DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『No Word』 AUTHOR    Ran Spoiler    Small Potato ・ Scully's Apartment 11:30pm グリーンのタイルの張られた居心地の良いバスルームで、Scullyは薔薇の香りのするお湯 に身体を沈めながら、ぼんやりと考えた。 どうしてあの時、自分はMulderに化けたEddieを見抜けなかったのだろう。 もし、あの時、本物のMulderが入って来なかったら、どうなっていただろう。 キスは? その後は? ワインの勢いだったにしろ、うかつな真似をしたものだ。 それに、Mulderにあんなところを見られて、あれじゃあ、彼を受け入れる準備があると 告白したも同然ではないか。小さく舌打ちをして、お湯をかき回す。 Mulderは何も言わなかった。ただ、本部に応援を頼み、Eddieに手錠をかけ、「大丈夫かい?」 とScullyに訊ね、彼女が肯くのを確認してから、Eddieを連行した。 彼はどう思っただろう。そして、私は、彼をどう思ってるんだろう。 キスできるぐらい好意を? Scullyはひとり苦笑する。もう一度ため息を吐く。 Mulderは誰よりも長く側にいて、誰よりも信頼している相手だ、ただ、それは仕事上の付き 合いではなかったのか。 私はいつの間にか…? 何度考えても、いや考えれば考えるほど、思考は循環し、Scullyは 自分の気持ちが良く分からなくなっていくのだった。 ・ FBI本部 4:00pm Mulderが昼食後から捜査会議に駆り出されていて留守なのを幸いに、Scullyはパソコンに 向かって、投稿する論文をまとめていた。 若い女性ばかりを帰宅途中に路上で誘拐し、暴行、殺害して放置する事件が続いていた。 犯人は被害者に“遺書”を書かせ、家族の元に送った後、電話で被害者との聖なる結びつき を強調した後、遺棄した場所を教える。地元警察は事件の特殊性と残虐性からFBIに協力要請、 Mulderは、犯人のプロファイルをするために会議に出席しているのだった。 論文を続けながら、どうしてもEddieに会った後のMulderの質問に気持ちが戻っていく。 「僕よりあいつのほうが魅力的だったんだろう?」と。 別にそういうわけじゃない。私は彼がMulderだと思ったからこそ…、そこまで考えて、Scully のタイピングの手が止まった。無意識のうちに目を細め、ぼんやりと顔をあげて、見るともなし にドアを見つめる。 Mulderだと思ったからこそ? あれがもし、本物のMulderだったら? その時だった。突然バタンと勢い良くドアが開いて、当の本人が現われ、Scullyは思わず立ち 上がるほど驚いた。「Mulder、あの…」何を言いたいのかわからないまま、言葉が口をつく。 しかし、MulderはScullyの方を見ることもせず、無表情のまま、苛立たしげに足音高く自分の 机に近づいた。 「君も異動願いを書いたほうがいいよ、Scully」 ぶっきらぼうな口調だった。Mulderは乱暴に机の上のファイルをまとめている。 「僕は、昔の栄光にしがみついている変人野郎だ、誰にも相手にされてないってはっきり言わ れたよ、そんな奴と一緒に仕事をしても、君の経歴にプラスにはならないさ」 そう言いながら、ファイルを抱え、ドアのノブに手をかけた。 「じゃ…どうせ役に立たない仕事しかしてないんだ、僕はもう帰るよ、誰も困らないだろ」 それだけ言い残し、Mulderは部屋を出ていった。 あんなに怒るMulderは珍しい…一体何が?、訳がわからないまま、Scullyはオフィスに残された。 ・ FBI本部 捜査支援課 Scullyは、以前顔を合わせたことのある捜査官を見つけて、声をかけた。 「Darcy捜査官…」 DarcyはMulderと同じぐらいの年齢だろう、LAの刑事だったが実績を買われてFBIにスカウトされ 捜査官になったのだ。そのぶん、エリート意識が薄く、気さくで、Scullyには話しやすかった。 「あ、Scully、どうも、相変わらず美人だな」 Darcyは振返ってScullyを見ると、ぱっと笑顔になった。 「あなた、午後の捜査会議は出てたんでしょう?」 Scullyの質問にDarcyが眉をひそめる。 「うん…あ、Mulderのこと?」 「何かあった?」 なんとなく気まずそうなDarcyの様子にScullyは声を潜めた。 「ああ…」と彼を周りを見回し、側に人がいないことを確認してから 「ちょっと、主任捜査官のHammondとやりあったんだ」と続ける。 「もともとHammondとは折り合いが悪かったらしいんだけど、Mulderも頑固ものだから、言い出し たら自説を曲げないしさ。それで、怒ったHammondが“どうせお前の言うことなんか、誰も本気に しない”って…他にもいろいろとね、大勢の前だったし、両方ともひっこみがつかなくなった 感じかな」 MulderがHammondから何を言われたのかは、だいたい想像がつく。普段は他人からの評価など無視 すると決め込んでいるMulderだが、協力を要請されて出席した会議でそこまで言われれて腹がたっ たのだろう。 おまけに午前中はEddieのこともあって、ただでも機嫌が悪かった。 「他の奴らの話じゃ、Mulderは行動科学課にいた頃にHammondの指示を無視して、犯人を逮捕した ことがあったんだってさ、それで、奴は復讐の機会を狙ってたってとこだろ」 Scullyは肩を竦めた。子供じゃあるまいし、そんなことがあるものだろうか。 「どうも、ありがとう、Darcy」 何人からの捜査官がオフィスに戻ってきたのを横目にScullyは笑顔をつくった。 捜査官の中にHammondが混じっていたのだ、ここは顔を合わせないうちに退散したほうが良さそうだ。 「なぐさめてやってよ、Scully」 Darcyがウインクする。 「誰かをなぐさめるのって、いちばん苦手なのよね、わたし、語彙が少ないの」 「ビールを奢って、抱きしめてやればいいんだよ、簡単、簡単」 Darcyが笑って請け合う。 Scullyはわざと大きくため息を吐き、Darcyに小さく手を振って、捜査支援課のオフィスを後にした。 ・Bar King's Bench 8:00pm Mulderはぼんやりとバーの椅子に座り、喧騒の中で目の前におかれたビールを見つめ、無力感と 疲労感にさいなまれていた。Hammondの言う通り、自分がやっていることは、結局何の役にもたた ないことなのかもしれない。 “確かに入局した時はもてはやされたかもしれないがな、Mulder。現在、お前の話を信じる奴が どこにいるんだ?、お前のやってることを評価してる奴がどこにいるんだ?” 何のために自分はこうしているんだ? 自分に問う。 何度証拠を集めても、真実を明るみに出す前に奴等に取り上げられる。命は狙われ、部屋は監視 され、自分のせいでScullyを危険にさらしている。この5年間で自分が得たものは一体なんだろう か。自分は一体、何をしたいんだろう…Samanthaの行方をはっきりさせたい? そうだ、もちろん。 生きている彼女を確認したい、そしてあの時、何が起こったのかを…。しかし、そんな日が来る のだろうか…、いいや、自分は真実を手にする為なら、人にどう思われようと、何を失おうと かまわないと思ってきたはずだ。 Mulderはまるで真っ暗なトンネルに一人で取り残された様な気がしていた。さっきまではっきり 見えていた遠くの明かりを見失ってしまった様な気がしていた。 大勢の人と喧騒の中に座っていると、自分がひとりぼっちなのをいっそう強く感じる。 まだ、あのアパートに帰りたくなかった。冷たいカウチで眠りたくない。 ふっと思い出して、上着の内ポケットからFBIのIDを取り出す。 別に“これ”にしがみつく必要はないのかもしれない、ローンガンメンの様な活動の仕方だって あるのだし、きっと彼らは自分を受け入れてくれるだろう。 そうすれば、少なくとも“孤独”からは解放される。 そうなのだ、もしも、Samanthaの件だけに集中していれば、もっと効率的に真相に迫ることが できただろうに…自分は余計な回り道をしていたのかもしれない。 バーテンにバーボンを注文する。何か心を紛らわすことが出来るような、強いアルコールがほし かった。“お酒を飲んでも問題は解決しないのよ、Mulder”きっと、彼女ならそう言うだろうな、 ふと思い出してMulderは苦笑した。 いつも冷静で、あわてた顔なんか見たことがない 僕のIce Queen。 ああ、いやそうじゃない。ゆうべはずいぶんあわてた顔をしてたっけ…自分の思考がずれたこと に気がつきもせず、Mulderは一人で微笑んだ。 自分そっくりの男とあわやキス寸前だったScullyを思い出す。ドアを開けて入ってきた僕を見て、 本当にびっくりした顔をしてた。だから言ったのに…Eddieは自由に姿を変えられるんだって… 信じない君がいけないんだよ。 “トン”と、バーテンがグラスをテーブルに置いた音で、Mulderは現実に引き戻された。 そうか、FBIを辞めてしまえば、Scullyとは相棒でなくなるんだ…そんな事をぼんやりと考えなが ら、独特の香りを一気に喉に流し込む。 そういえば、あの時、自分が行かなければ、Scullyはどうしたんだろう…頭の芯が暖かくなって くるような心地良さの中で、最後にMulderは考えた。 ・ Mulder's Apartment 1:00am FBIを辞めてしまおうとそう決めたとたん、心が楽になった様な気がした。明日は土曜だが、今夜 中になんとしても辞表を書き上げ、サインをしてしまいたい。そしたら、週末を思い切り楽しん で、月曜の朝いちで、Skinnerに持っていこう。 ふらつく足元をなだめながら、Mulderはなんとかドアを開けた。その瞬間、部屋の中で影が動く。 長年の習慣で拳銃をすばやく構えた。 気配に反応したのは、「Mulder?」Scullyの声だった。 彼は大きく息を吐いて、銃をホルスターに戻す。電気のスイッチを入れた途端、心配そうな相棒の 顔が目に飛び込んできた。 もう夜中だというのに、一分の隙もなくきっちりスーツを着こなしている。 「何かあった?」 自分がオフィスを後にした時の状況など、すっかり忘れたMulderが尋ねた。 上着を脱いでカウチの上に放りなげる。 「あ、あなたが…」 Scullyが口を開いた。 「いえ、あの…」 めずらしいぐらい歯切れが悪い。 「伝えようと思ったの、あなたのパートナーであることは私にとってマイナスではないって。確か にいろいろ言う人はいるけど、人間として、科学者として、医師として、とても貴重な経験をして いると思ってるわ」 彼女の優等生らしい言い分と自分の捨てぜりふを思い出して、Mulderは眉をひそめた。 「別にいいんだ、Scully、僕はもう辞めることにしたから」 Mulderはぶっきらぼうに言いながら、足早にデスクに近づき、パソコンのスイッチを入れる。 「周りの奴等には、もううんざりだ。局を辞めて、本格的に地球外生命体について調べるつもりだ、 余計なことに時間を取られなくて済むし、フロスキー達も助けてくれるだろうし…君も友人でいて くれるとうれしいよ」 デスクの前のイスに座り、キーボードに向かう。 「Mulder!」 Scullyがデスクに近づいた。 「あなたの気持ちもわかるけど、Mulder」 Scullyは優しくMulderの肩に手を置いた。 「そのおかげであなたは人の入れないところに行けるし、見られないものを見ることが出来るのよ、 いつか大勢の人の前で証言することになっても、FBIの局員なら信用してもらうことができる。 冷静に考えて、あなたが“真実”を突き止めたいと思うのなら、辞めることは得策とは思えない。」 Mulderは自分の肩に置かれたぬくもりにタイプする手を止めて、Scullyを見上げた。 「僕にこれ以上、笑い者になれっていうのか?、Eddieも言ってたろ、人生を楽しめって」 拗ねたようなMulderの言い分にScullyは急激に腹が立った。 本当なら、昨夜のことがあってMulderには会いたくなかったのだ。それでも、一言でも彼と言葉を 交わしたくて、慰めになればと、何時間もここで待っていたのに。前向きになれない彼の態度は Scullyを苛立たせた。 「あなたは真実を求めるためには、何を犠牲にしても構わないって言ったじゃない? あれは嘘だった のね」 わざとそっけなく言い放った。 「そしてこれまで私達が見たことは、これで闇に葬られるわけね、彼らの思い通り…いいわ、辞めれ ば? でもね、FBIの名前がなければ、あなたはただのパラノイアよ」 両手をグッと握り締めるMulderがScullyに言い過ぎだと悟らせた。彼は今日は疲れているのだ。アル コールも入っている様だし、ゆっくり眠り、冷静になった後に話し合えばいいことだったのかもしれ ない、と思い直す。 「ごめんなさい、言い過ぎたわ」Scullyは目を伏せ、彼の肩から手をはずした。 「君はどうなんだ?」 Mulderが立ち上がった。 「昨夜、僕が駆けつけなければどうなってた?、嘘はつくなよ、Scully」 意地の悪い口調だった。Scullyは唇をかんだ。思い出したくもない記憶なのに。 「…関係ないわ」 「関係あるね」 すかさずMulderが言い返す。 「Eddieは僕にそっくりだった、僕にそっくりな奴と君は今にもキスしそうな状況だった、 さぁ、 正直に答えろよ、僕が来なければどうするつもりだったんだ?」 Scullyはすばやくカウチに置かれたブリーフケースを取り上げようとした、 が、一瞬Mulderのほう が早かった。 彼女の手首を乱暴につかみ、自分の方に引き寄せる。 「やめてっ」 普段と違う彼の気配に気がついて、Scullyは力一杯、からだを引き離した。 「話をそらさないでよ、Mulder」 MulderがScullyを真正面から睨み付ける。 今までいろいろ口論はあったが、こんなに激しい彼を見るのは初めてのことだ。 Scullyは自分の言葉を一度頭で考えて、唾を飲み込んだ。 「あれは…別にあなただったからじゃない、外見は関係ない、“彼”と話をしてて、とてもいい雰囲気 になった、それだけよ」 ふいにScullyの手首をつかんでいたMulderの手から力が抜ける。 それを機に彼女は自分の手を引きぬき、カウチの上からブリーフケースを取り上げた。 「いい? 冷静になって、ちゃんと考えてMulder。Hammondなんかの言うことに傷つかないで」 最後になるべく静かな口調でそう付け加えると、Scullyはすばやく踵を返してドアのノブをつかんだ。 ドアを閉める前に、一度後ろを振返ったが、Mulderはそのままの場所に立ったまま、彼女を見送っていた。 ・ Scully's Apartment 2:00pm Scullyは部屋に戻ると2件のメッセージを知らせる留守番電話のボタンを無意識に押す。 「Hi Dana」突然の母の声だった。 「最近、会ってないから、元気にしてるかと思って電話してみたの、相変わらず忙しい?、週末にでも 帰っていらっしゃい」 ピーッというメッセージが終わったことを教える電子音を聞きながら、Scullyは急に母親の顔が見たく なった。 次のメッセージは無言だった…それを残した相手を想って、Scullyは目を閉じる。 どうして、もう少し上手に出来なかったんだろう、と後悔が胸を締め付ける。 「ママ…やっぱり、駄目、私って人を慰めるのが不得意なのよ」 いつのまにか涙が溢れて、Scullyは手の甲でそれをぬぐった。 自分の涙の温かさが自分でも不思議な気がしていた。 * ****************************** ・11:00am いつもと変わらない土曜日…軽く掃除を済ませてからScullyはシャワーを浴びた。 久しぶりに母の元へでも遊びに行こう、お茶を飲んでランチを食べて、おしゃべりでもすれば、少しは 気分も晴れるかもしれない。 Mulderの顔が頭を過ぎる。「別にあなただったからじゃない」と言いきった自分の言葉を噛み締めて、 彼につかまれた手首を自分で確かめてみる。傷つけただろうか…重いため息をついて、Scullyは新しい シャツに袖を通した。 薄く口紅を引いて、身なりを確認し、財布の入った鞄を取り上げた瞬間、ノックの音がした。Scullyは ぎょっとした様にドアを見つめ…からだがしばらく動かなかった。 ドアを開けると、Mulderが立っていた。いつものダークなスーツ、薄いブルーのシャツ、今日はまぁまぁ のネクタイ…叱られた後の子供のように、視線を足元に落としている。 「Hi、Mulder」 なるべく、いつもの調子でと、Scullyが口を開いた。 「やぁ、あの、これから出掛けられるかい?」 「ええ…」Scullyは即座に答える。「どこへ?」 目的も行き先も聞かず、答えた自分がおかしい。母のところへ出掛けるつもりではなかったのか、母に 電話をする前でよかったと、安心している…それでも表情には微塵も出さず、冷静なまま先を続けた。 「その様子だと、仕事で行くのね?」 「僕に仕事以外で君を誘う権利はないだろ?」 質問に質問で返されて、Scullyは言葉に詰まる。 「…10分待って、準備するわ」 ドアを閉めようとするScullyの手をMulderが押さえた。 「New Jerseyまで行く、外の車で待ってるよ」 * ************************************ ハンドルを握るMulderの隣で、Scullyはファイルをめくっていた。 Mulderが途中で捜査会議の席を蹴ってきた例の事件のファイルである。 被害者は全員20代前半、白人、金髪に青い瞳が特徴だ。 「犯人は被害者を殺害する前に遺書を書かせ、それを家族に送っている。その後、電話で被害者との 聖なる結びつきを強調してから、遺体を遺棄した場所を教える…しかし、これは遺体の腐乱をすすめ、 解剖した時に証拠が出難くする様に配慮した結果かもしれない」 Mulderが前を見ながら補足する。 「でも、3人目の被害者、Nancy Douglasの遺書をエスタ・マシンで調べた結果、一連の番号が出たんだ」 エスタ・マシンは特殊な機械で、レポート用紙のように重なった紙の上で書かれた文字を僅かな筆圧から 検出することが出来るものだ。 「電話番号なのね、でも、誰がその情報を?」 Scullyが尋ねた。 この事件から外されたMulderがそんな事を知るすべはないはずだ。そう考えると、このファイルを持って いること自体がおかしかった。 「Darcyだ、今朝、電話で知らせてきた」 “ああ”とScullyは肯く。 DarcyはMulderを慰める方法を自分よりよく知っているようだ。 「確認の結果、電話の持ち主はGoldberg夫妻、写真屋を生業としている60代の夫婦だ。子供はひとり、 結婚してて、空軍で働いてる」 「彼らが犯人なの?」 「多分、違うね、Goldberg夫妻は善良な一般市民だろ…僕らは彼らに会って、僕のプロファイルした 人間に心当たりがないかどうかを確認するんだ」 「Hammondはどうするの?」 主任捜査官に無断で捜査を進める事は職務規定違反だ、許されない。それが発覚すれば、望むと望ま ざるに関わらず、Mulderは退職に追い込まれる可能性だってある。 「Hammondとは取り引きした」 “取り引き?”眉をひそめるScullyをMulderは割合明るい顔で振返った。 「僕は僕のプロファイルに基づいて仕事を進めてみる、ただ、そこから何か出たらHammondに引き継ぐ」 「それじゃ、あなた…」 Scullyの抗議をMulderが遮った。 「いいんだ、Scully、僕はただ、僕の考えを証明してみたいだけなんだよ」 Scullyが不満気に鼻をならす。それではみすみす手間をかけ、Hammondに協力してやるようなものではな いか。 「僕はこの仕事が好きなんだ」 「じゃぁ…」Scullyは運転するMulderの横顔を見上げた。「しばらくは辞めないの?」 しばらく間があった。二人とも昨日の夜の激しい口論を思い出す。 やがて、Mulderは前を向いたまま、優しい笑顔で微笑んだ。 「君がこうやってついてきてくれる間はね」 ・ Goldberg家 夫が写真店を営んでいるせいか、居間には家族の写真が所狭しと飾られ、幸せだった過去を物語っている ようだった。MulderとScullyはソファに座り、Goldberg夫妻に事件のあらましを説明した。 それを夫妻は眉をひそめ、手を取り合い、被害者とその家族を想って涙を浮かべながら聞いている。 「これは精神的に不安定な適応力のない成人男子の仕業です。被害者が白人に限られていることから、 犯人は白人である可能性が高く、おそらく女性から見ると魅力的ではない男でしょう。性格は慎重で、 小心なところがあります。自信満々というタイプではありません。ここからが特に重要な点なのですが、 最近体重が減り、深酒をするようになり、身の回りにも構わなくなり、ただ、事件についてしきりに話 をしたがったと考えられます」 Mulderの説明に夫妻は顔を見合わせた。 「あなたがたが電話番号を教えるような相手で、お心あたりはありませんか?」 Scullyの質問に、即座に夫のほうが肯いた。 「Barry Daviesが…」 「撮影を時々、手伝ってもらってる人なの…」妻が続けた。 二人はさっそく、Daviesの人相と住所を確認し、少なくとも結果を連絡するまでは、他言無用だと夫妻 に念を押してから、早々にGoldberg家を後にした。 ・FBI New Jersey支局 7:00pm 支局から、本部にBarry Daviesに関する情報をD.Cに送ると、土曜の夜だというのにDarcyは出勤して きていた。 (Barry Daviesか…2人目の被害者の葬儀の時、墓地で奴の車が目撃されてるな…明日の朝いちまでに、 犯人が電話してきたときの録音テープを送るよ、そのGoldberg夫妻に確認してもらってくれ) 「でも、プロファイルの確認結果をHammondに渡すことになってるんだ」 (Hammondのことは気にするな、彼は犯人さえ見つかれば、それで満足だよ、Mulder。上司に報告する ことができるからな、声の確認が終わってからでも遅くはないって) それは彼のMulderに対する思いやりだったのだろう。決め手をつかむまで確認したいと思う捜査官の 気持ちは、刑事あがりのDarcyには一番よくわかっていることだ。 (Hammondは月曜までオフィスには来ない、何かわかったら知らせてくれればいいよ) 「ああ…じゃあ、Darcy、支局宛てにテープを送ってくれ」 Mulderの言葉にDarcyが電話の向こうで軽く笑った。 (モーテル宛てに送って邪魔しちゃ悪いもんなぁ、なぁ、Mulder…おまえらって、2部屋とるのか?) 「Scullyに聞かれたら、ぶっとばされるぞ」 少し離れたところで地図を見ていたScullyが、急に出てきた自分の名前に驚いて、電話をしているMulder のほうを見ている。 “なんでもない”と手を振ってから、Mulderは受話器を置いた。 「なんの話?」 尋ねるScullyにMulderは微笑んだ。 「つまらない冗談だよ、それよりホテルをとろう…あ、その前に食事だ、お腹が空いたよ、Scully、 昨日から何も食べてないんだ」 Scullyは納得できないまま、妙に明るくなったMulderに背中を押され、支局を後にした。 ・ Drive Motel 9:00pm 「どうしてチャイニーズのテイクアウトなのよ」という質問には「好きだから」と。 「部屋に食べ物を持ち込むのは嫌なの」という意見には「じゃあ、僕の部屋で」と。 「皿に入ったものが食べたいの」という主張には「スーパーでパーテイ用を調達する」と。 結局、強硬に主張するMulderに負けて、Scullyは同意し、チャイニーズフードの店のテイクアウトを MotelのMulderの部屋へ持ち帰った。 部屋のドアがパタンと閉じると、ScullyはMulderと二人きりなのを強く意識する。 これまで何度も二人で出張し、二人で過ごしてきたのに、感じなかった感覚だった。 ScullyはMulderがベッドの上に上着を放り投げ、シャツの袖を捲り上げて、袋を開ける姿を少し離れ たところでジッと見詰めた。 「どうした?まだ、怒ってるのかい?」 Scullyを振返ってMulderが尋ねた。 見慣れた顔、いつも側にいる顔。何気ない様子を装っているものの、実は少し困った様な、どうした らいいかわからない様な表情を隠している。 あの地下室で初めて会った時、ちょっとハンサムだと思った。でも、意地悪そうだなって。 UFOなんか信じないと言ったら、思い切り反論された。さすが優等生だってからかわれた。やっぱり、 少し意地悪だった、でも…Scullyは思う。“でも、好きだわ、Mulder” 「いいえ…」 首を横に振るとScullyはMulderにゆっくり近づいた。 彼の背中に両腕を回して、その胸に頬を寄せる。薄いシャツを通して、彼の筋肉と鼓動を感じる。突然 の行動に驚いたMulderのからだが緊張するのがわかる。それでもScullyは真正面から向き合うよりも その姿勢のほうがずっと言いやすいと判断していた。 「ごめんなさい…」 Scullyはずっと言いたかったセリフをようやく口にした。 「昨夜はごめんなさい」 また、涙が溢れる。Mulderのシャツを濡らさない様に、背中から手を戻そうとした時、彼がScullyの背中 に腕を回した。 自分よりもずっと小柄な彼女をぎゅっと胸に抱きしめる。 いつも強気な彼女。その彼女が泣いている。多分、自分のために…。彼女の涙が自分のシャツを濡らして いくのが、Mulderには暖かくて、心地良かった。 「僕が悪かったんだ、ごめん、自棄になって、君に八つ当たりした」 そっと、Scullyの髪の毛にキスをする。 「君の言っていることが正しいよ、FBIを辞めてしまえば、きっと一生真実を見つけることは出来ない、 それに…」Mulderは一度言葉を切る。 「それに、そうなると、君と一緒にいられなくなる」 「そんなこと、ない」 すばやくそう言ってScullyが顔を上げた。美しいグリーンの瞳でMulderを見上げる。 ただ、言葉が続かない。どう続けていいのかScullyにはわからなかった。なんだろう、うまい単語が 見つからない。Mulderが微かに微笑んで首を横に振った。 「ひとつ、もう一度、聞いてもいいかな」 その質問でScullyは救われる。“いいわ”と肯いた。 「あの夜、僕が邪魔しなかったら、君はあいつとキスしてた?」 「多分ね」Scullyが微笑んだ。 「それ以上は?」 「有り得るわ」 そう言いながらScullyは彼の背中に回した手をはずし、そっと、その頬に当てた。一日の終わりが近く、 手のひらに伸びかけたヒゲがさわる。 「でも、それは彼があなただったからよ、Mulder。Eddieがあなたにそっくりじゃなかったら、きっと 部屋にも入れなかった…絶対、あんな気持ちにはならなかった」 「僕のほうが魅力的かな?」 男の子はいつでも自分が一番になのか、確認したいものなのだ…Scullyはもう片方の手を彼の豊かな ブラウンの髪の毛のなかにしのばせる。 「あなたのほうが魅力的よ、Mulder」 そう言って、優しく彼を引き寄せた。 二人の唇が僅かに触れ合う。途端にMulderの腕に力がこもった。 「嘘を言って、ごめんなさい」 Scullyが耳元で囁くと、 「いいんだ、僕はまた、嘘をついたから」 Mulderがにやりと笑ってみせた。 「テイクアウトのチャイニーズなんて、今日は食べたくなかった」 “それなら、なぜ…?”とScullyが瞳に浮かんだ抗議の色を、Mulderは軽いキスで交わしてから、 「ただ、君と早く二人っきりになりたかったんだ」 そう続けるとMulderは、今度はScullyに答える暇を与えず、思い切り抱き寄せ、深く甘いキスをした。 ・FBI New Jersey支局 11:00am MulderがDarcyが送ってきたテープの声を聞かせると、夫妻は「Barry Daviesに間違いない」と証言した。 一応、その事を電話でDarcyに伝える。 (OK、わかったよ、Mulder、とりあえずこっちで、奴の居所を確認して監視をつける) 「ああ、頼む」 Mulderはそう言って電話を切った。 顔を上げると、自分の元へ戻ってきたパートナーが真剣に新聞を読んでいる横顔が見える。 褐色の髪、白い肌、知的な瞳、昨夜のなごりで思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。 ふと視線に気がついてScullyが振返って、あわてたように目をそらした。 「済んだよ、帰ろうか」 そう言いながらMulderは、先に立って歩き出した。 「あなたの名前は出ないんでしょう?」 追いつきながらScullyが尋ねる。 「ああ…僕は昨日、捜査会議を抜けてるし、もともとプロファイルのために呼ばれただけで、チームと いうわけでもないしね」 人気の少ない支局の建物を出ると、青く晴れた空が二人を包み込んだ。少し寒いが冬晴れの気持ちの よい日曜日だ。 「でも、これはHammondの功績になるわけでしょう」 車まで歩きながら、不満そうに口を尖らせるScullyが可愛くてMulderは失笑する。 「誰の功績でもかまわないんだよ、Scully」 そう言って立ち止まり、すばやく廻りを見回して、誰も見ていないことを確認してから、Mulderは Scullyを軽く抱きしめ、頬にさっとキスをした。 「僕は、どんな功績もかなわないものを手に入れたんだからね、Dana」 これまでとうってかわったMulderの甘い口調に、一瞬、Scullyの頬が赤くなる。 「それに、犯人を見つけることも出来たんだ…周りの人間がどう思おうと、君がそれを知っていて くれれば、僕はそれで十分だよ」 Mulderはにっこりと笑ってみせてから、車に向かって歩き始めた。 「少し遠回りして帰ろうか…」 少し遅れてくるScullyの方へクルリと振返って、そう尋ねる。 「いいわよ、どこまでもお付き合いしましょう」 Scullyは笑って答えながら、自分の気持ちが空の様に高く青く澄んでいくのを感じていたのだった。 The End 後書き:ああ、どうなることかと思った…とりあえず最後まで書けてよかった。 今回は、初めてのスポイラーものです。 あんな場面を見られたら、嫌でもMulderのことを意識しちゃうよなぁと発想 から始まりました。 なお、物語の中にでてくる事件は、「FBI マインドハンター」という本を参考に しています。 感想をいただけるとうれしいです。Ran: yoshiyuu@tt.rim.or.jp