DISCLAIMER: The characters and situations of the television program "The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. この物語はあくまでも作者個人のフィクションです。 ==================================== Title:「Snowy」 Author:めいしゅう Spoiler:「Mement Mori」&「The End」 ==================================== 「私は癌よ」  その言葉が、彼の心を剔り貫いたのを感じた。  まるで自分が宣告されたかのように、彼はどもり、視線を逸らし、言葉を探していた。 「治療法はあるんだろう?同じ病気の人だって」 「…ええ、そうね」  縋るように尋ねる彼に、スカリーは告げることができなかった。 同じ病気の人はいても、助かった人はいないことを。 「それじゃ、明日ね」 「迎えに来るよ」 「大丈夫よ、モルダー。一人で行けるわ」  検査の後、彼が車で家まで送ってくれた。アパートの前に車を降りるなり 助手席の扉を開けてくれた彼に思わず微笑みながら、首を振る。 「オフィスで待っててくれる? スキナーに一緒に会って欲しいの」 「もちろん」 「ありがとう。それじゃ」  きびすを返し、アパートの階段を上る。外扉を開けて中へ入る寸前に振り向くと、 見送っている彼と目があった。彼は咄嗟に微笑を作ろうとし、そしてそれに失敗した。  スカリーは無言で彼の所へ戻った。  歪んだ笑みが貼りついたままの彼の顔を覗き込む。 「大丈夫よ、モルダー。私は元気よ」 「……」 「私を見て。元気でしょう?」  モルダーの腕が背中に回り、スカリーは彼の胸に頬を埋めた。腕を彼の背に回す。 スカリーは髪にモルダーの吐息を感じた。声にならない悲鳴。流せない涙。 そんなものが、ふれあうぬくもりから伝わって、スカリーの乾いた心を潤した。  癌を宣告された時、時間が止まったような気がした。  冷静に症状を分析しながらも、闇の淵に立ちすくんでいた。  それなのに、彼を見た途端、再び時間は回りだした。  自然に笑顔が浮かんで、その事に自分で驚いた。  モルダーは、彼女を包み込むように抱きしめたまま長いこと離さなかった。  まるで、彼女の命そのものを抱きしめているかのように。  その日から、時々モルダーはスカリーに触れたがった。  例えばそれからしばらくして起こったある事件が終わった雪の夜、スカリーは 空を見上げながら手を摺り合わせていた。 「何だ、スカリー、手袋はどうしたんだ?」  隣を歩いていたモルダーが不思議そうに尋ねる。  局の車で来たのだが、報告書は明日でいいと言われて、タクシーを拾える通りまで 歩いて行こうとする途中のことだ。 「急に呼び出されたから、検死用の手袋だけ掴んできちゃったのよ」 「君らしいな」  苦笑するモルダーを横目で睨み付ける。  モルダーは笑いながら自分の、左手の手袋を脱いだ。 「ほら」 「片方だけ?」  にやりと笑って見上げると、モルダーは悪戯っ子のような顔になり、スカリーが 手袋を左手にはめるのを待って、開いている彼女の右手を自分の左手で掴み、コートの ポケットへ引きずり込んだ。  呆気にとられたスカリーが背の高い相棒の顔を見上げると、彼はそっぽを向いていた。 その顔がまるで十代の少年のようで、思わず声に出さずに笑う。  つないだ手が暖かい。  大通りに出ても、二人はタクシーを拾おうとせず、ゆっくりと、雪の街を歩いて帰った。  闇の淵に立たされたのは、スカリー一人ではなかった。  振り向くと、そこには彼がいた。  だから、誤解したのだ。  彼には自分が必要なのだと。  ギプソンが保護されている病院の駐車場に止めた車の中で、スカリーはそう悟っていた。  自分の愚かしさに、自嘲する気もしなかった。  彼の真っ直ぐな強さに魅了されるのは自分だけではない。実際、彼は多くの人から 誤解され白眼視されようと、彼に協力する者が絶えることもなかったではないか。 その事を、自分は自分に都合良く忘れていたのだ。気づかないふりを。  何を、気にすることがあるの?  彼の、過去なんて、私には関係ない。彼と仕事をするのは私の仕事。任務だ。  仕事さえきちんとしていれば、彼とも冷静に関われる。余計なことを考えずに済む。  たとえあのぬくもりを、最初は彼が求めたそれを、いつのまにか自分が必要としていた としても、それは勝手な自己満足だ。そんな、ことは。  あの日のような、雪の降りそうな重い空。  あの時、命は脅かされていたけれど、少しも不安ではなかった。  今この時のように、この世に一人置き去りにされたような寂しさはなかった。  スカリーは渾身の力で涙をこらえた。  行き場を無くした熱い塊が喉の奥にこみあげる。  それなのに、どうして、私は…。 ========================== THE END めいしゅう oshiro-5@ii-okinawa.ne.jp