本作品の著作権は全てCC、1013、FOXに続します。 この小説は私の片寄った趣味により書かれたものなので、気を悪くさせたら申し訳ありません。 なので、一切の責任は負いません(笑) ======================================      『 bond − 微笑みの代償 − 』(10)                             from  涼夜 「移動・・・ですか?」 朝一でスキナーに呼び出されたモルダーは、手渡された書類を見て顔を上げた。 その中にはモルダーの能力を生かし、今からでも彼の昇進に繋がる部署、大学、専門科の名前が書きつづられていた。 「無理にとは言わないが・・・君の専門医からの連絡では、君の体は過去を思い出す反動に耐えられないと」 「・・・でも僕がやめたらXファイル課は・・・」 「スカリーの事か?彼女なら心配いらん、すぐにでもアカデミーや他の部署が彼女を欲しがっている」 「・・・・・少し考えさせて下さい」 モルダーは立ち上がると、書類を持ってスキナーのオフィスを後にした。 Xファイル課を止めて昇進する自分・・・そんな姿は想像も出来なかった。 現実的には自分はXファイルに没頭し7年間、昇進への道を切り捨てて来たのだ。 その日々の中で何を知り何を掴んだのか・・・データやファイルに記入された物を読むよりも思い出して実感したかった。 思い出さなければ分からない。何を感じ何を想ったのかなど・・・・。 でも・・・・。 もう過去を振り返らず前を生きると決めた。 心の中の影を胸の中に封印して触れずにそっとしていくと。 そして彼女もそれを望んだ。 全てを託した夕べ、スカリーは嘘をついた。 その真意もなぜ嘘をつくのか理由も分からなかったが、彼女を問いつめる事も責める事も出来ない。 嘘をつく言葉よりも、自分を見つめるあの瞳の中には彼女の優しさ、深い想いやりを感じた。 つく嘘を信じて欲しいと・・・。 それが誰もでない二人の為なんだと・・・。 誰よりも信じている。だからその大切な人がつく嘘が真実よりも正しいのなら、その言葉を受け入れる。 彼女を信じてるから、追求して彼女を困らせるよりもその信頼に答えたいから、だから理解出来なくても受け止める。 そう、誰よりも信じているから・・・・。 書類を持ってエレベータへと向ったモルダーは、通り過ぎたカフェ・テリアで彼女の姿を見つけた。 向いあって話している男性が誰だか彼には分からなかったが、それでも一つだけ確かな事があった。 談笑する彼女の笑顔。 目の前の相手と話すスカリーの表情は夕べ見せた悲しそうな表情とは違い、優しく微笑んでいた。 その相手が彼女の友人なのか、それとも彼女の恋人なのか、そんな事はモルダーにはどうでも良かった。 ただ一つの現実が、彼の胸を刺していたのだ。 自分の前では見られる事のない彼女の笑顔。 いつも自分を見つめる彼女の瞳や表情は心配で満ちあふれ、辛そうで苦しそうで・・・。 心が切なくなる。なぜ微笑まないのかと・・・。 でもその理由さえも失ってしなった7年の中にあるのだろう。 知りたいと思う気持ちも、思い出したいと願う気持ちでも嘘ではない。今も存在してる。 でも、夕べの決意は変わらない。 選んだ道、決めた決意、後悔しないように考えた。 離れていれば見る事が出来る彼女の笑顔、あの微笑み。 そうXファイル課にいるよりも、確か可能性が彼女を待っている・・・。 彼女の柔らかい表情は、それほどに彼の心を浸透したのだ。 そしてモルダーは談笑するスカリーを見て寂しそうに微笑むと、エレベータへと歩きだした。 これから自分といても与えられない物が、あそこに座る彼女の場所にはあったのだ・・・。 「・・・・モルダー?」 廊下で立っていた彼の姿を見かけて、ジルは驚いたように声を上げた。 決意を新たにしたモルダーは約束していた答えを彼女に伝えるべく、ジルの元へと訪れたのだ。 「やぁ」 「どうしたの??もう職場復帰なの?」 「いやまだだよ。スキナーに呼び出されてね、用は済んだんだけど・・・君を待ってたんだ」 モルダーの言葉と真剣な顔つきにジルは、彼が約束の返事をしに来たのだと瞬時に悟った。 「・・・・・気持ちが決まったの?」 モルダーは静かに頷くと、ジルの手をそっと引き寄せて握りしめた。 「・・・・決めたんだ。僕は過去よりも今も選ぶよ」 「モルダー・・・・!」 「もう過去は振り返らない、今を生きる。今の僕のままで生きて行くよ」 「・・・・それでいいのね?」 「ああ」 「スカリー捜査官とは・・・・」 「彼女とは話し合ったよ、だから決めたんだ」 「そう・・・・」 彼女はモルダーに話したのだろうか?ジルの中をそんな想いが駆け巡った。 " モルダーを過去へと引き戻さないで欲しい" 彼の身体を事を理由にして、彼女の性格を考えて、卑怯な行動に出た自分。 自分のした事は決してフェアな事ではない。 むしろトレイシーから二人の関係とその絆の強さを知り、あえて行動に出たのだ。 彼が離れてしまう事が嫌で・・・・。 「ジル?」 「えっ?」 「大丈夫かい??」 「え、ええ。大丈夫よ」 ジルは安心させるように微笑むと、モルダーが手に持っている書類に気付いた。 「それは?」 「えっ、ああ・・・スキナーからのプレゼントだよ。今の部署よりいい所へ行かないかって」 「Xファイル課をやめるの・・・!?」 「まだ決めてないけどね・・・でも・・・」 モルダーは言葉をとめると、持っていた書類に力を込めた。 「もしかしたら、そうなるかもしれない」 「モルダー・・・」 「本当はずっと・・・スキナーに言われる前から考えていたんだ。過去を振り切るならXファイル課にいるべきじゃないって。 僕はもう、あの場所でずっと求めていた答えを見つけた。やめる事に後悔はないよ。今まで決心出来なかったけど・・・・・」 彼の脳裏に、ふとスカリーの影がよぎった。 自分をまっすぐに見つめる彼女の姿が、側にいなくてもこんなにもはっきりと感じる。 優しくてそして誰よりも強い女性。 その彼女が選んだ道。違う道を行こうと、このままで・・・。 「夕べやっと決心がついたんだ。だから、Xファイル課からの移動の話も前向きに考えるつもりだよ」 「そう・・・・・」 納得したようなモルダーの瞳は、ジルにはどこか遠く感じられた。 でも彼女は考えを忘れるように頭を軽く振ると、モルダーへと微笑みかけた。 「じゃあ今日どこかで食事する?」 「そうだね、じゃあ帰りにでも・・・あっ、でも雨が振ってるから僕の車でいいかい?」 「ええ、じゃあ仕事が終わったらロビーで」 「ああ、また後で」 その場から立ち去ろうとした瞬間、モルダーは背中から聞こえて来た小さな少女の声に振り返った。 「待ちなさい!!!」 見るとそこには、ブロンドの少女を追いかけて走ってくるトレイシーの姿があった。 「モルダー、捕まえて!!」 「えっ!?」 「きゃっ・・・!」 「危ない!!」 モルダーが両手を広げるのと同時に少女はバランスを崩し、頭を打たないように抱きとめてやる。 変わりに倒れこんだモルダーが目を開けると、自分の顔を覗き込む少女の姿があった。 「やぁ、おてんばさん。廊下は走っちゃいけないよ」 モルダーは少女の手を取って立たせてから、彼女の髪を手で治してやった。 「ごめんなさい」 少女の申し訳なそうな顔に、モルダーは優しく微笑んでみせる。 「モルダー、助かったわ」 「いいんだよ、トレイシー。でも、どうして子供がここに?」 「ち、長官の子供なのよ」 トレイシーは息をするのも苦しそうに、咳き込んでしまった。 よっぽど、この小さなお姫さまに局の中を走り回されたのだろう。 ジルは笑いながらも、トレイシーの背中をさすってやる。 モルダーは自分の腰にも満たない少女の前に膝まつくと、微笑んだ。 「君、名前は?」 名前を聞かれた少女はモルダーの優しい微笑みに怒ってないと感じ、満面の笑顔を浮かべた。 「私、エミリー!」 「・・・・・・・!!」 「エミリー・ムーア」 「・・・・・エミリー・・・?」 「うん!!」 目の前ではしゃぐ少女とは対照的に、モルダーは意識が遠くなる感覚に襲われた。 " エミリー " この言葉が胸に痛い。この名前を知っている。 ・・・・・青い瞳の金髪の少女・・・・・・。 そう・・・確か・・・・。 「モルダー?」 少女の肩を掴んだまま固まったように身動きしないモルダーに、トレイシーが触れた。 「えっ?」 驚いたように顔を上げたモルダーを見て、ジルも目を丸くする。 「どうしたの?なんだか固まってたわよ?」 「えっ・・・ああ、ちょっと・・・・」 モルダーは誤摩化すように笑うと、少女から手を放して立ち上がった。 「じゃあ仕事に戻るよ」 「ええ。私達は行きましょう、ジル」 「そうね。じゃあ、また後でモルダー」 「ああ」 モルダーはオフィスに戻ったがそこにスカリーの姿はなく、かわりにデスクに"夕方まで戻らない"と言うメモが残されていた。 カフェ・テリアで見かけた時、彼女の側にあった資料の多さからアカデミーに講議に向ったのだろう。 "彼女を欲しがっている所はどこでもある" モルダーの頭にスキナーの言葉がよぎった。 そんな事は初めて会った時から分かっていた事だった。 出会って間もない記憶しかもたない自分にも、彼女の聡明さには一目おいていたのだ。 今の自分には彼女との半年間の記憶しかないが、現実には7年も側にいた。 あの強さに、あの優しさにどれだけ救われたのだろう。 そしてどれだけ信頼したのだろうか・・・。 モルダーは小さなため息をつくと、スカリーのいないデスクを見つめた。 でもスカリーの顔を思い出そうとした瞬間、彼の脳裏にはさっきの金髪の少女の顔が浮かんだ。 「・・・・・エミリー・・・・」 確かめるように名を囁いてみると、頭の奥がズキンと痛む。 でも過去を切り捨てると決めた以上はもう忘れなければいけない。 モルダーは軽く頭を振ると、気持ちを切り替えるためにデスクの上の整理を始めた。 時間も忘れてデスクの片付けに集中していたモルダーが初めて手を止めたのは、オフィスに入って来た彼女の一言だった。 「・・・モルダー・・・まだいたの?」 「えっ?」 名前を呼ばれて顔を上げると、彼の目の前にはブリーフケースを持ったスカリーの姿があった。 「・・・やぁ、おかえり」 「・・・・ええ」 私物やファイルを片付けているモルダーの姿に、その意味する物が何かスカリーには分かったが、何も言わず横を通り抜けた。 暫くオフィスには小さな沈黙と夕べの名残りが続いたが、モルダーは作業の手を止めると、スカリーの方へと振り返った。 自分を見つめるモルダーの視線にスカリーもPCから目を外して顔を上げ、彼の次の言葉を黙って待った。 「今日スキナーから移転の話しが来たんだ」 気付かれないよう、スカリーは自分の手のひらを強く握りしめる。 「その話を・・・・受けようと思ってる」 「・・・・・!」 モルダーの瞳は真剣だった。 決して冗談を言ってるわけでも、嘘をついてる物でもない事はスカリーにも分かった。 「自分でも考えてて・・・君に相談しようと思ってた。だけど・・・昨日やっと決心がついたよ」 その言葉に、二人の間に割り切ったの夕べの感覚が蘇る。 スカリーは反射的に目をそらしたが、それでも握りしめた手に力を込めると口を開いた。 「・・・そう、そうね。私もその方がいいと思うわ」 「・・・でも・・・」 「・・・・もしあなたが私の事を気にしてるなら、私は大丈夫」 「スカリー・・・・・」 「心配いらないわ。あなたはあなたの道を行くべきよ」 「・・・・・・そうだね、君ならきっとそういうと思った・・・」 スカリーの正しい言葉にモルダーは微笑んでみせたが、その笑顔は心からの物ではなかった。 モルダーは誤摩化すように上を見上げると、自分の知らない天井の染みに苦笑した。 ここで過ごした、彼女と歩んだ7年の時間。 きっと色んな事があったんだろう。 挫折したり傷付いたり、でもその度に強くなって、一歩を踏み出したり・・・・。 「スカリー」 モルダーは彼女へ向き直ると、まっすぐにスカリーを見つめた。 スカリーの嘘を責める事は出来ない。する気もない。いや、してはいけない。 だから今の自分の本心を伝えたい。 一言でいい・・・・。 「思い出したかったよ」 その言葉に、寂しそうに諦めの微笑みを浮かべた彼の表所に、スカリーは目を見開いた。 そして彼が、過去を諦めたのだと悟った。 「モル・・・・」 「帰るよ」 モルダーは小さな微笑み崩さず、椅子にかけてあった自分のコートを手にとった。 そして私物を詰め込んだダンボールを床に置くと、ゆっくりとスカリーに背を向けた。 彼の大きなその後ろ姿は、彼女がずっと追いかけていた物だった。 ずっと追い付きたいと願っていたただ1人の・・・・・!! " 行ってしまう " 「・・・・・!!!」 スカリーの体を電気のようなものが駆け抜けた。 そう、今引き止めなければモルダーは永遠に行ってしまう。 そして二度と、戻ってはこない。 あんなにも決意したのに、離れても大丈夫だと・・・・。 でも、心が痛い。引き裂かれるように・・・・・!! 「モルダー・・・!」 スカリーの呼び止める声に、ドアへ向っていたモルダーは振り向いた。 悲痛な彼女の表情に首を傾げが、ただ黙ってスカリーを見つめ返す。 あまりにも無防備なその少年ような顔は、スカリーの心を壁をあっさりと崩していく。 言ってはいけないとあんなにも決意した、辛い誓いさえも。 「モルダー・・・・・・」 「・・・・スカリー?」 「モルダー、私・・・・!」 スカリーが次の言葉を言ようと身を乗り出した途端、ガチッと言う音と共にオフィスの明かりが一気に消えた。 「えっ!?」 「な、何!?」 急に真っ暗になった部屋の中で、モルダーとスカリーの二人は驚いたように声を上げる。 視界がいきなり暗くなったので、お互いの姿さえ確認する事が出来ない。 「停電・・・ブレーカーが落ちたの?」 「まさか、ここは地下・・・・上で何かあったのかもしれない」 モルダーがすぐ後ろのノブに手を回して開こうとしたが、ドアはビクともしなかった。 「嘘だろ・・・スカリー、今のでセキリュティが発動したみたいだ」 「えっ!?」 「鍵がかかった」 「そんな・・・・」 スカリーが歩き出そうとした瞬間、デスクの電話が鳴り響いたので、彼女は手探りで受話器をとった。 「はい・・・ええ、今ちょうど電気が・・・ええ、ええ、そうなの・・・後どれくらい?・・・分かったわ」 話しの流れからモルダーはこの状況の説明の電話だと思い、目をこらしてスカリーの方へと歩み寄った。 おぼつかない足取りで彼女の前とたどりついた時には、スカリーは受話器を元に戻していた。 「なんて?」 「雨の責ですって、屋上の古くなった回線に雨がしみ込んでショートしたって連絡よ」 「後どのくらいで回復するんだ?」 「上はもう予備の電気で業務が再開されたらしいわ」 「・・・・・上はって・・・・」 「地下は後20分この状態ですって」 「まさかセキリュティ解除も・・・・・」 「コンピューターの回復を待て、との指示よ」 「・・・・・・・・」 モルダーの深いため息が部屋中に広がったので、スカリーも小さなため息をついてみせた。 でも彼女は心の中で、不意に訪れたこの停電に感謝していた。 もし後一秒でも遅かったら理性が感情に負け、言ってはいけない一言を口にしてしまっただろう。 そうすればなんのために夕べ、あんな辛い想いをしたのか・・・。 身を切られるような想いに耐え、あの部屋を後にしたのか・・・。 壊す事は出来ない。夕べの決意もあの時の想いも。 暗闇の中で、スカリーはモルダーを見つめた。 その表情にはずっと隠していた愛しさ、刹那さ、辛さ、全てが表れていた。 全てを覆うこの暗闇の中なら、その想いを顔に出しても彼には分からない。見える事もない、知られる事もない。 ずっと虚勢を張って心を保って来たスカリーにとって、今が一番素直に感情を表に出せる瞬間だった。 「ドアを蹴り破ろうか?」 モルダーから出て来た言葉にスカリーは目を丸くすると、小さく吹き出した。 「だめよ、警報が鳴るわ」 「だけど・・・」 言いかけたモルダーの手にスカリーはそっと自分の手を重ねた。 「あと20分よ、このままでもいじゃない。待ちましょう」 暗闇の中で、お互いの顔さえ見えない状態でも彼女に触れられた肌から確かな温もりを感じ、モルダーは微笑んだ。 「・・・・そうだね。じゃあせめてロウソクをつけるよ。このままじゃ暗すぎる」 モルダーはスカリーから手を放すと、手探りで自分のデスクへと向った。 見えなくても確かなモルダーの気配に、スカリーの心は安心感に包まれいった。 科学で証明出来ない物は信じない。 それがずっと今の自分へと続く信条だった。 なのになぜ、永遠を信じてしまったのだろうか・・・。 心が痛い。こんなにも本当は叫んでいる。 でも自分の気持ちさえも、押さえ込んでしまう強い想い。 そう、誰かのために・・・ただ1人の人のために、心を殺せる残酷なほどの純粋な愛情。 目に見えない、触れる事が出来ない、心だけが感じる事の出来る想い。 スカリーはそっと目をつぶった。 この閉じられた空間の中で、今だけは心に素直にいたい。 「スカリー、ロウソクあったよ。マッチかライターそっちにあるかい?」 モルダーの声にスカリーは目を開くと、胸ポケットからライターを取り出した。 「ええ、あるわ。今そっちに・・・・きゃっ・・・!」 「スカリー!?」 スカリーがモルダーの側に歩みよろうとした瞬間、彼が停電まぎわにデスクの足下に置いたダンボールに足を捕られた。 モルダーはスカリーの声に反射的に腕を掴み、自分へと引き寄せる。 「わっ・・・!!」 体制を崩したモルダーがスタンドに腕を打つと、その衝撃に反応してデスクの上のスタンドが弾けるように一瞬光った。 モルダーがあまりの眩しさに目を細めた瞬間、閃光が一筋の光のように暗闇の部屋を走り、スカリーの首すじを照らした。 その首すじに揺れる、金色のクロスにモルダーは目を大きく開いた。 でも次の瞬間、床に倒れこんだ彼はデスクのかどでガツンっと頭を打ち付けた。 「っ・・・・!」 「モルダー!!」 「いた・・・・・っ」 「モルダー、大丈夫!?」 「大丈夫、だいじょう・・・・」 立ち上がろうとした瞬間、モルダーは自分の頬に触れるスカリーの手の暖かさに、金縛りあったように動けなくなった。 彼の脳裏に、何度見た夢が鮮明に蘇る。 暗闇の中で自分に手を差し出してくれていた相手。 掴む事の出来なかったその相手の手は、いつも酷い懐かしさと優しさを残して行った。 指先から伝わるこの暖かさ、心が知っている。覚えている・・・・。 誰でもない。 誰も代わりにはなれない相手・・・・。 モルダーは脳を襲い始めた苦痛に身を歪ませながらも、確かな光の場所へと意識を委ねた。 " 星 ・・・・十字架・・・・・エミリー・・・・ " モルダーは頭を振った。 " 星 ・・・・十字架・・・・・エミリー・・・・ " この言葉が胸に痛い。脳を刺激する。 開いては行けない扉に触れる。 " 星 ・・・・十字架・・・・・エミリー・・・・ " 思い出してはいけない、触れてはいけない一番大切な場所・・・・! " 星 ・・・・十字架・・・・・エミリー・・・・ " 心の一番奥の・・・・!! 頭の中で繰り返される言葉の海に、モルダーはとぎれがちな意識でスカリーを見た。 暗闇で彼女の顔を見る事は出来なかったが、それは彼が繰り返し見た夢の光景だった。 彼の前には、白く細い手が差し出されていた。 ただの暗闇の中で、いつも差し出されていたその手・・・・・。 そう、いつも自分だけを支えてくれた・・・・。 " 出世よりあなたが大事よ、モルダー " " あなたを信じてる " " あなただけを信じてるわ " 「!!!」 モルダーが目の前に差し出されたスカリーの手に触れた瞬間 彼の脳裏に忘れていた、思い出せなかった7年の月日が次々とよぎった。 二人で歩んで来た日々、その中で生まれた信頼と信用。 彼女がいたから乗り越えてこれた試練、険しい道を進んでこれた大切な存在。 「・・・・・・スカリー・・・・」 どうしてこんなにも大切な相手を忘れる事が出来たのか? どうしてこんなにも愛している相手を思い出せなかったのか? 「モルダー・・・?」 自分の腕を掴むモルダーの手に、自分を見つめているだろう彼に、スカリーは困惑の表所を浮かべた。 「スカリー・・・・・」 モルダーは愛しさを込めてその名を囁くと、そっと彼女の頬に触れた。 その暖かさに、その温もり。 彼女がここにいて、生きている。 脈打つ鼓動、指先から感じる体温、変わってはいけない物。そう永遠に・・・。 たとえ全てが変化しても彼女だけは・・・・・。 モルダーはゆっくりと立ち上がると、スカリーの手を取って彼女を立ち上がらせた。 「モルダー、大丈夫なの?」 「大丈夫だよ」 「頭を見せて、モルダー」 「本当に大丈夫だよ」 「でも・・・・」 それでも触れようと伸ばして来たスカリーの華奢な両腕を、モルダーが力強い腕で掴んだ。 けれどそのしぐさには少しの乱暴も痛みもなく、スカリーも掴まれた手を振り払う事が出来なかった。 触れ合った腕の温もりからお互いを感じるだけで、姿を見る事は出来ないが、それでも二人は見つめあっていた。 モルダーはスカリーを、スカリーはモルダーを。 やがてモルダーが掴んでいた腕から手を放すと、そっとスカリーを引き寄せた。 そしてスカリーも、逆らう事なくモルダーの腕に包み込まれた。 「暗闇が怖いんだ・・・少しだけこうしてもいいかな?ロウソクも落としたし」 スカリーは小さな笑い声を漏らすと、軽く頷いた。 「ええ、電気がつくまでね」 「ああ・・・それまで・・・・」 モルダーはスカリーの両肩に手を回し、彼女を抱き締めた。 スカリーは抵抗しなかった。ただ彼の肩に自分の身を預けていた。 モルダーは彼女の金褐色の髪に指を通しながら、この数カ月を思い返していた。 始まりは一枚の写真で、そこから全てが動き出した。 過去を精算し、ずっと求めていた妹を見つけ、そして・・・・・。 ずっと気付かない振りをして来た自分の気持ちと向き合い、彼女を手放す決意をした。 側にいても幸せにはなれない。 傷つける事しか自分には出来ない。 だから失ってしまうよりも、永遠を選んだ。 そして彼女もそれを受け入れ、全てを忘れもう一度友人としての関係に戻ろうとして、記憶を失ってしまった。 想い過ぎて・・・スカリーを心の一番奥に封印した。 忘れようとした、消してしまおうと・・・・。 モルダーは唇を噛み締めると、抱き締めていた腕に力を込めた。 そう、彼の心は思い出せた喜びよりも、思い出してしまった悲しさが支配していたのだ。 なぜ思い出してしまったのか? 記憶と共に彼女への責任と愛情も蘇った。 こんなにも愛しているのに、その想いを伝えるすべさえない。 言葉にすれば簡単だろう。だけどそこから僕達はどうなる? 癒しきれない傷口をただ広げて行くだけ。 そしてそこから腐って行くのをただ見つめるだけ。 こんな風に抱き締めていても・・・心が痛い。 愛してるのに・・・触れてしまえば傷つける。 これ以上傷つけられない。彼女を失う事など考えられない。 愛してる・・・この想いが消える日は訪れない、永遠だろう・・・・。 そして永遠に、心の中に閉まって行くのだろう・・・・。 「・・・・スカリー・・・」 モルダーはスカリーの頬を包み込むと、自分の方へと向けた。 「モル・・・・」 「スカリー、笑って」 「・・・・・えっ?」 「笑ってくれ、スカリー」 「モルダー・・・・・?」 「君の笑顔が見たいんだ・・・」 モルダーはそれだけを言うと、反論を許さないように手をスカリーの唇に当てて、言葉をさえぎった。 スカリーからの講議が消えた瞬間に、モルダーは彼女の口元を両手で触れた。 そして彼はスカリーの耳もとで小さく囁いた。 「 I want you to laugh 」 " 僕は君に笑って欲しい " スカリーは何も言わなかった。でもモルダーには分かった。 たとえ暗闇で何も見えなくても、スカリーが自分のためだけに微笑んでくれた事が・・・。 彼が触れているスカリーの口元は緩やかにほどけ、その輪郭から確かに彼女は微笑んでいた。 この目で見えなくても、その笑顔を側でずっと見続けれられなくても、それでも、モルダーの心は満たされた。 今、スカリーは自分のためだけに微笑んでくれている。 彼にはそれだけで良かった。 モルダーはスカリーを腕の中に戻すと、彼女を忘れて過ごした三ヶ月を取り戻すかのように想いを込めた。 忘れてしまっていたけれど、夢のような時間だった。 触れる事に躊躇する事も、失う事に恐怖を感じる事ない時間を過ごした。 彼女のくれる安心感に浸り、その優しさに甘え・・・二度と過ごせることのない時間だろう。 思い出してしまった以上は、もう同じ時は過ごせない。 モルダーはふと、記憶を失った始めにスカリーが言った言葉を思い出した。 「スカリー・・・確か記憶が戻ったら自分の質問に答えて欲しいって言ってたよね?」 「・・・もういいのよ、モルダー」 「言ってみて」 「でも・・・・」 「ほら」 スカリーは考え込むように顔を下げ、二人の間には小さな沈黙が流れた。 この暗闇なら言えるのかもしれない。 スカリーは心の奥に秘めてきた想いを感じた。 ずっと聞きたかった言葉を・・・たてまえもお世辞でもなく、本音を・・・・。 「モルダー・・・」 「ん?」 「私はあなたに・・・・」 スカリーの言葉は天井から聞こえてきた鈍い機械音で消されてしまった。 「・・・・時間かな」 「・・・・そうね」 言葉とは裏腹に、モルダーはスカリーを抱き締めていた手を放さなかった。 手を放せば、これが本当に最後だと感じたからだ。 時間が止まればいい。このままずっと。 叶わない願いだと彼には分かっていた、自分達はたとえ辛くでも歩き出さないといけないと・・・。 モルダーの手はゆっくりとスカリーの肩から離れた。 自分に縛り付けるために永遠を選んだわけじゃない。 生きて欲しいから、ただ今を、自分以外の誰かと幸せに・・・・。 二人は体を離して距離をとったが、モルダーはまだスカリーの手をにぎっていた。 静寂の部屋の沈黙を破ったのはモルダーでもスカリーでもなく、オフィスのドアをノックする音だった。 「モルダー?」 外からの呼びかけの声にモルダーは一度ドアを見たが、すぐにスカリーを見つめ返した。 「ジルよ」 「分かってる」 小さなスカリーの声に頷いたみせたが、モルダーは彼女の手を握りしめたままだった。 強く、そして大事そうに握りしめたまま放さないモルダーの手に、スカリーはもう片方の手をそっと重ねた。 そしてゆっくり彼から自分の手をほどいた。 その瞬間、スカリーの手に冷たい物が落ちた。 暗闇の中でそれが何なのか彼女には分からなかったが、モルダーの顔を見る事も出来なかった。 「モルダー、いないの?」 繰り返されるジルの呼び声に、モルダーはスカリーに背を向けてドアへと向った。 でも彼はドアの前で立ち止まると、スカリーを振り返って彼女に優しく微笑んだ。 「さっきの答えだけどスカリー、嘘をつかず答えるよ」 「えっ・・・・」 「愛してるよ」 「・・・・・・!!」 「嘘じゃない」 モルダーは瞳から溢れそうになる涙を、スカリーは声に出してしまいそうな涙を、お互いに分からないように心に押さえ付けた。 「じゃあまた明日」 「ええ」 モルダーは今度こそ振り返らずに入り口の電気のスイッチをつけると、スカリーに背を向けて出て行った。 二人の足音は地下から消えた瞬間、スカリーはその場で顔を覆った。 言いかけてやめた言葉の意味を、モルダーは分かってくれた。 たとえそれが友人や1人の人間としての意味だとしても、あの言葉を彼の口から聞ける日が来るとだけは思わなかった。 " 私はあなたに・・・・・" 『どう思われているのか?』 本音を聞かせて欲しい。 たとえそれが望む答えじゃなくとも、どう思われているのか・・・・。 小さな沈黙、そして彼は短く答えた。 「愛してる」 どんな意味でも、その言葉だけで・・・・・。 「どうしたの、モルダー?」 「えっ?」 「オフィスに忘れ物でもした?」 「・・・・・いや、少し考え事してたんだ」 「大丈夫?」 「ああ」 モルダーは微笑むと、自分に笑顔を向けるジルの肩にそっと手を回した。 そして彼は、二度と伝える事のない言葉を心の中で囁いた。 " 親友として、相棒として、1人の人間として・・・ そして・・・・1人の女性として・・・・君だけを愛してる " " スカリー・・・君だけを・・・・ "                      to be continued・・・。 ====================================== だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 「fou you」よりも長編になってしまった (=゜ω゜) ブヒッ スカちゃんいぢめもここまで来ると拷問よね?(死) どうしよ(´Д⊂ でももうすぐラストっすw でわでわ感想をw→ rilyouya.ouri@k6.dion.ne.jp