DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品は筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる 皆様には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Proof』の第2章です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Proof (2/4) Category: Crime Case Spoiler: None Date: 09/19/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− マサチューセッツ州・コンコードで少女が襲われるという事件が発生した。少女の首には2つの 刺し傷が残されており、モルダーとスカリーは、地域の住人から「吸血鬼ではないか」と噂される ロバート・フリードマンを容疑者としてマークする。早速フリードマンの事情聴取を始める彼ら だったが、スカリーの行動に異変が....。 「スカリー?」 「....何?」 「今の、最新の治療法かい?」 「あの....唾つけとくと治りが早いって言うでしょ」 ---------------------------------------- 「調子はどうだい?」 明かりを消した真っ暗な部屋の中で、窓から差し込む月の光が壁に一本の長い影を作った。 果たしてこれは夢なのか現実なのか。ベッドでウトウトとしかけていた少女は、眠そうな目を こすりながら体を起こした。 「....お兄ちゃん?」 「そうだよ、リズ」 「私、夢を見てるの?」 「さあどうかな? 君が夢だと思うのなら、きっと夢なんだよ」 ニッコリと微笑む男に、エリザベスもまた微笑みかえした。 「そうね、きっと夢ね。もう夜中だもの」 「今日はリズの顔を見に来ただけなんだ。元気そうで安心したよ」 「お兄ちゃんと遊べなくてつまんないわ」 彼は、拗ねたようにプッと頬を膨らませたエリザベスの髪を優しくなでた。 「まずは体を治すのが一番だろ? 元気になったらまた遊ぼう、いいね?」 「うん、約束だからね」 「リズが眠るまで側にいてあげるから、さあ、もうお休み」 エリザベスの頬に軽くキスをすると、男は彼女をベッドに戻した。 「おやすみ、お兄ちゃん」 「ああ、おやすみ」 エリザベスの意識が次第に遠のいていく。眠りに落ちる彼女を見つめながら、男は激しく 肩で息を始めた。ニッと笑う唇の端から、ナイフのように鋭く真っ白な牙がチラリとのぞく。 喉が渇いた.... 男は勢いよくシーツをめくると、エリザベスに覆い被さるようにして首筋に顔を近づけた。 ズブッという鈍い音がエリザベスの首もとを突き刺し、彼女はカッと目を見開いて悲鳴を上げた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ trrrrrrr.... trrrrrrr.... 「ん......」 窓越しに差し込んでくる朝の光が、いつもより明るく感じる。その眩しさから目をかばうように、 スカリーはシーツで顔を隠した。腕を精一杯伸ばしてサイドテーブルに置かれた電話を取ると、 寝ぼけた声で「Yeah」と発した。 『スカリー、すぐに支度してくれ。エリザベスがまた襲われた』 恐ろしいほど爽やかな太陽の光が地面から照り返している。まだ朝の6時だというのに、 このすがすがしさは一体なんだろう。モーテルから車を10分ほど走らせ、モルダーとスカリーは ウィンストン家に到着した。助手席のドアを開けたスカリーは、太陽の光に目を細めた。 まるで二日酔いにでもなったかのように、頭が重くてズキズキする。 「調子悪そうだな、大丈夫か?」 渋い顔をして歩くスカリーを見て、モルダーは心配そうに声をかけた。 「え、ええ。平気よ、心配ない」 「無理するなよ」 あえて昨夜の事を持ち出そうとしないパートナーの気配りに、スカリーは心の中で感謝した。 もっとも、昨夜なぜ自分があんな奇行に走ったのか、その理由が自分でもわからないのだ。 ただ、血を見た瞬間、何か操られたように、衝動的な感情が猛烈なスピードで体中を 駆け巡ったのだとしか言いようがなかった。 一体どうしたというのだろう? 何か恐ろしい力にコントロールされているような恐怖を感じた彼女は、まるでそれを振り落とそうと するかのように歩調を速めた。 「明け方、あの子の悲鳴が聞こえたんです」 動揺を隠せないエメットは、すがるような目でモルダーに訴えた。 「それはもう恐ろしい悲鳴でした。私達もびっくりして部屋に行ったのですが、ドアに鍵がかかった ままだったので、夫がドアを蹴破ったんです」 エリザベスの部屋は、特に荒らされた形跡もなく、初めて見た時と同じ状態だった。ただ一つ 違うのは、夜明けにアルフレッドが蹴破ったドアが見事に倒れているところだけだ。 「どうして部屋に鍵が?」 「あの子はとても神経質で、寝る時は内側から鍵をかけてしまうんですよ。ドアにも窓にも」 「何かあった時はどうするんですか?」 「内線電話をひいているので、それで連絡を」 まだ神経が高ぶっているエメットは、エリザベスの部屋の中を落ち着きなくウロウロと歩き回り ながら、モルダーにあれこれと話し続けた。 「あの....モルダーさん、やっぱり原因は....」 彼女がおずおずと尋ねると、窓枠に顔を近づけていたモルダーはエメットに顔を向けた。 「もう少し詳しく調査をしてみないと、まだはっきりした事は言えませんが、 何か新しい事がわかったら、すぐにお知らせします」 階下のリビングルームでは、スカリーがエリザベスの容体をチェックしていた。ショックで 血の気が引いてしまった彼女の顔はますます青白く、唇がわなわなと震えている。アルフレッドが 持ってきた毛布を体に巻きつけ、暖かいココアが入ったカップを両手にギュッと包んでいたが、 その両手にも満足に力が入らず、すっかり憔悴していた。 「まだ寒い?」 「うん、ゾクゾクする」 脈を計るためにエリザベスの手首を取ったスカリーは、彼女が受けたショックを和らげようと 穏やかに微笑んだ。 「スカリー、さん....」 「ダナでいいわよ」 「ダ、ナ」 「そう」 エリザベスの顔にかすかな笑みが戻ったのを見て、スカリーは心の中で安堵のため息をついた。 「ココア、おいしい?」 「あんまり飲みたくない」 「食欲がないんだったら、せめてココアぐらいは口にしなきゃ。元気出ないわよ」 スカリーはソファから立ち上がると、マーガレットの頭に軽く手を触れた。 「ダナ」 「ん?」 「私....どうなるの?」 うつむいたまま、エリザベスはポツリとつぶやいた。彼女の頭に置いたスカリーの手に体温が 伝わってくる。不幸にも未知なるものに戦いを強いられたこの少女に、決してこれ以上辛い思いを させる事はできない。スカリーはエリザベスに向き合い、彼女の冷たい頬を優しく両手で包んだ。 「大丈夫、きっと良くなるわ。あなたが気を強く持てばね」 「ホント?」 「ええ、それにあなたには素敵なご両親がついてるもの。でしょ?」 「それに、ダナとモルダーさんも」 「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」 微笑み合うと、スカリーは「ちょっと待っててね」と言って立ち上がり、部屋の隅で様子を 見守っているアルフレッドに娘の診断を伝えた。 「体温と血圧が異常に低いし、心拍もちょっと弱いですね。重い貧血状態です」 「血が少なくなっているというわけですか....」 心理学を専攻していないスカリーでも、隣人が吸血鬼かもしれないと疑う彼が今、何を 考えているのかぐらいは簡単に想像がつく。彼女はアルフレッドを刺激しないよう、その話題には あえて触れずに言葉を続けた。 「貧血にもいろいろと原因が考えられますので、一度大きな病院で精密検査をなさった方がいいかと 思います。それから....」 スカリーは、エリザベスに視線を移した。 「念のために、エリザベスの首にある刺し傷のサンプルを本部に送って調べてみます。 何かわかるかもしれないので」 「よろしくお願いします」 「スカリー、いいかな」 会話が一段落つくと、ちょうどモルダーがリビングに姿を見せた。スカリーは「ちょっと失礼」と アルフレッドに軽く会釈をしてモルダーに近づいた。 「どうだ、あの子の具合は?」 「刺し傷の周りの細胞を取ったから、ボストン支局から本部へ送ってもらうように手配するわ。 何か手がかりはあった?」 「窓枠の一部分が湿って腐りかけてた」 彼の言葉が予想していたものとあまりにも違っていたので、一瞬スカリーは面食らった。 「....と言うと?」 「ヴァンパイアは、霧に姿を変える能力を持ってるんだ」 「つまり、その霧の湿気が原因で窓枠が腐ったと?」 「ま、手がかりらしい手がかりと言えばそんなとこかな」 返す言葉が見つからないのをごまかすためなのか、フッと息を吐いたスカリーを尻目に モルダーはアルフレッドに声をかけた。 「ミスター・ウィンストン、僕達は一度支局へ戻ります。何かあったら、また連絡してください」 「帰っちゃうの?」 モルダーの言葉にいち早く反応したのはエリザベスだった。手にしたココアのカップをじっと 見つめていた彼女は、モルダーに寂しげな視線を向けた。 「ダナ....もうちょっといてほしい....」 「わがまま言うもんじゃないよ、リズ。スカリーさん達だって仕事があるんだからね」 すっかり弱りきった娘を、アルフレッドが毛布ごと抱きかかえて優しく諭しているのを 目の当たりにし、この家族が負う事となった計り知れないほどの苦しみを想像すると モルダーとスカリーもまた、心を痛めずにいられなかった。 「じゃあエリザベス、しばらくスカリーに残ってもらう事にするよ。それでいいかな?」 「ホント?」 「ああ、君が望むならね」 モルダーはそう言うと、スカリーに小声でそっと耳打ちした。 「サンプルは僕が持って行くよ。君がいればあの子も安心するだろうし」 「わかった、そうする」 安堵の表情で微笑むエリザベスに、モルダーはニッコリと笑って家を出ていった。その場に残った スカリーに、アルフレッドは申し訳なさそうに詫びた。 「すみません、甘えっぱなしでご迷惑を....」 「いえ、いいんですよ。不安な時は遠慮なくおっしゃってください」 「ありがとうございます。ほら、リズ、スカリーさんにお礼を言って」 モルダーが乗った車の音が消えてほどなく、今度は来客用のチャイムが鳴った。 「私が出ます」 スカリーが玄関のドアを開けると、そこにはフリードマンが立っていた。空にはいつの間にか 薄暗い雲が立ち込めている。互いに目が合うと、彼はすぐに笑顔を浮かべて言った。 「おや、スカリー捜査官ではありませんか」 「ええ、どうも」 「リズのお見舞いに来たんですけど、どんな具合ですか?」 両手に花束を抱えたフリードマンが見せる一つ一つの表情がスカリーを強烈に惹きつける。 深い海のような色をした彼の青い瞳を見ていると、催眠術にでもかかったかのような錯覚に 陥ってしまうのだ。 「スカリー捜査官?」 名前を呼ばれて我に帰ったスカリーは、慌ててハッと顔を上げた。 「そんなに見つめられると照れますよ、スカリー捜査官」 フリードマンは、茶目っ気のある表情でクスクスと笑っている。すっかりペースを乱された スカリーは、動揺を隠そうと必死にその場を取り繕った。 「あ、あの、マーガレットはあまり良くないわね。体力も随分と消耗してるし」 「そうですか....」 残念そうな表情で、彼は持っていた花束に目を落とした。花を愛する優しい目をしたこの男が、 生き血をすするという残酷な手段で、何百年という時を本当に生き長らえてきたのだろうか。 スカリーは、フリードマンという男を目の前にして混乱するばかりだった。 「まだ人とゆっくり話す状態じゃないので、良ければ私が花を預かりますけど」 「ええ、それじゃあお言葉に甘えて」 フリードマンが花束を差し出した時、彼の手が不意にスカリーに触れた。ヒヤリとした冷たい 感触に、彼女の指先がビクリと動く。スカリーの反応に敏感に気づいたフリードマンは ぎこちなく笑った。 「冷たいでしょう、僕の手」 「え、ええ」 「心臓が弱くて、末端に血液が回りにくいんです」 「そう」 それが真実なのか出任せなのかを、今のスカリーに見極める事は難しかった。たとえ彼が本当に ヴァンパイアだったとしても、それを信じる事は、長年信奉し続けてきた科学の理念に反する ような気がしたからだ。 「あの、スカリー捜査官?」 「まだ何か?」 「良かったら、外で少し話をしませんか」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「みんなが僕をどう思っているのかは知っています」 フリードマンとスカリーは、ウィンストン家の庭にある木製のブランコに腰掛けた。エリザベスが まだ小さかった頃、アルフレッドが可愛い一人娘のために作ったものだ。 「どういう事?」 「ここへ捜査に来られたのなら、もうあなたもご存知のはずでしょう?」 面と向かって『あなたはヴァンパイアなの?』と尋ねる事もできず、スカリーは落ち葉が 敷き詰められた地面にサクリと足を踏み入れ、少しだけブランコをこいだ。朝露に濡れた縄が、 ググッというきしんだ音を立てる。 「噂なんて、捜査の材料としては信憑性に欠けるから」 「でも、参考にはなるかもしれないでしょう?『ロベルト・フリードマンは吸血鬼だ』って」 「『ロベルト』?」 「ええ、『ロバート』は英語での読み方です。僕はフランス出身なので」 この病弱な体で、一体何のためにフランスから海を越えてこの地へやってきたのだろうか。 血を求めて? スカリーは彼に対する強い興味を覚えた。 「僕は、フランスで農業をやっていました」 まるでスカリーの心を読んだかのようなタイミングで、フリードマンは自分の過去について 話し始めた。 「ワインの原料になるぶどうを作っていたんです。僕はこのとおり体が弱いので、現場は友人に 任せて、主に経営全般を受け持ってました」 「それじゃあ、どうしてこっちに?」 「アメリカで事業を広めてみたいと思ったんです。フランスの土地は、今は僕の親族が引き継いでいます」 ごく普通のフランス人としか考えられないほどの、完璧な答えだった。事業の成功を夢見て 海を渡った一人の男 ── もっともこの話は作り話かもしれないが。彼は本当にヴァンパイアなのか、 スカリーはますます混乱し始めた。 「失礼な事を聞くようだけど、あなた自身はここでの噂をどう考えているの?」 「どうって、別になんとも」 あっさりと答えたフリードマンに、スカリーは面食らった。 「みんなが勝手にそう思っているだけですよ。噂なんて、根拠のないもろいものです。 人間はみんな、そうやってあれこれ想像をするのが楽しみなんですよ」 「確かにそうだけど」 「それにね」 フリードマンがフワリと立ち上がり、まだ縄を握って座ったままのスカリーを見た。一瞬だけだったが スカリーは、彼が鋭い視線をよこしたのを見逃さなかった。それは、普段の穏やかな彼の目ではなく、 獰猛な動物が獲物を目掛けて飛び掛かろうとしている時の、恐ろしく鋭い目付きだ。スカリーは ゾッとした。 「どんな人も、ヴァンパイアである可能性はゼロではないと思うんです」 「どういう意味?」 「本能ではわかってるんです、自分が一体何なのか。でも理性が邪魔をして、自分は普通の人間なんだ と、自分自身に暗示をかけてしまう。僕はそう思います」 「つまり、すべての人間にヴァンパイアの血が流れているって事かしら?」 「そうかもしれません」 彼はフッと笑って目を伏せた。さっきの恐ろしい視線は目の錯覚だったのかと思うほど、 今の彼の表情はいつものように柔らかい。 「そろそろ帰ります、お時間を取らせてしまってすみません」 フリードマンは右手を差し出した。戸惑いながら、スカリーは立ち上がってその手を握り返す。 彼の冷たかった指は、幾分か暖かみを帯びていた。 「スカリー捜査官、最後に一つだけいいですか?」 「....ええ」 「ヴァンパイアは、人間を見分ける事ができるんです。誰が、純粋な一族の血を受け継いで いるのかをね」 そう言うと、フリードマンはスカリーの手を放して歩き始めた。スカリーの背中越しに、 彼の落ち葉を踏む音が少しずつ遠くなっていく。 『ヴァンパイアは、人間を見分ける事ができるんです。 誰が、純粋な一族の血を受け継いでいるのかをね』 たまらずスカリーは振り返った。 「待って」 彼女は足早にフリードマンに近寄ると、彼の腕をギュッと掴んだ。 「どういうつもり?」 「言わなくても、あなたにはわかっているはずです」 「聞き捨てならないわ、冗談もいい加減にして」 「冗談なんかじゃありません」 二人はそのままピクリとも動かず、相手の心の中を探っていた。ただ互いの射るような視線と 息づかいだけが、頬にチリチリと焼けつくように熱く感じる。スカリーは、頭にカッと血が上り、 心臓がドクドクと音を立てて、落ち着きをなくし始めているのがわかった。 「冗談だと思うなら、証明してみせましょうか」 「望むところだわ」 「それじゃあ今晩、うちに来てください。いいですね?」 そう言うと、彼は再びスカリーに背を向けて去っていった。熱く注がれたフリードマンの視線が、 スカリーの頬にいつまでも火照りを残し続けた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「おいスカリー!!」 耳元でモルダーの大声が聞こえ、スカリーはビクリと体を強張らせた。ウィンストン家でマーガレット の相手をしているうちに日が暮れ、今はモルダーと共にモーテルの部屋に戻ってきているという事を 思い出すのに、たっぷり10秒はかかっただろうか。 「なによモルダー!? びっくりするじゃない、人の耳元で大声出さないでよ」 「君が全然僕の話を聞いてないみたいだったからさ」 彼は文字どおり『彼女の耳元に近づいて声を張り上げた』のだ。モルダーが話している間、私は よっぽど上の空だったのだろう、とスカリーは思った。その証拠にまだ心臓がドキドキしている。 「君らしくないな、やっぱり調子悪いんじゃないのか?」 「そんな事ないって」 「リズは?」 「ええ、なんとか落ち着いたわ」 『今夜うちに来てください』 フリードマンの声が、スカリーの中で何度もこだましていた。 彼は一体何をするつもりなのか そして、彼が言った言葉は何を意味しているのか 『あなたはわかっているはずです』 私が何をわかっているというのだろう 考えれば考えるほど頭が混乱してくる。スカリーはため息をつきながら両手で顔を覆った。 「ごめんなさい、今日はもう休むわ」 「そうした方がいい。疲れてるんだ、きっと」 冷静さは保ったままでも、モルダーが心から心配してくれている事は、スカリー自身も よくわかっている。彼女は、そんなモルダーの優しさをすまなく思った。とりあえず気持ちを 落ち着けよう、スカリーは部屋へ戻るためにフラフラと立ち上がった。 「ここで休んでいくかい?」 「いえ、大丈夫。ねえ、さっき何て言ったの?」 「『支局へ持っていったサンプルは、明日にでも本部でチェックしてもらえる』って」 「そう、わかった」 スカリーは重そうにゆっくりと部屋のドアを開けた。ギィッという音がして、外の肌寒い空気が部屋に 入り込んでくる。 「無理するなよ、スカリー」 「わかってる」 モルダーを安心させようと無理に微笑みを作り、彼女はモルダーの部屋を後にした。 『あなたはわかっているはずです』 まさか....私がそうだと言うの? 心の中でそうつぶやいた瞬間、恐怖でゾクリと身の毛立った。私は彼と同類だというのか、 そう思っただけで身震いがする。スカリーは慌てて自分の部屋に戻って鍵をかけると そのままベッドに倒れ込み、両腕で自分の体をギュッと抱きしめた。 私が....? ------------------------------------------------------------------------------------------ 深夜になっても、スカリーはなかなか寝つく事ができなかった。ベッドに潜り込んだのは一時間も 前だったが、眠くなるどころか、目はますますさえてくる一方だ。 テーブルでは、モルダーが突っ伏して居眠りをしている。スカリーが部屋に戻った後、 「やっぱり心配だから」と言ってやって来たのだ。 「同じ部屋にいる方が、何かあった時に便利だろ?」 「モルダー、本当に平気だから。あなたも休んで」 「大丈夫だよ、変な気なんて起こさないからさ」 そう言って彼は笑った。モルダーのジョークは、大抵とても素直に笑う事のできない代物だが、 ピンと張り詰めた気持ちをほぐそうとしてくれるその気持ちが、スカリーは嬉しかった。 外ではさっきよりも風が強くなっていた。風に煽られた枝が、部屋の窓を時折バサバサとはたく。 しかし、今なおスカリーの耳にはフリードマンの声だけがこだましていた。 『証明してみせましょうか』 「冗談じゃないわよ、証明だなんて」 ポツリとつぶやくと、スカリーは頭からシーツを勢いよくかぶった。 証明ですって? 何を証明するの? 激しい頭痛がスカリーを襲い始めた。こめかみでピクピクと脈が打ちつけるのを感じる。その痛みを 振り切るかのように、彼女は大きくシーツをめくって立ち上がった。モルダーはまだ眠ったままだ。 ごめんねモルダー これは彼と私の問題なの 足音を立てないように、スカリーはそっと部屋を抜け出した。 強い風で、雲の流れも速くなっていた。シャワーのように光を放つ今夜の月は丸く、黄金色に少し 褐色を帯びたような色をしている。スカリーは、風で飛ばされないように両手でコートをかき合わせ、 うっそうと茂った小道を足早に通り抜けた。お世辞にも足場が良いとは言えない道をこんな夜中に 歩くのは気が進まなかったが、車を出せばモルダーに気づかれてしまう。それだけは避けたかった。 冷たい風が吹いているというのに、ブラウスが冷や汗で湿っている。夜道が恐いわけではないが、 これから何を見る事になるのだろうかと考えるだけで、スカリーは落ち着かなかった。その上 彼女の不安をかきたてるように、風に乗って犬の遠吠えまでが聞こえてきた。 「完璧ね、今度は狼男のご登場かしら?」 と、悪態をつかずにはいられなかった。 15分ほど歩いて、ようやくフリードマンの屋敷が見えてきた。歩いている間に募らせた苛立ちが ピークに達しつつあったスカリーは、脇目も振らず玄関のドアに近寄り、乱暴にドアをノックした。 「フリードマン!!」 繰り返しドアを叩くが、ひっそりとした屋敷からはなんの反応も返ってこない。 「フリードマン、いないの?」 拳を作った右手をもう一度振り上げた時、背後から声がした。 「やあ、ダナ」 スカリーは振り向いた。わずかに人影が見える。それは目だけが異様にギラギラと光り、 まるで獣のようだ。暗闇の中、彼女の視覚にとっては月の光だけが頼りだった。目を凝らすと、 次第に闇に慣れてきた彼女の目は、それがフリードマンである事を認めた。 「歩いて来たんですか?」 「ええ、おかげでいい運動になったわ」 「そりゃ良かった」 ゆっくりとスカリーに近づくと、フリードマンは彼女の右手を取り、手の甲に小さなキスをした。 「もう来ないかと思いましたよ」 血色が良く、艶のある唇が開いて流れ出る声は、うっとりするほど滑らかだった。暗がりで 子供のように愛らしく微笑む彼の表情は生き生きとしていて、昼間の脅えたような様子は 微塵も見られない。まさに『水を得た魚』という言葉がふさわしいフリードマンは両手を広げ、 鮮やかな月の光を拝んだ。 「あなたも一緒にどうですか。月が僕達に力をくれますよ」 「そんなつもりで来たんじゃないわ、あなたの言う証明とやらを早く見せてくれない?」 スカリーが刺々しく言うと、フリードマンはやれやれといった表情で彼女に視線を移した。 「ダナ、落ち着いて....」 「『スカリー』よ。ダナじゃない」 今にも怒りが爆発しそうなスカリーに食ってかかられ、彼は一瞬ひるんだ。 「どうして私の名前を知ってるの? どこで調べたの?」 「まあまあ落ち着いて。別に調べてなんていませんよ」 「会った事もないあなたが私の名前を知ってるなんて、絶対にありえないもの」 フリードマンは、更に詰め寄るスカリーの両手首をギュッと掴んでねじり上げた。 その力があまりにも強かったので、驚いたスカリーは言葉を切り、小さく喘いだ。 「ちょっ....痛いわ、放して」 「『落ち着いて』って言ったでしょう?」 フリードマンが力を弱めると、彼女は慌てて手を引きぬいた。手首が真っ赤に腫れあがっている。 「すみません、あなたを傷つけるつもりはなかったんです」 「よく言うわ、ここまで力任せに締め上げておいて」 「あなたが興奮してたからですよ。話をするにはまず冷静にならなきゃ」 どこから見ても繊細そのものであるこの男のどこに、あんな強い力が隠れていたのだろう。 スカリーは動揺する気持ちを必死に隠し、毅然とした態度を崩さなかった。 「それで、どんな素敵な話を披露してくれるのかしら?」 「仲間が見つかったって話」 「なによ、仲間って」 「僕達の仲間ですよ。言ったでしょう? ヴァンパイアは仲間を見分ける事ができるって」 嬉しそうに話すフリードマンの視線は、真っ直ぐにスカリーの目を捕らえていた。彼の目は一点の 曇りもなく、穏やかな海のように澄んでいる。スカリーは、彼に次の質問を投げかける事に対して これまでにない恐怖を覚えた。 「それって....誰の事....?」 「誰の事ですって?」 彼は可愛らしくクスクスと笑った。 「わかっているんでしょう? わざわざ聞かなくても」 「いいえ、わからないわ」 「なんて愚かな....」 「ふざけるのもいい加減にして!!」 怒りの頂点に達したスカリーは大声を上げた。二人の体はピクリとも動かず互いに睨み合っていたが、 ほどなくスカリーがフッと表情を緩めた。 「時間の無駄ね、もう帰るわ」 彼女がフリードマンに背を向けて帰ろうとした時、彼もまた大声を上げた。 「認めるんです、自分が一族の血を引いているという事を!!」 スカリーは立ち止まった。 「ダナ、あなたには僕達と同じ血が流れているんです」 彼女はその場に立ちすくんだまま動けなくなった。「もしやそうではないか」という疑問は今、 ロバート・フリードマンによって事実へと姿を変えたのだ。逃げ道を閉ざされた今のスカリーに 残された武器は、もはや虚勢と否定だけだ。どうしても振り返ってフリードマンと目を合わす事が できない彼女は、ただ彼に背を向けたまま唇を強くかんだ。 「ダナ....あなた、本当に知らなかったんですか?」 フリードマンはスカリーに近寄り、彼女の両肩に手を置いて自分の方へ向き直らせた。 「たとえ知らなかったとしても、あなたの体に一族の血が流れているという事実は変えられません。 もしそれを否定すれば、あなたがあなた自身を否定する事になる、違いますか?」 彼はそう言うと、スカリーに優しく微笑みかけた。 「そんなに堅苦しく考えないで。慣れてしまえばヴァンパイアもいいものですよ」 その時、バキッという枝が折れたような音が聞こえた。二人は音のする方へ ハッと顔を上げたが、フリードマンはすぐに柔らかい顔つきに戻り、暗闇に呼びかけた。 「おいでリズ、お前の好きなダナお姉さんも一緒だよ」 リズ....? 暗闇の中から、白い寝間着姿のエリザベスが現れた。焦点の定まらない目が宙をさまよい、 裸足のままフラフラとこちらへ近づいてくるその姿は、まるで幽霊のようだ。 「....リズ、あなたどうしてここに?」 フリードマンは、足取りのおぼつかない彼女のウエストを優雅な手つきで引き寄せると、もう片方の 手で、首にかかっている栗色の長い髪をはらった。真珠のようにきめ細やかなエリザベスの白い 首筋が露わになると、彼はエリザベスの首もとへ顔を埋め、牙を突き立てた。彼女の甘いミルクの ような香りと、濁りのない紅い血の味は、フリードマンを恍惚とさせる。 「ほら、この子もこんなになついてくれる」 頭をフリードマンの肩にもたせかけ、気持ちよさそうに目を閉じるエリザベスは、これまでスカリー が見た事のなかった表情をしている。それは、ベッドで脅えている彼女ではなく、わずかに大人の 色気をも感じさせるものだった。そんな彼女を見て、フリードマンは満足そうにエリザベスの髪に 口づけた。 「こんなに可愛らしい女の子と知り合えるなんて、素敵な事じゃありませんか」 彼はスカリーを完全に混乱させた。見てはいけないもの、いや、決して見たくなかった光景を まざまざと見せつけられ、彼女の緊張感も極限に近づいていた。スカリーは、半ば金切り声を あげてエリザベスの名前を呼んだ。 「リズ、目を覚まして。早く!!」 「目を覚まさなくてはならないのはあなたの方です、ダナ」 フリードマンは、落ち着いた声でスカリーにピシャリと言い放った。 「自分に正直になるんです。あなたのその目、明らかに血を求める目です」 「....それ以上言うとただじゃ済まないわよ」 「いいえ、私には分かります」 彼は、眠ったままのエリザベスを抱きかかえ、スカリーに凍りつくような冷たい視線を投げかけた。 「正直に生きるんです、いいですね?」 突然ビューッと強い風が巻き起こり、たまらずスカリーは手をかざした。すると次の瞬間、 フリードマンとエリザベスは忽然と姿を消し去っていた。 ほんのわずかな時間に遭遇した、信じられないような出来事。スカリーは、しばらくその場に 立ちつくしたまま動く事ができなかった。 私がヴァンパイア....? 『僕達と同じ血が流れているんです』 「ヴァンパイア....」 スカリーはそうつぶやくと、勢いよく暗闇の中に駆け出した。 「寒....っ」 開け放しのドアから舞い込んでくる風の冷たさに起こされたモルダーは、物憂げに顔を上げて 大きく伸びをした。座ったままの姿勢で眠ってしまったおかげで、体の節々が痛い。 「くそっ、もう朝か」 窓から見える曇り空に、モルダーは悪態をついた。ここの天気はどうもパッとしない。雨は降らない が、一日中晴天に恵まれる事はなく、必ず雲が太陽の邪魔をする。 「晴れたらこんなに寒くないんだろうけどな」 彼はブツブツと一人ごちながらドアを閉めようと立ち上がった。ベッドから相棒の姿が消えている 事に気づいたのは、ちょうどその時だ。 「スカリー?」 シーツが乱れたままのベッドの上には、スカリーの体温の代わりに一枚のメモが残されていた。 『早く検査結果を見たいから、いったんDCに戻るわ。 今日中にこっちへ帰るから心配しないで』 ....to be continued −後書き− めっちゃくちゃ古い曲なんですが、その昔、某歌手が『モンスター』という歌を歌っていました。 当時、私はまだ物心がつくかつかないかの小さなオコチャマだったわけですが、この曲のイントロの 怖さだけはハッキリと覚えています。なんてったって「わーっはっはっはっは〜」という、こわーい モンスターの声から始まるんですから。今聞けば「この声、誰が出してんねんやろ? 『探偵ナイトス○ープ』で探してもらおか?」なんて呑気な事も言ってられるんですけどね(笑) ♪モンスター この私の可愛い人 モンスター 目を覚ますのよ....♪ さあ、この曲を知っている人がどれだけ存在するか!? Amanda