DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. Also the following movie and song do not belong to me, either. *"Heart On The Run" sung by Fair Warning *"Pretty Woman" starring Julia Roberts and Richard Gere No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品には、ある事柄について一部問題のある表現が含まれています。これは本作品の都合上 避けられないものであり、決してこの事項に関する問題提起を行っているわけではない事を ご理解下さい。 ・本作品は筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる 皆様には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Leaving Behind』の第4章です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Leaving Behind (4/5) Category: MSR / Comedy and Angst Spoiler: None Inspiring: Pretty Woman(starring Julia Roberts and Richard Gere) Date: 05/24/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− モルダーが、彼のシニア・ビジネス・パートナーを務めるCSMにダナの素性をバラした事が きっかけで、二人の関係はギクシャクし始めた。CSMから「娼婦という自分の身分をわきまえろ」 と咎められたダナは一人、ビバリーヒルズから姿を消してしまった。どこに行っちゃったの、スカリー? 本章からは、本家本元から離れた21世紀仕様の『Pretty Woman』でございます(笑) 全部ここに置いていくわ 思い出も、今の私も、何もかも全部 この街に預けるの もちろん、あなたの事もね、モルダー Heart on the run 逃げ惑う心 How can you survive 生き延びる事なんてできない As long as you won't face the truth 真実から目をそらしている限り You will cry in vain 涙は無駄になる 「Hi, it's me」 「どうも、モルダー。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」 「程度によるな」 あれから5年の歳月が経った。最近では、毎週日曜の晩にこうしてモルダーからかかってくる 電話に出るのは、キムの日常で欠かせない日課になっていた。モルダーはどんなに忙しくても 日曜になると必ず電話をかけてくる。時には聞いた事もないような土地からかけてきたりする。 「出張先なんだ」と言いながら。 そして彼は絶対に名乗らない。第一声は決まって『It's me』だ。 「じゃあまずいいニュースから。面白いセミナーを見つけたんだよ、今そこに通ってる」 キムはキッチンの椅子で膝を抱えて座っている。右手の指に長いコードをクルクルと巻き付けながら 楽しそうに微笑んだ。 「何を習ってんだ?」 「『一流バーテンダーへの道』」 「はぁ?」 「なに、バカにしてんの? ちゃんとしたプログラムなんだってば!! カクテルの作り方から ボトルを使ったアクロバティックな技まで教えてくれるんだからね」 「はいはい、そうですか。じゃあ今度その技とやらを見物しに行くよ」 受話器からモルダーの笑い声が聞こえてきた。バカにされたような気がして、彼女は電話口で ふくれっ面を作る。 「うるさいなあ、ロクに酒の味も知らないクセに」 「それで悪いニュースは?」 「....技を練習中にボトルを10本割った事」 「ほらみろ、ヘタくそ」 「まだ習ったばっかだもん、当たり前だっての」 他愛の無い話が続く。その裏側に、互いに隠しきる事のできない寂しさを抱えている事は 彼ら自身承知している、と言うより『承知せざるをえない』という表現の方がむしろふさわしい。 「他にニュースは?」 「....それだけ」 「........そうか」 二人ともハッキリと口には出さないが、それが『ダナから連絡がない』という意味合いを含んでいる 事は分かっている。 「また連絡するよ」 「うん、それじゃ」 モルダーは受話器を置いた。マリブにある彼の自宅 ―― 豪邸と言う方がしっくりくる ―― の書斎では、ウンザリするほどの書類がいくつもの山を作っている。それらをボンヤリと眺めながら 彼は小さくため息をついた。 もう諦めてるのに.... 5年が経っても、キムへ電話をかける事だけはどうしても止める事ができないでいた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 長い間、そんな憂うつな気持ちから離れられないでいるが、それとは裏腹に彼の事業は着実に 成長を遂げ、市場ではトリプルAの格付を取るのも時間の問題だとまで噂されていた。モルダーは 前よりまして仕事に情熱を注ぐようになっていた。仕事に没頭してイヤな事を忘れようという、 いわゆる『ダメージを受けた後の常套手段』というやつだ。 その没頭ぶりはむしろ周囲が心配するほどで、あのCSMまでもが「たまには骨休めしろ」と 忠告をするほどだった。その度に彼は「I'm fine」と一言返すだけで仕事をやめようとしなかった。 それは、ロサンゼルスらしくカンカンと太陽が照り付けるある日の事だった。 「モルダー、これ見てみろよ!!」 手に一枚のファックスを握り締めたペンドレルがバタバタとモルダーのオフィスへ駆け込んできた。 「何だよペンドレル、騒々しいな。学校で習っただろ、『廊下を走るな』って」 「んな事言ってられるのも今のうちだぜ、モルダー」 バシッと大袈裟に音を立てて、彼はデスクの上にファックス用紙を置いた。 「『ロサンゼルス・ビジネス・コンベンション』?」 「ビバリーヒルトンでやる、あれだよ」 「ああ、かったるいビジネスマンの集まりか、いつもの」 あからさまに「興味ナシ」という表情を浮かべながら、モルダーはノートパソコンのメールを チェックし始めた。 「そうなんだけどさ、この『ベンチャービジネスへの期待と展望』ってとこに載ってる名前って....」 あまりにもうるさく言うペンドレルからヒョイッとファックス用紙を奪い取り、モルダーは目を細め、 声に出して読み始めた。 「『ベンチャービジネスへの期待と展望』、ダナ・スカリー....」 ダナ・スカリー!? 「同姓同名かと思ったんだけどさ、一応お前の耳に入れとこうかと思って....」 「ペンドレル!!」 突然名前を呼ばれた彼は、驚いて体がビクッと反応した。 「なっ、なんだよ大声で!?」 「ありがとうな、恩に着るよ」 「いいけど....うわっ、やめろよモルダー!!」 感極まったモルダーから額にキスをされ、ペンドレルは思いっきり面食らった。 「そんな趣味ないぞ!!」 「ほんの気持ちだ、受け取れ」 「受け取れるかいそんなもん、あー気持ちわりィ」 これ以上ここにいたら何をされるかわからない、恐らくそう思ったのだろう。ペンドレルは さっさとモルダーのオフィスから姿を消した。そんな彼の存在などすっかり意識から飛んで しまっているモルダーは、そのファックス用紙に書かれたスカリーの名前をじっと眺め続けた。 本当に君なのか、スカリー? ------------------------------------------------------------------------------------------ 5年という長い年月は、確実に人間を成長、もしくは老化させる。しかしながら、いつまでも精神的な 若さを保つ者にとって5年という時間は決して長くはない。単に5回の春夏秋冬が過ぎただけのことだ。 何かにやりがいを見出し、それに精進する者にとっての5年は驚くほど短いもの。それはウォルター・ スキナーにも当てはまる。 ビバリーウィルシャーホテルの支配人として、彼は今日もゲストに対する敬意を忘れない。フロントに 立っていた彼は、玄関の回転ドアがクルリと回るのを見て衿を正した。 『いらっしゃいませ、ようこそビバリーウィルシャーホテルへ』 それが彼のゲストに対する第一声だが、回転ドアを通ったのが誰だかわかると、彼は微笑んでその 決まり文句に少しアレンジを加えた。 「いらっしゃいませ、スカリー様。ようこそビバリーウィルシャーホテルへ」 「ウォルター、久しぶりね。元気にしてる?」 「おかげさまで。すっかりご立派になられましたな」 「あなたのおかげよ、感謝してるわ」 ニッコリと笑うダナの表情は、5年前よりもシャープな印象が強い。以前のはすっぱな言葉使いも抜け、 今やすっかりビジネス界の仲間入りといった雰囲気を醸し出していた。スキナーも電話で何度か 彼女と会話を交わしてはいたが、実際に会うのは、モルダーのえせパートナーとしてホテルに もぐりこんでいた時以来である。彼女が今どこに住んでいるのか、それさえも知らない。 「お部屋はお取りしてありますが、本当にイーストウィングで良かったのですか?」 「ええありがとう、それで十分よ」 もしかしたらモルダーもコンベンションに参加するかもしれない。もしそうなら、彼はきっとここの ペントハウスを予約するだろうと確信していたダナは、あえてペントハウスのあるセンターウィング を避けたのだ。 「それでウォルター、あの....この事は....」 「ええ、承知しております。あなたの決心がついた時に、直接話をなさればいい事です」 ロスを離れてから初めてスキナーにコンタクトを取って以来、ダナは彼に「モルダーには絶対に 知らせるな」と念を押していた。それに対して手放しで賛成というわけではなかったが、彼は ダナの願いを聞き入れ、モルダーから電話があっても決して彼女の事を話そうとはしなかった。 「あなたには助けられてばかりね」 「それが私の務めですから」 スキナーが楽しそうに言うと、ダナは恥ずかしそうな表情で小さく笑った。 彼に会いたい 前とは違う私を見てもらいたい でも今更どんな顔をして会えと言うのだろう? 会おうか会うまいか決心がつかないまま、彼女はウィルシャーホテルに予約を入れていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 彼女かもしれない もしそうなら...... でも、会って僕はどうしたいんだ? そんな事を考えているうちに、モルダーを乗せた車はビバリー・ヒルトンに到着した。 今年のロサンゼルス・ビジネス・コンベンションの会場となっているビバリー・ヒルトンは ウィルシャー通りとサンタモニカ通りの交差点にある。ヒルトンホテル系列の宿泊施設で、 ビバリーウィルシャーホテルからでも歩ける距離だ。レンガ色の建物の周りに高く生えるヤシの木が、 いかにもといった具合にロサンゼルスの雰囲気を作り出している。ここには1,500人を収容できる レセプションルームも完備されており、映画界最高の祭典と称されるアカデミー賞授賞式会場にも 使われた事があるほどの高級設備が整っている。 エントランスを抜け、コンベンション会場のレセプションルームへと歩を進めている間、 モルダーはこめかみのあたりでピクピクと激しく脈が打つのを感じた。いろんな感情が混ざり合って 吐き気がしそうになるのを必死でこらえ、そっとレセプションルームの扉を開ける。 「我が国のコンピュータサイエンス市場は、今や万人に周知のものとなっています。そこで私は....」 マイクを通して、少し低めの女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるような、しかしこれまでに 一度も聞いた事のないような声。 わからない、あれは誰の声だ? 発言者の顔を見るのが怖くて、モルダーは下を向いたまま部屋に入り込んだ。 もし彼女だったら? そして、もし彼女でなければ? 彼の心拍の速さは最高に達していた。喉がカラカラに渇いて気持ちが悪い。ここでこのまま 帰る事もできたが、それだけは彼の心が許さなかった。床へ根が張ったように足も動かない。 「えい、どうにでもなれ」と、彼は思い切って顔を上げた。 「我が国の、いえ、人間の原点にまで視点を戻し、様々な面から現代のIT市場との関連性について 検討を試みました」 どことなく以前は丸みのあった彼女の顔立ちも、今は顎がほっそりとしていて凛々しさを増していた。 赤いスーツがインパクトとなり、小柄な彼女を大きく見せる事に成功している。いや、この存在感は スーツだけのせいではない。彼女の内面もまた大きく成長した表れである事が、遠目でもモルダーには はっきりと感じ取れた。 スカリー....君ってヤツは.... 自信に満ちた目で聴衆に視線を注ぐダナを見て、モルダーは嬉しそうにため息をついた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「非常に興味深いスピーチだったよ、ミズ・スカリー」 「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄ですわ」 「今後が楽しみですな。あなたのような人材がうちにもいればいいんですがね」 「あら、本当にいらっしゃらないかどうか、今度確かめに伺っても?」 「ハハハ、参ったな」 概ね好評を博したダナのスピーチは、その後のレセプションの場でもちょっとした話題になっていた。 彼女のもとへ多くのビジネスマン達が入れ替わり立ち代わり訪れる。ダナもそれに対して丁寧に 握手を交わし、ウィットに富んだ切り返しで周囲の笑いを誘った。 挨拶に来た企業プロモーション会社の部長がダナにとって2杯目のシャンパングラスを手渡した時に、 彼女の目は長身の男を捕らえた。 モルダー....? 彼はこちらをじっと見つめている。濃いグレーのスーツを着て両腕を組み、壁にもたれている モルダーの顔は、5年前と変わらず柔らかい表情を浮かべていた。あれは癖だったのだろうか、 彼がよく見せていたわずかな上目遣いも変わっていない。 「それじゃあ、今後のご活躍を期待していますよ」 「え、ああ....ありがとうございます」 先客がダナに握手をして去っていくのを見て、モルダーは彼女の方へ歩み寄った。向かい合わせに立つと おのずと昔の記憶が蘇る。しかし、今こうして目の前にいるのは、奇抜な格好でド肝を抜かされた 5年前のダナ・スカリーではなく、スーツを身にまとい、知性により磨きをかけたダナ・スカリーだった。 「久しぶりだな、スカリー」 「....ええ、そうね」 「元気そうで何よりだ」 「ありがとう、あなたも」 「......」 「......」 何を話していいのかわからず、二人はそれっきり黙りこくってしまった。 何を話せばいいのかしら? くそ、何て言えばいいんだ? そうこうしているうちに、隣りにいた誰かがダナの肘をつついた。 (ほら、挨拶に来られてますよ) 「あの、モルダー?」 「な、何だい?」 突然名前を呼ばれ、驚いたモルダーの声は思いっきりひっくり返った。 「よかったら今夜、食事でもどう?」 あ、言っちゃった....何て言うだろ、彼? 「....もちろん」 彼のそれは、つばを飲み込んでようやく出た一言だった。 「よかった....だって....ほら....久しぶりのロスなのに、寂しく一人で食事もイヤだし」 あはは、中味は前のまんまだ しどろもどろになって言い訳をしようとするダナを見て、モルダーは顔がほころんだ。 「僕も寂しがり屋さ。暗闇で一人っきりの食事なんて怖くて、食べ物が喉を通らない」 「....相変わらず調子いいのね」 二人は初めて心から笑みを浮かべた。 「それじゃ、レストランに予約入れておくよ」 「ええ、またね」 モルダーが去っていくのと同時に、ダナは再びレセプションに意識を集中させた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「それで....」 モルダーはワイングラスをゆっくりとテーブルに置いた。 「何をどう切り出せばいいんだろうな、僕は?」 彼は、心にあった言葉を正直に口にして、じっとダナを見た。口元は笑っているが、顔の筋肉の動き に少しぎこちなさを感じる。そんな彼の緊張感がダナにも伝わり、彼女は思わず居住まいを正したい 衝動に駆られて椅子を引き直した。 ピンク色の壁をしたビバリーヒルズ・ホテルは、まるで童話の本から抜け出してきたような、 メルヘンチックな建物だ。高級ラウンジやブティック、スポーツ施設も入っており、設備としては 最高級レベルであるこのホテルを、有名人達は好んで利用する。二人はこの中にあるポロラウンジで ディナーを共にした。 「そうね....実を言うと、今日の午後あなたに会ってからは、その事ばかり考えてたわ。 何を言えばいいのかって」 フッとため息をつきながら、彼女はワイングラスの縁をそっと指でなぞった。指とグラスがこすれて わずかにくすんだような音を立てる。全ての料理が下げられ、テーブルの上がワイングラスだけに なると、照明の当たり具合で放つグラスの微妙な輝きを、ダナは小首をかしげてじっと見つめた。 「何から聞きたい?」 「君がロスを出ていった後から、かな。サエない答えだけど」 サエないというよりはむしろ正直でシンプルなモルダーの答えに、彼女はホッとした。 「長いわよ」 「聞こうじゃないか」 「そう、それじゃあ....昔むかし、と言っても5年前、ビバリーヒルズのとある場所に、一人の女の子 が住んでいました。彼女はロスを離れようと、あてもなく長距離バスに乗って旅を始めました」 笑みを浮かべながらじっと話を聞いているモルダーの顔を見ていると、なぜか気恥ずかしくなった。 「ねえ、そんな真面目に聞かなきゃいけないような話じゃないのよ」 「人の話を聞く時、僕はいつも真剣そのものさ」 「お願いだから軽く聞き流してちょうだい。私の方が落ち着かないから」 「大勢の前でのスピーチの方がやりやすいかい?」 「からかわないで。とにかくそんなに大した話じゃないし....それでね、乗ったバスはずっと国道を 通っていったの。ネバダやアリゾナなんかをね」 ダナは、ある日グランドキャニオンで目にした朝日が忘れられないと言った。 「これが世界の始まりなんだって、本気で思った。バカみたいだけど、太陽に照らされた グランドキャニオンを見て泣いちゃったわ」 「創世紀そのものだよ、あれは」 「もう一度人生をやり直してみようって思った。あの朝日を見てそう誓ったの」 ポツポツと語るダナの瞳の中に、彼女がその時に見た真っ赤な太陽の光が見えたような気がした。 「それで、2年ほどかけてお金を貯めてビジネスカレッジに通ったの」 「そのお金って....」 思わずポロリと出たモルダーの台詞に、ダナはフフッと笑って答えた。 「体を売ったのは最初の2週間だけよ。あとは地道に稼いだ」 「....ごめん、余計な質問だった」 「いいの、全然後悔してない。お金はバス代に使っちゃったから、始めはボトルの水1本買う お金もなかったし、生きるための自衛策として止むを得なかったの。そんな事よりも、私には 『人生をやり直す』っていう大きな目標があったから、別に体を売るのは苦じゃなかった。 自分で目標を立てて、それに向かって努力する事が面白かったしね」 ダナは楽しそうに言った。そんな彼女の強さに、モルダーは心底驚いていた。 「まあ、そんなこんなでカレッジを卒業して、いくつかパートタイムをこなして仕事の流れを覚えて から、自分で事業を興そうって考えたの」 「それが今日のプレゼンのテーマだったのか」 「そう、あなたに雇われた時に口から滑った出まかせがヒントよ」 ヘンリー・ウォールデンとの食事の席でダナが披露した『癒し系事業』の事を思い出し、モルダーは 苦笑した。 「まさかあんな一言が今頃役に立つなんて、私自身驚いてるところ。今はソーホーにオフィスもあるのよ、 まだ小さいけど」 「ソーホーって、ニューヨークの?」 「ええ。私のアイデアを気に入ってくれた人がいてね、ラッキーにも投資してくれたの」 彼女の運の強さに、モルダーはただ驚かされるばかりだった。もちろん、ダナは運だけで這い上がって きたわけではない。ここへ辿り着くまでに、泥水を飲むようなたくさんの苦い思いを味わってきた事は、 彼も十分すぎるほど理解している。 「それで、実はあなたに話さないといけない事が....」 再開してまだ間もないのに、この話を切り出すのは時期尚早かと思われたが、ここで持ち出さなければ 今度はいつ話せるかわからない。もう今しかない、そう決心したダナは、ゴクリとつばを飲んで再び 話し始めた。 「その投資家は、ウォルターから紹介してもらったの」 一瞬、モルダーは自分の耳を疑った。僕の聞き違いだろうか? 「ウォルター....って、あのウォルター・スキナー?」 「そう」 「ち、ちょっと待ってくれよ、話が見えない。なぜここで彼の名が出てくるんだ?」 自分の聞き違いではない事がわかると、今度は脳が激しく動き始めた。いろんな考えが頭の中で グルグルと回り始め、混乱して息をするのも辛くなってくる。 「一流ホテルの支配人ですもの。人脈の広い彼なら誰か知ってるんじゃないかと思って、ダメもとで 頼んでみたの」 「じゃあ....君はスキナーと連絡を取っていたって事か」 「2、3度だけよ。でも彼はあくまで仲介役。後は投資家と直接話をしたから、ウォルターは 私がどこに住んでいるのかさえ知らないわ」 なんだ....僕の知らないところでそんな事が.... 「ウォルターには私が口止めしたの、あなたに知らせないでって」 一気に体の力が抜けたモルダーは、背もたれにドサッと体重を預けた。自分一人だけが何も知らなかった というわけだ。5年もの間、彼女の事を心配し続けた自分自身がなんだか情けなく思えてきた。 「ごめんなさい、モルダー。今まで黙ってて」 一体僕は何だったんだ? 怒りとも悲しみともつかない思いが、モルダーの心の中でざわめき始めた。頭に血が上り、目の前の 彼女を力一杯ひっぱたいてやりたいような衝動に駆られてグッと拳に力が入った。しかし、これは同時に 彼自身が招いた結果である事も否めないのだ。 「君はそんなに僕から離れたかったのか」 「そうじゃない。私は....」 「『私は』何だよ!?」 自分に非がある事は承知していたが、モルダーは声を荒げずにいられなかった。その迫力にダナは 一瞬気後れしそうになったが、大きく呼吸をし、気持ちを落ち着ける事に努めた。ここで彼のペースに はまってしまえば、二人ともどうなるかわからない。彼女はそれが怖かった。 「私は....前とは違う自分をあなたに見てもらいたかった。堕ちぶれたバカな女の姿じゃなくて、 ちゃんと足が地についた私を見てほしかった」 声が震えそうになったが、膝の上で拳をギュッと握って必死にこらえる。 「前の私も、思い出も、全部この街に預けて私はロスを出たの。もちろん、あなたの事もね。 そして、ちゃんと独り立ちができた時に戻ってこようって決めた。中途半端な状態であなたに 会いたくなかった」 「........」 「でも、やっぱり思ったようにはいかないわね」 『こんなに心配してたのに連絡一つよこさないなんて、君って奴はなんて人間なんだ』 そうわめき散らす事ができれば気も楽だけど あの時、僕がCSMに『スカリーは娼婦だ』と言ってしまった事がそもそもの発端だ あんな事を言ってなければ、こんなふうに彼女を失う事もなかった 「あなたを傷つけてしまったわ」 「そうじゃないよスカリー、もとは僕が余計な事をスペンダーに....」 「いいえ、違う」 モルダーが言いかけた言葉を、ダナはスパッと遮った。 「それとこれとは関係ない。私の一人よがりな考えが、あなたに負担をかけたのよ」 彼女はモルダーの顔をじっと見つめ、右手を彼の頬に置いた。 「モルダー....少し痩せたわね」 そう言うと、ダナはゆっくりと立ち上がって体をかがめ、彼の反対側の頬にキスをした。 「話せて良かった、ありがとう」 彼女はスッと顔を引き、モルダーの目にまっすぐ視線を合わせる。 「帰るわ」 「....待つんだ、スカリー」 喉から絞り出すように発したモルダーの一言は、ズシンと重くダナの心に響いた。 「さよなら、モルダー」 ヒールの音がコツコツと響く。モルダーはその場から少しも動けないまま、彼女の後ろ姿を 見つめ続ける事しかできなかった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ ドンドンドン 「はーい、ちょっと待って」 割ったボトルの破片をシンクに放り込んでから、キムはドアを勢い良く開けた。 「........??」 ドアの向こうに立っているのが誰なのか、分かるまでにたっぷり3秒はかかっただろうか。 「....ダ、ナ?」 「ハイ、キム」 「マジで!? うっわー、すっげーいいオンナ!! 見違えちゃったじゃないのよォ」 ダナの姿を上から下までまじまじと見つめると、キムはダナに抱きついて言った。 「アンタ、とうとうやったんだ」 「なんとかね。あなたも元気そう、安心した」 「元気すぎて気味悪いぐらい。さあ入んなよ、こんなとこに突っ立ってないでさ」 親友との久々の再会にキムは大喜びし、ダナの背中を押して部屋にあげた。彼女は肩まであった ブロンドの髪をショートにし、明るめのブラウンに染めている。髪が短くなったからだろうか、 前よりも背が高く見えるような気がする。 随分乱雑だった部屋が、今は比較的きれいに片付いている。あれからキムはルームメイトを 探さなかったようだ。ダナの物が置いてあった場所には、代わりに空のボトルばかりが詰まった 段ボール箱をドンと置いてある。 「何これ?」 「技の練習。『クリスタル・メソッド』でバーテンやってんだ」 「ホントに!?」 二人が以前にいわゆる『オフィス』として通っていたクラブを思い出し、ダナは口元をほころばせる。 「実はね、リッキーと付き合ってる」 「あら、ホント?」 「うん....アンタがいなくなってからさ、アイツとツルむ事が多くなって。やっぱ寂しいじゃん、  お互い。共通の友達なくしたから、なんとなく自然にこうなっちゃった」 「じゃあ今は二人で同じカウンターに立ってるってわけ?」 「ま、そんな感じ」 照れ隠しなのか、キムは段ボールからボトルを一本取り出し、それを器用にクルクルと回してみせた。 「これはまだ修行中だけどね。おかげでシンクはいつも、落として割れたボトルでいっぱい」 「それだけ回せりゃ十分よ。それ以上やったら中身ぶちまけちゃって大変」 二人は顔を見合わせて笑った。 「久しぶりだな、こんな風に笑ったの」 「私も」 「来てくれて嬉しいよ、今コーヒー入れるから」 ------------------------------------------------------------------------------------------ キッチンの椅子に腰を落ち着けたダナは、部屋の中をキョロキョロと見回してみた。夜のロデオ ドライブに立っていた頃の思い出があれこれと頭をよぎる。 キムと二人で撮った写真が鏡にまだ貼り付けてあるのを見つけた。楽しそうに笑っている自分が 写っているのを見ると、あの頃の私にも幸せな一瞬があったのだと思える。それが妙に嬉しかった。 「モルダーには会った?」 ダナにそう尋ねながら、コーヒーの入ったマグを2つテーブルに置くと、キムは向かいの椅子に 座った。単刀直入に聞いてくる彼女の性格は相変わらずだ。 しかし、ダナはその質問に何と答えればいいのか、一瞬言葉が詰まった。それに気づかれないために、 彼女は手を温めるような仕草でマグを両手で包みこみ、コーヒーを一口飲んでその場を凌いだ。 「....うん、さっき」 「それで?」 「それだけ」 「それだけ?」 「そう、友達として食事しただけ」 訝しげな表情で、キムは持っていたマグをテーブルに置いた。 「なに話したの?」 「いろいろ。お互いの近況とか、私が今まで何をしてたか、とか。他愛のない話よ」 呆れたような表情を浮かべて、キムは鼻で笑った。 「ほんと、他愛のない話だね」 「どういう意味?」 「アンタ達、これからどうするつもり?」 「どうって....」 「その様子じゃ、食事の後にケンカしたか別れてきたか、どうせロクでもない結末に終わったんじゃ  ないの?」 核心を突かれたダナは黙ってうつむく事しかできない。この時ばかりは、彼女はキムの勘の良さを 腹立たしく感じた。 「....そうよ、別れてきた」 「やっぱりね、そんな事だろうと思った」 「彼の事、今は話したくない」 『別れてきた』というのは正しい表現なのかしら 別れる前から5年も別れてたっていうのに 「ねえダナ、モルダーの『日課』の事は聞いた?」 恐らくモルダーは、自分がどれだけ彼女を待っていたかを話していないはずだ。彼には少々ストイック な面があるし、ましてやダナの事になると、自分の事なんてどうでもいいとさえ思うような人間だ。 そう考えながら、キムはダナがどう答えるかを承知で質問をぶつけた。 案の定、ダナはキムが考えた通りの答えを口にした。 「....何それ?」 やっぱりね 「何も聞いちゃいないってわけなんだ」 「日課って何?」 「毎週日曜の晩になると、アタシの所へ電話をかけてきてたんだよ。5年間、欠かさずね」 「....」 「それこそ他愛のない話。アタシに『調子はどう?』なんてワザとらしい会話吹っかけてさ」 電話の向こうから、モルダーが少しどもりながら毎週「It's me」と話し掛けてきたのを思い出して キムはフッと笑った。 「はっきり口には出さなかったけど、アンタから連絡がないかどうか気になってたんだよ」 「毎週?」 「そ。聞いた事もないようなとこから国際電話かけてきた事もあったかな」 「........」 「バカなヤツ。はっきり言えばいいのにさ、カッコつけちゃって」 時計をチラリと見やってからキムは席を立ち、キッチンの柱にかかっている受話器をつかんだ。 「仕事、リジーにシフト替わってもらえるから」 「いいよ、大丈夫。迷惑かけたくない」 「強がり言われる方が迷惑なんだけど、アタシにとっては」 「強がりじゃないわ、自分で何を言ってるかぐらいわかってる」 ダナの青い瞳は強い光を放っていた。しかし同時にもろくて壊れやすいガラスのように 透き通っているようにも見える。強い語気で大丈夫だと言い張る彼女を見て、キムは手にした 受話器をフックに掛け直した。 「考える時間が欲しいの」 いくら頭のいいダナでも、こればっかりはお手上げか でも、それがアタシの知ってるアンタなんだよ 昔のダナがまだ残ってて嬉しい こんなかわいい女を手放すモルダーって、大バカか、さもなきゃ相当なお人好しだね 「それじゃあ」 キムは少しだけ微笑んでダナの肩をポンと叩いた。 「一人でゆっくり考えてみるんだね。アタシはクラブにいるから、何かあったら連絡して」 「わかった」 かなわないな、キムには.... 心の中で「ありがとう」を繰り返しながら、キムがドアを開けて出て行くのを見送った。 バタンとドアが閉じられた途端、部屋には静寂が生まれた。 突然私の人生に入り込んできたモルダー あなたの元を去って、新しい私を手に入れたと思ったら あなたが戻ってきた 『何も聞いちゃいないってわけなんだ』 『毎週日曜の晩になると、アタシの所へ電話をかけてきてたんだよ。5年間、欠かさずね』 どういうつもりだったの? 5年もの間、私の事を気にかけてたっていうの? 私がそうしてたように? 突然、ダナの中で得体の知れない何かが彼女を突き動かし、次の瞬間には、ダナは立ち上がって 受話器を握っていた。 もう一度話がしたい 一つだけ大きな深呼吸をすると、一気にウィルシャーホテルのペントハウスの番号をプッシュした。 trrrrrrrr........ trrrrrrrr........ trrrrrrrr........カシャッ 「もしもし、モル.......」 勢いに任せて言葉を吐き出したが、受話器の向こうからは、ただ無機質で抑揚のない声が 聞こえてくるだけだった。 『メッセージをお残し下さい』 モルダーが留守だった事に対する妙な安堵感と寂寥感がごっちゃになって、ダナは思わず 大きなため息をついた。 ピーッ 「....私よ....さっきは本当にごめんなさい。許してくれなんて言えた義理じゃないけど、 もう一度謝りたくて」 それから後が続かない。衝動に駆られて電話をし、その上メッセージまで残そうとしている自分に 段々と腹が立ち始めた。せめて何を言えばいいかぐらい考えておくべきだったのに。 「明日の朝9:00の便でニューヨークに戻るわ....それじゃ」 プツッ、ツー........ 通話が切れた後、程なくしてペントハウスに置かれた電話のメッセージランプが赤くチカチカと 点滅を始めた。モルダーは暗い部屋の中で一人、一定のリズムで点滅を繰り返すランプを いつまでも見つめ続けた。 スカリー.... バカみたい、「明日帰る」なんて言っちゃったわ 見送りに来てって言ってるようなもんじゃない、私ったら 我ながら、自分の馬鹿さ加減に笑いさえこみ上げてきた。とっさに出た「明日帰る」という言葉。 もしかしたら私は彼を試しているのかもしれない、と心の中で気づいていたが、ダナはその考えを 頭から払い落としてキムの部屋を出た。 ....to be continued −後書き− ひーっ(自分で自分に絶句) なぜここまでクドいんだ、単純な話なのに.... 誰か私を止めて〜〜〜っ!! しかし、この雄叫びを「後書き」で皆様にお聞きいただくのも、今回で最後となりました。 なんとか次回でラストを迎えられそうです。 ここまで辛抱強くお読み下さった方は、おそらく非常に広い心をお持ちであるに違いありません。 こんだけ引っ張っといて無様なラストにするわけにもいかず、自分自身にハラハラしてます。 夢に出てきそうで怖い.... Amanda