DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. Also the following movie and song do not belong to me, either. *"Till I Get Over You" sung by Lara Fabian *"Pretty Woman" starring Julia Roberts and Richard Gare No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品には、ある事柄について一部問題のある表現が含まれています。これは本作品の都合上 避けられないものであり、決してこの事項に関する問題提起を行っているわけではない事を ご理解下さい。 ・これは筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる皆様 には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Leaving Behind』の第三章です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Leaving Behind (3/5) Category: MSR / Comedy and Angst Spoiler: None Inspiring: Pretty Woman(starring Julia Roberts and Richard Gere) Date: 05/09/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− 破格の金額を提示され、ダナは6日間、モルダーの専属として働く事になった。ビジネスディナー の席で完璧にモルダーのビジネスパートナーを務め上げ、モルダーをも驚かせたダナ。しかし 彼らの心の中では、互いに対する複雑な感情が形を成し始めていた。 クソ....僕は一体この女をどうしたいんだ....? The sunlight on your face 陽のあたるあなたの顔 Maybe someday I will erase 多分いつか忘れられる But if I do でももし本当にそうなったら Could I make it through 私は大丈夫なのかしら Through this world without loving you あなたを愛さずに生きていけるの? 「どうやら大成功を収めたらしいな、モルダー」 「おかげさまで」 ヘンリー・ウォールデンとのビジネスディナーから一夜が明け、彼は社長の座を息子のテリーに譲る 事を表明した。今後はウォールデン・アドバタイジングの会長という役職に就くものの、決定権を 持たないため、実際には隠居とさほど変わりはない。 「昨日の今日だ。まさかこんなに早く退陣するとは」 「そうですね、もしかしたら既に昨日のディナーの時点で心が決まっていたのかもしれません」 「とにかく、よくやった」 モルダーのお目付け役とも言える友人兼シニア・ビジネスパートナーのCGB・スペンダーは、 手にしていた煙草をテーブルの上の灰皿に押し付け、火を消した。テリーから広告業に関する 業務提携の話を打診された、と、朝も明けないうちにモルダーから連絡を受けた彼は、朝の楽しみ である濃いエスプレッソも口にせず、慌てて家を飛び出してきたのだ。エスプレッソと煙草 ―― 特に彼の煙草の吸いっぷりは、密かに『肺ガン男』とささやかれる程である。 「あなたの読みが当たりましたね、スペンダー」 「なに、あいつももう老いぼれだ。それぐらいの事は予想がつく。それに....」 「なんです?」 「ヘンリーとは昔からの知り合いでね」 「親友ですか?」 「ハッハッ、いやいや。仕事でのライバルだったんだ。いつでも腹の探りあいだったからな、今じゃ あいつの行動は手に取るようにわかるってもんだ」 モルダーのオフィスにあるソファに腰を落ち着けていたCSMは、足を組み替えて両腕をソファの 背の上に投げ出した。 「それはそうと、昨夜のディナーには誰を同席させたんだ?」 「は?」 「とぼけるな。お前に女の一人や二人いたところで私は何とも思わん」 そういう割には気にしてるような.... どうやらこの初老は千里眼を持っているらしい。モルダーが、ウィリアムから会社を引き継ぐ前からの 間柄であるがゆえなのか、彼はモルダーのどんな行動もお見通しのようだ。 「ダナ・スカリーです」 「スカリー?その名前は初耳だな」 「そうでしょうね」 「女だろうが男だろうが、上っ面の付き合いしか知らんお前がディナーに同席させるぐらいだ、 よっぽどの女なんだろう」 「ええ、素敵な女性ですよ」 モルダーがそう言うと、CSMは驚いた顔を作り、大声で笑った。 「お前もとうとうノロケる事を覚えたか!! こりゃよっぽどのタマだな。で、どんな女だ?」 「ですから....」 「いくら女とは言え、お前も損得勘定は心得ているはずだろう?」 モルダーは本当の事を言おうかどうか迷った。しかし、隠したところでこのヘビのような男は探偵を 雇ってでも調べ上げるに違いない、そう判断した。 「....ついこの前会ったばかりの娼婦です」 CSMは手にしていた二本目の煙草をポロリと取り落とした。 「し....娼婦だって?」 「ええ、そうです」 「娼婦って、あの....」 「道に立っていた子ですよ。僕が危うく車で轢きかけたんです。まあそのお詫びと言うか、 一晩だけと思っていたんですが、彼女はなかなか頭がいい。それで彼女を雇ったんです」 「どういうつもりだ!?」 ダン!! CSMが強くテーブルを叩くと、灰皿がブルブルと小刻みに震えて音を立てた。 「お前はビジネスの席に娼婦を同伴させたのか!?」 「ええ、ですが彼女には才能があります」 「どんな才能だ!? 人をイカせる才能か?」 「それ以上言うと、例えあなたでも許しませんよ、スペンダー」 怒って声を荒げたモルダーに人差し指で胸を強く突かれたCSMは、そのままグッと口をつぐんだ。 「....よし、いいだろう。君がこの会社を引き継いだのだ、好きにするがいい」 「ええ、そうするつもりです」 「だがこんな事はすぐに外部に漏れる。事は慎重に運ぶんだ、いいな? これはパートナーとしての 君への忠告だ」 「肝に銘じておきますよ。ですがスペンダー、僕は今日から二日間、休みを取ります」 「な....なんだと? 正気かモルダー!?」 「ええ、ペンドレルに全て引き継いであります。あなたもたまには休暇を取ってみてはいかがですか」 そう言うと、モルダーは部屋を後にした。ドアが閉まり、一人取り残されたスペンダーは落ち着こうと タバコを手にしたが、カッとなってそれを部屋の隅に投げつけた。 モルダー....お前には、少しお灸を据えてやった方が良さそうだな ------------------------------------------------------------------------------------------ 「僕は小さな頃からUFOに興味があった」 「乗った事ある?」 「あるわけないだろ、そんなの」 モルダーはこの日から、社長に就任して以来初めての休暇を取った。別にどこへ行くというわけでもなく、 ただなんとなくダナと過ごしてみたかったのだ。時間はたっぷりとある事だし、と、とりあえず帰って シャワーを浴びていると、ダナが「体洗ったげる」とスポンジを持って入ってきた。 ペントハウスのバスタブは、白いだけが売り物ではない。ダナとモルダーは、二人で一緒に入っても 十分に余裕がある広さのバスタブにたっぷりと湯を張り、その中で彼女はモルダーの体を洗い始めた。 普通なら押しつぶされそうになるような圧迫感も感じ得る体重差だが、浮力のおかげでそんな心配を する事もなく、彼女はモルダーの下に滑り込んで彼を仰向けにし、体を自分の方へもたせかけた。 「でも、UFOは絶対に存在すると思う」 「あーあ、子供みたいな事言ってる」 「いいだろ、夢があって」 「そーね、感動しちゃう」 芝居がかったような声で大袈裟に言うと、ダナはケラケラと笑った。 「こうしてると、なんだか子供の頃を思い出すな。母親によく髪を洗ってもらったもんだ」 「お母さんって、どんな人?」 「優しい人だったよ、もう亡くなったけどね」 「....ごめん、嫌な事思い出させちゃった」 「いや、いいんだ」 なんとなくしんみりしてしまった雰囲気を盛り上げようとして、ダナは努めて明るく言った。 「ねえモルダー、知ってる?」 「何?」 「私の足って80cmなの。二本あわせると160cmでしょ、今あなたの体は、私の立派な160cmの 足でがんじがらめにされる運命にあるってわけ」 ダナはそう言って、モルダーの体に両足を巻き付けようとした。しかし.... 「ス....スカリー、届くか?」 「届くってば!!」 モルダーの胴体が太すぎるのか、はたまたダナの足が短すぎるのか。彼女の足をモルダーの体に 巻き付けるには、ちょっとばかり長さが足りない。必死になっている彼女を見ていると、 モルダーは笑い出さずにいられなくなり、思いっきり吹き出した。 「ぶぶっ。ス、スカリー、無理するなって。溺れるぞ」 「そんな事ないって!!」 ガボッ!! 案の定、ツルツルのバスタブの中でお尻が滑ったダナは、頭のてっぺんまで勢いよく湯船の中に つかってしまった。 「ハハハハハ......ほら見ろ、言わんこっちゃない!!」 涙を流して笑いながら、モルダーは彼女を引き上げた。 「げほっ....お....お湯飲んじゃった........」 「面白すぎる!! 君ってサイコーだよスカリー!!」 お湯を飲んで咳込むダナを見ながら、モルダーは腹筋が引きつるまで笑い続けた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 彼らはその後、普通のカップルとして二日間を送った。緑の多いグリフィス天文台を散策したり、 マリーナ・デル・レイの近くにあるカフェでアイス・モカチーノを飲んだりといった、そんな他愛の ない時間全てが、彼らにとっては新鮮な体験だった。誰がどう見ても「普通の」デートを、二人は 「特別な」デートとして楽しんでいた。むろん互いにとって、それは飽くまで金でつながった関係 である事に変わりはないが、今はそんなくだらない事を忘れて楽しもうというのが、彼ら二人の間 での暗黙の了解でもあった。 「ねえモルダー、あなた、こんなのが好きなの?」 「ああ。いいと思わないか? 人生をかけた謎解きに挑戦するんだよ」 「バッカみたい!!」 吐き捨てるように言うと、ダナはハニーロースト味のヒマワリの種を口に放り込んだ。 「何だと? もう一回言ってみろ」 「『バカみたい、バカみたい、バカみたい』....どう、気が済んだ?」 「あのなあ....」 ガックリとうなだれるモルダーを見て、彼女はニンマリとした表情を浮かべて笑った。 二日間の休暇を終え、夜になると、彼は大好きな『The X-Files』のビデオを彼女に見せてみた。 二人のFBI捜査官達の今後がどうなるのかとヤキモキしながら見守るX-Philesとしてダナを 運命共同体に仕立て上げようとしたのだが、その作戦はあえなく玉砕した。 「だってこれ、結局はこの二人がラブラブだって事を見せつけてるだけのドラマだと思うけど」 「そうじゃない、この二人のプラトニックな関係がドラマを盛り上げてるんだよ」 もし本当にモルダーが『The X-Files』の主演二人のプラトニックな関係をダナに見せたいと思って いるのであれば、第7シーズンの『レクイエム』を選択したのは大失敗であると筆者は確信する。 「プラトニック? モルダー、あなた『プラトニック』って意味知ってるの? 寒がる彼女をベッドに 入れて抱きかかえるなんて、こんなのプラトニックじゃないって」 「でも二人は恋愛感情に流される事はない」 モルダーが、今のセリフが自分とダナにとって絶対に避けなくてはならないものだと気づくには もう遅すぎた。まさに今の二人をそのまま投影できるようなこの一言は、彼らの間にぎこちない空気を 作り出した。 「....スカリー、僕は君を気に入ってる。とても尊敬してるし、それに....」 「ねえモルダー」 ダナは何か言いかけようとしたモルダーを制し、もたれていたカウチから身を起こした。 「お願いだからもう何も言わないでくれる?」 これ以上耐えられるかどうか.... 私、もう全然自信ない 「私はあなたに雇われて仕事するだけ。そうでしょ?」 目をそらしたままのダナの言葉など毛頭信じる気もないモルダーは、何事もなかったかのように、 再び話し始める。彼女のその仕種が気に入らないのか、彼の声音には怒りが混ざっているような 気がした。 「もし君が、僕といるのを『仕事』と割り切るならそれでいい。それなら僕は、雇い主の立場として 君を道具みたいに扱うぞ」 そう言うと、モルダーは彼女の額に唇をつけてから、伏せられた目を見てもう一度尋ねた。 「いいんだな、それで?」 「.......」 今度は、頬に唇を落とした。 「何とか言えよ」 「....いいわよ、それで........」 大きく吐息をついたダナの首筋に唇を這わせる。 「僕を好きになるのが怖いのか?」 「いいえ、あなたなんて......始めから愛してない....これっぽっちもね.......」 右手を下ろして、スカートの裾をゆっくりとたくし上げていく。 「僕も君なんて愛してない」 もう一度首筋にキスをされて、ダナの瞳から涙がこぼれた。 「あなたなんて嫌いよ」 ブラウスのボタンが外される。 「僕もだ」 唇が胸元をつたっていく。 切ないすすり泣きが、モルダーの耳からいつまでも離れなかった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 仕事のプロは、心の奥にどんな感情を持っていても、それを隠して仕事をする。その面では、彼らは 真のプロフェッショナルと言える。 「今日もディナー?」 「ディナーと言うよりはパーティだな。君は面識があるから行かなきゃ」 「こういうの、キライじゃなかったっけ?」 「そうだよ、できれば遠慮したい」 「面倒ね、ビジネスマンって」 次の日の夜、テリー・ウォールデンの社長就任パーティへ向かうリムジンの中で、ダナはモルダーの 曲がった蝶ネクタイを直しながら愚痴をこぼした。 「部屋でノンビリする方が楽なのに」 「イヤでも雇い主には従ってもらうぞ、パートナー」 「はいはい、わかったわかった」 仕事のパートナー、娼婦と大富豪、そして一人の男と女。いろんな肩書きを背負って毎日顔を突き 合わす彼らの心の中で、日に日にその微妙な肩書きのバランスが『愛情』という名の下に崩れつつ ある事を感じずにはいられないところまで来ていた。しかし彼らは前の日に何があっても、夜が 明けるとあえて何事もなかったかのように接する。実のところ、それは互いにとってありがたい 事でもあった。いつまでもこんな状態が続くとは思っていなかったが、全てが壊れてしまうよりは よっぽどいい。 「おおモルダー君、ダナもよく来てくれたな」 「こんばんわ、ヘンリー。ご機嫌いかが?」 「ようやく肩の荷が下りてホッとしとるよ。後はせがれに任せてのんびりするさ」 ホテルの一室を借り切って開催されている就任パーティは大きな賑わいを見せていた。広告業界の 者のみならず、ウォールデン・アドバタイジングのクライアントであるさまざまな企業の大物達が 一同に集う。中にはテレビや雑誌で見た事のあるモデルや俳優も混ざっており、華やかな雰囲気を 作り出していた。 「大丈夫かい?」 「ええ、少なくともあなたに恥をかかさないようにするつもりよ」 ニッコリと笑うダナから返ってきた声は、その辺にたむろしている本物のビジネスウーマンよりも 数段説得力のある張りを持っていた。その度胸の良さに、モルダーは改めて感心した。 「どうかした、モルダー?」 「いや、何でもないよ。さあ、ひと仕事するか」 「了解」 と、その時、先に来ていたペンドレルがモルダーをめがけて突進してきた。 「ああモルダー、やっと来たか。ついさっき会社から電話が入ってさ、君じゃなきゃ処理できない って言うもんだから。ちょっと来てくれないか?」 「何かあったのか?」 「先月売却した土地の権利問題でトラブったらしい。とにかく担当の子に電話を入れてやってくれ」 ペンドレルに急かされたモルダーは「すぐ戻るから」と、ダナをその場に置いて姿を消した。 彼女はフッと軽く息を吐いて、会場をグルリと見回してみた。見渡す限り人、人、人。これだけ人が いるというのに、実際に知っているのはほんの一握りの数だけという事実に気づくと、彼女は気が 遠くなりそうになった。 私って、こんなにちっぽけな存在なんだ なんか....やんなっちゃうな 「失礼、ご気分でも?」 気を取り直そうとしてキュッと目を閉じていると、大きな手に優しく腕を取られたような気がした。 目を開けると、一人の紳士的な男が心配そうな表情で顔を覗き込んでいるのが見えた。 「あ、いえ、大丈夫ですから」 「これだけ人が多いと、さすがに私も人酔いをしてしまいそうだ」 「そうですね、気をつけないと」 CSMは、ダナの体を支えていた右手を差し出し、握手を求める仕種をする。 「お会いするのは初めてですな?」 「ええ、ダナ・スカリーです」 この女か.... モルダーの読みは正しかった。彼は既にお抱えの探偵を使ってダナ・スカリーについての素性を 調べ上げ、彼女のプロフィールを全て頭に叩き込んでいた。その執着心は「ヘビのようなしつこい 性格」というモルダーの言葉を裏付けている。 「あなたの事は存じ上げておりますよ、ミズ・スカリー」 「えっ....」 「ちょっとお時間をいただけないかな? いやなに、手間は取らせんよ」 紳士が見せる微笑みの下に、何かが隠されているような気がした。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「モルダーとはどういう知り合いかね?」 狭く人気のない部屋にダナを連れ込んだCSMは、ジャケットの内ポケットに手を入れて煙草を 取り出した。薄暗い部屋の中で、煙草の火だけがチリチリと奇妙なほど明るい。その明かりが彼の 顔をボンヤリと浮かび上がらせた。 「....」 「正直に答えてくれ。どこで知り合った?」 果たしてこの男は何を知っているというのだろう。どこまで『正直に』なればいいのか、その意味を 正確に推し量る事ができないダナは、どう答えるべきなのか決められずにいた。 「私は彼の先代からこの会社を見てきた。今は一応フォックス・モルダーが社長だが、ヤツはまだまだ 未熟だ。私は彼のシニア・ビジネス・パートナーとして彼を守る立場にある。彼ほどの知名度があると、 他のビジネスマンやマスコミ、他にもありとあらゆる人間が鵜の目鷹の目で彼の弱点を見つけようと 必死になるのだ。それは理解してもらえるな?」 「....ええ、もちろんです」 この男、私を知ってる....? 「少なくとも私が現役である限り、経営を傾かせるような事はしたくない。害虫がたかればそれを 駆除する。それは当然の事だ」 彼がフーッと息を吐くと、白い煙がユラリと立ち上った。 「君の事はモルダーから聞いた」 「....そうですか」 「まるで『シンデレラ』だな」 喉がカラカラに渇いて声が出ない。ダナは両手でグッと拳を作って唇を噛み、彼が発する言葉の重圧に 耐えようとした。 「みすぼらしい少女がお姫様に化けて幸せになる話だ、君も知ってるだろう?」 低音の効いた声で話す彼の一言ひとことが、ズッシリと心に重くのしかかる。 「だが所詮は屋根裏の住人だ。12時が来れば夢は終わる、埃まみれの部屋に逆戻り」 そう言うと、CSMは手に持っていた煙草を床に落として力いっぱい踏みにじった。 そして、ピクリとも動かないダナに背後から近寄り、耳元でそっと囁いた。 「君もそろそろ戻った方がいいんじゃないのかね?」 彼の息が耳にかかる。めまいがしそうになり、吐き気が込み上げてきた。唇を強く噛み過ぎたのか、 口の中で血の味がする。 「悪い事は言わない。戻るんだな、体を売る本来の君に」 うつむくダナの頬を伝った涙がポタリとこぼれ落ち、床に小さな染みを作った。CSMが人差し指で 彼女の顎をゆっくりと持ち上げ、ジッと顔を覗き込んだ。 「ここは君の世界じゃない。わかったね?」 たっぷりと含みを持たせて言うと、彼は浅く息を繰り返していたダナの唇を塞いだ。舌でねっとりと 唇をなぞられ、彼がさっきまで口にしていたモーリーの匂いが鼻をつく。 「さあ、街へお帰り」 ------------------------------------------------------------------------------------------ モルダーがホテルに戻ると、ダナはドレスの姿のままバルコニーの柵にもたれていた。陽が落ちても せわしなく動き続けるロデオドライブの街並みを見下ろす彼女の後ろ姿が、モルダーには心なしか 小さく見えたような気がした。 「どうしたんだ、勝手に帰るなんて。探したんだぞ」 苛つきながら蝶ネクタイをシャツから引き剥がし、ムッとした声で言った。 「どれだけ心配したと思ってるんだ?」 何も答えないどころか、顔をこちらに向けようとさえしないダナに、モルダーはつかつかと近づいて 彼女の手首を強く掴んだ。 「気分でも悪いのか、スカリー?」 問い詰めても目を合わせようとしない彼女に、モルダーの怒りが爆発する。 「何とか言ったらどうなんだ!? 僕は心配してるんだぞ、君の事を」 「....そうやって他人を乱暴に扱うのよね、あなたって」 目をそらしたままポツリとつぶやいたダナの一言に、モルダーは一瞬言葉を失った。 「どういう事だ?」 「人の気持ちなんてまるっきり無視してる。違う?」 一旦口をついて流れ出すと、もう止まらなかった。 「あなた、私を大金で雇ったよね。でもそれはビジネスパートナーとして私を雇ってくれたん でしょ? なんで私が娼婦だって他人に触れ回る必要があるわけ!?」 「何だって?」 そう言った瞬間、CSMとの会話が脳裏に蘇った。 『ダナは娼婦だ』 理由が何だったにせよ、CSMにダナの素性を明かしてしまったのは事実だ。彼女の言うとおり、 モルダーはビジネスパートナーとして自分が雇った人間のプライベートな問題を他人に話して しまった。モルダーが、それがビジネスパートナーとしてだけでなく、ダナ自身に対する 裏切り行為であると悟るには既に時間が経ちすぎていた。 「....悪かった、僕のミスだ。スペンダーには僕から話しておく」 「今更何を話すって言うの? あの女はホテルの部屋だろうがバーのピアノの上だろうが、頼まれたら どこでだってやるとでも言うわけ?」 「違う、そうじゃない」 「違わない!!」 ダナは、掴まれていた手首を力いっぱい振り切って、その場に座り込んだ。瞳からはポロポロと涙が こぼれ落ちている。 「やっと....私を必要としてくれる人が見つかったと思ってたのに....」 「スカリー....」 「やっぱ無理なんだよね、こんな仕事してるんだもん。必要とされるのは体だけだって、わかってる つもりだった....のに.....」 その後の言葉は鳴咽で続かなくなってしまった。手の甲で溢れる涙を拭き、なおもしゃくり上げるが、 ダナの体を抱え起こそうとしたモルダーの腕はピシャリと強く払い落とした。 「スカリー、部屋に入らないとカゼをひくよ。体を温めて、ゆっくり話し合おう」 「ううん....もういい」 スクッと一人で立ち上がると、目を真っ赤に腫らした顔を真っ直ぐモルダーに向けた。 「明日ここを出るわ」 「それは契約違反だ、僕が許さない」 「勝手な事言わないで。もうこれ以上あなたと一緒にはいられない」 「僕の言う事が聞けないのか!?」 「なによ偉そうに!!」 両手で力いっぱいモルダーの体をドンと突き、彼の体がよろめいた。ダナは部屋を突っ切り、 バスルームに飛び込むとドアを閉めて鍵をかけた。 「スカリー、出てこい。話し合うべきだ」 「やだ。裏切り者と話なんてしたくない」 カッと頭に血が上ったモルダーは、ドアをドンドンと激しく叩き始めた。 「いい加減にしろスカリー、ガキみたいに拗ねるのはやめろ!!」 「あなただって、何でも思い通りになるなんて思ったら大間違いよ!!」 一瞬ドアが開くと、モルダーはダナが肩にかけていたストールを投げつけられた。 「勝手にしろ。見損なったぞ」 「そっちこそサイテー!!」 思い切り大声で叫んだダナは、ドアを乱暴に閉めて体をもたせかけた。 こんな風にケンカしちゃうなんて.... ごめんねモルダー でも私達が一緒にいれば、あなたの方がダメージ大きいんだし 誰とでも寝るようなオンナなんて、構う必要ないんだから 足元に視線を落として、彼女はポツリとつぶやいた。 「わかってよ、娼婦とエリートなんて所詮つりあわないんだって」 ------------------------------------------------------------------------------------------ ダナは寒さで目を覚ました。時計の針は夜中の一時を指している。バスルームにこもってから 二時間が経っていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。 音を立てないようにドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。奥のリビングにあるランプだけが ぼうっとした鈍い光を点している。 そのランプが置かれてあるテーブルの隣りのソファでモルダーは眠っていた。服も着替えず、 タキシード姿で靴も履いたままだ。 ダナは彼の前に膝をついて座った。じっと彼の寝顔を見ていると、必死で隠そうとしていた彼への 愛情が、体の外へ流れてモルダーの中へ入り込んでいってしまいそうな気がした。こんなに切ない 思いをするぐらいなら、知り合わなかった方がどんなに楽だったか。彼女は大きくため息をついた。 モルダーはまだ眠っている。 ダナは人差し指を自分の唇にあて、その指で彼の唇をそっとなぞった。 「好きよ、モルダー」 爽やかな朝日が部屋に差し込む。その明るさに、モルダーは手で目を塞ぎながら起き上がった。 「スカリー」 呼んでも返事がないのは、まだ怒っているからだろう。彼は軽く舌打ちをしてソファから立ち上がった。 バスルームのドアを開けてみたが、そこは真っ暗で彼女の気配はなかった。 「スカリー?」 何度も名前を呼んでありとあらゆる部屋を探し回ったが、結局、彼女の姿を見つける事はできなかった。 一週間を共に過ごしたベッドルームには、ふんわりとしたダナの匂いと、たくさんの服やドレスだけが 残されていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「それで帰ってきちゃったの?」 夜明けと共に戻ってきた彼女を見て、キムは一目でダナの気持ちを察した。 「お金も取らずに」 「....うん」 「3000ドル分の労働を無駄にしたってわけだ」 「ごめん....ちゃんと元は取るから」 「元を取るだって!?」 キムは鼻でせせら笑った。 「バカだね、3000ドル稼ごうと思ったらどれだけ自分を傷つけないといけないと思ってんのさ!?」 「だって、もしあの時あなたが行ってたら....」 ダナはキムのベッドに腰を下ろした。ギィッとベッドのスプリングがきしむ音を聞くと、ようやく 現実に戻ったような気がする。キムはベッドから体を起こしてダナのためにスペースを空け、 あぐらをかいた。 「今頃お金持ちになってたハズなのに」 ダナの瞳からは今にも涙が溢れそうになっている。買われた客に恋してしまうほど惨めな事はないと あれほど教えたのに。しかし、その想いを振り切ってあくまでビジネスの関係でいようとしたダナに 対して、キムは痛々しささえ感じていた。 「いいんだよ、そんな事」 キムは子供にそうするように、ダナの頭をそっとなでた。 「アンタには向いてないんだよ、この仕事」 「......」 「人に優しすぎるから」 「......」 「ほら、何黙ってんだよ。泣きたい時は泣く!!」 キムがダナを力いっぱい抱き締めると、ダナは静かに涙をこぼした。 「好きなだけ泣いちゃえ。私がアンタのひどい泣きっ面見て笑ってあげるからさ」 よっぽど好きになっちゃったんだ、アンタ やれやれ、どうしたもんかな.... ------------------------------------------------------------------------------------------ 「おいモルダー、モルダー!! 聞いてるのか!?」 目の前でパン!! と誰かが両手を叩いた。 「うわっ!!」 その音と風圧に驚いたモルダーはバランスを崩し、無様な格好で椅子ごとひっくり返った。 「ってぇ....何だよペンドレル!? 危ないだろーがっ!!」 「危ないもクソもあるかい。これぐらいしないと意識が戻って来ないお前が悪いんだぞ、大事な クライアントの話なのに」 ブツブツ言いながら倒れた椅子を起こした。どうやらはずみで腰を打ったらしい。唸りながら右手で しきりに腰をさすっている。 「ちゃんと集中してるさ」 「じゃあさっき、僕は何て言った?」 「..........」 「ほら見ろ、全然聞いてない」 同時にため息をつきながら、彼らは椅子にドサッと身を任せた。ふっくらした革の椅子に体が じわじわと沈み込んでいく。 「もう一週間もこんな調子だ。お前らしくないぞ、どうしたんだ?」 「....」 「悩みか?」 「ん....」 「あの子だろ、ビジネスディナーに連れて行った....」 座ったまま大きく伸びをして力を抜く。一度大きな深呼吸をすると、吐いた息混じりにモルダーは 「そうだ」と答えた。 「ケンカでもしたか?」 「そんなとこだな。先週出て行ったよ」 「なんでまた?」 「彼女の意志だ」 「バカ言え、んなハズないだろ」 ペンドレルはゆっくり立ち上がると、デスクにもたれかかって外の景色を眺めた。向かいに立ち並ぶ 高層ビルのハーフミラーが太陽の光を反射している。その眩しさにペンドレルは思わず目を細めた。 「あれだけいいコンビだったのに突然出て行くなんて。お前、何か彼女の気に触るような事したんじゃ ないのか?」 『彼女の気に触るような事したんじゃないのか?』 「そうだな....」 「まだ間に合うって、行ってやれよ」 「....」 「向こうも待ってるかもしれないぞ」 普段はモルダーにからかわれてばかりいるペンドレルだったが、モルダーの目には、この時ばかりは 珍しく、彼が頼り甲斐のある男に見えた。 「なあペンドレル?」 「ん?」 「お前の彼女って何やってるんだ?」 「ユニバーサルスタジオでやってる『モンスターショー』のかぶりモノダンサー。 夜はバーでウェイトレスの二本立て」 「彼女の働いてる姿、見た事あるか?」 ペンドレルに目をやると、彼はモルダーを見て楽しそうに笑い始めた。 「ああ、つき合い始めた頃に。初めてテイラーが『ビーストの花嫁』の格好して踊ってたのを 見た時はさすがにショックだったよ。すっげーおぞましいメイクしてたからな」 「さすがお前の彼女、やる事が違う」 いつまでも笑いが止まらないペンドレルを見ていると、モルダーも笑いが込み上げてきた。 「でも、彼女が舞台に立っている時の表情は好きだな。ステージの上で、まるでボールみたいに ポンポン弾むんだ。僕にはできない芸当さ、彼女を尊敬してるよ」 ディナーの席で、優雅に微笑むダナの姿を思い出した。『あなたに恥はかかせない』と言った彼女の 横顔がどれだけ誇り高ったことか。 「なあ....まだ間に合うかな?」 「行ってみろよ」 ペンドレルがニヤリと笑った。 「とっとと行けよ。行かなきゃ『ビーストの花嫁』の格好で踊らせるぞ」 ビーッ デスクにあるインターコムが音を立てた。 「モルダー社長?」 「どうした?」 「外線でお電話です。会議中だと申し上げたんですが、急用ですぐ取り次いでほしいとおっしゃって.... キムという方から」 ------------------------------------------------------------------------------------------ ダナは二つめの大きなバッグのファスナーを開けた。『二つめ』とは言っても、バッグは二つしか ないのだが。 椅子に片膝を立てて座っているキムは、ルームメイトが身支度をする様子をじっと見つめていた。 服や化粧品で一杯だったクローゼットや藁で編み上げたカゴの中がどんどん片付いていく。 「ねえ、ホントに出て行くの?」 そう尋ねたキムの表情は寂しげだった。コーヒーを一口飲んでテーブルに置くと、マグが力なく トンと音を立てる。 「寂しくなるな、楽しかったのに」 それっきり黙りこくってしまったキムを見て、ダナはフッとため息をついた。泣くまいと我慢 しながらキムの真正面に椅子を引き寄せて座り、両手を彼女の肩に乗せる。 「そんな哀しそうな顔しないで、私も必死で我慢してるんだから」 「じゃあ最後の記念に思いっきり泣かしちゃおうかな」 「....涙で部屋中水浸しにしてやるからね」 うつむけていた顔を上げて、キムはフッと鼻で笑った。それを見たダナも柔らかな笑みを返す。 「これからどうするの?」 「とりあえずロスから離れるわ。後はそれから決める」 「行き先は?」 「バスの中でゆっくり考えるかな」 パパーッ 窓の外から、タクシーのクラクションが聞こえた。 「それじゃあ、そろそろ行くわ」 ダナは立ち上がってバッグを掴んだ。 「ダナ」 「何?」 「すっごくいい顔してるよ」 そう言って、キムはダナの頬をペシッと軽く叩いた。 「元気でね」 「あなたもね、落ち着いたら連絡するから」 クルリとキムに背を向け、ダナはドアを開けた。 このドアを開けたら、もう後ろは振り返らない 「バイ、キム」 背を向けたまま、パタンとドアを閉めた。 ....くそっ、とうとう間に合わなかった......... キムは閉じられたドアをじっと見つめたまま、その場に立ちすくんでいた。 「お客さん、どちらまで?」 「グレイハウンド・バスターミナル」 「旅行ですかい?」 全部ここに置いていくわ 思い出も、今の私も、何もかも全部 この街に預けるの もちろん、あなたの事もね、モルダー 「ええ、一人でね」 新しい自分を探すの これから一人で.... 「スカリー....スカリー!!」 勢いよくドアを開けると、キムが一人でポツンと椅子に腰掛けていた。彼女はギョロリと視線を モルダーに向けると、吐き捨てるように言った。 「おやおやモルダー、随分遅かったね」 「彼女はどこだ!?」 「『遅かったね』って言ったじゃん、もう行っちゃったよ」 「どこに行くって言ってた?」 「まだ決めてないってさ」 乱暴に椅子をひいて立ち上がり、テーブルに置いてあったマグをひっつかんで、残りのコーヒーを シンクにバシャッと流し込んだ。 「せっかく電話したのに!! なんでもっと早く来なかったんだよ!?」 「すまない、悪かった」 「『悪かった』だって? なんで私に謝るのさ!? アンタ、何のためにここに来たのか自分で わかってないんじゃないの?」 キムは、モルダーのために、そしてダナのために互いを引き止める事ができなかった自分自身に 腹を立てていた。どこにその怒りをぶつければいいのかわからなくなってしまった彼女は、 自分の不甲斐なさを心の中で責めながらモルダーをなじった。 「アンタ、最低なヤツだよ。ダナに辛い思いさせてさ」 「....」 「帰んなよ、ダナはもう戻ってこないよ」 キムは固く腕を組んでキュッと唇を噛みしめた。開いたままのドアに目をやって顎をしゃくる。 「ほら、こんな部屋、アンタが来るとこじゃないから」 モルダーは、目を合わそうとしないキムの顔をしばらく見つめた後、ポケットに手を入れて札束を 取り出した。 「....5000ドルある。スカリーとの契約金だ、君に渡しておくよ」 キムが戸惑った表情を浮かべながらようやく目を合わせると、モルダーの右手からパッと札束を 奪い取り、一部だけを引き抜いて残りを突き返した。 「2000だけもらっとく。残りはダナの稼ぎだから私はもらえない」 残りの札束を手にしてモルダーは出て行った。ダナと顔を合わせるのが怖くて悩んでいるうちに 彼女は風のように姿を消してしまった。謝ろうと思えばできたはずなのに、もっと話し合えたはず だったのに、彼は自らその権利を放棄した。それなのに、今は彼女が恋しくてたまらない。遠い 昔に忘れてきたはずの切なさを、彼は今、痛いほど感じていた。 思い出だけを置いていくなんて、さすが君だよ スカリー、行き先も言わずにどこへ行ってしまったんだ? ....to be continued −後書き− やっべーっ、こ、こんな展開にするつもりじゃなかったのに....(大汗) ホントならここで R.ギア/J.ロバーツの本家本元コンビみたく、ラブラブ・ラストシーンで終わらせる予定だったのに、 ひねくれた私の心が邪魔をしてそれを許してくれない。一体どーすりゃえーんだ、えっ、えっ!? これでやっと完成ぢゃ、なんて思ってた私がバカだったわ〜〜〜(疲) しっかしまあ、なんでこんな展開になってしまったんだろう? 大してこんな長編にするような 内容でもないだろーに(苦笑) 『私の足って80cmなの』スカリーにこんな事を言わせてしまいましたが、実際のところ、彼女の股下の 長さは存じ上げません(当たり前だ・笑) 身長を160cmと仮定して単純に「上半身の長さ=下半身の長さ」 としただけです。それが一番妥当かと思ったから(^^;) 全然関係のない事なんですが、最近グレープフルーツをよく食べます。それも、わざわざ買ってまで 食べてしまうぐらいの熱の入れっぷり。なんででしょ? んな事をぶつぶつ言いながら第4章へ続く....。 Amanda