この作品はあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり この作品の登場人物、設定などの著作権はすべて、クリス・カーター、 1013、20世紀フォックス社に帰属します。 TITLE   - Prologue - < - Room 42- お仕事&ケガモル編 >                         by   yuria SPOILER  「闇に潜むもの」   チャールズ・グラント       〜 *  モル好き限定ficでございます * 〜         *  作者の力量不足のため、fic 中の事件は解決いたしません         今回、長くなってしまいましたが、           例によって、たいしたストーリーもないため、退屈で死にそうだ           という時にでも読んでいただけたら・・・と思います。    〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *      X-Files office 9:34 AM モルダーは白いYシャツの袖をひじまでまくり、メガネをかけて いつものように彼のデスクで事件のファイルに隅々まで 目を通していた。 時折無意識に左手が口もとをなでる。 軽くウェーブのついた栗色の髪は、 自然な横わけになっている。 明り取りの窓から.地下オフィスに貴重な太陽の光が入り、 宙に舞う無数の埃を、スターダストのようにキラキラと モルダーのまわりできらめかせ、 その光は、彼のメガネにも反射している。 「モルダー、例の目撃者の証言がとれたわ」 静寂を破って、ベージュのパンツスーツを着たスカリーが 急ぎ足でオフィスへ入ってきた。 モルダーが、読んでいたファイルから目を上げると彼女は彼のデスクの上へ パサリと音をたてて報告書をおいた。 「残念ながら目撃者の証言には、あまり信憑性はなさそうだわ。  曖昧なところが多いし、薬をやっていた可能性が高いの。」 モルダーはメガネを外してニッと笑い、 「これを見てくれ」 そう言いながら立ち上がって部屋の電気を消し、 スライドの写真を映した。 木がうっそうと茂った場所に、若い女性の死体が横たわっている。 次の写真には路上に横たわる若い男性、 最後の写真は駐車場での、中年男性の死体だ。 「3人とも着衣に乱れはない。そして体に無数の打撲傷。  被害者は3人とも、何者かに殴り殺されたと思われる。」 モルダーは、そう言いながら写真に近づいて行った。 そのため彼の端正な顔に、血だらけの被害者のスライド写真が映った。 「そしてこの Silver Lake Mountain から生きて帰った、  4人目の被害者がいるんだ。その目撃証言が、今回の事件に  酷似している。暗闇に光る赤い目。動物のような唸り声。  至近距離から襲われたのに、2人ともその姿を見ていない」 モルダーはそう言うとスライドを消し、部屋の電気をつけた。 そして椅子の背に掛けてあったスーツの上着をはおると、 コート掛けから黒のコートをひょいと外した。 「モルダー、どこへ行くの?」 「Silver Lake Mountain 」 そう言うと彼はオフィスを出て行った。 スカリーはあきれたようにため息をついたが、彼女もコートを手にとり モルダーの後を追った。 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *  「Silver Lake Mountain の近くには名前が公表されていない  研究所がある。何の研究をしているのかも明らかではないが、  3年前、DNA研究の権威であるDr.キャプランがそこへ引き抜かれている」 Silver Lake への移動中、モルダーは車を運転しながら自説を繰りひろげた。 「もし、そこでDNAを組みかえられた動物実験が行われているとしたら?  もし、それが成功していたら?  次は人間にも試してみたくなる。そしてそいつは・・・なんて言うか、  姿を消すことができる特殊能力のようなものを持っているとしたら・・・」 彼はハンドルにおいた手でリズムをとるような仕草をした。 スカリーはモルダーの荒唐無稽とも思われる説には、口をはさまなかった。 スカリーとしては、そんなSF小説のような話はとても信用できなかったが モルダーの直感には、いつも頭から否定できない何かがある。 いくら彼の説が途方もないものに聞こえても、 彼が真実とはまったく逆の方向を向いていることは少ないのだ。 そして今、彼の瞳は熱に浮かされたように輝いている。 こんな時にはスカリーがいくら科学の知識で対抗しても、 彼には通用しないことを、彼女は長い経験から知っている。 捜査を始めてしばらくは、つまり事件の輪郭がまだおぼろげにしか 見えていないときには、彼はいつも饒舌だ。 しかし彼の頭の中で、ある程度事件が形作られて核心に近づくと、 彼はぴたりと口を閉じる。 モルダーは今、頭の中で何かを組み立てている最中だ。 ジグゾーパズルのピースを一つずつ、つなげていくように 彼は頭の中で、必要な情報とそうでない情報を選別し、 それを、正しい場所に組み立てる。 しかし彼の頭の中に組み立てられたものは、いくら彼に熱心に説明されても、 スカリーには理解できないことの方が多かった。 だが、今ここで反対意見を言おうものなら、火に油を注ぐようなものだ。 彼は待ってましたとばかりに、今度は子供のころによく読んだ お話の中に出てくるモンスターの名前などを持ち出すに決まっている。 あるいは、「もちろん、そういう考え方もある」 などと言って、皮肉な微笑を見せるのだ。 そんなことは、これっぽっちも思っていないことは彼の態度からは明らかだ。 しかしスカリーは、そんな時のモルダーが嫌いではなかった。 彼の穏やかなもの言いが、ともすれば険悪になりがちな2人の雰囲気を やわらげてくれる。 モルダーが話し続けていた。 「だからジュリア・ロバーツはリトル・グリーンマンとめでたく結婚して  ハネムーンは宇宙船で銀河系1周旅行らしい」 「・・・なに?」 「聞いてなかったろ」 そう言って彼は少し傷ついた顔を見せた。 スカリーは笑いをかみ殺すと、苦労して真面目な顔を作り、 右手で髪を耳にかけながら眉をわずかに上げて、 まっすぐに続く道を見つめた。 車で一時間ほど走っただけで、のどかな風景が広がり、 Silver Lake の町に入った。 2人は現地に到着して地元の警察署長に挨拶をすませると、 署で3件の殺人事件と、1件の殺人未遂事件の詳しい資料を見せてもらった。 署長に、殺人未遂事件の入院中の被害者に会う許可をもらったあと、 モルダーは彼にDr.キャプランとその研究所についての質問を始めた。 賢くもモルダーは、変幻自在に姿を消すことができる 謎のモンスターについての説は、披露しなかったが。 でっぷりと太った白髪頭の署長は何の興味もなさそうに、 モルダーの質問に彼の限られた情報のなかから答えた。 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 署長が、めんどうそうに書いた地図を頼りに、 モルダーとスカリーは車で研究所へと向かった。 車が山道に入ると、どんどん道は細くなり、 道の両脇には、うっそうとした森がすぐそこまで迫っている。 スカリーは見ずらい地図を何度も確認しながら、目を上げずに言った。 「モルダー、道が違うんじゃない?  どう考えてもこんなところに研究所は・・・」 車のスピードが急に落ちたのでスカリーが目を上げると、 目の前に鉄条網を張りめぐらせたゲートがあり、 その先に研究所らしき、殺風景なつくりの3階建ての建物が、 ひっそりと建っている。 ゲートには、建物の名前を表示するものはなにもなく、 建物の前に車が3台停まっているものの、人影は見あたらない。 モルダーとスカリーは車を降りて、鉄条網のゲートに近づいた。 モルダーは両手でゲートをガチャガチャと揺さぶってみたが、 そこには頑丈な鍵がかかっている。 モルダーがそれを乗り越えようと、右足を鉄条網の隙間に掛けた時、 スカリーが呼び止めた。 「モルダー、カメラがあるわ」 彼女は、目線でモルダーにその位置を教えた。 鉄条網のゲートの脇の鉄柱に、目立たないようにカメラが仕掛けてある。 「今日のところは、このまま帰りましょう。  きちんと手続きを踏んで、また出直した方がよさそうだわ」 スカリーはカメラを見上げながらそう言うと、クルリと背を向けて車へと歩き出した。 モルダーは鉄条網から手を離し、スタンと飛び降りると、 納得のいかない顔つきで、何度も研究所を振り返りながら、 スカリーがすでに乗り込んでいる車へ戻った。 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *  モルダーは、人の話を聞き出すことが、じつにうまい。 彼は初めて会った人にも、どこか気を許させるような、 そんな雰囲気を持っている。 相手の話に口をはさまず、無言でうなずきながら聞く彼に対して 話す相手は、自分を肯定されているような安心感を覚えるようだ。 彼が礼儀正しく振る舞いさえすれば、相手はほとんどと言っていいほど 彼に好印象を受ける。 彼の穏やかで、優しげな顔立ちも、それに一役買っていることは言うまでもない。 もちろん、リトル・グリーンマンや政府陰謀説を持ち出さなければ、の話だが。 彼は捜査官としてその才能を充分に発揮して、Silver Lake の隣町にあるバーで、 Dr.キャプランと会っている所を度々目撃されている男がいることを 探り出すことに成功した。 彼の名前は、ジム・ターンブル。 自動車整備工場で働いている男だ。 彼は工場の近くのアパートで、一人暮らしをしている。 モルダーとスカリーは、彼の住むダウンタウンの古いアパートの前の 目立たない場所にグレーのセダンを停めて、彼の帰りを待った。 一時間ほど経っただろうか、反対側の通りから背の高い、痩せ型の若い男が 茶色い紙の買い物袋を抱えて、アパートのほうへと早足で 道を横切ってきた。 モルダーは、運転席から身を前に乗り出し、持っていた写真と男を見比べると、 スカリーと目を見合わせて、うなずいた。 男がアパートのエントランスに続く階段を上ろうとした時、 2人は車から出て、彼に声をかけた。 「ターンブルさんですね、FBIのものです。ちょっとお話を・・・」 モルダーがそう言いながら、FBIのIDを見せようと 上着のポケットに手を入れた途端、 その男は買い物袋を投げ出し、踵を返してアパートの脇の細い路地へと走り込んだ。 モルダーとスカリーはすばやく拳銃をぬきながら、 容疑者を追って走り出した。 スカリーの前を走るモルダーの黒いコートが 彼の足元ではためいている。 しばらく後を追ったところで、路地は二股に分かれていた。 モルダーは無言でスカリーに右へ行くように合図し、 彼は銃口を上へ向けて構えながら、壁を背にして用心深く まっすぐに歩いていった。 狭い路地の両脇には煉瓦造りの壁が続いており、 側溝からは寒さのために、立ちのぼっている蒸気が白く見える。 モルダーは耳をすまして注意深くまわりに気を配りながら、 路地を進んでいく。 突然大きな音をたててゴミ箱の陰からネコが飛び出してきたのにハっとして、 モルダーは低く身構え、体の前で両手で銃を構えた。 ネコを見て大きく息を吐き、構えた銃を降ろした時、 何者かに頭を鈍器のようなもので殴られた。 「Ow!!」 モルダーは前かがみになりながらも走り去っていく犯人に向けて、 銃を発砲したが命中しなかった。 彼はそのまま頭を抱えて路地に倒れこみ、 薄れていく意識の中で犯人の走り去る足音を聞いた。 狭い路地に響き渡った銃声を聞いて、 スカリーが靴音を響かせて走ってきた。 「モルダー!」 倒れているモルダーを見つけると走りより、銃を構えてあたりを見回し、 犯人がいないことを確かめると銃をホルスターにしまい、 モルダーの横にしゃがんで、彼の傷の様子をみた。 モルダーの右のこめかみからは少し出血している。 石のようなもので、ひどく殴られたようだ。 見回すとモルダーの側に、レンガが落ちている。 たぶんこれが凶器だろう。 スカリーは、彼の傷の部分を手でそっと触れて確かめた。 「Aww...」 モルダーが痛みのために意識を取り戻した。 「モルダー」 モルダーは上半身を起こそうとしたが、するどい痛みと目まいのために おもうように体を起こすことができなかった。 「モルダー、動かないで.頭を殴られてるのよ。」 スカリーはモルダーの肩にすばやく手をかけた。 モルダーは両目をつぶって痛みに耐えながらも、 弱々しくスカリーの手を振り払い、再び体を起こそうとした。 今度はスカリーも手を貸してやっと上半身を起こし、 背中をレンガの壁にもたせかけた。 彼の顔は青白く、前髪は少し乱れて額にかかっている。 その前髪を掻きあげようとして、彼は再び痛みに顔をゆがめた。 その様子を心配そうに見つめながら、スカリーは上着のポケットから 携帯を出して救急車を呼んだ。 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *           7:09  PM スカリーはハンドルを握りながら、隣のシートにグッタリと沈み込んでいる 相棒をチラチラと気にしていた。 「モルダー、気分はどう?」 「最悪だよ」 彼は窓の外を見つめたまま、吐き捨てるように答えた。 「病院へ行くべきだったわ。検査だけでもしないと。」 救急車がつくと、彼は病院へ行くことを頑固に拒否したのだ。 こうなると彼はてこでも動くタイプではない。 しょうがなく救急車の中で傷の手当てだけを受けて、 スカリーがなんとか説得し、アパートへ帰ることだけは承知させたのだった。 「ヤツを逃がしてしまった。」 彼は窓へと顔を向けたままで、そうつぶやいた。 暗い窓は、モルダーの疲れた顔を映し、その先に小さく光る 無数の街の明りが透けて見えた。 「手配はしてあるわ。彼が捕まるのも時間の問題よ。」 「今、この瞬間にもヤツは誰かを狙っているかもしれないんだ。  なんの罪もない誰かを、手にかけようとしているのかも。」 彼は苛立たしげに言って、スカリーを見た。 「あなただけの責任じゃないわ。私たちはベストを尽くしてる。  犯罪者を逮捕するのが私たちの仕事だけど、彼らが犯す罪までは  私たちの責任ではないわ。」 ライトで照らされた道をまっすぐに見つめながら、スカリーが言った。 「犯罪を未然に防ぐことこそ、僕らの一番大事な仕事じゃないのかスカリー」 モルダーは暗い車内で、じっとスカリーを見つめた。 「・・・モルダー、とにかく今日はきちんと眠って体を休めて。  今のあなたには、それが一番大切なのよ。」 そう言ってスカリーはモルダーのアパートの前に車を寄せて停めた。 「部屋まで送るわ。」 スカリーがシートベルトを外そうと手をかけたときに モルダーが言った。 「ここまででいいよ。迷子にはならないから。」 モルダーはなるべく頭を動かさないように用心しながら 車から降りた。 「モルダー、アスピリンを飲むのを忘れないで。」 スカリーはバッグの中をさがしてアスピリンの瓶を取り出し、 体を助手席のドアのほうへ傾けて、モルダーに薬を渡した。 モルダーはそれを無言で受け取るとコートのポケットにつっこみ、 くるりと背中を向けて、左手を力なくヒラヒラと振って見せた。 スカリーはモルダーがアパートのエントランスへと消えるのを見届けてから 車を発進させた。 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *           7:52  PM モルダーは疲れきった顔で部屋に入ると、電気もつけずに 薄暗いキッチンのテーブルに鍵を放り、 コートとスーツの上着をテーブルの上に脱ぎ捨てた。 そして深いため息を一つついてネクタイをグイっとゆるめ そのまま引き抜いた。右手でそのネクタイを引きずりながら 左手でYシャツの首のボタンを外し、ベッドルームへと入っていった。 ベッドの足元にネクタイを落とし、彼は痛さに少し顔をしかめながら、 頭の包帯を注意深くほどいた。 こめかみは熱く熱を持っている。 スカリーに部屋へ帰ったら、すぐに氷で冷やすようにと言われていたが、 そんなことをする気力は、もうどこにも残っていなかった。 モルダーはパラリと包帯を手から離すと、 そのままドサっとベッドへ倒れこんだ。 その直後、こめかみに火がでるほどの激痛が走り 彼は自分の軽率な行動を大きく後悔した。 彼は小さく苦痛の声をもらし、目をぎゅっとつぶって まるでハンマーで叩かれているような痛みに耐えた。 しかし、そのハンマーは正確に一秒間隔で彼のこめかみに 振り下ろされてくる。 目を固くつぶっているはずなのに、彼をとりまく暗闇が グルグルと回りはじめた。 体中にじっとりとイヤな汗をかいている。 気分も悪い。 スカリーが言っていなかったか、目まいがしたり 吐き気があったりしたら、すぐに電話をしろと。 モルダーはベッドサイドに手を伸ばしたが 宙をさまようだけで、電話には届かなかった。 彼はあきらめて、パタリとその手をベッドに落とした。 そしてこの強烈な痛みと目まいの嵐が通り過ぎるのを、じっと待った。 しばらくすると、こめかみに振り下ろされていたハンマーの間隔は 徐々にあき、目まいも少しましになってきた。 しかしこめかみは依然、熱くほてっている。 モルダーは用心深く、少しずつ体の向きを変えて仰向けになった。 また少し目まいに襲われたが、前ほどではなかった。 そのまま少し眠ろうとしてみたが、神経が冴えてしまって どうにも眠れそうにない。 モルダーは目をつぶったまま、とてつもなく長く感じた 今日の午後の出来事を、ゆっくりと考え始めた。 迷宮入りしそうになっていた事件を、スキナーの依頼で モルダーがスカリーと共に捜査を始め、 半年が経とうとしていた。 モルダーは時間をかけて犯人のプロファイルをし、 目撃証言をとり、スカリーは被害者の検死報告書を調べなおした。 その間にも2人の犠牲者がでていた。 そして、それに酷似したSilver Lake の事件。 この事件を糸口に、一気に解決へ向かうかと思われたが、 それもあと一歩のところで、自分のミスのために 容疑者を取り逃がしてしまった。 - しかしあの路地には、どこにも姿を隠す場所はなかったはずだ - しかも犯人は拳銃を使ったわけではなく、レンガでモルダーの頭を殴っているのだ。 ということは、あの時モルダーと犯人は相当な至近距離にいたということになる。 なのに彼は犯人の姿を、いや、影さえも見ていないのだ。 モルダーがネコに気をとられていたとしても、 あの狭い路地に犯人がいたとすれば、彼が気づかないはずがない。 モルダーは熱に浮かされた頭で、懸命に考えをまとめようとした。 しかし先ほどの激痛は鈍痛にかわったものの、 その痛みはモルダーの思考の邪魔をしていた。 とにかく今するべきことを考えろ! この瞬間にも新しい犠牲者がでているかもしれないんだ。 休んでいる時間はない、動きつづけろ! ヤツのアパートへ行って、片っ端から部屋を調べなければ。 警察がもう調べただろうが、自分の目で確かめなければ気がすまない。 モルダーはベッドから起き上がろうとしたが、 急に体が重くなって、動くことができなかった。 なにかにのしかかられているようだ。 ぼんやりとかすんで、焦点のあわない目をしばたいていると 闇の中に赤く光る目が浮かんでいた。 そして”それ”はモルダーめがけて襲いかかってきた。 モルダーはその襲撃を少しでもかわそうと、 体を横に向けたが、そのために頭に再び激痛が走った。 「Aww...」 ”それ”は、低くうなりながら再びモルダーに襲いかかってきた。 その時、頭にひんやりとした感触と遠くで彼の名前を呼ぶ声を聞いた。 はじめは、水の中から聞こえていたような声が、だんだんと近くになり はっきりと聞こえてきた。 「モルダー、モルダー、」 スカリーが心配げに彼の名前を呼んでいた。 モルダーがゆっくりと目を開けると、スカリーの顔がすぐ側にあって、 彼を見つめていた。 モルダーはサイドテーブルのライトの明りが眩しすぎて、 再び目を閉じなければならなかった。 スカリーはそれを察して、ライトの明りを一段暗くした。 「スカリー、どうしてここに?」 モルダーは目を開けたが、まだ眩しそうにスカリーを見ながら つぶやくように低い声で言った。 「さっき電話してみたら、あなたがでないので心配になってきてみたの。  うなされてたわ。熱もあるようね。」 さっき彼が頭に感じたひんやりとした感触は、 スカリーが当てた氷枕だったようだ。 スカリーはモルダーの首に手の甲を当てて、熱を調べながら医者の口調で尋ねた。 「気分はどう?目まいは?」 「もう治った...」 気だるげにモルダーが答える。 「アスピリンは飲んだの?」 「..Noo...」 「そんなことだろうと思ったわ。コートのポケットに入れたままね」 彼女はそう言うと彼の答えを待たずに、アスピリンと水をとりにキッチンへ向かった。 モルダーはその間にゆっくりと体を起こすと、ベッドの端に座り うなだれて目をつぶったまま、目まいと痛みが去るのを待った。 そしてのろのろと、ベッドから腰をあげた時に スカリーがグラス一杯の水とアスピリンを持って、部屋へ入ってきた。 「モルダー、座りなさい」 スカリーの静かだが、有無を言わさぬ言い方に モルダーはイタズラを見つかった少年のような表情を見せて 大人しくベッドに座りなおした。 シワが寄った白いYシャツと額に落ちた前髪が彼をよけいに少年っぽく見せていた。 「モルダー、あなたは今何かをまともに考えられるような状態ではないわ。  薬を飲んで、一晩ゆっくり休みなさい。明日になれば少しは良くなるはずよ。」 スカリーはそう言ってモルダーにアスピリンと水を手渡した。 モルダーはそれを受け取りながらも、母親の世話をうとましく思う 少年のように、ぶっきらぼうな調子で言った。 「ヤツのアパートへ行って調べたいんだ。」 「モルダー、もう真夜中よ。こんな時間にアパートへ行って、  いったい何を調べるっていうの?」 スカリーにそう言われてモルダーは ベッドサイドのテーブルの上の時計に目をやった。 デジタル時計は12:03 AM を示している。 「..I don't know.... 」 モルダーはスカリーに目でうながされて、やっとアスピリンを 水で流し込んだ。 「モルダー、あのアパートの周辺は警官が24時間体制で  パトロールしているし、検問や聞き込みで今ごろ街中警官だらけよ。  言ったでしょう、彼が見つかるのも時間の問題だわ。」 「スカリー、そいつの姿は僕らには見えないとしたら...?」 しばらくの沈黙のあと、スカリーはいぶかしげにモルダーの顔を 覗き込んで、あきれたように言った。 「モルダー、ジャパニーズ・ニンジャじゃないのよ...。とにかく熱を計って。」 スカリーは事務的にモルダーの口に体温計をつっこみ、 モルダーはいつものあきらめた笑顔で、大人しくその体温計を口にくわえた。 スカリーは体温計で口をふさがれて、自説を披露できなくなった モルダーを見つめた。 ベッドの端に座ったモルダーは、かなり疲労しているように見える。 シワが寄った白いYシャツのすそは、ズボンからだらしなくはみでて、 髪は乱れ、額にはうっすらと汗が光っている。 彼はけして線が細いというわけではない。 逆に長身で、広い肩、大きな背中を持った、逞しい男性なのに どうして時折、壊れてしまいそうなほど繊細に見えるのだろう。 ほっそりとした穏やかな顔立ちのせいか、 それとも時々、少年のように傷ついた表情を見せる瞳のせいだろうか。 その瞳は、今は熱のために潤んでいる。 顔色はあまり良くないが、憑かれたようなその表情から 今彼が、事件の重要な部分に近づいていることがスカリーにはわかった。 しかしそれは、まだ順序だてて組み立てられたわけではなく 彼自身にも、ぼんやりとした輪郭程度にしか見えていない。 こんな時のモルダーは、何をしでかすかわからないほど、 危うく、脆くなってしまう。 pipi...pipi... 電子音が鳴って、スカリーはモルダーの口から体温計をぬいた。 それと同時に、モルダーがベッドから立ち上がった。 「やはりヤツのアパートへ行ってくる。  どうしても見ておきたいんだ」 そう言いながらもモルダーは足がふらついて、 スカリーがすばやく彼の腰に手を回して、背の高い彼を支えた。 モルダーは彼女に覆いかぶさるようにして、やっと立っている。 「モルダー、まともに歩けないじゃないの。  そんな体でフラフラと現場へ出かけていっても迷惑なだけよ。  ベッドへ戻りなさい」 「スカリー...」 懇願するようにモルダーが言ったが、スカリーはその言葉を無視して モルダーをベッドへと座らせた。 「横になりなさい」 彼女の声には静かな警告の響きがあった。 モルダーは大人しく命令に従い、頭痛に顔を少しゆがめながら 注意深く、ゆっくりとベッドに横になった。 スカリーは彼にすっぽりと毛布をかけてやり、さきほどの体温計に 目を落とした。 「39度近いわ。少し眠って、ここにいるから。」 スカリーはそう言って、モルダーのベッドの端に軽く腰をおろした。 「安心しろよ。見張ってなくても平気だ。もう、動けそうにない」 モルダーはスカリーを見上げて、ため息混じりに自嘲気な笑顔を見せた。 「見張ってるわけじゃないわ。ひとりより誰かがいたほうが  気が休まるんじゃない? 大丈夫、一晩休めば熱は下がるわ」 スカリーは暖かい微笑を彼に向けて続けた。 「モルダー、今日のこと、自分の責任だと思っているんでしょう。  あれはあなたのミスではないわ。あまり自分を責めないで」 スカリーは、モルダーの手に彼女の手を軽く重ねた。 モルダーは厳しい表情で、じっと天井を見つめながら口を開いた。 「それは暗闇の中のどこかに潜んでいて、  息をひそめてじっと獲物を狙っているのかもしれない。  そして、僕らにはその姿が見えないとしたら.... 」 「モルダー、お願い目を閉じて。本当に少し眠らなければ」 スカリーがモルダーの言葉をさえぎって言った。 モルダーは安心させるように軽く微笑んでスカリーを見つめ、 そしてようやく目を閉じた。 眠れるはずなどないと思っていたのに、目を閉じたとたんに 波のように睡魔が押し寄せてきた。 さっき飲んだ薬が効いてきたのか、それともスカリーが 側にいてくれるせいだろうか。 モルダーは、そのままつかの間の穏やかな眠りの世界へと ゆっくりと落ちていった。 スカリーは彼が再び悪夢にうなされないように、 眠る彼の左手を静かに握った。 モルダーの規則的な寝息が聞こえる薄暗い部屋で、 スカリーはさっき彼が言ったことを思い出していた。 『それは、暗闇の中のどこかに潜んでいて、  息をひそめてじっと獲物を狙っているのかもしれない。  そして僕らにはその姿が見えないとしたら... 』                            end 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 * 〜〜〜 *  * はじめに申し上げましたとうり、これは事件ficではありません。    犯人の動機、行方、事件の背景など、ひじょうに曖昧な設定になっています。     その後、この事件はモルダーとスカリーが無事解決した・・・はずです。(笑)   * このfic はs3のころの若くて細いモルダーをイメージして書きました                        yuria      yuria@duchovny.i-p.com      Feb. 2001