【警告】 性的な描写を含んでいますので、18歳未満の方は、このFanFicを読むことはご遠慮ください。 THE X-FILESの著作権は全て、FOX,1013,CHRIS.CARTERに帰属します。 本作に一切の営利目的は有りません。また 著作権侵害を意図するものでもありません。      このFicは、 作者の前作 『プロデューサー殺人計画』の続編になります。 従って、前作の内容を踏まえて、モルスカは、すっかり甘い恋人になっている ストーリー展開ですので、ご承知おきのうえ、お読みください。           本編のモルダーとスカリーがどうなろうと、こちらの二人は、元気に今日も ラブラブしてます。              『 My Scully 』                               by yokko          事件がひとつ片付いた。 今回は、予想外に長引いた捜査だった。  殺風景な街の、殺風景なモーテルに、一ヵ月近くも足止めをくらって、ようやくDCに引き上げてきた。  人通りもすっかりなくなった街を、スピードを上げて、車は走り抜けていく。  黙々とモルダーはハンドルを操り、スカリーは物憂そうに前方を見つめている。  嫌な後味の犯罪だった。いつもの事だが。  ざらついた感情を抱えたまま、ほとんど休みも無く仕事をしてきた、二人の捜査官だった。  ようやくモルダーのアパートにたどり着いた。  苛ついた手つきで、モルダーはキーを差し込み、カチャリとロックがはずれる。  ドアを開けるのももどかしく、モルダーはスカリーを抱えて部屋になだれ込む。  閉まったドアの前で、せわしなく抱擁し、二人の唇がお互いを求める。  抱擁がいったん解かれ、無言のまま共に上着を脱ぎ捨て、靴を床にころがす。  モルダーがネクタイに取り掛かり、スカリーは彼のワイシャツのボタンをはずしにいく。  磁石が引き合うように、またお互いの体に腕を廻すと、唇が再び出会う。  部屋の中には、吐息だけが聞こえる。  唇が合わされたまま、スカリーが、ブラウスのボタンをはずしにかかるが、  モルダーは待ちきれず、ブラウスの裾をウェストからはみ出させ、手を差し入れた。  瞬く間に、ブラウスはめくり上げられ、彼の手は、柔らかな胸の膨らみを、愛でる。  互いのパンツは、ジッパーを降ろされ、足が抜けると、そのまま床に捨てられていった。  ベッドに二人が折り重なって倒れこむ頃には、すべての衣類は、二人の移動してきた軌跡になっていた。  モルダーも、スカリーも、すっかり準備ができていた。  スカリーは、彼を迎え入れる蜜で柔らかく蕩け、モルダーは、彼女に喰い込みたいという願望で、  装備は完全に充填されている。  動物的なうめき声を放ち、モルダーはスカリーに挑んでいく。  スカリーの腕と足がモルダーを抱え込み、ぴったりと密着する。  しばし動きは止められ、寄せてくる快感にじっと耐える。  やがてゆっくりと、二人は揺れ出す。  モルダーの汗ばむ背後に、スカリーは指を吸い付かせて腰をひきつけ、彼をいっそう奥へと導く。  モルダーが、その長く繊細な指を、スカリーの首筋から、胸、その頂きへとすべらせ、彼女の望みのまま  の歓喜を引き出すと、スカリーは、細い声を上げ、眉を寄せる。  二人とも、じき息は荒くなり、動きは激しく急を告げる。  ついには大きく息が吐き出され、最後の力強い突き上げで、全ての熱情が噴出し、吸い込まれ、  そして静けさへと終息する。  ようやく、穏やかな安らぎが訪れ、荒々しかった唇の動きは、優しい口付けに変わる。  二人の恋人達は、まだ互いの一部になったまま余韻に浸り、捜査官だった時間から遠ざかっていく。  事件の捜査が終わりを迎えないうちは、一つのベッドを分け合う事はしない、というのが二人の  暗黙のルールだった。  あの日以来、恋人としての甘い時間を重ねて来てはいたが、事件の捜査中は、キスもしない。  抱擁さえも禁じている。  だから、何気なく二人の指が触れた時、肩が当たった時、その接点から火花が飛ぶかのように  テンションは高まっていく。  短期の捜査なら、ストイックに過ごすことは、それを終えた後の快楽への序章となり、気持ちを  弾ませる材料を提供してくれる。  しかし、今回のように捜査期間が長くなると、お互いに触れたい欲望を、極限まで抑えることになる。  フラストレーションで、モルダーの目にちかちかと欲望の火が燃えだし、相手を求めるスカリーの唇は  乾いていった。  しかし、抱きしめたい相手をいつも目の前にしながら、衝動を抑え続けるのは、二人にとっては、  むしろ自然なあり方だといえた。  7年もの長きに渡って、二人はそうしてきたのだから。  互いの肉体の魅力になど、まったく関心がないかのように振舞う事には、慣れている・・・  はずだった。  だが・・・  「ねぇ、モルダー、事件が片付いたから、いつものように、カウチでビールにしない?」  「ああ、いいね。でも、そのまえに、シャワーだ。それから、もう一度、今度はゆっくり時間を   かけて・・・」  「あ・・・・」  スカリーは、自身の身の内を埋めていたモルダーが抜けていってしまったことで、何かが足りなく  なったような飢餓感に襲われる。  ― あんなに長い間、モルダーに飢えていたのだもの。まだ満ち足りてはいないわ。    彼だって・・・きっと。  バスルームに向かったモルダーを、スカリーが急いで追いかけた。   モルダーのシャワーに打たれている音が、聞こえている。  スカリーも、その水飛沫の中に飛び込むと、モルダーの腕が待ち構えていた。  結局、シャワーと「もう一度」が一緒にスタ−トし、今度は、いくらかは余裕を持って、  お互いを味わうことができた。  最後はカウチできつくお互いを抱きしめ、痺れるような熱い大波にさらわれた。  スカリーがまだ手足を弛緩させたまま、カウチに横たわっているうちに、もう回復したモルダーが、  キッチンとリビングを往復し、コーヒーテーブルには、いつもの宴が用意された。  バスローブがスカリーにそっと掛けられると、彼女は、ゆらりと起き上がり、それを纏った。  モルダーは、スエットの下だけを身につけ、スカリーのそばに座り込んだ。  テレビの画面には、何か古い映画が映し出されている。  スカリーは、モルダーの背後に腕を廻し、しなだれかかってきた。  顎をモルダーの肩に乗せ、頬を摺り寄せるスカリーの顔を振り返り、モルダーは、軽くキスして、  ビールの瓶を、伸びてきたスカリーの手に持たせた。  「スカリー、ピザを温めたから、ほら、少しでも食べて。それからビールだ。」  スカリーは、思った。  ― このモルダーは、あの世界のモルダーとは、少し違う・・・    あのモルダーは、こんなに私の世話を焼くようなタイプには、思えなかった。  そう、あの世界ではいつも、モルダーは彼女を置き去りにして、どこかに突撃し、玉砕する。  彼女は、頼まれもしないのに、彼を探し出して、彼が目を覚ましたときには、ニッコリ微笑んで  そこにいる。彼はスカリーに、いつもめんどうをみてもらっている。  ― 中には私が救い出されるケースもあったけど、大概、私は、無理矢理、何者かに拉致されるのだもの。    勝手に、自ら好んで飛び出していく彼とは違うのよ。    あ、でも、あちらのスカリーは、確か妊娠したのだわ。    ヒーローは、お話しの世界では不死身でなくてはならないから、モルダーは、無事、彼女の元に    戻ったでしょう・・・そしたら、意外に、彼は妊婦には、甲斐甲斐しく、あれこれ過保護に世話を焼くかも・・・  スカリーは、空想の中のモルダーを、ちょっと愛しく思った。  そして、顎を彼の肩に乗せたまま、じっと横目でモルダーを見つめた。  スカリーは、目の前にある、彼のやや髭の伸びかかった頬の、ざらざらした感触を味わってみたくなった。  すぐに実行してみる。  舌で、突然舐められたモルダーは、飲みかけたビールにむせてしまった。  モルダーは、にやりとした笑みを浮かべるスカリーを見た。  スカリーは、体を起こして、ビールを一口飲むと、またモルダーに、しなだれかかり、  手を彼の胸まで伸ばし、柔らかな胸毛を撫でる。  モルダーは思った。  ― 僕のスカリーは、あちらのスカリーと違って、奔放さを隠したりしない。     あのスカリーは、内面には、弾けたものを秘めているように見えるけど、     それを露わにすることは、決してなかった。     いや、それにふさわしい場面が、用意されなかっただけかもしれないな。     僕のスカリーだって、捜査官の彼女からは、誰も想像しないだろう、この表情を。     この僕だって、つい最近知ったのだから。     では、あちらのスカリーは、モルダ―とベッドで愛し合う時、どんなスカリーになるのか・・・     ま、お話しの世界の人なのだから、何でもありさ。     何でも?     ふーん、何でもか・・・  モルダーは、恋人になってからのスカリーが見せる姿態に、耽溺していた。  こちらのスカリーこそ何でもありかもしれない・・・  「ねえ、モルダー・・・」  「なに?」  「あちらの二人、どうなったのかしらね?」  「君も気になる?」  「もちろんよ。ベビーは、無事に生まれたのかしら? 妙な生き物だった、なんてことはないでしょうね。」  「それは無いと思うよ。それじゃ、むご過ぎる。それに、グロテスクな赤ん坊を育てるスカリーなんてこ   とになったら、ドラマが、なんだか変質しないかい? 第一ファンがきっと許さないだろうよ。ほらこの   前やってきた少年みたいなさ。」  「それもそうね。だいたい、エイリアンなんていうものは、居そうな気配を漂わせておくだけの方が、   真実味があるものよ。もろにあんな姿が登場してみなさい、私なら、もう興醒めしてがっくりだわ。」  「はは、手厳しいね、相変わらず。でも、心配しなくても、きっと君に似た綺麗な赤ん坊が生まれてるよ。」  「あら、私はあなたに似てると思うわ。立派なお鼻と賢そうな額を持っていて、無邪気な少年のような目。   それでいて唇は、キスしないでは、いれられないくらいセクシーな・・・」  「セクシーなベビーなのかい?」  「・・・・・・・! ふふふ、それじゃあ、ちょっと困るわね。何考えてるのかしら、私ったら。   あなたの、ビール瓶につけてる唇に、そそられるなって思ってたら、つい・・・。」  スカリーは、恥じらってちょっと首をすくめて見せた。  こんな風に、臆面も無く彼への愛情を示すスカリーは、「僕のスカリー」だ、とモルダーは思った。  ― どう?異世界のモルダー捜査官、君はこんな風に言ってもらってるかな?  何を張り合ってるのか・・・  スカリーに愛されてるということを、時々誰かに誇らしく示したくなるのだ。  実際のところは、こんな時間の他は、モルダーとスカリーは、あくまでも仕事のパートナーという姿勢を、  保持している。二人きりの地下のオフィスでも、出先のモーテルでも。  噂では、なんとでも言われてるらしいが。  別に、あちらの世界の、もどかしいほど純愛な彼らを、見習ってのことではない。  こうする方が、二人の趣味に合ってるだけだ。  快適な仕事の環境をキープして、プライベートとの落差を楽しむ。  もっとも、今回の期間の長さは、以前なら耐えられただろうが、今の二人には限界だった。  修正が必要だなというのが、二人の一致した見解だ。  ふと思いついてモルダーが、口に出した。  「彼らは、子どもを持つところまでいきながら、どうなんだろうね、本当の所は。   あちらの僕は、いつまでもお預け状態なんだろうか?」  「そんなの無理無理、もう裏の設定では、とっくに!よ。私がきっと我慢の限界にきて、誘ってるわ。   あのモルダーじゃ、スカリーを大切に思いすぎてるし、なんのかんのと自分を責めてばっかりで、   手を出せないに決まってるもの。私からきっかけをつくってあげないと、お行儀が良いままかも   しれないわ。」  「うーーん。スカリーから誘う、ねぇ。・・・・たぶんそうなるだろうな。彼は、重い荷物を背負わされ   すぎてるから、ストレートに、恋に溺れることができないのだと思うよ。」  「彼に言ってやりたいわ。目の前にはいない妹と、すぐそばで呼吸をしてる恋人の、どっちが大事なのよ!   ってね。彼の一挙手一投足を、息を詰めるようにして、彼女は見つめてきているのよ。男だったら、   どうにかしてあげなさいよ。はっきりしなさいって、背中を、どーんと一突きするわね。もし、私が   彼に会えればね。」  ― 僕のスカリーは、勇ましすぎるかもしれない・・・。    やっぱり、随分と違う、向こうの彼女とは。  物静かな印象の、あちらのスカリーがちょっと愛しくなった。     非難の的になっているあちらのモルダーに、同情しかけて、はたと考えた。  ― このスカリーは・・・、僕のスカリーは、こんな風に思いながら、これまでの7年間を過ごして    きたのだろうか?非難されてるのは、この僕なのか。    でも、始めの一歩を踏み出したのは、僕の方だった。    スカリーには、まだためらいがあったのだから。  モルダーは、そう自分に言い聞かせて、この問題は、もう考えないことにした。  こちらのモルダーは、あまり自分を責めすぎない、健康な精神の持ち主だ。  スカリーは、ビールを飲み干して、意気が上がってきた。  「ね、メリッサとなにかメールで遣り取りしてるでしょう?なんの話なの?    私は仲間に入れてくれないの?ね、モルダー、白状しなさい。何を企んでいるの?」  「何の話って?君は聞きたがらなかったじゃないか。前世の記憶のある人に、今度会いに行こうって   言っただろう?それから、胎児の時の記憶を退行催眠で甦らせた人、生まれたときのことを覚えていた   子ども、それから・・・」  「あっ、もぅ、もういいわ。頭が痛くなってきた。それは、やっぱりメリッサの分野ね。私は遠慮してお   くわ。なんだか、親密にこそこそ付き合ってるみたいだったから、嫉妬しただけよ。あなたは、    もう困ってしまうくらい、私を虜にしてるのだもの。私だけのものでいてね。モルダー・・・」  やっぱりこのスカリーが、一番好きだ!とモルダーは強く思った。  そして、彼女をカウチに押し倒す。  スカリーは、普段の彼女からは、絶対に想像できない嬌声を上げて、カウチに沈んだ。  例によって、苦いビール味の、キスをたっぷりと交す。  目と目を合わせて微笑む。  また、キス。  「明日は、まず、スキナーに報告ね。」  「あぁ、それから、いっぱいデスクワークが待っている。」  モルダーが、スカリーに覆い被さったまま、答えた。   「ラボにも、いくつか頼んでおいたデータがあったわ。   報告書には必要ね。朝一で取りに行ってこなくては。」  スカリーが、モルダーの背中に腕を廻したまま続けた。  事件が解決した日の、二人の業務連絡は、たいていこの姿勢だ。  「クライチェックから電話があったわ。なんでも、彼の新しい母親が、あなたに会いたがってるそうよ。   どんなおばさんなの?息子をよろしくとでも言うつもりかしら?私も一緒に会ってあげましょうか?   おばあさんの相手じゃ、気疲れして大変でしょ?」  「何の用なんだろう。別に会う必要は無いな。放っておこう。」  「あら、いいの?」  スカリーは、彼女を、勝手におばあさんだと思い込んでいるが、実際はモルダーと同じくらいの年齢で、  しかも、名前がダイアナ、と知ったら、恐ろしいことになりかねない。  「このスカリー」だから・・・  モルダーの手と唇が、探索を再開した。  スカリーの、はだけられた胸が白く輝いて、先端が誘うように彼の口元を掠めている。  「うーん、朝までこのまま居たいわ。でも明日があるから・・・今夜は帰らないと・・。」  「夜が明けるまでは、まだ『今夜』だよ。・・・・ね!」  スカリーは、このおねだりの顔には、まったく弱い。  言葉がまた消えて、吐息に変わった。  モルダーの頭の中で、さっき交していた会話がふとよぎった。  彼らのベビー。  僕らの・・・  囁く声で、スカリーの耳元をくすぐるように言ってみた。  「スカリー・・・ベビーができたら、どうする?」  それから、感じやすい胸の突起を口に含む。  「ん・・・。局の中に・・・託児所をつくるわ。」  「へっ?」  モルダーの動きが止まった。  まじまじとスカリーの顔を見た。  スカリーは、まだ、目を閉じて、モルダーの次の動きを待っている。  「スカリー、今なんて言ったの?」  スカリーが、目を開け、訝しげにモルダーを見た。  「何って、託児所を局内に作るって言ったの。それが何か?」  「いいや、なんだか、ちょっと予想外な答えだったから。」  スカリーが上体を起こし、モルダーは、カウチに膝を折って正座するかたちになり、  二人は向かい合った。  「これは切実な問題なのよ、働く母親にとっては。今、幼い子どもを持った女性職員も、   まだ子どもはいないけど、将来は子どもをと思ってるひとも、みんなで話し合ってるところよ。   どうしたら実現するか、探ってるの。」  「は・・そうなんだ。それは、いいことだね・・・。」  モルダーの応答は、すっかり毒気を抜かれ、感情のこもらない声になってしまった。  「早く実現してもらわなくちゃ困るのよ。今すぐにでも、利用したいひとが・・・」  このシチュエーションなのに、生真面目な口調で、真剣に語りだしたスカリーを見ているうちに、  モルダーの中で、一つのドキドキするような考えが浮かんできた。  「ね、スカリー・・・そのぅ、もしかして・・・ひょっとしたら、なにか、なにか兆候が、君に?」  口篭もりながら問い掛けるモルダーの、不安と嬉しさの交じり合った複雑な表情を見つめて、  スカリーは一瞬、固まってしまった。  それから、にっこり顔がほぐれて、言った。  「残念ながら、今すぐ利用したいのは、私じゃないのよ。・・実は、この件はスキナーの同意を   取り付けてあるの。」  「スキナー?」  「そう、早急に必要なのは、彼。」  「はん?どうしてスキナーが。彼は奥さんと別れたんじゃないの?」  「彼、子どもが生まれるのよ。その子の母親は、仕事を続けたいらしいわね。」  「その子の母って?つまり、局の中のひとということ?」  「ええ、彼の秘書よ。こっそり再婚してたの。知らなかったの? 相変わらずその方面には、   疎いのねぇ。」  「髪の赤い、君と同じ小柄で、遠目に君と間違えられたりする、あの彼女?」  「そう。」  ― まったく、何という事だ。     スキナーが!!     知らなかった、知らなかった、知らなかった。  モルダーは、仰天した後に、今度は、猛烈な対抗心が燃え出した。  スカリーを掻き抱くと、いつもより、さらにゆっくり時間をかけて、彼女をいとおしむ。  彼女も、大胆に手を、唇を、彷徨わせ、モルダーから喘ぎ声を引き出した。  最後に彼が、丁寧に、丁寧に・・・命の源を送り込み、彼女の湖をいっぱいに満たした。  +++++++++++ 数箇月後 +++++++++++++++++++++++++  スカリーは、モーテルのドアのルームナンバーに目をやり、今夜の宿泊先を確認した。  のろのろと上着のポケットからキーを探し出し、ロックをはずす。  ドアを開けて部屋に入ると、数歩でベッドにたどり着く。  ベッドにうつ伏せに倒れ込むと、そのまましばらくは、すべての感覚をシャットアウトする。  体と心の中から、何かが放電されていった。溜まっている不快な何かが。  スイッチをオフにする。何も考えない。何も考えない・・・何も・・・・  なかなか上手くいかなかった。  相棒との、遣り取りが甦ってくる。不本意ながら。  しょうがないから、頭のスイッチをオンにする。  彼の不機嫌な顔が、頭から離れなかった。  なにか反論された気がしたが、うまく彼の言葉が頭の中でつながっていかない。  取り合えずシャワーに打たれ、ベッドに横になってみた。  暫くぼんやりと天井を眺めて時間が過ぎた。  相棒はまだ帰ってこない。  安モーテルの薄い壁板越しに、彼の気配がまったく伝わってこなかった。  スカリーは、置き去りにされた。  今回の捜査は、モルダーに引き摺られて始まった。  彼の永遠の二大アイドル、吸血鬼と狼男の目撃情報を、おせっかいな彼のネット仲間が、  知らせてくれたのだ。  だいたい両英雄が共演してるだけでも怪しいというのに、証拠があると強く主張する彼に、  つい、付いて来てしまった自分が、情けなかった。  ここまでの道中での遣り取りは、とげとげしいものになった。  連続誘拐事件に長く関わった後だったので、疲れが溜まっていた。  被害者には、幼い子どもまで含まれていた。  子どもの遺体の検死解剖は、何回経験しても、厭なものだ。  人生にはいっぱい喜びが待っていることを知らないで、この子は命を絶たれたのだ。  プロフェショナルな仮面の下で、つい、そんな風にその子に感情移入してしまったのが、  いけなかった。  スカリーは、少し休息が欲しかったのだ。  それから、モルダーと、久しぶりにゆっくりと寛ぎたかったのだ。  疲れのせいで、体がだるかったし、熱っぽさもあった。  不規則でイージーな食事と、絶え間ないストレスで、胃が食べ物を受け付けなくなっていた。  ちゃんとした時間に、ちゃんとした料理を、彼のジョークを聞きながら、食べたいと思っていた。  しかし、彼が、すぐに殺人事件を持ち込んできた。  先の事件終了時の、カウチでビールの儀式もまだだった。  スカリーの体調不良のため、ベッドで重なりあっての業務連絡も無しだった。  新しい事件の説明をされた時、少し億劫な気がしたが、それが仕事なのだから、もちろん出動する。  被害者がいるのだ。一日の猶予も無いと、そう思ったのだ。  こんなお茶らけた展開を予想していなかった。  車中で、恐る恐る2大モンスターの名を彼が口にした時、彼が本気だとは思わなかった。  だから、気軽に、彼のネット友達に会いにいくのを承諾した。  証拠だと彼らが言い張るものを見た。  そのモンスターの牙とやらは、動物のものを加工したものだった。  犯人に妄想癖があるのか、なにかの隠蔽か、とにかく普通の人間の仕業だろう。  自分達の出動は場違いだと、スカリーは思った。  ― ちょっと調べればわかることなのに。    彼のネット仲間とかいう彼らは、何者?まったく怪しい3人組だわ。    まあ、彼らはそんな種類の人間なのだからいいとして、私たちはれっきとしたFBIの捜査官なのよ。    目撃者とやらに会いに行って、何を質問するつもりかしら?    「あなたが、吸血鬼と狼男を目撃した状況をお話しください」    とか言って、真面目くさってメモでも取らせようと言うの?この私に。    物理学と医学を修めたこの私に?  3人組との会見が終わると、夕闇が迫っていた。  モルダーの興味を引く情報がうざうざとあり、彼らは時間のたつのも忘れて、話し込んでいたのだ。  彼らのアジトを出た後、車を運転しながらスカリーが考えていたのは、たった一つのことだけだった。  ― 早くモーテルに戻ろう。早く。     暖かいシャワーを浴びて、絶えず襲ってくる小さな頭痛を、なんとか振り払いたい。     今夜はモンスターがおとなしくしてくれる事を願って。     それから、食事。ほんとの、ちゃんとした食事。それから、睡眠。たっぷり睡眠。     そしたら、きっとこのむかむかした不快感も、だるさも治まってくれるわ。  スカリーのささやかな願いは、モルダーの一言で、崩れ去った。  彼が、すぐにでも目撃者に会いに行かねばならないと言い出したのだ。  スカリーは、とうとう爆発した。  ブレーキペダルを踏み、車を路肩に停車させると、何事が始まるのかと、訝しげな顔で見ている相棒と  向き合った。  体のコンディションが最悪だったことも手伝って、積っていたモルダーへの不満が、一気に口を突いて  出てきた。  曰く、コレはXFとは考えられないケースだから、警察の捜査に割り込む事はできない。  曰く、そもそも彼がこの事件に惹かれたのは、モンスター目撃情報があったからだと、何故DCで  言わなかったのか。  そうすれば疲れを引き摺ってまで、こんな遠くまで、自分は出張っては来なかったのだ。  モルダーは、何時に無く、強硬に捜査を否定するスカリーを前にして、ウンザリした表情になり、  あまり反論しなかった。  適当にあしらわれていると感じ、スカリーは、さらに煽られているような気持ちになってしまった。  「だいたいあなたは、いつも自分の興味を最優先し過ぎてるわ。もちろん殺人事件なのだから、   犯人を捕まえることは必要だけど、何も私たちでなくても良いケースよ。   ・・・・いいえ、むしろ私たちが出てきてはいけないケースなのよ。   また余計な摩擦を起こして、局に戻ったら叱責を食らうに決まってるわ。   あなた1人で、スキナーに申し開きをしてね。私は、横で黙って聞いてるから。   これまで、ほとんどの場合、あなたの主張を尊重してきたわ。   あなたのその直感には、私には無い、洞察力とひらめきがあると、常々尊敬してきたからよ。   でも、今回は、我慢ができない。今日は、とにかくこれで終了させましょう。   犯人の捜査は、地道に警察が、横道にそれない、真っ当な方向で進めているから、心配ないわ。   モンスターは、あなたを招待していないの。」  スカリーは、そこまで一気にまくしたてると、酸素不足を感じて喘いでいたが、次には  目がチカチカして、とうとう目の前が真っ暗になり、すべての意識がフェイドアウトした。  わずかの時間で、スカリーは回復し目を開けた。  さすがに心配そうな顔でモルダーが、彼女の顔を覗き込んで、声をかけた。  「スカリー、大丈夫?」  「あ、モルダー・・・もう大丈夫。なんでもないわ。疲れが溜まっているのに、あまり眠ってない   せいよ。食事したら、すぐに休みたいわ。今夜は、もう帰りましょう。」  「ああ、そうしよう。君は酷く具合が悪そうだ。休んでいた方がいいよ。」  モルダーは、難しい顔でそう言うと、彼女を助手席に移動させ、運転を代わった。  次にモルダーがスカリーに声をかけるまで、彼女はうとうとと眠っていた。  彼が見つけた小さなレストランは、清潔で、アットホームな雰囲気が、彼女の疲れを癒した。  しかし、猛烈な食欲を見せるモルダーを目の前にしても、スカリーは、ほとんど食べられ  なかった。  さっぱりとしたスープをすすり、トマトソースがほど良くからんだパスタを一口。  それでもう限界だった。  モルダーは、不安な表情を見せていたが、何も言わなかった。  具合はどうかと訊ねても、彼女の答えはわかっていたからだ。  何か口に出すと、車中の口論が再燃するという懸念もあった。  お互いに、またとげとげしくはなりたくなかった。  が、どちらかが謝ってすっきりするというテーマでもなかったので、会話は弾まなかった。  最後のコーヒーをすすっている時、モルダーのセルが胸で鳴った。  いやな予感はあったのだが、スカリーは、どうにも胸につかえた感じが治まらずトイレに立った。  席に戻った時には、すべてが終わっていた。  誰かと会う約束をしたモルダーは、スカリーの戻ってきた足取りがしっかりしているのを確認すると、  独りで出かけることにしたと告げ、スカリーを置いて出ていった。  モルダーの、足早にレストランの戸口に向かう背を、スカリーは、呆然と見送った。  こんなことは初めてだった。  スカリーはタクシーを拾い、モーテルによろめくようにたどり着いたのだった。  モーテルで、スカリーは、ぼんやり窓の外を眺めて、時間の経つのをやり過ごしていた。  モルダーはまだ帰ってこなかった。  スカリーは、ベッドで寝返りを繰り返し、なんとかして厭な味が込み上げる胃を宥めようとした。  ほんとは、かなり後悔していた。モルダーを独りで行かせたことを。  今日は、自分も言い過ぎた。  この前の、あの陰惨な事件が、心の中で尾を引いているのかもしれないと思った。  体と心の疲労を、どうしたわけか、今回はうまく解消できていないからかもしれなかった。  感情の、起伏がこんなに激しくなるなんて、滅多にないことだと、自分の今の状態が、信じられなかった。  ― モルダーが帰ってきたら、もっと冷静に話をしよう。     でも、顔を見たら、またなじってしまいそうだわ。     私が謝ることでもないし。     でも、言い過ぎたことを悔いていることは伝えたいし、心の奥では、彼と行動を共にしたい     と思っていることも、彼の全てを否定してるのじゃない事も、少し休息が欲しい事も、     できれば彼にそばにいて欲しい事も・・・・     どうしたら上手く言えるかしら。     要するに、喧嘩の仲直りをしたいということなんだわ。     さっきのは、まるで最後は子どもの喧嘩ね。  「嫌なものは嫌!」  「僕はやりたいようにやるね!」  その後のモルダーの膨れっ面を思い出し、クスリと苦笑が漏れた。  そして、ふと思い出した。  あちらの世界の、つまり、架空のお話の中のスカリーは、何度もこんな目に合っている事を。  彼は行く先を告げないで、どこかに行くし、彼女とともに行動していても、突然独りでどこかに  行ってしまう。  ― 彼女を何度置き去りにしていたかしら?     そして、じりじりと不安と闘いながら彼女は待つの。     そして、やっとセルに彼の声をキャッチして、彼女は聞くのよ。     「モルダー。どこにいるの?」    あまり想像できなかったあちらの彼女の気持が、今は痛いほどよくわかった。  あのモルダーのパートナーを、よくぞ彼女は長い年月勤め上げていると、感心した。  あっぱれと、拍手をおくる。  それから、彼女の忍耐と愛情の深さを思った。  私だって、彼を愛する気持ちでは、決して負けてはいない、とも思った。  そんな事を考えているうちに、気分はだいぶ良くなった。吐き気も治まった気がする。  それからスカリーは、あっという間に、眠りに落ちた。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++  ノックの音で、スカリーは目が覚めた。  一応拳銃を手にして、ドアに向かう。  「スカリー!僕だ。」  その声で、ほっと安堵する。  拳銃をテーブルに戻すと、すぐにキーをはずし、ドアを開ける。  モルダーが室内に一歩踏み込むと、スカリーに抱きついてきた。  「モルダー?」  どこか怪我でもしてるのかと、不安が駆け巡った。  「大丈夫?怪我でもしたの?何かあったの?」  モルダーの腕をさり気なくほどきながら、彼の頭から足の先にまで、すばやく目を這わした。  モルダーは首を横に振る。  外見をひと眺めしたところでは、無事なようだった。  モルダーは、スカリーをさらに抱擁し、次第に彼女を抱く腕は、強さを増した。  「スカリー、さっきは悪かった。」  モルダーは、耳元で低く囁くと、そのままそこに唇を付けた。  続いて、首筋を這い、顎に移り、のけぞった彼女の喉元まで攻めていった。  彼女のパジャマの、開いた胸元を鼻で掻き分けると、長い指が、優美な動きで、ボタンをはずす。  「モルダー!どうしたの?捜査中は・・・だめ・・・って・・」  その口は、ディープなキスで塞がれた。  彼の昂まりを、押し付けられた下半身に感じた時、スカリーは、抵抗を止めた。  彼女もそれを望んでいたことに、気がついたからだ。  いつかの、限界に挑戦するかのようなストイックさは、もう辞めにしていた。  立ったまま、二人の着衣は、一枚一枚と剥がれていった。  モルダーの素肌に自分の肌を合わせていると、言葉ではうまく言えなかったいろいろな感情が  体中から放射されていくような気がした。  モルダーの優しい唇の動きが、彼の感情を伝えていた。  丁寧に、愛情を込めて、スカリーの快感のスイッチを入れていく。  スカリーの唇も、ソフトに彼の胸に触れ、わき腹をたどり、さらに、彼の期待で燃え上がっている箇所に  差し掛かる。    さっきまでスカリーが眠っていたベッドは、彼女の温もりと、彼女の匂いが残っていた。  モルダーは、彼女を大きな体で覆いながら、その温もりと匂いを愛しんだ。  彼は、ゆっくりと彼女を柔らかく溶かし、彼女は全身で彼に応えた。    二人そろって熱くなっていく。  二人で身を合わせている瞬間は、至上のものだと感じる。  モルダーの息が、ひときわ荒くなり、大きな動きが止まった。  スカリーの肩に彼の顎が置かれ、モルダーは、スカリーの胸に沈んだ。  スカリーは、まだ彼を強く引き付けていた。  胸に抱くモルダーをなだめるように、優しい指が、彼の髪を梳いている。    そのまま二人は、まどろんでいた。  スカリーが、肌寒さに目を覚ました。  まだ夜の闇は深かった。    モルダーが体をずらし、彼女の横にうつ伏せで眠っている。  ブランケットでお互いを被い、スカリーはモルダーの暖かさを求めて、また、そばに吸い付いた。  こういうのも、いいのかもしれないと、スカリーは思った。  捜査中はベッドを共にしないなどと誓う事の裏には、それがプロらしい形だという感覚があった。  仕事に専念しているという、ポーズだったかもしれない。  でも、そのことに、どれほどの効果があるのか。  実質の恋人になる以前から、モルダーはスカリーの安全を常に意識していたし、  スカリーも、彼を危険から回避させるためには、どんなことでもしたに違いなかった。  今も同じだ。  恋心を明かそうが、隠していようが、どちらにしても、お互いを愛し、その身を案じる気持ちには、  変わりがないのだ。  お互いを救う行動をする事にも、変わりが無い。    ただし、決して過剰にはならない。  たとえば・・・・  危険から「逃げる」という決断をしたとき、彼はスカリーの身を案じ過ぎない。  スカリーを捜査官として信頼しているからだ。  コンパスの長い彼が、猛ダッシュするのだ。当然彼の方が先に行く。ほとんど振り返らず全力疾走だ。  スカリーは必ず後に続いていると、彼には判っていた。  だから、安全な場所に着いた時点で、彼女の姿を目で確認する。  だが、身を盾にして、彼女を守る事はあった。  一方、スカリーも、彼が手を差し出して、彼女をサポートする事は受け入れる。  高いところから降りる時、自然に彼はそうする。  でも、大きな旅行用のバッグを引き摺るようにしていても、彼は余計なおせっかいは焼かない。  女性捜査官は、自分の荷物くらい楽々運べるのだ。  そういう流儀は、恋人になったからといって変わるものではなかった。  モルダーの安らいだ寝顔を、愛しく見つめながら、やっぱりこういうのも悪くないと、  またスカリーは思った。  ― 私は、好きだわ。気持ちを押さえつけても、何もいいことはないもの。            以前は、仕事の上での諍いの後は、たいてい、ささくれただった気持ちを抱え込んだまま、  モーテルの寒々とした部屋に帰っていた。  モルダーの気配が壁越しに感じられると、何故か余計苛立ちが募った。  なんとか自分の気持ちに折り合いを付けて、翌朝、モルダーと平静な会話をする。  しかし、上手くいかないこともよくあった。モルダーもそのようだった。  愛情を持っていても、その感情を表さないのだから、距離が開きだすと、気持ちのすれ違いが続いた。  仕事の不満が、他の要素まで吸い取って、だんだん増幅していった。  心の中を明かさないことからくる、おかしな疑心暗鬼にさいなまれる二人だった。  スカリーは、こういう、恋人だからこそできる仲直りの儀式も、いいものだ、と思った。  ― 過剰にならなければね。モルダー・・・  スカリーは、眠りこけている彼にキスをして、もう少し眠る事にした。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++  例の目撃者との会見は、モルダーを落胆させる結果で終わっていた。  彼が会いに行った目撃者は、落ち着いた物腰の、若いとはいえない、一人暮らしの女性だった。  その容姿や態度から、彼女が、吸血鬼が人を暗闇で襲い、狼男がそこに割り込んできた、などと  話すのも、なんとなく信憑性が感じらた。  だが、彼女は見たと信じ込んでいるだけで、確実な物は何も無かった。  それでも、その手の不思議な現象の研究サークルに、籍を置いている彼女の、これまで「見た」と  言うものの話はとてもおもしろく、なんとなく長居してしまった。  スカリーに散々、自分の捜査のターゲット、吸血鬼と狼男を、お茶らけてるだの、趣味に走りすぎてるだの  とけなされた後だったので、なおさら、この話が合う女性と盛り上がってしまった。  しかし、話しているうちに、やがて彼女が違う方向に進行させようとしているのが、モルダーにも、  わかった。  いくらその方面の感度が鈍いとはいえ、さすがに自分に降りかかってきた災難には、気が付いた。  彼女が、今回モルダーに連絡してきた最大の目的は、彼にあったらしい。  彼をどこで見初めたかは知らないが、彼と、とても個人的な親密な関係を作りたかったらしい。  二人きりの、照明を落とした部屋の中で、ワインなぞを勧められ、膝をにじり寄ってこられたあたり  から、モルダーは、どう逃げ出そうか、忙しく頭の中で考えをめぐらしていた。  彼女の眼の光が尋常ではなくなってきたのも気がかりだった。  逆恨みされて、あとでセクハラで訴えられたりしないか? などと、妙な心配も、ちらっと、心に浮かんだ。  まさか薬を盛られてはいないだろうなと、不安に駆られもする。  スカリーを置いてきたのは、大失敗だった。  目の前の、品の良いご婦人が、やや鼻息を荒くして、夜も更けたから一夜の宿を提供すると言い出した  とき、ようやくキッパリともてなしを断ることができた。  彼女は、モルダーが話しに乗ってこなかったのを、不思議そうにしていた。  ちょっと前まで、意気投合していたのだから、無理も無い。  彼女に期待を抱かせる雰囲気を作った自分も悪い、とモルダーは猛反省した。  隙があったに違いない。  部屋を退散したあと、モルダーは、いやぁな気分だった。  深く後悔する。  スカリーの言う事を受け入れなかった自分を叱った。  そして、ずっと具合の悪そうだったスカリーを、どうしてもっと気遣ってやれなかったのかと悔やんだ。  あちらのモルダーが、しょっちゅう彼女を途中に放置して突っ走るのを、困ったやつだと顔をしかめてい  たのに。  彼女が癌の転移で苦しんでいた時、あちらのモルダーが、ダミーの宇宙人の遺体にころっとだまされて、  家族団欒のディナーを中座させてまで彼女を呼び出したこと、続いて、厄介ごとに引っ張り込んだことも、  半ば呆れて、スカリーと話題にしたことがあったのに・・・   『彼女は、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてるのよ!    なぁにがエイリアンの氷付けよ!    そんなもん、調べる前に、する事があるんじゃないのー?    彼女の体の具合をちゃんと聞きなさいよ、ったく!』  それが、僕の“勇ましいスカリー”のコメントだった。  今日の自分は、彼と同じだった。  いや、自分の方がもっと最低だったと、悔恨の気持ちでいっぱいになった。  そんな気持ちで、スカリーの部屋のドアをノックしたのだった。  夜明けの、ほの明るいに光に照らされたスカリーの顔は、青白かった。  目覚めて彼女を見つめるモルダーは、その腕を、大切そうに抱え込まれていた。  何も言葉はなかったが、スカリーが彼を許し、彼に寄り添ってくれている事が  ようく判った。    − スカリーは、僕を拒まなかった。    スカリーは熱く、スカリーは甘く、スカリーは穏やかだった。  奔放に燃え上がって、彼を翻弄するスカリーも良かった。  ベッドでは、いつも挑発するような目で、モルダーの喘ぎ声を愉しむ彼女だった。  しかし、今夜のように、彼を包み込み、慈しんでくれるスカリーも・・・  また、「僕のスカリー」の新しい魅力だった。  モルダーは体を密着させた。愛しい思いが伝わっていくように。  − これからは、これでいこう。    スカリーを欲しないでいることなど、できないことなんだ。    捜査の出先であろうが、なんだろうが、自然体が一番いい。       ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++  DCに戻って数日後、事件の真犯人を地元の警察が挙げたとき、モルダーは、当分はモンスター話に  決して乗らないと、改めて心に誓った。  それは、痩せこけた出っ歯の男と、髭もじゃで毛深い大男の、二人組みの強盗だった。  それにしても、DCに戻ってからも、スカリーは、終日だるそうで、憂鬱そうに眉を寄せていた。  彼女がしゃっきりするのは、遺体解剖のときだけだ。  ドラマの中とはいえ、あちらのスカリーが重病になり、生きる望みも消えかかったことが、  どうしても、自分のスカリーの苦しそうな姿に重なった。  モルダーは、悪い予感が走り、ぞっとした。  モルダーは、「大丈夫。」を繰り返すスカリーを説得して、病院に付き添って行った。  祈るような思いで、廊下のベンチで長い時間待っていた。  看護婦が、事務的な口調で、「付き添いの方、どうぞ中へ」といった。  モルダーは心臓をわしづかみにされたような気分になった。  − 僕を呼ぶなんて、そんなに悪いのだろうか・・・これから医師になんと宣告されるのだろう。  モルダーが恐怖の面持ちで、診察室に入ったとき、目の前に現われたのは、  スカリーの照れながらも、誇らしそうな笑顔だった。  スカリーは、めでたく身篭っていたのだ。モルダーのベビーを。  すべては、つわりが原因だったのだ。  感情が嵐のように大きく揺れたのも、だるい熱っぽさも。  そのニュースを医師から聞かされ、看護婦達からおめでとうの祝福の言葉をもらったあとは、  モルダーは夢見心地で、なにを注意されたのか、あまり記憶に留まらなかった。  父親の心得を聞かされたような、いや、彼女の連れ合いとしての心構えだったか?  その日から、モルダーは、スカリーの部屋に泊り込み、プライベートの時間は、完全なるしもべと化した。  スカリーのために食事を工夫して作る。  重いものは持たせない。  睡眠をたっぷりとらせる。  部屋の掃除も、洗濯もごみ出しも、彼が率先して担当した。  仕事は・・・これは彼女の意志だから、モルダーがあれこれ言う事ではなかった。  まだ現場にも出て行く。  彼女が、ダッシュで駆け出す時は、思わず天に祈っていた。    ― どうか転ばないで!  彼ができることは、今まで通り最大限に彼女を信頼し、彼女を守ることだった。  そう、今まで通りだ。  スカリーは、モルダーのいたわりに甘えながら、安定した精神状態にはなった。  頭痛や、だるさは、睡眠をたくさん摂ることで、次第に治まっていった。  だが、絶え間ない吐き気だけは、しつこく持続していた。  いくら彼が工夫した食事も、ほんの少ししか食べられなかった。  仕事の合間に、点滴で栄養補給してつないでいった。  貧血も心配な領域に入って、とうとう医師から通告された。  休職に入る事、しばらくは入院して安静に努めることを。  スカリーは気落ちしたが、モルダーは安堵の溜息をついた。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++  「モルダー、悔しいけど、休みに入る事にしたわ。私の代りを要請しておいたけど、まだ完全休業という   わけではないから、調子が良くなったら時々は出てくるわね。」  「無理しない方がいいよ。代りが来るなら、君はゆっくり休んだ方が・・・」  「えぇ、そうね。私の代りには、あなた好みの人をお願いしておいたから、よろしくね。」  「僕の好みって?」  「もちろん、私のようなタイプ。どう?好みでしょう?」  「もちろんさ、君がタイプ。でも、君の代りは誰にもできないよ。」  「はいはい。で、来週には来る事になってるの。やさしくしてあげてね。こんな地下室に来てくれる人   なんて、そうそういないのだもの。」  「OK、上手くやってみせるよ。」  そんな会話をした翌週、彼はオフィスで、ファイルをあさっていた。  スカリーのいないことにまだ慣れていないので、このオフィスが、やけに広く感じられていた。  この空間を埋められるのは、彼女だけだと、モルダーは、もうスカリーが恋しくなっていた。  とっとと仕事を終わらせて、スカリーの元に帰りたくなってきた。  しかし、スカリーが言っていた、スカリータイプという代わりの捜査官に、期待も半分くらいはあった。  不安も半分といったところだ。  ノックの音がした。    少し緊張してドアを開けた。  「やぁ、ようこそ。待ってたんだ。スカリーの代わりの?」  頷く新しい捜査官を、招き入れた。  − おぉー!・・・・・・・・・・・・・・・。  まさにスカリーのタイプだった。  いや、彼女以上かもしれない。  目の前の新しい相棒に、いくらかは面識があった。スカリーより、年は上だ。  彼女と同じ・・・・・・・・・超常現象を信じない・・・・  名前を、    ・・・・・ジョン・ドゲットと言った。 ************************************************ すみません、こんなオチで。 始まりは、冒頭のHOTな2人が描きたかっただけです。 だんだん、本編のモルスカは、スカちゃんの妊娠期間中の喜びも不安も、分かち合う事もできなかったんだなあと、 可哀想になり、また、スカちゃんの過酷な妊婦生活、あれをどうにか緩和したいなぁと思い始め、こんなお話しになりました。 なお、FBIのビル内に託児所があるのかどうかは、まったく知りません。