DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. Also the following movie and song do not belong to me, either. *"Can't Fight The Moonlight" sung by LeAnn Rimes *"Pretty Woman" starring Julia Roberts and Richard Gare No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品には、ある事柄について一部問題のある表現が含まれています。これは本作品の都合上 避けられないものであり、決してこの事項に関する問題提起を行っているわけではない事を ご理解下さい。 ・これは筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる皆様 には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Leaving Behind』の第二章です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Leaving Behind (2/5) Category: MSR / Comedy and Angst Spoiler: None Inspiring: Pretty Woman(starring Julia Roberts and Richard Gere) Date: 04/16/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− 親の敷いたレールに我慢ならないダナは家を飛び出し、ビバリーヒルズ・フッカーに転職(!?)した。 そんな彼女の目の前に大富豪のビジネスマン、フォックス・モルダーが現れる。さすがスプーキー、 大金はたいて一晩雇ったダナに、今度はビジネス・パートナーとして雇いたいと持ちかけた。 はてさて、どうなる事やら? 「よし、決めたよ。スカリー、君を正式に僕のパートナーとして迎えたい」 「パートナー?」 Underneath the starlight, starlight 星空の下では There's a magical feeling so right 不思議な気分だわ Feel it steals your heart tonight ほら、今夜あなたの心を盗んでいく Deep in the dark 暗闇の中で You'll surrender your heart あなたはハートを差し出す Don't you know, don't you know あなたは知ってるかしら That you can't fight the moonlight 月明かりにはかなわないって事を No, you can't fight it そうよ、きっと無理 It's gonna get to your heart 必ずあなたの心に届くから 「パートナーですって?」 「そうだ。期間は今週いっぱい。僕のビジネスパートナーとして雇われてもらいたい」 「何それ? 私、ビジネスの事なんてわかんないわよ」 ムッとした表情で答えるダナを目の前に、モルダーは壁にもたせかけていた体を起こして両腕を組んだ。 「今晩、クライアントとディナーの約束がある。場に華を持たせてほしいんだ」 「『場に華』って何よ」 「野郎ども3人だけのディナーじゃつまらないだろう? 君は場に華を添えるのに十分な魅力を 持ってる。だからこそ頼んでるんじゃないか」 『魅力がある』という思いがけない言葉に、ダナは一瞬ドキッとして下を向いてしまった。 「........」 「不満かい? ギャラはいくらでも出すよ」 そうじゃなくって....ったく、口がうまいんだから 「4000ドル」 「高いぞスカリー」 「6日間つきっきりなのよ、当たり前じゃない」 「2000でどうだ?」 「3000」 「決まり。これで君は6日間、僕のものだ」 ニッコリとしてバスタブを見下ろすモルダーの顔を、ダナは穴が開くほどジッと見つめた。 イイ男と大金を簡単に手に入れた、その驚きやら興奮やらが、ない交ぜになって込み上げてくる。 ダナはバスタブに張ったバブルまみれのお湯をピシャリとはたいて叫んだ。 「さんぜんどる....きゃーっ!!」 フワッと空中に跳ね上がったバブルが、彼女の髪に舞い下りる。いつまでも笑いが止まらないダナは、 モルダーの瞳に愛らしく映った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ どうせなら、モルダーがビックリするぐらい変身しなきゃね サングラスをかけてきたのは正解だった。モルダーはどんなタイプのドレスが好みなのだろうと 考えるうちに、ニンマリと緩むダナの顔を隠してくれるからだ。 『これで好きな物を買ってきてくれ。もちろん、ディナー用のドレスを忘れずに』 モルダーから手渡されたアメックスのクレジットカードをショルダーバッグに忍ばせ、 彼女はロデオドライブの中でも特に人目をひく看板が掲げてあるブティックのドアを開けた。 ヒヤリとした冷房の風が彼女の頬に当たる。 「いらっしゃいませ」 にこやかに登場した店員だったが、ダナの姿を見るや否やその顔を曇らせた。 「あの、何かご用ですか?」 「ここ、ブティックなんでしょ? 服を見に来たのよ」 「恐れ入りますが」 店員は、腕を組んだ格好でダナの前に立ちふさがった。 「あいにくですが、当店ではあなたに似合うようなものは取り扱っておりません」 「どういう意味よ?」 「ですから....ここは高級ブティックなんです。おわかりですか?」 『ダイアナ』と書かれたネームプレートを胸につけた店員は、決して真昼のロデオドライブ には似つかわしくないダナの格好をなめ回すようにじろじろと見つめる。 まさに娼婦って感じだわ ....私より胸あるわね、いいなぁ って、羨ましがってどうするの!? 「....と、とにかく当店は『品位』をモットーにしております。率直に申し上げまして、あなたの ような方に、私どもの商品をお売りする事はできません」 「どうしてよ、お金ならあるわ」 「お金の問題ではありません。『品位』の問題なんです」 ふふん、思い知ったか マンガにもなっている『白鳥○子』のように勝ち誇った表情を浮かべたダイアナは、ダナに向かって 「どうだ」と言わんばかりの意地悪な微笑みを投げつけた。 品位って.... ダナはうつむいたまま、店のドアを開けて出て行った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「どうなさいました、スカリー様?」 暗い顔でホテルに戻ったダナは、その言葉でふと顔を上げた。 「....ウォルター」 いつからそこに立っていたのだろうか、スキナーがニッコリと微笑んでいる。いつでも高級そうな スーツを見事に着こなしている彼なら、ブティックで門前払いを食らう事など、まずないと言って 間違いない。おそらく店員達は我先にと近寄って、彼に似合う服をあれこれと持ち出してくる事 だろう。自分の惨めさを痛いほど思い知らされたダナの瞳から、みるみるうちに大粒の涙が溢れ 出してきた。 「スっ、スカリー様!? お気を確かに!!」 「気は確かよ、ウォルター....私....私どうしよう?」 高級ホテルの支配人がフロントで女性客を泣かせた、そんなゴシップはゴメンだとばかりに スキナーは慌てて彼女を支配人室へ押し込んだ。まだ泣き止まないダナを椅子に座らせ、彼は 手の甲で額の冷や汗を拭った。 やれやれ、モルダー様もとんだ方とお知り合いだな 「もう大丈夫ですから落ち着いて下さい。何があったんですか?」 ダナにハンカチを差し出しながら、スキナーは優しく尋ねた。鳴咽混じりに「ありがとう」と 言ってスカリーはそのハンカチを手にすると、これでもかと言うほど派手に鼻をかんだ。 ああ....私のハンケチが.... 『ハンケチ』と言うあたりが、いかにもスキナーらしい。 「ブティックに行ったのに、服を売ってくれなかったの。私にはその資格がないって」 「資格、と言いますと?」 「お金じゃなくって品位の問題だって言われたわ」 「ああスカリー様、お可哀相に....」 目を真っ赤に泣き腫らしている彼女を見ていると、スキナーは何とも言えない気持ちになった。 この泣き虫でキュートな女性は好きでこんな格好をしている訳ではない、何か事情があるのだろう。 滅多に笑わないモルダー様が、あれだけ楽しそうに微笑みかけていた女性だ。心はきっときれいな お方に違いない、そう思うと、なぜかスキナーの心の中に熱いものが込み上げてきた。 「スカリー様、もう泣くのはおよしなさい。せっかくの美人が台無しだ」 「......」 「私が何とかいたしましょう。ただし」 「ただし?」 「一つだけ教えていただきたい。あなたはモルダー様の....」 おそらく街角に立っている娘なのだろう そのような人間をこのホテルに泊めておくわけにもいかないが 何しろモルダー様が連れてこられたのだ 嘘でもいい せめて彼女の口から『娼婦ではない』と聞けば、私は納得できる だから頼む、間違っても『娼婦だ』とは答えないでくれっっ!! そんな思いが、彼の眉間に深〜〜〜い縦皺を刻ませていた。 ダナは迷った。本当の事を言うべきなのか、最後まで嘘をつき通す方がいいのか、彼女の心の中では 二つの思いが力比べの如く派手に戦っていた。 きっとバレバレなんだろうけど.... 「姪、よ」 ダナがそう答えると、スキナーの眉間に作られた深〜〜〜い皺がパッと消え、晴れやかな表情に 変わった。 「よろしい、ヒジョーによろしい。では私にお任せ下さい」 スキナーは彼女にバチンとウィンクをしてデスクの電話に手を伸ばし、手早くボタンを押した。 「ビバリーウィルシャーのウォルター・スキナーだ。今からレディがそちらを訪ねる。店で一番 いい服を見立ててあげてくれないだろうか」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 『モルダー様の姪御さんですって?』 マリタはニッコリと微笑んだ。 「え、ええまあ」 ビバリーウィルシャーホテルから3ブロック程離れた場所にあるブティック『SRSG』は、白を ベースにした清潔感のある店である。ここのオーナーを務めるマリタ・コバルービアスはその日、 その長身を生かして、くるぶしまで丈のある茶色のロングスカートと白いシルクのブラウスを 身につけていた。 「いつもウォルターとモルダー様には贔屓にしていただいてるんですよ」 「そうなんだ....」 マリタは以前、国連で仕事をしていたのだが、株で大儲けをしてこのビバリーヒルズに移住 してきた。彼女の前職にオマージュを捧げようと、店の名前は『国連特別代表補佐』の頭文字を 取ったものらしい。 「こんな素敵な姪御さんがいらしたなんて知りませんでしたわ。今日はどんな服を?」 「伯父....の取引先の方を交えてディナーなの。それから服を何点か欲しいんだけど」 「オーケイ、それじゃ」 パチンと指を鳴らして、マリタは店内のスタッフに声をかけた。 「アレックス、エド、エスター。スカリー様のお相手をしてさしあげてちょうだい」 「かしこまりました。スカリー様、どうぞこちらへ」 それから2時間もの間、三人のスタッフはあれこれとアイテムを引っ張り出してはダナに試着を させた。もし着せ替え人形に心があれば、きっとこんな気分を味わっていたに違いない、彼女は 試着室に入る度にそう思った。 逞しい右腕に彫り込んだ芸術的なタトゥーが似合うエドは、体にピッタリとしたモード系の服を 選んでくれる。白と黒のシンプルなカラーコーディネイトが、彼の服選びのセンスの良さを証明 していた。 漆黒の瞳が怪しい魅力のアレックスは、ダナをより女性らしく見せる明るい雰囲気の服を持って くる。エドとは正反対の感覚を持つ彼のチョイスも素晴らしかった。 そしてエスターは、ディナーのための特別なドレスを選んでくれた。ついでにメイクもどうかと 言われたが、エスターのように目の周りを黒く塗られるのはさすがに気が引けたので丁寧に断った。 「お気に召していただけたらいいのですが....」 「ええ、もうバッチリ。みんなのおかげよ、ありがとう」 両手いっぱいの袋を抱えて、ダナは満面の笑みを浮かべた。 帰り道、買った服のうちの1着を身につけたまま店を出たダナは、その足であるブティックへ 立ち寄った。さっきと同じように、ドアを開けた瞬間にエアコンの風が体中にまとわりつく。 「いらっしゃいませ....あら」 ダイアナは、ダナの顔を見てギクッとした。 「こんにちわ。私の事、覚えてるよね?」 「え、ええ....」 気まずそうに目をそらすダイアナの表情に思わず顔がほころびそうになるのをこらえ、ダナは努めて クールに言い放った。 「こんなに買い物しちゃった。残念だったね、逃がした魚は大きかったよ、めっちゃくちゃ」 「........」 「それじゃ、またね」 少し大袈裟に笑みを見せて外に出たダナは、心の中で大きくガッツポーズを作った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「ウォルターっ!!」 ホテルに戻ったダナは、スキナーの姿を見つけるなり、走り寄って力いっぱい抱きついた。 「ぐわっっっ!!」 いきなり体をがっしりと絡め取られたスキナーは、首を絞められたニワトリのような声を上げ、 そのつぶらな瞳を大きく見開いた。 「すっ、スカリー様!? 今度はどうなさいましたか!?」 「あなたのおかげよ、ウォルター。服を買えたわ、ありがとう!!」 「それはそれは....ようございました。あの、スカリー様?」 「何?」 「ここ、フロントなんですけど....」 はたと動きを止めて目だけをキョロキョロと動かすと、周りに居合わせた宿泊客が異様なものを 見るような表情でこちらを注目している。ダナは慌ててスキナーの首に絡めた両手を解いた。 「ごめんなさい、苦しかった?」 「いえ、大丈夫ですよ。あなたがお履きになっているブーツのおかげで背丈の釣り合いが とれましたから」 『SRSG』から履いて帰ってきた厚底ブーツが、ダナの身長を15cmほどアップさせていたのだ。 今や彼女はスキナーの涼しげな頭頂部へ容易に手が届く。ペコン、ペコン、と音を立てながら 少し歩きづらそうにして抱きついてきたスカリーに、スキナーは優しく微笑んだ。 「これでディナーの準備が整いましたね」 「それがね、もう一つ頼みたい事があるんだけど」 「....フォークはサラダ用、メインディッシュ用などがございまして、サイズと歯股の数で  見分けるんです。いいですね?」 「なんでそんな面倒な事すんのかなあ? 洗うの大変じゃない、レストランの人」 「これがテーブルマナーなんですよ、スカリー様」 昼下がり、ディナーの準備のために一旦閉店したホテル内にあるレストランで、ダナは かしこまってテーブルに腰掛けていた。膝の上にはナプキンを広げ、目の前のテーブルには 食器が順序良く並べられている。ディナーの席で恥をかかないよう、ダナはスキナーに テーブルマナーを教えてもらうように頼んだのだ。 これまでそういった格式高いディナーをした事がないわけではないが、あまりそういったもの とは馴染みのない生活をしていたし、何しろこのような形式ばった事は、若干不器用とも言える 彼女にとってある種の「砦」のようなものだ。 「ったくもう、めんどくさいなあ」 「ダメですよスカリー様、ご立派なレディーがそんな言葉使いをしては」 「....そうね、本番ぐらいはきっちりしなきゃ」 3000ドルで雇われたんだもの、と危うく言いかけたのを、ダナは慌てて飲み込んだ。 「ウォルター、ありがと。あなたのおかげ」 「いいんですよ。モルダー様に見事な変身ぶりを見せて差し上げて下さい」 「そうね。こうなったら、彼が腰を抜かすぐらい変身してやるわ」 ダナはニッコリしてそう言った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 仕事を終えたモルダーは、約束どおり7時にホテルへ戻ってきた。今朝、出掛けに「1階のバーで 待ってる」とダナに告げたはずなのだが、彼女の姿はまだ見えない。 「スカリーのやつ、どんなカッコしてくるんだろう?」 まさかビジネスに似合わない悩殺スリットなんて入ってないだろうな モルダーは、ダナに「控えめにしろ」と忠告し忘れた事を後悔していた。相手の株式の大半を購入し、 自分の企業の傘下に入れてしまおうという密かなたくらみを企てていた彼にとって、このディナーは 重要な意味を持つ。 「....いや、僕の目に狂いはないはずだ。彼女を信じるしかない」 7時05分 ダナはまだ現れない。 モルダーはチラッと腕時計を見る。心配になった彼がバーの入り口にいたギャルソンを呼び止めた その時。 「モルダー」 カウンターのスツールに座っていた女性がこちらに顔を向けた。 「....ス.......」 黒のロングドレスに身をまとったダナがゆっくりと席を立つ。2日間で見慣れていた、はすっぱな ダナ・スカリーは影も形も見あたらない。アクセサリーは金色に輝く小さなクロスのネックレス だけだが、逆にそのシンプルなアクセサリーの使い方が、彼女の美しさを十分に引き立てていた。 セクシーかつ上品でシックな装いで現れた彼女に、モルダーはすっかり見とれてしまった。 「どう、気に入った?」 「あ....」 口をポカンと開けたまま何も言わないモルダーを見て、ダナは不安になって表情を曇らせた。 「ダメかな、こういうの?」 「そ、そうじゃないよ。ただ....」 「何?」 「ちょっとびっくりしただけだ」 「なんで?」 「ここまでキレイになると思ってなかったから」 驚きでまだボーッとした表情を浮かべているモルダーの顔を見て、ダナはニヤリと笑って言った。 「それじゃパートナー、ビジネスディナーへ」 彼女がモルダーの腕にそっと手を添える。二人は照れたように笑い合いながら歩き始めた。 「ほう」 「いい感じだね、あの二人」 高貴な印象さえ漂わせる彼らは、その場にいた人間の視線を一斉に集める。モルダーのエスコートに 導かれたダナは、その雰囲気にすっかり酔いしれていた。 「その調子だ」 「あなたもね」 フロントで、二人を目にして誇らしげに微笑むスキナーと目が合ったダナは、彼にバチンと ウィンクをよこした。 「行ってらっしゃいませ、モルダー様、スカリー様」 モルダーもまた、スキナーに柔らかな笑みを返した。 お二人とも、素敵な方々だ 今日は何か気分がいいな 部屋でワインのボトルでも開けよう そう心でつぶやくと、スキナーは新しい宿泊客の対応に移った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「知りませんでしたな、モルダー君にこんな素敵なお知り合いがいたなんて」 「ビジネスオンリーですからね、いつもは」 モルダーはにこやかに答える。ヘンリー・ウォールデンとその息子テリーが、ドレスアップしたダナを 見て小さなため息をついたのが聞こえた。 『ウォールデン・アドバタイジング』は、アメリカに散らばる中小規模の同業他社を破竹の勢いで 吸収し、今や国内でも有数の企画・広告企業として名を轟かせている。 自ら会社を興したヘンリーは長年に渡って会社を取り仕切ってきたが、年齢的にもそろそろ後継者を 育てたいと考えているのだろう。最近になって、役員として経営をサポートしている息子のテリーが 彼と行動を共にする事が増えてきた。代表者交替の気配を感じ取ったモルダーは、これを機会に会社を 買収し、広告業界への参入を考えていたのだ。 「最近はせがれに現場を一任しておるのだ」 ヘンリーは息子に視線を移して顎をしゃくった。 「さすがヘンリー、頼もしい人材を揃えていらっしゃるようですね」 「こいつもなんとか使いものになりそうなんでな。ようやくわしも少し楽ができるようになったよ」 満足そうに言ってのけると、彼はダナに顔を向けた。 「ところで、えーと....ミズ・スカリー」 「どうぞお気を楽に、ダナと呼んで下さい」 「ダナ、モルダー君とは仕事のパートナーだとお聞きしたのだが、どういったビジネスを?」 「え....」 思わず言葉が詰まった。モルダーをチラリと見やると、彼は「任せろ」という表情を作った。 「サービス業ですよ、今流行の『癒し系』」 「ほう?」 「ストレスの巣窟とも言える現代社会に『ヒーリング』はつきものでしょう? 彼女は僕達に  安らぎを与えてくれるんですよ」 うーん、まあそんなもんかな? 「それは興味深いですな」 「彼女にはちょっと個性的なビジネス能力がありましてね、是非一緒に仕事を、とスカウト  したんですよ」 (『個性的な能力』? そりゃ言い過ぎなんじゃないモルダー?) (そうかい? 現に僕は君を気に入ったんだよ) 「個性的な能力....ですか?」 不思議そうな表情で息子のテリーが尋ねた。 「そう。実は僕も最初は彼女の売り込みを怪しげに思っていたんです。しかし彼女は非常にセールス が上手くてね。彼女が勧めるリラクゼーション機器を試してみると、これがなかなかイケたって わけで」 「それで....ダナ? ミスター・モルダーがここまで熱心におっしゃるそのビジネスアイデアは どこから思いつかれたんですか?」 さすがはやり手のヘンリーの息子である。『癒し系ビジネス』の真実を知ってか知らずか、テリーは 鋭い質問を突きつけてきた。 「あの、それは....」 「極秘事項?」 かすかにニヤリと笑みを浮かべたテリーの表情にダナは一瞬ヒヤッとしたが、意を決して口を開いた。 なんとかなる!! 「大した事ではありませんわ。今は世界中でIT関連ビジネスが幅を利かせているご時世でしょう? 物質主義の世の中に暮らす人間は、人間が持つ本来の感覚を失いつつあると思うんです」 「ふむ、なかなか面白い解釈ですな」 「ありがとう、ヘンリー。そこで私は『人間のこころ』に注目をしてみました」 次第にダナの口の動きが滑らかになっていく。その様はウォールデン親子だけでなく、 モルダーさえもが目を見張るものだった。 「人の心は、昔と比べて随分と乾いた状態になっています。巨万の富を築いても、ビジネスで大成功 しても、どこかこう原始的な部分 ――― 心ですわね、この場合。これが満たされない時というのが 往々にしてあります。これは人間として非常に悲しい事です。心はきっと物質的な癒され方よりも、 精神的な癒され方を求めていると思うんです。生身の人間ですもの、みんな」 そうよ。私の客なんて、心が「寂しい」って泣いてるような人ばっかりだもん 一息に喋り終えたダナを見つめたまま、三人はそのまま黙りこくってしまった。何かマズイ事を 言ってしまったかとモルダーに視線を向けたが、彼の目からは何も読み取れない。 私、ドジ踏んだ? 「....ダナ」 ようやくヘンリーがボソッと彼女の名を呼んだのが聞こえた。 「はい?」 「君は心の優しい人なんだな」 「いえ、そんな....」 「確かに今は物質至上主義のような風潮にある。どこへ行ってももので溢れかえっとるし、コンピュータ の普及で情報だけが一人歩きしている。しかし、そんな中でも君は最も人間的な視点からものを 見ようとしている。これからはこういう感覚こそ必要なのなかもしれんな、テリー?」 「そうですね。この世の中、ダナの意見は貴重ですよ」 モルダーは、なぜかその場から逃げ出したい衝動に駆られていた。ダナは飽くまで一般論として語った にすぎない、それはわかっている。しかし自分が決して人に見せようとしなかった心の奥底を、一人の 娼婦に、しかもこのわずかな時間でものの見事に見透かされた、そんな気がして彼はグッと唇を噛んだ。 金をチラつかせるだけで周りの人間は僕に愛想をふりまく しかし、本当の僕の存在価値は一体どこにあるのだろう? 「モルダー君、いいパートナーを見つけたな」 突然名前を呼ばれたモルダーは、一瞬遅れてヘンリーにニッコリと笑みを返す。 「え、ええ....ありがとうございます」 「今日は、わしらの未来に乾杯じゃな。ダナ、君にも期待しとるよ」 上機嫌のヘンリーは、手元のワイングラスを取って高々と宙に上げた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ ポーン....ポーン.... 誰もいなくなったバーに、ピアノの音だけが響いていた。その透き通った音色に吸い寄せられるように、 ダナは薄暗いスポットライトだけがついたバーへ、フラフラと近づいていった。 「先に帰っててくれ」と言われて部屋に戻ったが、一時間経っても戻ってこないモルダーを心配して、 ダナは再びロビーへ下りてきた。もう夜中の12時を過ぎている。バーのピアノを耳にしたのは、 彼の身に何か起きたのでは、と悪い想像が頭の中で駆け巡り始めた時だった。 ほのかな明かりの下、歩を進める毎に、そのおぼろげな姿は少しづつはっきりとした輪郭を持ち 始める。 「あなたがピアノを弾けるなんてね」 ダナの気配に初めて気がついたモルダーは、鍵盤から視線を外さずに微笑みながら答えた。 「意外かい?」 「ええ、とっても」 「君のスピーチにはかなわないよ」 「....ごめん、余計な事喋っちゃって」 「いや、いいんだ」 モルダーはピアノを弾き続けながら答えた。彼の長く細い指が鍵盤の上をなめらかに滑る。 「あれは君のビジネス観?」 そう聞かれたダナは、鼻でフッと笑った。 「....そうね、ロクでもないビジネスだけど」 「人間は寂しい動物だと?」 「ええ、そう。私を含めて」 「僕も寂しい動物なのかな」 「寂しくなければ、私なんて必要ないはずよ」 ダナの作り出す柔らかな空気に、モルダーは強い愛しさを感じた。ボンヤリと点されたスポット ライトは、彼女の赤毛がかった髪を鮮やかに照らしている。それは、ドレスを着たままの彼女の 魅力を一層引き立たせていた。 モルダーが手を止めた。 音が消えたバーは、静寂に包まれた。 「ダナ、こっちへおいで」 ピアノにもたれて立っていた彼女の左手をそっと掴んで引き寄せた。ピアノと自分が座っている 椅子の間にダナを立たせる。少しだけ力を入れて彼女の体をピアノに押しつけると、鍵盤が小さ く不協和音を奏でた。 立ち上がって両肩に手をかけると、ダナの視線がわずかに下を向いた。睫毛が震えているのを、 モルダーは見逃さなかった。 「震えてるぞ」 「そんな事ない」 「緊張してるのか?」 「してない」 ダナの精一杯の強がりを、モルダーは簡単に見てとった。彼女の肩は力が入って固くなっている。 それが彼女の肩に手を置いているモルダーへと直に伝わってくると、彼女の事が無性にいとおしく 感じられた。 「そんな事言ってもさ、力入ってる....肩に」 クスクスと笑って、モルダーはダナの肩に唇を落とした。 「うるさい」 彼は、口答えするダナにスッと顔を近づけたが、すんでのところで彼女は顔を後ろに引いた。 その表情は少し強ばっている。 「唇はダメだって言ったでしょ?」 「....そうだった、かな」 少しだけ不満そうな顔をしたモルダーは、ダナを抱き上げてピアノの上に座らせた。 彼も立ち上がり、ダナの膝の間に入り込んで互いの距離を狭める。 クソ.... 怒りに任せてもう一度顔を近づけると、今度は少し強めにダナの耳朶を噛んだ。おそらく その痛覚で彼女が顔をしかめたのだろう。その表情は見えなかったが、彼女の体がピクリと 跳ねた事で容易に想像ができた。 「特別料金を出すって言っても唇は禁止かい?」 「........ダメ....」 今度は頬に唇を落とした。 「強情なヤツだな、君は」 「........ルールだもの....」 首筋に唇を這わせる。 僕は一体この女をどうしたいんだ....? 彼の唇が体に触れる度に、どうにかなりそうな感情を必死で抑える。グッと力を入れて モルダーの腕につかまるダナの指もまた、どうしようもないほどに震えていた。 月明かりに照らされたピアノが、時折モルダーの体に当たって不協和音を鳴らし続けた。 ....to be continued −後書き− うを〜〜っ、「ちょっとだけアダルト」で締めちゃった。しかしこれが私の最大限の努力を以って した結果です(苦笑) 苦手なんっすよね。Fic書き始めて2年も経つのに、こーゆーシーンって未だに さわりしか書けない。チラリズムの美学(なんじゃそりゃ)ってヤツなのか、単に照れて書けないだけ なのか(^^;) とにかく慣れんシーンで頚動脈破裂するかと思ったっすよ、ホンマ。 え?次章は18禁シーンからスタートかって? お客さん、そりゃカンベンしてくだせぇ(懇願) あーあ、頭冷やそっと。 Amanda