本作品の著作権は全てCC、1013、FOXに続します。 この小説は私の片寄った趣味により書かれたものなので、気を悪くさせたら申し訳ありません。 ======================================                       『fou you』 (6)                                from 涼夜 12月。 刺すような寒さに苛立ちを感じながら、彼は街がクリスマス・シーズンに彩られた事に気づく。 そしてふと、ウインドウに飾られたツリーが目に飛び込んで来た。 ツリーの側で小さな箱に飾られた深紅と翡翠の二つのピアス。 そこだけ時間が止まったように、彼は目が釘付けになっていた。 やがて店のシャッターが降り始めた事に気づき、彼はドアを押した。 数分後、店員の声を背中ごしに聞きながら、来た道を歩き出す。 その手には、ラッピングされたプレゼントの入った袋が大事そうに握られていた。 でも、彼がこのプレゼントを渡すのは、それから数年後の事になる・・・。 「今年はクリスマスがないかもしれないな」 カレンダーをめくる手を止めて、モルダーは小さく呟いた。 気がつけば、今年のクリスマスはあと3週間後に迫っている。 今月が12月に入った事にすら、彼は二日前に気づいたのだ。 「そんなにクリスマスが好きだったなんてね」 モルダーの横で、一緒にカレンダーを見つめていたロクサーヌが小さく笑った。 「去年とえらく状況が違うからさ」 「確かに。私達は夏からここに缶詰めだし、捜査はいっこうに進展しないしね」 軽くため息をついたロクサーヌの顔を、モルダーが覗き込んだ。 「睡眠不足は美容の敵だよ」 「・・・・言わないで」 「少し仮眠室で寝て来たら?昨日徹夜で、今日もソニアと変ったんだろう?」 「良く知ってるのね」 「電話があった。無理させないように見張ってろってソニアからね」 「降参だわ、モルダー・・・本当はもう眠くて眠くて・・・」 両手を顔を押さえてまどろみの声を上げる彼女を可愛く感じ、モルダーは小さく微笑んだ。 「なんなら今日休むかい?シャール警部には僕から言っておくよ」 「・・・・それは、いいわ」 「どうして?別に今日一日くらい・・・・」 「会いたかったから来たのよ」 モルダーの「えっ?」と言う顔を確認すると、ロクサーヌは悪戯っぽく微笑み部屋を出て行った。 とっさの事に反応出来なかったモルダーが呆然と扉を見つめていると、さっき出て行ったロクサーヌが顔を覗かせた。 「クリスマスはディナーに行きましょう。もちろん、三・人・で」 「えっ?あ、ああ・・・・もちろん」 まだ唖然としているモルダーの表情を見て、ロクサーヌはクスクス笑うと扉を閉めた。 彼女にからかわれたのだとモルダーが気づいたのは、その3秒後の事だった。 「あっ・・・!!」 すぐに声を上げるが、そこにロクサーヌの姿はない。 モルダーは暫く複雑な気持ちだったが、やがて彼女が出て行った扉を見つめて小さく微笑んだ。 あれから二ヶ月が過ぎた。 二人から気持ちを打ち明けられて・・・。 モルダーは視線をカレンダーに向けると、この二ヶ月の思い返していた。 早かった。なんだかあっと言う間だった気がする。 あの後、モルダーはフィリアから想いを告げられたが、断った。 もちろんソニアとロクサーヌの二人からさんざん責められたのは言うまでもない。 ロクサーヌには不機嫌な顔と声で「あなたは彼女の貴重な時間を奪ったのよ」と睨まれ 逆にソニアには"やれやれ"と言う呆れ顔で「モルダー・・・迷惑をかけるのは私達だけにしなさい」と言われた。 それを世界一般で言う"嫉妬"と言う感情だと彼が分かったのは、しばらく後の事だった。 それでも三人はうまく行っていた。 関係はじたいは前と変り無く、穏やかで暖かい物だった。 でも、変った事もある。 例えばさっきみたいに、ロクサーヌはモルダーが反応できない事をいいことに彼をからって笑う事が増えた。 そしてソニアは"手の届かない憧れ"とまでモルダーが照れながら言った微笑みを、いつも向けてくれるようになった。 最初は戸惑っていたモルダーも、二人が自分だけに見せてくれる女性としての部分に、しだいに惹かれ始めていた。 "その話が"三人の中で表立って出る事はなかったが、それでも共に過ごす時間は優しい物だった。 開かれた道からのスタート・ライン。 一歩を踏み出すことで三人の新しい関係は始まった。 だけど彼には分かっていた。 歩きはじめた道を振り返る事は出来ても、決して戻れない事を・・・。 春になればモルダーとロクサーヌとソニアはFBIアカデミーを卒業する。 進みたい道が違う三人は別々の部署に配属になるだろう。 そうなれば今までのように会うのは難しくなる。 だからこそ、モルダーは近い内に三人の関係に答えを出さなければいけなかった。 いつまでも先延ばしにする事は出来ない。 今はこの関係を保っていられても、離れてしまえばより彼女達を傷つける。 ・・・・何よりも、彼女達が答えを求めているのをモルダーにも分かっていた。 時折切なさに満ちた眼差しで自分を見つめる二人のその瞳には"苦しみ"感じる。 "いつもでこんな日々を過ごすのか?早く解放して欲しい" 言葉にしなくても、二人の気持ちは痛いくらいに伝わった。 だから逆に、彼は簡単に答えを出す事ができなかった。 でもいつか・・・そんな遠くない将来答えを出した時、二人の内一人を傷つけられるだろうか? どちらも選んでも、二人は涙を決して見せないだろう。 でも、心は泣かせてしまう。 一人には幸せを、もう一人には"痛さ"を与えてしまうのだから・・・。 それを見て見ぬ振りをする事が正しいことなのだろうか・・・? 1988年 −冬− 「捜査から外す!?」 結局クリスマス返上で働いたモルダー達に、上司から最悪な命令が下ったのは新しい年に入った1月のすぐの事だった。 「事実上の責任転換よ。犯人特定は出来てるのに、物的証拠が無いから捕まえられない。止めは毎回送りつけくる予告上」 先月FBI本部に三人の内の代表として向かったソニアは、数時間の会議にかけられた。 97年の冬、一月から始まった少女連続殺人事件。 春には同僚で、今は同じ捜査担当のフォックス・モルダーがその事件のプロファイリングに抜擢された。 その二ヶ月後、ロクサーヌとソニアの二人も過去の実績からモルダーに協力するようにと上からの指示を受けた。 三人はこの八ヶ月、自分達の私生活も諦めて捜査に乗り出し、プロファイリンに時間を費やした。 夏前にはプロファイリングの結果が出ていたが、それが思わぬ問題を呼んだのだった。 秋の初め、一人の容疑者が浮かんだ。 容疑者の名前はブライアン・ジャクソン。 彼の頭脳はIQ120を超え、モルダー達が割り出したプロファイリングとほぼ一致していた。 しかし警察は彼を呼んで事情を聞くのをためらった。 ブライアンは有力権利者で、世界に10人の統計学者の天才だったのだ。 そんなは事お構い無しに、ブライアンを詰問したのがモルダーだ。 それが後々問題になったのは言うまでもない。 「証拠も無いのに人を疑うのは心外ですよ、モルダーさん」 ブライアンにとって、モルダーはただの頭の足らない若い捜査官にしか最初は写っていなかった。 だが、物的証拠がなくても今の状況証拠だけで十分表に引っ張りだす事ができると彼の前で論議を叩いた日から、ブライアンの モルダーを見る目は変った。そしてそれからだった、事件の犯行予告が届くようになったのは・・・。 まるで挑戦状を叩き付けるように。 しかし、周到にねられた計画の上では、モルダー達や警察はただ翻弄されるだけで犯人を目の前にしながら被害者を増やしていった。 そして殺人予告があっても殺人を止められない警察にマスコミや住民は『能無し』呼ばりしだし、世間の体裁を一番気にするFBIは その責任の一部をまだ若く、力のないモルダー達に向けたのだった。 「さっき正式に連絡があったの・・・表向き、私達訓練生捜査に関わっている事は極秘になっているから経歴に傷がつく事は無いって」 「僕は経歴や自分の出世の事を言ってるんじゃないんだよ。ただ・・・!」 「分かってる、私だって悔しいわ!犯人が分かっていながら・・・目の前にいるのに捕まえられないのよ!」 怒りの感情を表に出したソニアに、モルダーは一瞬驚いた。 でもすぐに、彼女が自分と同じ気持ちなのだと感じる。 「私達のプロファイリングは間違ってないわ。でも、物的証拠が無いと犯人を捕まえられないなんて・・・。 そんな事をしてたら、また殺人が起こるまで待たなくちゃいけない。そんなの殺された少女達がかわいそうよ!」 「ソニア・・・・」 二人の間に小さな沈黙が流れた後、背を向けた彼女の肩にモルダーはそっと触れた。 彼女の肩は小さく震えていた。 普通、捜査官は事件に感情を持ち込まない。 それは適切な判断を下せなく恐れがあるからだ。 だからいつだって、冷静でなければいけない。 でも今は・・・・。 初めて見せたソニアの苛立ちに悔しさ、そして弱さにモルダーは唇を噛んだ。 何も感じていなかったわけではなかったのだ。 いくら彼女が気丈な女性でも、まだ若く経験も無い。 目の前で人生の半分も生きていない少女達の死体を目の前にするには一体どれだけ強さがいったのか。 そして繰り返される殺人の中で、犯人が分かっていながら捕まえられない無力さに、突然の捜査からの打ち切り。 ずっと耐えていたのだろう・・・たぶん、ロクサーヌも。 「ソニア・・・」 彼はもう一度名を囁くと、ゆっくりと彼女の手をとって自分へと向き合わせた。 ソニアの美しいヘイゼルの瞳からは、一筋の涙が頬を伝っている。 モルダーは手で涙をぬぐってやると、パチパチっとソニアの頬を軽く叩いた。 「大丈夫だ、ソニア。まだ何か手はある。ロクサーヌと三人で一緒に考えよう!」 きっぱりと言い切って微笑んだモルダーを見て、ソニアも小さく微笑んだ。 「・・・・そうね。ここで悔しい思いをしてても始まらないわね」 「ああ。さっ、ロクサーヌの所に行こう。彼女今、前の犯行現場に唯一落ちてたメモ調べてるんだろ?」 「ええ・・・確か、筆跡鑑定には期待出来そうもないから、メモに書かれたクライン語を解読してみるって」 「僕も一つ気づいた事があるんだよ。解決の糸口になればいいけど・・・よし、とりあえずロクサーヌと合流しよう」 「ええ・・・あ、モルダー」 「ん?」 「・・・・・ありがとう」 消え入るような声でソニアは呟くと、モルダーの横をすり抜けて先に部屋を出た。 泣き顔を見られた事で素直に言えないソニアなりの精一杯の感謝の態度だろう。 残されたモルダーは慌てて後を追ったが、その表情は笑顔だった。 一瞬・・・モルダーの中に彼女を抱き締めたいと言う感情が生まれた。 でも彼には出来なかった。 それが衝動的な物だと感じたからだ。 自分の気持ちがはっきりしないまま抱き締めても、ソニアを傷つける。 答えを出す日まで、モルダーは二人を抱き締める日はこないと分かっていた。 「これをみてくれ」 「何?」 モルダ−が広げた図面を見て、ロクサーヌとソニアは一緒に聞き返した。 「ブライアンの心理パターンだよ。この1年で彼が殺人を起した時の行動、計画、知識を割り出したものだ」 「・・・・そんなものいつの間に」 「彼を捕まるのには、先を読むか犯行現場を押さえるしかないからな」 目を丸くしているロクサーヌに、モルダーは肩をすくめて見せた。 「・・・じゃ、犯行現場を押さえるの?」 モルダーの言葉を聞き逃さなかったソニアが冷静に聞き返す。 「そうだ。もう僕達ができるのはこれしかない。ブライアンに関する知識を1年がかかりで調べて来た僕の 推理を二人が信じてくれるなら、次の犯行が起こる前に奴を捕まえる事ができるかもしれない」 「・・・・大きな賭ね。失敗すれば私達は命令違反に規則違反、独断専行でアカデミーを首になる可能性は大よ」 「分かってるソニア。だけど、失敗を恐れてたら何も出来ない。僕達に情報が入って来る内に事件を解決しないと被害者は増えるだけだ。 奴は今までの殺人が全てうまくいってる事で犯行は絶対に失敗しないと言う自信を持ってる。そこが、奴のスキなんだ。僕の計算上では 奴はこの二週間以内にきっとまた殺人を犯す。なんとしてもそれを止めないと・・・」 モルダーは手を握りしめると堅い決意を誓った。 これ以上やつの好きにさせるわけにはいかない。 1年前の春、この事件のプロファイリングに抜擢されてからモルダーは全ての時間をかけ来た。 でも努力とは裏腹に繰り返えされる殺人。それを止める事の出来ない自分。 そして捜査からの辞退。 「分らないのは奴いつ犯行をするのかなんだ。僕ら今少しでも動けば奴には分かってしまう。なんかと犯行日を突き止めれば・・・」 「モルダーソニア、二人共これを」 ロクサーヌの声に二人が顔を上げると、彼女は部屋の電気を消し、スライドを壁に反射させた。 「前の現場に唯一落ちていたメモよ。筆跡鑑定の意味は無かったわ。変色しているから書いたように見えるけど、これは本の切れ端」 「ロクサーヌ、訳せたのか?」 「私には無理だったけど、これと良くにた字に見覚えがあったから調べてみたの。そしたらこの本のページの写しが近代美術館に 飾られていた事が分かったわ。300年も前の物だから一部しか残ってなかったけどね。本のタイトルは不明だけど、内容は星と 神について、これよ」 『神は人より上でなければいけない。 星の軌道と神の存在は比例している。  東の空に7度目の月が昇る時、星が姿を表す前に9人の生け贄を神にかかげよ』 「・・・・確か、ブライアンの専門は・・・・」 「統計学の天文、そして殺された少女達は今まで8人目よ」 「じゃ、東の空に7度目の月が昇る時が・・・次ぎの殺人日」 「二週間以内でその日は・・・」 「25日よ」 はっきりと言い切ったソニアの顔を、モルダーとロクサーヌが見つめた。 「ちょうど1年・・・事件が始まってから。どうやら今年は、危険な28回の目の誕生日になりそうね・・・・」 1月25日 運命の日が三人に訪れた。 「モルダー、ソニア」 「ん?」「えっ?」 名前を呼ばれて二人が振り向いた瞬間、短くシャッターを切る音と一瞬の閃光が走った。 「ロ、ロクサーヌ?」 一瞬の出来事にソニアは固まり、モルダーは目を丸くする。 「記念にね。今日はソニアの誕生日だし、作戦がうまく行くように」 にっこりと微笑むロクサーヌの手には小さなカメラが握られていた。 「なるほど・・・いいかもしれないな」 「でしょ?ねっ、ソニアもいつまでも驚いてないで三人で写真とるよ」 「えっ?え、ええ」 まだ状況を把握出来て無いソニアの手を強引にロクサーヌが引き寄せると、真ん中にモルダーを挟み、左がロクサーヌ、右がソニアと並んだ。 「はい、笑って」 ロクサーヌがドアの入り口近くにタイマーをセットしたカメラを指差す。 彼女の言葉のすぐ後に、部屋の中にパシャっと言う音が響いた。 「撮れた撮れた。これは今日、事件解決の後に三人で見ましょうね」 満足そうなロクサーヌを見てソニアは小さく吹き出し、モルダーは声を上げて笑った。 さっきまでの張り詰めいた緊張がゆっくと溶けていく。 ブライアンが夜になるまでの昼から夕方の間に犯行を行うと予想した三人は、朝一で最後の作戦の確認をしていた。 「大丈夫、きっとうまく行くわ。モルダー、ソニア」 「ああ」 「そうね」 ロクサーヌの言葉に二人は深く頷くと、お互いの手をそっと重ねた。 まだ若い三人の捜査官が穏やかな微笑みを浮かべた1988年1月25日の一枚のセピア色の写真。  幸せに微笑んだその姿は、悲しい悲劇が起こる数時間前の物だった。        これが三人で撮った最後の写真になる事を、その時の彼等には知るよしもなかった。 − 数時間後 − 「ソニア!!!」 一瞬、モルダーには何が起こったのか理解出来なかった。 犯行現場を押さえる事に成功したモルダー達だったが、いきなり銃を発砲したブライアンに逃げられた。 その後すぐ、ブライアンは近くのビルに外にいた人質をとって立てこもった。 人質の変わりになる言い、武器を捨てたロクサーヌとソニアがブライアンの元に行ったのが二時間前。 モルダーはすぐにFBIと地元警察に連絡して抱囲を取り囲んだ。 長い攻防のすえ、一瞬の隙をついたソニアがブライアンから銃を取り上げて人質を無事解放した。 「ソニア!!」 「モルダー!」 解放された扉から人質にされていた二人と一緒に出て来た彼女に、モルダーが走りよった。 「大丈夫か?怪我は?」 「大丈夫、怪我一つないわ」 「良かった・・・ロクサーヌは?」 「ブライアンを押さえた時に頭を打って軽い脳震とうを起したけど、大丈夫。今はあっちで休んでる」 ソニアが指差した先には救急班が用意していたテントに、ロクサーヌが毛布に包まれていた。 「そうか・・・・」 ロクサーヌを心配そうに見つめるモルダーから、ソニアは目をそらした。 「どうした?」 「えっ?」 「やっぱりどこか怪我を?」 「いえ、そうじゃないのよ」 「じゃ、どうしたんだ?何かあったのか?」 自分を心配そうに覗き込むモルダーの視線に、ソニアはほんの少しだけ悲しく微笑んだ。 そして次に自分が言わなければいけない言葉に、彼女は勇気が必要だった。 人質を立てこもっていた間に交わしたブライアンとの会話。 それは深くソニアの心を貫いた。 気を失っていたロクサーヌを横にブライアンが言った言葉。 『君は・・・モルダーを愛しているんだろう?』 「何を・・・!」 『君達が一緒の所をここ1年で何度も見たよ。君とモルダー、そしてそこの女性。 そこの女性も・・・彼の事を愛しているんだな。君らはライバルか?二人の間に挟まれて、動けないのが彼か』 「それ以上下らない事を言う前に、自分が犯した罪の多さを自覚したらどうなの!?」 『私には分かる。モルダーが君とそこの女性、どちらを愛しているのか』 「・・・・!!」 『だがモルダーは、傷つける事を恐れて黙っている。 可哀想に・・・君達二人が彼を追い詰めているんだ』 「・・・だまって!!」 『いや・・・本当は、君にも分かっているんじゃないのか?』 「!!」 たった一言。 何も知らないブライアンに言われた事で、頭の中にかかっていた霧は晴れた。 くやしいけれど、彼が言った言葉は真実だ。 ソニアは空から降る雪を見上げると一瞬瞳を閉じてから、目の前の愛しい人を真っ直ぐに見つめた。 「モルダー・・・・」 「ん?」 「もう、答えを出してもいいと思うわ」 「えっ」 「愛してるって言って」 「・・・ソニ」 いきなりの事に目を丸くしたモルダーは、驚いた表情で彼女を見つめた。 ソニアは優しく微笑むと、モルダーの後ろに回ってその広い背中をポンっと押した。 「そう言って、抱き締めるのよ。できるでしょ?」 その言葉に、モルダーがソニアを振り向いた。 「きちんとロクサーヌに伝えるのよ」 「ソニア・・・何を・・・」 「もう・・・答えを出すには十分だわ」 彼女の切なさに満ちた瞳を見た瞬間、モルダーはソニアが言っている意味に気づいた。 「ソニア・・・・」 「早く行って、私の気が変わらない内に!」 「でも・・・」 「早く!」 押しとどめようとするモルダーに、ソニアは強く言い切った。 ほんの少し彼女と見つめあったモルダーは、もうこれ以上自分の気持ちを偽れない事を悟った。 そして、傷つける時が来た事も・・・・。 「ソニア・・・・」 彼女を真っ直ぐに見つめると、モルダーはそっとその頬を両手で包み込んだ。 一体いつからだろう? 自分の中の気持ちに気づいたのは・・・。 優しく、暖かな想い。 目を閉じて・・・一番最初に心に浮かび上がる人。 考えるだけで優しくなれて、思い出すだけで微笑む事のできる確かな存在。 それがソニアではなく、ロクサーヌだと気づいてしまったのは・・・・一体いつからだろう。 この気持ちが"愛"だと気づいたのは・・・。 「・・・・ごめん・・・・」 絞りだすような声で、囁いたモルダーに、ソニアはゆっくりと首を横に振った。 「あやまらないで・・・・」 頬を包むモルダーの手に自分の手を重ねると、ソニアは小さく微笑んで一歩を踏み込んだ。 ほんの一瞬、触れあう程度の優しい口付け。 そこに言葉は無かった。でも、お互い分かっていた。 これが二人で交わす、最初で最後のキスだろうと・・・・。 モルダーはそっとソニアを抱き締めると、初めて触れた彼女の細さに驚いた。 もう少し力を入れて抱き締めたら、折れてしまいそうに感じる。 自分の腕の中にすっぽりとおさまってしまう小さな体。それさえも彼は今、始めて知ったのだから。 そしてここから彼女を一人立たせる残酷さに、胸が痛んだ。 ソニアを抱き締める腕に、モルダーは力を込める。 今だけは、彼女の全てを受けとめたいと・・・目を瞑った。 抱き締められる腕の中で、ソニアもこの恋に終わりが来た事を感じた。 いつからか・・・ブライアンが言っていたように本当は分かっていた。 モルダーの心が自分に無いことは・・・。 本気で好きになった人だからこそ、その人の想う相手に気づいた。 モルダーがロクサーヌを見つめる瞳は、そう・・・それは、自分がモルダーに向けている眼差しだったのだから。 それでも・・・気づかない振りを続けて来た。 でももう・・・・。 「・・・・ありがとう」 ソニアはモルダーの耳もとで囁くと、そっと彼の体を手の平で押して小さく微笑んだ。 そして離れた場所で座っているロクサーヌを見てから、モルダーに視線を戻した。 「二人の事を見守ってる、ずっと側で・・・・」 「・・・・・・」 花のようにソニアは優しく微笑んだ。 モルダーは何も言わなかった。 変わりに瞳を一瞬閉じてから開けると、覚悟を決めたように彼女に背中を向けた。 モルダーは一歩を踏み出した。 地面に積もった雪にまた一つ、また一つと足跡が残されて行く。 モルダーの後ろ姿に、ソニアは涙を耐えた。 でも"悲しく"はない。彼が選んだ相手は、誰よりも自分が信じている大切な親友なのだから・・・・。 明日になれば自分達の関係は大きく変わるだろう。 それでも、二人を祝福できる。心から幸せになって欲しいと願える。 涙が目じりの横を溢れそうになった時、ふとモルダーが振り返った。 "置いて行く事は出来ない" まるでそう言っているモルダーに、ソニアは小さく首を横に降ってロクサーヌを指差した。 道を間違えてはいけない。 三人が出会った日から、いつかこんな日が来ると分かっていたのだから。 モルダーはほんの少しだけ微笑むと、もう一度ソニアに背中を向けて歩き出した。 自分の想っている人の所へ、歩き出すために。 ここから何かが始めると彼が思った、その時ー・・・・・。 人質を解放されて喜んでいた人達の声が、急に悲鳴に変わった。 「モルダー!!!」 背中ごしのソニアの狂ったような声で、モルダーは振り向いた。 瞬間、モルダ−は彼女の手で強く横に突き飛ばされた。 「ソニ・・・・!」 名前を呼ぼうとしたその声は、たて続けになった四度の銃声でかき消された。 体制を立て直して立ち上がったモルダーは、一瞬、目の前の光景に何が起こったのか理解出来なかった。 「ソニ・・ア・・・?」 地面に降り積もった真っ白い雪の上に、彼女は横たわっていた。 雪はみるみる赤く染まって行き傷口からは、血が溢れ出している。 「ソニア!!!救急車を早く!!!!」 モルダーは怒鳴るように叫ぶと、彼女の体を抱き上げて走った。 ロクサ−ヌの元へ歩いていくモルダーの後ろ姿を笑顔で見つめていたソニアの表情は、一瞬で凍り付いた。 解放された扉から、警察官に押さえられて出て来たブライアンがソニアを見て微笑んだのだ。 嫌な予感が、彼女の体中を走った。 最後に言ったブライアンの言葉。 『私なら、モルダーの心を永遠に君の物にして見せる』 「・・・・・!!」 ほとんど無意識に、ソニアは走った。 モルダーと、ロクサ−ヌの元に。 「モルダ−ーー!!」 振り返ったモルダーをソニアは力一杯突き飛ばして、足首から銃を抜き取った。 ほぼ同時にブライアンが警察官の手を薙ぎ払うと、銃口をこっち向けて発砲した。 一度目の銃声はソニアとモルダーの間を走った。 ソニアには"分かっていた" 次ぎにブライアンが"誰"を狙うのか・・・・! 「ロクサーヌ!!!」 それは・・・一瞬だった。 名前呼ばれ顔を上げたロクサーヌの体を、ブライアンが放った銃弾が貫いた。 地面に倒れ込むロクサーヌに向って、ブライアンがもう一度引きがねを引こうした。 ソニアはブライアンが引きがねを引くのよりも早くロクサーヌの前に立ち、彼がトリッガーを離すのと同時に発砲した。 ブライアンが倒れ込むが見えた瞬間、鈍い痛みが走った。 燃えるような熱さに身をよじりながら、体中を駆け巡る痛みに耐え切れず膝をつくと、ソニアは自分の意識が遠くなるのを感じた。 すぐ側で・・・モルダーが自分の名前を呼ぶのを聞きながらも、彼女は何も答えられなかった・・・・。 モルダ−は病院中のICUの前で、神に祈るように頭を抱えていた。 この時だけは神の存在を信じたいと思った。 そして祈り続けていた・・・・。 "どうか・・・・!!!" ブライアンとの銃撃で重体を負ったソニアがICUに運ばれて、もう2時間が経つ。 まだ手術は終わらない。 思ったよりも出血量が多いと、さっき出て来た医者が慎重に話していた。 "もしかしたら・・・" 続きの言葉を聞いた瞬間、モルダーの体から血の気が引いた。 全身を脱力感が襲い、彼はその場に力なく座りこんだのだ。 "神よ、どうか・・・・!!" 祈りだけが、天を仰いだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− − 3時間後 − 見た事の無い白い天井に、彼女は何度かまばたきをした。 体には力が入らず重い、手足は思うように動かない。 でも側で感じる機械音と消毒液の香りで、ここが病院だと言う事に気づいた。 「ソニア!!!」 ずっと握りしめていた彼女の手がピクンと動いた事にモルダーが顔を上げると、ソニアが薄らと瞳を開いていた。 「ソニア・・・・!」 声のする方に彼女が首を少しだけ横に向けると、モルダーが側にいる事が分かった。 「・・・・・モル・・ダー・・・」 「良かった・・・・気がついて・・・・」 モルダーのヘイゼルの瞳には、小さな涙が溜まっていた。 ソニアは小さく微笑むと、そっとモルダーの頬に触れた。 「ロクサーヌは・・・・・?」 苦しそうに声を出す彼女の手をモルダーは強く握り返すと、優しく微笑んだ。 「大丈夫だよ。肩を撃たれたけど、命に別状はないって・・・まだ意識は戻っていないけど、容態は安定してる」 「良かった・・・・・」 その言葉に、ソニアは心の底から安心したように微笑んだ。 「ブライアンは・・・・?」 「彼はあの後取り押さえられて捕まった。今ごろは鑑別の中だ」 「・・・私が撃った銃弾は・・・・?」 「彼の足に命中したよ」 「そう・・・・・」 ソニアは小さく息を吐くと、黙ってモルダーを見つめた。 泣いていたのだろうか?モルダーの瞳は赤くなっている。 「・・・・・ごめんなさい、モルダー・・・・」 モルダーは目を大きく開いて首を強く横に振った。 「どうして誤るんだ??誤るなら僕の方だ!!君がいなければ、僕もロクサーヌも今頃・・・・!!!」 それ以上言葉を続ける事が出来ず、モルダーは唇を噛んで瞳を伏せた。 "今頃・・・"ここには入られなかっただろう。 でも代償が大きすぎる。本当は、この白いベットに横たわっているのは自分のはずだったのだから。 「モルダー・・・・もし、逆の立場なら・・・あなたもきっと、同じ事をしたはず・・・よ」 「でも・・・・!!!」 言葉も無くそのヘイゼルの瞳から涙が落ちるのを見て、ソニアはもうあまり自分に時間が残されていない事を悟った。 それでも彼女の心に恐怖は無かった。あるとすれば、ただ一つの心の残り・・・。 「なら・・・一つだけ・・・・・」 ソニアはモルダーの頬に触れると、優しく微笑んだ。 「ロクサーヌを・・・・幸せに・・・してあげてね」 「・・・・ソニア・・・!!」 「・・・私が死んでも・・・・絶対に・・・自分を責めないで・・お願いよ」 「何言ってるんだ!!ソニア!!!」 「ごめんなさい・・・モルダー・・・ずっと見守ってるって約束・・した・・のに」 「もういいから、黙って。黙るんだ、ソニア・・・頼むから」 モルダーは彼女の手を強く握りしめる。 ソニアの優しい微笑みは変わらない。でも、彼女の指先は酷く冷たい。 「モルダー・・・ロクサーヌに伝えて・・・・幸せにって・・・・」 「ソニア!!!」 「モルダーあなたに会えて・・・三人で過ごせて・・・本当に楽しかっ・・・た」 "ありがとう" その一言を囁いた瞬間、ソニアの手から力が抜け落ちたのをモルダーは感じた。 「ソニア・・・?ソニア!?ソニア!!ソニア!!!!!!嘘だ!!ソニアーーーーーーー!!!!!!」 モルダーはヘイゼルの瞳に涙を溢れさせながら、彼女の名前をいつまでも呼び続けた・・・・。 いつまでも変わらないと信じていた三人の関係。 時間が流れても、月日が経っても、それだけは絶対だと信じていた。 振り返ればそこにソニアがいて、ロクサーヌが優しく微笑んでくれる。 そんな日が・・・ずっと続くと思っていた・・・・。 ベットの上で窓の外に視線を向けたままのロクサーヌの側に、モルダーは静かに腰をかけた。 彼女の左腕はキブスと包帯で固定され、その姿は傷の深さを表してるようで痛々しかった。 でも、モルダーは言わなければならなかった。 ソニアが逝ってしまった事を・・・・。 「ロクサーヌ・・・・・」 モルダーはほんの少しだけ間を置くと、ロクサーヌの手に自分の手を重ねた。 そして言葉を続けようとした瞬間、彼の手に冷たい物が落ちた。 一瞬、何か分からなかったモルダーは顔を上げると、言葉を失った。 「・・・・ロクサーヌ・・・・!!!」 そう、彼女美しい薄紫の瞳から、一筋の涙が頬を伝ってモルダーの手に落ちたのだ。 「・・・・逝ってしまったのね・・・もう、二度と・・・会えないのね・・・・」 「ロクサーヌ・・・・・」 「言ったのよ、ずっと・・・何があっても、見守ってるって・・・なのに・・・嘘つきだわ」 ロクサーヌはモルダーを見なかった。 変わりに窓の外に振り続ける白い雪を見つめたまま、頬を流れて行く涙を隠す事なく目を細めた。 「ソニア・・・・・」 声を殺して涙を流す彼女の手を、モルダーはただ黙って握っていた。 彼には、それしか出来なかった。 この瞬間、モルダーとロクサーヌの間には目に見えない、深い傷が生まれた。 そしてそれは、二人の距離を急速に離して行った・・・・。 三日後、ソニアの葬儀は大々的にとり行われ国を上げて彼女の勇敢なる死を悲しんだ。 ソニアはその行動と犯人逮捕の名績を讃えられ、過去異例のFBIアカデミーの事実上、卒業生となった。 誰もが悲しみの声を上げ参列する葬儀に、ただ一人ロクサーヌだけは姿を見せなかった。 でもモルダーには分かっていた。どこかで彼女が泣いている事が・・・・。 あれから二ヶ月。 ソニアが死んでから、ロクサーヌは昔のように笑わなくなった。 そしてモルダーも・・・・。 なぜ彼女が死なねばならなかったのか?その原因がお互いにあると分かっていたからだ。 ソニアは言った。 "もし逆の立場なら同じ事をしたはずだ"と・・・・。 でも、本当に? なぜソニアは自分を突き飛ばして、撃たれたロクサーヌの前に立ちはだかった? なぜ彼女を守った?なぜ自分をかばった? 本当にブライアンを捕まえるならば、躊躇せずに彼を撃つべきだったのだ。 でも彼女はそうしなかった。 その身をていして、自分を突き飛ばしロクサーヌの代わりに致命傷を負った。 なぜ? 考えれば考えるほどに答えはいつも、痛いくらいに一つだった。 そう、ロクサーヌが死ねば・・・ロクサーヌが死んでしまったら、自分が悲しむから・・・・。 だから、彼女はロクサーヌをかばった。 誰ためでもない、彼のために。 彼女は自分の愛する人の、愛する人をかばったのだ。 その答えに気づいた時、モルダーは自分を責めた。自分の中に生まれた想いが、彼女を殺したと。 もしソニアが気づかなければ、もし自分が彼女を愛していたら、結果はもっと違っていたのかもしれない。 ソニアは死ななかったのかもしれない。 そしてロクサーヌも、自分を責め続けた。 ソニアが最後に言った一言。 気を失っていた間に彼女がブライアンに何を言われたのかロクサーヌは知らなかったが、解放されたドアから出る時、ソニアは優しく微笑んだ。 『ずっと見守ってるから、側で』 あの時、ソニアは微笑みはとても優しく、切ない物だった。 なぜもっと早く彼女の言った意味を気づく事が出来なかったのだろう。 なぜ彼女は自分を命がけでかばったのか? あの距離で撃たれれば死ぬと分かっていたはず。 なぜ?自分なら・・・・・。 「・・・・・!!」 そこまで考えたロクサーヌの中に、一つの答えが生まれた。 それは彼女が何よりも望み、ただ一つ欲しかった物。けれどそれは、彼女にとって何よりも悲しい真実だった。 何よりも欲しかった彼の気持ち。想いを返して欲しい願っていた自分。誰よりも大切だったソニア。 モルダーもロクサーヌもお互いを責めなかった。 変わりに自分を責め続けた。 お互いの間に生まれた気持ちを・・・・。 それから二人は、お互いを避けるようになりだした。 一ヶ月後。 長い冬の終わりが近付き、季節が春に変わろうとしたある日、アカデミーの卒業を目前に控えて信じられない話をモルダーは教官に聞かされた。 ここ一ヶ月、必要なこと以外は話さずお互い避けていたロクサーヌが、アカデミーを辞めるために退学届けを出し来たと言ったのだ。 モルダーがロクサーヌを探すためにアカデミーを飛び出した瞬間、同時に自分のセルが鳴った。 ただ一言『会いたい』それだけだった。 人込みをかき分けてモルダ−は走った・・・彼女と約束した場所へ、三人で共に過ごしたあの美術館へ。 アカデミーの帰りによく三人で寄った美術館。 古い面立ちが好きだと言って、ソニアはここで何時間も絵を眺めていた物だった。 モルダーは息を整えると、閉館と書かれたプレートのついたドアをゆっくりと押して中に入る。 そして他の絵には目もくれず、ただ真っ直ぐ進んだ。 誰もいない館内に、モルダーの足音だけが響いていく。 どこにロクサーヌがいるのか、彼には分かっていた。 いつも三人で見ていた一つの大樹の木の絵。 それは、人間の心の中に誰ものが一つはあるものだとソニアは良くいっていた。 それを聞くたびにモルダーはいつも違う気持ちで絵の前に立った。 館内の突き当たりにその絵が見えた瞬間、彼は一度足を止めてその絵を見上げている小さな背中を見つめた。 流れるような茶色の髪に、スラリと伸びた手足。 側にいる時は気づかなかったが、彼女の体はあんなもに小さかっただろうか? その後ろ姿は、こんなにも儚かっただろうか? 「・・・・この美術館、閉館するんですって」 ロクサーヌは絵から視線を外さずに口を開いた。 後ろに感じた気配が隣に並んだ事に気づくと、視線を床に落とした。 「まるで、私達みたいね・・・・」 「ロクサーヌ・・・・」 モルダーが彼女方へと向いた瞬間、ふと彼女の持っている物に気づいた。 その手には一枚の空港権が、そして足下には小さなスーツケースが置かれていた。 「モルダー・・・・ソニアが言った事を覚えてる?人には誰だって、この絵のような木が心にあるんだって」 そう言うとロクサーヌは絵を見上げた。 モルダーも彼女を追うように見上げる。 「ああ・・・覚えてるよ。それは生き方だったり夢だったり性格だったり、人によって違うけど・・・誰でもこの木のような真っ直ぐな何かがあるって」 「ええ・・・・そう言ってたわね」 「でもそれと、君がアカデミーを今やめるのと何が関係あるんだ?」 モルダーが視線をロクサーヌに戻すと、真剣な眼差しで聞いた。 彼の真剣な表情に、ロクサーヌは優しく微笑んだ。 「その真っ直ぐな何かが、私が今アカデミーを辞める事なのよ」 「・・・・ロクサーヌ・・・!」 「私は心に嘘をつかずに真っ直ぐ生きたい・・・ソニアのように。そのためには、道を間違える事は出来ないわ」 「でも・・・・!」 「今の気持ちのまま、捜査官になる事は出来ない。ソニアの死を忘れたように生きて行くなんて私には無理よ」 「ロクサーヌ、それは僕も同じだ。君だけが責任を感じているなら・・・」 その言葉に、彼女は小さく首を横に振った。 「モルダー・・・あなたは強いわ。初めて会った頃からそれは今でも変わらない。そんなあなたの強さが・・・ソニアは好きだったの」 「ロクサーヌ・・・・」 「だからソニアとの思い出は私が持って行くけど、彼女の志しはあなたに継いでもらいたい。そうすれば・・・側に入られなくても、私達はいつも一緒だわ」 「同じ・・・道を歩ける?」 「ええ、きっと・・・・」 俯いた彼女の頬に、モルダーはそっと手を伸ばした。 モルダーの指先の温もりを肌に感じたロクサーヌは、顔を上げてその手に自分の手を重ね優しく、でも悲しそうに微笑んだ。 「モルダー・・・・私達は、こんなに側にいるのに・・・とても遠いわ・・・」 その言葉にモルダーは目を細めた。 そう、見つめ合うほど側にいても、手を伸ばせば届く距離にいても・・・・心はこんなにも遠い。 ロクサーヌは永遠に自分を責め続け、モルダーはずっと責任を感じ続けていく。 二人の間には確かに友情を超えた想いが今も存在していた。 でも、その想いを言葉にしてもこの距離は永遠に埋まらない。 ロクサーヌの美しい薄紫の瞳から一筋の涙が頬を流れた瞬間、彼には分かった。 こんなに風に、この気持ちを持って彼女に触れるのがこれで最後なのだと言う事を・・・・。 「元気でね・・・・・」 「・・・・君も・・・・」 差し出された手をモルダーが握り返すと、ロクサーヌは微笑んだ。 "後悔は無い" まるでそう言っているような柔らかい微笑みは、ソニアが死んでから、彼女が初めて見せた昔の笑顔だった・・・。 その笑顔に、モルダーは引き止められない事を痛いくらいに感じた。 これから側にいても、自分では彼女を昔のような笑顔には出来ない。 こんな風に彼女が微笑む事もない。 ソニアが言った最後の言葉・・・・。 『ロクサーヌを幸せにして上げて』 モルダーは優しくロクサーヌに微笑み返した。 その微笑みに、彼女は小さく頷くとゆっくりと手を離し、足下の荷物を手に取って歩き出した。 一度も振り返らずに歩いて行く彼女を、モルダーはただ黙って見つめていた。 ロクサーヌを幸せにするとソニアと交わした約束。 だからこそモルダーは、彼女を手放す事を決意した。 側にいても、ロクサーヌは永遠に自分を責め続けて行く。 それは彼女を苦しめるだけ。 悲しみしか与えられない。 だからこそ・・・いつか、その傷を癒せる誰かと幸せになって欲しいとモルダーは思った。 手を離す事こそが、ロクサーヌを幸せにする事だと・・・・。 ドアを開けた彼女の隙間から、冬の終わりを名残りおしむように雪が舞っていた。 モルダーは自分の目の前の絵を見上げた。 背中にドアの閉まる音を聞きながら、彼は自分の目から溢れてくる物に、身を任せた。 ただ一度も抱き締める事なく、触れ合う事さえせずに、彼の想いは終わった。 ロクサーヌはアカデミーを辞め街も出て行き、その行き先を知る人間は一人もいなかった。彼女の両親でさえも。 それでも・・・毎年ソニアの命日に誰よりも早く供えてある花は、ロクサーヌがどこかで生きている証だった。 彼女と再会したのはそれから7年後。 スカリーとパートナーを組んで4年目に、ソニアの眠る場所で・・・。 「モルダー・・・?」 「ロクサーヌ・・・!」 お互い凍りついたように動けなかったのを今でも覚えている。 でも7年振り再会した彼女は、昔と何一つ変わってはいなかった。 「ソニアのいたずらかしらね?」 ロクサーヌはその美しい薄紫の瞳に涙をためて優しく微笑んだ。 その微笑みが昔と同じ物だと気づいた時、彼女が幸せになれる『誰』かと巡り会えたのだと分かった。 「結婚したのよ」 そう言って幸せそうに微笑んだロクサーヌをモルダーは初めてその時、腕に抱き締めた。 そして、心から「おめでとう」と言った。 彼女を手放した時の"悲しさ"も胸を刺すような"切なさ"も、もうモルダーの中には存在していなかった。 ただ言いような無い安心感が彼を包み、ソニアとの約束を果たせたのだと思えた。 「あなたは?今・・・幸せ?」 不意に彼女がした質問に、モルダーは一瞬答えられなかった。 でも、すぐに微笑んで頷いた。 「ああ・・・」 "君の幸せをこの目で見る事が出来たから" それを自分の幸せとは呼ばないのかもしれない。 でも、それでも・・・彼の心を暖かい物が満たしていた。 それはあの頃、三人で過ごしていた気持ち。 それから、毎年ソニアの命日には二人で来て、昔話しをするのが恒例になった。 FBIアカデミーでいつも一緒だったモルダーとソニアとロクサーヌ。 ずっと一緒だと信じていた。でも、アカデミー卒業前に三人を悲しい悲劇が襲った。 そこにはいつも・・・雪が降っていた。 大切な人を失ったのが雪の降る日なら、愛しい人と別れたのも雪の降る日。 でも、悲しみを超えて三人がもう一度優しい気持ちで再会を果たせたのも、雪の降る日だった・・・。 そしてモルダーとロクサーヌの結ばれない想いも、友情と共にあの頃の永遠の輝きに変わった。 いつも・・・雪だけが見ていた。 三人の別れと再会、そして変わらない想いを・・・。 「紹介するよ」 話し終えて暫く考え込んでいたスカリーに、立ち上がったモルダーが声をかけて来た。 「えっ?」 「昨日きちんと紹介出来なかったから」 「えっ?ええ。そうね・・・」 「行こう」 ドアまで向ったモルダーは、振り返って小さく微笑んだ。 「スカリー・・・聞いてくれて、ありがとう」 「そんな・・・・あなたの大切な人なんでしょ?」 「・・・・YES・・・」 そう言ってほんの少しだけ照れたようにはにかんだ彼を見て、スカリーの胸は小さく痛んだ。 モルダーが滅多に見せる事のない柔らかい表情。 その時間は自分達が出会った物よりも長く、彼が仕事を抜いて無条件に信頼している相手。 そして彼が昔、想いをよせていた女性。 いつか見つけた写真の中で、モルダーのその手を握り優しく微笑んでいた人。 彼女の心を、波のような渇きが広がった。 その相手と出会った時、自分は何を思うのだろう・・・?                       to be continued・・・。 ====================================== で、出来た。 やっと過去編終了〜!!でも、長過ぎ・・・? い、いや最初が短かったからしょうがないのだ!!(滝汗) 次頑張るのだ!!・・・出来たらスカを幸せにするのだ!(笑) よければ感想を→rilyouya.ouri@k6.dion.ne.jp