"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Nina』 AUTHOR    Ran ・ FBI本部 09:00AM Scullyがオフィスに入ってくると、既にMulderは机の上で熱心に書類をめくっていた。 「おはよう」 と、Scullyが声をかけると、Mulderは顔を上げた。 彼女は大きめの襟の白いシャツにノーカラーの紺のジャケットを着ている。はっきしたコ ントラストと赤い髪が映えて、とても美しい。 「やあ、おはよう、Scully、荷物は持ってきたかい?」 思わず微笑んで、Mulderが答える。 「ええ、昨日、留守電を聞いたから…でも、どこへ行くの?」 「まずはGeorgiaだ、Atlantaに近いFear villageという小さな町だよ」 デスクの前まで来たScullyにMulderは手元にあった写真を渡した。 明るいブラウンの髪とブルーグレーの瞳、こぼれるような笑顔の少女が写っている。 「彼女はNina Wick、4歳、殺人事件の目撃者だ。Skinnerからの命令で僕らが護衛する」 Ninaの笑顔につられるように微笑んだScullyの顔が曇った。 「護衛?、なぜ?、地元の警察は何をしてるの?」 「彼女の母親が殺されたんだ、犯人のRichard Ardenという男は被害者の家に忍び込み、 隙をみて飲物に睡眠薬を入れ、眠り込んだところを乱暴するのが常套手段だった男だ。が、 彼女の母親は途中で意識を取り戻したらしい。奴は、一旦捕まったが、護送中に逃走した。 彼女は唯一の生証人なんだよ、Scully」 Mulderが手元にあった別の写真を手渡す。 「卑劣な男ね…これが?」 と、Scullyは郵便局員の格好をした、若い男を見つめた。 とりたてて特徴のない、のっぺりした顔の小柄な男だ。人に警戒心を起こさせるようなタ イプにも見えない。隣に住んでいるごく普通の男という印象だ。 「それにしても、なぜ、X-FILESの私達が行くことになったのかしら?」 「きっと君は、そう聞くだろうと思ってたよ」 Mulderがちょっと微笑んで足を組み替えた。 「ま、君がどう思うかはわからないけどね、Scully、地元の警察は、彼女が…その、Nina が不思議な能力を持っていると考えてる、それで、僕らのところに回ってきたわけさ」 Scullyが大きくため息をついてうなずいた。 「なあるほど、その道のプロをってわけね。で、不思議な能力っておっしゃいますと?」 わざとゆっくりと丁寧な口調で尋ねる。 「さあね、はっきりはわからない、でも、母親の方は周りの住人からは変わり者扱いだっ たらしい。僕としては、ヒトゴトとは思えなくてね。」 Scullyにそう説明しながら、Mulderはさっと立ち上がり、椅子の背もたれから上着を外 して、着込む。 「隠し事はないでしょうね、Mulder」 腰に両手を当てて尋ねるScullyにMulderは「ないよ」と短く答え、置いてあったコート と鞄を抱えて部屋を出ていった。 ふーっと大きく息を吐いてから、Scullyは後に続いた。 ・ 13:00PM 車の窓に流れる風景を、Scullyはじっと見つめていた。 (いったい、いつまで…) こんなことをする為に、自分は医学の道をあきらめFBIに入ったのだろうか。 社会からなくならない犯罪から、人々を守りたいと思っていた。 でも、第一線で人の命を救う医師の仕事のほうが、社会的に意義のある仕事だったのでは ないだろうか? 仕事だけの毎日、ろくろく眠らず、犯人と格闘し、時には拳銃すら使う。 おまけに相手は、科学が保証してくれるとは限らない相手だ。 これが、本当に自分の目指したことだったのだろうか、とぼんやりScullyは考えていた。 「大丈夫か? Scully」 あんまり一途に前を見詰めているScullyを見かねてMulderが話し掛けた。 「別に」 居心地が悪そうに、体を動かす。「なんでもないわ」 (問題は、彼だ)とScullyは思った。 (絶対に自分とは相容れない相手、それなのに気になって仕方がない、それなのに彼に認 めてもらいたい、Mulderに引きずられてここまで来たような気がするようなことがある、 本当にこれが自分の意志なのだろうか…) 「どこかへ止まって、何か食べるかい?」 別に今始まったわけでもないが、Mulderほど、言葉で人を慰めることが不得意な人間を、 Scullyは他に知らない。だいたいこの男は、そういう種類のボキャブラリーが不足しているのだ。 「かまわないで、ほっといて」 Scullyは前を見つめたまま、左手をヒラヒラと動かした。 彼に優しくしてやる気分ではなかった。 他人が順調に上っていく階段を、一人だけ下から見上げているような、取り残されたよう な気分を彼女は感じていた。 ・ Georgia州 Fair village児童保護センター 「FBIのMulder捜査官です。彼女は相棒で、Scully捜査官」 児童保護センターのドアを開けてくれたのは、まだ、若い女性だった。 「ああ、あなたがMulderさん、私、電話でお話したLinda Boswellです」 と、二人を招き入れる。 「Ninaは、どんな娘なんです?」 Lindaの後に続いて階段を上りながら、Scullyが話し掛けた。 「実際にお会いになればわかります、でも…とってもいい子なんです」 「身内の方は?」 「Floridaにおばさんが一人、Ninaは彼女が引き取る予定です。でも、お仕事が忙しくて、 しばらくこちらには来られそうなんです。そのうちに、あの男があんなことになって…」 「なるほど…」とScullyが自分の後から上ってくるMulderを振り返った。 「それで、私達が彼女をおばさんの家まで送り届ける、そういうこと?Mulder」 「さすがは僕のパートナーだ」 Mulderがとっておきの笑顔でにっこり笑った。 * ***************************** いかにも子供向けに作られた小さな部屋にNinaはいた。 写真で見た、明るいブラウンの髪をみつあみに編んで、シマシマのシャツにオーバーオー ルで、積み木を一生懸命に組み立てている。 「Nina」 Lindaが話し掛けるとNinaが顔を上げた。 「こちらはMulderさんとScullyさん、あなたをおばさんの家まで連れていってくれるわ」 と二人を紹介する。 「こんにちは、Nina」 Scullyに声をかけられたNinaがブルーグレーの瞳でジッとScullyを見つめる。 「こんにちは…Dana」 Scullyはちょっと考える。 「どうして、私の名前を?」 「あなたが言ったもの、“Danaよ”って」 Ninaはまた、手元のおもちゃに目を戻す。 眉をひそめたScullyが少し後ろに立っていたMulderを振り返った。 「Ninaは君が頭の中で考えたことを読んだのさ」 そう言いながら、今度はMulderがNinaに話し掛けた。 「こんにちは、Nina」 Ninaがまた、顔を上げてジッとMulderを見つめる。 「こんにちは、Mulderさん、Foxって呼ばれるのが嫌いなの?」 Mulderがうなずく。 「Mulderって呼んでくれるかい? Nina」 「いいわ」と真面目な顔で肯くと、Ninaはまた、視線を手元のおもちゃに戻した。 「それから…」と、Mulderは「僕とDanaと君とで、まずはAtlantaへ行こう」続けた。 「どうして?」Ninaは再び、Mulderを見つめる。 「Nina、今夜、Atlantaのホテルで過して、それから、あなたをFloridaのおばさんのと ころへ連れていくわ」 Scullyが代わって答えた。 「しばらく一緒だから、仲良くしてね」 Scullyを見たNinaの目に、アッという間に恐怖があふれた。 「いやだ、恐い」 フイと立ち上がって、隣のMulderに抱きつく。「恐い、いやだ」 「Scully、楽しいことを考えろ、奴の事を考えるな」 ハッと我に返ったScullyがちょっと考える顔になった。 (楽しいことって?) ずっと昔の事しか思い出せない自分に、Scully自身が驚いていた。 Scullyは急いでNinaに背中を向けた。 ・ 6:30PM Hotel Spring breeze ホテルの地下の駐車場へ車を入れたMulderは、車の後部座席でウサギのぬいぐるみを抱 えたまま眠っているNinaを一瞥して、Scullyに話し掛けた。 「わかったろ、Scully、なぜ、地元の警察が彼女と関わりたくないか」 あどけない寝顔のNinaを見ながら、Scullyがうなずく。 「ええ、誰だって自分の気持ちを公言されたくないものね」 「小さい町だからな」 余計な能力を持つのも面倒なことだろう、こんなに小さいのに、母親を失ってうまくやっ ていけるのだろうか、とScullyは心配になる。 Mulderは後部のドアを開けると、ぬいぐるみを取り上げて、Scullyに渡してから、そっ とNinaを抱き上げた。 そこへ、ホテルへの出入り口に立っていた男がゆっくりと二人に近づいてくる。 Scullyはさっと上着の下の銃に手を伸ばして、構えた。 「Mulder捜査官?」 「ああ、君は?」Ninaを抱きかかえたままMulderが答える。 「Rooker刑事だ、今夜と明日の空港までの警備を担当している」 「そうか、こちらはScully捜査官だ」 Rookerは白髪のいかにも年季の入ったという風貌の刑事で、目尻の皺が優しい表情を作 っている。 「君たちを見た時、普通の家族連れかと思って…声をかけるのにとまどったよ」 Scullyは銃から手をはずし、何も答えずににっこり笑って、Rookerと握手を交わす。 「警備の状況は?」 「ここからの出入り口と、フロアのエレベーター付近に24時間体制で警備を置く。部屋 の入り口は監視カメラで監視する。人を置くのはホテルがいやがった」 車をロックして、話しながらホテルへの入り口に向かって歩く三人は、自分達の後ろに、 男の影がつきまとっていることに気がついていなかった。 ・ 09:30PM Hotel Spring breeze Room No. 2014 ルームサービスでとった夕食を食べ終えた後、Mulderは用心深くドアを開け、空いた食 器とワゴンを外へ出した。 「おいしかった?Nina?」 ScullyがNinaの肩に手を置いて優しく尋ねる。なるべく、楽しいことで頭をいっぱいに しておかなければならない。Scullyは果物の種類を懸命に思い出しながら、話し掛けることにした。 「うん」 Ninaがにっこり笑う。 この子の笑顔は本当にかわいらしい。しかし、そのブルーグレーの瞳で見つめられると、 心を読まれてしまうのである。 「“いちご”が食べたいの? Dana」 と、不思議そうな顔のNinaにScullyが首を振った時、 「じゃあ、そろそろ僕は部屋へ戻るよ、Scully、3時間で交代だ」 Mulderがドアのところから振り返って言った。 「ええ、じゃあ…12:30で」 Scullyは自分の時計を見ながら答える。「おやすみなさい」 「ああ、何かあったら、すぐに連絡してくれ」 そのまま部屋を出ていくMulderを見送ると、Ninaがじっと自分を見詰めているのに Scullyは気がついた。 「Mulderが行ってしまって、さびしいの?」 Scullyが“仕方がないわね”という顔をしてみせた。 「いいえ、3時間ごとに休むのよ、Nina、あなたもそろそろ眠らなくちゃね」 と、言いながらScullyはベッドの上に座っているNinaの隣に座った。 「ねえ、Nina、人の心の中がわかっても、それを口に出したりしては駄目よ」 「どうして? ママはいつもあなたは人の気持ちがわかるのだから、優しくしてあげられ るでしょう、って言ってたわ」 ScullyはNinaの手を取り、その愛らしい顔をじっと見詰めた。 「もちろんよ、Nina、あなたは人の気持ちのわかる子だわ、でも、それを口に出す必要は ないの、今のあなたにはわからないかもしれないけれど、人に自分の気持ちを言い当てら れるのは決して楽しいことではないのよ、だから、自分の胸にしまって、ね」 Ninaはしばらく考えているような顔になったが、Scullyが微笑むとつられるように笑っ た。 「わかったわ、Dana」 「約束できる?」 Ninaは大きく肯いた。 ・ 12:20AM ベッドで眠るNinaの寝顔を確認して、Scullyは時計を一瞥した。 もうすぐ交代の時間だ、Mulderが来る。 Scullyが無意識に、髪の毛をかきあげ、唇を指でなぞった時、トントンと軽いノックの音がした。 Scullyは一応、拳銃を装填し、スコープを覗く。 ネクタイを外して、少し眠そうな目をしたMulderが立っているのを確認して、Scullyが ドアを開けた。 「眠れた?」 「少しね」 部屋に入ってきたMulderは、Ninaに近づいてその寝顔に微笑んだ。 「こうしてると普通の女の子だな」 「そうね、可愛いわ」 二人して、しばらくNinaの寝顔に見とれてた後で、 「さあ、君も少し眠ったほうがいい、4:00で交代しよう」 MulderはScullyの背中に手を当て、ドアの方へ促した。 だが、Scullyはなんとなく、一人になりたくなかった。 また、考えても仕方のないことを考えそうだ。 “Mulderがいなくなってさびしいの?”と聞いたNinaの言葉にも影響されているのかも しれない。 「あ、あの…もう少し、ここに…」 思わぬScullyの反応に、Mulderの方が驚いた。 「どうした?、何かあった?」 「いいえ、そうじゃないの、ただ、どうせ部屋に戻ってもしばらく、眠れなさそうだから」 Mulderの思いやりが恥ずかしくなって、Scullyはあわてて離れると、もうひとつのベッ ドの上に座った。 「Ninaのおばさんってどんな人なのかしら、Mulder、この子を受け入れられる人だとい いけど…」 話しながら、枕に肩肘をつき横になる。 「Scully、大丈夫か? 昼間も少し元気がなかったしね、なんだか君らしくない」 Mulderは彼女を気遣って、少し離れた椅子に座った。 そんなMulderをScullyはジッと見詰める。 (こうして、あなたの気持ちが読めればいいのに、あなたが何を期待しているのか、何を 望んでいるのか、それが解れば、先回りして喜ばせてあげられる) 「どんな私が私らしいの?」 Scullyの質問に、Mulderは苦笑する。 「上手く言えない、素直は少し違うな、ああ、正直、あと、強がり、くそ真面目、意固地 なまでに理論的ってところか…、これ、誉めてるんだよ、Scully、なにより“やきもちや き”だな」 「どういうことよ、それ!」 Scullyが最後の一言に反応し、空いているほうの手でパンチの真似をして、口を尖らせた。 「私、別にあなたの事で、やきもちを焼いたことなんてないわよ」 「へえ…」と、Mulderが笑って、 「White刑事や、Dr, Bambiの時なんて、しばらくまともに口をきかなかったのは誰だっ け?」 「あれは、あなたが私だけを仲間はずれにしたからよ、別にやきもちを焼いたわけじゃな いわ」 「そりゃごめん、僕の誤解だ、撤回する」 Mulderは立ち上がって、Scullyの側に座ると、彼女の腕に手をかけた。 「Scully、休めよ」 「なあに、誘惑する気? 駄目よ、Ninaがいるんだから」 「違うよ、いいから… 」 Scullyは恥ずかしいのを隠そうと冗談を言いながらも、腕を外して頭を枕に乗せる。 「これは社内規則違反よ、Mulder、それに…」 照れ隠しに喋りつづけずにはいられないScullyに、Mulderは顔を寄せ「シーッ」と指を 唇に当ててみせた。 「黙って、Dana、寝る時間だよ」 Scullはそれに応えて、ギユッと目をつぶる。 「わかった」 「ああ、おやすみ」 「子守り歌は?」 「それは駄目」 やがて、Scullyから、ゆっくり深い寝息が、漏れ始めた。 (君の寝顔も、Ninaに負けず劣らず可愛いもんだ) きっと、目を覚ましたScullyに言ったら殴られそうなセリフを、Mulderは一人思いつい て微笑んだ。 ・ 7:00AM 窓から差し込む太陽でScullyが目を覚ますと、NinaはMulderの膝の間で絵本を読んで いるところだった。 寝過ごしたことに気がついたScullyが慌てて、体を起こす。 「やあ、おはよう、Scully」 「おはよう、Dana」 Mulderの声に続いて、Ninaの可愛い声もして、Scullyを現実に引き戻した。 「あ、ええ、おはよう」とNinaに微笑んだ後で、 「Mulder、ひどいわ、起こしてくれなかったのね」 と、抗議する。 「あんまり気持ち良さそうに眠ってるからさ、Scully」 彼に頼ってしまったバツの悪さに、Scullyは思い切り良くベッドから降りると「ちょっと 着替えてくるわ」と宣言してドアを開けた。 ドアを閉める前に、もう一度部屋の中のNinaを振りかえると、「Nina、いいわね、昨日 の約束を忘れないで」と念を押す。 「オーケー」というNinaの答えを聞いた後で、Scullyはドアを閉めた。 Mulderが“何?”という顔で、Ninaを覗き込んだ。 「Danaと約束したの、人の気持ちがわかっても口に出して言ったりしないって」 という、Ninaの答えに、Mulderは肯いた。 ・ 7:30 AM Hotel Spring breeze No. 2015 隣の部屋へ入ったScullyは顔を洗い、化粧を直し、インナーを新しいものに着替えた。 それから、部屋に散らばったMulderのシャツやネクタイを彼のバッグに詰め込みはじめ た。その時、ふぃにMulderのシャツから、彼の香いがして、Scullyは昨夜の事を思い出 した。 (ああ、もう、なんで私は時々、弱気になっちゃうんだろう。Mulderの前で眠っちゃっ たりして…馬鹿みたいだわ) どんな場合でも、Scullyはパートナーが女性ということを、Mulderのハンデにしたくな かった。 男同士のパートナーのように、お互いを信頼して、互角にやっていきたかった。 (おまけに私がやきもち焼きですってえ、冗談じゃないわ、なあんで、私があなたにやき もち焼くっていうのよ、それじゃあ、まるで…)その続きを一人で考え、思わず顔が赤く なる。 (なによ、人を子供みたいに。子供みたいなのは自分のほうじゃない、UFOや宇宙人な んて信じちゃって、バカ、きっとサンタクロースも信じてんでしょ!) しばらくNinaを気にして、いろいろ考えないようにしていたScullyの気持ちが一気に大 爆発する。 Scullyはブツブツ独り言を言いながらも、忘れ物がないか一通り部屋を見て回り、ついでに 昨日Mulderが仮眠をとったベッドに置かれた枕に一発、思い切りパンチをお見舞いした。 ・8:30 AM Hotel Spring breeze No. 2014 Scullyが部屋に戻ると、MulderがNinaのためにトーストにジャムをつけてやっている ところだった。 「あら、結構、父性を発揮してるじゃないの、Mulder」 Scullyはからかうと、二人分の荷物をベッドの脇に、ルームキーをサイドテーブルの上に 放ってから、「さて…」と言いながら、椅子に座り、コーヒーポットを取り上げる。 カップへ注ごうとしたその時、ポットの重みでScullyの細い手が揺れ、ポットのコーヒーが わずかにトレイに零れて、ホテルのレシートをぬらした。 “あっ”という、Scullyの声につられて、Mulderが彼女の手元を見つめた。 8:30 AM Hotel Spring breeze No. 2014 ホテルのユニフォームを着た男は、合鍵を使って、ゆっくりと2014号室のドアを開けた。 室内に入ると、ベッドの上に赤毛の女、椅子に背の高い男、男のとなりの椅子にあの少女 が、うな垂れるようにして、眠りこけている。 男が厨房に忍び込んで、コーヒーポットに仕掛けた薬が効いたのだ。 他の何人かの客も今ごろ、眠っているだろうが、関係ないことだ。 この少女さえ始末してしまえば、自分を見た人間はいなくなる。たとえ再び捕まっても、 警察が押さえている物証だけでは、証拠不十分となることも期待できると、男は考えてい た。 男は満足そうに微笑むと、手袋をした手でパンツのポケットから太いロープを取り出した。 両手でギリギリと広げ、少女に一歩づつ近づく。 男の手が少女の首にロープを近づけた瞬間、「カチッ」という音がした。 「そのまま動かないで」 いつのまにか、赤毛の女がベッドに起き上がって、銃を向けている。 (気づかれていた!)と解った時には、遅かった。 すばやく男が立ちあがると、アッという間にRichardの腕を後ろにねじ上げて、手錠をか けた。 女がすばやく、少女を抱え上げ、自分の胸に抱きしめた。 「あの男を見ちゃ駄目」という女の声が聞こえる。 「君には黙秘する権利がある、君には…」 男の声に続いて、ドアから見覚えのある刑事達が飛び込んできた。 ・ Atlanta Heart field International Air port 10:00AM 「どうして、Ardenがポットに薬を入れてることがわかったんだ? Mulder捜査官」 ハンドルを握るRooker刑事は、空港の建物を見ながら、助手席のMulderに尋ねた。 「Scullyがコーヒーを少しこぼした時、なんとなくそんな気がしたんだ。僕が奴なら ホテルを狙う。奴の目的はNinaを殺してしまうことで、他の人間に顔をみられてはな らない。おまけに睡眠薬は奴の常套手段だからね」 Rookerがハザードを出して、車寄せに止めながら、深く肯く。 「さすがFBIだ」 「そりゃ、どうも」 苦笑して、Mulderが車を降り、後部座席に座っていたScullyとNinaのためにドアを開 けてやった。 「さすがFBIね」 Scullyがニヤリと笑うと、Mulderの肩をポンと叩く。 「送ってもらって助かった、どうも、ありがとうRooker刑事」 Scullyにいやな顔をしてみせてから、Mulderは体をかがめて、運転席の刑事に声をかけ た。 ・ Florida州 Miami Gardner家 4:30PM Ninaの叔母のMs. Gardnerの家はMiami郊外の海辺にあった。 グリーンの屋根に白い壁、大きな窓にはレースのカーテンが揺れ、家の周りにはよく手入 れされた花の鉢が沢山置かれている。 室内は暖かい内装になっており、持ち主の人柄がよく現れていた。 「年をとったら、こういう家で過したいな」 と、室内に通されたMulderがScullyの耳元でささやいた。 「そのままじゃあ、一生縁がなさそうね」 意地悪く言い返されて、Mulderは唇を尖らせる。 Ms.GardnerはNinaの母親の姉にあたり、幼稚園の先生を生業としている女性だった。 「本当は自分がNinaを迎えにいくべきだったのに…」としきりに恐縮する。 出されたハーブテイを飲みながら、 「あの…」と、Scullyは、それまで気になっていたことを切り出した。 「Ms. Gardner、Ninaが特殊な能力を持っていることは、ご存知なんでしょうか?」 「ええ」と、彼女はうなずいた。 「確かにNinaのようにはっきり感じる子供はめったにいないかもしれないけど、大概の 子供は、ちゃんと人の気持ちを察しているもんじゃないかしら?、私はNinaが特別だと は考えていないのよ、Scullyさん」 Ms. Gardnerはテーブルに置かれたクッキーを身振りで勧めながら 「この子の母親にも、子供の頃、そういう時期があったの。 でも、大人になるにつれて 少しづつ衰えてきたようだし、これからNinaにはコントロールすることも教えていこう と思ってるわ」 彼女の言葉にScullyは安心し、おとなしく椅子に座っているNinaに肯いてみせる。 「大丈夫よ、Dana、叔母さんとは昔から仲良しなの」 NinaはScullyが最初に見た写真そのままに、あのかわいらしい笑顔を見せた。 * ******************************** 「さあ、Nina、お二人にさよならをおっしゃい」 NinaとMs. Gardnerはポーチに出て、二人を見送った。 ScullyはNinaに視線を合わせるように、しゃがみこむと、 「Nina、元気でね、私のこと、忘れないで」 と、少女の柔らかい頬にふれる。 Mulderは少し離れたところに立って、いつもめいっぱい強がって、背筋を伸ばして歩く Scullyのめったに見せない脆さを感じていた。 「Dana…」Ninaは、小さな腕をScullyの首に回すと、 「大丈夫よ、Dana、MulderはDanaの事が大好きだから」と耳元でささやいた。 “こらっ”というように、ScullyがNinaを優しくにらむと、Ninaはニッコリわらって、 わずかに舌を出してみせた。 Scullyも笑顔になって、立ち上がり、自分を見上げるNinaのサラサラした髪の毛に優し くキスをしてから、Mulderが差し出した手に促されるように、車に向かって歩き出す。 車に乗り込んで、室内に戻るNinaに手を振るScullyの、わずかに涙ぐむ横顔をMulder はじっと見ていた。 ・ Miami International Air port Mulderがチェックインカウンターに並んでいる間、Scullyは空港の窓から外を見ていた。 「Scully!」 呼ばれて振り返ると、Mulderが航空券をヒラヒラと振ってみせる。 「あら? 搭乗券はどうしたの?」 不思議そうな顔で、Scullyが尋ねた。 「Skinnerに電話してきた。君の具合が悪くなったので、こっちにもう一泊してから帰る って。 了解してくれたよ、快く。 無理するなってさ」 「どういうこと? 私は元気よ」 Scullyが強気に言い返す。 「わかってるさ、君は元気だ」 Mulderが笑いながら肯いた。 「君と二人で、夜の海を見たくなったんだ」 「キザなことも言えるのね、知らなかったわ」 間髪入れずにあきれたような顔をしてみせるScullyにも怯まず、Mulderは床に置かれた 荷物を取り上げると、 「君が知らないことが、まだまだあるかもしれないよ。たった4年の付き合いだからね。 とりあえず、シーフードでも食べに行こう」 と、言いながら、さっそく出口に向かって歩き出す。 「いいわ、お付き合いしましょう」 Scullyは、わざと仕方なさそうに、後に続いた。 空港の建物から出た時、ふいに暖かい風が吹き(大丈夫よ、MulderはDanaの事が大好 きだから)Scullyの中で、Ninaの言葉が聞こえたような気がした。 Scullyは少し早足になって、前を歩くMulderに追いつくと、思い切って手を伸ばし、そ っと彼の空いているほうの手に触れてみた。 Mulderは立ち止まり、Scullyの顔をちょっと窺ってから、彼女の手を強く握り返して、 自分のほうに引き寄せる。 夕焼けが美しい空の下、二人は恋人達のように繋いだ手を揺らしながら、ゆっくりとタク シー乗り場へと歩いていった。 (まあ、いいわ、今はこのまま…) Scullyは、Mulderの手のぬくもりが、心まで暖かくしていくのを感じていた。 The end