今更ながら、去年、D.C.に行った時のレポートをようやく書くことができました(汗)。 2000年11月5日(日曜)、 *** 到着 *** わたしとダンナが7泊したオーランドから、初めてのワシントンD.C.に到着したのは日曜 日のお昼前のこと。そこは、噂に聞くダレス国際空港。 「Baggage Claimってこっちでいいのかなぁ?」 不安げに行先表示板を探すダンナの問いかけに答えもせず、わたしが想うのはただひとり。 コートの裾をひるがえす後姿や、売店のコーナーで雑誌をめくる横顔、椅子に座って足を 組んでブリーフケースから書類を取り出す様などを想像しては、うっとりしてしまうのだ った。 …とはいえ、現実問題。 オーランドの空港でばたばたと預けた荷物はきちんと到着しているのか、と心配したもの の、見なれたスーツケースがターンテーブルをクルクル回ってて、まずひとあんしん。 Reconfirmしたにもかかわらず、おバカな某航空会社から、オーランドからD.C.、その後 の日本への帰国便も合せて、“お席はキャンセルされてます”って言わればかりで、おま けにアメリカの流通システムは信用できないっと、仕事上で嫌というほど思い知らされて いた私たちは、当然のことなのに手を取り合って喜んだ。 で、途中で話し掛けてくる怪しい男は無視して、タクシー乗り場へ…運転手は大柄な黒人 のおじさん。 観光地ののほほ〜んとした風景に慣れていたせいで、正直言って緊張の一瞬だ。 うちのダンナは日本人としても小柄なほうで、こんな黒人さんが本気になったらきっと“ひ とひねり”に違いない、そのまま人気のない場所に連れて行かれてHOLD UPだったらど 〜したらいいのだぁ、と怯えるわたし…って、んなこたぁ、ない。心配御無用だった。 良く考えれば、フツーに生活してる人なんだから。 それに、ピーコートなんか着たいい年の二人組みは、人生を棒に振ってもいいほど、金を 持っているようには見えるはずもないし。 運転手さんは親切な人でホテルが近付くと「ここからD.C.に入る」とか「ジョージタウン はいいところだから、行ってみたほうがよい」とか、「あれが有名なウォーターゲートビ ルだ、となりにホテルもある」などと教えてくれたのだ。ごめんね、運転手さん。 そうそう、S2の最初にモルを心配したスカリーが彼を呼び出すのは、そこの駐車場だった。 ちょっと拗ねてて、ふてくされてて、スカリーに頭をくしゃくしゃってやられて、「今度 は外で会いましょう」なぁんて言われちゃって、可愛かったなぁ〜っと。 *** ホテル ***  さて、到着したのは憧れのリッツ・カールトン。 それはまだ夏。具体的な旅行計画に着手した頃だった。 ダンナが「D.C.にリッツがオープンするぞぉ」とネットで発見したのがはじまり。 わたしは「え〜、FBIの近辺にもあるじゃん」と反対したが、彼はなんたって“新しいモ ノが好き”。「地下鉄に乗っていけるよ(結構、遠かった)」だの「ジョージタウンも近い し(全然近くなかったっつうの)」だの、最後には「近所に救急病院もあるからホンモノ のERも覗けるかもよ(まぁ、確かに病院はありました)」と、わけのわからない熱弁を振 るう始末で…まぁ、結局承知させられてしまった。 たった3週間にオープンしたとは思えない落ち着いたたたずまい。 まず、フロントが…ババ〜ンとしたフロントがない。案内されたのは小さなカウンターで、 すぐにスーツ姿の女性が現われ、クレジットカードでチェックイン。 「ツインがいいか?ダブルにするか?」と聞かれ、「ツインで」と言うとなぜか「Oh、Good」 と…何がGoodだったのか首をかしげたまま、ベルボーイさんに案内されて部屋へ。 ここは言うまでも無く素晴らしいホテルだった。 “そりゃ、リッツぐらいになればいいに決まってる”と思われるかもしれない。 いや、ディズニーワールド内の某ホテルにはその3倍以上払ったのだっ。しかぁし、部屋 もサービスも比較になら〜ん。(力が入る)。 建物全体がヨーロピアン。1階にはジェームス・ボンドが酒を飲むようなバーがあり、そ の奥がメインダイニング。部屋はそれほど広くないけど、暖かい色合いの内装で、ベッド は高さがあってふかふか。バスルームはバスタブと別にガラス張りのシャワー、石鹸やト ワレは全てブルガリ。備え付けのバスローブもふわふわしてて良い香りがする。 そして、なんたってスタッフがとても感じが良いっ。 ベルボーイから、コンセルジェまで目が合うと笑顔で声をかけてくれて「何か困ったこと があったらいつでも言ってね、ぷり〜ず」という感じ。そして同じフロアにはラウンジが あり、そこは何種類ものサンドイッチやチーズ、チョコレートやケーキが並んでいて、ソ ファに座るとコンセルジェが「お飲物はいかがです?」と優しく聞いてくれるという、甘 いものに目がないダンナには夢のような空間なのだ。 正直に言うと、オーランドは10年前に行った時に比べて、ミッキ−やミニーに乗っかっ た観光客相手の“商売”って感じが強くなっていた気がして…特に日本人は文句言わない し、どうせ英語わかんないし、適当にやってりゃいいのよん、という気持ちがいたるとこ ろでミエミエで、本能的になぁんかふゆかいぃ〜という思った後だっただけに、ここの行 き届いたサービスに大満足だった。 …それでもリッツ・カールトンへの質問状 ・ なぜ、少なくとも3人/1日の割合で誰かやってきて「氷、いる?」と尋ねるのですか? そして、「要らない」と答えると、「本当に?」と意外そうな顔で念を押すのですか? ・ デスクの引き出しに「Play Boy」が入っていたのは、サービスなのでしょうか? それとも誰かの忘れ物だったのでしょうか? *** 初めての地下鉄 *** 時間があったので、ガイドブック片手に外出。自然史博物館を目指して、モールに向う。 ホテルから歩いて5分ほどにあるはずの地下鉄の入口を探して右往左往した後、ようやく 大きな“M”と「Union Station」という入り口の目印を発見。 D.C.の地下鉄はメリーランド州、バージニア州北部など郊外と首都を結んでいて、レッド、 オレンジ、ブルー、イエロー、グリーンの5系統。ちなみにモルが住むアレキサンドリア へは、約30分、ブルーとイエローラインで行けるのだ、ふふふっ。 改札を抜け、なぜか動かないエスカレーターを降りてホームへ行くと、“暗っ”。 どれぐらい暗いかというと構内では本を読めないぐらい。 明るい照明に慣らされているジャパニーズにはすごい違和感だった。 そして、「禁煙」の表示やいろんな“警告”(ウォークマンの音量は小さめにとか、シート に座る時は足を投げ出さないようにとか、飲んだ後の缶は電車の中に自分で捨てろとか、) のポスターはもちろんない。 天井が高いので、東京やロンドンのような圧迫感を感じさせない。。 電車は二人がけのベンチが縦に並んでいるタイプで、車内も清潔だった。 たいていの乗客は居眠りもせず、本も読まず、ぼーっと座ってる。東洋人の若い女性がひ とり、マーカーでチェックを入れまくった問題集を膝に広げていたのが印象的だ。 モルも普段は地下鉄通勤で、あのベンチに座って暗い窓の外をぼんやり眺めながら(ミュ ータントや政府陰謀のことなんかを…? それともスカリーのことを?)考え事をしたり するのかなぁ〜。 もし、乗り合わせることができたなら、こっそり尾行しちゃうのに。 *** 大感激のモール *** 暗い地下鉄からは、またしても動かないエスカレーター(壊れているのか、省エネなのか は不明)を自力で登って出ると、そこはいつかどこかで見たモール。 ご存知の通りモールとは、キャピトルから西に向かって、ワシントン記念塔を経てリンカ ーン記念堂までまっすぐ伸びている緑地帯のこと。 既に芝は秋色に変わっているが、取り囲むように繁った木々は意外なほど紅葉で赤や黄色 に色づいていてとてもキレイ。 あれはよく整備されているだけだという意見もあるが、冷たくなった風に揺れる木々や、 ちょっと寒そうに背中を丸めて歩く人達の風景は秋から冬にかけての季節が一番好きなわ たしにとっては、季節感のある居心地のよい場所に感じられる。 右に国会議事堂、左にワシントン記念塔を眺め、わたし達はまず、自然史博物館へ向かい、 地下のフードコートに直行してサラダ&サンドイッチの遅い昼食。 食事を終えて1Fのフロアに戻ると… そこには、“鼻を振り上げたアフリカ象”の像が。 それも、「ぱぉ〜ん」という象の鳴き声BGM付。 なぜ? なぜあんなものを造ったか。 どっかの国がくれたのだろうか? 何かの記念? どうして象なんだろう…。それもアフリカ象。 大英博物館みたいな様子を想像していただけに、ちょっと苦笑。 「なんか、すごいね」と顔を見合わせるわたしたちの頭には、そこら辺からダンサーチー ムが現われてライオンキングのテーマにのって踊ってくれるシーンが展開してしまう。 不平を言いつつ、やはりディズニーの後遺症はすごい。 その後はこの日のために買った電子辞書を駆使して説明書きを読みながら、生物の歴史を まわり、最後に2階で立派な宝石を見たところで時間切れ。 係員の人が「閉まりまぁす」と大声でいいつつ、各部屋を回ってくる。 お、このシーン「トーマス・クラウン・アフェア」で見たぞ、とニンマリするわたくし。 (あれは美術館だったけど) 2000年11月6日(月曜)、 * ** メインイベント *** 翌日は寒さに負けず早起き。なんたってFBIツアーの日なのだ。 「混むから早めに行ったほうがいいですよ」 という、先駆者Amandaさんの助言に従って、朝7時半にホテルを出た。 フーバービルが見えた時ったら、大感激。 自分が駆け出すんじゃないかと心配になったぐらいだ。 普段、わたしたちは旅行にカメラを持ち歩かない。カメラはなくすし、普通に動いてる人 たちに迷惑だし、それよりも自分の目で見た風景をその場で楽しみたい、と思うから。 でも、この時ばかりは「カメラがあればなぁ〜」と心底残念だった。 もし、不治の病で余命3ヶ月を宣言されていれば、ダークスーツとかかとの高い靴と衝動 買いした黒い長いコートでコスプレして、ビルの前で撮影されても良いとさえ思う。 …しかし、わたしはありがたいほど健康で、カメラはない。 インスタントカメラを買うのも自分に負けたみたいで悔しすぎる。 ダンナに悟られないようにそんな思いを巡らしつつ、「AmandaさんはすっごくCoolな Agentに会ったんだってよぉ、楽しみだね」などと全然関係のない話しをしたりして。 “Amandaさん”は既に私たち夫婦の間で、説明不要の固有名詞になっている。 しかし、次ぎの瞬間、寒風吹きすさぶ関係者専用入り口付近ですれ違ったのは、たっぷり とクリームののったスムージらしきものを両手に抱えたスーツ姿の二人組。 「なんね、そりゃ朝ご飯ね? 考え直しなっせ、エージェント!!!」 万が一、優秀な彼らがニホンゴペラペラだとまずいので、方言で呟きながらすれ違い、わ たしたちはツアー専用の入り口へ向った。 荷物とボディチェックを受けた後、「あっちに並んで待ってて」と言われ指さされた先は、 やっぱり外。寒空に長いベンチが並んでて、既に20人ぐらいの人が座っている。 列の最後尾に座って、テレビで繰り返される「FBIについて」というビデオをぼんやり見 ること1時間足らず。英語が苦手なわたしたちにも、FBIにはいろんなセクションがあっ て専門家がいること、アカデミーでは厳しい訓練が行なわれていること、様々な人種の Agentがいることがなんとなくわかった。そして、やはりCoolなAgentは現われないま ま、拡声器を持った警備員風のオジサンが出てきて列が動き出した。 さて、いよいよFBIツアーの始まりである。 階段を上って広い部屋に通され、職員らしき人が数人やってきて、グループ分け。人数を 確認された後は、おとなしく、指示される通りに他の人達とその女性の後について行く。 わたしたちが歩いたのは、完璧なまでに厳重な観光客用見学ルート。 見学者の列を抜け出して、Agentに接触を図ることなんて絶対できそうにないじゃん。 印象的だったのは、名前が金のプレートに刻まれた殉職者の写真と世界の犯罪組織図。 殉職者の数は意外なほど少ない…たしか30人以下だったと記憶している。(自信はない) 元FBI捜査官が書いた小説で、FBIのAgentはめったに死ぬことはないのだと読んだ覚 えがあったが、その通り。 たぶん、モルダーほどたびたび入院するAgentもめったにいないと思うけど…違法な捜査 中の事故でも労災がきくのかな。 もし、彼が戻らなければ、写真と“Fox Mulder”のプレートも飾られるのだろうか。 でも…あれって殉職? 世界の犯罪組織、アジア編は「YAKUZA」(笑)が代表していた。“もんもんの後ろ姿”と “ユビツメ施行後の手”の写真が示され「日本のやくざは組織を裏切ると指を失うことに なります」とのご説明がある。でも、アジアを代表するっていうのはどうなのか? 香港マフィアや中国の暗黒街(?)のほうが凄そうだし、強そうな気がするのは、わたし が日本人ゆえなのだろうか。 その後はデスクトップがいっぱい並んだラボを窓の外から覗き、指紋やDNAの分析につ いて聞く。ラボには数人がお仕事中で、当然、“ペンドレル君”を思い出すのがお約束だ。 その後は、弾道検査をする部屋、押収した銃器の保管庫(ランボーが使うようなマシンガ ンもあった)の前を通る。ユニバーサルスタジオの影響も絶大で、バックステージツアー の続きのような錯覚に陥ってしまったが、目の前にあるのはホンモノなのだ…信じられな いような量である。 最後に、殉職者の写真とその時の状況が書かれたパネルの前に来て終了。 時間にして1時間ぐらいだっただろう。 しかし、英語が全然得意じゃないわたしたちは、ガイドの説明の聞き取りに神経を使い、 ヒアリングテストが終った後のようにホッと一息。 「実際のAgentが銃を撃つところをデモンストレーションするから見たかったら次の部屋 でちょっと待っててね」と言われ、再び人数チェックで解散となった。 わたし(たち)はどうしても我慢できず、お土産にキーホルダー(Key Chain)とポロシ ャツ(Golf shirt)を買った後、当然、部屋へ入り、並んだベンチに座って待つことに。 さて、次ぎの部屋で子ども向けにFBIが製作した「誘拐されないためのノウハウビデオ」 を見ながら時間をつぶしていると、かなり待ってからようやくAgent現わる…もしかして!!! というわたし(たち)の期待も空しく、ガラス張りの向こうに現われたのは、むしろ「ス クィーズ」で出てきたスカリーのせこい同期野郎みたいなAgent。 ちょっとした挨拶と説明の後で、ヘッドホンをつけ、見慣れた(笑)的に向って銃を発射 し、シャーっと引き寄せて弾が当たったところを見せてくれて終了した。 こうして、わたし(たち)の“CoolなAgentを見られるかもぉ”という夢は終わってし まったのである。ちぇっ。 出口から出て、再び最初に座らせられたベンチの辺りを覗くと長蛇の列。 「FBIツアーは人気のアトラクション」というガイドブックの解説に嘘はなかった。 <注意> ちなみにFBI内のお土産やさんでは「FBI」と白抜きされたTシャツは売ってません。 あれは、オフィシャル製品(?)ではなく、建物の外や博物館の近くのワゴンで買えるバ ッタものです。「FBI」と並んで「CIA」や「ATF」も。帽子もありました。 まぁ、あれだけたくさん売っているのだから、それなりに売れるってことなんでしょうね。 * ** ちょっと観光 *** FBIを出たわたしたちは、一旦モールに戻り、「航空宇宙博物館」をぶらぶらし、ぽけ〜 っとベンチで休んでから、適当に近くの観光スポットをまわり、適当にオナカを空かせて から、街中にあるショッピングモール「ショップス」のカフェテリアでモルダー様御用達 のチャイニーズフードを食べてビールを飲んだ。 やきそばはおいしかったけれど、さすがに量は多い。ひとり分をふたりでシェアして十分。 ビールは小さいほうを頼んだにもかかわらず、東京ドームのビール(800円)よりもデカ かった。 この辺りは官庁街のせいか、男女ともにバッチリビジネススーツで決めて、コートの襟を たてて胸をはって歩く人達が多かったが、このビルの中では特にその出現率が高い。 そして、オーランドやロスでみかけたようなアメリカ的体形の人は少なく、ど〜も、美男 美女が多い…ような気がした。 モルダ−も真っ青とは口が裂けても言わないが、“人待ち顔のヒュー・グラント似”を見 かけた時は、一度通りすぎてから、再び確認に戻ってしまったわたしだった。 その後、再び地下鉄に乗って、D.C.最大のショッピングモール「ファッションセンター」 へ向った。4階分のゆったりしたフロアに180軒以上のショップやレストランが入ってい て、「ショップス」よりずっと広い。 “どんなものがあるんだろう”と再び地下のカフェテリアを見学した後で、適当に店内を ぐるぐる見ていていたわたしの目にとびこんできたもの。 ひときわ目立つ売り場面積に“どうだっ”と仁王立ちしている… 「ビクトリアシークレット」。 そう、かの有名なランジェリーショップ。去年のバレンタインデーに、朝のテレビ番組で 「ニューヨーカーの間で大人気」と紹介されていた店で、一度行ってみたかった場所だ。 わたしはブランド物や貴金属には興味がないが、部屋着や下着、靴下は好き。 “D.C.に来た記念はコレだ”と決心したわたしは、「30分後にまたここで会おう」とダン ナに宣言し、期待に胸をふくらましつつ、勇気をもってひとり店に入った。 しかし、ディスプレーにもSalesの札にもなぜか心弾まない。…既に鞄の中の財布を握り 締め、準備万端にもかかわらず、いまいちなのだ。 それは、ペラペラした化繊の下着に抵抗があるせいかもしれないし、「これを買ってどう しようというのだ?」という自問に自答がみつからなかったせいかもしれないし、セクシ ーランジェリーは拙宅に似合わなすぎるせいかもしれない。 とにかく、急激にテンションが下がり、結局、わたしは10分ほどで店を出た。 そして、2.3軒先のGAPで、20ドルのバッグを買おうかどうしようか悩み、約束の30分 を大幅にオーバーして戻ったのである。 ところで、先に待っていたダンナは「高校生ぐらいの女の子に水筒みたいなモノを見せら れて自慢されちゃった」と意味不明なことを言っていた。 話によるとその子は、「これいいでしょう?」と、水筒を見せながら話し掛けてきたそう で…彼はひとりでいると、よく声をかけられるらしいが(わたしはひとりでいても、そう いう経験はない)、今回ばかりは相手が若い子だけに嬉しかったらしい。 「それって、水筒セールスレディだったんじゃないの?」とちゃかしてみると、「フツー の女の子だった」と真顔で断言していた。 * ** ディナー *** リッツ・カールトンのメインダイニングには、最初、かなりびびっていた。 出発前にパンフレットを貰った時には「すいません、すいません」と意味もなく、お詫び したくなったほど、その場所にわたしたちは似合いそうにない。 モルダーとスカリーなら、ぴったり。(おしゃれしてきてね、ふたりとも) ボンドとボンドガールならばっちり。(ピアーズ・ブロスナンでお願い) しかし…絶頂期のブルック・シールズにさえ着物は似合わなったように、わたしたちにも リッツのメインダイニングは不釣り合いに思えた。 そんなわたしたちに最後のディナーを決心させてくれたのは、そこの案内係の男性である。 到着した日の夜、ダンナが「ちょっと雰囲気、見てくる」と言い出したので、止めるつも りでついて行くと、にっこり笑ったその人が「本当に素晴らしいレストランなので、ぜひ、 ここでディナーを食べていってくれ」と感じよ〜く薦めてくれたのである。 「席から厨房を見られるようにもなっているし、窓側の席なら夜景も綺麗だし、素晴らし いコースもある。我々が大変自信をもっているダイニングなので、ぜひぜひ」と。 それで、彼の笑顔につられて、わたしは答えてしまったのだ。 「じゃぁ、明日の夜に来ます」 本当に素晴らしいレストランだった。 料理の味は「こりゃ、びっくり」というほどでもないかもしれない。 でも、こういう食事は総合点なのだ。雰囲気とスタッフの姿勢とタイミングと味。 昨日の男性ではなかったが、やわらかい物腰の案内係に窓際の席に案内されたわたしたち がメニューに悩んでいると、「コースがオススメですよ」と、今度は担当のボーイさんが すかさず声をかけてくれた。 「量が多くないほうがいいんですけど」と言うと、「前菜とお肉とデザートのコースは?」。 それは都合が良かったが、お肉を尋ねると“ラム”だった。 羊はわたしもダンナもダメなのだ。どんなに高級な店でハーブをバンバンきかせてもらっ ても、匂いが気になるし、どうも、食べてると羊になりそうな気がしてしまう。 「ごめんなさい、ラムは食べられないんです」とわたしは断わると、彼は真剣な顔で「じ ゃぁ、シェフに頼んでチキンに変えてきてもらう」と肯き、聞きにいってくれた。 そして、晴れやかな顔つき(本当にそう思う)で戻ってきて「あなたたちに食べてもらう ためなら、喜んでチキンに変えるそうです」と言うのである。 ここまできて、チキンを頼まない奴は極悪非道人だ。 もちろん、わたしたちはオススメのコースを頼み、さらに「お飲み物は?」と聞かれて、 シャンパンで乾杯、調子にのって白ワインまで飲んだ。 彼は自分のテーブルを周りながら、時々立ち止まり、わたしたちが観光客と知ると、リッ ツが建つ前はこの場所がただの駐車場だったことや、自分がここに来る前は全日空ホテル のダイニングにいたこと等をにこやかに話してくれた。 「日本に帰ったら、大阪のリッツ・カールトンにもぜひ、行ってみてくれ」と言われた時 には、本当に行く気になっていたんだから、すごいと思う。 自分の仕事を愛し、自分のホテルを誇りに思っているという気持ちが、こちらにも伝わっ てくるような人だった。 ホテルのメインダイニングで、あんなに居心地の良い、楽しい食事をしたのは、日本を含 めて考えても、初めての経験である。 2000年11月7日(火曜)、 * ** 最後の砦 *** さて、翌日、ホテルをタクシーで出たのは朝の6時前。飛行機は7時40分だ。 D.C.からアトランタへ、アトランタから成田へ戻る。 直行便じゃないのは、ビジネスクラスの格安航空券を探した結果である。 そして、問題はReconfirmを入れたのにキャンセルされた「席」。 ビジネスがエコノミーに変更されるという事態は絶対に避けなければならなかったし、こ ういう時、格安航空券がどう扱われるのかも、わたしたちにはわからない。 とにかく、もう一度、D.C.のチェックインカウンターでチケットを出すと、「ひとり分の ビジネスシートが確保できてない」という。 “ここはきっと怒ったほうがいいんだろうな”、とわたしは思った。 “なめられては負けなのだ”、と。 そこで、「Reconfirmを入れて、キャンセルされるのはどうしてだ?」とめいっぱい不機 嫌に抗議してみた。が、窓口の女性には「わたしにもわからないわ」とあっさりかわす。 まるでコンピュータのせいだ、とばかりに目の前のPCを指で叩いた。 そして、とにかく、ゲートの前で待ってくれ、と言う。 ダンナは「Thank you」と言ってカウンターを離れたが、わたしは無言で歩き出した。 しかし、そんな態度も、彼女たちには日常茶飯事なのか…。 そのわたしに、彼女は「ほら、朝焼けがキレイよ」と窓の外を指さしたのだった。 結局、D.C.からアトランタのは、隣同士じゃなかったものの、無事に席につくことができ、 日本へのビジネスクラスも確保できた。 こちらも前後に席が並んでしまったため、アテンダントを通して、隣のビジネスマンに事 情を話し、(かなりムッとされたが)代わってもらって、なんとか日本まで戻ってくるこ とができた。 戻ってから、英会話の先生に「もっと怒りまくったほうがよかったか?」と質問したら、 「地団太踏んで、叫べばよかったのに」と笑っていた。 こっちにも非があるとすれば、Reconfirmをオーランドのホテルのコンセルジェから入れ させたことだそうだ。 自分で電話して、オペレーターの名前を聞き、時間を記録しておいて、カウンターで「○ ○という人は君の会社の社員だろ、違うのか? えっ、どうなんだ?」と詰め寄るのがい いらしい。 …しかし、最近、Reconfirmが不要っていう会社も多いっていうのに。 「クレームレターを書くんだったら、みてあげる」と言われたが、面倒なので止めておい た。 いいんだ、もう二度と使わないから、デ○タ航空。 *** あとがき *** そういうわけで。 後味の悪い幕切れではありましたが、とにかく無事に日本に帰ってきました。 正直に言って、空港で日本語のアナウンスを聞いたときは嬉しかったです。 「わぁ、もう、聞くことに集中しなくても良いのだぁ」とカラダの力が抜けました(笑) 今回の旅行でいちばん楽しかったのはD.C.の街を自分の目で見て、その空気を自分の肌で 感じることができたことです。 想像していたよりも、ずっと楽しい滞在になりました。 ワシントン記念塔やリンカーン記念堂、リフレクティング・プールやホワイトハウスのよ うな観光スポットはもとより、例えば公文書館や商務省、銀行や駅にすら感激でした。 歩道を走るリスや朝のカフェ、信号待ちで並ぶ人を見るのも新鮮でした。 そして、なんといってもわたしには、そんな風景のあちこちにモルダーやスカリーの後姿 や横顔を見つけるられるんですから、楽しみ倍増です。 出来ればあと2日ぐらい、長く滞在したかったなぁ、とも思います。 ジョージタウンやキャピトル、小説版のXFに出てくるジェファーソン記念堂(わたしは リンカーン記念堂だと誤解してた・笑)、ペンタゴンや動物園に行けなかったことは心残 りだし、まるでD.C.の住人のように、なにもせずぼーっとできる休日も過ごしてみたかっ たなぁ、と。 でも、まぁ、このぐらいがちょうどいいのかもしれません。 次回に楽しみを残すことが出来ました。 今度は春に。 もう一度行ってみたいと思っています。 Ran <おまけ> これは、以前、別のサイトに投稿したFicを多少手直ししたものです。 D.C.を思い出したり、最近のXFを見ていたら、S1の頃のモルスカが懐かしくなったもの ですから、ちょっとだけ加筆してみました。 ものすご〜く最初のころのふたりです。 DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. Title 「It is my fault」 AUTHOR   Ran Spoiler    『導管』 ★ アブダクトされたと思われるルビー・モリスが発見された後、彼女のカルテを見るス カリーにモルダーが尋ねます。 「リンパ球や副腎ホルモンの分泌に異常は?」 彼女は一旦カルテを確認して、「あるわ、でもなぜ?」と聞き返します。 「無重力状態が続くとそうなる、宇宙飛行士に多い症状だ」 クリス・カーターはFOX TVのインタビューで、『導管』はスカリーがアブダクトに伴う 身体的な科学変化に気がついたという点で、重要なエピだと語っておりました。 °。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。°。 『F・モルダー催眠療法記録』 そう書かれたカセットテープの中で、モルダーが言う。 妹が僕を呼んでいる、何度も、何度も。 “助けてくれ”と。 でも何も出来ない、動けないんだ、と。 怖いか?、テープの中の博士は尋ねた。 不思議と怖くない、とモルダーは答えた。 頭の中の声のせいで怖くない。 頭の中で、“妹に危害は加えない、いつか必ず戻す”と声が聞こえる、と。 信じるか? 博士が再び質問した。 殺風景な部屋の中で、カセットデッキを前にスカリーはじっと彼の答えを待った。 …“I want to believe” モルダーが答えた。 “妹がいることを期待して、目を閉じてドアを開ける” モルダーは湖に向かう車の中でそう言った。 “あなた達を見そこなったわ” ダーリン・モリスの声がよみがえる。 国家保安局のしたことが、彼女を傷つけ、モルダーを彼が必死に探しているものから遠ざ けることになった。 これは…私のせいだ。 * ****************************** 最近のスカリーはおかしい。 モルダーは思っていた。 朝早いのは相変わらずだが、帰りも早い。 毎日、5時ピッタリにはオフィスを出る。 「デートなの?」尋ねたら「ええ、そうよ」と軽くいなされた。 「あなたみたいに仕事一筋の人生にしたくないの」 思い返せば、以前にも言われた覚えがある。 “僕にはそんなつもりはない”と言い返したが、“説得力がない”と笑われた。 自分の日常を振返ると、それは確かにそれは否定できない。 それにしても…今日は会議中に居眠りだ。 “最近のコンピューター犯罪について”という議題は確かに退屈だし、呼ばれた講師は あまりにも専門的すぎたが、これまでのスカリーからは考えられないことではないか? オフィスに戻る廊下で「僕が君をこき使ってると噂になるだろう」とちゃかしてみたが 「あら、あなたが人の噂を気にするなんて思わなかったわ」と切り替えされただけ。 「”変人”って言われているわりには、月並みな反応ね」だって。 スキナーが気がつく前に、肘でつついて起こしてやったのに、恩知らずめ。 最近恋人が出来て、寝不足になる原因ができた…単純に考えればそういうことだろうが、 それにしても彼女らしくない。 「それじゃ、お先に」 「あぁ、また明日」 5時03分P.M 今日もスカリーはオフィスのドアを閉めた。 ・FBI本部 7:30P.M “トントン” ノックの音に、モルダーが、「全米UFO研究会」から頼まれた原稿から顔をあげると、 研究室のリリー・グリーンがドアを押さえるように立っていた。 さっぱりと切った黒い髪、意志の強そうな眉と長いまつげ、才色兼備と名高い女性なので、 モルダーのほうはよく知っていたが、地下のオフィスでは普通は見掛けない。 「ダナ、いないわよね?」 リリーは部屋を見回して尋ねた。 「うん、今日は帰ったけど…」 「あ、そう…じゃ、クワンティコか…」 モルダーの答えに小さく肯いてそうつぶやくと、彼女はそのまま部屋に入って、おもむろ に手に持っていたコピーの束を差し出す。 「じゃぁ、明日、これを渡してくれる? ダナに頼まれてたクライトン博士の論文よ」 「それはいいけど…」 モルダーのほうは戸惑ったまま受け取った。 "クワンティコか"って聞こえたような・・・僕は聞いてないぞ。 「彼女はデートに出掛けたんじゃないのかい?」 思わず聞き返したモルダーに、用は済んだ、とばかりに出て行こうとしていたリリーが振 返って、微妙な微笑みを浮かべた。 「デート?」 「そう、最近、恋人ができたって・・・」 「ダナが言ってた?」 いや、彼女が言ってたわけじゃない・・・ 「あなたがそうだって噂もあるけど?」 「いや、残念だけど・・・」 「冗談よ」 戸惑ったようなモルダーの目の前で、リリーは手をひらひらと振ってみせた。 「あのダナ・スカリーに恋人がいたらびっくり。私は自分の局内情報網の見直しを図るわ。 私の知る限り、彼女はここ2週間ぐらい、出張のない時は殆どクワンティコに通ってるわ よ」 「なぜ?」 「ここの研究室より設備が整ってるから…」 「違う、何をしてるのか?ってことだよ」 じれったくて思わず、声が大きくなる。 「あぁ…」 リリーが大袈裟に肩を竦めた。 「たぶん、実験よ、リンパ球や副腎ホルモンの分泌に関する実験をやってるみたい、詳し くはわからないけど。そのクライトン博士もカリフォルニア大学の免疫学専門の人なの… え〜と、ルビーなんとかって女の子のカルテを調べてたわ」 モルダーはその名前に眉を寄せた…ルビー? 家族とキャンプの最中に行方不明になり、森で見つかったルビー。 焼けたキャンピングカーの屋根や燃えた森の木々、ルビーのカラダに残った科学的な証拠。 国務省の役人のおかげで、最終的には母親から拒否されてしまったが、モルダーは彼女が アブダクトされたのだと確信していた。 「ルビー・モリスか?」 尋ねてはみたが、予想通りリリーは首を横に振る。 「さぁ…どうだったかしら?」 …スカリー、何をしてる? "デートかい?" "ええ、そうよ" 何の為にそんな嘘を? パートナーの僕に何を隠してる? 「あの・・・私、もう行くわよ」 じっと考え込んでしまったモルダーをリリーは眉を寄せて覗き込んだ。 「あぁ、ごめん。これは明日渡しておくよ」 受け取ったコピーの束を振って上の空でそう答え、彼女が出ていくのを見送ると、モルダ ーはおもむろに立ち上がって、上着とコートを取り上げた。 考えてもわからなければ、本人に確認するまでだ。 ・ クワンティコ FBIアカデミー 9:30p.m よほど疲れているのだろう。 ようやく見つけた相棒は、無機質なステンレスのテーブルの上に分厚い医学書を広げ、 PCの画面に医学関係のデーターベースを開いたまま、テーブルの上の自分の腕に頭を預 け、無防備な横顔で眠っていた。 自分に内緒で彼女がルビーのことを調べていると聞いて、その理由を問いただそうとここ まで来たというのに…白い上着の肩が規則正しく呼吸をきざみ、長い睫が陶器のような白 い頬に影をつくっているのを、黙って見つめることしか出来ない。 本当なら、肩を揺さぶってたたき起こしたいところだが、こんな無邪気な顔を見せられて、 僕の戦意喪失は決定的になっていた。 “明日、オフィスで聞けばいいことではないか” Purpurpurpurpur… 思い直して、踵を返そうかと考えた途端、少し離れたところに置かれた内線電話が鳴り出 した。 スカリーは飛び上がらんばかりに目を覚まし、反射的に電話に駆け寄って受話器を取る。 「もしもし…ええ…そうなの?」 そう答えながら、ふと後ろを振り返り、彼女は僕の姿に唇を噛んだ。 どうやら、相手はリリーだったようだ。 きっと僕に実験の話をしたことの事後報告なのだろう。 彼女は相づちを打ちながら、仕方なさそうに大きく息を吸い込んだ。 「いいえ、いいの、本当よ、リリー、かまわない…こっちで直接話すから…うん、大丈夫」 最後に“ありがとう”を付け加えた後、受話器を静かに下ろして、スカリーは思いきった ように振りかえった。 「質問はわかってるな、スカリー」 僕が思い切ってまっすぐに見詰ると、彼女はステンレスの机に少し体重を預けて、わずか に乱れた髪を手で直しながら、決心したように目をあげた。 「ルビーに起こった身体の変化を科学的に証明しようとしているの、あなたは無重力状態 を経験した人間に起こりやすい症状だと言ったけど…それを実際に確認しているのよ」 「なるほど…それでルビーが“宇宙人に誘拐されんじゃない”ってことを明らかにしたい わけだな、僕の仕事がいかに愚かなものか報告するためか?」 オフィスからここに来るまでの間に僕が考えたことを一気に吐き出す。 もともとスカリーは僕を監視する為に、上層部から派遣された。 そして、言外には"X-Files課の存在価値のなさを証明する”という意図があるはず。 「…違うわ」 僕はわざと聞き逃したけれど、それは想像していたよりも、ずっときっぱりした否定だっ た。 見逃したふりをしてみたが、彼女が僕の言葉に狼狽したことも確実だった。 それでも、彼女が僕に内緒にしていたという事実に、僕は苛立っていて、一度思いついた 非難の言葉を胸にしまっておけなかった。 「君の立場を忘れてたよ、スカリー。君は僕の仕事を科学的に証明し、XFの必要性を検 討する誰かさんに報告するのが仕事だったんだ」 僕の言葉に、彼女は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに両手を腰に当てると、足元を見つめ、 しばらく間をおいてから静かに答えた。 「XFはあなただけの仕事じゃないのよ、モルダー、私達の仕事だわ、私は言ったはずよ、 私も真実が知りたいんだと。いいかげん、私をスパイ扱いするのは止めて」 「よく言うね、それじゃ、何の為に僕に内緒でやってたんだ?デートだとか、人生を仕事 一筋にしたくないとか、適当な言い訳でごまかして」 一瞬の沈黙が僕らの間に広がった後、彼女は眉を寄せたまま、しばらく考えていた。 「科学的な根拠を示して、ダーリン・モリスを説得しようと思ったの…なんとかルビーと 話をさせて欲しいっと言うつもりだった、私の軽はずみな判断で政府の役人が、あの親子 を傷つけたわ…。私は彼らがあんなひどいことをするとは思ってなかった、でも…」 一旦言葉を切って、感情を自制するようにひとつ深呼吸。 「でも…そのせいで私達はダーリンの信用を失い、あなたは聞きたいことが聞けなくなっ た、そうでしょう?、これは間違いなく、私のせいなのよ、モルダー」 それは待っていた告白。 「黙っていたことは謝るわ、もちろん、ダーリンが了解してくれたならその時、あなたに 言うつもりだった。”やっぱり駄目だった”とは言いたくなかったから」 本当は、気がついていた。 ここに来るまでの間にたてた僕自身の仮説を、僕は君に否定して欲しいと願っていたこと に。 最初の目論見がどうであれ、君が僕を裏切るはずがない、僕がそう信じ始めていることに。 ”誰も信じるな”という僕の信念が、彼女の前では崩壊寸前だということに。 「でも、その前に科学者として、あの現象がどういう状況下で起こり得るのか、この目で 確認しておくことがどうしても必要だったの」 彼女はチラリとテーブルに置かれた資料に視線を向ける。 「私は自分で納得できないことで、人を説得する自信がないから」 「それで、ここで調べてた?」 「ええ…」 「オフィスワークが終わってから?」 「休日も使ったけど、それだけじゃ足りなかったし」 「それで会議中に居眠りするほど睡眠不足になったわけだ?」 そこで、スカリーは仕方なく僕のほうに視線を戻して、気まずそうに微笑んだ。 すべては、彼女らしいことだった。 自分の行動を反省し、なんとか挽回したいが、その前にまず自分自身を納得させる必要が ある…真っ直ぐでごまかしのきかない彼女らしい行動だ。 僕が最近の君を“スカリーらしくない”と思っていた間中、君は“スカリーらしく”行動 していたというわけだった。 「もっと前に僕に打ち明けてくれたら良かったんだよ、スカリー」 そう言って、僕は一歩彼女に近づいた。 「モリス親子は、行方不明なんだ。はなしを聞こうにもどこにいるのかさえわからない ダーリンはルビーの退院を待って、街を出ていった」 そこでの彼女は、おそらく予想もしていなかった僕の言葉に、目を見開き、唖然とした表 情になるのを隠せなかった。 「…そんな、ごめんなさい、モルダー」 ため息と一緒に吐き出すまで、1分以上かかっていただろう。 「私のせいだわ、あなたにとって大事な手がかりを私のせいで・・・」 「いや…」 僕は小さく遮った。 「自分が信じてやったことを後悔する必要はないんだ」 そう続けて、もう一歩近づく。 「君は君、僕は僕だ。君はあの時、ああすることが最良だと信じて奴等に情報を流した。 それが正しいことだと、君自身が判断したことだ。それならそれでいい。僕は僕の為に 君が考えを変えることを望んではいないんだよ、スカリー。君と僕が常に同じになってし まったのでは、パートーナーでいる意味はない。それなら僕がひとりでやっているのと同 じだろう?」 体温を感じるほど近くで、彼女は黙って僕を見上げたまま、大きく肯いた。 「ただ、これからお互いに隠し事はナシにしよう」 「いいわ」 自惚れかもしれないけれど、それはどこか、嬉しそうにも聞こえる声だった。 「ありがとう…」 僕は言った。 ありがとう、僕を裏切らないでいてくれて。 そこまでは口に出さなかったけど、言ったら君は笑ったかもしれない。 “これは私のために…科学的根拠を掴むためにやったことよ”と。 例え君がそう答えても、僕はこう考えるだろう。 君は、僕の為にダーリン・モリスを説得しようとしてくれていた、 僕を喜ばせる為に、ルビーから話しを聞こうとしてくれていたと。 “ありがとう、スカリー” The End