DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. Also the following movie and song do not belong to me, either. *"Shape Of My Heart" sung by Backstreet Boys *"Pretty Woman" starring Julia Roberts and Richard Gere No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品には、ある事柄について一部問題のある表現が含まれています。これは本作品の都合上 避けられないものであり、決してこの事項に関する問題提起を行っているわけではない事を ご理解下さい。 ・冒頭に引用している歌詞の日本語訳は、Backstreet Boysのアルバム『Black and Blue』に  掲載されている対訳をそのまま使用致しました。 ・本作品は筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる 皆様には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Leaving Behind』の第5章(最終章)です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Leaving Behind (5/5) Category: MSR / Comedy and Angst Spoiler: None Inspiring: Pretty Woman(starring Julia Roberts and Richard Gere) Date: 06/05/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− モルダーのもとから姿を消して5年、ダナがビジネス界の新星としてロスに戻ってきた。 ディナーを共にする二人だが、5年という時間は彼らにとってあまりにも長すぎたようだ。 気持ちが通じ合わないまま、ダナは再びロスを後にしようとしている....。 「明日の朝9:00の便でニューヨークに戻るわ....それじゃ」 Looking back on the things I've done これまでいろんなことやってきたけど I was trying to be someone 僕はただ自惚れていただけかもしれない I played my part and kept you in the dark 自分勝手に動いて、君をおろそかにした Now let me show you でも今、君に見せてあげたい the shape of my heart 僕の心のほんとの形を 『ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ空港行き、ユナイテッド航空848便にご搭乗のお客様は、 37番ゲートにお越しください』 ロサンゼルス国際空港の第7ターミナルに搭乗案内が響き渡った。ダナは、スタンドで買った コーヒーのカップをグシャリと潰してごみ箱に捨てた。 便利さで考えると到着地はラ・ガーディア空港の方が良かったのだが、あいにくこの時間には JFK空港行きの便しかなかった。向こうに帰れば、24時間いつでも交通渋滞のマンハッタンに イエローキャブで突っ込まなければならない。そう考えるだけでウンザリした。 昨夜キムの部屋を出る時、ドアに彼女からのメモが貼り付けてあるのを見つけた。 『ちゃんとカギかけて出てってね カギはいつもんとこだから 書いとかなきゃ絶対にそうしないだろうから忠告しとく 連絡先、置いてって』 彼女らしいメモに、ダナはロスで最後の笑みを浮かべた。 時計は8:45を指していた。モルダーの姿は見えない。 「お客様、そろそろご搭乗を」 ゲートの入り口を見つめて立っていると、地上係員の声が聞こえた。もしかしたら、あと5秒で このゲートにモルダーが走ってくるかもしれない。そう思うと、彼女はなかなか飛行機に 乗り込む事ができなかった。 「お客様、ご気分でも?」 「....いいえ」 いいえ、なんでもないわ 搭乗券をヒラリと係員に見せ、彼女は入り口の向こうへ姿を消した。 『本日はユナイテッド航空をご利用いただき、誠にありがとうございます。この便はニューヨーク、 ジョン・F・ケネディ空港行き、848便です。到着予定時刻は、現地時間の午後5:16となって おります。ご着席の際はシートベルトを着用の上....』 客室乗務員のアナウンスをボンヤリと聞きながら、ダナは窓の外を眺めた。今の気分とは正反対と 言えるほど澄みきった青空が眩しく感じられる。ロスの太陽はいつもこうだ。どれだけ人の心が 暗く沈んでいても、その明るい輝きは変わらない。 バイ、モルダー ゴーッという激しいエンジンの音を立てながら車輪が滑走路を疾走し、フワリと宙に浮く。 ダナを乗せた848便は、センチュリーシティの上空を空路にして飛び立っていった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「うるさいなあ、なんとかならないのか?」 いくら高度を上げていても、飛行機のキーンという独特の轟音は、意外にも地上近くまで響く。 その音は、モルダーにもわずかながら影響を与えていた。センチュリーシティ上を空路に選ぶ 飛行機は、必ずと言っていいほど彼のオフィスの窓をピシピシと揺らして飛んでいくのだ。 そんなに騒ぎ立てるような大袈裟なものではないが、モルダーはそれが気に入らない。 その音に気を散らされたのか、彼は読みかけの資料を乱暴に放り投げた。彼の手の中で束になって いたそれはワーッと散らばり、デスクをまんべんなく埋め尽くした。その様子を見てゲンナリした 彼は、両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれに体を預けて壁の時計を見た。 『9:13』 ....もう空の上かな........ モルダーは大きくため息をついて目を閉じた。なぜ昨夜、あの電話を取らなかったのだろう。 震えるような声でフライトの時間まで教えてくれたのに、彼は見送りどころか電話にも出なかった。 彼女なら一人で大丈夫だ、これで良かったのだと自分に言い聞かせようとするが、昨夜モルダーの 頬を触れた彼女の手の感触が、いつまでも離れなかった。 くそっ、どうしてこんな事になっちまったんだ 「モル....」 ダンッ!! 「わっ!!」 怒り任せにモルダーが拳でデスクを叩いたのと同時に、ペンドレルがひょっこりとオフィスに 顔を出した。そのタイミングが見事に合ったおかげで、彼の心臓はドキンと特大の心拍を打った。 「なっ、なんだよモルダー!? ビックリさせるなよ!!」 「ん? あ、悪い」 「あっさり言うな、寿命が1年縮んだぞ」 この男がいると、なぜこうも場の雰囲気が和むのだろう? その存在自体がまるでコメディの ようなペンドレルの姿をボーッと眺めながら、モルダーはデスクに肘をつき、その上に顎を乗せた。 「モルダー、なに見てんだよ」 「お前」 「....普段よりも数割増しで不気味だな。どうかしたのか?」 「聞くな」 これだけバカにされてもモルダーの事を心配するペンドレルは、きっと根本的にいいヤツなのだろう。 しかし、彼も完全にマヌケなわけではない。昨日のコンベンションでダナと何かあったに違いない、 ピンときたペンドレルはモルダーのデスクに近づき、彼を見下ろした。 「スカリーと何かあったろ」 「聞くなって」 「ははーん、図星」 「それ以上言ったらここから追い出すぞ」 「そんな元気もないくせに」 やれやれ、という調子のため息をついて、ペンドレルは近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。 「話せよ、良かったら」 「....別れた」 「付き合ってないのに『別れる』って表現も不思議なもんだな」 「今朝の便で帰ったよ」 「見送りに行かなかったのか?」 「....」 「ちゃんと話せよ、僕に分かるように」 最初は渋っていたモルダーだったが、次第にポツポツと昨日の出来事を話し始めた。相槌を打つ事も なく、ペンドレルは彼の話にじっと耳を傾ける。洗いざらい話す事で気持ちを整理しようとした モルダーは、彼が黙って聞いてくれる事に感謝した。 「....それでイライラしてんのか」 「自分の臆病さがつくづく嫌になる。彼女はもう一度会うチャンスを作ってくれたっていうのに、 見事に僕はそれを棒に振ったんだ」 「バカな奴だな、お前」 気持ちいいぐらい、ペンドレルはスッパリと言い放った。 「5年前と全然変わんないじゃないか」 「....」 「僕達、5年前にスカリーが出てった時もここで同じ会話したろ」 『あなたなんて最低』そう言ってダナが出ていった時の事が、モルダーの脳裏に浮かんだ。 「あれからスカリーは努力してここまできた。それがどうだいモルダー、お前は5年前と同じ事で くよくよ悩んでる。昨夜のディナーも、今朝の最後のチャンスを作ったのも彼女だ。違うか?」 確かにそうだ 「彼女はよくやったよ。ただの娼婦だったのに、たった5年であんなになるなんて驚いた。お前が ウォールデンとの食事の席に彼女を連れていった時、僕はお前がどうにかなったんじゃないかと 思ったさ。でもモルダー、お前の目は正しかった。スカリーがわずか5年で僕達と同じラインに 立てるようになる程のパワーを持ってるのを、あの時のお前はひと目で見抜いたんだからな」 ペンドレルは席を立ち、窓から空を見上げる。別の飛行機がセンチュリーシティの遥か上空を 飛んでいくのが見えた。 「モルダー」 ペンドレルはモルダーの方に体を向け、彼の名を呼んだ。 「彼女に追い抜かされるぞ」 その言葉を聞いて、モルダーは初めて顔を上げた。 「モルダー、あの約束覚えてるか?」 「....なんだ」 「『ビーストの花嫁の格好で躍らせる』って」 ペンドレルはニヤリと笑った。 「あれ、まだ有効だからな」 そう言い残して、彼は部屋を出ていった。 『彼女に追い抜かされるぞ』 ペンドレルのその一言は、モルダーの心にグッサリと深く突き刺さった。潰したチャンスは まだ生かせるだろうか? 彼は恐る恐るインターコムに手を伸ばしてボタンを押した。 「お呼びですか、モルダー社長?」 「....緊急の用件だ。ダナ・キャサリン・スカリーが経営している会社名と連絡先が知りたい。 場所はニューヨークのソーホー、何としてでも探し出すんだ。それから、僕の妹のサマンサに 連絡を取ってくれないか」 「かしこまりました」 「今から外出するから、住所が分かったら携帯に連絡してくれ」 秘書のカサンドラはためらいがちに答えた。 「ですが社長、あと10分で会議が....」 「僕がいなくても差し支えない内容だ、とにかく出かける」 強引に通話を終えると、モルダーはジャケットを羽織って部屋を出て行こうとした。しかし、彼が ドアを開けるよりも一瞬早く、誰かがそのドアを開けた。 「モルダー、どこへ行くつもりだ?」 CSMが部屋に入り込んで来るや否や、ものすごい形相でモルダーを睨んだ。 「スカリーに会いに行きます」 「馬鹿者!! お前はこの企業の社長だぞ、一体何をぬかしておるのだ!?」 「そうです、僕はここの社長です。スペンダー、あなたは社長にたてつくつもりですか?」 「たてつくだと? お前も随分エラそうな口を利くようになったもんだな。私は君の シニア・ビジネス・パートナーなんだぞ」 「パートナーですって?」 モルダーはゾッとするような笑みを浮かべた。その不気味な表情にCSMはギクリとして身を強ばらせた。 「社長とそのパートナー、どちらが偉いかご存知ですか? 企業では飽くまで社長がトップなんです」 「お前、とうとう気が狂ったか」 「いざとなれば、僕はあなたをクビにする事もできるんですよ」 「....会議に出ろ、これは命令だ」 「社長に命令するとは、あなたこそ随分と偉くなったものですね....失礼します」 モルダーは射抜くような鋭い視線をCSMに向け、彼の肩をかすめるようにして部屋を出ていった。 バタン、とドアの閉まる音が、CSMだけが一人取り残された部屋に強く響き渡った。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「悪かったね、突然こんな事を頼んで」 「いいのよ、今日は午前中だけのシフトだったし。天気が良くてラッキーだったわね」 サマンサは、サングラスをかけながらモルダーに顔を向けて笑った。 「それで? 今日はニューヨークへ行くんですって?」 「ああ、そうなんだ」 「一大企業の社長なんだから、狭いヘリより飛行機のファーストクラスの方がお似合いなのに」 「そうも言ってられないよ。それに今回は僕が急に決めた事でね。どうしようかと思った時に....」 「『そうだ、僕には空を飛べる妹がいた!!』って、都合よく私の事を思い出したわけね」 サマンサは、モルダーの話し方を真似ながらパチンと指を鳴らした。 「いつもお前には迷惑かけっぱなしだな」 「兄妹じゃないの、遠慮しないで」 航空ショーのパイロットをしているサマンサは、朝からロサンゼルスの空を遊覧飛行してきた ところだ。今日は土曜日なので小学生のグループが多かったらしい。『男なら乗れよ』と、 クラスメートにけしかけられた怖がりな男の子が、危うく上空で朝食を戻してしまうところだった、 と、サマンサはクスクス笑いながら話してくれた。 ヘリの前に着いたところで、モルダーのセルが鳴った。 「モルダーだ」 かけてきたのはカサンドラだった。すっぽかした会議の事はあえて口にせず、彼女は冷静な口調で 用件だけを簡潔に伝え始めた。 「社長、連絡先がわかりました。社名は『ナチュラルフィーリング・コーポレーティッド』、 クロスビーとスプリングの交差点付近です。電話番号は212-....」 「わかった、ありがとう」 モルダーは、通話を終えるとポケットにセルを滑り込ませ、サングラスをかけた。 「さ、乗って」 サマンサがスライド式のドアを開けてモルダーを中へ押し込んだ。彼女は操縦席に座ると、 インカム付きのヘッドフォンをモルダーに渡した。 「はい、これ着けて」 「どれぐらいかかりそうだ?」 「そうね、5〜6時間ってとこかしら。夕方には着くわよ」 ローターが回り始めると、辺り一面に大きな風が巻き起こる。ヘッドフォン越しにサマンサの声が ノイズ混じりに聞こえてきた。 「シートベルト締めた?」 「いつでもOKだ」 「それじゃ、いくわよ」 彼女は両手でスロットルをゆっくりと動かしてヘリを垂直に浮かせ、そのまま上空へ舞い上がった。 「フォックス、気分はどう?」 「今朝の小学生と一緒にしないでくれ、僕は高い所なんて怖くないさ」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 見事に夕方の交通渋滞に引っ掛かり、ダナはキャブの中で1時間半を過ごすハメになった。 引っ切りなしに鳴り続くクラクションにすっかりうんざりした彼女は、車がズラリと並ぶ道路の 真ん中でキャブから下り、オフィスまで歩く事に決めた。ただでさえ狭い道に、何台もの車が 容赦なく強引に突っ込んでくる。この混み具合では、確実に歩く方が速い。 7ブロックほど歩いてようやくスプリング通りにたどり着いた。煉瓦造りで、この地域にしては 比較的新しいビルの2階に彼女のオフィスがある。階段を上がって入り口のドアを開けると、 顎と肩の間に受話器を挟んで電話応対をしながら、パソコンのキーをものすごい勢いで叩く女性の 姿が目に入ってきた。彼女はダナの姿を見ると一瞬だけニコッと笑顔を見せ、すぐにパソコンの スクリーンに視線を戻した。 「ええ、ですがその時間はちょっと....ええ、そうなんです....それでは11時という事で。 わかりました。ではお伺いします」 電話を切ると、彼女は両手を広げてダナを迎え入れた。 「ミズ・ダナ・スカリー!! お帰りなさい。待ってたんですよ、我らがボスのご到着を」 「ただいまエミリー。ごめんなさいね、遅くなっちゃって。何か変わった事はなかった?」 ブリーフケースをデスクに置きながら、ダナはこの3日間にあった出来事をアシスタントの エミリーに尋ねた。 「ええと....ドュエイン銀行のバリーさんと、ロドニー・コンサルティングのローランド専務が アポイントを取りたいって。それから『オール・シングス』誌のダニエル・ウォーターストンさん って記者から取材の申し込み。あと、頼まれてたドゥカブニーご夫妻への花束、贈っておきました」 「ああ、そうだったわ。ありがとうね」 「離婚率が急増してるご時世なのに、金婚式ってスゴイですよね」 「そうね、今年めでたく彼らは揃って米寿を迎えるらしいわよ」 ニューヨーク大学の学生であるエミリーは、インターンとしてダナの会社で働いている。さすがに 学年トップの成績と言われるだけあり、得意のパソコンを使って、ダナも驚くほどの働きぶりを 見せている。 「バイヤースとフロヒキーは今朝からセミナーに行ってます。カーターとクリスは営業。 ラングレーはセントラルパークを調査中です。彼、何を調査してるんですか?」 「彼曰く、ベセスダ噴水の水には多量のアルカリイオンが含まれているらしいの。それが人体に どう影響を与えているかを調べたいって」 「ふーん、不気味な装置をいっぱい抱えて出て行きましたよ」 「そうでしょうね。そういうの好きだから、あの人」 エミリーは次々にメモをめくりながら用件を伝えていく。 「それから、あなたのダーリンの世話もバッチリ」 「厄介だったんじゃない? 何しろよく食べるから」 「いいえ、とんでもない。大きくて暖かくて、毎晩ベッドを共にしてたんですよ」 「あら、妬けるわね。私にはそっけないのに」 『ダーリン』とは、ダナが飼っている巨大セントバーナード、ベートーベンの事である。飼い始めた 頃は掌サイズだったのが、今や小さな子供を乗せて走れるほどのサイズにまで成長した。どうやら 飼い主の言葉が分かるらしく、なぜかダナとの間ではうまくコミュニケーションが取れている。 「本当にありがとう。よくやってくれて助かるわ」 「私の方こそ、雇っていただいて感謝してるんですから....あ、さっき電話がありましたよ。  必ず伝えてくれって3回も念を押されましたけど」 「誰から?」 「モルダーさんって方です」 その名前を聞いて、ダナの体はビクッと強ばった。 「今晩9時に、ツイン・タワーの107階に来てほしいって」 「....その人、本当に『モルダー』って名前だった?」 「ええ。フォックス・モルダーって、変わった名前だからハッキリ覚えてます。間違いありません」 どうしてモルダーがこっちにいるの? 「....ダナ、大丈夫?」 気づくと、エミリーが心配そうに顔を覗き込んでいた。 「え、ええ、ボーッとしちゃって....」 「きっとお疲れなんですよ。今日は早く帰ってお休みになって下さい」 「大丈夫よ、ありがとう。あなたも無理しないでね」 「ええ、キリのいいところまで仕上げたら帰ります」 再び電話が鳴り、エミリーが素早く受話器を取った。 「はい、『ナチュラルフィーリング』....お世話になってます。ええ....その件に関しては....」 モルダー、一体どうしたっていうの? ダナは、すっかり混乱した気持ちを落ち着けようと必死になっていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ ツイン・タワーは、ワールド・トレード・センターを構成するビル群の中でも一際目立つ存在である。 名前の通り、同じ外見の建物を2本並べたそのビルは、自由の女神があるリバティー島行きのフェリー 乗り場から歩いて10分程の場所に建っている。 このビルの107階は『トップ・オブ・ザ・ワールド』という名の展望室になっている。マンハッタン が360度見渡せるこの階は、世界中の旅行客が見物をしにやって来る観光名所だ。晴れた日には、 アッパー・ベイの真ん中にぽっかりと浮かぶ自由の女神や、エリス島にある移民博物館をはっきりと 見る事ができる。 わずか1分ほどで107階まで上がる高速エレベーターに乗りこんだダナは、階が上がるにつれて 鼓膜がおかしくなってくる感覚を覚えた。これが気に入らない彼女は、飛行機の着陸時や、列車が トンネルに入った時と同じように、決まって唾を飲み込むようにしている。 チン ランプが「107」を点し、ドアが開くと、ダナはゆっくりと歩き始めた。普段なら観光客でいっぱい の展望室だが、クローズの時間が近いからなのか、今日はそれと思しき人が全く見当たらない。 モルダーの姿もなかった。 ダナは、本当に彼がここに来るのかどうか疑わしく思い始めていた。昨夜の電話にも出ず、今朝は 空港にも現れなかった。そのモルダーが、なぜわざわざニューヨークの、しかもこんな所に来る 必要があるのだろうか。「ここに来てほしい」という電話は、エミリーの聞き間違えではないか とさえ思い始めていた。 ダナは一人で展望台をブラブラと一周した。目の前に広がる摩天楼には、まさに 『宝箱をひっくり返したような』という表現がピッタリ当てはまる。車や高層ビル、街中が放つ光は、 澄みきった空気の中にすんなり溶け込んでキラキラと輝く。ここからの眺めは、まるでマンハッタンと いう街全体が、光の海に投げ込まれたのではないかと思えるほどだ。 彼女は「マンハッタンの光の海」とは反対側の窓ガラスへ近づいた。ここから見える自由の女神の 姿をダナは気に入っていた。トーチ(たいまつ)とクラウン(王冠)の部分に明かりが点され、その光が やんわりと見える様子は、彼女の心を和ませる。 落ち込んだ時、彼女はよくここへ来て女神を見た。じっとたたずむ女神の姿を見ていると、体の中 から暖かい力が湧いてくるのを感じられたからだ。今やアメリカの象徴として愛されるこの女神は、 ダナにとっても心から愛すべきものであった。 「女神のクラウンについている7つの突起の意味を知ってるかい?」 突然、背後から聞き覚えのある声がした。ボソボソとつぶやくような話し方だが、同時にホッと できる穏やかな声音。その主が誰なのかは、わざわざ振り向かなくても分かる。 「7つの大陸と7つの海の象徴なんだってさ」 コツコツという靴の音がダナの耳の中で響く。その音は少しずつ近づいてくると、彼女のすぐ後ろで カツリという音を立てて止まった。 「スカリー、よく来てくれた」 振り向くと、濃紺のビジネススーツを着たモルダーが目の前に立っていた。何か言わなくては、と、 ダナはその場にふさわしい言葉を猛スピードで探してみた。 「....どうも、モルダー」 私ってバカみたい なんでこんな言葉しか思いつかないんだろう 彼の姿をしげしげと見つめて、ダナは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。 「仕事で来たの?」 「ああ。急な用件でね、他の者じゃ代わりが利かないから、予定してた会議をすっぽかしてきた」 「そう」 「....君に会いに来たんだ」 聞き違いかしら、今『君に会いに来た』って言った? 「あんなふうに君と別れたのが心残りで」 「....そう」 「君は勇気のある人だな」 「え?」 「僕は意気地なしだ」 そう言うと、モルダーは恥ずかしそうに笑って女神に視線を移した。 「5年前と一緒、ずっと君にリードされっぱなし」 「そんな事ない。あなたのおかげで私、ここまでやってこれたんだもの。あの時あなたに会って なかったら、今頃どうなってたかなんて想像もつかない」 「いや、僕はいつも君の後ろ姿を見ながら生きてきた」 『彼女に追い抜かされるぞ』 ペンドレルの言った言葉が、モルダーの頭の中で何度も浮かんでは消える。 違うんだ 最初から僕は追い抜かされてる 「僕にもう一度チャンスをくれないか。ビジネスは抜き、一人の人間として」 「モルダー....」 「君の後ろ姿はもう見飽きた」 どうしてあなたって、いつもそうなの? 「こんな男、大嫌い」って思っても なぜかもう次の瞬間には、その素直な心が愛しい 「君と並んで歩けるようになるまで、僕を見ていてほしい」 ストレートなモルダーの言葉は、ダナの胸にジンと染みた。 「....今世紀に聞いた一番のクサいセリフね」 涙がジワリと滲むのを、まばたきをして堪えながら、ダナはそう呟いた。 「『並んで歩けるようになるまで』、それで終わり?」 「....」 「『並んで歩けるようになった』ら、その後はどうするの?」 相変わらずだな、スカリー 意地悪な表情で挑んでくるその目の輝きは全然変わってない そう思ったモルダーは、今この時、ダナと再会してから初めて彼女の目を真っ直ぐに見る事が できたのだと実感した。 「その後は、僕が一気に君を抜き去る。あとは君が僕の背中を追いかけてればいいさ」 「あら、失礼しちゃうわね」 互いに睨み合った後、同時にクスッと笑いがもれた。 「スカリー、君に渡したいものがあるんだ」 そう言うと、モルダーはジャケットの胸ポケットに手を入れ、細長い封筒を取り出した。 「何これ?」 「君に渡し損なった3000ドル分のキャッシュ」 「今頃くれるの?」 「雇用者の労働に対する報酬を払うのは、雇用主の義務だからね」 しれっと言ってのけるモルダーの表情が、なぜかとても懐かしく感じる。 「もう5年も経ってるのよ、利子つけてくれない?」 「どれぐらい?」 「かなり高いわよ。そうね....これぐらい」 彼女はそう言ってモルダーに顔を近づけ、唇で彼の唇を塞いだ。 その時間は短かったのか長かったのか、モルダーにはよくわからなかった。軽く音を立ててダナの 唇が離れると、モルダーはそっと目を開けた。彼女の顔が大写しで視界に飛び込んでくる。 「あなたからもらい損なったキスも利子としてもらっとく」 「唇にはしないんだろ?」 「いいえ」 一瞬だけ女神に視線を移した後、彼女はもう一度モルダーの顔を見てニヤリと笑った。 「今はするのよ」 過去は置いてきたから 5年前のロスに 海に浮かぶ女神はそっと呟いた。 「あなた達の結末なんて、5年前に会った瞬間からみんなお見通しよ」 彼女は、穏やかな波が漂う海を静かに見つめ続けていた。 「せっかくだから、一杯飲みに行かないか?」 「家に寄って荷物を置いてくるわ。良かったら来る? ダーリンがいるけど」 「ダーリンだって?」 「セントバーナードよ、『ベートーベン』っていうの」 「....犬は苦手なんだ。どうも相性が悪いらしい」 The END −長い後書き− お疲れ様でした〜〜〜っっ!!(皆様に拍手) 引っ張って引っ張って引っ張って....ここまでお付き合い下さった皆様には、本当に感謝しています。 約2ヶ月のブランクはあったものの、7ヶ月という時間をかけてようやく完成させる事ができました。 これでぐっすり眠れるぅ(笑) (執筆中のハプニング・その1)*映画『プリティー・ウーマン』についてのネタばれ有* 当初は、第3章で完結する予定だった。オリジナルの『プリティー・ウーマン』のように、歯が浮き そうなラブラブモードの結末で終わらせようとしていたのだ。 ↓ 赤い車でさっそうと現れたモル・ギア(爆)がヒマワリの種を持ってダナ・ロバーツ(爆爆)のアパートに 押し掛け、ギアのキメ台詞「戻ってきてくれ〜っ!!」にロバーツが「おっけーいっ!!」と抱きつき、 めでたしめでたしのハッピーエンド。 ....しかし、なんだかこれじゃイマイチつまんない。大まかな原稿チェック(最近は単なる下書き 原稿の一読者となりつつあるような気がするが・爆)を依頼している我が相棒、ア○ーマ君からも 「そうよねー、80年代のシンデレラ物語にしちゃうよりも、スカリーには自分で幸せをつかんで ほしいな」とのコメントが返ってきた(^^;) そんな理由もあって、第3章にあった【完】の文字を泣く泣く【続く】に修正し、再び『産みの苦しみ』 の旅に出た(苦笑) その結果が、AmandaのFic史上初「5章立て / 容量:131KB」という巨大構成に つながったのだ。いやはや、まったくねぇ(苦笑) (執筆中のハプニング・その2) 最終章も3割近くを書き上げていたその夜、私は自宅のPCで第1章の最終校正を終え、上書き保存を しようとした。すると.... 「このファイルは使用中のため、コマンドを実行する事ができません」 というメッセージが画面に現れ、ガガガガーッと音を立てて『PrettyWoman』というファイルホルダー の中味が一掃されてしまった。「ぎょえーっ!!」と雄叫びをあげる私。当たり前だ、既に100KBを 超える量の原稿が一瞬で吹っ飛ばされたのだから。しかしなんでこんな事が起こったのだろう? そんな時(だけ?)、神の存在として崇め倒したのは、下書き原稿の一読者であるア○ーマ君である。 私は彼女を携帯で呼び出し、「原稿送り返してくれっ!!」と、半分気狂いになりそうな心境で 頼み込んだのだった。 結局、後にフロッピースキャンでデータを復活させる事に成功し、こうして無事に後書きを書いて いる。若干の文字バケはあったが、全てのデータを失ってしまうのに比べればなんて事はない。 皆様も、バックアップは取っておいた方がよろしいかと....(^^;) 最後に.... このFicを作成するきっかけでもある素敵なアイデアを提供して下さったJサマ いつもお世話になっている管理人サマ データを吹っ飛ばすという大ピンチを共に切り抜けてくれたアイーマ女史 私の10年来の悪友(ニヤリ)であるアヤ そして、最後までお付き合い下さったすべての方に感謝を込めて.... Amanda