"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. TITLE   『Take Back』 AUTHOR    Ran ・ FBI本部 2:00PM 「なあに、急用って」 Scullyはオフィスに入ってくると、手に持ったコートを椅子の背中にあずけて、書類を パラパラとめくっているMulderに尋ねた。 今日は終日、アカデミーで解剖実習の講師を務める予定だったのだが、またしてもパート ナーに携帯電話で呼び戻されたのだ。本当なら5時頃には仕事を終え、ついでのショッピ ングモールでものぞいて帰ろうと計画していたScullyは少なからずとも機嫌が悪かった。 そんなことを気にもかけない様子のMulderはまってましたと立ち上がり、いつものよう にスライドのスイッチを入れる。部屋が一瞬にして暗くなり、スクリーンに中年の女性の 姿が映し出された。 「Janet Spacey 女性 46歳」 カシャと音がして、スライドが切り替わると、今度は古いビルが現れる。 昔はアパートだったのかも知れない、低層部分の窓はあらかた割られ、無残な姿をさらし ていた。 「Janetを初め4人の女性が、この2ヶ月の間にこのビルから投身自殺をしてる」 「それで?」 腕を組んだままスライドを見ていたScullyが促した。 「実は40年前にもこのビルから4人の女性が続けて投身自殺をしてるんだ、町は何度も ここを取り壊そうとしたらしいけど、その度に工事関係者に不幸が続いて、結局は放置さ れたままになってるのさ」 Mulderがスライドを消して、部屋の電気を点けながら続けた。 「君はロンドンにあるクレオパトラの針って知ってるかい?」 「いいえ、聞いたこともないわ」と、そっけなくScullyが首を振る。 「結構大きなオブジェみたいなものなんだけどさ、クレオパトラの遺品が納められている とかで、近くでの自殺者が異常に多いところなんだ」 「つまり、クレオパトラの呪いってわけ?」 Mulderは我が意を得たりとばかりににっこりと微笑んだ。 「それでこのビルをちょっと調べに行こうかと思ってさ」 「ミシシッピーまで?」 あきれた顔でScullyが答えた。 「彼女の夫のRobertはJanetが最近、夢にうなされていたと証言してるし、彼女が自殺 する夜、不審な白い影を見たという目撃者もいるらしい。連続殺人の可能性だって捨て切 れないし…」 「本気で言ってるの、Mulder?、地元の警察が自殺だと断定してるのなら、それ以上、私 達にどんな仕事があるのよ? ゴーストバスターズじゃあるまいし。 それとも何らかの証 拠があるっていうの?」 「それがX-Filesだろ? 証拠のない未解決事件が…」 「これは“未解決事件”なの? いくらこのところたいした事件がないからって、わけの わからないもののためにミシシッピーくんだりまで出掛けるなんてやりすぎだわ」 Mulderの言葉を遮ってScullyが強い口調でそう反論した時、“トントン”とノックの音が して、Diana Fowleyが顔を出した。Scullyの顔がかすかに曇る。 「あ、Fox さっきのミシシッピーの件、少しわかったわ」 DianaはScullyに軽く笑いかけ、Mulderに近づいてファイルを手渡した。 「もともとは60年ぐらい前に病院として作られた建物をアパートに改装したらしいわ」 「なるほどね」 Mulderが受け取ったファイルをめくって写真を確認している。 「自殺と断定するにしては不自然なところもあるし、一度調べてみてもおもしろいかもし れないわね、ほら、ここをみて…」 MulderがDianaの言葉に肯きながら、Scullyを一瞥し「僕が手を離せない間、彼女にち ょっと調べてもらったんだ」といい訳するように付け加えた。 「Foxから話しを聞いた時、とてもおもしろいと思ったのよ、私達、昔、カンサスで似た ようなケースを調べたことがあって」 Scullyの方を振返ってDianaが後を続ける。 そうだった、昔、二人はパートナーだったんだった、そしてそれ以上に…。 考えているうちにScullyはなんだか息が苦しくなってくるような気がした。 Mulderの机に軽く体重を預けるような姿勢で話すDianaの声が遠く聞こえるような気が する。まるで自分だけが窓の外、違う世界の人間のようだった。 私には理解できないことが、あの二人には分かり合えるのだ、そういう疎外感に襲われる。 ふいに目頭が熱くなるような感覚を覚えて、Scullyは椅子の背中から自分のコートを取り上げた。 「なるほど、それはおもしろいかもしれないわ」 Scullyの意外な発言にMulderが顔を上げる。 「でも、私は生憎ご一緒できないわ、Mulder、明日からしばらく休暇をもらうことになっ てるの、二人で行ったら? Skinnerに推薦しておくわよ」 そう言いながらコートの袖に腕を通す。 「そんなこと、僕は聞いてなかったよ」 「あら?」Mulderの抗議をScullyは大袈裟な表情で答えた。 「言ってなかったかしら、ごめんなさい、Mulder」 唖然とした様子のMulderとDianaを無視して、Scullyは鞄を取り上げて踵を返す。 最後にドアノブに手をかけて振返り、 「でも良かったわ、こんなばかばかしいことに税金を使う片棒を、私が担ぐことにならな くて」と、言い捨てると、Scullyは足音高くオフィスを後にした。 ・ 駐車場 イグニッションキーを回す手が僅かに震えている。 (私達、昔、カンサスで似たようなケースを調べたことがあって) 「馬鹿みたい」 エンジンをかけてからも、動揺を鎮めようとしばらく両手でハンドルをつかみ、深呼吸す る。 「調べてみればいいんじゃない? 二人で仲良く」 Scullyは少しでも早くここから遠くに行きたかった。 Scullyはあんなことで動揺する自分を認めたくなかった。 これ以上あの部屋にいると、ますます自分が惨めになってくるような気がくる。 昔はこういう人間ではなかったような気がする。もっと前向きだった。 自分の力で解決できないことはないと信じることが出来たし、科学や医学を極めることで これまで「謎」とされてきたことの答えを必ず見つけられると確信していたのだ。 そしてなにより、そういう自分の事がとても好きだった。 「Fox、Fox、Fox」Dianaの口調をわざと真似してみる。 「なあにが、Foxよお、親にもMulderって呼ばせてるって言ったくせにい」 Scullyは涙でフロントガラスが曇らないように歯を食いしばって、アクセルを踏み込んだ。 ・ 「Bar quartet」6:30PM Skinnerは注文したウオッカを受け取りながら、バーテンダーの背後の壁にかけられた鏡 の中にタートルの上にプルオーバーのウインドブレーカー、ジーンズを履いたScullyがやって 来るのを確認していた。 「Sir、すみません、無理を言って」 そう言いながら、Scullyは隣のスツールに腰を下ろす。 「まあ、どうせ、一杯飲んでから帰るつもりだったんだからかまわないが」 なるべく直接顔を見ない様に、鏡の中のScullyに話しかける。 オフィスにかかってきた電話で彼女はいつになく歯切れが悪かったし、Officeの外で話したい という申し出自体が普通ではなかった。 「私はミネラルを」 Scullyはバーテンダーにそう注文した後も所在無さげにしばらく黙って俯いたままだ。 「どうした? 何か話があるんだろう、Scully」 バーテンダーがミネラルウオーターの瓶とグラスを彼女の前に置いたところで、Skinner が切り出した。 「いえ、あの、2.3日、休暇をいただけないかと」 「Mulderと何かあったのか?」 手の中で遊ばせていたウオッカを一気に口に運んで、Skinnerが尋ねる。 「個人的なことではないんです、Sir、なんというか、捜査方針の行き違いもあって、彼が今 取り組もうとしているケースだけは納得できないものですから」 Skinnerに余計な心配をかけていることはわかっていたが、上司である以上、報告してお かなければならないだろう。 「時々、Mulderの捜査のやり方についていけない時があるんです」 Scullyの言葉にSkinnerが声を出して笑った。 「ほとんどの人間は“いつも”ついていけないんじゃないのか? 私からみれば、君はベ ストを尽くしているし、君がいるから彼はなんとかやっていけるんだと思っているが」 鏡の中のScullyがほんの少し微笑んだのを確認して、Skinnerはバーテンダーにグラスを上げて 二杯目を頼んだ。 「はい、でもなんだか自信がなくなってしまって」 Scullyは再びDianaの顔を思い出し、さりげなくため息を吐き出した。 今夜はよほど弱気になっているのだろ、めずらしく素直なScullyである。 Skinnerはバーテンダーから二杯目のグラスを受け取って、初めて彼女の方を見ると、 「まあ、かまわない、君がそう思うならしばらく休め、Mulderに何かあれば、必ず私か ら連絡する」と続けた。 ・ 7:00PM ハイウエーを一人で飛ばしながら、だんだんDCから遠ざかっていくのだと思うと、Scully はどんどん気分が明るくなってくるのを感じていた。 Skinnerに話しをしたのも良かったのかもしれない。 敵か味方か、ときどきわからなくなる上司を、今日ほど身近に感じたこともなかった。 (そうよ、私だからMulderにここまでついて来られたのよ) 自分が悪いのかと思い悩むのを止めにしよう、と決心したScullyは湖の近くにあるScully 家の別荘を目指していた。 ずいぶん長い間行ったことがないが、子供の頃を過したその家には、これまでの思い出が いっぱい詰まっているはずだ。 彼女はMulderのこともDianaのことも忘れて、その家で昔の自分を取り戻すつもりだっ た。この時期は湖に氷が張り、運が良ければスケートをすることもできる。 小さい頃のScullyは湖をわたる冷たい風に向かって歩くのが大好きだった。 そうすると、いろんな事に勝てそうな気がしてきたからだ。 あの気分をもう一度確認したい、それが自分には必要なのだとScullyは考えていた。 ・ Scully家 別荘 11:30AM Scullyはベッドに差し込む日差しの中で、ゆっくりと覚醒し、手足を思い切り伸ばして伸びをした。 目を開けるとブラインドの奥に高く上がった太陽と青く晴れ上がった空が覗いている。 (これからコーヒーでも入れて、街へ買い出しに行かなくちゃ) Scullyは一人微笑んだ。昔、家族と行ったあのスーパーマーケットはまだあるのだろうか。 大好きだった父親とよく駐車場から店の入り口なで競争したものだった。 父が手加減してくれていることもわからずに、「勝った」と大喜びしこともなつかしい。 腕にしたままの時計を確認するとお昼近った。 (いつもならそろそろMulderとランチの相談をしている頃だわ、それとも彼はミシシッ ピーに…) そう考えてScullyは頭を横に振った。 (考えない、考えない、仕事の事は忘れるの) Scullyは“よし”と自分に声をかけてブランケット抜け出すと、昨夜はいていたジーンズとセーター を身につけた。 ************************************ 街のスーパーマーケットに出掛け、新鮮な野菜やチーズ、卵やパンを買い込み、サッと掃 除した冷蔵庫にしまうと、Scullyは部屋中の大掃除にとりかかった。 しばらく人が暮らしていなかった部屋からほこりや黴を追い出そうと、部屋中の窓を開け 外の冷たい空気を通し、家具にかけられた白い布を取り払ってから、床にモップをかけた。 そして、最後にたどり着いた地下の物置には、遊んだボールや人形、夏休みに書いた日記 や読んだ絵本、小さな水着や夏物の衣服がきちんとしまわれたままになっていた。 思わずそれらを取り出したScullyが、時間を忘れて思い出にひたるうち、夕日はゆっくりと 湖に落ちていく。 「あら…」と、Scullyが明かり取りの窓から外を見たときは、既に深く蒼い空に大きな月が 浮かんでいた。 “ピンポーン” 突然ドアチャイムの音である。 (誰だろう?) “まさか”という予感がScullyの胸をよぎる。 ここに来ていることは母親以外は知らないはずだ、Skinnerにすら電話番号しか教えなか ったのだから。 (第一、 彼が来るはずがない、彼は彼女と出張で…) * ******************************* 「Dana !」 ドアを開けると、ひとりの男が親しげに両手を広げて笑っていた。 「Dana、君だったのかあ、久しぶりに電気がついていたから、ちょっと声をかけてみた んだ。久し振りだね、元気かい?」 男は満面の笑みを浮かべている。 「あなたは?」 見覚えのない男のなれなれしく態度に、Scullyはムッとした表情のまま、短く尋ねた。 「あれ、ヒドイなあ、忘れたの?」 男は大袈裟な身振りで驚いてみせ、白い歯を覗かせてさわやかに微笑んだ。 「僕だよ、Kevin Parkerだよ」 「Kevinって…おとなりのKevin?」 「そうさ、Dana、小さい頃、よく遊んだろ?」 Parker家はとなりの別荘の持ち主で、お互いの子供達の年齢が近かったこともあって、別荘 に来る度に一緒に過したものだ。 兄のRalphはおとなしい少年だったがKevinはやんちゃで、よくScullyと森の中を探索 したり湖に二人でボートを出したりしたものだった。 そう言われてみれば、彼の濃い金色の髪の色や深いグレーの瞳にも見覚えがあるし、多少 大きめの唇にも面影が残っている。 「うそお、信じられないわ、また会えるなんて」 思わず笑顔になったScullyは、なつかしくなって右手を差し出した。 「さっき着いたんだ、娘がそろそろスケートの練習をしたいっていうもんでね」 その手を握り返しながらJackが答える。 「娘さんがいるの?」 「ああ、今年7歳になる、ひとり娘だよ」 「あなたに娘がいるなんて、お互い年をとるはずね」 ついさっきまで、幼い日々を昨日のことの様に感じていたScullyは急に現実に引き戻されて 苦笑した。 「Jenniferっていうんだ、紹介するよ、よかったらうちで夕食を一緒にどう? 軽くサン ドイッチでも作るよ」 “サンドイッチ”と聞いて急に空腹を感じたScullyはにっこり笑って肯いた。 ・ FBI本部 9:00PM PCの前に座ったMulderは終了処理をする前に、もう一度メールを確認した。 何の連絡も入っていない。いや、正確には「健康診断」のお知らせが届いていたが。 もちろん携帯電話も応答しない。自宅にも不在で、これでほぼ2日、音信不通だ。 「彼女の連絡先は教えない約束になってる」 Skinnerに言われて、Mulderは憂鬱な気分だった。 「もし、何かあれば、私が代わりに連絡しよう」 Skinnerに言い募られてMulderは機嫌が悪かった。 仕事で気分を紛らわそうとしてみたが、それは無駄な努力。気になり始めたら振り切れな い性格は自分でも自覚している。 エンピツを鼻の頭に乗せることに全神経を集中しながらも、ついつい鳴らない電話が気に なって仕方のないMulderだった。 ・ Scully家別荘 9:30AM 昨日の朝と同じベッドから見える青い空、白い雲、今日は外からJenniferの明るい声がしている。 多分、Kevinが湖に連れ出したのだろう、スケートの練習を始めたに違いない。 ゆうべ、最初会った時は父親の後ろに恥ずかしそうに隠れたJenniferだったが、夕食を終える頃 にはすっかりScullyにも慣れ、今日、一緒にピクニックに出掛ける約束をしたのだった。 もうすぐ10時になる、MulderはDCに戻ってきたのだろうか、ベッドサイドの電話を見 る度に現れる受話器を取り上げたい衝動を今回もなんとか押さえて、Scullyはブランケットを 抜け出した。 ・台所 6:30PM 「ねえ、Dana、これ私が切ってもいい?」 Jenniferがニンジンを振ってみせるのを振返って、Scullyは肯いた。 「いいわ、Jennifer、最初にそこにあるやつで皮をむいてからよ」 Scullyの返事にJenniferが肯く。 彼女が皮むき器を使って器用にニンジンを扱うのを確認してから、Scullyはリブステーキの仕上げ にとりかかった。 「昨夜も今日のお昼もサンドイッチやサラダだったから、今夜はご馳走にしましょうね」 「うんっ」と、明るく答えるJenniferの笑顔をソファに座ったKevinがうれしそうに見 ていた。 ・ Mulder's Apartment 2:00AM 暗く霧がかかったような森の中の細い道をMulderは走っていた。 「Scully、どこだ?」走りながら叫ぶ。 遠くに彼女の後ろ姿が霞んで見えるが、いくら走っても追いつかない。 「Scully、Scully」大声で叫んでも彼女は振返らない。 ここで彼女に追いつかなければ、取り返しのつかないことになる…と心ばかりが焦り、息 があがり、足がもつれ、倒れそうになっても彼は走ることを止められなかった。 やがて向こうに強い光が見える。 「だめだ、Scully、そっちは駄目だ」 Mulderが叫ぶ。Scullyは振返らない。光は輝きを増し、今にも彼女を飲み込もうとして いるのに。あの光は…恐怖に身体がこわばる「だめだ、彼女は駄目だ、Scullyを連れていくなあ・…」 自分の叫び声にはっと目を覚ますと、部屋のカウチのうえだった。 全身にじっとりと汗をかいたMulderはカウチの上に置きあがり、とりあえず深呼吸をし てみたが「どうしてあんな夢を…」と、悪い予感に心が襲われる。 シャワーでも浴びようかと、気を取り直して立ち上がりかけた時、ふいにピピピピと電子 音が響いて、Mulderはすばやくテーブルに置かれた携帯電話に手を伸ばした。 「Mulder、ひさしぶりだな」 電話の向こうから聞こえた声に、Mulderは絶句した。 「何の用だ?、肺ガン野郎」受話器からタバコの煙が臭うような不快感に顔をしかめ、 Mulderは無愛想に答える。 「最近、相棒はどうした? 黒い髪の女にくら替えしたのか?」 「Scullyは休暇中だ」男の挑発を無視して、不愛想に返す。 「Mulder、彼女の行き先を知りたいそうじゃないか」 「あんたには関係ない」 「まあいい、君の態度次第では調べてやらないわけじゃない、私は君たち二人のことを応 援しているんだからな」 男のおもしろがるような口調がものすごく不愉快に感じられ、Mulderは反射的に電話の スイッチを切った。 「何なんだ、一体」と苦々しく呟き、ふと、思い直して眉をひそめる。 「まさか…」そう呟くと、何か思い付いたようにMulderは別の番号をダイヤルした。 受話器の向こうで何度かコール音が続き、やがて相手が受話器をあげる。 「Mulderです」 「なんだ、こんな夜中に」Skinnerの不機嫌な声が答えた。 ・ Scully家別荘 2:00PM 空は青く晴れ上がり、風は暖かく春の予感を含んでいる。 ここへ来てからスケートの練習を始めたJenniferはたった1日でKevinの手を離れ、不 格好ながらも一人で池の周りを廻れるほど上達していた。 「子供の能力って計り知れないわ」 そんなJenniferの姿を目で追いかけながら、かつて子供だった幼なじみに話しかける。 「まあね、彼女は特別なんだ、昔の君みたいに物覚えが早い」 ScullyとKevinは湖が見える窓辺に座って昼食後のお茶をのんでいるところだった。 「ところで、君はどうしてここに? 時々ビル達に会うことはあったけけど、君は忙しく してて、とても休暇どころじゃないって、聞いてたよ」 Kevinに質問に、Scullyは一瞬Jenniferから目を離し、彼の顔に視線を移した。 「なんだかイライラする日が続いたの、仕事もうまくいかなくて…好きでやってることな んだけど、時々気が滅入るわ、それで気分転換をしたかったのよ、昔の自分に会いたかっ たの」 「あのDanaがFBIのAgentだもんあ、でも、ま、昔からおてんばだったけど」 「おてんばじゃないわ、負けず嫌いよ」 Kevinにつられて笑いながらScullyが言い返す。 「でも、君がいてくれて良かったよ、Jenniferに言われて休暇をとったかいがあった、僕と あの子だけじゃあ、退屈だったかもしれない、それに…会えてとてもうれしかった」 やわらかい口調のKevinにまともに見つめられて、Scullyの鼓動が強くなる。 「Dana…」 Kevinがカップを持つScullyの手をそっと包み込んだ。 「あの…」Scullyは手を振り解くわけにもいかず、ただ決まり悪そうに視線をはずした。 「Dana、僕らは明日、帰るつもりなんだ、君は?」 「私は明後日帰るわ。 来週から仕事だから」 答えてふいにMulderの顔を思い出す。そう言えばもう3日も彼と話してない。 「パパ、Dana、ちゃんと見てて!」 窓ガラスを叩く音に振返ると、Jenniferが窓の向こうで赤くなった頬を膨らませていた。 「Jenniferを見てくるわ」 Scullyはそう答えて、その場から逃げる様にあわてて外へ出ていった。 ・ Mulder's Office 3:00PM 遅いランチから戻ったMulderはデスクの上に一枚の紙切れが置かれているのを見つけた。 見覚えのある字で、数字が羅列してある。 しばらく考えて、おもむろにパソコンに向かい、FBIのネットを呼び出して番号をタイプ していく。やがて、「Thank you Skinner」真面目な顔でそう呟いた。 昨日の夜中、SkinnerにはCSMが電話してきたこと、おもわせぶりな態度だったこと、 もしかしたら彼女の身に危険が迫っているのかもしれないことを報告した。 「確認したいんです」 「私が連絡してみよう」 言い張るSkinnerにMulderは引かなかった。 「副長官、僕らはパートナーなんです、彼女に危険が迫っているのなら、黙っていられな い」SkinnerはMulderの言葉にしばらく無言になった後で、「わかった」と、短く答えた。 ・ Scully家別荘 8:00PM 「大人になるっていうのは面倒なことだな」 三人は最後の夜を惜しみ、湖のほとりでバーベキューをした後、Scully家のリビングでお茶 を済ませたところだった。 昼間の疲れから、いつの間にかソファで寝息をたてているJenniferを一瞥し、Kevinが持参し てきたバーボンを飲みながらそう切り出した。 「そうね、子供の頃だってそれなりに悩みもあったけど、我を忘れるほど楽しいこともあ ったし、希望って言ったら大袈裟だけど、自分に期待できたわ」 「君、結婚は?」 Kevinが立ち上がって、暖炉の火を見に行く。 「してないわ」 「一度も?」 「ええ」 それを聞いたKevinは暖炉の前から離れ、Scullyの隣にさりげなく座った。 「今、付き合ってる人は?」 「いえ…あの…」突然の事にScullyが言いよどむ。 「Dana、昼間に言いそびれてしまったんだけど、聞いて欲しいんだ」Kevinがゆっくりと Scullyの方へ体を近づけた。 「この3日間、本当に楽しかった、去年、妻と別れてから、久し振りに僕もJenniferも笑ったよ、 君のおかげだ」 彼の腕がソファの背を通って、Scullyの肩に触れた。 「もし、君が良かったら…これからも時々会ってほしい」 息が届くほどの位置で、まっすぐに見詰められて、Scullyは戸惑った。 Kevinはとても好きだが、幼なじみ以上の人になるとは思えない。 「でも、私…」 “ピンポーン” 二人の間の緊張感をとく様にのんびりとなったドアチャイムで、Scullyは立ち上がった。 「ちょっと見てくるわ」 そう言って、ほっとして玄関に向かった。 (Kevinは悪い人じゃないしJenniferも可愛いけど…どうしよう、) いくつになってもああいう自分でコントロールできない雰囲気は苦手だなあと考えながら、 Scullyはドアを開ける。 ドアの外にはMulderが立っていた。 妙にうれしそうな、安心したような顔で微笑んでいる。 彼はすばやく、思わぬ展開に声も出せないScullyを自分の腕の中に抱き寄せた。 「ちょっと…どうしたの、Mulder」 意外な展開にScullyが慌てる。 「夢を見たんだ、君がどこかへ連れていかれる夢だった、嫌な予感がした」 Scullyの抵抗を腕に感じながら、Mulderは彼女を離したくなかった。 その時、「大丈夫かい? Dana」そう言いながら、戻ってこないScullyを心配したKevin が奥から現れたのだ。驚いたMulderの手が思わず緩む。 友人だと思っていたKevinに迫られたうえに、思わぬMulderの行動で、さすがのDana Scullyもパニック状態だ。Mulderからさっと離れるのが精一杯で、気の利いた反応はむ ずかしかった 「あの…Mulder、こちらはKevin Parker、お隣に来てる私の幼なじみなの、Kevin、彼 はFox Mulder、あの…」と、一瞬言葉につまる。 「あの…さっき言えなかったんだけど。彼、公私にわたるパートナーなの」 自分の言葉にさらに慌てたScullyだったが、Mulderは冷静さを取り戻し、 「仕事を終えて駆けつけたんだ」と言いながら、Kevinと握手を交わす。 「そうか…なんだか悪かったな、Dana」 Kevinは二人に決まり悪そうな笑顔を向けた。 「Jenniferも眠ったし、そろそろ帰るよ」 “Jennifer?”という顔でMulderがScullyの顔を見る。 「彼の娘さんよ、7歳になるの、すっごく可愛くて将来が楽しみだわ」 Kevinに続いてリビングに向かいながら、ScullyはMulderに説明した。 “子供も一緒だったのか”と安心するMulderとは逆にScullyは少しづつ冷静になって くるにつれ、自分の発言に顔が赤くなってくるのを感じていた。 * ****************************** Scullyに続いてシャワーを終えたMulderはすっかりくつろいだ格好になって、窓から空 を眺めていた。 普段のスーツ姿ではない彼もみなれているが、この家にすっかり溶け込んでいるのがなん だか、おかしい。 「ビールでも飲む?」 整髪剤の抜けた髪の毛がわずかに額にかかり、多少子供っぽく見えるMulderにとまどい ながら、Scullyは声をかけた。 「飲酒運転になるよ」 Mulderの答えにScullyは驚いた。 「あら、帰るつもりなの? Mulder」 「泊めてくれるのかい? Scully」 Scullyの僅かの間の沈黙をMulderは了解の意味だと勝手に受け取って近づき、その右手 が握っていた缶ビールの缶を取り上げた。 「どうやってここがわかったの?」 Mulderの訪問以来、気になっていたことをScullyが切り出す。 「Skinnerに電話番号を聞いたんだ、あとは職権を乱用してFBIのデーターベースを検索 したのさ」 得意げなMulderがビールのプルトップを開ける。 「報告があったんだ、Scully」 「何?」 「ミシシッピーさ、Janet Spaceyだよ」 ビルから投身自殺したJanet Spacey、“昔、カンザスに似たようなケースがあって”Diana の声を思い出して、わずかにScullyは不愉快になった。 Mulderは気がつかないふりをして、ビールに口をつける。 「結局、犯人は夫のRobertだった、Janetにかけられてた200万ドル以上の保険を不審に 思った親戚が探偵を使って調べたんだってさ」 Mulderがおいしそうにビールを喉に流し込むのを見て、Scullyは自分の分も冷蔵庫から 取り出した。 なんとまあ、ありきたりの結末。Janetには気の毒だが、たくさんの人と同じ理由で殺さ れてしまったのだ。“ほらね”とScullyは片方の眉を上げてみせる。 あなたの言うようなことは世の中そうそう転がっていないのよ、と。 「残りの女性も彼が殺してたの?」 「うん、あのビルに関する噂と昔の事件が未解決だったことに目をつけたんだ、つまり今 回の事はゴーストとは無関係ってこと、君の現実主義の勝利だよ、Scully」 Scullyが缶ビールを開けると、Mulderが自分の缶を持ち上げ、 「そういうわけで、お祝いの乾杯です、Scully捜査官」 Mulderのおどけた顔にScullyが笑顔で応えて、二人の缶が軽くふれあった。 「ん…おいしい、せっかくお二人でミシシッピーまで行ったのに、残念だったわね、Mulder 捜査官」 よく冷えたビールが喉をゆっくりと落ちていくのを感じながら、Scullyはさりげなくそう 言ってみる。それはずっと気になっていたこと、喉の奥にささった針のように、いつまでも 気持ちが悪かったこと。 「ところが、行かなかったのさ、生憎、僕の相棒が休暇中でね、まあ、地元の刑事に電話 した時は、Frankは逮捕された後だったんだけどさ」 事の顛末ににやりと笑ったScullyをわざといまいましそうに見て、Mulderはグイとビー ルをおいしそうに飲み干すと、空になった缶をテーブルの上に置いた。 二人の間を缶の軽い音が遮り、しばしの間、沈黙が続く。 「もっとも、僕は君以外の人間と仕事をするつもりはないんだけど」 その後で急に低くなったMulder声はScullyの心をざわめかせ、彼女を無口にさせた。 Scullyは何か気の利いたことを言い返したくて焦ったが、何も思い付かず、とりあえず缶ビール に軽く口をつけるだけだった。 「僕のパートナーは君だけだ、Scully」 少し下から見上げるような表情で、MulderがScullyを見つめる。 Scullyは目の奥が熱くなるような気がして、そんなMulderから思わず目をそらした。 「この5年間で何度も、私はいろいろなものを見てきたわ、でも…時々自分でも頑固だと 思うけど、証明できないことを心から信じる気にはなれない」 「Scully…」 「時々、あなたの邪魔をしているんじゃないかと思うことがあるのよ、私とあなたは別々 の道を歩くべきじゃないかって」 ふうっとScullyは大きくため息をついた。 「他の人と自分を比べることが無意味だとは知ってるけど…」 Scullyの言葉を遮るように、Mulderは腕を伸ばして彼女の手から缶ビールを取り上げる と、グイと一口飲んでからテーブルの上に戻した。 それから、あっけにとられたようなScullyの頬に優しく手をあてて顔を自分のほうに向けさ せると、彼女の瞳を覗き込む。 「もう、酔ったの?」 Scullyの質問にMulderは軽く微笑み、それでも視線はそらさなかった。 「君だから、この5年間、僕はやってこられたんだ…すぐに周りが見えなくなる僕を君は 軌道修正してくれる。どんなに意見が対立することがあっても、それは一緒にやっていく ために必要なことなんだよ、Scully、僕には君が必要だ」 Mulderの長い指がScullyのフェイスラインをなぞり、たどり着いた顎の先を僅かに持ち 上げる。Mulderの瞳の色が深くなる。これから先を予感してScullyの鼓動が早くなる。 「もう、僕に黙って行方不明になるのだけは止めてくれ」 Scullyはゆっくり近づいてくるMulderの唇を受け入れた。やわらかく冷たいその唇はか すかにホップの苦みが残る。 「行方不明はあなたの十八番でしょ、Mulder」 唇を僅かに離して、Scullyが笑う。 「今回のことで、君の気持ちが良くわかった、でも、Skinnerにだけ居所を教えるってい うのはひどすぎる」 Mulderの最後の一言に二人は、顔を見合わせてクスクス笑った。 「あなたが私をのけ者にするからいけないのよ」 そう冗談でかわして、リビングへ戻ろうとするScullyの腕をMulderが引き寄せた。 勢いをつけて彼の腕の中に飛び込んだScullyをしっかりと抱きしめる。 玄関で彼に抱き寄せられた時の感触がScullyの中に蘇る。あの瞬間、連絡がとれなかった この3日間の空白が、二人の関係をより緊密なものにしたことを、既に二人は悟っていた。 二人の体温が溶け合うと、体の奥から説明できない熱い感情が溢れ出す。 一瞬、お互いの瞳を探るように見詰め合って、そして申し合わせたかの様に、二人は激し く唇を合わせた。 (いくら探しても、昔の自分なんてどこにもいない) ScullyがMulderの広い背中に腕を回す。 Mulderの唇が彼女の首筋から鎖骨を通り抜け胸元へと移る。それに応えるようにScully の華奢な指先が彼の肌を求めてシャツの下へ滑り込む。 「引き返せなくなりそうだ」 Mulderが一旦唇を離し、せつなげな表情で、Scullyの顔を覗き込む。 許しを乞うMulder、一瞬の沈黙、Scullyの視線が迷う。 彼女にはわかっている。もうこの二人の感情が戻るはずもないと、これまで何度も夢を見 た時間の始まり。 「今夜だけ…」 Scullyはあきらめたようにささやいて、彼を強く抱きしめた。 「お願い、今夜だけ…」 彼女の声に力を得たMulderの指が性急に薄手のシャツを探ると、思わずScullyが緊張す る。それを見通したような柔らかいキス、誘うようなMulderの瞳、Scullyは決して逃げ られないと覚悟した。 「ここじゃなくて…Mulder」 「ん…?」 今度は自分から彼を誘う、両方の頬を優しく包みキス、指を絡めるように彼の手をひいて Scullyはベッドルームのドアを開けた。 * ********************************* ブラインドの隙間から覗く青空が眩しくて、Scullyはうっすらと目を開けた。 Mulderの寝息と暖かい体温が彼女を包んでいる。 幸せな朝、一人で目覚める時とは別の時間。彼の寝顔を確かめたい衝動に負けて、わずか に体を動かすと、すかさずMulderの腕と足が彼女にからみつく。 「おはよう、Scully」 昨夜の情事のなごりが残るMulderの細い指先が再びScullyのラインをなぞり始める。 唇がむき出しになった肩を温める。 「ちょ、ちょっとMulder…今夜だけだって、ゆうべ言ったでしょう」 彼の愛撫から気を逸らそうと、無理に起き上がろうとするScullyの苦労は報われない。 「もうちょっとだけ…」 甘えた声とは裏腹に、Mulderは体勢を立て直して、小柄なScullyをあっという間に包み 込んでしまう。 どうせ、DCに戻れば元に戻ってしまう関係。あの街は二人に甘い時間を時間を許さない。 二人の絆と愛情は、現在とは違う次元まで戻ってしまうに違いない、それはわかってる。 Scullyのわずかばかりの抵抗を両手で封じ込めて、自分の腕の中の彼女の、昨夜の情事の痕を、 Mulderは再び唇で追いかける。 「明るいところで君をみてみたいんだ」 わざと意地悪く耳元でMulderがささやいて、一瞬にしてScullyの顔が赤く染まったその 時、“ピンポーン”、ドアチャイムの音が響いた。 「きっとKevinだわ、彼、今朝、こっちを発つって言ってたから」 恥かしさもあって、Mulderの腕の中から早々と抜け出そうとするScullyを再び彼がベッ ドの中へ引きずり込む。 「Mulder、Kevinが…」 それ以上言わせずMulderは、Scullyをやさしく押え込み、その白い首筋に強く唇を押し 付け、紅いしるしを残した。 「僕らが公私ともにパートナーだっていう証拠だよ、Scully」 やっと解放されたScullyは、昨夜の自分の発言を考えると抗議することも出来ず、“もう っ”と軽く彼をにらみ、大急ぎでガウンを羽織り、大判のストールを肩にかけて出ていっ た。 「なんだか悪かったね、Dana、気にしないでくれるといいんだけど」 「とても楽しい休日だったわ」 車に乗り込むKevinに首筋から手を離さないまま、Scullyは首を横に振って答えた。 「また会える? Dana」 「もちろんよ、Jennifer」 助手席からJenniferが尋ねるのに、肯きながら心が少し後ろめたい。 きっと次の偶然まで、会うことはないだろうと、大人達はわかっているのだ。 「じゃあ、気をつけてね、Kevin」 車のエンジンがかかる。 「元気で、Dana、彼にもよろしく」 Kevinの最後の言葉は、彼の精一杯の思いやりだろう。 走り出した車をしばらく見送って、踵を返したScullyに湖から冷たい風が吹き抜けた。子供 の頃は風に向かって行くのが大好きだったはずなのに、今の彼女は体にストールをしっかり 巻きつける。 時間は二度と戻らない。こうしている間にも時は砂が流れるようにサラサラと流れ、人は どんどん変わっていくのだ。(昔のことを考えるのは、もうやめにしよう)凍った湖を見 つめて、Scullyはそう考えていた。 「Scully!」 自分を呼ぶMulderの声がする。 見上げると寝室の窓から、彼が手を振っている。 いつまで二人が一緒にいられるのかわからない、でも、一緒にいられる間は、きっと彼を 信じて歩いていくだろう。 「戻っておいで、寒いだろう」 保護者めいた彼の口調にScullyは苦笑しつつ、“了解”の合図に大きく手を振って、暖か い部屋の中へ、Mulderの腕の中へ戻っていった。 The End