽蔑されたくない。」  「今更何を――――」  「いいから聞いて。」  突然の大声に、スカリーは言葉を引っ込めた。  「最後にオフィスであったとき――――」  モルダーは続けた。  「――――君は僕を、軽蔑するような目で見た。最初はその・・・彼女がきたのがよっぽ   ど気に入らなかったんだろう、と思ったんだ。正直言うと、その時僕も君もことを、ち   ょっとだけ軽蔑したよ。でも、だんだん判ってきたんだ。君の軽蔑は、そんな単純なこ   とじゃない、もっと奥深いところから来てるって。それがどこから来てるのか、いまだ   にわからないけど・・・」  スカリーはドアを見つめながら、愕然とした。  彼には判ってたのだ。自分がいつまでもつまらない感情に身を焦がしてるような女ではな いと言うことが。  「・・・君が一体、何を軽蔑しているのかわからないのが、僕には気に入らなかったんだ。」  モルダーの苦笑が、スカリーの耳にも届いた。  「馬鹿みたいだろ?そんなことで、僕は子供のようにいらついてたんだ。君が何を思おうと、   君の自由のはずなのに・・・でも、君か軽蔑しているのは僕かもしれない・・・そう思っ   たとたん、むしょうに腹がたったんだ。それならそうと、言ってくれない君に・・・」  彼の自嘲が、再び聞こえてきた。  「僕は確かに自意識過剰だよ。それ以来、君が電話に出ないっていうだけで、僕は君に避け   られてるって、感じるようになったんだ。君にだって、電話に出られない理由のひとつや   ふたつ、あるってことは判ってるのに・・・」  スカリーは、自分の視界が滲むのを感じた。その瞳に、再び涙がたまり始めている。  心が痛んだ。彼の言うことは当ってた。成り行きでそうなったとはいえ、彼女は彼を避けて いたのだ。  それによって、彼をどれだけ傷つけていたのかを思い知らされ、彼女は少しばかり、自分を 恥じた。  「―――でも内心、僕は君と話せないことをほっとしていた。君の声を聞いて、オフィスで   の話をむしかえすようなことにでもなったら、お互いに嫌だろ?でも、今考えると、それ   は間違いだった。」  「・・・どうして?」  彼女は、涙声を隠そうともせずに聞いた。  「だって僕はそれで、君からなおも軽蔑されるようなことをしちまったんだ。君をその・・・」   その後に続く言葉を、モルダーは無意識のうちに飲みこんだ。  「・・・内心ほっとしていたくせに、僕は今日、一目で君に圧倒されたよ。久しぶりに見る君   は眩しかった。いつもと違う服装も、真っ白に輝く肌も、僕の知らないところで微笑んでい   る表情も・・・・君を始めて、遠くに感じた。淋しかった。辛かった。そしてそんな君が傍   にきたとたん――――僕は君が、欲しくなったんだ。」  彼の声が、再び涙にかすれ始めた。  「ごめん・・・こんなこと、言い訳にもならないことならないことは判ってるんだ。君の言う   通り、僕は最低だよ。あんなことをした上、僕をさけてたのが悪いなんて、君を責めたんだ。」  彼女の瞳からひとつづつ、大粒の雫がこぼれ始めた。そのひとつひとつが月の光に照らされ、 暗い闇の中で、黄金色の真珠のように淡淡しく輝く。  涙が止まらない。  でもそれは、悲しいからではなかった。  彼女の小さな胸には収まりきらないほどの切なさが、身体中から込み上げてきたからだ。  彼女は必死になって、毛布をごしに自分を抱きしめ、それを抑えこもうとした。  が、そんなことができるはすもないほど、それは広く、深かった。抑えきれなかったそれらは、 涙となって次々と彼女から流れ落ちた。  彼が自分にしたことは許せない。  自分のプライドが、許すはずもない。  しかし彼女は気がつくと、心の中でこうつぶやいていた。   モルダー・・・  ・・・私も淋しかった、辛かった、そして・・・欲しかった・・・  「それからもうひとつ・・・」  長演説を終え、しばらく黙っていたモルダーが口を開いた。  「・・・君、あの時イヤリング落としたろう。ごめんよ、隅から隅まで探したんだけど、どうし   ても片方しか見つからなかった・・・」  イヤリング・・・彼女ははっとした。  彼に今言われるまで、つけていなかったことはおろか、ビルの部屋に落としてきたことすら、す っかり忘れていた。  「・・・ここ、置いとくよ・・・」  ドアの向こうで、コトンという、かすかな音が聞こえた。  「じゃあ、お休み・・・」  そしてその次に聞こえてくるのは、彼の足音。  だんだん遠ざかっていく、彼の姿が目に浮かぶ・・・  彼の足音がすっかり聞こえなくなると、彼女はむっくりとベッドから起き上がった。  そして闇の緞帳の中、それをわずかに切り裂く月の光だけを頼りにドアへ向かう。  ノブに手をかけたとたん、彼女は驚きに目を見開いた。  鍵をかけ忘れた上、半ドアになっている―――   彼はその気になれば、いつでも部屋に踏み込むことができたのだ。    彼女はそっとドアを開けた。  誰もいない、かすかな非常灯だけに照らされた廊下。  そこに輝く、銀の一粒が目に入る。  彼女はかがみこんで、それを手に取った。  掌にずっしりくるほど質量感のあるそれは、ほんのりと温かい。  彼の体温の名残だ。  涙声で必死になって話しかけてくる最中、ずっと握りしめていたのだろうか?  その姿を想像した彼女に、うっすらと笑みが浮かんだ。  そしてそれと同時に、三度、彼女の瞳から涙があふれ出た。  その姿と、この掌にあるぬくもりから感じるのは、彼の真心。  ・・・もう一度、素直な気持ちでそれに触れられたら・・・  彼女はやるせない気持ちに視界を滲ませながら、イヤリングをそっと頬に寄せ、かすかに残る ぬくもりを、我が身に移した。  彼女の頬を伝う雫がイヤリングをもぬらし、いっそうのことその銀を輝かせていた。    夜の緞帳が下りているのは、モルダーの部屋も同じだった。  彼はただ一人窓辺に立ち、己の姿を月の光にさらしていた。  彼女は泣いていた。  ただひたすら、悲しそうに・・・  ドア越しに聞いた彼女のすすり泣きが、耳から離れない。  きっと僕を恨んでいるだろう。あんな言い訳で許してくれる彼女ではない。  仮に許してもらえたとしても、  僕が彼女にした仕打ちを、なかったことにする術はない――――。  彼は明かりもつけず、カーテンすら引き忘れた部屋の中で、深い溜息をついた。  月の光が、嫌にまぶしく目についた。  彼がそれに背を向け、窓際から立ち去ろうとしたときだった。  彼の視界に、やはり月の光に照らし出されたひとつの影が入ってきた。  彼は改まって窓の向こうを見つめると、そこには、中庭を横切って林の中に入っていこうとす る人の姿があった。  あれは・・・スカリーだ。      スカリーは中庭に立っていた。  ひんやりした夜の冷気が頬をなでる感触に、彼女の肌が淡い桜色に染まる。  月がとっても綺麗だ。彼女は見上げながら目を細めた。  この、絶望的なまでに深い闇も広い黒も、月の光が射しているというそれだけで、あたたかい、 懐かしいものにかわってしまう。  彼女はすぅっと深呼吸して、その夜と、芝生の匂いのする冷気を身体中にとりこんだ。  あまりにも新鮮な空気に、エクスタシーすら感じる――――  天にも昇り、月の光にとけていってしまいそうな感覚に、彼女は酔いしれた。  モルダーが去った後、彼女は始めて窓辺に立ってみた。  夜のとばりが降りきった中庭――――昼間の出来事の全てに無関心になっている風景が、目の 中に飛び込む。  彼女の心はそれに支配された。さっきまで抱えていた切なさややるせなさが居場所を失って、 心の中から逃げ出し始める。  彼女は目の前の風景同様、自分自身に無関心になった。  そしてそうなって始めて気が付いた、月の光の美しさ、夜の闇のあたたかさ。  彼女はそれらに誘われ、表に出た。     気の赴くままに中庭を歩いていた彼女は、気がつくと林の中に足を踏み入れていた。  芝生とは違う、湿った土の感触や、小さな草ぐさが腿を撫でる時のこそばゆさが、彼女を楽し ませた。  月の光も届かない林の中の神秘的な空気は、彼女を童心に戻していく。   感情の種類も少なく、傷つく理由も限られていたあの頃に、  理性よりも、感覚に忠実だった遠い昔に――――    辺り中を歩き回り、木の皮のざらざらに触ったり、適当な草を摘んだりして遊んでいた彼女は ふと、幹の立ち並ぶ向こうに、きらきら輝く一箇所を見つけた。  引き寄せられるように足を向かわせると、そこは――――  ――――小さな湖だった。    闇ばかりの林の中に開かれた、月の光の届く場所。  そこには、静かで清らかで、夜空の月の姿をそのまま映し出し、地上にもうひとつの月を作り出 している水面が広がっていた。  果てしなく黒くて深い、夜の湖。しかし月の光を内包しているせいか、この湖のある風景は、ホ テルの自分の部屋よりも、中庭よりも明るく、あたたかな感じがした。  スカリーは真っ白な心のまま、それに見とれた。  幻想的なその世界は、彼女の無防備で空っぽの心に直接なだれ込み、あっという間に彼女を満た した。  身も心も、その世界一色になっていく――――  それらに心を奪われた彼女は、この場所を欲した。  彼女はワンピースのボタンに手をかけると、ひとつ、またひとつと外し始めた。  全部外し終えると、ワンピースがするりと肩から滑り落ちた。  そして次に、下着の全てを脱ぎ捨てる。  一糸まとわぬ姿になった彼女は、そのまま湖に入っていった。  湖の水は、思っていたよりも冷たかった。  だが彼女はむしろ、それを楽しむように湖の奥ふかくへと進んでいった。  水が自分の身体をすりぬけるときの感覚が、たまらなく気持ちいい。  彼女が動く度に静かだった湖に小さな波が立ち、水面に浮かぶ月の光を、なおのこと輝かせた。   彼女は胸まで浸かる場所に来ると、そっと水を掻き、泳いでみた。  ひとかきするごとに起こる波やパシャパシャという音に、彼女は喜んだ。始めはほんの少しため すように泳いでいたのが、次第に大きく、激しくなっていく。  彼女はそうして泳いだり、時に思い出したように立ち止まっては月色の水をすくい、自分の上に 投げかけたりして、水とたわむれた。  水が小さな波紋を作ったり、月の光をゆらゆらさせる度に、生まれ変わっていくような気がする。  水に濡れて淡く光る自分の身体を、素直な気持ちできれいだと思った。  モルダーが彼女に追いついたのは、そんなときだった。  部屋でスカリーをたまたま見かけた彼は、ためらいながらも彼女を追って、林の中へ分け入って いた。  バシャバシャという大きな音につられて湖にたどり着いた彼は一瞬、目を疑った。  ――――あれは妖精か?  月の光に照らされて、神秘的に輝く裸体に彼は見とれた。あまりにも幻想的な世界に、それが彼 女だと気がつくのに数秒も要したほどだった。  彼は長い間、それから目を離すことが出来なかった。彼は何はばかることなく、その神秘に酔っ た。  ただただ美しい彼女を目の前に、何もすることが出来なかった。    しばらくすると、彼女がそこに立ちすくむ彼に気がついた。  湖の中で女神のように泳いでいた彼女の視線と、吸い付くように彼女に見とれていた彼の視線が ばったりと出会う。  彼はそれから、思わず目をそらした。文字通り、見てはならない女神の行水を見てしまった罪人 のように、自分を感じた。  「モルダー!」  しかし、彼女はこう叫んできた。  「あなたもいらっしゃいよ!」  彼はその台詞に驚き、再び彼女に目をやった。  そして再び、彼女に心を奪われた。  その愛らしい、無邪気な子供のような笑顔に――――。    彼はおそるおそる、岸辺まで近寄った。  「早くいらっしゃいって!」  「ス、スカリー、一体ここで何を・・・」  大きく手を振って叫ぶ彼女に彼は混乱した。  彼女に対して、そんな、今更なんの意味もない言葉しかかけることが出来ない。   「とっても楽しいわよ!」  言いながら彼女も、彼の傍に寄ってくる。  その髪や乳房から、真珠のような雫をたらしながら。  「で、でも・・・」  モルダーは、艶めかしくも神々しい彼女の姿に言葉を失った。この幻想の領域に突然足を踏み 入れてしまったことに、今更ながら戸惑った。    スカリーは岸まで上がると、そのままの姿でモルダーの手を取り、彼を湖へと誘った。  まるで幼い少女のような、無邪気で無防備な表情。  それに魅せられていた彼は、誘われるままに湖に入っていった。  冷たい水が、彼のズボンの裾、それから次第にふとももから腰にまで絡みついてくる。  はじめはひやっとするだけだったその感触も、慣れてくると、暖かみすらある心地よさに変っ ていく。  戸惑いにこわばっていた彼の表情が、水の気持ちよさに始めてほころんだ。  「・・・ね?」  彼女は首をかしげながら、彼の顔を覗きこんだ。  それを見下ろすモルダー。彼の戸惑いと気持ちよさの入り混じった表情は、彼女のしぐさにつ られ、次第に素直な笑顔になっていく。   気がつくと二人は、両手を取り合ったまま、湖の真ん中で微笑み合っていた。  淡い月の光に照らされた自らの姿を、黒い水面に映しながら――――  それは、むきだしになった心と心が、重なり合った瞬間だった。  スカリーは彼のネクタイに手をかけると、不器用な手つきでその結び目を解き始めた。  そしてそれが終わるとシャツのボタンへ、ズボンのベルトへと手を移す――――  彼女は微笑みながら、彼を自分と同じ姿にしていった。    モルダーはそれを、ただにこにこしながら見下ろしていた。水に冷えた指でボタンひとつ外す のにも苦労している彼女を、彼は愛らしく思った。  シャツを、ズボンを彼女のしたいように剥がせ、彼は彼女と全く同じ姿になった。  互いに生れたままの姿にしかし、羞恥心はなかった。   二人は改めて向き合い、青白く光る裸体と微笑を見せ合った。  そして、二人してうっとり見とれ合っていると思った瞬間、  ――――彼の目の前で、ザバァンと言う音と共に、大きな水しぶきが上がった。  驚きに目を伏せた彼が再び視界を取り戻したときには、彼女はすでに、目の前にはいなかった。  彼女は彼から遠く離れたところを一人、派手な水しぶきを上げながら泳いでいた。  時に深く潜り、時に高く飛びはね、生れながらの湖の住人であるかのように。  彼女の出すしぶきのひとつひとつが、月の光を浴びて黄金色に輝く。  その華麗な姿は――――人魚そのものだった。  「モルダー!」  彼女に見入っていた彼は、その呼びかけではっと我に帰った。  そして声のする方を向いたとたん、水しぶきの不意打ちを食らう。  彼女が、ケラケラと大声で笑いながら、水をかけてきたのだ。  今まで聞いた事もない彼女の笑い声は、一瞬にして彼の心をも童心に戻した。  こいつ、やりやがったなと叫ぶと、彼も大量の水をすくって彼女に浴びせ始めた。  いやだ、やめてよと言いながら顔を覆う彼女。彼もまた、そんな彼女をゲラゲラと笑い飛ばした。  彼女は泳いでそれから逃げ、時に立ち止まっては彼に仕返しをした。それに大げさに驚いて見せ る彼の姿に、両手をたたいて喜びながら。そして、彼女が喜べば喜ぶほど、彼は激しく水をかけて くる。  追いつき追い越し、水をかけあうだけの単純で無邪気な遊びに、二人は夢中になった。時がたつ のを忘れてしまうほど、それは楽しくて仕方ないことだった。  二人の水を掻く音、それと笑い声が、月の光の射す夜の中に、沁み込む様に溶けていった。    二人は水と戯れるのに飽きると、ホテルに戻った。  そしてモルダーの部屋に転がり込むと、冷え切った身体を温めるために浴槽に湯を張り、うっす らと泡を立てて入りこんだ。  モルダーはスカリーを後ろから抱きかかえるように、スカリーはモルダーを背もたれにするよう にしてお湯に身を沈める。外で遊びすぎて凍えた身体に、あったかくてたっぷりのお湯は、何より の御馳走だった。  モルダーがスカリーの肩にお湯をすくってかけてやる度に、彼女の口から気持ちよさそうな溜息 が出る。彼はつかの間、それを楽しんだ。  バスルームの隅には、林からここまで仕方なく着てきたびしょ濡れの服が、重なり合うように積 まれていた。  「・・・つまりあなたは、女は必ず嫉妬するもの、やきもちを焼くものと、決めつけていたって   ことね。」  気がつくと二人は、あのときのオフィスでの会話の続きをしていた。しかし、二人とも穏やかで、 言い争いになるような気配は全く感じられなかった。  「痛いとこつくなぁ、スカリー。」  言いながら彼は、彼女の肩を、腕を撫でまわした。  「・・・その通りだけどさ。だって、あのときの僕と彼女を見てて、まさか君が自分に腹を立て   てるなんて思わないだろ?」  「確かに、自分でも馬鹿みたいだとは思うわ。」  彼の指が、自分の項をそっとかすめる。彼女はそのときのこそばゆさに、息をのんで耐えた。  「・・・他人の行動を見て、自虐の念を抱くなんて。でも、あの時私が心の中から嫌だって思っ   たのは他でもない自分自身だったし、その元凶のくせに全くそれを解さないで、勝手なことを   並べ立てるあなただったわ。」  彼は苦笑した。  「・・・よっぽど嫌だったってことかな。」  一瞬、彼女の項をなぞる彼の手が止まった。  「僕に、すがりつくってことが。」  スカリーはたっぷり一秒黙りこんだ後、言った。  「ええ、嫌よ。」  それを聞いたモルダーは淋しそうに微笑むと、今度は彼女の背中の線をなぞり始めた。微かにの けぞる彼女の動きが、指越しに伝わってくる。  「でも勘違いしないで。それは決して、あなたを信頼してないからじゃないの。これはあくまで   私の問題。あなたにすがることで、なんだか――――今までの自分を否定してしまったような   気になってしまったの。それに、信頼してるから、そんな自分を見せたくなかったってのもあ   るわ。」  そして彼女は肩をすくめ、どこなく気まずそうに言った。  「・・・私に限らず、大抵の女に共通する感情よ。」  「そういうもんなのか?」  彼は、彼女の濡れた髪をひとふさ掴むと、指先でまさぐりながら言った。  「そいつは知らなかったよ。」  そう素直に言う彼に、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。  さっきから、自分の身体のあちこちで無造作に遊んでくる彼に、可愛げすら感じた。  「そんなことも知らないなんて・・・今まで、大した女と付き合ってこなかった証拠ね。」  「さしあたって、君は違うって?」  同じくいたずらっぽく言い返された彼女に、今度は苦笑が浮かんだ。  それはほどなく、自嘲にかわった。  「・・・いいえ、私も含めてよ。」  彼女はお湯をそっとけって反動をつけると、そのまま彼の胸板に身体を預けた。彼はそれを受け 止めると、両の腕をクロスさせ、彼女を抱きしめる。  湯気の立ち込めるバスルームに、二人の出すお湯の音が、艶っぽく響いた。  「嫉妬に憎悪、悲しみ、苛立ち。そんな、ろくでもない感情で私の心はいっぱい――――全く、   つまらない女よ。」  「そうかい?僕は嬉しいけど。」  「嬉しい?」  スカリーは少しだけ振りかえると、湯気の中で微笑む彼を見上げた。  「Ice Queenなんて言われてる君にも、そんな感情があったんだって思うと・・・ね。」  「何よそれ、馬鹿にしてるの?」  彼女は、思わずムッとした顔を彼に見せてしまった。  彼はそんな彼女の頬を、あやすように愛撫しながら言った。  「そうじゃないよ、人間なら誰でも、そういう汚い感情を持ってて当然だってことだよ。」  彼女は、あやすような彼の手つきに顔を赤らめた。とびっきりのパピ―フェイスに言葉も出ない。  「僕たちはロボットじゃない。生身の人間だ。持つべき感情や感覚は、当然持っていなければ。   ましてや、君は女で僕は男。僕たちの間に生れる感情は、複雑で当たり前なんだよ。」  そこまで言い終わった後、今まで微笑んでいた彼が、ふと真顔になったのを彼女は見逃さなかっ た。  彼女はわずかにお湯を掻くと、自分の胸の辺りで交わる彼の腕に手を置いた。  「ねえ、モルダー、」  彼女は言った。  「それって、『僕も嫉妬したことがある』って言ってるように聞こえるわ。」  その彼女の台詞に、今度は彼がたっぷり一秒間、黙りこんだ。  「・・・ああ、勿論。」  言うと、彼は悲しそうに目を伏せた。  「・・・いつ?」  そんな彼に、彼女は目を輝かせた。そう言って悲しそうにする彼の頬に手を伸ばすと、さっきま で彼がしていたように撫でまわす。  「・・・え?」  「どんな時に嫉妬を?」  「・・・スカリー・・・」  悲しさと困惑に入り混じったパピ―フェイス。彼女はそれがたまらなく愛おしくて、ついつい意 地悪な質問をしてしまう。  「教えてよ。」  「ダナ・・・今まで、僕の嫉妬に全然気がつかなかったとでも言うのかい?」  「ええ、全然。」  彼女がそう言うと、彼はしてやったりとばかりににやっとして、彼女の頬を軽くつねった。  「全然気がつかなかったなんて・・・君のほうこそ、今まで大した男と付き合ってこなかったよ   うだな。」  そんな彼に、彼女もにやっとして見せる。  そして、彼に習うように彼の頬をつねると、余裕の笑みを浮かべながら言った。  「あなたも含めて、ね。」  二人はそのままの姿勢でみつめあうと、くすくす笑った。  笑い合っているうちに、お湯の中で彼女を抱きしめる彼の腕に、一層の力が入った。  その甘い締め付けは、彼女の中に高揚感を生み出した。そのこみ上げる感覚は、彼女から笑い声 を奪う。  静かになった彼女の唇に、彼は自分の唇を重ねた。  そっと、ほんの少し味見をするかのように。心の底から愛おしむように。  「・・・ダナ、」  唇を離すと、彼は彼女の耳元でささやいた。  「昼間は、悪かった。」  その言葉に、彼女は心を曇らせた。刹那、こうして彼の腕の中にいることすら嫌になリ、逃出し たくなるほど、彼女はそれを拒絶した。  「お願い・・・その話はやめて。」  彼女もささやくように、しかしはっきりと訴えた。  「あなたを・・・許せなくなるわ・・・」  「いいよ。」  彼は優しく言った。  「むしろ、許してなんか欲しくない。」  意外な彼の言葉に、彼女は驚いた。彼の表情を見ようと彼女はもがいたが、チャプチャプ音がす るだけで、身体を動かすことが出来ない。彼がきつく抱きしめてくるからだ。  「だって・・・あんなひどい仕打ちをあっさり許してしまうなんて、君らしくないよ。僕は君に、   君であり続けて欲しいんだ。それに許されないことで、僕は君と、永遠につながっていること   が出来る・・・」  「それじゃあ、どうして謝るの?」  彼女はもがくことをあきらめ、彼にささやき返した。  「君にせめてもの償いをすることを、許して欲しいんだ。」  償いの意味をなんとなく悟った彼女は、密かに頬を紅潮させた。  彼女の中に、甘く苦しい葛藤が生れる。  彼に愛されたい。心も身体も、確かに彼を求めている。    でも、償いの名を借りたいたわりで、身体だけ慰められるなんて、絶対に嫌・・・  「償いなんて、いらないわ。」  彼女は震える声で、精一杯虚勢を張った。  そうしてる間にも、彼の唇が耳朶から首筋へと這い進む。  彼女は彼の腕にしがみつきながら、荒くなる息遣いをぐっとこらえた。  「いらないの?」  言いながら彼は、彼女の耳にそっと息を吹きかけた。  彼女の身体がびくんと痙攣し、今まで静かだった水面を騒がせた。  「だって私は・・・」  彼の指が腰からわき腹へと探りを入れ始める。彼女は身悶えるが、彼の腕はしっかりと彼女を抱 きしめて放そうとしない。  彼女は漏れそうになる快楽の声を、必死で飲みこんだ。  「・・・あなたに愛されたいのよ。パートナーとしても、女としても。そんな自分の欲張りにあ   きれかえるほど・・・」  その次の彼の台詞は、驚くほど優しく、彼女の耳に届いた。  「ダナ、人間っていうのはね、欲があるから生きていけるんだよ。」  「・・・?」  スカリーは、我慢につかれてとろんとした瞳で彼を見上げた。  モルダーは、そんな彼女の愛らしさにたまりかねて、思わず彼女の唇を奪う。いささかぐったり していた彼女が、彼の優しくも激しい侵入に微かにうめき声をあげた。  「君が欲張りなら僕は欲の塊だよ。Xファイルの調査はこれからも続けていきたいし、見たいバ   スケの試合も、読みたいAV雑誌もたんまりある。それに、パートナーとして君に愛されたい   し、男として君を愛したい。」  「・・・男として・・・?」  「そう、こんな風に・・」  突然、彼女の胸の辺りでクロスされていた彼の腕が解かれた。  そしてその手は彼女の腰に回され、よくくびれたウエストを持ち上げる。  スカリーはザバンという大きな音と激しいみずしぶきと共に、浴槽の縁に腰を下ろされた。  彼女は、彼が一体何がしたいのか判らないまま、今度は彼を見下ろすような位置で、きょとんと した。  彼は浴槽の中で彼女にひざまずくような姿勢になると、彼女のふとももにそっと指を滑らせた。  「・・・真っ白だね。」  「ん・・・」  彼女は、彼のロマンチックともいえるほどの指の動きに驚きながら、そのこそばゆさに耐えた。  次に彼は、彼女の白い肌にキスすると、そのまま唇を這わせ始めた。彼はまるで、彼女のどこを どうすれば一番感じるのか知り尽くしているような愛撫をする。その顔は、とびっきりのおもちゃ を与えられれ喜んでいる子供のようだ。    「ねえ・・・」  スカリーは、自分が彼の愛撫に反応していることを隠そうと、彼のブラウンの髪をなでながら言 った。  「あなた、とてもうれしそう・・・」  「ああ、嬉しいとも。」  その台詞を合図にしたかのように、彼の愛撫が激しくなった。  彼女は呼吸を飲みこみながら、自分の白い肌とモルダーのブラウンの髪が、湯煙の中で絡み合う のを見つめた。  その瞳を、艶っぽく潤ませながら。  「・・・きれいな足だ。」  彼は、彼女の腿をくらいつくように舐め回すと、うめいた。  「一度こうしてみたかったんだ。この短さ加減がたまらなくいい。」  「・・・Spooky・・・」  彼女は既に、こうつぶやくのが精一杯になっていた。  もう、荒くなる息遣いを止めることは出来ない。彼が自分に触れるたびに、溜息とも喘ぎとも区 別のつかない呼吸が繰返される。彼女は浴槽の縁を掴むと、渾身の力を込めて、それを握り締めた。  やがて彼は、太腿を愛撫するのに飽きたのだろうか、唇を上へと這い上がらせ始めた。  腹から腰へと、滑らかに進む彼の唇、舌・・・しかしそれは、ある一点で、ふつりと這いあがる のをやめた。  彼女の、豊かな二つの膨らみ。その一方の突起が、彼の唇に収まった。  「・・・!・・・」  始めは、挨拶するかのように軽く触れただけだった。  しかし、彼女は既にそれだけですでに、身体中を桜色に染めている。  それに気をよくした彼は、その突起を口に含み、舌の上で転がし、歯で軽くしごき始めた。  もう片方のそれを、左手で弄びながら。  彼女の中で、何かが萌え始めた。身体中が彼を求めて叫び始める。  彼女はそれが本物の叫びになるのをこらえるために、丁度自分の胸の辺りにある彼の頭にしがみ つき、ブラウンの髪を握りしめた。  しかし、そうすればするほど、彼は激しく責めてくる。  狂ったように彼女に吸い付いてくるかと思えば、その次には、あえて核心には触れず、その周囲 をなぞって焦らしてくる。彼の焦らしは、永遠に続くような気さえするほど彼女の子宮に訴えてき た。  この人は、自分の想像より愛撫を知ってる・・・  彼女はとろけそうな意識の中で思った。  残酷な彼の焦らしに、求める気持ちをいっそう高めながら。  彼はそんな彼女に、たまに思い出したように吸い付いては再び焦らす。その甘い拷問に必死で耐 える彼女の姿を、目でも楽しんだ。  「・・・強情な子だ。」  突然彼は、指先で彼女を焦らしながら言った。  「いいならいいって、素直に言えよ。」   そう言って、彼が再び突起をつまんだ時、  彼女の口から、快楽の喘ぎ声がこぼれた。  「・・・そう、もっと聞かせて・・・」   言いながら彼は、もっと激しく彼女を弄ぶ。  それにつられ、彼女の喘ぎ声もだんだん荒々しくなっていった。  昼からずっと我慢していた悦楽の叫びが、彼の言葉になんのためらいもなく喉から湧き上がって くる・・・  バスルームに、彼女の甘い声が艶っぽくこだました。  彼はふと、全ての動きを止めた。  彼女から、喘ぎ声が奪われる。  身も心も悦びの直中にあった彼女は、夢見るような瞳を、問いかけるように彼に向けた。  彼は顔を上げると、そんな彼女の唇を優しくついばんだ。  「・・・あきれた?」  微笑みながら、彼は彼女の項をなぞった。  「・・・言葉が出ない・・・」  「いいよ、言葉なんて・・・」   彼はくすりと笑うと、再び彼女をキスであやした。  彼女は更なるキスを求めたが、彼はそれに応えようとしない。彼女のせがむような表情に、ただ ただ微笑むばかりだった。  「ダナ、素敵だよ。」  そしてそう言うと、彼女の膝に手をかける。  「もっと素敵にしてあげる。」  今まで固く閉ざされていたそれが、彼の手つきにあっさりと割られていく。  彼女はそのさまに恥じらい、彼から顔をそむけた。  「・・・嫌なの?」  彼の問いに、彼女はそうとは判らないほど小さく、首を横に振る。  「・・・恥ずかしいの・・・」  思わず出てしまった本音。彼はそれに、満足そうに笑ってみせた。  「可愛いよ、ダナ。」  その愛のささやきに、彼女は気の遠くなるほどの幸せを感じた。  なんの飾り気もない、見たままを直に表現しただけの、使い古された言葉。  今まで、幾人かの男に言わせたことのある台詞。  でも、彼の口から出るそれは、生れて始めて聞いたかのような感動で満ち溢れている。    彼は、割られた膝のその奥にある彼女自身に、そっと指をさし入れてきた。  その慈悲のように動く指先に、彼女は身構えた。彼は、彼女の一番敏感な部分から更に彼女の奥深 くへ、指を滑り込ませる。  自分がどれほど彼を欲していたのか、彼の指の動きから間接的に知ることが出来る。  驚くほど滑らかに動くそれは、彼女を撫でまわしたり突いてみたりと、一所に留まらない。  彼の指が自分の中で動く度、身体中に電気が走る・・・  「・・・嬉しいよ。」  彼は、彼女の艶っぽい瞳を見つめながら言った。  「こんなに感じてくれてるなんて・・・」  彼のその台詞に、情けなくなるほどの悦びがこみ上げる。いやいやと首を振りながらも彼女は、彼 の言葉と行為をいっそう求めた。  ・・・お願いよ、  私もう、あなたが――――    ほどなく、彼女の身体は激しい疼きに燃えはじめ、押さえきれなくなったそれらが、再び甘い喘ぎ となって喉からあふれ出る。  彼の指先は、次第に優しい愛撫から狂ったような責めに転じた。  彼女の奥深くを突いては掻き回し、また突いて、二人の間を淫靡な音で埋めていく。  それは、彼女の身体をを開放に向かわせるのに充分過ぎた。  激しくなる一方の彼の責め。それに比例するように大きくなる、彼女の疼きと喘ぎ。  彼女は、彼の首にしがみつくと、こらえきれなくなった快感を吐き出す準備を始めた。  昼間のそれとは比べ物にならないほどの悦楽が、怒涛のように押し寄せる。  それらは白い頂点へと、彼女をを全速力で持ち上げた――――    ――――が、彼女が快楽の頂点の一歩手前まで達すると、彼は非情にも、再び動きを止めてしま った。  彼女の身体に激しい疼きだけが残った。  それらの吐き出し口を失った彼女は、その疼きの海で溺れかかる。  うっすらと涙のうかんだブルーの瞳を、訴えるように彼に向けて。  「やっぱり僕は自意識過剰だった。」  彼は、そんな彼女の頬を撫でながら、嬉しそうに言った。  「君の悦ぶ顔はこれだ。これに比べたら、昼間の君か悦んでるようにはとても・・・」  羞恥心のあまり、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちそうになった。  ・・・嫌、その話はしないでって言ったのに・・・。  「僕が欲しい?」  しかし彼は、追い討ちをかけるように言ってきた。  その微笑に、優しさと優越感をたたえながら。  彼女は、彼を抱擁することによってその問いに応えようとした。  しかし、彼はそれを受け付けない。  彼女が抱きつこうとすればするほど、彼女から身を引き離す。  「ちゃんと言ってくれなきゃ、判らないよ。」  その言葉に、彼女の瞳が大きく歪む。  酷いわ、モルダー、  さっき言葉はいらないって言ったのは、あなたじゃない・・・  「僕にすがるのは嫌?」    彼は言いながら、再び彼女の胸の突起に触れてきた。  身体中が甘い疼きで溺れている彼女は、そんなささやかな愛撫にすら、激しく反応した。  それを見つめる彼の表情からは、いつのまにか微笑みが失せていた。彼の真剣なまなざしが、 彼女の瞳を刺す。  「・・・僕にすがってしまった、なんて考えないで。君は、君の信念に忠実だっただけじゃな   いか。それを受け入れようとしなかった僕のことは、責めてくれてもかまわまい。だから、   自分を責めたりしないで・・・」  そして、再び優しさに溢れた笑みを取り戻し彼女にキスすると、言葉を続けた。  「それに、見苦しくなんかひとつもないよ。だって、今こうしてる君は、とっても素敵で、輝   いている・・・」  その、愛情に溢れる言葉は、彼女の心に直に入りこんだ。  素直な欲情、抑えきれない高揚感――――彼女はそれらに、突き動かされた。  彼女は、彼の肩をぎゅっと掴み、彼の頬を自分の頬に引き寄せた。  そうして、彼の視界から自分の顔を隠すと、その耳元で聞き取れるかどうか判らないほどの小 さな声で、ささやいた。  ・・・・欲しいの、ちょうだい・・・・  彼はOKの返事の代わりのように、彼女にキスした。  そして、開かれたままの彼女の足に手を伸し、自分の腰に巻きつかせる。  そうして彼女を抱きかかえると、浴槽の縁から、そっと彼女を持ち上げた。  「おいで、僕の可愛い・・・人魚姫。」  そうささやくと、彼女をお湯の中へと誘った。  今までがそうだったように、彼は全てをしてくれた。  彼女は浴槽の中で、仰向けになってる彼自身の場所を手探った。  が、全く当てることができず、まるで初体験の少女のように戸惑う。  しかし、彼のほうはそんな彼女の場所をすんなり探り当ててきた。  彼は、彼女のウエストをわずかに持ち上げると、自分の腰の辺りに下ろし、器用な手つきで自 分自身を彼女の中に滑り込ませた。  まるで、神経が溶けてなくなりそうな感覚―――彼の侵入に、気が遠くなりそうなほどの悦楽 を感じる。彼女はそれに、素直な呻き声をあげた。  彼は彼女のウエストを固定すると、そのまま彼女を突き上げて来た。彼女は、彼の与える刺激 に素直に反応して見せた。  アメーバのように身をくねらせる彼女を、彼は真剣なまなざしで見つめる。  行為とは裏腹に、冷静ともいえる彼の表情は、彼女をなおのこと興奮させた。  今・・・見られてる・・・  こんな無防備な自分を・・・こんなに感じてる自分を・・・  彼に・・・  彼の突き上げが、次第に速く、鋭くなっていく。彼女もそれに応えるように、自ら腰を動かし 始めた。  それにつられ、激しく波立つお湯が浴槽の外へと飛び散ったが、二人はそれに構わなかった。  彼の表情から余裕が失せた。バスルームに響く彼女の喘ぎに、彼の微かなうめきが重なる。  突然、彼は彼女の腕を引っ張った。  ・・・お願い・・来て・・・  自分と同じく、めまぐるしい快感に耐える彼の姿が目に映る。  彼女は、そんな彼の腕に引かれるまま、彼の胸に身体を沈めた。  彼は、まるですがるように彼女を抱きしめてきた。強く、激しく、背骨が折れそうなほど、息も 出来ないほど。  その感覚に、愛されてる実感、求められる幸せが彼女の中に湧き上る。彼女もそれに耐えられな くなると、彼の肩にしがみついた。   既に二人は、自分たちの周りがどうなっているのか、さっぱり判らなくなっていた。ここがバス ルームであることすら、忘れ去っていた。  ただ判っているのは、自分を開放するのに何のためらいも抱かないほどの欲情があることと、自 分をそうさせた相手がそばにいるということ。  間もなく二人は、自らを開放した。    翌日、同ホテルの昼前――――  この日も、前日に負けないほどの良い天気だった。招待客たちは、それぞれ帰り支度を整えると、 この避暑地とオーナーのワイズマンに別れを告げ始めていた。  ワイズマン老人は、ホテルの玄関先に立ち、客の一人一人に丁寧な挨拶をしている。この、果て しなく長い儀式に、嫌な顔一つせず、笑顔を保ちながら全員と握手を交わしていた。    スカリーは玄関でのさわぎに、ホテル内が手薄になったのを確認すると、密かにビルの部屋に忍 び込んでいた。  昨日の昼になくしてしまったイヤリングの片割れを、探しに来ていたのだ。  主の失せた客室で、彼女は四つん這いになって、ベッドやソファーの下までくまなく探す。  が、イヤリングはまるで神隠しにあったかのように姿を見せない。  昨日とはうってかわって、ジーンズ姿で作業を続ける彼女は、首をかしげた。  まだ、リネン作業は始まってないはずなのに・・・  「・・・いっつ・・・!」  突然、彼女は腰を抑えてその場にうずくまった。  腰や太腿の、ふだんあまり使っていないところまとめてて筋肉痛になっている。昨日の晩の、彼 との行為のせいだ。  あの、バスルームでの情事のあと、彼と一体何回愛し合ったのか全く覚えていない。互いに時 間の許す限り求め合ったのだけは、身体中の痛みと、眠気からくる倦怠感が証明してるのだが・・。  彼女は刹那、その幸福なけだるさに頬を染めた。    腰の痛みに逆らい顔を上げると、彼女は部屋の中を一望した。  主のいなくなった、小奇麗だが殺風景なこの部屋は、昨日入り込んだ時と全く変っていない。  それこそ、行為が終わったあとの二人の荒い息遣いが、小さなかけらとなって今だに辺りを漂 っているような気がするほど・・・  一瞬、昨日の昼間、ここで起こったことの全てが、彼女の脳裏に蘇った。  ただひたすら運動を続ける彼と、成す術もなく略奪されてるかのような自分。  ここでしたんだわ・・・  彼女は、自分が押しつけられていた辺りの壁を眺めながら、恥らった。  しかしなぜだろう。あの時の二人の、見るも滑稽な姿はすんなり想像できるのに、あの時に感じ た怒りや悲しみ、恥辱だけは全く思い出されない。そんな感情、始めから持っていなかったかのよ うに消え去っている。  ここでのことばかりではない。  パーティーの最中、中庭で感じた妙な疎外感やこの一週間の不快感、果ては、”あの時“彼にす がってしまったという意識すら、完全に消去されている。   許すとか、忘れるとかいうのではなく、消えるという感覚。  まるで、水の泡が消えてなくなるかのような。  こんなに簡単なことだったのか?――――彼女は自問した。  自分を、自分の意識から解放するというのは。  しかし彼女は苦笑を浮かべると、首を横に振った。  ――――いいえ、簡単ではなかったわね。  何しろ、自分の自意識過剰を受け入れるまで、途方もない時間を要してしまったもの・・・   彼女は再び腰を―――抑えながら―――かがめると、イヤリングを探し始めた。  と、その時――――  「お前が探してるのはこれか?」  ドアの開く音と同時に、彼女の背後で声がした。  その声に、彼女の前神経が硬直した。  彼女がきしむ身体を抑えながらおそるおそる振りかえると、そこには想像通り、彼女の兄が立っ ていた。  想像通りの、険しい形相で。  ゆっくりと立ち上りながら差し出された掌を見ると、それには、小さな銀の塊が乗っていた。  「兄さん・・・どこでそれを・・・?」  彼女は驚きと戸惑いに、声を震わせていった。  「どういう訳か、俺のバッグのポケットに引っかかっていた。」  バッグのポケット・・・彼女は戸惑いながらも納得した。  道理で、モルダーが探しても、自分が探しても見つからないわけだ。  「不思議な話だ。俺はここに来てから、一度もバッグを外に出していない。」  ビルは、非難するように妹をにらみつけながた言った。  兄のその態度に、スカリーの中にある種の腹立たしさが生れる。彼女はそのありったけを込めて 兄をにらみ返した。  ビルとスカリーの間に緊張が走る。責めるような視線を投げ付ける兄と、それをためらいもせず、 身じろぎもせず受け止める妹。二人とも、全く譲ろうとはしなかった。  「・・・奴と寝たな?」  やっと出てきた彼の口調は、まるで犯罪者を問い詰める刑事のようだった。  しかし、彼女はそれにも臆せず兄の視線を受け止め、沈黙を守り続けた。  そして沈黙は、答えとなった。  ビルは腹立たしそうに妹から視線をそらすと、苛立ちの溜息をつく。  「ダナ、どうして・・・!」  「愛し合ってるからよ。」  彼女は、こう言ってのけた。  腕を組み、さっきまで兄がしていたような、責めるような目つきで睨みながら。  ビルはその台詞に、言葉を失った。  何かを言い返そうとするのだが、言うべきことが見つからず、口をパクパクさせるばかりだ。  やがて彼はそれをあきらめたのか、やり場のない怒りをありったけ込めて、キッと妹を睨むと、 掌のイヤリングを投げ付けた。  「好きにしろっ!!」  彼は吐き捨てるように言うと、部屋から出ていった。    スカリーは兄からイヤリングを取り戻すと、自室で慌てて荷物をまとめ、玄関兵へ急いだ。もう、 とうの昔にチェックアウトの時間は過ぎている。  フロントで手続きを済ませ玄関へ向かうと、その外にはワイズマンが待っていた。  「将軍、まっててくださったんですか?」  スカリーの顔がぱっと華やいだ。  老人もそれにつられるように微笑むと、手を差し出してきた。  スカリーは――――たった2日間の滞在にしては多すぎる――――荷物を下に置くと、彼の手を 握った。  「大切なファーストゲストだからね、すべての方をお見送りせんと、気が済まんのだよ。」  そして、にやっとしながらこう付け加える。  「でもそれも、どうやら君で最後のようだ。」   「まあ・・・ごめんなさい。」  「いや、私もことはどうでもいいよ。――――それよりも、ビルはもう先に帰ってしまったぞ。   構わんのかね?」  「え、ええ・・・」  彼女か頬を紅潮させた。  「実は帰りは、モルダーの車でと思って・・・」  それを聞くと、ワイズマンは嬉しそうに笑って、彼女の肩を両手でたたいた。  「よかった、ダナ、仲直りしたんだね。」  彼女は恥ずかしそうにうつむくと、小さくうつむいた。  「おかげさまで・・・ね。」  老人はその反応が気に入ったのか、まるで孫を見下ろすようににっこりすると、彼女を抱きしめ た。  スカリーは、小さな子供になったように、彼の腕に甘んじた。まるで父親に抱かれているかのよ うな安堵感が、彼女を包む。  「本当に、よかった。」  彼は彼女を腕に収めながら、言った。  「・・・喜んでくださるのね。」  「ああ、勿論。」  そう聞いてくる彼女に、老人は頷いた。  「君の辛そうな顔を見てるのは忍びない。君は私の、娘も同然だからね。」  言われて彼女は、恥ずかしさを新たにした。  老人はそんな彼女を引き離すと、その髪を撫でながら言葉を続けた。  「君はとっても強い子だ。君は他人の目を気にしたりなんかしない。君にとって一番大切なのは   自分の感情、そして信念だ。その上、自分を誤魔化そうとも決してしない。素晴らしいことだ。   ―――でも、そういう人間は時として、自分の考えや感情に凝り固まって、自分自身でさえ拒   んでしまう時がある。」  彼女ははっとして、ワイズマンを見上げた。  今の彼の言葉に、ごくごく最近の自分に、心当たりを感じる。  「たとえどんな自分でも、在りのまま受け止めなさい。どんな自分であろうと、それを他人にす   ることはできんのだから。」  ワイズマンの優しい説教に、スカリーの目元が熱くなった。  持つべき感情は当然・・・  老人の言葉は、昨夜のモルダーの言葉と重なり、彼女の心の中を心地よくかすめていく――――  「・・・ありがとう。」  「君が辛そうにしてるのを、もう見たくないだけだよ。」  スカリーは、老将軍にこくんと頷いて見せた。  ワイズマンは彼女に額にキスすると、彼女を開放した。  「じゃあダナ、気をつけて帰んなさい。」    「ええ将軍、お世話さま。」  「今度は彼と二人きりでおいで。」  老人は、ウインクして付け加えた。  「とびきりいい部屋を、用意していくから。」    彼女が大きい荷物をズルズル引きずって駐車場へ行くと、他の客は既に帰った後なのだろう、がら 空きの状態になっていた。  そして、その隅に取り残された一台。モルダーの車だ。  彼はボンネットに腰を下ろすと、不機嫌そうに腕を組んでいた。  「遅いじゃないかスカリー、遅すぎるよ。」  彼は視界にスカリーを捕らえるや否や、こう叫んできた。  「ごめんなさい、将軍と話し込んじゃって・・・」  「本当か?君のことだ、顔に薬品塗りたくるか、着もしないくせに持ってきた洋服詰めるのに手間   取ってたんじゃないのか?」  「失礼ね、礼儀を知らない男は嫌いよ。」  「礼儀なら心得てる。僕かぁ、これからの出張のことも考えて、無駄な荷物は邪魔になるからやめ   たほうが良いって、忠告してるだけだよ。」  「その好意だけ受け取っておくわ・・・好意があるならね。」  二人は軽口を叩き合いながら、彼女の荷物をトランクに詰めこんだ。  話しているうちに、スカリーは微笑みたいような、くすぐったいような気持ちになっていた。  今自分は、こうして再び彼と自然に会話をしている。  いつのまにか、いつもの二人に戻っている。  ほんの1日前までは、彼とどうやって話をしていたのかすら、忘れてしまっていたというのに―――  自分を、自分の意識から解放することで、こうも周りは変化するものなのか・・・    荷物を詰め込み終わると、モルダーは運転席に、スカリーは助手席に、それぞれ乗りこんだ。  バタンという大きな音で車の中が密閉されると、突然モルダーは彼女の首に腕を回してきた。  そして彼女を強引に自分のほうへ向けさせると、荒々しく唇を重ねてきた。  彼女はその貪るようなキスに息苦しくなりながらも、必死でそれに応えた。予測していなかった 彼の行動に、ちょっとした高揚感を覚える。  が、彼が唇を離すと、彼女は責めるようなまなざしを彼に向けた。  「モルダーやめて。私、カーセックスの趣味はないわ。」  言いながらも、かすかに瞳を潤ませるスカリーに、彼はにやっとした。  「何だ、期待してたのか?」  「まさか。」  彼女は、自分の首にまかれた彼の腕をほどきながら言った。  「嫌よこんな狭いところじゃ。ただでさえ、身体のあちこちが痛いのに。」  「そりゃ、鍛え方がたんないからだよ。まあ、じき慣れるって。」  その、自分は慣れてるんだといってるようにも聞こえる言葉に、スカリーは露骨に不機嫌そうな 顔をした。  モルダーは、彼女のへの字に曲がった唇を、面白そうに指でなぞった。  「そんな顔するな。再トレーニングが必要なのは僕も一緒だ。」  彼女は、そんな彼をふっと見上げた。  目の下に、大きなクマが出来ている。今朝、鏡の中の自分にもあったような、格別に深いのが。  「信じろよ。」  まるで強要するような彼の口調に、彼女は溜息混じりの微笑みを見せた。  「・・・信じてあげるわ。」  「それでいい。」  そして二人はくすっと笑うと、再び唇を交わした。  「じゃ、帰りましょ。」  「ああ、でもちょっとだけ寄って行きたい所があるんだ。いいかい?」  「?、構わないけど、一体どこへ?」  「行きゃ判る。すぐ近くだし、手間は取らせないよ。」  言うと彼は、エンジンをスタートさせた。  行き先は、本当にすぐ近くだった。  五分と車を走らせずに停車させてそこは林の中で、二人はその中を、車を降りて分け入った。  なんとなく薄明るい林の中は、ほどよい湿り気のある冷気で満たされており、それが肌に心地よ くまとわりついていた。  スカリーは、彼がどこへ行くつもりなのか全く見当がつかないまま、ただひたすらついていった。  が、やがて、それを察するに至った。  夜と全く違う顔を持つこの風景に、やっと見覚えを感じたのだ。  二人は昨夜、心を重ね合い、無邪気にはしゃぎ合った、あの場所へ向かっていたのだ。    林が切れると、陽の光をたっぷりと取りこんで、清々しく輝く湖が、目に飛び込んできた。  「さあ、着いた。」  言いながら、彼は後からついてくる彼女の肩を抱き寄せた。  しかし彼女には、そんな彼の優しいしぐさも、目に入れることが出来なかった。  ショックにも似た衝撃が、彼女の目をその場の風景にはりつかせる。  ――――ここは本当に、昨日と同じ場所なのか・・・?  明るく、爽やかではあるが、決して神秘的ではない世界。  清々しさの代償として、失われてしまっている幻想――――。  彼女は、その夜とのあまりの差に、やがて戸惑いを感じた。  「・・・とても、同じ場所には思えないな。」  彼も同じことを考えていた。彼女の肩を抱きながらも、心はここにないのが口調から判る。  「そうね・・・」  「でもおかげで、昨夜ここで見かけた君を忘れることが出来る。」  その言葉に、彼女は驚いて彼を見上げた。  彼はしかし、遠い目でこの湖を眺めるばかりだった。  「あんな、妖精のような君にはもう二度と会えない。そういうことにしておきたいんだ。」  「どうして・・・?」  彼はその疑問に、ここへ来て始めて彼女を見つめてきた。  彼女は、ただ真剣な彼のまなざしに、息を飲んだ。  はっとするほど優しく、切なくなるほど冷静――――彼女はその瞳に、心を奪われた。  「――――昨日ここで、君と僕の心がひとつに重なり合った。あの、水の精霊のように美しい、   君の姿に導かれ・・・」  彼女はその言葉に赤面した。  彼女にとってあの時のことは、今になると何であんなことをしたのかまるで説明のつかない、子 供じみたことでしかなかった。ましてや彼のように、口に出して語れるほど、現実味のある出来事 ですらなかった。  「・・・僕らは、君の言うようなエスパーじゃない。自分に気持ちすらまともに飼いならすこと   の出来ない僕らが、そんな風に交じり合えたなんて、奇跡としか言いようがないよ。」  彼は、彼女を見つめたまま、言葉を続けた。  「昨夜ここで起きたのは奇跡だ。僕はそのことを、忘れたくはない。何でも承知したような面で、   君の感情を土足で荒らすような真似を、もうしたくはないから・・・」  その言葉とまなざしに、スカリーは切なさと羞恥心を覚えた。  彼に、こんなことを言わせるほど愛されているのかと思うと、涙が出そうなほど切なくなる。  しかし、もし自分が彼で、彼と同じ立場に立たされたら、これと同じことが言えるのかどうかと 思うと・・・  「・・・だから、昨夜の私を忘れる必要がある、と?」  それらを誤魔化すために、彼女はそう聞き返した。  「また会いたくなったら困るだろ?」  彼は苦笑すると、彼女の頬を愛おしそうに撫でながら言った。  「僕の人魚姫は、丘に上がって人間になったんだ。水の泡にはならずにね。」  それから彼女を抱きそっと寄せると、その耳元でこうつぶやいた。  「そして、僕の前でだけ本当の姿を見せてくれるんだ。――――昨日の、バスルームでの時みた   いに――――」  こそばゆさすら感じる彼のささやきに、彼女は全身の毛を逆立てた。  彼女の身体に、昨日のバスルームでの情熱が蘇る。  優しく触れてくる、彼の指、唇。  残酷な焦らしと、愛情の溢れる言葉の数々。  何も考えられず、ただ彼を欲した自分・・・  私はこのひとに抱かれたのだ。身も心も、全てこの人に任せ、このひとの愛撫に溺れたのだ―――  彼女は、溢れ出そうになる情熱をこらえるため、彼の背中に腕を回して、きつく抱きついた。  彼も、そんな彼女を痛いぐらいに抱き返す。彼の腕の力強さ、胸板の温かさに、彼女はむせかえ りそうになった。二人はそうやって、お互いの腕に持て余す情熱を託した。  静かな湖畔に、交じり合う二つの影がうっすらと映っていた。    やがて二人は身を離すと、深く、優しさに溢れるキスを交わした。  「さ、行こうか。」  彼は彼女の手を取って、歩き出そうとした。  それに従おうとする彼女。が――――  「待って、モルダー。」  突然、彼の手を振り解くと立ち止まった。  そして、ジーンズのポケットをまさぐる。  出てきたのは、一対の銀のイヤリングだ。  「スカリー、それ・・・」  「ビルが持ってた。」  その名前に、彼の顔から一気に血の気が引いた。  「何青い顔してんのよ?」  スカリーはそれを見ると、にやっと笑っていった。  「だって・・・てことは・・・」  「気にしない気にしない。」  そう言って、それらを両手で弄びながら岸辺に近づくと、ひょいっと軽く、湖へ投げ込んだ。  銀色のイヤリングは、きらきら輝く弧を描きながら、湖の中へ落ちていく―――  ポチャンという音と共に、二つの小さな波紋が水面に広がった。  「・・・いいのかい?」  波紋が消えると、まずモルダーが口を開いた。  「ええ、いいの。」  スカリーは、波紋のあった場所を眺めながら答えた。  「私から、プレゼントよ。水の泡になった人魚姫への。」  そして肩をすくめて見せると、言葉を続けた。  「ちょっとした気まぐれよ。」  彼女の言葉に、二人はそろってくすっと笑った。  「・・・戻ろうか。」  モルダーはスカリーの肩を取ると言った。  「そうね、日のあるうちに家へ帰りたいわ。」  彼女も、肩に回させた彼の手に、そっと自分の手を添えて、彼に習う。  「ああ、それで車の中じゃない、広いベッド上で君を抱きたい。」  「駄目よ、今日は。明日に備えてぐっすり寝ましょう。」  「かたいこと言うなよ。いいだろ?」  「目の下にそんな大きなクマ作ってるくせに、何言ってるの?」  「スカリー僕はね、こうして君の傍にいるだけで、その短い足に挟まれたくて仕方なくなるん   だ。判ってくれよ。」  「――――礼儀を知らない男は嫌いって言ったはずよ。」    「君よりは知ってるつもりだよ。」  そう言い合いながら、二人は湖を去っていった。  二人の話し声の鳴り響く背後には、波ひとつ立たない静かな水面が、正午の陽の光を受けて、 さんさんと輝いていた。                                  END   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜                       ==ルーク・スカイウォーカー御成婚記念(ほんと)特別後書==            ――マスターとパダワン、愛の劇場――  ここはヤヴィン第4衛星―――  かつて反乱同盟軍の秘密基地があったこの地は、今は最後のジェダイ・マスターとなった ルーク・スカイウォーカーが、新たなるジェダイを養成するべく創設したジェダイ・アカデ ミーの本拠地となっている。  私は半年前、マスター・スカイウォーカーにそのフォース(妄想力)を見出され、立派な ジェダイ(Fic作家)となるべくアカデミーに引き抜かれた、彼の弟子の一人だ。  ある日、マスターは私を私室に呼び出した。   マスター・ルーク「・・・全く、君には失望したよ。」 その手には、私の新作Ficの原稿が握られている。  あっこ「マスター・・・」 マスター「・・・まず、前編に比べてストーリーが薄っぺらい。それに、モルスカ以      外のキャラの書きこみがおなざりだ。おまけにスカリーがまるで高校生の      ようにやたらと説教を受けている。」 あっこ「・・・他に、やりようがなかったのです。」 マスター「―――しかし一番不自然なのは、モルダーの前編とのギャップだ。あまり      にも、できのよすぎる男になってしまってるとは、思わないのか?」 あっこ「思います・・・」 マスター「そのくせ濡れ場だけはいっちょ前に、それも意味もなく長ったらしい。      しかも中途半端にメルヘンで、作品全般に締りがなくなっている。      ―――前編を我慢して読んでくださった読者様に、どんな言い訳をする      つもりなのか聞きたいもんだ。」  私はそのマスター・スカイウォーカーの言葉に涙が出そうになる。 いくらなんでも、あんまりだ・・・ マスター「君のフォースは強い。だが、それだけではジェダイにはなれない。それは      判ってるな。」 あっこ「はい・・・」 マスター「書きなおしたまえ。」 あっこ「やってみます。」 マスター「”やってみる”のではない!やるかやらぬか、そのどちらかだ!!」 ・・・と、そこまで言った時、マスターの通信機がピーピー音を出した。 マスター「Oh!My Sweetie!」 どうやら、新婚の嫁さんからの通信のようだ。 さっきまでの険しい形相はどこへやら、顔がにやけまくってる。 マスター「ああ、今日はコルサントに帰るよ。いや〜、まいったよ。ここんとこ出来の      悪い弟子に付き合わされっぱなしでさ〜。今も一本、読み終えたんだけどさ〜      妄想の使い方がなってないんだよね〜。―――うん、うん、じゃあ、帰る前に      また通信入れるから♪」 新婚夫婦の甘い会話と散々聞かしてくれた後、マスターは通信機を切った。 あっこ「・・・マスター、弟子の前でそんな態度を取られては・・・」 マスター「何だ、嫉んでるのか?そんならいっそう、Ficあきらめて結婚してしまいな      さい。」 あっこ「―――、奥さんにばらしますよ。」  マスター「・・・何を?」 あっこ「前の彼女と○○○で△△や××××したとか・・・」 マスター「・・・やめて。」                       ・・・続く(わけねーだろ)。  1999年12月吉日  Amanda嬢の無事帰国を祈りつつ・・・    感想、ご意見、ご批判(共に好意的なもの)をお待ちしています。  atreyu@jupiter.interq.or.jp