DISCLAIMER// The characters and situations of the television program "The X-Files" are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting, and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended. ------------------------------------------------------------------------------------------ −前書き− ・本作品は筆者の個人的な想像の産物である事をおことわりしますと同時に、お読み下さる 皆様には、登場人物の設定に対しての寛大なご理解をお願い申し上げます。 *本作品は『Proof』の第3章です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ Title: Proof (3/4) Category: Crime Case Spoiler: None Date: 10/16/01 By Amanda ------------------------------------------------------------------------------------------ −前回のあらすじ− 再びエリザベスが襲われた。これといった物的証拠も見つからないまま、彼女の衰弱は激しく なる一方。そんな折り、スカリーは、ウィンストン家へ見舞いにやって来たロバート・フリードマンと 出会う。「ヴァンパイアは仲間を見分ける事ができる」と言う彼の謎めいた挑発に乗ったスカリーの 見たものは....? 「自分に正直になるんです。あなたのその目、明らかに血を求める目です」 「....それ以上言うとただじゃ済まないわよ」 「いいえ、私には分かります」 ---------------------------------------- 「お客様、お飲み物をお持ちしましょうか?」 客室乗務員に呼びかけられ、ボンヤリと窓の外を眺めていたスカリーは顔を上げた。 「あ、いえ、結構です。どうも」 軽く会釈をして乗務員が通り過ぎると、彼女は再び窓の外に目をやった。眼下には綿菓子のような 雲が一面に広がり、太陽の光がさんさんと入り込んでくる。鮮やかに輝く太陽とは対照的に、 スカリーの心は暗く沈んでいた。 いや、むしろあと少しで取り乱してしまいそうなほど混乱していると表現する方が的確かもしれない。 モルダーには、検査結果を見るためにDCへ戻るとメモを残してきた。しかし、FBI捜査官として あるまじき事ではあるが、今のスカリーにとって今回の検査結果は二の次の存在になっていた。 『認めるんです、自分が一族の血を引いているという事を!!』 ロバート・フリードマンの告白は、単に衝撃的な発言というだけでは済まされなかった。 『ダナ、あなたには僕達と同じ血が流れているんです』 科学者として、ヴァンパイアの存在は到底信じられるようなものではないし、個人的に信じよう とも思わない。ましてや自分がヴァンパイアだなどとは、あのモルダーでさえも信じるかどうか、 疑わしいところだ。 しかし、もし仮にそうだったとすれば、あの晩、モルダーの指からにじみ出る血をみて興奮した のも理にかなうという事になる。 私は一体なに? スカリーは、物憂げに頭を窓ガラスにもたせかけた。ガラスに映った自分の顔が歪んで見える。 私は誰? 自分自身のためにも、確かめる必要があった。 「ビンゴだよ、スカリー」 DCに戻ると、スカリーは本部のラボに直行した。ボストンで組織を採取してまだ一日しか 経っていないというのに、ラボのスタッフであるデイビス・マクニールの手には、几帳面に タイプされた細胞組織の検査結果用紙が握られていた。 「エリザベス・ウィンストンの首に傷をつけたのは、間違いなく牙だ」 「ほんと?」 「ああ、傷の周りに唾液が残ってたから。それに、刃物じゃまずこんな傷痕はつかないからな」 そう言いながら、マクニールは検査結果を手渡した。食い入るように結果を読むスカリーに チラリと目をやると、彼は「どっこいしょ」と億劫そうに立ち上がった。中年男性特有の悩みである 腹の贅肉が少々気になり始めたのか、今年45歳になる彼は最近、通販でランニングマシンを購入した らしい。「騒音公害だ」という妻子からの抗議に抵抗しながら、部屋で毎晩ジョギングをしている。 「でもな、興味深い事にだ、スカリー」 「なに?」 「その唾液は人間のものだった」 危うく『やっぱりね』と口にしそうになったスカリーは、慌ててその言葉を飲み込んだ。 「ねえマクニール、牙である事は確かなの? 例えばキャンディーやアイスクリームがついていた 棒だとか、他のものである可能性は考えられない?」 「うーん、いろいろ調べてみたんだけどね。嗜好品に多い多糖類の付着もなかったし、それにこれ」 彼は、スカリーが組織サンプルと一緒に送った傷口の写真を指差した。 「君も気づいたと思うけど、牙の他に丸く歯形がついてるし、強く吸いつかれたような痣もある。 直接この傷口を見ればもっと詳しく調べられるけど、まず牙だと思って間違いない」 スカリーは、昨夜、フリードマンがエリザベスの首筋に噛みついて血を吸い取ったのを思い出した。 信じ難い事ではあるが、この傷痕はまず彼の仕業だと思ってなんら不思議はない── 彼が本当に 一族と血縁関係にあればの話だが。 「そう....わかった。ありがとう、助かったわ」 「今度はヴァンパイアでも探してんのかい、Xファイル課のお二人さんは?」 スカリーは、マクニールの思いがけない一言に、飛び上がるほど驚いた。 「え....」 「モルダーのお守りも大変だろ」 そう言って、マクニールはニヤリと笑った。 「あ、ええ、まあ....そうね。それじゃ、どうもありがとね」 これ以上長居するとマクニールに心を読まれてしまいそうな気がしたスカリーは、慌ててラボを 後にした。検査結果、昨夜の出来事、今回の事件。しかもこのケースに関しては、フリードマンが 人に噛みつく姿をスカリー自身が目にしている。 この際、科学はかなぐり捨てて自らスプーキーになる必要があるのかもしれない。それに、まだ 調べなければならない事が残っている。スカリーは大きく息を吐くと、ヒールの音を響かせながら 足早にFBI本部を出た。 prprprprpr.... 早速来たかと、スカリーはポケットに手を突っ込んでセルを取り出し、歩きながら通話ボタンを押した。 「はいスカリー」 『僕だ、結果は出たかい?』 「もしかしたら、フリードマンはクロかもしれないわね。寛大にもあなたのヴァンパイア説を考慮に 入れたらの話だけど」 『彼の噛み跡だったって事か?』 「いえ、今回はフリードマンから細胞は採取していないでしょ? 残念だけど、傷口についてた 唾液のDNAと照らし合わせるのは無理よ。牙による刺し傷だって事がわかっただけ。 局のデータベースでも彼の名前は引っかからなかったわ」 しかし、頭の中で「フリードマン=ヴァンパイア」という完璧な方程式が出来上がっているモルダーに とっては、それだけでも十分な情報源となる。彼は嬉しそうに答えた。 『なるほど、さすがは僕の愛しき相棒』 「光栄だわ、あなたからそんな誉め言葉を頂戴できるなんて」 昨夜から緊張のし通しだったスカリーは、モルダーの軽口を聞いて幾分か心が和んだ。それは実に 馬鹿馬鹿しいジョークではあったが、モルダーの声で気持ちが落ち着いた事にスカリーは苦笑した。 『なあスカリー、なんで置き手紙なんてシャレた事したんだ?』 「え?」 『起こしてくれれば良かったのに』 一族の血を引いていると言われて完全に気が動転したスカリーは、あえてモルダーに会うのを 避けたのだった。こんな事を彼には知られたくない。もし顔を合わせれば、洞察力の鋭い彼には 簡単に見破られてしまう。そう思った彼女には、メモを置いて出て行くのが精一杯だったのだ。 「ああ....あの、気持ち良さそうに寝てたから、起こしたら悪いと思って。 それじゃ、そろそろ切るわね」 『まさか、仕事を僕に押し付けて遊びに行くんじゃないだろうな?』 「そうかもよ。じゃあ」 通話を終えると、スカリーは再び前を向いて歩き始めた。今の電話のおかげで、幾分か気が紛れた ような気がする。彼女は、モルダーに感謝しながらペンシルバニア通りを横切っていった。 通りを隔ててFBIのはす向かいに建っている国立公文書館では、アメリカ独立宣言を始め、 国の重要書類や書物を見る事ができる。メガネをかけたスカリーは、目の前に広げた家系図を 真剣な表情で見つめていた。 閲覧用のデスクに広げられたその家系図は、随分前に作られたものなのだろう。紙はすっかり黄ばんで いる。ところどころ文字が消えかかってはいるが、もっともらしい読み方をすれば、読むのはそう 難解な作業ではなかった。 「ス、カリー....」 彼女は、指でたどりながらスカリー家のルーツを溯っていった。曾祖父母の代まで克明に記されて いるそれには、時にスカリーも知らないような名前までもが記載されている。 こんな事をして 一体何を知ろうと言うのだろう? そして、もしあの男の言葉が真実であるなら 私はどうすれば....? 溯っていくうちに、図面のある地点で「スカリー」という姓が突然プッツリと途絶えた。彼女は そこで指をとめ、代わりに現れた姓に思わず息を呑んだ。 『カルンスタイン』 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「エリザベス」 名を呼ばれて顔を上げると、モルダーと目が合った。 「あ、モルダーさん、おはよう」 「どうだい、調子は?」 「んー、寒い」 元気そうな声だが、相変わらず顔色のすぐれないエリザベスは、シーツと毛布を体に巻きつけて ベッドに入っていた。 「ダナは?」 「君が心配だからって、検査結果を聞きに朝早く飛んでっちゃったよ、DCまで」 「うそ!?」 「相棒の僕に一言もなしだぜ、ひどいだろ?」 モルダーはそう言って笑うと、エリザベスの頭にポンと手を置いた。 「君の事が心配なんだよ、スカリーは。だから早く良くなろうな」 「うん」 エリザベスもまた、モルダーに微笑み返した。顔色さえ良ければ健康そのものの愛らしい少女なのに、 と、モルダーは心を痛めた。しかし、勇敢にもこの苦しみに立ち向かっている彼女に暗い表情を 見せるのは、あまりにも忍びない。彼はベッドの端から立ち上がり、窓に近づいた。 「この辺は、いつもこんなに寒いのかい?」 「そうね、夏は涼しくていいけど、冬なんて最高に寒いんだから」 軽い会話でエリザベスの気持ちをほぐそうとしたモルダーは、窓の周りに土が落ちている事に ふと気づいた。 「あれ、エリザベス、部屋で土いじりなんてやってたっけ?」 「ううん、栽培は全部庭でやってるから」 その土は窓の近くの床だけでなく、ベッドの横や上にもパラパラとこぼれている。モルダーは、 暗闇の中で真実に一歩近づいたような手応えを感じた。 「エリザベス、最近、外を散歩した事はあるかい?」 「夢の中でならあるけど」 「夢の中?」 「うん。昨夜ね、お兄ちゃんと一緒に」 「ロバート兄ちゃん?」 「そう」 窓から外を覗くふりをして一つ深呼吸をすると、モルダーは向き直ってエリザベスに近づいた。 「夢の事、話してくれるかな?」 「外からお兄ちゃんの声がしたの。私、その窓から抜け出して二人で散歩にでかけたわ。 月が真ん丸くて、とても奇麗だったのよ」 彼女の言う「その窓」とは、さっきモルダーが土を見つけた窓の事だ。エリザベスは楽しそうに 話し続けた。 「空気が澄んでてすごく気持ち良かったわ。体が軽くて、病気の事なんてすっかり忘れてたぐらい。 それでね」 彼女ははにかむと、モルダーに顔を近づけて声をひそめた。 「お兄ちゃんにね、首にキスしてもらったの。それがダナに見つかっちゃって大変」 「スカリーが夢に?」 「そうよ、ダナってば慌ててたんだから。もしかしたらお兄ちゃんの事、好きなのかな?」 クスクスと笑った彼女の首もとに、赤い噛み傷がチラリと見えた。新しくできたように見えるそれは まだ乾ききっておらず、じゅくじゅくとした傷痕になっている。 「それが昨夜見た夢?」 「そうよ、ダナには内緒ね」 首の傷痕、あるはずのないところに落ちている土、そしてエリザベスの夢。普段は滅多に動じる事のない モルダーの心臓が、にわかに早鐘を打ち始めた。 「エリザベス、ちょっといいかな」 返事を聞くが早いか、モルダーは彼女の足元に回り、シーツをめくった。 エリザベスの足は土まみれだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ カルンスタイン.... まさか、カーミラ・カルンスタイン? 図書館を出て、運良くすぐに拾う事ができたタクシーの中、スカリーは心の中で何度も繰り返した。 これが私のルーツ? カーミラ・カルンスタイン、1872年にレ・ファニュが生み出した『吸血鬼カーミラ』の主人公である。 あれは単なる小説ではなかったのか、考えれば考えるほどスカリーの心は大きくざわめいた。 そんなはずない あれは作り事、ただの昔話に過ぎない そうに決まってる 半ば祈るように何度もそうつぶやきながら、スカリーはキュッと目を閉じる。彼女を乗せたタクシーは 州境を越え、メリーランド州へ入っていった。 「ダナ!? 一体どうしたの?」 玄関から顔を覗かせたマーガレット・スカリーは、突然の予期せぬ訪問者に驚いた。 「ママ、ちょっといいかしら」 そう言うなり、スカリーはリビングへ真っ直ぐ歩いていく。娘のただならぬ様子にマーガレットは 最初こそ慌てたものの、すぐにいつもの調子を取り戻した。 「珍しいじゃない、電話もよこさずに突然来るなんて」 「聞きたい事があるの、正直に答えて」 背を向けて立っていたスカリーは、クルリと踵を返して母親に向き直った。血を分けた肉親、しかも この世に生を授けてくれた母親の顔を見るのが、これほどまでに辛いと感じた事が今までにあった だろうか。目をそらさないようにと、彼女は必死にこらえた。 「ママ、私はずっとママを信じてきたわ。もちろん、これからもずっとそう」 「いきなりどうしたって言う....」 「だから教えて、私は一族の血を引いてるの?」 意外にもその言葉は、ためらいなく口からスルリと飛び出してきた。 「ダナ....?」 「答えてママ、私はヴァンパイアなの?」 何事に対しても決して屈する事を許さないスカリーの鋭い視線は、マーガレットを真っ直ぐに射抜いた。 そしてマーガレットもまた、どんな困難にも真っ直ぐに立ち向かおうとする我が娘に対して隠し事を するのは、まったくの無駄な事であると十分理解していた。たとえそれが、どれだけ残酷な宣告で あったとしても。 「そうよ、ダナ」 マーガレットは、一言そう答えた。 「私達は、カルンスタイン家の血を引いているの」 「どうして黙ってたの?」 「あなたが知る必要はないと思ったからよ」 彼女はスカリーの両肩に手を置き、ソファに座るように軽く促した。隣り合わせで腰掛けると、 マーガレットはスカリーの目をじっと見据え、ゆっくりと話し始めた。 「もう何百年も昔の事よ。オーストリアでは当時、カルンスタイン家はヴァンパイア一族として 忌み嫌われていた。新天地を求めてアメリカ大陸へ渡ったカルンスタインの一族は、姓を スカリーに変えて、新たな生活を始めたの。誰に知られる事もなく」 言葉が出なかった。 ママ、どうして嘘だって言ってくれないの? 「冗談よ」って、笑いかけてくれるだけでいいのに 心臓がドンドンとあまりにも激しく肋骨を叩くので、このまま肋骨が砕けてしまうのではないかと 思った。スカリーはキュッと口をつぐんだまま、マーガレットの言葉にじっと耳を傾けていた。 「あなたとメリッサを生んだ時、私は不安だったの。これからこの子達は、どんな人生を 歩むんだろうって。一族の昔話なんかに負ける事なく生きてほしい、ただそれだけを願って、 私はあなた達を育ててきたわ」 マーガレットは、スカリーの首にかかった金のクロスにそっと触れた。 「これはね、そのためのお守りなの。神があなた達を守ってくださいますようにって」 「ママ....」 彼女は、キラキラと光るクロスを見てフッと微笑んだ。 「ヴァンパイア退治には十字架がいいなんて言うけど、私も単純ね。一族の影響を受けないように って、それでこれをあなた達に....」 スカリーは目を伏せ、マーガレットから視線を逸らした。どんな時でも優しく見つめてくれる その視線が、心をキリキリと締めつける。 「でもねダナ、カルンスタインの血はもう薄くなっているの。日常生活に支障を来たすような事は ないはずだわ。過去は過去、今の私達にはカルンスタイン家ではなく、スカリー家の血が流れて  いるのよ、そうでしょう?」 マーガレットはそっとスカリーを抱き寄せた。久しぶりに味わう母親の匂い。スカリーは鼻で すうっと息を吸いこみ、その懐かしい匂いを体全体で感じ取った。 「そしてダナ・キャサリン・スカリー....あなたは私の自慢の娘」 母親の暖かい心に触れ、緊張の糸が途切れたスカリーの目から幾筋もの涙がこぼれた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 事件で何か大きな進展があった時、被害者と容疑者との居住地が近いと、捜査官にとっては非常に 楽であるに違いない。モルダーは長い足を最大限に生かして大股で通りを渡り終えると、屋敷の階段を 二段飛ばしで駆け登り、早いテンポでドアをノックした。フリードマンはすぐにドアを開け、姿を見せた。 「おや、おはようございます。今度はモルダー捜査官のおでましですか」 「おはようフリードマン....と言っても、世の中はもう昼の11時だけどな」 モルダーは、フリードマンにニンマリと笑いかけた。 「何かご用ですか?」 「ちょっと聞きたい事があってね。昨夜の事なんだが、エリザベスに会ったかい?」 一瞬、フリードマンの目が宙を泳いだのを、モルダーは見逃さなかった。しかしフリードマンは、 僕なら事実をうまく隠しおおせるとばかりに自信ありげな表情を見せたばかりか、モルダーに ニヤリと不気味な笑顔を向けた。 「さあ、どうだったかなあ?」 その無礼な言い草が気に食わなかったモルダーは、半ば衝動的にフリードマンの襟首を強く掴んで 引き寄せた。 「ふざけるのもいい加減にした方がいいぞ」 「ふざけてなんていませんよ」 「それなら質問に答えるんだ」 そう言うと、彼はフリードマンを壁に押し付けた。ドン、というくぐもった音がし、フリードマンは 小さなうめき声を上げた。 「随分乱暴だな」 「これぐらいしないと吐かなさそうだからな。ほら、話すんだ。エリザベスを部屋からおびき寄せて  何をしたか、洗いざらい聞かせてもらうぞ」 苦しそうに息をするフリードマンを見て、モルダーはとぼけたような声で言った。 「苦しいのか? 僕の力が強すぎるのかな? それとも太陽の出ている時間には力が出ないとか?」 「な、何を言ってる....」 「正直に話すのなら、手を緩めてやるよ」 「わかった、わかったよ!!」 喘ぎながらそう言うと、フリードマンはモルダーの手を力いっぱい振り払った。軽く息を弾ませながら、 彼はむくれたような表情でドアにもたれかかった。 「そう、昨夜はリズと一緒だった。寝てばかりで退屈だって言うから、僕が連れ出したんだ」 「彼女の部屋の窓からか?」 「そう、それから二人で辺りを散歩した。それだけだよ」 「狂言は捜査妨害による逮捕の対象になるぞ」 「嘘じゃない!!」 フリードマンにも徐々に苛立ちが募り始めたようだ。忌々しげにキッとモルダーを睨んでみたものの、 足に力が入らない。フリードマンの衰弱が太陽のせいなのかどうかは、実際のところモルダーにも わからなかった。しかし長年の捜査官としての勘が、事件の真相に近づきつつある事を感じ取っていた。 もしリズが見た夢が実際に起こった事だとしたら、もう一人現場にいたはずだ もう一人.... 「まだ続きがあるだろ、ん?」 「あなたも随分しつこい人ですね、もう話す事はありません。失礼します」 フリードマンは、ふらつく体のバランスを慎重に保ちながらドアを開け、中へ入ろうとした。 「他には誰かいなかったのか、その現場に?」 モルダーが発したその一言に、フリードマンはビクリと体を強張らせ、ドアを閉める手を止めた。 「本当に二人きりだったのかと聞いてるんだ」 我ながら、口にするのも恐ろしい問いかけだった。スカリーが一体現場で何をしていたのか、 いろんな想像が頭をよぎっていく。モルダーは必死で耐えた。フリードマンは、ゴクリと生唾を 飲み込んだモルダーを見て、勝ち誇ったようないやらしい笑みを作った。 「....ああそうそう、そう言えばスカリー捜査官が来ましたねぇ」 やっぱりエリザベスの夢は現実だったのか── 銃で撃ち抜かれたような衝撃がモルダーを襲った。 「なぜスカリーが?」 「知りませんよ、きっとリズを探しに来たんでしょう。彼女、僕とリズが一緒なのを見て、すっかり 気が動転してたようですけど」 「その後は?」 「スカリー捜査官がリズを連れて屋敷に戻ったはずです。お二人はパートナーなんでしょう? その後の事は、直接彼女にお聞きになったらいかがですか?」 これ以上フリードマンのもっともらしい嘘に付き合っていると、そのうち拳を振り上げてしまいそうな 気がしたモルダーは、ウンザリした顔で右手をヒラヒラと振った。 「わかった、もういいよ。ありがとう」 「どういたしまして。ところでモルダー捜査官、あなた自身、この事件はヴァンパイアが関係している とお思いなんですか?」 いちいちカンに障る奴だ。モルダーは苦虫を噛み潰したような表情でフリードマンに顔を近づけた。 「悪いんだが、ミスター・フリードマン。このケースはまだ一般公表の段階じゃないんだ」 「そうですか、失礼しました。それじゃ」 フリードマンは、ニッコリと笑ってドアを閉めた。 「くそっ、何だあいつは」 モルダーは吐き捨てるように言うと、屋敷に背を向けて歩き始めた。 エリザベスとフリードマン。二人の言い分は微妙に食い違ってはいるが、昨夜の出来事にスカリーが 絡んでいたのは間違いなさそうだった。昨夜は一晩中モーテルにいたが、スカリーが車を出す気配は なかった。もし彼らの証言が本当なのだとすれば、おそらく彼女は歩いてフリードマンの屋敷へ 行ったのだろう。そして今朝、何も言わずにDCへ戻ってしまった事にも何か関係があるのかもしれない。 何があったんだ、スカリー? モルダーはコートのポケットの中でギュッと拳を握り締めた。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 紫がかった黄金色の空を、薄い雲が流れていく。今日も青白い月が夕方の街を照らし始めた。 その姿はまだうっすらとしか見えないが、じっと見つめていると、月の力でどこかへ吸い込まれて いきそうな気がした。 スカリーはDCのアパートへ戻り、明かりもつけずに窓を開けて月を眺めていた。仕事へ戻ると言い張る 彼女に「本当に大丈夫なのか」と心配そうに何度も尋ねるマーガレットを、スカリーは感謝の気持ちを 込めて暖かく抱きしめた。 「大丈夫よママ、教えてくれてありがとう」 母親の前で気丈に振る舞い、笑顔さえ見せた自分自身に驚いていた。大丈夫なわけがない。これまで 努力を重ねて築いてきた人生の中に、こんなに皮肉な真実が隠されていたとは。科学の追究に費やした 今までの人生は、よりにもよって非科学的な土台の下に作り上げられていたのだ。 月の姿が涙でグニャリと歪んだ。スカリーはヒステリックに声をあげて笑いながら、頬に伝った涙を 手の甲でぬぐった。 私の存在自体が非科学的だったなんてね スカリーは、ふとメディカルスクール時代のある出来事を思い出した。 「ダナ....ダナ!!」 「え?」 「『え?』じゃないよ、早くチューブ外して!!」 「あっ、ご、ごめん」 二人一組で採血の実習をしていた時の事だ。注射針を通して相手の腕から流れ出す血液を見て、 スカリーは言いようのない興奮を覚えた。 「ダナってばどうしたのよ、イッちゃったみたいな顔して」 今のスカリーには、その時の興奮が理解できるような気がした。確かにあの時、体の中で何かが 弾け飛んだような衝撃を感じた。クルクルと動き回る血に魅せられ、細胞という細胞が一気に ざわめきたったような、そんな感覚。 『本能ではわかってるんです、自分が一体何なのか』 私の本能も知っていたのかもしれない なんて事なの.... prprprprpr.... prprprprpr.... 誰からの電話かは見なくてもわかる。あまり話をするような気分ではなかったが、スカリーは ポケットから渋々セルを取り出し、通話ボタンを押した。 「もしもし、モルダー?」 『ご名答』 彼の声がこれほど懐かしく、そして頼もしく感じた事はなかった。スカリーは心の中で安堵のため息を ついた。 『今どこだ?』 「ああ、あの....まだDCなの。ラボでつかまっちゃって」 今日の出来事をあえて口にしようとは思わなかった、と言うよりもむしろ、モルダーに言えるわけが ない。スカリーは適当に言い訳を作ってその場を逃れた。 「今日の最終で戻るわ。何か進展はあった?」 『ああ、どうやらエリザベスは夜のお散歩をしたようだ』 スカリーは身をこわばらせた。モルダーは昨夜の一件を知ったのだ。だとすれば、一体彼はどこまで 事態を把握しているのだろう? もしかして私の事も....? 『スカリー、聞いてるか?』 「....え、ええ」 『フリードマンが彼女を連れ出したんだ。でも彼女はそれを夢の中の出来事だと思ってる。もし 今回の事がフリードマンの仕業なら、おそらくマーガレットは操られていたんだと思う。催眠術 か何かで』 スカリーは、この先を聞くのが恐くなった。モルダーの口からどんなシナリオが飛び出してくるのかと 思うだけでゾッとする。 「わかった、続きは帰ってから聞くわ」 『スカリー』 「なに?」 『君、その場にいたのか?』 ザッと血の気が引いて、体が凍ってしまったような気がした。あまりにも唐突な切り出し方だった ので、適当な答えの準備をする余裕もなかったスカリーは完全に動揺してしまった。 「え、ええ....その....とにかく帰ってから話すわ。電話じゃ落ち着かないから」 『スカリー!!』 モルダーは、慌てて電話を切ろうとしたスカリーを引き止めた。 『気を....つけてな』 「ええ、ありがとう」 いつの間にか息をする事さえ忘れていた。スカリーは電話を切ると、大きく深呼吸をして息を整えた。 波をかぶった砂の城のように、足元から力が抜けていくような感覚に襲われた彼女は、体を壁に グッタリともたせかけ、そのまま床へ座り込んだ。 何て言えばいい....? ツーッ、ツーッ、ツーッ.... モルダーは、通話が切れた後もずっとセルを握り締めていた。 泣いてたな.... 何て言えばいいのだろう? 彼には何て.... 腰が抜けたように、スカリーは床に座り込んだまま動けなくなってしまった。 空が少しずつ暗くなり、月の姿がはっきりと見えるようになってきた。月の光は次第に強さを増し、 彼女の影が部屋に大きく映し出された。 「モルダー、私、ヴァンパイアなの」 スカリーは、誰もいない部屋で一人、ポツリとつぶやいてみた。 笑っちゃうわね、こんなのって バカな話 小説にしたら売れるかも 再び笑いが込み上げてきた。声に出して笑ってみると、今度はとめどなく涙がこぼれてくる。 どうしよう、こんな顔じゃ帰れないじゃない スカリーは、ゴシゴシと涙をぬぐった右手を広げて見つめた。この中に、多からずともヴァンパイアの 血が混ざっている。これまで考えた事もなかった世界が、体の中に存在しているのだ。 スカリーは手を見つめたまま静かに立ち上がった。音もなくそろそろとキッチンへ歩いていき、 左手でナイフをそっと取り上げた。鋭利な銀色の光が、スカリーの顔をキラリと明るく照らす。 私の血.... 彼女は再び、大きく開けた窓に近づいた。月がナイフを照らし、光がスカリーの顔に反射する。 彼女は右の掌にナイフをスッと這わせた。細く真一文字にできた傷から、紅い血がジワリと滲み出る。 そっと血を舐めてみた。唇を離すと、また血が少しずつ滲み出す。 月の光を浴びたスカリーの赤い髪が、しなやかに艶を帯びた。 ....to be continued −後書き− ....妖しさ(怪しさ?)満開って感じですな(^^;) いいんでしょうか、スカリーにここまでさせてしまって。 突飛な設定に仕立て上げてしまってますが、時既に遅し。 もう止まらないって感じです、どうぞお許しを〜〜(懇願) 次章で完結です、あとひといき。 Amanda